王の帰還
謁見の間の分厚い扉を開の中は、やはり、飾り気のない空間だった。
その中央の大きな椅子に、やたら豪華な金刺繍のマントを羽織って、王冠を斜めにかぶった、小太りしたカエルの様な小男が座っていた。
オールバックのテカテカした、一見黒く見える碧黒い髪に、太いげじげじ眉毛、に四角い眼鏡をかけて、大きな玉を三つも埋め込んだ、自分の背丈ほどもある豪華そうなロッドを左手に握ったその男は、目をキラキラとさせてリュウジ達を見ていた。
その男の左脇の少し小さな品の良い玉座には、見事な体の線が浮き出る、春の新緑を映したような薄緑色のドレスを身にまとった金髪の長身美女がちょこんと座っている。
そして、王の背後には、ダークブルーの魔獣鎧を身に付けた銀髪の騎士が控えている。
その男はダークレッドの瞳を見開き真直ぐにリュウジを見つめていた。
王妃の背後には、なゴツゴツとした岩の様な甲羅を背負い、トカゲのような太い尻尾を持ったワニの様な騎士が控えていた。
身の丈はルピタと同じくらいありそうなその騎士も巨大な戦斧を携えやはり真直ぐにリュウジを見つめていた。
謁見の間の両脇は、近衛なのだろう、揃いの鎧を身に付けた騎士達が固めていた。
『一体どうやって落としたんだ??』
『主様、失礼です』
『白蓮も今少しそう思ったろ』
『いいえ、私は、』
『お互い嘘は付けないからな』
『・・・・主様の性格が少し移ってしまいました』
『・・・・』
そんな失礼なことを考えてながら、リュウジ達が跪いて礼をとると、その蛙の様な王がいきなり声をかけてくる。
「よくぞ越しいただきました、真柴竜司殿」
「どうして、その名を知っている」
「やはりそうですか、では今からお見せする物が何か解りますか」
そう言うと、ホルンソ王に頑丈そうな木箱が渡され、ホルンソ王は自らその木箱を受け取ると、玉座から降り、真直ぐリュウジに向かって歩いてくる。
一瞬謁見の間に動揺が走るが、すぐさま近衛たちが両側から詰め寄り、玉座からリュウジの前まで整列して、王の道を創る。
「まず立ってください下さい、リュウジ殿」
そう言って、王からリュウジ前に差し出された木箱の中には、大きくヒビの入った見覚えのある携帯末端がとても大切そうに収められていた。
「これは、緑子の携帯末端、何処でこれを」
思わずリュウジが立ち上がると、今度はホルンソ王がその小太りした体でリュウジの前にひざまずいて礼をとる。
「ご帰還お待ちしておりました、太陽王竜司様」
その言葉を聞くと、リュウジ達以外総ての者が、即座にリュウジの前に礼をとって控えた。
小柄な王のすぐ脇には、王妃までもが玉座から降りて控えている。
(いったい何が起こった)
リュウジの記憶にも白蓮の記憶にもその答えは無かった。
(リュウジ様いったい何者)
カヤナは自然と後ずさり、その場に座り込む。
リゼルダとルピタだけが、何気にリュウジの両脇に控えていた。
(リュウが太陽王だと、どういう事だ、だが太陽の王国は既に滅びて《なくなって》いるだろ、そもそもどうしてあんなもので王だと分かる、だいたいあれは何だ?)
