ホルンソの攻防ⅩⅣ(音速の槍)
セレニア帝国本陣指揮車、ラリーにでも出てきそうなカミオンを改造したような装甲指揮者だが、サイズが更に大きく、勿論それを覆う装甲は銀翼船にも使われているお馴染みの銀色素装甲、シルバーガレナニュウム、ザインでは確認されていない金属だ。
そんな指揮車に前線の報告が入ってくる。
「ガルバドール将軍、報告します、戦闘爆撃機、スカラー・ガレ機、撃墜されました、搭乗者スカラー・ガレは脱出後、敵と戦闘になりカーソルは消失、生死不明のまま敵城内に運び込まれました」
「なんだと、スカラー・ガレのカーソル消失だと、彼らにセレニアの戦闘爆撃機を撃墜せる様な力は無い筈では無かったのか、カルバドール将軍」
スタンレスが思わずガルバドールに詰め寄る。
バイオボディの生態カーソルが消失すると言う事は、限りなく死亡の確立が高いと言う事だ、スタンレスもガルバドールも、もう、スカラー・ガレが生きて戻る事は無いだろうと諦めた。
彼らの魔法と我らの科学力、その水準は、圧倒的な開きだったはずだ、彼らが我らに追い付くには、あと五百年はかかると試算していたはずだ。
実際密偵による調査でも、戦闘爆撃機を撃墜できる様な武器も、魔法も、まだ開発されてはいないとの報告だった。
故にこの戦は、戦では無く只の蹂躙だったはずだったのだ、その戦で、戦闘爆撃機が撃墜され搭乗者の命が失われたのだ。
どんなに力の差が有ろうと、これは戦だ、ふたを開ければ何が起こるかわからない、ガルバドールは敵を侮った己を呪った。
「その筈です、何かイレギュラーが生じたのでしょう、直ぐに確認させます。して、何に撃墜されたのだ」
「そ、それが、何に撃墜されたかが、確認できないとの事です」
「どういう事だ、誰も見ていなかったのか」
「いえ、何かに叩きつけられるように墜ちたのは目撃されているのですが、相手が見えなかったと報告してきています」
「相手が見えなかった?」
ガルバドールもスタンレスも首を傾げてしまう。
墜とされる所を見ているのに、何に墜とされたか分らないとはどういう事か、皆目見当がつかない。
「どんな攻撃をされたのだ」
「はい、それも見えなかったとの報告です」
「ならどんな風に堕ちたのだ」
「見えない何かに上から叩き落されたようだ、との報告です」
ますます解らなくなるスタンレスと、ガルバドールだった。
「取りあえず、そろそろホルンソの外壁に到達する頃だろ、銀翼船は下がらせろ」
「そうですな、浮遊砲台に砲撃させましょう」
しかし、その砲撃は、彼らの描いた様な結果はもたらさなかった。
浮遊砲台の砲撃は、外壁の何処に当たっても一撃で外壁を破壊できるはずだった。
「砲撃、外壁に直撃しましたが破壊できません、持ち堪えています」
モニター監視のオペレーターが報告する。
上空に飛ばしている二機の偵察ドローンからの情報だ。
「外壁に掛けられている強化魔法も考慮してシミュレーションしたのでは無かったのか」
スタンレスが思わず口にしてしまう。
「諜報員の持ち込んだ外壁の強化サンプルに、更に強化されることを前提にシミュレーションしたはずです」
「では何故破壊しきれない・・すまない将軍、少し焦ってしまったようだ、まさか銀翼船が墜とされる等あり得ない話だと思っていた。浮遊砲台も過剰戦力だと思っていたのだがな」
だが有り得ない報告は次々と入ってくる。
銀翼船のみならず、浮遊砲台まで墜とされたとの報告まで舞い込む始末だった。
この時になって初めて、とんでもない速さで飛ぶ何かが、銀翼船や浮遊砲台を墜としているのが、確認された。
有ろうことかそれは音速を超えて飛行していると言う。
この世界で音速を超える飛行物体など、今まで確認されていない、今の魔法も含めた科学水準で、音速を超えるなど、有り得ない話だった。
飛行機すら、発明されていないこの世界で、音速を超える飛行機が作り出されるのは、まだ数百年先の話だろうと彼らは予測していた。
魔法でも、まだ音に速さがあると言う概念がないため、音速を超えて物を動かそうとする者が現れるのはだいぶ先の話と予測していたのだ。
では、今彼らの前で、音速を超えて飛行し、彼らの船を墜としているのは一体何なのだ。
彼らはモニター内を飛び回る、槍の穂先にも、ミサイルにも見える物体を凝視する。
「何だ、あれは、敵の兵器か」
しかし自分達の科学力をもってしても、あれほど小さく、あれほど自在に飛び回り、あれほど頑丈な物は作れないだろう、スタンレスは考え込む。
「生物なのか」
ガルバドールも目を見張る。
「あれは、魔法で飛んでいるのか」
生物が、生身で、音速を超えて飛行する等、考えもしない話だった、空を飛ぶ魔法すらまだ確認されていないのだ。
スタンレスは絶句する。
その間にも、モニターの中では、音速を超える槍が飛び回り、浮遊砲台や銀翼船が次々に墜とされてゆく。
外壁はまだ破れない。
浮遊砲台は二機が墜とされ、残りの二機に、敵の翼竜やガウスが纏わりついている。
銀翼船がそれを追い払おうとするが、数が足りなすぎる。
