表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/38

ナイト・キッコpart4

「な、何をっ!?」


 アキラは面喰らって、しかしすぐに気を取り直して『風の(ウィンディ・ハンズ)』を伸ばす。


掴むことはできなくても、どうにか沼の外まで押し出せば――


アキラはそう思ったが、闇を裂く煌めきが、その希望を断った。


 キッコが、その手に生じさせていた剣を振るっていた。『風の(ウィンディ・ハンズ)』を、その一刀の下に斬り捨てたのだった。


 ぼちゃん、という重たい水音が暗闇から聞こえてくる。


 キッコは風の中へと、その西洋剣を消しながら、


「これで終わりだね。うん、ここからは新しい一歩だ」


 そう言って、足元のリュックを背負ってカンテラを持つ。


「じゃあ、ありがとね、アキラ。励ましてくれて、嬉しかった。でも、やっぱりボクは行くよ。プリンセスも見たいって言ってた、世界の果てに――って、えっ?」


 アキラは既にキッコの話など聞いていなかった。呪文を唱え、コーデを『キュートビショップ・フローズンオーロラコーデ』に切り替える。


「あ、あの……アキラ? 言っとくけど、沼には入らないほうがいいと思うよ。昔は綺麗だったけど、今はただ泥の沼みたいなものだし、入ったら出られなくなるよ」

「そんなの知るかっ!」


 躊躇などしていられない、アキラは沼に飛び込んだ。


 すると、その瞬間に解る。確かに、これはもはや泥の沼だ。『水氷宮(ウォータリィ・パレス)』の女子力をもってしても、水がとにかく重くて、上手く操れない。


 それでもどうにか下から上へと水流を起こしながら前へと進み、カケラが落ちたと思われる辺りまで着いて――水流に持ち上げられていたハートのカケラを掴む。しかし、


「うっ……!」


 掴んだ瞬間、底に足を着けてしまったのがいけなかった。足首まで足が泥に呑まれて、抜くことができない。焦って抜こうとするほど、ずぶずぶと引きずり込まれていく。


「君はバカだよ。自分が死んでもいいの?」


 圧縮・固定した空気を踏んでいるのだろうか、宙を歩いてきて、キッコはアキラを見下ろす。


 アキラは口に入る泥水を吐きながら、


「これは、プリンセス、の……命だ! 私の命、より……大事な、ものだ!」

「本当に? 本当に自分の命より大事なの? じゃあ、『それを捨てたら助けてあげる』ってボクが言ったとしても、それを捨てないの?」

「当たり前だ!」

「なら、もうすぐ死んじゃうよ?」

「死なない! 私、は……まだ、死ねない……!」


 自分にはまだ、やることがある。帰りを待ってくれている人がいる。絶対に、ここで死ぬわけにはいかない。


 だが、その思いとは裏腹に、足はどこまでも泥に沈んでいき、口の中は泥の臭いの味で満ちる。溺れて藻掻く姿が美しさとはかけ離れているせいか、『水氷宮(ウォータリィ・パレス)』がほとんど効力を失っている。


「どうして助けてって言わないの? 君がここで命を懸ける意味なんてないよ。君はこの世界の住人じゃないんだから」

「住んでる世界が、違っても……プリンセスは、私の恩人だ。私はプリンセスに、生かされたんだ……。だから、見捨てるなんて……できない。プリンセスが、助け、を……求め……てる、のに……!」


 自分がこの世界へやってきた時のことを思い出す。あの時、プリンセスは確かにこう言った。『お願い、アキラ……みんなを、助けて……!』と。


 ――私を頼ってくれたプリンセスの期待を裏切るくらいなら、死んだほうがマシだ!


だが、その叫びはもう言葉にはならない。


アキラの口は既に水面下に沈み、やがて視界も黒い水に満たされた。


 せめてハートのカケラだけでも岸へ投げようか。いや、そんなことをしても、また投げ込まれるだけか。


 迷ったが、そうするしかない。アキラは手だけを水面から出して、ハートのカケラを力強く投げ――ようとしたが、その腕をキッコに掴まれた。


 キッコは本当に、自分ごとハートのカケラを沼に沈めるつもりだ。


 ここで何もかも終わるのか……。アキラはそう覚悟したのだが、キッコはアキラの腕を引っ張って、アキラの顔を水面から出させた。


「アキラ……君を信じてもいいのかな」


 困惑しながら激しく咳き込むアキラに、キッコは静かな声で言う。


「ボク、これまでにも何人か神人様を見たことがあるんだ。でも、みんな慌てて自分の世界に帰っていくんだよね。自分の家に帰りたいって、泣きながらさ。でも……君はそうじゃないの? 約束してくれるの? ボクたちを……この世界を見捨てないって、急に帰っちゃったりなんかしないって」

