リゼルダ・キッシュハート
その日も、獣市の賑わいは大した物だった、人を掻き分け無ければ歩けない程の賑わいだ。
リュウジがリックに乗りザルクが手綱を引いている、普段リックは意思疎通が出来る為、手綱等着けないのだが、今回はダミーで手綱を着け、ザルクの所有を表すタグまで頸に掛けている.
リュウジの迷子防止と、もめ事を起こさない用心だったが、リュウジには非常に有りがたっかた、リックと話しながら上から辺りを観回せるのだから、ガイド付き異世界ツアーだ。
異世界ツアー宜しく辺りを観回すその眼には、動物園の珍獣処では無い、獣達が飛び込んでくる、お馴染みの馬やら、牛やら等にそっくりな奴もそれなりに居たが、殆どは見た事もない獣ばかりだった。
リックに揺られながら、気に成る物を片っ端から質問しつつ進んでいると、遠目ではあるが、リュウジに心躍らせるような生き物が、視界に入ってきた。
地球では有りえない架空の生き物、リュウジの目にと飛び込んだのはドラゴンだった、茶褐色の体色に、長い頸、長い尻尾、蝙蝠に似たその姿は飛龍とでも言うのだろうか、リュウジにとっては、夢の存在だ。
本物を見る事が出来るとは、其れこそ夢にも思っていなかった、と言うやつだ。
近付けば、鞍と手綱が着いている、乗る事も出来る様だ、リュウジは既にドラゴンに乗って空を飛んでいる自分が見えていたが、「其れはドラゴンではない」と言う、リックの一言で、墜落してしまった。
「どう見てもドラゴンだろ」
リュウジの言葉にザルクが反応してきた。
「あれはガウスだ、竜もどきとも言われているが、簡単に言えば、有翼大蜥蜴だ」
「やっぱりそれはドラゴンの事だろ」
「そうだったな、解った、少し説明すると、ドラゴンとはまず、俺達と同じかそれ以上に知的でだ、姿は似ているがあれ(がうす)とは全く違う」
「人格があるのか」
「当たり前だ、あれと比べたら、去ると人間みたいなものだ」
「本人が聞いたら怒るな」
「多分な、本人の前では言わないほうが良いな、それに、ドラゴンには聖約の血が、流れていて、血を交換して誓約すれば、ドラゴナイトになれる」
「それがドラゴナイトなのか」
「ああ、そうだ、互いに絆を結び、寿命も意識も共にするそうだ」
「凄い一度ドラゴナイトに成ってみたいな」
「リュウジ、まず一度なったら戻れないし、誓約しても総てがドラゴナイトに成れるわけでは無いんだ、三人か四人に一人だ、あとはドラゴンの血に耐えられず、三日以内に死んでしまう様だ、その三日もドラゴンの血で躰が作り変わると言われ、相当苦しいらしいぞ」
「マジか、それは一寸引くなでも寿命は延びるんだろ、どれくらい伸びるんだ」
「それはドラゴンによってらしいが、普通数百年、ドラゴンによっては数千年なんて言う奴も居るらしい」
「本当に凄いな」
「皆の憧れではあるが、リスクも同じくらい高いからな」
「見るだけなら、時々この上を飛んでるぞ、見掛けたら教えてやるよ
「え、何故」
不思議そうなリュウジに、この世界の常識レクチャーをするザルクだった。
「此処はガロンベルグだからな、常にドラゴナイト・シーバレンの炎竜と翼竜のドラゴナイト部隊が常駐している、尤もドラゴナイトの多い国だからな、時々上空を飛事位あるさ、揉め事でも起こせば降りてくるかもしれないぞ」
「ザルク、因みにあのガウスでどれ位するものなんだ」
「安くても、二千万、調教や、性格等、良ければ五千万から六千万ラグルと言った処か」
