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初めての。

「こんなものしか出せなくて悪いわね」


 ナオが用意してくれていたネグリジェを着て、呼ばれたリビングのほうへ行ってみると、パンと、イモなどの野菜入りのスープ、キノコの炒め物が盛られた皿が、ちょうどリビングのテーブルに並べられたところだった。


「いえ、充分ですよ。ありがとうございます」


 ナオは決まり悪そうな笑みを浮かべていたが、アキラは本心からそう言って、イスを引いてクルミを見る。


「さあ、クルミ、ここに座って」

「それは……私がやるべきことなのでは?」

「そんなこと気にしないで。私が勝手にやってることだから。けど、ちょっと待って!」


 ナオには失礼だったが、クルミが座る前に、念入りにイスの状態を見ておく。


 ヒビが入っていたり、部品が外れていたり、壊れる心配がありそうな箇所はないか。舐め回すように細部まで確認して、


「よし、大丈夫だ。クルミ、ちゃんと座る場所を見ながらゆっくり座って」

「私は幼児ではありません。イスくらい普通に座れます」

「でも万が一、何かあったら――」

「ふふっ」


 ナオが吹き出すように笑った。腰に巻いていたエプロンを外して、クルミに笑みかける。


「アンタ、色々と妙な噂は聞いていたけど……ちょっと無愛想なだけの、普通の女の子じゃないか。食事作りを手伝ってくれるし、洗い物までしてくれるし、やっぱり噂なんて信じるものじゃないね」

「噂……?」

「まあ、取るに足りない噂よ。クルミは、プリンセスが眠られてから急に姿を見せるようになったでしょう? それに、いつも真っ黒な服ばかり着て……だから、ね? 色んな人が憂さ晴らしがてら、好き勝手なことを言っていたのよ。

 でも、自分がいくら悲しいからって、人を傷つけていいはずがない。それも、こんな小さい女の子に八つ当たりするなんて……本当にバカらしいことだよ」


 ナオはどこか自嘲するように言って、何かあったら呼んで、と言い残して台所のほうへと去っていった。


 アキラは、まだ立ったままでいるクルミに小声で言う。


「よかったね、クルミ」

「何がでしょうか」

「この国には、あんなにいい人がいる。クルミのことをちゃんと解ってくれる人もいるんだよ」


 照れているのか、クルミは複雑そうな顔をして何も言わない。そんなクルミの肩に手を置いてイスに座らせて、それからアキラもテーブル反対側のイスに座る。


「さあ、食べよう。いただきます」


 と挨拶をしてから、アキラは料理に手をつける。


 ナオはこれしか用意できなかったと申し訳なさそうにしていたが、どれもとても美味しかった。単純に空腹だったというのもあるが、料理を食べる手が止まらない。


 だが、クルミはパンと水にしか手をつけていない。


「クルミ、他は食べないの?」

「はい、私は野菜が嫌いなので」

「野菜が嫌い? それはダメだ。ちゃんと食べなさい。食べないと大きくなれないよ」

「それは命令ですか?」

「命令というか……注意?」

「解りました」


 クルミは炒めたキノコをフォークで刺し、それを半ば機械的に口へ運ぶ。


「ブフッ!」


 その表情を見て、アキラは思わず水を少し吹き出してしまった。


 クルミは布巾で自分の顔についた水を拭きながら、


「何がおかしいのでしょうか」

「い、いや、ごめん……クルミが、そんな表情をするとは思わなかったら……」


ゴホゴホと咳き込むアキラを、クルミはいつもの冷め切った表情で見つめて、


「私はおかしな表情をしていましたか」

「自覚してないの!?」

「私は普通に食べただけですが」

「ぜんぜん普通じゃなかったよ……。クルミがあんなにハッキリ表情を出すのは初めて見たから、ビックリした」

「そうですか」


 言って、クルミは再びキノコを口へ運ぶ。そして、『うえぇ』という声が聞こえてきそうな不味そうな顔。


「プッ……あははははははっ!」


 思わず笑うと、クルミはどこかムッとしながら、


「私の顔がそんなにおかしいでしょうか」

「いや、おかしくないよ。凄く可愛い」


 アキラは目に浮かんだ涙を拭いながら、パンの載った皿をクルミの前に置く。


「そこまで嫌いなら、私のパンをあげる。代わりに、キノコは私が食べるから」

「いいえ、あなたの物を貰うわけにはいきません」

「いいんだよ。私はキノコ好きだし」

「そうですか。それなら……」


 不満げながらも、やはりキノコはもう食べたくなかったらしくその皿をアキラに渡して、スープを口へ運ぶ。どうやらイモは我慢できるらしい。


うん、いい子だ。頷いて、アキラもイモと何か緑色の野菜が入っているスープを口へ運ぶ。と、クルミが手を止めてじっとこちらを見ていることに気がつく。


「どうかした?」


 いえ、とクルミは口をモゴモゴさせながら目を逸らし、


「その……私を見て、そういうふうに笑ったのはあなたが初めてなので……」

「別にバカにしたわけじゃないよ」

「いえ、怒っているのではありません。ただ私も驚いているだけです」

「……そっか。うん、それはいいことだよ」

「いいこと?」

「私が思うに、驚きは感情のターニングポイントだよ。驚きがあれば、きっとその後にはこれまでとは違う感情がやってくる。そう思わない?」

「……すみません。私にはよく解りません」

「大丈夫、焦らずに、これからゆっくり自分のことを見つめてみればいいよ。そうすれば、まやかしなんかじゃない、色んな自分の感情が見えてくるはずだから」


 その言葉に、クルミはじっと無言を返す。


 だが、その無表情にはどこか困惑の色が浮かんでいて、一心に何かを考えているような、何かを探しているようにも見えた。


それを邪魔しないように、アキラも黙ってスープを口へ運ぶ。


 ここが自分の元いる世界ではないということを忘れてしまいそうなほど、静かで、穏やかな夕食だった。

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