守護者 肆
「一応そのあと軽く調べてみてはみたんです」
「へぇ…… なんかわかったの?」
「あの家、結構出入りが激しいみたいです。 あ、入居者がすぐ引っ越すっていう意味でですよ」
「うん」
うなずいて先を促す。
「両隣は空き家だったんですが、向かいの人は二十年ほどそこに住んでいるようでよく覚えていました。 最初はおばあさんが一人で住んでいたそうです。 で、今から五年ほど前、そのおばあさんが亡くなりました。 そのあと三年ほど空き家だったそうです」
「おばあさんの死因は?」
その声は響稀からではなく後ろから聞こえた。
見れば茉莉香が縁側で煙草をふかしていた。
健康に悪いですよ……病気も何にもない……だったか。
じゃあいいのかな、私は気にしないし、いちいち指摘するほどでもないし。
「死因までは詳しく知らなかったそうですが、病死だろうと。 死ぬ数か月前から入院してたそうなので家に帰ってませんでした。 家族が遺品整理してたのに気づいて話しかけて知ったそうです」
「話を戻しますが、前の入居者が亡くなった後、あの家にはある噂が立ちました」
「噂?」
聞き返したのは凛だった。
顔色も戻ってる。
大丈夫そうで何より。
「あの家には座敷童が住んでいるそうです」
「「「「座敷童?」」」」
「はい、もっともこれはご近所さんの情報ではなく、ネットの情報なので信憑性は正直保証できません」
そう言いつつ手元のスマホを操作して、あるページを開く。
よくあるネットの掲示板。
その中にあの家を指していると思われるものを見つけた。
「なんか要領を得ないな……」
例のページを見せると開口一番響稀がそういった。
無理もない、ネットの掲示板はいろんな人が書き込むので情報が複雑になりやすい。
文章だってスラングとか多いし。
「まだすべてを整理したわけではないのですが、一応情報をまとめて要約するとこうなります。
家の中に一人しかいないはずなのに誰かがいる気配がする。
家の中を走り回っている足音もしてどうやら子供のそれに聞こえる。
姿を少しだけ見ることができてそれはやはり着物を着た子供だった。
しかし、会話はおろか一度見たきり二度と見えなかった。
だそうです」
「それだけで座敷童だ云々というのは少々早計じゃないか?」
茉莉香の指摘はもっともである。
というか
「掲示板で一番最初に話題を書き込むことを『スレを立てる』とかいうんですがそもそもその人が「座敷童だ」と言い出したわけじゃないんです。 どちらかというと、話が進んでいく中で座敷童じゃないかという話になりそれで確定してしまった感はあります。 そもそも子供を見たのかというのも怪しいっちゃ怪しいんですが」
「でも、活発に議論はされてますね。 見知らぬ子供は存在していること前提で」
真白が画面をのぞき込みながら言った。
私のことは煩わしいようだが、なんだかんだ言ってこの話に興味はあるらしい。
「実際にいたかどうかじゃなくて、どっちのほうが面白いか、なんじゃないかな、この場合」
「そっ、そうですね……」
響稀が真白に覆いかぶさるように画面を覗いてくる。
真白にしたら至福の時……かもしれない。
その証拠に真白の肩が若干強張っていて、それでいて顔は紅潮している。
そのうち溶けるんじゃあるまいか。
「その掲示板の話は間違いなく今回の家なの?」
「スレを立てた人が写真のリンクを貼ってました。 一応、モザイクはかかっていますが間違いないでしょう。 家を一度見た人ならわかります。 掲示板の投稿を見ると何処か分かっている人もいるようです」
「すごい情報収集能力だな。 あんまり感心できないけど」
「そしてこのサイトは、ある書き込みによって方向性が大きく変わります」
「ある書き込みって?」
「この家で、自分は襲われたと、家にこっそり入ったという不届き者が書き込んたんです」
「襲われた? 本当に?」
口に出したのは響稀だが、全員が同じ感情を込めた視線を向けたので、まあ考えることは同じなのだろう。
「真偽のほどは判りません。 掲示板内でも最初の頃は懐疑的でほとんど取り合っていませんでした」
「最初は……ね」
「後になって自分も何かに襲われた、自分も何かを見たと五、六人近い人が現れたんです」
スマホの画面をスワイプする。
そう言った書き込みが見られるのはスレが立ってから半年以上たってから。
そのあと一気に似たような書き込みが出てきた。
これらが事実だとすると、空き家とはいえ勝手に住居に侵入したことになる。
普通に考えたら胡散臭いコトこの上ないが凪咲ははこれらを嘘だろうと吐き捨てられないだけの根拠がある。
「これ見てください。 一番最初の襲われたという書き込みなんですが」
そう言って、画面に映るある一文を指さす。
81. *********
速報!! 座敷童ハウスにて何者かの奇襲!!
