馬は天才
次の日からは、リュウジの忙しい日々が始まった、朝、教会に行き昼に帰ると、直ぐにリックと共にガリックの家に向かい、クロノスを躾ける、そして、家に帰るとイルベリーさんのスパルタ言語教室が待っている。
クロノスの躾は、まずガリックと一緒に、トイレの場所を決める処からだった。
ガリックが自慢するだけあって、クロノスは優秀でだった、三月もしないうちにガリックの馬糞掃除は無くなり、畑もクロノスがどんどん耕して行くようになった。
もうかなりベンに近づいてきた、これなら既に仕上がったと言っても良いだろう、後はガリックとクロノスの絆をより強くして行くだけだ。
ついでに、ガリック家の斑犬のブチも躾けられ、優秀な番犬になっていた。
其の頃になると、通じにくかったリュウジの言葉も流暢になりはじめ、リックの通訳が無くても、何とか普通に会話が成立し始めた。
程無く、クロノスが仕上がり、手綱がいらなくなっていた、ガリックが畑に行こうと馬車に乗れば畑に着き、プラウを付けてやれば畑を耕し始めるようになった。
そんなクロノスを、ガリックに引き渡すと、ガリックは約束通り、何気に知り合いの家を回り、実に嬉しそうにクロノスを自慢して歩いてくれた。
御かげでその日のうちに、馬の買い付けから頼みたい、と言う依頼が二件ほど舞い込んだ。
嬉しい限りの話だったが、リックが仕事から抜ける穴は大きく、それをどうやって埋めようかと言う話も出てきたのだが、其れでも今後リックが今後捻り出してくれるであろう稼ぎを考えれば、顔もほころぶと言うものだった。
ザルクは、次の依頼は買い付けから、なので獣市に行かなければならないと言っていた。
城塞都市ガロンベルグの城壁の脇で行われ艇る、生き物メインの市場の事で、家畜は勿論、売り買いされている生き物なら、此処で揃わない生き物は居ないと言われている大規模な市だ。
ガロンベルグの獣市に向かう為、ザルクは、イルベリーと旅用意を始めていた。
保存食や、水に、向こうで売る為の、何か魔獣の皮を有りっ丈馬車に載せていた。
なんでもガロンベルグまでは、馬車で片道三日から四日かかるそうで、最初の半日は当然大樹の森と言う事だ。
大樹の森にも魔獣は多いが、通らねば街から出られ無いし、襲ってくるような魔獣はそうは居ないと言う事だ、ましてリックが馬車を引いている時は襲われた事が無いとのザルクの話だったので、リュウジも安心して同行することにした。
ギルは、ザルクが荷造りをしている間中、自分も同行させろと、必死でザルクを口説き落そうとしていたが、どうやら失敗に終わった様だった。
結局ギルは、おとなしく、土産を楽しみに、イルベリーと留守番と言う事に落ち着いた。
ギルはガロンベルグの世界樹にいる、ドラゴンを見たかったらしい、何でも其処には、ドラゴナイト、シーバレンの炎竜という二つ名を持つ飛竜と、シーバレン率いる翼竜部隊がいるらしい。
世界樹に、ドラゴン、このファンタステックな響きに、思わず胸躍るリュウジだった。
「世界樹に、ドラゴン」
「ああ、ガロンベルグの竜騎兵だ」
「おお、竜騎兵、ドラゴンに乗った部隊か」
「ああ、大概は世界樹の枝に止まって居てな、かなりデカい筈なんだが、世界樹の枝に止まると豆粒位にしかにしか見ないんだ、その代わり、デザートドラゴンは間近に見られるぞ、運が良ければアースドラゴンもな、竜騎兵の地上部隊は、獣市を巡回しているからな」
「それ、どんなドラゴンなんだ」
「ああーと、普通に、翼のない太ったドラゴンだ」
「・・・・」
ザルクのかなりイージーな答えに、リュウッジの中のドラゴンのイメージに亀裂が入った。
翅をむしられ、鱗をつけた、巨大な鶏のようなドラゴンが、リュウジの脳裏をドスドスと走っていた。
「行けば見れるから、荷造りしちまおう、明日は出発は早いからな」
リュウジは、そんな話をしながら、荷造りを手伝っていたが、意を決し、現在の自分の状況について、おもむろに話始まる。
突然の事に、かなり驚いたザルク達だったが、直ぐにリュウジの話を真剣に聞き始めた。
決して多くはないが何処からか、この世界に異世界人がやって来る事は昔から知られている。