「そんなに高いのか」
「そうだな、基本あんな奴貴族の道楽か、軍隊でしか使わんし、戦力としては申し分ない騎獣だからな」
「確かに、そんな気はする」
「どうしても欲しい奴は、ドラゴンと一緒だ、卵を取りに行くしかないが、ま、あれの卵でも取りに行った奴は、大概帰って来ないがな」
「ザルク、俺達の、馬買いに来たんだろ」
ソレノに言われて、辺りを見回して見ると、前方が馬だらけになっている、道の両側の柵にスタンダードな馬から、余り馬と認めたく無い様な馬まで、目を向ければ辺りを馬が埋め尽くしていた。
「頼むぜ、ザルク」
「応、始めるか、リュウジ、リック」
良さそうな馬を見付けると、何気なく近付き、リックが触手で触れてみる、店主が寄ってくると、ザルクが話して煙に巻く、そんな事を何度か繰り返し、半日も過ぎたころ、ようやく目星がついてきた。
ソレノは月毛の九か月馬、ハンクは、四足に白い靴下をはいた栗毛の八か月馬だった。
迷ったのはリュウジの馬だった。
リックのお勧めの一番賢いと言う馬は、痩せ細った白地に茶色の斑馬だった、投げ売りの柵に入っているのを、偶然リックが見つけたのだが、いかんせん体格がよろしくない、おまけに模様までパッとしない、値段は格安三十万ラグルだ、此処で売れなきゃ、次は馬肉だろう。
リュウジが真剣に迷っていると、よっぽど気に入たのか、リックが思いの外強く推してくる、心なしか馬も必死に訴え掛けている様な気がする、既に涙目になっているように見える。
結局この涙目に負けてリュウジは斑馬をさらに値切り、二十五万ラグルで購入したのだが、涙目の原因は、今日此処でリュウジに買って貰えなかったならば、明日には馬肉にされる事だろう、と言うリックの送り付けたイメージのせいらしい。
購入した馬を引き連れて歩いていると、人だかりの方から、声が聞こえてくる。
「ドラゴンの卵だ、誰か買わんかね、激安百万ラグルだ、どうだ、」
リュウジがザルクの方を見ると、両手を肩の処まで上げて肩をすくめる、ハンクもソレノも、首を横に振る。
リュウジが、それでも行きたそうにしていると、ザルクが人だかりに向かってあるきだした。
既に目的も達成したし、たとえ偽物と解っていても、どんな物が出てくるのか、話の種に見てみるのも楽しいだろうと思い、ザルクは人だかりを掻き分けて、竜の卵の方に向かっていった。
とにかくリュウジにしてみれば、ガウスも立派なドラゴンに見える位なので、偽物だろうと何だろうと、たとえ卵でもドラゴンと名の付く物は見てみたかった。
人だかりの中央には頭にターバンの様な物をまいた小太りの男が居て、手の平に小さなごつごつとした不格好な卵が乗っていた。
ドラゴンの卵と言えば、いくら小さな種類でも一抱えは有ると言う、ザルク達は一目で偽物と判断したが、リュウジは違った、最初から本物とか、偽物とか、同でもよく、一体あれは何なのだろう、言う好奇心が先に立っていた。
「リックあれは何」
リックはそう聞かれると、小太りの男の後ろから静かに触手を伸ばし、その卵に触れていた。
するとリックからドカンと言う感じで、ドラゴンの卵、と言うイメージが送られてきた。
りゅじは、リックから飛び降りると、金を取り出しながら小太りの男に言った。
「買った!」
すると小太りの男はにこにこしながらリュウジに卵を渡そうとしたが、其れは途中で、白金貨三枚と入れ替わっていた。
