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お題『嘘』
あらゆるものが分厚い壁によって遮断された空間。真っさらな部屋で、うっとりとした表情を浮かべながら彼女は白い鍵盤に触れた。艶やかで均一な粒の音色が、頭上から滑り落ちていく——。
演奏が終わった直後。静かな余韻の中で、彼女は唐突に「恋人がいるの」と言った。平静を装いながら僕は、カラカラに渇いた口で聞く。「誰?」「モーツァルト」と彼女は言葉を続けた。「234歳差なの。運命的だと思わない?」
悪い冗談だ。黙りこむ僕に、今度は彼女が聞く。「何も言わないのね?」僕は肩をすくめた。「嘘について話しても、嘘しか返ってこないからね」
いたずらっぽく彼女は微笑む。「あら? 時間が嘘をつかないとでも、本気で思っているの?」




