ガゼック・ソー
一行はミュラに着くと、各自自分の荷物を、新しい馬に乗せて、帰っていった。
ザルク達も、家に着くと、ギルとイルベリーに迎えられ、土産話をしながら荷解きを始めた。
最初に、リュウジに引っ付いていた白と雪を引っ剥がして、御土産だと言ってに渡すと、ギルの喜び様は凄かった。
こんなに懐いたプランテラーは見た事が無いとのことだ。
更に、なかなか見る事の出来ない白花と言う事も相相まって、次の日からギルの肩には必ず白と雪が乗っていた。
後日イルベリーが、更に驚きの発見をする。
何気に、皿洗いや洗濯を手伝わせたら、多少なりと出来たのだ。
そしてその次の日から、ギルの肩には、白か雪のどちらか一匹しか見えなくなってしまった。
イルベリーが家事手伝いを教えるのに、一日交代で家に貸し出されたのだ。
この時点でギルよりもイルベリーの方がプランテラーに夢中になっていた、家事手伝いをしてくれる貴重な戦力を確保できた上に、報酬は野菜に付いた虫で済むのだ。
まあ、集中力が持たなかったり、サイズが小さすぎたり、いろいろ問題はありそうだが、着実に戦力となっていきそうだった。
そして今回のリュウジ達の土産話はギルにとっては、圧巻だった。
目を輝かせて、悔しがったり、歓声を上げたり、何と言っても、リュウジがドラゴナイトに成りそこなったあたりでは拳を握り締めて悔しがっていた。
そしてリゼルダのドラゴンの誓約に立会い、ドラゴナイトの誕生を目撃してきた、と言うくだりでは悔しさのまり、半泣き状態になっていた。
何故自分はあそこで一緒に付いて行く事をあきらめてしまったのか、ギルにしてみれば一生の後悔物だろう。
「リュウジが、ドラゴナイトに成ってくれれば良かったのに」
まったくその通りだった、其の方がリュウジにとっても、どれ程都合が良かったか。
此方の世界の人ならば、あの場でリゼルダを殺して交代、と言うのは普通に有りえたのだろう。
やった事の重大さを考えても当然の話で、リュウジが咎められる事も無いだろう。
しかし異世界で育ったリュウジには、無理な話だった。
ただ、ギルには、ほんのちょっとだけ、先にドラゴンを買われてしまった残念な話として話した。
とても憧れのドラゴナイトが、ドラゴンを盗んでドラゴナイトに成った等と、子供の夢を壊すようなことは、ザルクもリュウジも出来なかった。
イルベリーには本当の処を話しておいたが、イルベリーの憤慨ぶりも半端では無かった。
「ごめんな、ギル、俺も残念だったんだ、でもドラゴナイトには会えるぞ、其れも秘密のドラドナイトにな、今度パパと一緒に会いに行こう」
「本当、パパ」
「ああ本当だ、会いに行こう、でも誰にも内緒だぞ」
◇◆◇◆◇
数日後、ブチに跨ったリュウジと、リックにギルと二人乗りしたザルクは、の師匠ガゼック・ソーと名乗る門番に会いに行く事となった。
勿論ギルの肩の上には、雪が六本の足をギルの服に引っ掛けて、張り付いている。
魔境の道への門番をしている彼の住み家は、街の外壁を利用して建てられている。
建物の一部が外壁と繋がっていて、そこを通って、彼だけは自由に、外へ出る事が出来る。
とは言ってもこの門から出ようと言う者は限られている、魔物狩り、鉱物採取、植物採取等を行う者ぐらいだ。
この門から出れば、魔境の脅威にさらされ、それだけでも命懸けになる、腕に覚えの無い者は、護衛が居なければ生還が危ぶまれる。
街の者でも此処から外にいく者は極々限られていた。
その専用口は、本当に彼専用になっていた、門番をしながら魔獣が近づいてくると、臨時収入とばかりに、出ていって仕留めてくる訳だ。
そして余り臨時収入が近づいて来ない時には、時々臨時収入を探しに、彼はふらりと魔境に入って行くのだった。
ザルク達がそんな彼の家に着いてみると、そこには誰もいなかった。
反対側に居る、もう一人の門番アレフに聞いてみると、直ぐに呆れた様な口調で、答えが返ってきた。
「少し前に「一寸言つまみ採ってくる」とか言って森に入って行きましたぜ、本当に、最近はガゼックさんの御かげで、めっきり魔獣が近寄って来なくなりましたからね」
「まあ、頻繁につまみにされたんじゃ、魔獣も警戒するだろうな」
「何か旨い魔獣でもいるのか」
