ホルンソの攻防Ⅲ(黒龍騎士団)
ゴライアスの肩口にせり上がってきた砲門が火を噴く。
ブレスと同じ紫光が二筋放たれ、それぞれ銀翼船を捉えて弾き飛ばす。
しかし、肩口からせり上がった砲門の内二つは沈黙したままだ。
「おい、二門しか機能してないじゃないか」
だが弾き飛ばされた方も、黙ってはいなかった。
ガウス達を振り切り、ゴライアスの背中ら光弾を浴びせる。
アーバンは、避難する人々を守る天蓋に魔力を注いだまま、光弾を弾こうと、防御壁を展開するが、間に合わず、ゴライアスの背中に多数の光弾が直撃する。
直撃した光弾は派手に爆散し、岩の様なゴライアスの皮膚には僅かなひっかき傷が出来、その周りが少し融けている。
「おおー凄い、あれで殆ど無傷か」
リュウジはその耐久力に目をむいたが、アーバンは違っていた。
「チッ敵もやってくれる、これは、上の連中一発でも直撃されたら」
アーバン達が前回直撃を受けた時には、爆散も無く、かるく弾いて、傷一つなかったのだ。
そう、ゴライアスは良いが、空戦をしている翼竜やガウスが一発でも喰らえば即撃墜、只では済まないだろう。
アーバンが見ている傍から、魔法が尽き、障壁が一つになったガウスが撃ち落とされる。
撃ち落とされたガウスが民家の屋根を吹き飛ばしながら墜落し、二人のガウスライダーが投げ出される。
其処は激戦地の真下だ、屋根に突き刺さったガウスはこと切れたのだろう、そのまま二度と動く事は無かった。
ガウスライダーも石畳に叩きつけられ、二人とも沈黙したままだ。
其処にどちらかの契約精霊なのだろう、小さな精霊が降りて来てガウスライダーの顔に縋り付いていたが、彼女よりもずっと大きな精霊が降り立ち、ガウスライダーの顔にすがる、小さな精霊を抱えると、そのまま飛び去って行った。
「ゴライアス、落とせないのか」
『だめだ、落ちない、前回はクリーンヒットすれば落ちたんだがな、奴ら障壁をだいぶ強化したようだ』
「ああ、あの光弾もだいぶ強化された様だ、兎に角もう一発も当てさせん、だから家のガウスが落とされる前に、奴らを撃ち落とせ」
しかし、ガウス達と入り乱れる混戦を繰り広げる銀翼船をしたから狙うのは難しく、ゴライアスの紫光は思うように中らない。
◇◆◇◆◇
「くそ、じり貧やねーか」
バロが銀翼船に追い回されながら悪態をつく。
お互いに相手の攻撃は障壁で防げるが、自分の攻撃も通らない、一見互角の膠着状態に見えるが実際はそうでもない。
ガウスライダーの二重障壁は一枚欠ければすぐに貫通され撃ち落とされる。
ドラゴナイトでもない彼らは、一人三発から五発も魔法を打てば回復ポーションをのむなり、交代するなりしなければ戦えない。
それはバロ達ドラゴナイトでも例外ではない、魔力も耐久力も、ガウスライダーに比べれば桁違いだが、無尽蔵ではない、乱発していれば、直ぐに力尽きる。
バロもピノも、魔力は尽きかけ翼竜達の防御も苦しくなってきていた。
「バロ様ー」
「ピノさまー」
何処をどう回って来たのかポーションを抱えた精霊が彼らの前に現れ、減速も出来ずに、突進してくる。
「おい」
バロが何とか彼女をキャッチすると、直ぐにもう一人飛んでくる。
「うわ」
何とか落とさずに二人目もキャッチすると、彼女達は抱えていたポーションを差し出す。
「強力ポーション!」
「やばい奴!」
「何、やばい奴!完成してたのか?」
「強力やでーでも、飲んだら明日は動かれへんって、博士が」
「そうか・・・使いどころが難しそうだな」
「バロ様、頑張って」
「任せろ、気を付けて戻れ」
「はーい」
ポーションを置いた精霊達は、バロに安全な方に投げられ、戦線を離脱していく。
ガウスライダー達にも精霊達からポーションが運ばれる。
ポーションを受け取ったガウスライダーは補給に下りるガウスライダーの援護に回る。
銀翼船も戦場を飛び回る彼女達を狙い始めるが、彼女達を撃ち落とすのは難しい、大きくても人の頭程しかない彼女達が蜂の様に飛び回っているのだ早々中る物ではないだろう。
◇◆◇◆◇
「北門を開けろ!バレン様達が出る」
大きな北門がほんの少し開かれ、たった三人のドラゴナイトと百人にも満たない精鋭騎士が出て行く。
