守護者 弐
茉莉香の言う家というのは、車で10分もしない住宅街の外れ、森を少し入ったところにあった。
やはり、妖怪が住んでるからということなのか、人目には中々つきにくい。
「本当の入り口は反対側なんだが、こっちのほうが近いからな」
木々を抜けるとそこにはやや古い木造の日本家屋と広い庭が目の前に入ってきた。
そして庭の縁側には見覚えのある顔があった。
縁側の柱に腰かけ横目でこちらを見る姿は、着物を着流し、無表情で気だるげでありながら凛とした色気を感じる。
「あれ? また会ったね。 またなんかトラブルでも?」
「どうも響稀さん」
以前、妖怪とのトラブルで助けてもらった恩人といえる彼女と、こんな形で再会するとは。
「不良どもに絡まれてたのさ。 怪我してたから手当てしてやることにした」
「ふーん。 それは気の毒に」
響稀はそういうと立ち上がり部屋の中に引っ込んでしまった。
「上がっていいぞ。 ああ、靴はそこに置いといていいから」
茉莉香に促され靴を脱いで部屋に入る。
「怪我をしたのはどこ?」
救急箱のような箱を響稀が持ってきた。
部屋のテーブルの近くに座り膝を見せる。
「少し染みると思うけど我慢してね」
小さな子供じゃあるまいしそのくらいは平気……だと思う。
響稀に消毒して消毒してもらっている間暇なので部屋を見渡してみる。
部屋にあるのは箪笥とテーブルと大きめのテレビとデッキのみ。
テレビ関係はなんかこの部屋の雰囲気とそぐわない気がしないでもないが。
逆にクーラーの類はないらしい。
それでいてこの涼しさ、夕方ということを差し引いてももはや寒い気すらしてくる。
「そういえばここってみなさんいるんですか?」
「いや。 みんなここに住んでるわけじゃないんだ。 もっと言うと私の家ってわけでもない。 私の……そうだな、師匠みたいな人が使ってたんだ。 で、今は私が住まわせてもらってる。 ここには定期的に集まったりするときの集会所みたいなところだよ」
「じゃあ、響稀さん以外は住んでないんですか?」
「いや、真白と凛は住んでるね。 あと光莉も家ないからお泊りと称してほとんどここにいるね。 今はいないけど。 あとの三人は近くに住んでるよ」
「じゃあ、いまその二人は?」
「あそこ」
そう言って響稀は顎をしゃくって襖のほうを指す。
その先には真白が襖の隙間からこっちをすごい形相で睨んでいた。
そりゃ寒いはずだ。
「よし、いいよ」
響稀の手によって傷口は消毒され、絆創膏で保護された。
「ここで怪我をすれば私も手当てしてもらえる……? そうすれば肌と肌が触れ合って、液体を垂らしながら……ウフフ……」
可憐な容姿を台無しにするような妄想が聞こえてきた。
彼女はひょっとしたらそっちの人なのかもしれない。
凛はどうやら真白に近くでこちらを覗いていたらしいが、響稀と私が仲良く話していくにつれて真白が不機嫌になっていった。
するとあたりの空気の温度が下がる下がる。
救出した時には眠気すらもよおしていた。
何が悲しくて家で遭難しかけなければならないのか。
「ええっと。 二人ともお邪魔してます」
「……」
「いえいえ、お気になさらず。 それより怪我大丈夫?」
真白からは友好的なリアクションはもらえないが、凛は前会った時から割と友好的だったので、今回も反応は悪くない。
ちなみに二人の服装はというと、真白はこの前と同じく、若者らしい装いである。
背が小さいから小学生に見えるが冬眠はしたくないので黙っている。
凛はこの前と違い子島である髪を下していた。
多分、自宅だからだろう。
服装はパーカーとズボンだが、なんとなく、顔立ちに比べて年より臭い気もする。
普段着だからかな?
