プランテラー
翌日リュウジ達は、帰路の食糧買出しに追われていた、帰路の分の食糧は現地調達予定だった為、此処で調達しなければ食料が無いのだ。
尤もリックだけは、女将さんからお土産に、キロルとか言う黄色いニンジンモドキとイシイモの葉を籠いっぱい貰っていたが。
獣市では、此処まで長い旅をして来る者も多いため、食料のバリエーションも豊富だ、食料品の占領する一角もあり、一寸した市場等より余程物が揃っていた。
食糧の買い出しは順調に進んでいたが、リュウジとリックは戦力外通知を受けていた。
リュウジが物珍しさに、落ち着きがなく、直ぐにふらふらと道を逸れたり、立ち止まったりした為、時間までに宿に戻れば良いから、リックちと好きな処に行ってこいと言い渡されてしまったのだ。
リュウジはリックに乗って、市場を散策していた。
見た事もない野菜や果物に埋め尽くされた店先を眺めているだけでも楽しかった。
相場が判らないので、それが高いのか安いのかさえ判断が付かなかったが、この世界の初心者のリュウジには、只々全てが興味深かった。
リュウジは幾つか試しに買って食べてみようと、旨そうに見えた順に、屋台で売られていた何かの肉の串焼きや、果物を買い込み、リックの上でそれを頬張りながら、辺りに視線を巡らせる。
視線の端に映った野菜売り場に、場違いな物をを発見し、リュウジが寄っていくと、端の木箱の中で赤い花がが動いている。
花の様に見える其れは、ミカン箱位の木箱の中に押し詰められ、木箱一杯に詰められた赤い花がわさわさと動いているように見える。
その脇に並んだ同じ箱には同じ種類の白い花が二輪、箱の隅に張り付いていた。
ごそごそと動き回る赤い花に対して、対照的に白い花は寄り添って動かない。
リュウジの視線がその箱で止まると、店の主人が、リュウジの前に出してくれる。
「お客さん珍しいだろ、プランテラーだ、其れも丁度食べ頃、煮ても良し、焼いても良し、偶にペットにする人もいるが、そんな勿体無い事をしてはいけない、この一番美味しい時に食べなかったら、損だよ、これ以上大きくなったら、どんどん固くなる」
リュウジは目の前に出された其れを見て固まる。
大根位の大きさの其れは、半分人間の形をしていて、ミューミュー鳴いている。
全身緑色で、頭の花と、豆粒の様な尻尾だけが、鮮やかに赤く、上半身は人間の女性とそっくりで、下半身は、カブと言うか、粘土の塊をそのまま付けたような不格好な形になっている。
其処に二本の爪のついた本当に小さな足が六本付いていて、背中には髪の代わりに、大きな葉が、何枚も付いている、そして不格好なカブの背中には、豆粒が尻尾まで綺麗に並んでいた。
「リック、此れは何だ」
リュウジが声を絞り出すと、リックから間伐入れずにドカンと、答えが返ってきた。
(其れは、とても美味しい、たくさん買って行こう)
リュウジは思いもよらない答えが返ってきた。
「いや、流石にこれは食べられない、でもペットにしてみたいから、番賢い奴選んでくれ、リック」
そう言われてリックは、赤いプランテラーの頭を撫でていたが、撫で終えると、全部駄目、みたいな視線を、リュウジに投げてよこした。
リュウジが、まだ白いプランテラーが二匹残っている、とリックに視線を投げる。
リックは白いプランテラーを撫でると、食べないのかと言うイメージとこの二匹はとても賢いと言うイメージを一緒に送ってきた。