彼らはドラゴナイトと共に切り込んでも生きて帰還できると見做された強者達、黒龍騎士団だ、特殊な能力を持った者、強力な精霊と契約した者、中には己の体一つで剣技を極めた者等、八千を超える敵に百にも満たない戦力で対峙する。
彼らは皆、ドラドナイトの様に、専用の武具を国から支給され、ホルンソの紋章と派手な徽章以外揃いの武具等は無い。
しかしこの徽章は重い、この国で一番重い騎士団の徽章だ。
希少火炎石で造った赤地に黒曜輝石で彫りだした黒の岩竜、その岩竜の瞳には大きなルビーが二つ使われ、それだけで一財産になる徽章だ。
だがこの徽章の本当の意味はそんな物ではない。
徽章を持つものはホルンソ国内であれば、飲み食いは勿論、どんな高価な物でも、国の力の及ぶ限り総てサイン一つで手に入る、ただし、有事の際にはそれがどんなに絶望的な戦いであろうが、その力、知識、持てる力総てをもって国の為に戦わなければならない、けして負ける事も死ぬことも許されない。
これがホルンソ王国黒龍騎士団の徽章の重さだ。
国のドラゴナイトを頭に戴く彼らが負ける事は、国の敗北に等しいのだ。
敵はまだ、空に浮いた浮遊砲台と、砂煙が辛うじて見える程度だ。
「皆行くぞ、クジョウ将軍が体制を整えるまでここを押さえる、無理はするな、シルバーデモニアが出たらまともにやりあうな、組んで戦うか、直ぐに逃げろ」
シルバーデモニアの力は皆承知している、自分達の頭のドラゴナイトと同等かそれ以上、人外な彼らの更にその上を行っている。
今回彼らの使命は時間を稼ぐこと、生きて戻る事だ。
「「「「「応!」」」」」
「出陣!」
バレンの掛け声で強者共がゆっくりと走り出す。
スケイルホースの軍馬に乗る者、気の合った愛馬に乗る者、この辺では滅多に見ない戦陀に乗るものとても正規軍には見えない精鋭、黒龍騎士団の出陣だった。
さっそく、浮遊砲台が砲撃して来るが彼らにはかすりもしない。
バレンに至っては、砲撃をハルバートで叩き落としている。
黒龍騎士団は一人として欠ける事無く、セレニア軍になだれ込む。
なだれ込んでしまえば、もう砲台からの攻撃は無い。
皆己の武器を抜き放ち、敵をなぎ倒す。
先頭は岩竜に騎乗したドラゴナイトの長にて、黒龍騎士団長バレン・レノフ、前方を岩竜の火炎放射器の様なブレスで焼き払いながら、物干し竿よりも長いハルバートに魔素を纏わせ、片手でそれを振り回しながら、シルバーナイツ《敵》をまとめて薙ぎ払って行く。
敵の攻撃は避けもしない、岩竜は剣で切ろうが槍で突こうが傷一つ付かない、魔法攻撃も物ともせず、ブレスを吐きまくる。
左翼のメガイは、砂竜ガンガナにぴたりと身を寄せ、そのその手と、鳥足でステップを握り締めその特殊な鞍にへばりつくと、ガンガナを自分の魔素で包み込み強化する。
強力な光の魔素で包まれ強化されたガンガナは一回り大きくなり武器も魔法もはじき返す。
ガンガナは、魔素で伸ばした爪と牙を武器に突進しながら敵を弾き飛ばしてゆく。
ガンガナとメガイの視界は融合され、六つの目で、三百六十度全方向を網羅していた敵が何処から攻めて来ても隙が無い。
めぼしい敵がその視界の隅にでも映ると、弾き飛ばしに行くのだった。
右翼のシャルドは、砂竜ファーナ・ファレンの両脇に携えた、特殊な愛剣と盾達に魔素を通し浮遊させる。
まるで生きているかの様に、飛び回り敵の攻撃を防ぐ四枚の大盾、そして近づく敵を片っ端から貫く二十本の剣。
シャルドの周りに阿鼻叫喚が巻き起こる。
攻撃は、剣も弓も浮遊する盾に防がれ、その後は防御する暇もなく、ファーナ・ファレンの爪に裂かれ、運よく逃れても、浮遊する剣に貫かれる。
その剣は貫通しやすい直剣でつばも無く、魔素を伝達しやすい魔金属で造られている。
その魔道剣は鎧ごと何人か貫くと一度シャルドの近くまで戻り、再び加速して敵に向かって行く。
シャルドは、近くに浮遊砲台を見つけると、浮遊剣を十本終い、新たに大きな浮遊剣を三本浮かせる。
厚みも長さも今までの浮遊剣の倍はあり、大きな玉が一つずつ埋め込まれている。
その大きな浮遊剣は玉を光らせ、浮遊砲台に向けて打ち出される。
しかし浮遊砲台の障壁は強固で、剣は弾け、落下してくる。