「おやじ、此のドラゴンの卵は、其れで俺が買った」
白金貨三枚、即ち、三百万ラグルだ。
「ちょっと待て、おやじ、其れは今俺が買っただろ!」
「申し訳ない今此れで売れてしまったよ」
小太りのおやじは白金貨を三枚リュウジに見せると、しれっと言い放つ。
「おい、ちょっと待て、其れはいま俺が先に買っただろ!」
リュウジはドラゴンの卵を横取りした、赤い皮鎧の女に向かって叫んだ。
「済まんが、此れは俺が先に買った、譲る訳にはいかん」
女はそう言うと、踵を返して、走り去る。
「ちょっと待て ちょっと待てって!」
リュウジは叫ぶながら後追う。
すると女は人ごみにまぎれるように走り出した。
リュウジも走って後を追うが、女はとても人混みの中を走っているとは思えない速さで遠ざかって行く。
リュウジは、女を完全に見失い、後ろを振り向けば、そこには異世界の雑踏があるばかりだった。
(しまった、迷子か)
リュウジはザルク達探して雑踏の中を歩き回ったが、数時間後リュウジが探し当てたのは、ザルク達ではなく、木漏れ日亭だった。
それでも、ほっとしたリュウジが部屋に戻ると、そこには、赤い皮鎧の女が、ザルク達に囲まれていた。
「捕まえたのか」
「ああ、捕まえるには捕まえたんだが、少し遅くてな、肝心の卵を持っていない、どこかに隠しやがった」
四人とリックが赤い皮鎧の女を取り囲むとゆっくりと、リュウジの方に向き直り、今度は交渉し始める。
「悪いが何とか譲ってもらえないか、後で十倍、いや百倍払おう」
其れを聞いて、ザルクが声を荒げる。
「ふざけるな、百倍だろうと、千倍だろうとドラゴンが居ればすぐにそれ位稼げる、ドラゴンの卵を返せ」
すると、女は悪びれもせずにとんでもない事を言い始めた、完全な確信犯だった。
「済まんが、何とか譲ってくれ、誓約しちまったんだ」
途端にザルクが女につかみ掛かりる。
「嘘をつくな、まだ卵だろうが、聖約なんか出来るか」
「あの後、少し魔力を送ったら、すぐに孵ってな、それで・・・・」
ザルクが女の胸ぐらをつかんで引き寄せる。
「それが本当なら、お前何をやったか解っているのか」
怒りで震えるザルクをリュウジが止めに入る。
「止めようザルク、もうどうにも成らないんだろう」
「ああ誓約しちまったら終わりだ、だが、まだ本当かどうかわからん」
女はおずおずと、懐から石塊のような卵の殻と、ひどく不格好なドラゴンの要請を取り出した。
「すまない」
「ドラゴンの卵は魔力で孵るのか」
卵は温めて孵すものと思っていたリュウジは聞き返す。
「ああ、十分な魔力が溜ればな、だから魔力が少なければ、孵化せずに石化して魔力が注がれるのを待つんだ」
「どのくらい石化してられるんだ」
「分からんが、何百年か石化していた卵が孵ったことは有るらしい」
「なるほど、それでこの卵は孵化する寸前で石化していたと言う事か」
「多分な、少し魔力を注ぎ込んだらすぐに孵ったからな」
「どうやら本当に誓約したようだな、既に此奴はドラゴナイトだ、まだ力は無いだろうがな」
「ああ、まだ力は貰っていない」
「盗んだドラゴンだと解れば、ドラゴナイトでも爪弾きだな」
「私が買ったんだ」
ザルクが再び、皮鎧の襟元をつかんで引き寄せる。
「いや、リュウジが買ったんだ!」
「信じられん、横取りされたのはドラゴンだぞ、リュウジが成れたはずのドラゴナイトに、この女が成るのだぞ、」