座敷童じゃない真っ黒なモンスターがいた
「『この黒いモンスター』というのは私が見たものと同じじゃないかと思うんですよ」
「なるほどね」
「ちなみに、三年間空き家だって言いましたが、そこから今日にいたるまでの二年間は七、八人の入居者がいました」
「二年間でそんなに引っ越しちゃったんですか?」
凛がそう驚くのも無理はない。
単純計算で三か月かそこらで引っ越しているのだ。
安いアパートとかでもそこまでの激しい移り変わりはない。
「理由は不明です。 あくまでもお向かいさんの証言だけで全員とかかわりを持ってたわけでもないでしょうから。 ただ」
「でも、君と、君の友達の話を聞く限りじゃ家には何かいるみたいだし、なんか怖い目にでもあったんじゃないかな?」
「あの家をいくらで買ったのか聞きませんでしたがだいぶ安かったそうです。 まあ、ネットの話とはいえ広まってしまったら馬鹿にできないでしょうし、何より出て行った人が多くいるという事実を考えれば安くもなりますね」
凛の言う通り、ネットの噂レベルの話とはいえ馬鹿にはできない。
人は案外そういうものに踊らされがちである。
今回のことにしてもまず掲示板を見つけ、さらにあの家と結び付けそれを信じる…… そんな人はそうそういるもんじゃないが、いないとは限らない。
情報の真偽は別としてもそういう噂が立っただけで敬遠する人だって多いはずなのだ。
真由にはここに来る前に一応例の掲示板は見せたが、家族そろって知らなかったそうだ。
ちなみに誰にも言っていないが、このサイトにたどり着くまでに実は結構時間がかかっている。
ということは、あの家にいる何かを知らないで引っ越してきた可能性が高い。
見た目には古そうに見えないから値段も考えればお買い得と言えるかもしれない。
家買ったことないけど。
多分業者としてもすぐ住人がいなくなるような家は早く住人見つけて定住させたいだろうし。
「で、だ。 最後に一つ聞きたいんだが…… お前が見た黒い何かは…… どう見えた」
と、唐突に響稀が聞いてきた。
どう見えた……
見た目の特徴は言ったはずだ。
とすると聞きたいのはそういう話ではないということ……
つまり
「妖怪に見えたかってことですか?」
「まあ、そういうカンジかな」
「…………あまり、根拠もなく主観で判断はしたくありませんが、今回遭遇したのは多分妖怪の類だと思います」
「よし、じゃあとりあえず家に行ってみようか」
「わかりました、ただ友人にも話を通さなければならないんですがどこまで話していいですか?」
「別にそれに関しては仕方ないからいいよ。 言いふらされると困るけど別に隠してるわけじゃないから大丈夫。 ……信じてくれるかは別だからね」
「多分大丈夫じゃないですか? 私と一緒に見たし」
「それもそうか。 じゃあ行くのは今度の休みかな?」
「そうですね。 とりあえず今日は帰ります。 日が決まったら連絡したいんですけど……」
響稀に連絡先聞いたら私は凍るかもしれない。
「とりあえず茉莉香さん連絡先教えてもらえたら……」
「うん。 賢明な判断だな」
命惜しいですからね
「ああ、それと一つ聞きたいことが」
「……… ん? まあいいけど」
茉莉香とやり取りをしていると響稀がこちらを見ている。
「……私だって携帯使えるけど……?」
響稀は無表情のままそう言ったが声は少し残念そうだった。
響稀のメアドと番号が聞かれなかったのでちょっぴり安心した反面ちょっと残念そうな顔になってしまった響稀を見てなんとも複雑な顔をしていたメガネっ子は無視である。