ルピタはリュウジの左後方で何時でも動けるよう警戒する。
(リュウジが太陽王ね、此奴ら何者だ、本当にホルンソの王か?胡散臭い)
リゼルダはリュウジの右後方で何時でも魔法を発動できるよう魔素を練り込
む。
「ホルンソ王様、どういう事か、説明が欲しいのですが・・・」
「はい、私の名は、リュウマ・マシバ・クラスタッド・ホルンソと申します」
「真柴だって、どういう事だ、本当に」
リュウジは動揺が隠せない、このタイミングで自分と同じ真柴の性を一国の王が名乗っているのだ、その上家臣共々跪いて礼をとっているのだ。
どういう事態なのかまったく飲み込めなかった。
此れにはリュウジの姓を知るリゼルダとカヤナも驚いた、リュウマ・クラスタッド・ホルンソ、これが一般に認識されているホルンソ王の正式名称で、真柴の性が入っているなど聞いた事も無かった。
「はい私は、貴方様の子孫にございます」
「子孫、俺に子供はいないぞ、ってか、誰の子だ」
「緑子様と、竜司様の子にございます」
「え!」
『!』
「はい、緑子様はこの世界に来られた時既に双子を身ごもられており、この世界にて産み落とされました」
「じゃ、王様あんた俺の子供なのか」
『『似てない』』
リュウジと白蓮は、思わず目の前に跪く蛙の様な王を見下ろす。
「いえ、それは三百年以上前の話で、私はその子孫にございます」
「三百年だと!」
『だよな、いろんな血が混じったな』
『・・・』
「はい、私はその時産み落とされた緑子王妃と貴方様の娘、巴様の直系の子孫にございます」
「緑子が王妃、でも三百年前だと緑子はもう死んでいるのか」
「ここから先は、此処では話せません」
リュウジはふとだだっ広い謁見の間を見渡す。
確かに込み入った話をするには不向きな場所だった。
「なら別の場所でなら話してくれるのか」
「はい、ご案内します」
案内された部屋には、分厚い石の円卓が置かれ、玉座にはリュウジが座らされた。
その両脇は燃えるような赤髪をすべて後ろに流し真っ赤な皮鎧に身を包んだリゼルダと、鏡の様な体毛に同じように周りの景色を映し出す銀の魔獣鎧を身に付けたルピタが陣取り、カヤナもリゼルダの脇にちょこんと座らされていた。
対面にはリュウマ王夫妻が座り、その後方は大剣を背負ったダークレッドの瞳、聖騎士にてドラゴナイト、アーバン・ラ・ゾルディアと巨大なアックスを岩の様な甲羅の端に取り付けた、ゲンブ・カノウが守りを固め、円卓の周囲はバレン達ドラゴナイトが、部屋の外は近衛達が固めていた。
「それでは太陽王竜司様」
「まずその呼び方はやめてほしい、子孫と言ったら、親戚だし、家族の様な物だろ、普通に話してくれ」
「そういう訳にはまいりません、太陽王様は同盟国の長であります、再び我らを率いてセレニア帝国と戦わねばなりません」
「話が見えんのだが、ならせめて太陽王だけでも止めてくれ」
「いえ」
「なら、帰るぞ」
「わ、解りました、リュウジ様」
対面の小太りな王は、困り顔ではあるがとてもうれしそうに答えた。
『これ以上は無理かな、カヤナも様付けだしな』
『はい、妥協点ですね主様』
「では、取りあえず、ざっくり一から話してもらえると有難い、リュウマ王」
「はい、では、緑子王妃様はこの地に降臨されタ時には双子を身籠られてお
り、そのお子達は大和様、と巴様と名付けられ、大樹の森の畔で育てられました。
その後、この世界の奴隷制度を嘆き、人をモノとして扱う等許されないと、奴隷制度の廃止を進め、緑子様は奴隷のいない街をつくりました。
その国は太陽の王国と呼ばれ、不在の王、真柴竜司様を王にいただき、王ご帰還までは緑子様が代行を務める形で大きくなって行きました。
奴隷制度の廃止は徐々に広がり、緑子様は国民すべてが読み書きも出来るようにと学校を作り奴隷制度の廃止と共に教育も施し始めました。
そんな太陽の王国に感銘を受けた我がホルンソ王国とボナンザ王国は太陽の王国の同盟国となり、奴隷を開放し、国民に教育を施し始めました。