ザルクは怒りが収まらず、胸ぐらをつかんだまま、女を振り回す。
普通なら一生手に入れられないであろうチャンスを、偶然とはいえ、手に入れた瞬間に横取りされたのだ、許せるはずが無い。
ドラゴナイトの手に入れるものは大きい、誓約したドラゴンと同じ何百年と言う寿命に、一人で軍隊を蹴散らせる戦力、ドラゴンによっては、国さえ亡ぼせる力。
此れは国を手に入れたのと同義にさえ取れるのだ、この世界に於いてドラゴナイトとはそう言った物だった。
とは言え、この世界初心者の、当のリュウジは、まだピンと来ていなかった、頭で解っていても、感情が、付いて行っていないのだ。
「ザルク、逆に何とかする方法は無いのか?」
リュウジの問いに、ザルクは眉間にしわを寄せながら答えた。
「無い事も無い、」
リュウジが、有るのか、と思った瞬間、ザルクは剣を抜くと、切っ先を女に向けて続ける。
「この女を、殺ればいい、幸いまだドラドナイトの力は発現されていない、今のうちに此奴を殺れば、もう一度誓約が出来る様に成る、ドラゴンが幼生の内にしか出来ない方法だが、今ならできる」
女の右手がピクリと動いた、刹那、ザルクの剣の切っ先は、女の喉元に突き付けられていた。
「止めとけ、俺はド素人じゃ無い、魔法を使う隙など与えると思うか、この距離なら、魔法を発動した瞬間にザックリいってやる、俺達を舐めるなよ」
女はひきつった顔を、ゆっくりとリュウジの方に向けると、助けを求めた。
「おい、あんた、何でもするよ、だから他の代案を見付けてくれないか、私もまだ、生きていたい、あんたなら、今夜伽に行っても良いぞ、何なら嫁になっても良い、四番目でも五番目でも、奴隷でも良いぞ」
リュウジの表情が緩むのを見ると、間伐を入れずにザルクが唸る
「騙されるな、リュウジ、ドラゴナイトの力を手に入れれば、殺られるのは、俺達の方だぞ、何人居ようが敵じゃない、例え無手でもだ、三日後にはもうこの女は無敵だ、殺るなら今しかない」
少し離れた処から冷静に見ていたソレノが、静かだが重い口調で話し始める。
「あんた、少し信用に足る事を言わんと、本当に此処で人生終わってしまうぞ」
女がリュウジの方にそっとドラゴンの幼生を差し出す。
リュウジが受け取ると、女は自分の存在をかけて話し始めた。
「リュウジ殿、その幼生の中には私の血が入っている、ザルク殿の言った通り私を殺さない限り、新たな誓約はできない、成獣なら私を殺しても誓約は難しいが、幼生である今なら容易い、だが、リュウジ殿の命ならなんでも聞こう、下僕になっても良い、必ず約束は守る、だから、そのドラゴンの力を私に呉れないか、私の名に懸けて誓う」
リュウジは手の平に乗った幼生を見ながら考えていた。
日本人のリュウジとしては、今目の前で女を殺すと言う選択肢は無かったが、盗まれた物の価値が計り知れない事は実感が湧いてきた、それを鑑みれば普通この世界はすぐにザルクの意見実行されることだろう。
「でも、そうだな、この女の生きる確率は三十パーセント以下なのだろう」
「それはそうだが」
「もし生きてドラゴナイトに成ったのなら、俺の頼み事は何でもきくか」
「リュウジそれだけじゃ・・」
ザルク呆れて反論しようとすると、女が、被せて話始まる。
「誓うぞ、私の名に懸けて、リゼルダ、・キッシュハートの名に懸けて、ドラゴナイトとなった暁には、リュウジ殿の頼み事には全霊を懸けて、協力する事を誓う」