「あ、ああ……約束する……」


 アキラは必死に頷く。助かりたいという一心だったが、嘘ではない。この世界を見捨てる気など、自分には毛頭ない。


「……解った。じゃあ、ボクも君を信じるよ。そして、ボクも君と一緒に戦う。君の力になれるなら、なんだって――」


 カンッ! と、小気味よい音が響いた。


 唐突、黒い何かが飛んできて、キッコの頭を激しく打っていった――らしいが、いったい何が起きたのか。目の前で起きたできごとに、アキラはただ呆然とするしかない。


 呆然としながら、じゃぶじゃぶと水を掻き分けて、こちらの首にしがみついてきたクルミを抱きしめる。


「クルミ……? どうして、ここに……?」


どうやら、クルミがキッコの頭を木刀で引っぱたいたらしい。どうにか状況を理解し始めたアキラを目と鼻の先から睨んで、クルミは怒鳴る。


「あなたは、どうして私を置いて行ったのですかっ!」

「え? そ、それは……具合が悪そうだったから……」

「勝手にどこかへ行ったりしないでください! 私は……私は、あなたが私を置いて行ってしまったのだと……!」


 その目に涙が盛り上がり、それを隠すようにクルミは俯く。


「『傍で見ていて』と、そう私に言ったばかりなのに……」

「ごめん。ごめん、クルミ……」


アキラは強く抱きついてくるクルミに戸惑いながら、今はまずとにかくその気持ちを宥めようとする。


 このままじゃ、ふたり共々沼の底だ。クルミの身体を決して放すまいとしながら慄然としていると、


「痛いよ、クルミ……」


 岸まで吹き飛ばされていたキッコがむくりと起き上がって、側頭部をさすりながら空中をこちらへ歩いてくる。


「ナイトっ……!」


 クルミは憎悪を込めたような目でキッコを睨む。


 しかし、キッコはあくまで緩い微笑を浮かべながら、


「睨まないでよ。さっきも、むしろ助けようとしてたところだったんだから」


 と、アキラが伸ばした手を掴んで引っ張り上げ、岸へと連れて行く。


――助かった……。


 どさりと草の上に腰を下ろして、水から上がってもしがみついて離れようとしないクルミに言う。


「ほら、クルミ。キッコさんに勘違いしたことを謝らないと」

「いやいや、いいんだよ。全く勘違いというわけでもないんだし……それに殴られたおかげで、すっかり目が覚めたような気がするよ。胸が……楽になった気がする」


空全体が、ほんのわずかに白み始めている。キッコは微笑んでそれを見上げながら、


「世界の果てに行くのは……まだ先でいいかな。すぐ傍に私の運命の人がいるはずって、神人様が言ってくれてるんだしね」

「え? いやぁ、あはは……」

「なぜあなたが照れるのですか?」


ギロリと睨まれる。その十歳児とは思えない迫力に思わず狼狽していると、


「っていうか、クルミ……」


 キッコがクルミの顔を覗き込んで、それから小さく息を呑む。


「そうか。君はアキラに会って……!」


 おい、と右手の方角から声が響いてきた。


 見ると、こちらへ向かってくる三人分の明かりが見える。


周囲を捜し回っていたのだろう、チナツは汗だくになりながら傍まで来ると、息を整える暇もなく怒声を張り上げた。


「キッコ! お前というヤツはっ!」

「はいはい、説教はいいよ先生。ボク、ちゃんと戻るからさ」


キッコはリュックを気怠げに背負い直して、冷たくチナツを見やる。


「っていうか、先生にボクを怒る資格なんてあるわけ?」

「…………」


 チナツは硬い表情で、キッコを睨む。


 睨み合い、沈黙する二人。アキラはそれを怪訝に見上げながら、


「ところで、『先生』って……?」

「先生は――ルークは昔、学校の先生もやってたんだよ。まあ、堅苦しすぎて人の弱さとか悩みが理解できないから、生徒みんなから嫌われてたけどね」


 キッコはクルミに木刀を手渡し、門のほうへと歩いていく。


 チナツはルークの背を黙って睨み、無言のままアキラとクルミを引き起こし、歩き出す。


 空気が刺々しい。どうやらキッコとチナツは、かつて先生と生徒という間柄だったらしいが、あまり仲がよくないらしい。