「最近はシロマダラオオトカゲの尻尾が気に入ってるみたいですよ、いつも分けてくれますから」
「旨いのか」
聞かずにはいられないリュウジだった。
「美味しいですね、本当に酒にも合いますし」
「食ってみてえー」
「食えるかもな、ほら」
ザルクの示す方を見ると、癖の強い白髪を肩まで垂らし、少し細身の片刃の剣を背中に背負った、片足義足の長身で細いながらも引き締まった躰つきの老人らしからぬ老人が、大きな蜥蜴の尻尾を担いで、ニコニコしながら此方に向って来ていた。
「おお、今日はどうした、ザルク、ギルも大きくなったな、もう一人は初めての奴だな誰だ」
短い顎鬚を片手でつまみながら老人らしからぬ老人は話し始めた。
「リュウジと言います、よろしくお願いします」
リュウジがすかさず自己紹介すると、今度は短い口髭を擦りながらニヤニヤして答える。
「そうか、儂はガゼックだ、宜しくな」
「今日は一寸頼みごとがあて来たのですが、師匠何を持ってるんです」
「ああ、白黒蜥蜴だ、いつもは尻尾だけで勘弁してやるんだが、今日はいきなり歯向かって来やがったから、思わす斬っちまった、あれを持って来るのも面倒だったのでな、取りあえず尻尾だけ摘みに持って来たのだが、この人数だと、少し足りんかの」
ガゼックはザルク達を見ながら、楽しそうに言った。
「白マダラですね、勿体無い何処に置いて来たのです、取りに行って来ますよ、」
それを聞くとガゼックはすぐさま場所を教える。
「岩山の下だ」
「直ぐ其処じゃ無いですか」
「ああ、そうなんじゃが、此奴、尻尾が一番うまいし、アレフと二人じゃ、どうせ食い切れんからな」
「保存食にすればいいじゃないですか」
「そんなことせんでも、魔獣なんて、森にいくらでもいるじゃろ」
「「「・・・・・・」」」
居ても命がけじゃなければ捕まえられないのが、魔獣なのだが。
「そんなに近いなら、俺も行けないか」
「ああ、馬なら十分もからん、リュウジも一緒に行くか、ブチと魔境デビューだ」
「よっしゃ!」
「元気がいいの、じゃが気を付けろよ、上の方にまだ何匹か居たからな」
「見掛けたらすぐ逃げて来ますよ」
ガゼックに、ギルを預けると、二人は武器を手に門を潜り、橋を渡って魔境へと向かった。
リュウジは魔境デビューにワクワクしながらも、初めての魔境に、かなり緊張してブチに乗っていた。
ブチは乗り手のリュウジよりもリラックスして、足取りも軽く、足場の悪い霧の中をものともせずに、リックを追いかけて進んで行く。
そんな魔境の森を物珍し気に見回していたリュウジだったが、薄青い霧が、淀んでいる場所を見つけて、好奇心に駆られ、ザルクにあれは何かと聞いてみたが、ザルクから返ってきた返事はにべも無かった。
「薄青い?気のせいだろ、只の霧だぞ」
リュウジは気になったが、ザルクもリックも気にせずどんどん進んで行くので、そう言う物なのだと、リュウジもそれ以上気にする事も無かった。
岩場に着いてみるとゴツゴツとした黒い岩山の下に、尻尾の無い白マダラ大蜥蜴が、喉を裂かれて無雑作に転がっていた。
かなりの大物で、普通此れを尻尾だけ取って、放置していく等考えられない代物だった。
ガゼックの性格なのか、ドラゴナイトがそうなのか、どちらにしても、彼に掛かれば、白マダラ大蜥蜴も、只の白黒蜥蜴で、只の酒のつまみと言う事だろう。
白マダラ大蜥蜴と言えば、まして今此処に無雑作に転がっている様な特大サイズともなれば、かなりの高額になる、尤も尻尾が切れているので、皮の値は落ちるだろうが、間違っても倒したその場に捨てて行く者では無い。
二人は、辺りを警戒しながら、蜥蜴をリックに括り付け、ブチに二人で乗って帰って行った。
行きも帰りも、リックはブチに何か教えながら進んでいるのだろう、時々リックの触手が、ブチに触っていた。
いろいろな意味で、魔境に入れる馬は少ない、普通の馬は森に入るのさえ嫌がる、増して足場が悪く、魔獣のうろつく魔境の森など論外だ。
リックがブチにいったい何を教えているのか、ザルクはあまり気にしていない様だが、リュウジは後でリックに聞いても見ようと思っていた。
◇◆◇◆◇
ザルク達が行ってしまうと、ガゼックは一休みしようと、木陰にセットされた丸いテーブルセットの椅子に腰を下ろした。