ですが、それが軌道に乗り始めた矢先だったと聞きますが、そんな折に、何処からともなく彼らは現れ、大量の奴隷を集め始めました。
シルバーデモニア、と呼ばれる者達、セレニア人です。
彼らは帝国を築き我らと敵対しました。
銀色の身体を持つ彼らは、一人一人が砂竜や翼竜のドラゴナイトと同じくらいの力を持っていました。
しかし、緑子様も契約精霊と共に、植物を操り、ドラゴナイト達と共に戦いました。
この頃から緑子王妃はクイーン・オブ・グリーンと呼ばれるようになり味方には愛され、敵には恐れられました。
そして彼らは、同胞を半数以上失っても戦を止めようとはしなかったそうです。
そんな彼らに、徐々に押され、太陽の王国とボナンザは破れましたが、この時太陽の王国から大和様と、巴様が脱出されました。
大和様は獣神と呼ばれたバンガレン様の小隊と魔境に、巴様は不死身と呼ばれたソニア様の小隊と我が国に落ち延びられました。
ボナンザからは剣鬼ガゼックと共に王女シェリル・キッシュハート様が脱出されていますが、当時消息を絶ったきりです。
その後も、エルダードラゴンに守られた我がホルンソだけは戦い続け、何とか彼らを退けましたが、互いに損害は甚大にて復興まで相応の時を要しています。
我が国も、損害が大きすぎ、彼らが太陽の王国の王城グリーンパレスの跡地に、城を築くのを黙って見ているしかありませんでした。
誠にふがいない。
そしてそれから三百有余年、停戦も終戦も無く、互いに暗黙の停戦状態となっております。
巴様につきましては、その後我が国の王と結ばれ、我が国の復興に尽力されたと聞いています。
この時から、我が王家に真柴の性が冠されました」
「なるほど、じゃ、緑子は三百年前に既に死んでいるのか」
「いえ、それなのですが、王妃様はグリーンパレスの地下深くに、コールドスリープ装置なる物で眠ったまま時を超え、王の帰還を待つと、人の手の届かない地下にグリーフやノームと共に逃れ、守られていたはずなのですが、彼らの《シルバーデモニア》城の建設時に発見され、彼らの城の地下に、装置事連れ去られたと、当時グリーフから報告があったそうです。
我が王家も精霊の密偵を放って調べたらしいのですが、彼らの城の最下層の部屋らしいとしか分からなかったそうです。
その部屋は総て我らの知らない魔法防御が施された鉄で創られており、それ以上どうする事も出来なかったそうです。
ですから、多分今も、緑子王妃様はシルバーパレスの地下に眠り続けているものかと」
「な!」
敵の城の真下だって。
リュウジが絶句する。
何処から、何と言ってよいか分からなかった。
冷凍睡眠装置だと、この世界の文化水準ではありえない、魔法系統の何かなのか、どれとも別次元なら自分の様に流れ着いたオーパーツか?
緑子は本当にそこにいるのか、生きているのか、リュウジと白蓮はパニックを起こしていた。
「やる事は決まったな、リュウジ」
「ン!」
「選択肢すらないようだし」
「ああああ~」
カヤナが机に突っ伏し、頭を抱え込む。
リュウジ達以上にパニックの様だ。
「そうだな、選択肢すらないな、取りあえず、緑子を取り戻す、までは決定だ。
後はどうやってそれを成功させるかだな、それと俺は気になったんだが、お前は話聞いていたか」
「ああ、多分私の事ッぽいけど、今は関係ないだろ」
「間違えなくお前の事だし、関係あるだろ」
リュウマ王夫妻が、対面から不思議な顔でこちらを眺めている。
「あ、リュウマ王様、先程のキッシュハート家の生き残り、此処にいますよ」
「へ?」
「いや、此奴がそう、リゼルダ・キッシュハート、剣の師匠はガゼック・ソー多分間違えないでしょ、」
「ガゼック様は、まだボナンザ王家を守っていたのですね」
「ああ、そうらしいが、此奴が何度も逃げ出しているからな、愛想尽かされているんじゃないか」
「いや、あれは普通逃げるぞ」
「リゼルダ様、何か証を持ってはいませんか」
「持っているぞ、父と、母の形見だ」
リゼルダは首にかけていた小さな皮のきんちゃく袋を引っ張り出すと、中から二つの指輪を取り出しリュウマ王の前に差し出す。