「おやじさん、白いの、二匹下さい」
リュウジが言うと、白いプランテラーを小さな箱に移しながら、言う。
「お客さん本当にこれ、ペットにするんですか、プランテラーの白って、高級食材ですよ、滅多に入荷しないのに食べないなんてもったいない、まあ、私は買っていただけるのだから良いんですけど」
本当にどれだけ美味しいのだろうか、しかし、リュウジはこの姿を見てしまった後で、プランテラーを食べようと言う気にはなれなかった。
白いプランテラーは、赤よりも少し線が細く、色も薄く黄緑色で、逆に花弁は少し大きかった。
「とりあえず売ってください」
リュウジは、一体自分は何をやっているのだろう、何故こんなもの買っているのだろうと、ふと、思いつつも、もう後には引けなかった。
「六万ラグルに成ります」
思わずリュウジは箱の値札を見たが、確かにそこには三万ラグルと書いてあった、因みに赤い方には三千ラグルと書いてあった、食材としては信じられない高さに思えた。
高級ステーキ肉よりもまだ高いとは、一体どんな味なんだ。
リュウジは白いプランテラー達を箱ごと貰うと、気を取り直して、この世界の食べ物を再度幾つか買い込んで食い歩きを再開する。
リュウジがプランテラー達を箱に入れたまま食材の区画を進むと、プランテラー達が箱から飛び出しそうな勢いで、身を乗り出している。
その視線の先を見てみれば、指ほどもありそうなミルワームがキロ売りされていた。
リュウジは見ただけで引いてしまったが、プランテラー達はそれを捕まえようと、箱をよじ登り、今にも箱から飛び出しそうだ。
食材として売られていたのだから、エサ等それ程与えられていなかっただろう。
プランテラー達はリックの触手に捕まりに窘められていたが、どのみち必要だと思い、五百と書いてあったので、五百ラグル分買う事にした。
店のおやじは、なみなみと巨大ミルワームの入ったジョッキをリュウジに突き出すと、何処に入れるのか聞いてきた。
流石に直接リュウジの荷物袋に直接入れる気にはなれないので、プランテラー達をリックに預け、プランテラー達の入っていた、木箱に入れてもらった。
試しに、木箱を二匹に近づけて見ると、箱に頭を突っ込んで、両手に巨大ミルワームを掴んで、がつがつと食べ始めた。
可哀想だがこんな人ごみの中で、餌をやる訳にもいかないので、木箱を離すと、ミューミューなき始まり、またリック叱られていた。
二匹は今、両手にミルワームを持ったまま、リックの触手の先にぶら下がって揺れている。
リュウジが、二匹の白いプランテラーを連れて木漏れ日亭に戻ると、まだ部屋は誰も戻っていなかった。
リュウジはさっそくリックの部屋に行くと、プランテラー達に餌をやってみる事にした。
箱を土間に置き、プランテラー達を放してやる。
するとプランテラー達は真っ直ぐに箱に向かって移動してゆく、と言っても、手乗りインコが歩いているよりまだ遅い速度だ、どうやら移動は苦手らしい。
箱に着くなり、頭を突っ込んで、がっつき始める。二匹とも十匹位は食べた頃だろうか、箱の脇でおとなしくなり始めた時、一匹が爪をかけて部屋の壁を登り始めた、じわじわと登って行く先を見ると、どうやら目的は蜘蛛らしい、天井の隅に親指位の蜘蛛が陣取っていた。