「ねえ」
唐突に響稀から話しかけられた。
「なんですか?」
「ここの怪我もさっき負ったやつ?」
そう言って肩のあたりを指さした。
確かにそこも怪我している。
怪我といっても軽い打撲だから、うっすら痣になってるくらいだと思うが。
「違いますよ。 少し前のやつです」
「よくよく災難に巻き込まれる奴だな」
災難か、そうかもしれないが、この怪我は、事故といえばそうだが、少々事情がある。
それを彼女らに話していいものなのか。
いや、かなり高い確率でこっち絡みの事案だとは思っていた。
しかし、連絡先も知らず相談もできないでいたところに偶然茉莉香と出会った。
頼ってばかりというのもあまりよくないと思ってたのだが、もしかしたら解決できるかもしれない。
「……ちょっと聞いてもらいたい話があるんですけど」
‐‐‐‐‐
事の起こりは五日前にさかのぼる。
その日学校に行くと、親友である楠木真由がいた。
いや、彼女は中学時代、皆勤賞をとったことがあるくらいだから、学校に来ていること自体は珍しくない。
いつものように活発さが透けて見えるような明るい表情が曇っている。
それ以上に問題は彼女の腕だ。
彼女の右腕には痛々しく包帯が巻かれていた。
「どうしたのそれ? 部活の怪我?」
「部活じゃなくて…… なんていうか……その……階段から落っこっちゃって」
真由は割と忙しない性格をしている。
しているが、だからといって、階段から落ちるまして怪我したなんてことはこれまでなかったし、むしろ陸上部での練習でということならまだわからないでもない。
それにしても重症ではあると思うのだが。
「珍しいね。 そんな失敗するなんて」
前の席の椅子を拝借してそこに腰かける。
「ううんと…… なんて言えば良いのかわかんないけど家の中に何かいたみたいで」
凪咲がそこで想像したのは両面宿儺であった。
まさか、また妖怪の類でも出たのかと……
「ホラ、私の家族最近引っ越したでしょ? 前住んでた借家の契約が切れたから更新しないで引っ越そうって…… 家はよかったんだよ? 結構古いって聞いてたのにまだ新しく見えたし。 私の部屋も広くなったし。 安かったらしいし……」
真由は陸上部に所属しており、400メートル走で三位入賞していたこともある、陸上部機体の選手である。
しかし、悲しいかな学業に関してはめっぽう弱く、テスト前や夏休みと冬休みの終了直前に凪咲に助けを求め泣きつくのが恒例行事である。
そんなだからか、話す内容も無茶苦茶で要領を得なかった。
結構彼女の中では衝撃的だったようで、興奮気味になり、余計な情報も相まってかなり、理解が難しかった。
それでも頭の良さは皆が認める凪咲は頭の中でそれを整理し、まとめられる。
それによるとこういうことである。
・彼女たちが引っ越した家は古いのは古いが、ボロいわけではなく、新築でも通るんじゃないか(真由の主観では)といった具合で、家賃も安いお買い得物件だった。
・しかし、住んで数日、何かの気配を家族全員が感じだした。
・それは気のせいだと思うことにして、さらに数日、二階の屋根から足音のような音が聞こえた。
・最初は家鳴りという現象だと親は言っていたが、頻度も多く、ひょっとして動物でも住み着いているのではないかと考えた。
・そう思って天井裏を調べるも何の痕跡もなかった。
・一応不動産の担当者に相談すると、家に来てもらえることとなった。
・で、夜、担当者の男性がやってくると、彼がひとりのとき、何かに襲われ腕に獣のひっかき傷のようなものができた。
・ひょっとして、凶暴な外来生物でもいるのかと思って、その夜、天井裏などをを一斉に調べた。
そして、真由は出会ってしまった。
正確に言うと目が合った。
夜の闇でも光る二つの球体、おそらく目だったのではないか、と真由は思っている。
そしてその身体は、大型犬から小型の肉食獣くらいの大きさで四本足で黒いもやがかかっているように見えた。
その何かは真由の真横を通った。
触れはしなかったが、近くを通ったことに驚き、走って、誤って階段から落ちたらしい。
それで彼女は気絶したのだか、手首の捻挫と、そのほか軽い打撲で済んだらしい。
しかし、真由が見たという影は他に誰も見ていないと言うし、本人も当時の記憶は曖昧で、不動産の担当者の怪我も、本人がもどこかに擦りむいたか何かしての怪我だったというので、その場は解散になった。
しばらくその家で異変は起こらなかったらしい。
そう、しばらくの間は。