いろいろな世界から、いろいろな異世界人がこの世界にやってくるのだそうだ。
何故、どうやって、と言うのは未だにはっきりしていないが、神隠しの様にやって来る者が一番多いと言われている。
そうは言っても、二人とも今までに異世界人に会った事はなかったし、こんな形で会う機会が訪れるとは、思っていなかった。
リュウジは、自分が異世界から来たこと、そして、もしかすると自分と一緒に、この世界に来てしまったかもしれない緑子を探したい事を、ザルクとイルベリーに話した。
緑子に関しては、森であれだけ探しても見つからなかったので、多分この世界には来ていないだろうと思っている、あのまま無事に自分のへ戻る事が出来たのだろうと思ってはいるのだが、探す事は諦めたくなかった、万が一の時に後悔する事だけはしたくなかったのだ。
当然、故郷の異世界については山ほど質問された、車や、飛行機や、携帯電話や、洗濯機に冷蔵庫など話は多枝に渡り、それでもまだまだ聞き足りないらしかったが荷造りが遅れて明日の出発に影響が出そうになり、残りはまた後日、と言う事になり、再度荷造りが開始された。
リュウジのストラップについての話は、逆にリュウジの方が驚かされた。
たかがストラップが伝説の紋章になっているなどと誰が思うだろう。
此れは、緑子から貰った物で、幸運をもたらすと言われている、リュウジの故郷の植物を模った物で、ハートではないし、リュウジの世界では有り触れた、只のガラス製のストラップだと説明した。
そして緑子も同じ物を持っているのでそれで緑子の確認が取れると。
すると又逆に驚かれてしまった、この世界ではガラスはまだまだ高価で、加工技術も未熟な為、リュウジの持ち込んだ様な、ウイスキーボトルや、このようなストラップ、は多分今のこの世界の技術では作れないのではないか、と言う事だった。
ストラップに付いている、細いチェーン一つにしても、精霊細工でもなければ出来ないと言う事で、どちらにしても、とても高価な物になってしまうらしい。
精霊細工について思わず聴いてみると、金属加工の技術を持った精霊の職人が、魔法を駆使して作るのだとか。
リュウジは精霊や魔法とはどんなものか気になったが、限りなく話が逸れてしまいそうだったので、これも次の機会にと言う事になってしまった。
そしてリュウジが一番悔しがったのは、やはり緑子についてだった。
何故自分は写真の一枚も持って来なかったのか、写真等スマホに幾らでも入っていたのに、財布にだって入っていたのに、自分の持って来たものと言えば、ストラップの架かった飲みかけのウイスキーボトル一本だけ、とことん自分が情けなかった。
しかし解決策は意外な処に有った、此処にはリックが居る、リックはイメージをそのまま伝えることが出来る、リックを媒介に緑子の姿が伝えられるのだ。
そして、イルベリーさんは絵が上手かった、只、紙はやはりとても高価で、手に入りにくいそうだが、羊皮紙の様な物なら、この街でも何とかなるそうなので、後日イルベリーさんに緑子の似顔絵を描いて貰う事となった、因みに羊皮紙の方が値段は高かった。
賞金を懸けると言うアイディアも有ったが、現状の資金面と偽情報や緑子に危険が及ぶのではと言う事も有りその案は却下された。
冒険者ギルドに、人探しとして依頼すると言う案は今の状況では資金不足の為不可能だが、後々と言う事になった。
こうして緑子の捜索には全面的に協力して貰えるようになったのだが、多分この世界には来ていないと思っているリュウジは、そこまでしてもらうのは、と思い、ザルクにもその旨放してみたのだが、来ていた時には、後悔したくないのだろ、と言われ、行為に甘えることにした。
其の為に自分でも旅に出でて探したい、と言ったら、ならば剣術に魔法、その他色々覚えなければ、まして馬にさえ乗れなくては、此処から出る事すら出来ないだろう、そのまま旅に出たら、隣町にさえたどり着けないだろうと言われて、しまった。
とりあえず、獣市から帰ったらいい人を紹介してやろうと言われた。
なんでも、ザルクの師匠で、この街に住み着いた、元魔法剣士だそうだ。