ザルクの表情が一変する。
「お前、根性悪のリゼルダか!・・お前の名前だけじゃ足りん、お前の師匠の名も懸けろ」
「なんだ其れは、誰がそんな事を、言っている」
「お前の師匠だ、お前、師匠の、馬と剣と、財布パック行ったろう、その剣帯の紋章、師匠の紋章じゃねーか」
リゼルダが、あからさまに、あたふたとし始まる。
「ば、ばかあれは、少し借りただけだ、何故お前がそんな事を知っている」
「当たり前だ、お前の師匠は、ガゼック・ソーだろ、俺の師匠でもある、そして多分直ぐにリュウジの師匠にもなる、お前は弟弟子になろうと言う者から、ドラゴンを奪ったのだ」
「馬鹿な、師匠は今何処にいる」
「俺の村だ、剣筋も魔法も良かったのに、根性だけは、どう仕様も無いと、零していたぞ、俺が報告しておいてやる、師匠にちゃんと話に行くんだな」
「いや、まて、其れは不味い、こんな事が師匠にばれたら、本当に其れは不味い」
「お前みたいな奴は、少し師匠に絞られろ」
「待て、ザルク殿待ってくれ、そんな甘い話じゃ無いんだ、本当に不味いんだ」
リゼルダは明らかに先程剣を突き付けられた時よりも、動揺して額から冷汗を流している。
「良いじゃないか、師匠も心配していたぞ」
「まて、其れは、本当に師匠なのか」
「ああ、左足の無いガゼック・ソーだ」
「御免なさい、其れだけは許してください」
ついに、リゼルダはザルクにひれ伏してしまった、土下座だ。
「お前、どれだけ師匠が怖いんだ」
「当たり前だ、こんな事が知れたら、師匠の折檻フルコースだ、かるく十回は死ねるぞ」
「どんな折檻なんだ」
ザルクが聞くとリゼルダは当然の様に答える。
「手加減を知らん師匠と、ひたすら対戦だ、死にかけるたびに、ポーションで回復させられながら、師匠が飽きるまでひたすらだ」
この答えにはザルクの額からも冷汗が流れる。
「其れは余り考えたくないな、人間とは思えない強さだからな、この間もグリーンサーヴェラとか、普通に狩っていたからな」
「ドラゴナイトならそれ位当然だろ」
「何、師匠がドラゴナイトだと!初めて聞いたぞ」
「当たり前だ、あの強さで普通の人間の訳無いだろ」
「師匠めー、でも、師匠のドラゴンって、見た事無いな」
「少し変わった翼竜だったらしいが、戦で亡くしたと聞いている」
「そうか」
リゼルダが、ザルクの姉弟子だと、判明し、部屋に張りつめた緊張は解け、五人はテーブルを囲んで話始まる。
「リュウジに協力すると誓ったのだ、約束は守れよ、一生リュウジのパシリだからな、明日から一緒に来こい」
リゼルダは、ザルクのことばに軽く手を挙げると、ゆっくりと首を振りながら話始まる。
「済まんが直ぐにと言う訳にはいかない、最初は此奴を面倒見てやらんと、折角手に入れたのに死んでしまう」
「なら、尚更一緒に来ればいい」
「いや、いや、お前の街には師匠が居るのだろう」
「お前、どれだけだよ」
「すでにトラウマだ、お前も一度師匠の折檻受けてみるといい」
「・・・・」
ザルクも飽きれるばかりだった
「ドラゴンと言うのは、最初はみんな、そんなに小さいのか」
ふとリュウジの気になる質問に全員が聞き耳を立てる。
「いや、この種類だけだ、他のドラゴンは、生まれた時から、犬や猫よりはデカいし、産まれれば直ぐに狩りをする、だが此奴だけは違う、未熟なまま産まれ、数か月は親から餌を貰って成長しなければ狩りも出来ない、」
