守護者 壱
運の悪いコト、なんだかついてないな、と思うことというのは得てして続くものである。
きっと「誰でも今日は全然ダメだ」なんて思うことはあるだろう。
朝のニュースの占いは最下位だった。
今朝、学校に行こうとして自転車のブレーキが壊れていることに気づいた。
出てすぐ気づいたので、自転車を押していく羽目になった。
気付くのが遅くなっていたら、タイムリープしそうになったところである。
三時間目の体育では、通り雨が降ったものだから体育館に変更になったし、何より身体がビショ濡れである。
四時間目の英語の教科書を忘れていたことに授業中気付く。
昼休みを昼寝していて寝ぼけていたせいで気づけなかったのだ。
幸い教科書の中身は暗記しているから事なきを得たが、先生に注意された。
で、極め付けが今、この状況である。
「おいっ!! お前聞いてんのか!!」
何故、私は不良のお兄さん(年下と思われるが)に絡まれているのだろうか。
事の起こりは放課後、帰り道途中にある本屋でのことだった。
その日はなんとなく雑誌を立ち読みして帰ろうかな、くらいに思っていた。
そして、帰ろうと出口に近づこうとして、男性客の一人に違和感を覚えた。
本屋にいる客というのは、大体落ち着いているものである。
まだ小さい子供なら話は別だろうが…… 少なくとも中学生には見える。
そのくらいの年にもなってそれはあるまい。
何より、あの周囲を気にする仕草。
やろうとしていることはなんとなく想像がつく。
多分、万引きとかだろう。
いやもうやってしまっているのかも知れない。
その証拠にカバンを両手で持って隠そうとしている。
中に見られたくないものがあるのだろう。
その少年がふと動き出して、こちらの出口側に近づいてきた。
レジはこちら側にない。
出たところを取り押さえてもいいのだが……できれば未遂で終わらせてやりたい。
そうすれば私の心の中にしまっておくだけで済む。
これに懲りて再犯しないでほしいが…… それは本人の心がけ次第というもの、警告はした。
それでもやるというならもう私のあずかり知らないところである。
というわけで、少年のほうに近づいて。
「外に出たら通報するから。
レジを通すか、元の本棚に戻すかしなさい」
と耳元で囁いた。
すると少年はとても驚いた表情でこちらを見てきた。
そして、パニックになったようでカバンをこちらに投げてきた。
「うっ……」
思ったよりもあった重量につい呻き声をあげて座り込んでしまった。
そして、近くにいる人たちの注目を浴びてしまう。
少年はというと、一度あたりを見渡して、店を出て走り去っていった。
その姿を座り込んだまま見ていると、別の少年二、三人も走って店内を出ていく。
そうか…… 単独犯じゃなかったのか……
「お客様! 大丈夫ですか!」
慌てて店員が駆け寄ってくる。
「学生が集団で万引きしたようです。
そのうちの一人の物はここに」
カバンを開けてみると中には教科書と学校指定と思われるジャージ、そして漫画二冊と音楽雑誌と数学の参考書それぞれ一冊ずつ。
「とりあえず警察に連絡しますので話を伺っても?」
「はい」
すぐ近くに交番があったこともあって警官は十分もしないで本屋にやってきた。
私がいるのは店のバックヤード。
万引き犯が取り調べをここで受けているのをドラマやニュースでよく見る。
(私がやった訳じゃないんだけどな…… いや、私はひょっとして仲間と疑われているのかな)?
