守護者 参
凪咲が真由から話を聞いたのはその日から二日後であった。
というのも、その日が月曜日で真由が怪我したのが金曜日、学校が休みだったから相談できなかったのである。
こんな訳の分からない話を相談するのも憚られ休日の間は相談しなかったらしい。
しかし、その間に家にはまた異変が起こるようになってしまった。
「じゃあ、今はその家には……?」
「うん。 住んでない。 近くのおじさんの家にお世話になってる」
結局異変の正体はわからずじまい。
家には何もいなかったし、どこになにを相談したらいいかもわからない。
家族そろって精神科に通うのか、霊媒師に頼むのか。
「霊媒師は怪しいからやめたほうがいい気がする」
「やっぱり?」
兎に角、せっかく引っ越した家なのに住むこともできずにいて困っているという。
そんな話を聞いて凪咲は黙り込んでしまった。
「まあ、ナギに相談してもしょうがないけど……」
と、真由は苦笑するが、実は凪咲にも考えがないわけではない。
というのも、ひょっとしてこれも妖怪の類なのではないかと考えていたからである。
(でもこれをどうすれば)
まず、この一件が本当に妖怪なのかどうか現状判断がつけられない。
もし出来たとして、そして、妖怪だったとして果たして彼女がそれを信じるかどうか。
凪咲だって実際にこの目で見たからいると言えるのであって、妖怪という存在は宇宙人や幽霊と同じ扱いである。
真由はまあ、なにか見たらしいし、それを妖怪だと言ってしまえば信じるかもしれない。
そして何より一番問題なのは妖怪だったとして凪咲は全く解決できないということである。
一番いい手段は響稀たちに頼むことである。
しかし、凪咲は彼女たちと連絡がつけられない。
「とりあえず、見てみないことには何とも言えないかな」
とりあえず、見てみないことには始まらないということで、真由たち家族が住んでいたというお宅をお邪魔することにしたのだが……
「うーん。 やっぱりそうなるかあ」
真由が少し困ったように言った。
正直な話をすれば、凪咲に話をすれば何かアイデアでも出てくるのではないかと期待していた。
と、同時に自ら危険を犯すような行為もまま見られた。
その最たるものとして最近、ニュースにもなっていた、薬物使用者連続誘拐事件。
その中にうちの高校の生徒がいて、しかも、その生徒と凪咲が知りあいだった。
尤も彼女は薬物とか使ってなかったから問題なかったし、誘拐もされなかったのだが……。
彼女はその生徒の救出に向かったらしい。
どうやったのか現場を探し当て向かった時には、もう警察がついていて解決する処だったそうだが……
しかし、凪咲なら警察がいなくても一人で救出したかもしれない。
勇敢なわけではなく怖いもの知らずな上、自分の興味が魅かれるものなら『私、気になります』とか言って首を突っ込むだろう。
その例の生徒との付き合いだって、何か裏がありそうなこと承知で関わろうとしていたらしい。
だから、凪咲には相談したかった反面危ないことに首を突っ込んでほしくなかったのだが……
結局放課後、件のお宅を訪ねる運びとなったわけだが、実際に家の外観だけ見ても特に違和感はなかった。
何か不気味な感じがするわけでもない。
確かに築ウン十年という家にしては新しいかもしれない。
ひとまず、小さいながらも庭があるのでそこの窓から家の中を覗いてみたが、何もない。
夕方、西日に晒され部屋の中に影が差して不気味に見えなくもないがそれはこちらの受け取り方次第であろう。
再び玄関に回り、鍵を開けて家の中に入る。
まだ荷解きが終わっていないのか段ボールが5,6個積まれていた。
「うちの家族あんまり片付けとか得意じゃなくて、時間もないし、今回のこともあったから整理できなくて」
……多分、真由に限れば今回のことがあろうとなかろうと、片付けしなかっただろうと凪咲は思ったが、口には出さない。
一通り家の中を調べてみたがやはり何もなかった。
