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……式?part2

少しだけ時間がかかる、とアヤネは言ったが、待たされている時間は全く少しどころではなかった。


 時計がどこにもないから解らなかったが、おそらく既に一時間以上は待っている。


 礼拝堂に無造作に転がっていたびしょ濡れの鞄を拾って、ふやけていた地図を乾かしながら時間を潰していると、不意に教会の奥へと続く扉が開いた。アヤネだった。


「ごめんなさいね。本当なら街全体でパレードでもしてあげたいのだけど……今はそんなことができる状況じゃないの。こんな質素な式でも、我慢してね?」


言いながら、アキラが乾かしていた地図と鞄の上に軽く手をかざす。と、水蒸気が地図からふわりと浮き上がる。


 触ると、地図も鞄もカラカラに乾いている。それにも驚いたが、今はそれよりも、


「式……? あの、やっぱりその『式』って、もしかして――」


 ガタン……。


 正面入り口の扉が、重々しい音を響かせながら開かれた。


 見ると、そこには大小、二人の人物の影が並んで立っている。


逆光になって見にくかったが、それがチナツとクルミということはすぐに解った。


二人は腕を組み合いながらこちらへ歩いてきて、近づいてくるにつれてその姿がよく見えるようになる。


 チナツはいつも通りのルークコーデだったが、クルミは真っ黒なワンピースではなく、純白のドレスを着ていた。レースやフリルなどはない、ほとんどただのワンピースのような、シンプルなデザインのドレスだ。


 確かにそれはアヤネの言うように『ちゃんとしたドレス』ではなかったかもしれない。だが、クルミの子供とは思えないほど目鼻立ちのハッキリした顔立ちと、艶やかな黒髪の美しさがあれば、それだけで何もかも充分だった。


 クルミは道の半ばほどからはチナツの手を離れ、一人でアキラの隣へと歩いてきた。香水をつけたのだろうか、ほんのりと花のような匂いを連れて。


 アキラがただ口を開けて佇むことしかできずにいると、アヤネが祭壇の前――プリンセス像の前に立ってこちらを見ながら、言った。


「アキラ」

「はい?」

「あなたはここにいるクルミを、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、その妻として愛し、敬うことを誓いますか?」

「は、はい? それって、どういう……」

「誓うわよね?」

「え? いや……」

「誓わなければ死刑よ」

「死刑!?」

「ええ。『キスをしたら、その二人は結婚をしなければならない。』。本当に、これはこの国の法律だから」

「冗談……ですよね?」

「そう見えるかしら?」


 と、こちらを見つめるアヤネの青い瞳は刃物のように鋭く、冷たい。


「……わ、解りました。誓います」


ホッと、背後でチナツが息をつく音が聞こえてくる。どうやら、断れば本当に死刑だったらしい。アヤネは微笑んでクルミに目を剥け、


「では、クルミ。あなたはここにいるアキラを、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、その夫として愛し、敬うことを誓いますか?」

「はい、誓います」


 感情のない即答。


「では、誓いのキスを」


 クルミは何も躊躇う様子なくこちらを向いて、目を閉じながら顔を上げる。


 ――誓いのキスって……本気か?