盾の中に心臓を描いたキッシュハート家の紋章を模った色違い指輪。
リュウマ王は、それを手に取ると後方に控えるアーバンに見せる。
「間違いありません、キッシュハート家の直系を表す王と王妃の指輪です」
今までホルンソ王の後ろで口を開く事の無かったアーバンが答える。
「リゼルダ様、貴方は間違えなく、ボナンザの女王・・」
「いや、私は新しい国を作った、この指輪はその国リゼルダーナの王位の証としよう」
リゼルダはリュウマ王の言葉にかぶせてそう言うと、その場で二つの指輪を、左手の中指と薬指に着けて拳を握り締める。
「カヤナ」
「はい、姉様、御供します」
「我らも協力するぞ、その辺にビニヨンがいる筈だ、直ぐに里と連絡を取らせよう」
そんなリゼルダ達の話が終わると、リュウマ王がゲンブに視線を送り、ゲンブが小さく頷く。
それを確認するとリュウマ王は厳かに口を開く。
「リュウジ様、実は太陽の王国なのですが、先程シルバーデモニアに滅ぼされたと言いましたが、実はまだ、秘密裏に存在しています」
「え、ええ・・そうか大和の方だな」
「はい、これはわが国だけの、そしてわが国でも、聖騎士とドラゴナイト以外知りえない最高機密ですが、今日この日の為に今日まで守ってきた秘密です。 太陽の王国は、魔境の果て、サージナ半島に在ります、今でもあなたをお待ちしています」
「何故そこまで解る」
「はい、太陽の王国とは互いに人材を派遣し、常駐させていますので、ゲンブ殿」
ゲンブが王妃の後ろからリュウジの傍まで来ると跪く。
「我らが太陽王よ、私が王国よりこの時の為に派遣されし聖騎士ゲンブ・カノウと申します、此度我が任期中に太陽王様の御帰還に立ち会えるとは上なき幸せ、どうかこのゲンブに王国までの水先案内お任せください」
「そうななのか」
「は」
ゲンブはそのままリュウジの後方に控える。
「王妃様の護衛は?」
「私がおります故心配ご無用」
何気なリュウジの疑問にアーバンが答える。
「私は太陽の王国の聖騎士故、王の御傍に」
ゲンブのワニの様ないかつい顔にリゼルダとルピタの視線が突き刺さるが、ゲンブは気にも留めない。
リュウジがまだ言おうとすると、たおやかな口調で王妃がそれを遮って話し出す。
「リュウジ様、元々我らの聖騎士はアーバン一人、ゲンブはリュウジ様からお借りしていた聖騎士ですので、ゲンブ殿は本来の職務に戻られたのです、念願の職務だったと聞き及んでいます」
「そうですか、では任せたゲンブ」
「はっ」
「では、この場で、もう一人紹介しよう」
リュウジの襟元から、ミルク色の精霊が顔を出す。
「俺のスティーダ、白蓮だ」
ドン
ドン
重低音の爆音が響く
『なんだ、花火?』
『爆撃』
(爆撃なのか)
「何事だ 直ぐ報告をよこせ。皆さん取りあえず指令室に避難しましょう」
リュウマ王が立ちあがり、廊下に近衛兵が走り出す靴音が響くと、直ぐに警笛の様な音が鳴り響き、再び爆撃音が鳴り響く。
リュウマ王が部屋を移動しようとドアに近づくと
ドンドンドン!
部屋に、ノックの音が鳴り響く。
「入れ」
勢いよく扉が開かれ、伝令の兵士が転がり込む。
「報告しろ」
「はい、報告します、セレニア帝国軍が、攻めて来ました、兵数約八千。浮遊砲台4基、銀翼船6機はただいま外壁付近でピノ・グリ様とバロ・ミノ様が交戦中です」
「ガウス部隊はどうした!」
「は、出撃準備中です」
「良し、直ぐに出せ、避難誘導はどうなっている」
「すでに誘導に走っております」
「よし私もすぐ行く」
そう言うとリュウマ王は自分の背丈ほどもあるロッドを振り、小太りした体を宙に浮かすと、ロッドに着いた三つの玉を光らせながら廊下を移動し始めた。
リュウジの目から見れば、とんでもない量の魔素を纏って、それを三つの玉のついたロッドを使って活性化させているのがよく解る。
「皆さん急ぎましょう」
「カヤナ、空飛ぶのって、難しいんじゃなかったのか?」
「聞かないでください」
カヤナの目の前で、いとも簡単に小太りな王が、宙を舞って廊下を移動している。