「うーん。 何もないねえ」
「うん。 でも、あれは確かに……」
「少なくとも自分は見間違いでない自信があるんだ?」
「そういわれると断言しにくいけど……」
ひとまずリビングに戻ってソファに腰を落ち着かせる。
真由も隣に座った。
「とりあえず私は今日この家に泊まろうかと思うんだけどいいかな?」
「え? 泊まるの?」
「だって、この家の異変って全部夜起きてるんでしょ? そこまで待ってみないことには…… さすがにマズいかな?」
「親には言ったの?」
「うん。 友達の家に泊まるって」
「間違いじゃないけどさ…… でも危ないし、あんまりよくないと思うよ?」
「お願いっ! ダメ?」
ウィンクして可愛さを前面に押し出してお願いしてみる。
「ダメ」
にべもなく断られてしまった。
当たり前である、そもそも凪咲はそういうキャラじゃない。
「それじゃあもう少ししたら帰ろうか」
時計の針は六時をとっくに過ぎ、六時半になろうかというところであった。
そして、異変は何の前触れもなく起こった。
ドンドンドンと上のほうから足音がした。
気のせいかもしれないが、家の中の空気が重苦しくなった気がする。
しかし、二階に上がってみてもそれらしい姿は見えない。
(……何? この居心地の悪さ)
後ろをついてきた真由を見ても不安げであるが、気分が悪いということはなさそうである。
そうこうしているうちに音も止んでしまった。
後に残ったのは変な居心地の悪さだけ。
(これはただ自分が不安になっているだけ……? いや、そんな筈は……)
「もう帰ろう? やっぱりなんか変なんだよこの家」
そう言って真由が袖を引っ張ってくる。
凪咲は振り返って
「そうだね…… 結局何も……」
凪咲はそのあとの言葉を発さなかった。
正確に言うと発せなかったのだ。
振り返ったとき、見えてしまったのだ。
友人の向こう側階段の下にそれはいた。
凪咲がそのまま固まっていると、何かあると察したらしい真由も振り返り階段下に視線を向ける。
「ひっ……」
真由がひきつった声を上げる。
きっとこの間見たのもあれなのだろう、確かに大きさは大型犬くらいだが黒いもやのようなものがかかっていて実体がよくわからない。
こちらのことを見ているのか見ていないのか……そのままどこかに行ってしまった。
「……とりあえず出よう、気付かれないように静かに」
「うん……」
二人でゆっくりと階段を下る。
もしさっきのやつが戻ってきてしまったら。
そして、こちらに対して害意があったら。
階段の上で襲い掛かられてもきっと対応できまい。
来るな来るなと思いつつ階段を一段一段ゆっくり降りていく。
幸いにして階段を降りるまでの間にソレと出くわすことはなかった。
「とりあえず帰ろう。 夢じゃなかったと判れば十分だよ」
と真由が言って帰ろうとしだす。
「そう? 結局正体判らずじまいだけどいいの?」
「わかったからってどうにかなると思う?」
「それは…… どうかな……?」
多分無理だろう、アライグマの駆除とは違うのだ。
おそらくあれも妖怪の類、一般にそれに対応しているところはない。
あるとすればそれは……
ガタン!
上のほうから大きな音が鳴った。
おそるおそる、音のした真上を向いてみる。
玄関の高く積まれた段ボールの上にいた。
相当バランスが悪いはずなのにグラつくことなく四本足で立っている。
幸いこちらには気づいていないらしく視線は感じない。
ヒュッ!
黒いソレは体格に比べて意外と俊敏で段ボールの上から飛んでどこかへ行ってしまった。
二人が家を出たのは完全に気配が消えてからだった。
‐‐‐
話を聞いた響稀が口を開いた。
「……ねぇ、結局肩はいつ怪我したのさ?」
まずそこですか……
「ダンボール箱から飛んだ時に積んであった箱がグラついて落ちてきました」
「間抜けなのか、不運なのか」
「間抜けなんですよ」
真白に間抜けとバッサリ切り捨てられてしまった。
ちょっと悲しい。