ギルは直ぐに隣の椅子に座り、早速ガゼックを質問攻めにし始める。
「ガゼックおじさん、ドラゴナイトなの?」
子供ならではの、遠慮のない不躾な質問にガゼックは少し怯んだが、直ぐにまあ良かろうと気を取り直すと、ギルに語り始めた。
「ああ、そうだよ、驚いたなー、誰に聞いたんだい」
「パパに聞いたんだ、秘密だって言っていたけど」
ガゼックなるほど、帰ってきたら少し突ついてやるか、と思いながら、爛々と目を輝かせたギルに向き直り、短くされど思いを込めて、さりげなく答えた。
「そうか、その通りだよ」
「凄い、本当だったんだ!それでね、ガゼックおじさんにお願いが有るんだ、少しだけで良いから、おじさんのドラゴンに合わせてほしいんです」
思わず声が大きくなるほどの、純粋で他愛もない素朴な願いだったが、ガゼックには叶えてやることの出来ない願いだった。
ガゼックは、本当に悲しそうな、でもとても穏やかで、何かを懐かしむように、一度天井を見上げると、ゆっくりと話し始めた。
「悪いなギル、おじさんも会わせてあげたいのだが、おじさんのドラゴンはもう居ないのだよ、もう昔々の話だが、おじさんのドラゴンは、リグ、と言う翼竜で、普通の翼竜より二回り位大きかったかな。
生まれた時は小さいぐらいだったのだが、よく食べるドラゴンでな、気が付いてみれば普通のドラゴンより大きくなっていたのだ、勿論力もずっと強かった。
そう、リグと森の畔ででも静かに暮らしていれば良かったのだが、本当に、此処のような、でもあのころは、私もまだ若くてな、くだらない戦争に参加してまった。
あのような争いなど、どちらに理が有ろうが、民が苦しむだけの話で、何も未来に噤む様な物が無かったのに。
私はそんな戦いでリグと、この足を無くした。
敵には、飛龍のドラゴナイトがいてな、いくらリグがでかくても、普通に戦えば飛龍には勝てない。
私とリグは何重にも罠を張り、さらに其処へ誘導する罠を張り、戦った、其れでも飛龍は強くてな、勝はしたが、リグも死に、私の足もこの通りだ、そしてその二つの国は、その後も何度となく戦争を繰り返し、滅びてしまって、今はもう廃墟しか残っておらん。
ギルよ、そう言う訳でリグには会わせられんが、良い物をやろう」
ガゼックは話し終わると立ち上がり、家に入ると、何か包みを持って帰って来た。
ガゼックはその包みをギルの前に差し出した。
ギルは、目の前に差し出されたその包みを、ぎこちなく開けていくと、中から、とても綺麗に透き通った、ギルの両の掌よりも大きな、楕円形のガラスのような物が出てきた。
ギルが不思議な顔をして、其れを眺めていると、ガゼックが教えてくれた。
「それはリグの瞼だ、翼竜には二枚の瞼が有ってな、それは飛行する時に出して目を守る方の瞼だ」
ギルは手を小刻みに震わせ、顔を真っ赤にして感動していた。
ドラゴナイトに本物のドラゴンの瞼を貰ったのだ、並大抵の感動では収まらないだろう。
「こんな大切な物、貰ってしまって良いんですか」
「ああ、もう一つ有しな、ギルならきっと良い使い方を見つけるだろう、大切にしてくれよ」
「はい」
ギルは感無量だった。
「処で、此のテーブルの上をうろちょろしている、白いのは何かな」
ガゼックが、テーブルの上でギルと一緒に、ドラゴンの瞼をのぞき込んでいる雪を見ながら尋ねた。
「此れは家のペットです、今ママと色々教えている処です」
「それは凄いな、もう何か覚えたのか」
ガゼックは少し驚いて、聞き返した、白いブランテラーも珍しいが、それ以上にプランテラーが、こんなに人間に懐いているのは見た事が無かった。
今目の前に居る白いプランテラーは、ギルの周りを付かず離れず、呼べば反応しているのだ。
「まだ、皿洗いだけです」
この言葉にガゼックは思わず椅子の背凭れから起き上がった、信じられない話だった、プランテラーが、皿洗い等。
「本当に皿洗いするのか?」
「はい、皿洗いはもう雪も、白も完璧です」
ガゼックは、雪の前に顔を持って行き、雪をまじまじと見つめる。
雪は、ちょこちょこっと、ギルの方へ逃げて行きギルの腕をよじ登っていた。
「凄いなー 他には何が出来るのだ」
「今は、ママが洗濯教えている」
雪はギルの背中に隠れて、襟元の髪の隙間からガゼックを覗いていた。