 困惑しながらアヤネを見ると、有無を言わせない微笑がそこにはある。


 仕方がない。というか、死刑を免れるにはやるしかない。大丈夫。この身体は母のもので、男の自分がキスをするわけではない。クルミを汚すわけではない。


 そう自分に言い聞かせながら、アキラはクルミに――キスをした。


 キスの感触は――緊張でよく解らない。触れたのか解らないほどに、クルミの唇はふわりと柔らかかった。


「二人を、正式に夫婦と認めます。おめでとう、どうぞ幸せに」

「いや、今さらですけど、ちょっと待ってください。『夫婦』って……私たち、二人とも女だと思うんですけど」

「その時は、最初のキスを積極的にしようとしたほうが夫になるっていう決まりなの。どちらが夫かなんてナンセンスなことだけど、戸籍を管理する上で仕方なく、ね」


 どんな決まりだ。思わず心の中でツッコむ。


 アヤネは、どこかギコチない微笑を作ってクルミを見下ろし、


「クルミも……よかったわね。おめでとう」

「何がでしょうか」

「結婚よ。神人様と結ばれるなんて……これはきっとプリンセスの御心。この先には、あなただけの幸せがきっとあるはずよ」


 よく解らない。そんな顔で黙ってクルミはアヤネを見上げ、アヤネはやはり困ったような微笑を浮かべながら、


「じゃあ、式も無事に終わったことだから、少しくらいパーティーを――と言いたいところだけれど、そうも行かないのよね?」

「ああ、そうだ」


 後ろで式を見守っていたチナツが、高い天井にブーツの足音を響かせながら歩いてくる。


「二人には、なるべく早くプリンセスのハートを集めてもらわねばならない」

「はい。早くプリンセスを復活させないと……」


 父や門下生を助けるためだけではない。少し街を歩いただけでも解った、この国の疲弊……それをどうにかするためにも、自分は急がねばならない。


 アキラはそう決意を固めていたが、アヤネはなぜか戸惑ったように、


「え? 復活……? でも、プリンセスは……」


 と、何か問いたげにチナツを見やる。チナツは厳しい面持ちで、


「これは神人にしかできない仕事だ。アキラに全てを任せるしかない」

「チナツ、あなたは……」


 アヤネとチナツが、まるで睨み合うように見つめ合っている。


 どうしたのだろう? アキラが戸惑うと、アヤネがやがて重く口を開いた。


「そう……。それなら、せめてわたしはアキラについていくわ。わたしがアキラを守ってあげなきゃ……」

「ダメだ。君は他にやることがある」

「やること……? それは、アキラを守ることよりも大切なことなの?」

「そうだ。何より、君はまだプリンセスのハートを抜くことができていない。にも拘わらず他人からハートを奪おうとすれば、ハートを占有しようとしているなどという妙な誤解を受ける可能性も高い。だから、ここは神人に任せるのが最良の手なんだ」

「それは……」


アヤネは悔しげに目を伏せて、それから溜息をついて肩を落とす。


「ごめんなさい、アキラ……。わたしはあなたたちについていってあげられないわ。だから、代わりにこれをあげる」


 言って、しかしアヤネは何かを差し出すわけではない。傍に何か物があるわけでもない。


「これって?」

「わたしと同じことを言って。――プリンセスの名の下に」

「プリンセスの名の下に・・・?」

「希望のカードよ、神の許へ還れ」

「希望のカードよ、神の許へ還れ」


 言い終えた瞬間、アヤネが着ていたコーデが、カッ! と強く輝いた。


 そしてその光の中から現れたのは――アキラの目の前で浮かぶ、三枚のカード、『キュートビショップ・フローズンオーロラコーデ』のトップス、アクセサリー、ブーツだった。


 恐る恐る、そのカードを手に取る。


 どういうことだ? そう訊こうとしてアヤネを見て、愕然とする。アヤネが、ただ下着を身につけただけの、あられもない姿になっていたのだ。


「な、何をしてるんですか!? 急に、そんな……!」

「何をしているって、あなたにわたしのコーデをプレゼントしたのよ。というか、なぜそんなに恥ずかしがるの? わたしたちは女同士でしょう?」


 え? ギクリとしながら自分の正体を知っているチナツの様子を伺うと、今にも舌打ちをしそうな顔と目が合う。何も知らないアヤネは平然と、


「アキラ、まだ続きがあるからちゃんとこっちを見て。――プリンセスの名の下に」

「プ、プリンセスの名の下に」

「希望のカードよ、内なる力を――解き放て」

「希望のカードよ、内なる力を――解き放て」


 言うと、今度はアキラの前――何もない空間に、青い光を帯びた幾何学模様が現れる。


「その紋章の上にカードを置いてみて? ちなみに、上がトップス、真ん中がスカート、下がシューズ、左右がアクセサリーを置く場所よ」


 ならば、今自分が持っている三枚を配置すべきなのは上下と右か、とまるでカードバトルのゲームをしているような気分で言われた場所にカードを設置すると、再び目の眩む閃光が弾ける。


 そして、その光が収まると、今度はアキラの目の前に、先程まで着ていた『キュートポーン・シューティングスターコーデ』の三枚のカードが浮かんでいて、


「これは……『キュートビショップ・フローズンオーロラコーデ』……」


 今までカードであったコーデを、アキラはいつの間にか身につけていたのだった。


「それは、神人様だけができることなの」


アヤネは驚いた様子もなく言う。


「なぜ神人様だけがそんなことができるのかは解らないわ。けれど、以前プリンセスが神人様にこれを教えていたのをわたしも見ていたの。この技術はわたしがいなくてもできるから、必要な時に使ってみて?」

「はい、ありがとうございます。っていうか、もしかして、ついて来られない代わりにくれるものって……」

「そう。それがあなたへのプレゼント。『キュートビショップ・フローズンオーロラコーデ』に宿っている『水氷宮(ウォータリィ・パレス)』――水と氷を自在に操り、生じさせることのできる女子力が、わたしの代わりにあなたを守るわ」

「でも、これはとても大事な物なんじゃ……」

「構わないわよね、チナツ?」

「ああ、君のすべきことは戦うことではない」


 チナツは頷き、アキラを見下ろす。


「君は引き続き、ハートのカケラを集めてくれ。アヤネは……もう心配いらないだろう」

「……そうですね。じゃあ、次はどこへ行けば……」

「次はナイトに会うのがいいだろう。しかし、アレは常にどこにいるのか解らないヤツだ」

「どこにいるのか解らない?」

「ああ。それでもやはり、訓練場に現れることが多いようだから、そこへと向かってみてくれ。こちらのほうでもアレの行方は捜しておく」


 ――『華麗のナイト』……随分な言われようだけど、どんな人なんだろう? 


 期待とも不安ともつかないような気分で、アキラは教会を後にして郊外の訓練場へと向か――おうとしたが、その前に、再びクルミの長いお色直しがあるのだった。


アキラはその暇を使って、練習がてら、先程アヤネに教えてもらった方法で元のポーンコーデに着替えておく。


 すると、コーデは着崩す前――袖と裾を破り取る前の、新品同様の姿に戻っていた。


 不可思議な現象。しかし、今さら驚くことでもない。


 そう至って冷静でいられる自分が少し怖くもあるアキラであった。

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