ガロンベルグにて
一方ガロンベルグに向かったアーバン達は、直ぐにセレニア帝国の偵察機に捕捉されたが、再び刃を交える事無く、偵察機が戻る前に、闇に紛れてガロンベルグに入城していた。
アーバン達を補足はしても、セレニア帝国から、彼らと刃を交えるだけの戦力を差し向けるには、時間が足りなかった様だ。
入城直後に、ガロンベルグに、セレニア帝国の一個師団が押し寄せ、アーバン達を引き渡すよう要求してきたが、ガロンベルグ側はこの要求を拒否した。
この界隈の国々随一のドラゴナイト部隊を有するガロンベルグが、セレニア帝国軍の、言うがままに、アーバン達を引き渡す訳には行かない。
城塞のほぼ中央、六本の世界樹の間にある王専用展望塔の玉座にて、脚を組み頬杖をついて、その男、クロイツ・ラウド・ボーグマン王は不満げに眉をしかめて、城壁の外に布陣するセレニア軍を眺めていた。
細身の引き締まった躰に、詰襟の黒服を身に纏い、顎髭と口ひげを几帳面に短く切り揃え、オールバックに撫でつけられた黒青色の髪は彼に精悍な印象を与えていたが、頬杖と、顰めた眉がそれを台無しにしていた。
此れでは残念ながら、王どころか、悪事を企む悪代官にしか見ない。
そんな彼の前に赤褐色の甲冑を身に付け、顎髭を蓄えた中年の偉丈夫が、赤い瞳を伏せて跪く。
「恐れながら殿下・・・」
「俺とお前しかおらん、形式はよせ」
「では、奴ら、昨日亡命してきたアーバン殿達を渡せと言っておりますが、どうします?」
「俺は、あの国、好きじゃねーんだよ、あそこにやった密偵は殆ど帰って来ねーし、あの国に入った奴隷はほとんど出て来ねーて知ってるか」
「ええ、鉱山で、だいぶ派手に奴隷を使いつぶしているとか」
「いや、それは俺も聴いてるが、それだけじゃねー、あそこから売りに出された奴隷も殆どいねー、買い取って内情を聴こうと思ったんだが、そもそも売りに出されてなかった、あれだけ派手に奴隷を買い付けて、全部使いつぶしたってか、有り得ねーだろ、食料にでもしてねーかぎり、普通はそれなりに国の外に売り出される奴隷だっている筈だろ」
「確かに」
「それによ、あのギラギラした銀の鎧、何で出来ているのか全く解らねー、あんな軽くて頑丈な金属、あの国以外じゃ産出してねーし、創ろうとしたが、どんな金属を混ぜ合わせてみても作り出せねー、未だに家の連中は頑張ってるが、俺のカンじゃ多分創り出せねーぜ、それに、奴ら絶対に鎧を外さねーだろ、きみわりーんだよ、あいつ等とは仲良くなれる気がしねーんだよな、どうよ、シーバレン」
「相変らずですね、殿下、では御意に」
「応、手前らなんかに仲間を渡せるか、って言っとけ、何なら相棒のブレスでもくれてやれ」
「承知しました」
シーバレンは、そう言って王の間から退出すると、直ぐに声を掛けられる。
「承知しました、とか本気でブレス撃ち込まないで下さいよ」
そう言われて、シーバレンは、困ったように蓄えたあごひげを撫でると、詰襟を着込んだ狐目の若者の顔を覗き込む。
若者は、片目が隠れるほど伸ばした、くすんだ金髪を左手で払うと、再度シーバレンに釘を刺す。
「何を困っているのですか、本気で撃ち込むつもりでしたね」
「うむ」
「やはりやるつもりでしたか、絶対に止めて下さい、やったら、その場で全面戦争に突入ですよ」
若者はそう言うとシーバレンと入れ違いに、王の間に入室した。
「殿下、今本気でシーバレン殿に撃ち込ませようとしましたね」
「応、カーマインか、当たり前じゃねーか、奴ら一度こっちが突っぱねた、要求無理強いしようとしているんだぞ、呑めるわけねーだろ」
「そうですが、今はこらえて下さい、敵は準備万端、此方は寝耳に水です、此処で戦を始めては敵の思うつぼです」
「だろうな、だが、此処で舐められては、後々いいようにやられる、引くわけにはいかんぞ、たかが一個師団くらいではこのガロンベルをどうこうする事は出来ないと言う事を奴らに思い知らせてやらなければばならんからな」
「ですが、このまま戦に突入しては代償が大きすぎます、壁外の民は殆ど巻き込まれます」
「解っている、だが、最早避けられぬ戦だ」
「しかし」
「なら、その壁外の民の前に陣を張るとしよう」
「それでは、地の利が失われてしまいます」
「地の利なんてなくても、家の野郎共は負けねーよ、それに、陣を張るだけだ、カーマイン、お前が壁外の民を壁内に入れたら、さっさと撤収して壁内に戻すさ、まあ、お前がもたもたしていて戦になっちまったらその時は諦めろ、後はシーバレンの仕事だがな」
「殿下、しかし」
「もう決まった事だ、カーマイン、さっさと始めろ、どうせだから戦える奴は総て並べてやれ」
「御意」
「待て、カーマイン」
カーマインが立ちあがり、退出しようとすると、クロイツに呼び止められる。
「太陽王が帰還したてー話はどうだったよ」
「多分真実でしょう、まず彼らほどの者が嘘をつく理由がありません、そんな嘘をつかなくても、我々が彼らを受け入れる事は解っているでしょうから、着くならもう少し真実味のある嘘をすくでしょう、彼らの言う事によれば、太陽の王国は魔境の最奥の半島にあるそうです、選りすぐりの護衛を付けますので、ぜひとも行ってみてください」