しかし、師匠が魔法剣士なのに、ザルクが剣を使っている処も、魔法を使っている処も見た事はないのだがこれいかに。
新しい御客二人は、ハンクとソレノと言いガリックの知り合いであり、ザルクの知り合いでもある二人だった。
二人とも丁度馬が老齢化して、新しい馬を購入せねばと、悩んでいる処へ(勿論ガリックは狙って行ったのだが)丁度ガリックが、クロノスを自慢しに行ったと言う訳だが、やはり決め手はクロノスの実状を見た事だろう。
手綱も持たずに、馬車でうとうとしながら訪れ、手綱を放り出して話始まると、ザルクの処で、馬の躾を頼んだら、今後馬糞掃除をしなくて良くなっただの、畑も自主的に耕してくれるだの、嬉しそうに話すだけ話すと、クロノスに、家に帰るぞ、と言ってまたろくろく手綱も握らず、勝手に進んで行く馬車に乗って帰っていったのだ。
そんな光景を目の当たりいにしたのだから、決心も付く。と言うものだった。
◇◆◇◆◇
彼女は今、とある屋敷の屋根裏に住み着いていた。
其処は、軒下に丁度彼女が入れるくらいの小さな穴があり、中に入ると、大きな梁の間の隙間に出る。
彼女はこの太い梁の間の隙間が入たく気に入り、大量の布切れを集めて寝床を作った。
その下は子供部屋なのだろう、彼女が天井の小さな節穴から覗けば、そこには、小さなベッドに、はち切れんばかりに血の詰まった赤ん坊が寝かされていた。
そしてその小さなベッドの脇には、いつも緑色の毛足の長い小さな犬が眠っている。
頭の霧が晴れ、意識のはっきりとした彼女は、真下に眠る赤ん坊の血を吸う事のリスクを悟り、その赤ん坊の血は早々に諦めていた。
彼女は、夜になると、毎日血を求めて天井裏から近くの街へ飛び出して行った。
森ならば、ネズミやカエル等の小動物を捕まえ、血を啜る所だが、此処は街の外れ、人間は、街に行けば何処にでも居る。
勿論彼女は、夜な夜な街に繰り出してはいたが、彼女がその血に在りつけるような事は滅多になかった。
彼女は、人の血を求めて街を彷徨い、いつも諦めては、街はずれの家畜の血を啜り、朝方になると、お気に入りの屋敷の屋根裏に帰っていった。
家畜は小さな小動物を捕まえるよりずっと効率が良かった、大きな体で、狭い柵に入れられ、彼女が牙を立てても殆ど気にしない。
そして、彼女が少しぐらい血を啜っても、それも気にかけず、いつも同じ場所にいるので探す必要もなかった。
そのお陰で彼女は人間の血をもとめ、在り付けなければ家畜の血を啜り毎日腹を満たしていた。
彼女は昼間、うとうとしながら、下で赤ん坊を育てる母親の声を聞きながら日中を過ごし、また夜になると、人間の血を求め街へ飛び出してゆく。
そんな彼女にも、極稀に人の血を吸う機会が訪れるれることがあった。
それは酔い潰れて転がっている人間や、殺されたばかりの死体などが街はずれに極稀に位置ているからだ。
確かにその血は、家畜や魔獣など比べ物にならないくらい旨かったが、最初に飲んだあの人間の血には遥かに及ばなかった。
彼女はその血の味を思い出すたびに、何故かその人間が気になり、頭の隅に居座り離れなくなっていたが、それが何故か彼女は気にする事も無く、日中ははうとうとと、赤ん坊と母親の声を聞きながら過ごし、夜は街に出て、血を求め、いつも道理に過ごしていた。
そして、赤ん坊が言葉を覚え始めたころ、彼女もまた、人の言葉を理解し始めていた。
この比になると、頭の隅に居座ったあの男は存在感を増し、探しに行きたい衝動もひにひに大きくなっていた。
また、それとは別に、彼女は本能に基づき、オスを求め、群れを作ろうとも思い始めていた。
彼女たちの群れは、オスよりもメスのほうが遥かに大きく、オスの数は極端に少ない。
普通群れにオスは居ても一匹、二匹いる群れは非常に珍しく、三匹いる群れは確認されていない。
その少ないオスは、何匹居ようと、一番強い群れのボスが独占するのが通例だ。
ボスはボス戦に敗退すれば、配下となるか、群れを出ていかなければならない。
そう、彼女は思い出した、ボス戦に敗退し群れを追われたことを。
そして、彼女は今何故か、どんなボスに挑んでも、自分は勝てると確信していた。