「へー、変った形してますよね、何て言うドラゴンなんです」
ソレノのも興味津々だ
テーブルの中央に置かれたそのドラゴンの幼生は、太くて大きな角と一体化した頭部に、申し訳程度に目や鼻や口があり、体は甲虫の様に堅そう装甲を纏、背中と腹に二つずつ、大きな突起がある。
余り長くない太い尻尾もしっかりと装甲に覆われ、その尻尾の付け根からは、かなりごつくて短い脚が生えている。
どうやら翼は、装甲の下に閉じているらしく、バランスを崩すと、装甲の下から、時々翼カブトムシのような羽がが飛び出してくる。
「多分スピアードラゴンと言ってな、ドラゴンの中では一番小さいかもしれん、成長しても一メートルくらいにしか成らんと聞いている」
大きさを聞いて、みんな間の抜けた顔になっていた、いくらドラゴンでもそのサイズでは、直ぐに箒で叩き落とせそうである、見た目もカブトムシの様で微塵も強そうに見えない。
「其れって、どうやって戦うんだ?」
リュウジの質問にリゼルダまで間抜け顔になってしまう。
「ドラゴン自体が殆ど見られないドラゴンなのに、戦い方まで解るわけ無いだろ、でも飛龍ですら撃ち落とすと云われてもいる幻のドラゴンだぞ」
「此奴がかい?」
有りえないと言わんばかりにハンクが言うと、全員が、その通りだと、言わんばかりにテーブルの上の不格好なドラゴンをのぞき込む。
「そうだよ、此奴がだ、此れでもドラゴンなんだぞ、疑うのか」
「疑わない、疑わないけど、強そうに見えん・・・・・」
ハンクが言い切ると、リゼルダは、皆の前から、不格好なドラゴンを掬い上げ、さらりと言い放つ。
「もお前達にはもうドラゴンの誓約は見せん」
「え、冗談だリゼルダ、そんな事言うなよ」
ハンクは直ぐに降参した、ドラゴンの誓約を見られる機会等、まず無い、今回を逃せば二度と見る事は無いだろう、見ただけで一生自慢話に出来そうな出来事だ、くだらない冗談でこんな機会を逃したくなかった。
「解っているよ、でもその前に、此奴に食べさせる物何かないか」
皆自分の荷物をごそごそと始め、テーブルの上には、パンに干し肉、乾燥果実、色々な物が積み上げられたが基本的になんでも食べる様だ、雛鳥の様に大口開けて、上を向いて、えさを要求している。
此れ、がどう成長すると飛龍を落とす様に成るのか、皆、疑問の残る処では有ったが、大口を開けて餌をねだる様は、皆を和ませ、少しまったりとした時間が過ぎていった。
腹いっぱいになった不格好なドラゴンは、テーブルの上で丸くなって寝てしまった。
するとリゼルダが、ボケットから小さなナイフを取り出し、皆を見回すと、言った。
「さて、其れでは、ドラゴンの誓約、してみようか」
リゼルダが言うとその場に緊張が走り、皆生唾を飲み込む。
「応・・」
リゼルダはそっと幼生の尻尾をつかむと、その先端当たりの内側の装甲の無い部分に、小さなナイフの切っ先を突き立てた。
しかし思いの外、幼生の皮膚は固く、ナイフは通らない。
「堅い」
リゼルダは呟くと、手にしたナイフに力を掛ける。
するとナイフはザックリと、幼生の尻尾に突き刺さる。
甲高い幼生の悲鳴が上がり、リゼルダが慌てふためく。
幼生は尻尾の先から血を流しながら、テーブルの上をぎこちなく走り出し、リュウジにキャッチされると、羽をばたつかせ、突起物を開くと、其処からシュウシュウと圧縮された空気を噴出させパニックになっていた。
(こいつは圧縮空気で加速するのか?)