リュウジはプランテラーが、垂直の壁をもぼって行くのに驚いていた、速度こそ無いが、天井まで登ってゆき、自分の掌よりも大きな蜘蛛を捕まえて、旨そうに食べている。
プランテラー達は、非常に懐っこく、短い時間でリュウジ達に懐き、子猫の様に纏わり付いていた。
そんな処へザルク達が、食料を抱えて帰って来た。
皆自分の荷袋をはち切れんばかりにして両脇に抱えていた。
「リュウジ、凄いじゃないか、其れは今日のディナーか」
ザルクが、プランテラーを見るなり嬉しそうに言い放つ。
「凄いですね、白いのはまだ食べた事無いが、とても旨いって話だよ」
ソレノまでとても食べたそうな言葉を投げてきた。
「よし、女将さんに料理してもらおう」
ハンクに至っては、食べる事決定済みの様だ。
「皆ちょっと待って、食べないでくれ」
プランテラー達は、身の危険を感じたのか、何時の間にかリュウジの後ろに隠れていた。
「此れはリックに選んでもらった、一番賢いプランテラーで、俺が躾てペットにするのだから、食っちゃ駄目だぜ」
「確かに、普通のプランテラーは、懐いたり、人の陰に隠れたりとか、聞いた事無いな」
ザルクが言うと、プランテラーが、リュウジの陰からザルク達を覗いている。
「残念じゃ、酒のつまみは、此のミニワームだけか」
ハンクが、巨大ミルワームを覗きながら、言っている。
リュウジは、やっぱり此奴も普通に食べるのかと思いつつ、ミニ、と言う事は、もっとでかいのもいると言う事なのだろうか、とか、思いつつ十分巨大なミルワームに視線を落として顔をしかめる。
「申し訳無いが、其れも駄目なんだ、此奴らの餌と言う事で」
リュウジがそう言うと、皆不思議そうな顔をしていた。
「其れは初めて聞いたぞ、プランテラーは、水だけあれば大丈夫じゃ無かったのか?」
ザルクの言葉に、今度はリュウジが驚く。
「いや、先刻喜んで、其れ食べていたけど」
リュウジが、皆の見ている前でプランテラーにミニワームを渡すと、警戒しながら、リュウジの脇で食べ始めた。
「「「おおー」」」
皆プランテラーは食材としてしか見ていなかったので、プランテラーが昆虫を捕食すると言うのは新事実だった様だ。
「チビがある程度まで仕上がったら、必ず協力する、だから少しだけ待っていてくれ」
リゼルダのそんな言葉と、女将とマスターに見送られながら、その日リュウジ達一行はガロンベルグの獣市を後にした。
帰路も事の外順調だった。
新しい馬達は、鞍を付けるのも、人を乗せるのも馬達と意思の疎通を行いながら出来るのだから、順調な事この上ない。
初めてだと言うのに、手綱さえ要らない様な状態だ。
其れと言うのも、お前達は、此の人間に助けてもらい、もし助けてもらっていなければ馬肉だったかもしれない、的な事、そして人間がいかに馬達を大切に思い、世話をしてくれるか、そして馬達はそれに報いなければ成らないと、リックが馬達に教え込んでいるのだから間違いがない。
そして、逆に馬達の此処が痛いとか、喉が渇いたとかの意思疎通も出来るのだ。
因みに馬達の名前は、ブチに月にクリと、見た目そのままのひねりも何もない名前が付けられていた。
プランテラー達も、白と雪と言う名を貰い、御者台に居るリュウジの脇で、太陽に向かって、まだ小さな葉を一杯に広げて日光浴をしている。
リュウジが目を凝らすと、青白い湯気のようなものが白と雪から立ち昇っていた。
リュウジはソーラーパネルの様だな、あの湯気なんだろう?