ドローンを近づかせると、槍は浮遊砲台に狙いを定めたのか、その真上に急上昇をはじめ、降下前に、一瞬、槍の形態が崩れ、翼を広げた。
ドローンカメラの倍率を一杯に上げて捉えたその姿は、不格好で小さな翼竜だった。
「何だ、あれは、鳥、いやドラゴンなのか?」
それは狙いが定まったのか、直ぐに、急降下を始める。
それは浮遊砲台を巻き込みながら、銀翼船を墜とし、敵のドラゴナイトに合流したようだ。
浮遊砲台は最後の一機、これで外壁を破らなければならないのだが、砲台の動きがおかしい。
何かに拘束されているように、同じ位置に留まり、姿勢制御をおこなおうとしている。
そうしている間にも音速の槍が再び現れる。
しかし、ドローンのモニターは、外壁近くの塔の前で、小さな淡い光と共に、音速の槍を見失う。
「消えた?」
「ドローンを戻せ」
ドローンの映像が次に音速の槍を捉えた時槍は既に、浮遊砲台の真上だった。
「拙い!」
ガルバドールがそう思った時には既に遅かった。
音速の槍は浮遊砲台に向かって降下を始め、ソニックブームと共に浮遊砲台を狙撃する。
彼らにとって幸運だったのは、その狙撃よりも一瞬早く、砲台が発砲し、その砲撃が狙い違わず、北門に着弾したことだ。
そうは言っても、彼らの見守るモニターの中では、最後の浮遊砲台が撃破され、叩きつけられた地面の上で黒煙を上げていた。
破られた巨大な北門には、待ち構えていたシルバーナイツが押し寄せ、崩れかけた外壁にも無数のシルバーナイツが取り付いている。
そして、モニターの中の音速の槍は小さな淡い光と共に消えてしまう。
たった一体で戦況を左右する生物、音速を超えて飛行し、銀翼船や浮遊砲台を撃破できる生物。
この星の生物は大概におかしく、ドラゴンを筆頭に人に手を加えられた形跡のある生物はゴロゴロしているが、この音速の槍はあり得なかった。
「音速の槍、発見しました、大変です将軍、音速の槍が、こちらに向って来ています」
モニターには翼を広げて、滑空しながらこちらを見下ろしている音速の槍が映し出されている。
「偵察か」
「判りません、しかし、何か持っています」
「ショートソードか」
音速の槍の足にはしっかりとショートソードが握られている。
「銀翼船を呼び戻せ」
「ダメです間に合いません」
銀翼船を戻すにしても、音速の槍は既に真上だ、今から何かしようにも、もう打つ手がない。
「急降下始めました、真上です」
「直ぐに投げろ、いや、中の方が安全か」
魔法防御は気休めにもならないだろうが、この本陣指令車両は、分厚いシルバーガレナニュウム装甲で造られた装甲車両だ、いくら音速以上の速度から打ち出されていても、只のショートソードだ、シルバーガレナニュウムのしかもこれだけ厚い装甲を打ち抜けるとは思えない。
まず、魔法障壁は砕け、スタンレス達が身構えると音速の槍のソニックブームに巻き込まれたドローンが破壊され、モニターが沈黙し、間髪を入れずに轟音が鳴り響く。
指令車の天井はひしゃげ、室内は上下に撹拌され、スタンレス達は壁や天井に打ち付けられる。
起き上がったスタンレスが見上げた天井はひしゃげ、ショートソードの刀身が突き出ていた。
中にいたのが彼らで無ければ、今生とはお別れしていた事だろう。
(この指令車の装甲を貫いただと、いったいどれだけ御速度なのだ)
スタンレスは胸をなでおろす。
「皆大丈夫か」
「はい大丈夫です」
「そうか、外にいた障壁担当の魔導士達は大丈夫か」
「は、意識はありませんが、負傷者有りません」
「そうか」
「問題ない」
「あれの制御システムは大丈夫か」
「直ぐにチェクします」
オペレーター達は、チェックシステムを走らせ、早急に制御システムを確認する。
「外部モニター・及びカメラドローン全滅」
「後輪ショックアブゾーバー、サスペンション破損、装甲、後部ハッチ破損、車体に歪み発生、走行は可能ですが支障あり」
「武装及び、武装制御システム異常なし、通信システム異常なし、戦闘指揮続行可能です」
次々と報告される、書く担当オペレーター報告で、状況を把握すると、スタンレスは決断する。
「ガルバドール将軍、あれを使おう、此処で引くわけにもいかんし、これ以上犠牲を増やす訳にもいかん」
「解りました、ソーラレイシステムを使用する、第一目標ホルンソ城、第二目標ホルンソ外壁北門、同時攻撃とする、総員ソーラレイ範囲外に退避。プリズムドローン総て起動、順次射出」
「了解、総員ソーラレイ範囲外に退避、プリズムドローン起動、起動順に射出」
ガルバドール将軍の命令は復唱され、前線が引き上げ始め、本陣を囲む五つのコンテナからは、天井がスライドし、小型のドローンが無数に射出され、輝く霧の様に上空に飛び立ってゆく。
程無く総てを吐き出したコンテナの屋根は再びスライドすると何事も無かった様に閉じられ、照り付ける砂漠の太陽の光を銀色の装甲が反射する。
「射出完了ソーラレイシステム展開開始」
上空では無数のドローンがプログラム通り整列し、銀色の幕を形成しシステムを展開し始めるのだった。