当然な話だろう、満腹になって寝こけたところを、いきなり尻尾にナイフを突き立てられたのだ、其れも生後一日で。
「済まん、悪かった、ちょと力が入りすぎた」
リュウジは、シュウシュウ、バタバタしているドラゴンを落ち着かせると、リゼルダに引き渡す。
リゼルダは、尻尾から流れる血を掌で受けると、一気に飲み干した。
「誓約完了だ、どうだ」
リゼルダは宣言した。
「どうだ、と言うか呆気なかったな」
「あっという間だったな」
「もう終わってしまったのか」
「三日後も生きてるといいな」
口々に言いたいことを言っている。
「絶対に死なん」
リゼルダはそう言うと、幼生の尻尾に包帯を巻き、再び眠いについた幼生を、抱えて立ち上がった。
「悪いが、多分俺は明日から寝込む、此奴に餌やってくれ、最悪の場合、次はリュウジが誓約すればいい」
そう言って、リゼルダは、幼生をリュウジに渡すとドアを閉め、急きょ用意してもらった自分の部屋に戻って行った。
次の日から、リゼルダは予告通り寝込んでいた、高熱にうなされ、時々ベッドの上でのたうち回っていた。
事情を聴いて、看病を引き受けてくれた、女将さんも此れには驚いて、ザルクを呼びに来たが、ドラゴンと誓約を交わせば、必ずこうなるそうで、黙ってみているしか無かった。
死んだりしないのか、とザルクに聞くと、死ぬ奴も偶にいるらしいが、リゼルダの場合は大丈夫だ、と言い切っていたが、ザルクに一切の根拠はなかった。
結局幼「チビの世話頼む」と言われ、幼生の世話を引き受けたリュウジだったが、此れはこれで、皆奪い合う様に世話をしていた。
ハンクなどチビに酒の味を覚えさせてしまい、酒を見ると、知日が寄って来るので、チビの前で酒が飲めなくなっていた。
「チビ、頼む此奴の味は忘れてくれ」
ハンクは、酒樽を抱えてチビに懇願したが、既に手遅れだった。
チビはハンクが酒樽を持つと、必ず寄っていっては、酒をねだっていた。
「ハンク、リゼルダが起きてきたら大変だな」
ザルクの言葉にハンクが青ざめる。
「よせ、たかが酒だ、飲めなかったら、人生半分、損したようなもんだろ、ドラゴンだって、酒は飲みたいはずだ」
「リゼルダもそう思ってくれるといいな」
ハンクは涙目になっていた、ハンクの脳裏には、根性悪のリゼルダが、ドラゴナイトに成って自分を攻めてくる場面が鮮やかに映し出されていた、涙目に位成ろうと言う物だろう。
リゼルダが起きてきたのは、三日目の夕方だった。
足取りも軽く、艶々した肌に、赤みが強くなり、殆ど赤毛になった栗毛、そして瞳の色が、チビと同じダークレッドに変わっていた。
全体的には、三日でかなり瘦せこけたが、その分ギラギラと精悍さが際立っていた。
「皆、チビの面倒見てくれてありがとう」
「寝込む前より元気になってないか、と言うより別人だな」
ハンクが首を傾げながら言うと事も無げに答えが返ってくる。
「ドラゴナイトに成ったからな、チビの気持ちも伝わって来るし、体も軽い、力も漲っている感じだ」
リゼルダは事も無げに話しているが、リュウジは、ドラゴンの血で、躰が作り変えられると言うのは本当だったのだなと思い、三日ものたうち回りながら寝込むのも納得がいっていた そしてそれだけの負担が躰に掛かるのなら、体が耐えれれなかった場合、ドラゴナイトに成れずに死んでしまうのも頷けた。
「そんな物なのか」
「ああ、絶好調だぞ」
「そうなのか、其れでチビの名前は決まったのか」
リゼルダが少し言いづらそうに答える。
「え、ああ、だからチビだ」
聞くなり、ハンクが、半分固まりながらボソリと呟く。
「え、犬や猫じゃ無いのだぞ」
一同信あまりの名前に、リゼルダに非難がましい顔を向ける。
「自分のドラゴンにチビだと、ポチ、タマと余り変わらん、と言うか、一緒だ、どうして自分のドラゴンにそんな名前付けちまうんだ、信じられん」
ザルクは真っ向から非難する。
「でも、本人も気に入てるし、実際大きくは成らないし」
リゼルダは弁解するが、ザルクが一蹴する。
「ドラゴンに付ける名前じゃ無い」
しかし、リゼルダに皆の言葉は既に届かず、ドラゴンの名前は、一同の非難を受けつつもチビに、確定した。