とか思いつつ上から白を見ていると、白の頭の真ん中に透き通った水滴、と言うか、ビー玉のような物が付いているのが見えた。
リュウジが顔を寄せると、白は驚いて頭の花と閉じてしまった。
見せて見ろと、白を手に取って、蕾になった頭を撫でてやると、ゆっくりと蕾を開いていった。
その花の中心には、複眼の様に見える目玉が付いていた。
リュウジが後ろから、その上に手を翳すと、しっかりと花を閉じて反応する、上空警戒用の複眼なのだろうか、しっかりと見えているのは間違えなさそうだ。
何となく感心して、雪の方も見てみると、雪の複眼は若干水色がかっていた、けっこう個体差が有るのだなと思いながら、白を雪の隣に降ろしてやると、白も又太陽に向かって葉を広げると大きな伸びをしていた。
◇◆◇◆◇
セレニア帝国、首都セレアニアの帝国城、シルバーパレス最上階
いま彼女はフェイスガードを開き、肉眼で眼下街を眺めている。
そう、彼女は直接肉眼で物を見るのが好きだった。
別にシールドが有っても無くても、見える景色に違いはないのだが、彼女は、景色との間にシールドが無い、と言う事実だけで、少し心が軽くなる様な気がしていた。
彼女の種族で、景色を見るためだけにフェイスガードを開く者等皆無だ。
彼女たちが文明の進化と共に、まともに歩く力すら失って数万年。
今彼女たちは今バイオボディと呼ばれるスーツを着ている、既に彼女達はそれ無しでは生きられない躰となり、それがボディと呼ばれるように、今はそれが彼女たちの体なのだ。
そんなバイオボディのフェイスガードを態々開ける等、普通ならあり得ない行為だった。
彼女たちがバイオボディのフェイスガードを開けるのは、皇帝の御前、すなわち彼女ファイオラ・ド・フィオラの前くらいの物だ。
そんなバイオボディのフェイスガードを開けた彼女は、地上数百メートル、シルバーパレスの最上階のフロアをすべて使った彼女の私室から、見渡す限りに広がった町並みを眺め嘆息する。
ファイオラは、鋼鉄の椅子にガンメタリックの体を預け、目を閉じる。
彼女の種族は、今危機に瀕していた。
彼女たちの種族がこの惑星に流れ着いて数百年、既にスペアボディもスペアパーツも尽きかけていたが、彼らにこれを創る技術は無く、これ以上人口が増えれば、バイオボディの支給は不可能となるだろう。
そしてバイオボディの燃料とも言うべきセルペレットはすでに底をつき、この惑星の材料で生産するも、出来上がったセルペレットは質が悪く、年に一度程度で済むはずのセルペレットの供給は月に一度となっていた。
そのセルペレットとの材料は更に問題だった、この星の知的生命体すなわち、人間や、亜人を分解しなければ創れない、そう、バイオボディ一年分のセルペレットを作る為には、この星の人間十人以上の命が必要だった。
これは彼女たちの倫理からしても非常に問題だったが、自分達の命には代える事は出来ず、生産方法は国民に伏せられたまま、セルペレットは生産された。
この事実は、国の中枢を担う極僅かな者達だけの知る所となり、今でも別の生産方法は模索され続けているが、成果は上がっていなかった。
故に彼らの種族は、今でも、毎年種族の人口の十倍の命を糧に存続し続けていた。
今も、シルバーパレスの正面広場には、冷蔵カプセルに入った死体が次々に運び込まれている。
白銀に、金の縁取りをあしらったバイオボディの上に、やはり純白に金の刺繡を施した司祭服を身に着けたセレニア星教大司教が頭を垂れた人々の前に現れ、それらを弔うと、カプセルは地下の輪廻の墓地に降ろされる。
「魂は肉体を離れ天上に、その躰はは再び命の糧となりこ現世のサイクルに戻らんことを願い、輪廻の墓地に」
昇降機に乗せられた兵士の亡骸の入った冷蔵カプセルは、司祭の言葉と共に、集まった親族達に見送られ、地下の輪廻の墓地へと消えて行く。
そして一緒に集められた奴隷や、敵兵士の死体も、大司教に弔われ、地下共同輪廻墓地と称される別の大きな入り口から、同じ地下へと消えて行く。
セレニア帝国に、遍く星空から降臨したとされる、純粋なセレニア人は数パーセントも居ない。
今、セレニア人と称される殆どの人々は、版図拡大の折に吸収された国の種族だった。
しかしそのセレニア人を生かすために広げられた帝国の版図は広大だった。
ファイオラは、ひたすら戦場を創り、奴隷を潰してはその命の糧を作り続けているが、それも既に限界に来ていた。
ファイオラに種族を存続させる次の策はまだ見えていなかった。