そう察しつつ、アキラの腕を痛いくらい掴んで放さないクルミに囁く。


「クルミ、助けに来てくれてありがとう。嬉しかったよ」

「……はい」

「でも、あの……もう放しても大丈夫だよ? っていうか、歩きにくくない?」

「それくらい、我慢してください」

「我慢って……」

「いやです。絶対放しません。放したら、またすぐどこかに……」

「大丈夫、私はいなくなったりしない。クルミを置いていったりなんてしないよ。今だって、別にいなくなったわけじゃなかったでしょ?」

「……はい」


 頷くが、こちらの腕をギュッと掴むその力は緩まない。


アキラは苦笑ながらしかし、今の自分の言葉は本当だろうかと自問する。自分はずっと、プリンセスが目覚めた後もクルミの傍にいるのだろうか?


 やがて門をくぐり、国内へと戻る。


「私はアキラとクルミを宿へ送る。キッコ、お前はその馬車に乗って、大人しく自分の家に帰れ」


 そうチナツに指示されて、アキラはチナツが乗ってきたらしい、白馬が引いているほうのキャビンへ乗り込もうとする。しかし、


「クルミ?」


 先にクルミを乗せようとすると、クルミがその手前で立ち止まる。それへ乗り込むことを躊躇っているように、何やらもじもじとしている。


「どうした?」


 異変に気がついたように、チナツが尋ねてくる。


 クルミは戸惑ったような表情でこちらを見上げて、


「足が……上がりません」


 え? とアキラが驚いた瞬間、ふっと意識が遠のいたように、クルミが倒れた。


 アキラは咄嗟にその身体を抱き留めて、


「クルミ……? おい、クルミっ!」


 呼びかけるが、反応はない。額を触ると熱はないが、呼吸が少し荒い。


「先生、これってやっぱり……」


 キッコが言うと、チナツは小さく頷き、


「とりあえず、今日は宿屋へ帰って寝させておくのがいいだろう。アキラ、君も早く休め」

「い、いや、それどころじゃありませんよ。こんな急に倒れるなんて……! 早く医者に診てもらわないと!」

「落ち着け。君は君のやるべきことをやれば、それで全て問題ない」


 チナツは冷たすぎるほど冷静に言う。


「それは……クルミは暗霧病ということですか?」


プリンセスが目覚め、この世界が再び希望で満ち溢れれば、それで全てが解決する、ということは、つまりそういうことだろう。アキラが尋ねると、


「おそらく、それに類するものだろう。ともかく、あらゆる災厄はプリンセスが眠られたことを発端にしている。したがって、プリンセスをお目覚めさせることができれば、全てが落着することは必定だ」


チナツは毅然と言う。確かにその通りだ。アキラは頷く。


「……解りました」

「アヤネの持っているハートはまだ抜けていないが、残るはクイーンのみ。しかし容易には行くまい。今は、とにかくしっかり休んでおいてほしい」


 はい、と頷いて、アキラはクルミを抱きかかえてキャビンに乗り込む。すると、クルミが落としていた木刀を、キッコが渡してくれた。


「ところでさ、アキラ。君って、なんだかとてもセクシーだよね」

「は、はい?」

「神人様なだけあってオーラが特別っていうのかな、全然ボクの理想の人とは違うはずなのに、君と話してるとドキドキしてくるよ」

「お前は、こんな時に何を言っている」


 チナツが叱るが、キッコはこちらだけを見つめて、急に真面目な顔になって言う。


「アキラ、ボクは君の力になるからね。準備ができたら、絶対ボクに連絡してよ。絶対、絶対だからね」

「う、うん、ありがとう。必ず連絡する」


 頼りない部分もないではないが、力は確かすぎるほど確かだ。アキラが喜んで頷くと、


「……感謝なんていらないよ。ボクはそんなことをされる資格なんてない人間だから」


 時折見せる寂しげな微笑でそう言って、自らの馬車のほうへと歩いて行く。


 チナツがキャビンに乗りんでアキラの正面側の座席に座ると、馬車は街へ向かって静かに走り出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