「よせやい、魔境の最奥なんて、普通に行ったら、全軍率いて行ってもたどり着かんぞ、後でルート聞いておけよ」
「行く気ですか」
「当たり前だ」
「でしょうね」
「そう言う事だ、此奴を預けてやる、上手くやって来いカーマイン」
そう言ってクロイツはカーマインに自分の腰の剣を放ってよこした。
「有難き幸せ」
カーマインはそれをしっかりと受け止めると、その場で深く頭を垂れ、王の剣を握り締めて出ていった。
クロイツは、カーマインが出て行くと、数百メートル先のシルバーデモニアの布陣を睨み、舌打ちをする。
総戦力を敵の眼前に並べて、敵が諦めてくれればよいが、戦になれば、城壁を利用出来ない上に、手の内を殆どさらけ出してしまう、そうなっては悪手だ。
敵が戦を避ける可能性は、五分五分以下だとクロイツは思っている、エルダードラゴンと、岩竜のドラゴナイトだ、敵も傷の癒える前に討ち取ろうとするだろう、もう少し小物であれば、戦をしてまで討ち取ろうとはしないだろうが、あの二人にはそれだけの価値がある。
故にクロイツもそれに見合った戦力を見せつけなければ敵は引かない、クロイツの見積もったその戦力は、ガロンベルグの総戦力だった。
それで、敵に引かせることが出来なければ、戦になだれ込む。
城壁都市で、城壁の外に出て戦う等有ってはならない、本来なら城壁の外の者等切り捨て、城壁の中に籠って戦ってこその城壁都市だ、時間稼ぎとはいえ、その利を捨てて城壁外に布陣する等本末転倒だ、実質そのまま戦になる可能性は高い、クロイツは自分の甘さに舌打ちするのだった。
◇◆◇◆◇
「シーバレン殿」
カーマインはシーバレンを呼び止めると、王から預かった剣を翳す。
「そいつを預かってきたか」
「はい、今回は私の番のようです」
王の剣は戦の全権委任を意味する。
王に代わってその戦場の総ての権限を委譲された証だ、その剣を持つ者の命令は、勅命となる。
「今回出番はなさそうだな」
「いえ、陣頭で活躍してもらわないと困ります」
「ぬかせ」
「全軍集めて敵を威嚇してください」
「威嚇だあ、ああ、ああ、そんな事だろう、任せろ」
シーバレンは面白くなさそうに、顔を顰めると、相棒のドラゴン、ボルディアスに念話を入れながら回廊を進んでいった。
ボルディアスは、シーバレンの誓約竜だ、戦場にては、赤褐色の巨大な翼を広げ、上空から、その巌をも溶かすその強力無比な炎のブレス一息で、何十もの敵を跡形もなく消し去り、跡には溶かされてガラスの様になった地面が残るばかりだった、戦場で赤く透ける巨大な翼は炎の帝を意味し、いつの頃からかボルディアスは炎帝と呼ばれ恐れられるようになっていた。
『ボルディアス、戦は無しになりそうだ、雑魚まで全員集めて、外壁の上にでも並ばせてくれ』
『数で威嚇か、王剣はカーマイン殿か』
『ああ、その通りだ、カーマインに持ってかれた』
『主に渡せば、すぐにでも突っ込んで行くだろうからな、王も城外の者を見捨てられなかったのだろう』
『だがな、ああいう輩は、最初に痛い目に合わせておかないと、尾を引くからな』
『主の言う事も分かるが、此処の人間の半分以上が城外に居るのだぞ、王とて、そう簡単に見捨てる訳には行くまい、まあ、せいぜい派手に威嚇してやろうではないか』
『ま、こういう事は、あ奴の方が得意だからな』
◇◆◇◆◇
はたして中央の塔の上には炎帝が鎮座し、外壁の上には二十頭以上の翼竜が止まり、その周りに十数頭のガウス、更にその周りには、三十羽以上のカナン鳥が止まり、外壁の上を埋めていた。
地上では、獣市を守る様に、二十三人のドラゴナイトとその誓約砂竜が前面に並び、その中央には、ゴライアス、とサイノスに騎乗したアーバンとバレンの姿もあった。
◇◆◇◆◇
「なるほど、そう来ましたか、帰りましょう」
ガロンベルグの外壁前に立ち並んだ、ドラゴナイト部隊をみたユーノスの決断は早かった。
「えー 何を言っているのですか、ユーノス師団長」
副師団長が、びっくりする程に。
「いや、あれと戦ったら被害甚大でしょう、よく見て下さい、あの翼竜の数、そこに炎帝までいるのですよ、地上もドラゴンだらけですし、それに、またあの報告にあった、鉄砲玉みたいなドラゴンが来たらどうします、やっぱり帰りましょ」
「ですが師団長、此処まで来て、何もせずに帰るなんて」
そしてその意志は固かった。
「部下の命を捨てて帰るよりも良いでしょう」
「ですがこれは戦です」
「得る物が有るのならそれも良いですが、今回そこまでして得る物は何もないでしょう、今回いくらせめても、ガロンベルグは落とせないでしょう、私は出来るだけ部下の家族に恨まれたりはしたくないのですよ、副長だって、部下の家族に恨まれるのは嫌でしょう」
「しかしファイオラ様に、これだけの戦力をお借りして何もせずに」
「ですから、その戦力は次に使える様に、無傷でファイオラ様にお返ししましょう、と言う事で帰りますよ、副長、皆に伝えて下さい、」
「了解いたしました」
しかし彼は確かに、女王から一個師団を預かる者でもあった。
かくして、帝国の一個師団はまるでここに来たのが何かの間違えだったかのように、早々に引き上げていったのであった。
ユーノス・ロスティア、彼の預かる師団は帝国で最も生還率の高い師団だった。




