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突き抜けるような夏の青い空

「やる気がないなら出ていけ!」


 そう怒鳴った父の声が、耳から離れない。


 その時の父の血走った目への恐怖と、周囲から見つめられる恥ずかしさ、それに自分でもよく解らないたくさんの感情が一気に胸に噴き出して、それらは熱い涙になって目から溢れた。


 誰にもこんな顔は見られたくない。


 アキラは道場を駆け出して、その裏手の物陰で膝を抱いてすすり泣く。


 一人の足音がゆっくりと近づいてくる。それは母親だと、顔を上げなくても解った。


「どうしたの? またお父さんに怒られちゃった?」


 母はアキラの隣に腰を下ろす。アキラは俯いたまま言う。


「……おれ、もう剣道やめる」

「どうして?」

「弱いから」

「弱いからやめるの? じゃあそれって、本当は強くなりたいっていうことじゃないの?」

「……そんなの、おれには無理だもん」

「そう? お母さんは無理じゃないと思うな。大丈夫。たぶんもうちょっとすれば背もぐんぐん伸びて、お父さんより強くなるよ。……実はね、お母さん、アキラがお父さんをバシバシ叩いて、『参りました』って言わせる日が来るのが楽しみなの。だから、やめるなんて言わないで頑張ってよ」

「無理なものは無理だよ……」

「無理無理って、そんなこと言っていいの? アキラはヒーローに憧れてるんじゃなかったの? か弱い女の子を守るヒーローになりたいって、この前そう言ってたじゃん。あれって嘘だったの?」

「嘘じゃ……ない、けど……」


 嘘じゃない。でも、できないものはしょうがない。その気持ちが言葉にならなくて、再び視界が涙で滲んでしまう。


 そっか、と母は静かに言って、


「解った。じゃあ、お母さんも今日から剣道始める」


 えっ? とアキラは思わず顔を上げて母を見る。


 ジーパンに白いティーシャツ姿の母は、白い歯を見せてニヤリと笑い、


「それで、いつかお父さんを倒す」

「お母さんが、お父さんを……? 無理だよ、そんなの」

「大丈夫、なんとかなるよ。まあ、五十年くらいかかるかもしれないけど」

「……本気?」

「当然。お母さん、早速今日から本気で頑張るから。だからね、アキラ、お母さんのことよく見てて? お母さんのこと見てれば、『俺にもできる』って、そう思えてくるはずだから」


 言って立ち上がり、母はアキラに手を差し出した。


 その笑顔の向こうには、突き抜けるような夏の青い空が――

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