しかし、その心配は杞憂だった。 監視カメラには中学生くらいの男子数名が万引きしている姿がしっかり映っていた。 私と少年の一人が接触して逃げられたところも。
ということで、警官には事の次第、逃げたやつらと面識はないか、などいろいろ聞かれ、三十分くらいで解放された。
その帰り道、人通りの少ない道で。
「オイ」
後ろから声がした。
自分に話しかけているのだろうか、話しかけられているんだろう。
ゆっくりと後ろを向いた。
「さっきは随分と余計なことしてくれたな」
後ろには四人の男子、うち一人は私が本屋で話しかけたあの少年。
困ったな……仕返しか……
「一応言っておくと悪いコトをしたのはそっちだからね。
本来なら捕まったっておかしくなかったんだよ?」
「うるせぇ!! てめぇが最初っから黙ってりゃ済んだ話だろうが! 万引きなんかでいちいち正義の味方ずらしやがって!」
参ったな…… いくら中学生とはいえ男子、真っ向勝負で勝てるわけない。
となればとるべき選択肢は一つ。
逃走一択だ。
彼らに背を向け走り出す。
……で、冒頭に至る。
足は私のほうが速かった。
しかし、普段からこの町で悪さしている彼らに地の利はあったらしく、すぐに包囲されてしまった。
包囲された場所は高架橋の柱。 ここに至るまでに誘導されていたらしい。
私も地元の人間なのだが、流石に自分の行動範囲じゃないところ以外はわからない。
さてどうしたものか。
五体投地で謝ってもいいけど悪いのはあっちのほうだし……
「おいっ!! お前聞いてんのか!!」
そう言って少年の一人が右手首をつかんできた。
面倒くさいけど悲鳴あげてしまおうか、いや、人がいないからそれは無理かな。
などと考えていると
「お前たち何をしてるんだ?」
私の右手首をつかんだ少年の手首をつかんだ手があった。
全員がその手の主のほうを向く
「あ」
見たことのある顔だった。
茶髪の少し長い髪を襟足付近でまとめ、お世辞にも目つきはいいとは言えず、しかし綺麗な顔立ちをしている。
長身と相まってなんとも威圧的な印象すら与えそうな女性。
そして何より彼女は人間ではない。
「どうもまた会いましたね……ええと、茉莉香さん?」
「お前誰だ?」
粋がっていても所詮中学生。
背は彼女のほうが上だから、ほとんどが彼女を見上げている。
「こいつの知り合いだ。 通りすがりのな」
というと少年は掴んでいた手を振り払い、
「俺たちはこいつに用事があるんだ。 お前は失せな。 そうすればお前には手を出さないでやる」
「手を出す? ほう、まあ若くても男だしなわからないでもないが、まだ早いんじゃないか? しかも大人数でとか、一気に大人の階段上りすぎだろう」
随分あけすけに言う人だな。 もうちょっと真面目な人かと思ってた。 っていうか別に私は
「私は今から何をされるところだと思ってたんですか、いや、ナニをされるところだと思ってたんですか?」
「冗談だよ」
そう言ってフッと笑った。
なんとも男前である。
少年たちはというと、全員下を向いてしまっている。
そんなに恥ずかしいか。
まあ、綺麗な顔だもんね。
「そういうわけだ、今日のところはさっさと帰れ、あと三年は待つんだな」
三年後でもまだ未成年ではなかろうか。
「そうはいくか! このままじゃ示しつかねえだろ」
「……悪い、何の話だったか」
茉莉香がこっちを向いて聞いてきた。
ここにきて自分が思っていた状況と違うことに気づいたらしい。
「多分万引き通報したことの報復をしたいんだと思います」
「それはお前たちが悪い」
と、少年のほうを向き直り、両手を腰にあて、胸を張りながらそうきっぱり言い放った。 尤もそれでどうにかなったら、こんなに面倒なことになっていなかったわけだが。
こんな時に言えるセリフじゃないだろうけど……その……大きいっすね。
胸張ったもんだから余計に主張してくる。
男子中学生が下を向くのもわかる。
「そもそも、大人数でかかってくるとはどういう了見だ」
「そんなの負けたやつの言い訳だろ」
そう言って少年たちは一斉に茉莉香に襲い掛かり……そして瞬殺された。 いや、殺してはいないけど。
しかし、驚いた。
少年たちの拳を受け流し、一人ひとり放り投げる。 にもかかわらず、相手が負った負傷といえばせいぜい打ち身くらいで、大したダメージにならない。
ここまで圧倒してしまうとは思わなかった。 これが人と妖怪の差だとでもいうのか。
「もう少し鍛えてから来るんだな」
そう言うと少年たちは悔しさを滲ませつつ走り去っていった。
「大丈夫……じゃないな……怪我してるぞ」
そう言えばさっき逃げた時に転んで膝を擦りむいたんだったか。
そうやって指摘されるとなんだか痛い気がしてきたぞ。
「こっち来い。 消毒してやる」
「持ってるんですか?」
「いや、今は持ってないな…… でも家近いんだ。 そこならある」
「別にいいですよ? そこまでしてもらわなくても。 それじゃ、ありがとうございました」
「そうか? じゃあな」
そう言って振り返って、来た道を戻ろうとして……
「あの~」
「ん? どうした?」
「ここどこですか?」
必死で逃げてたから此処が何処かわからなかった……。