シャルドは次の剣が着弾する間に、落下する剣を回収しそのままもう一度打ち上げる。
三本大きな浮遊剣が、ひたすらローテーションして浮遊砲台に中り続けるが、浮遊砲台は障壁が破られる前に高度を上げて逃げられてしまう。
その間、シャルドの前にシルバーデモニアが現れる。
そのシルバーデモニアは、今までに見たシルバーデモニアとは少し違っていた。
今までのシルバーデモニアは銀の身体に、光弾の銃を持っていただけだったが、此奴は違う。
コンパクトな連射式の光弾銃を持ち、腰には長剣と短剣を装備し、両の腕にはゴツイガントレットを付けている。
シャルドはそいつを見るなり、浮遊している剣を全弾そいつにぶち込んだ。
そいつの左手のガントレットが広がり、それは、小さいながらも盾となる。
大剣も含め、その盾に総て弾かれたが、そいつもだいぶ遠くまで飛んで行った。
「殺ったか」
しかしそいつは少し首を振っただけで、立ち上がり、右手のガントレットから光弾を打ち出す。
シャルドはファーナ・ファレンの張った障壁に自分の障壁も合わせ強化して光弾を防ぐ。
だいぶ魔力を持っていかれたが、すぐさまシャルドは総ての浮遊剣を放棄し、とっておきを浮遊させる。
たった一発ではあるが、シャルドの裏から、この世界で一番硬く一番重いと言われているグラビナイト製のドリル砲弾が回転しながら浮遊する。
その大きな漆黒の砲弾は、嫌な高音を立てながら回転力を増し、シルバーデモニアに向けて打ち放たれた。
シルバーデモニアは、それをガントレットの盾で受けるが、盾はひしゃげ、シルバーナイツを何人かなぎ倒しながら、弾き飛ばされ、地面にバウンドしながら転がっていった。
◇◆◇◆◇
シキ・タクマ、彼は黒龍騎士団切っての異色の騎士、彼は普通の人間と何ら変わらない、魔力量が多いわけでもなく、力が有る訳でもない、彼は鍛錬によって身に付けた剣術と、繊細な魔力操作、たったそれだけの力で、この戦場に立っている。
はたから見ればあり得ない話だった、動きが速いわけでも、腕力が有る訳でもないのに、堂々とこの戦場に立っている。
彼は、まるで敵が攻撃してくる場所が予め分かってでもいるかのように敵の攻撃を躱す。
そして、気が付けば敵は既に斬られている。
彼の武器はこの世界では珍しい刀、それも何の変哲もない鋼の刀、彼はその刀でシルバーナイツを鎧ごと両断している。
普通に考えればあり得ない話だが彼は当然のようにそれを行う。
彼は盾も持たず、体裁きのみで攻撃を躱し、敵を両断してゆく。
彼は少ない魔素を総て、刀の刃先に肉眼で視認できないくらい薄く並べる、たったそれだけ、その僅かな魔素の刃で彼は敵を両断するのだ。
彼の身に付ける防具は合成魔獣鎧、急所以外の強度は落ちるが、平服の様に軽く、彼の動きを妨げない、ホルンソの国営工房が造った彼専用の逸品だ。
シキはその合成魔獣鎧を纏い、敵を斬り続ける、敵の攻撃を躱し、すれ違いざま、まるで大根でも切るように敵を斬る。
シキの通った後には敵の倒れる音は戦場にかき消され、敵の倒れる映像だけが残る。
戦場に身を置く間、シキは平常心を保ち続ける、周りの風景を映し込む水面の様に心を保ち続けて敵を斬る。
シキの斬ろうとしたシルバーナイツを弾き飛ばしてシキの前にシルバーデモニアが現れる。
シキはそのまま躊躇せず、シルバーデモニアが立ち上がる前に、斬りに行くが、そのシキの前にシルバーナイツがなだれ込みシキを阻む。
シキはシルバーナイツをすべて躱してシルバーデモニアに向かうが、シルバーデモニアはひしゃげた盾のついた左腕をだらりとさせながら立ち上がる。
シキは、群がるシルバーナイツの攻撃を躱しながら隙をついてシルバーデモニアを斬りつけるが、残った右腕で防がれる。
シキの刀は右腕のガントレットを半ばまで切り込み、そこで止まってしまうグラビナイトですら両断するシキの刀が。
そのシルバーデモニアに、再度シャルドの浮遊剣が押し寄せシルバーデモニアは戦場に転がって行く。
今なら仕留められる。
シャルドとシキは手負いのシルバーデモニアを追うが、無数のシルバーナイツに阻まれ、シルバーデモニアはシルバーナイツの中に消えて行く。




