ハーピア
ルピタは脚を縮めて、その空間にすっぽりと治まっていた。
そのルピタの脇にはやはりダナバードを纏ったハーピーが丸くなって納まっている。
かなり大きめに造った筈の馬車だったが、ルピタとハーピーが乗り込むとそれだけで窮屈と言わざるを得なかった。
「リュウ、この場所は一寸我には狭すぎる」
ルピタはリュウジをリュウと呼ぶことになった。
それは、これから旅をするにあたり、リュウジが、ルピタのリュウジ殿、と言う呼び方を嫌い、呼び方を変えさせようとした際に、ルピタが考えたほかの呼び方が、旦那様とご主人様しか無く、リュウジが、その両方を却下した為、その後無理矢理考えさせた呼び方だった。
ルピタはダナバードを纏ったハーピーを押しのけると、走る馬車から飛び出し、足音も立てず軽やかにその板張りの屋根に飛び乗った。
「我は此処が良い」
ルピタ御者台から見上げるリュウジとカヤナにはそう言うと先客のリゼルダの隣に寝転ぶ。
「おい、此処は私の場所だ」
「我に馬車の中は無理だ、お前が中に行けばよい」
二人は板張りの屋根に立ち上がり、馬車は大きく揺さぶられる。
「おい、二人とも!」
リュウジの声に、二人は静々と板張りの馬車の屋根に腰を下ろし、互いの顔を見あわせると、そっぽを向いて再びその場に寝転ぶ。
「リュウジ様、ルピタさんどうします、あのまま銀の魔獣鎧で行かせます」
「目立つよな」
「はい目立ちます、只でさえ巨人サイズなのに、銀色で、幻の種族、目立ちまくりです、別に咎められる様な事は有りませんが」
「だよな、あのまま二人とも屋根の上にのっけて入国ってのもな」
「それと、ルピタさんはともかく、ダナバードとハーピーは何とかしないと、無理ですよ、従魔証も必要ですし、従魔に登録したら何かあった場合、責任は総て従魔の主人に来ます。それに、夜行性ですから、昼間あの図体でずっと馬車の中にいられても」
「そうだな、馬車も悪くないけど、街に着いたら宿とろうぜ」
「それもそうですけど、連れて入るのですか、ハーピィとダナバード」
「街に入る前に、少し試してみるか」
街に入る前に、リュウジは馬車を止めた。
此処は街道脇に自然に出来た広場だ。
リュウジはハーピィとダナバードを馬車から降ろす。
リュウジに馬車から追い立てられバサバサと馬車から降りた彼らはリュウジの前にかたまる。
おなじみの、ハーピィのダナバードまぶしだ。
流石のリュウジもこいつらが何かしたら総て自分の責任となると、少し慎重になる。
「黒曜」
呼ぶと、黒い塊の中から黒曜が飛び立リュウジの腕にとまる。
「黒曜俺の言っている事解るか」
黒曜が首を傾げる。
「お前たちのボスは誰だ?」
「ボス、リュウジ」
「よし、ボスには従うよな」
「従う」
「よし、ならこれを投げたら、すぐにとって来い」
リュウジは近くに落ちていた小枝を拾うと適当に放り投げる。
すると黒曜は小枝がリュウジの手から離れると直ぐに飛び立ち、小枝がまだ降下する前に小さな小鳥でも襲うかのように鋭い爪で鷲掴みにするとリュウジの元に戻ってくる。
「おう」
余りの速さに驚くリュウジの手の平に小枝を落とし、黒曜は再びリュウジの腕にとまる。
リュウジが黒曜の頭を撫でてやると、黒曜は身構えてリュウジにもう一度投げろと催促する。
「ボス、枝投げる」
リュウジがもう一度枝を投げてやろうとすると、バサバサと今度はハーピィとダナバード達全羽が身構える。
何故か、リゼルダの足元でうろこまで身構えていた。
リュウジは思わずモーションを止める。
「なんだ、お前達全員で行くのか」
猫でもじゃらすようにダナバード達の目はリュウジの持つ小枝を追って、リュウジが小枝を振るとダナバード達の頭もそれに合わせて左右に動く。
リュウジは面白がって何回か振った後、今度は力いっぱい小枝を投げた。
今度は体の小さな2頭しかいないオスの内一羽が、先程の黒曜よりも早く小枝をキャッチし、その後を残りのダナバード達が追って来る。
殿は一足遅れて一際大きなハーピィがバサバサと追って来る。
うろこに至っては、駆け出して直ぐにけりがついてしまったので、そのままそこでフリーズしてリュウジの方を見つめている。
リュウジはダナバード達にせがまれ何度か小枝を投げてやったが、この遊びはダナバードのオスの独壇場だった。
何度やっても、必ず二匹のオスのどちらかが枝を持ってくる。
そして、殿は必ず図体の大きなハーピィだった、そしてうろこは地面にさえ落ちない枝を見上げながら地上を行ったり来たり。
ハーピィは少し悔しそうにしていたかと思うと、リュウジの前にひときわ大きな小枝を・・いや、リュウジが投げるのに苦労しそうな丸太を持ってきた。
リュウジがそれを思いっきり投げると、今度は流石に空中ではキャッチできず落ちた丸太に群がる。
ハーピィダナバードが集団で引き摺っている丸太を、ダナバードと、うろこがぶら下がったまま、鷲掴みにするとリュウジの前まで運んでドスンと落とす。
「なるほど、面白いな」
『ハーピィって、頭いいのか』
『人の武器を奪って使ったりもするくらい』
「黒曜、お前達森で食料をとってこい、出来るか、俺達は此処で待っている」
「出来る、食料とってくる」
黒曜が一声鳴くとダナバードとハーピィは黒曜を追って森の中へ消えていった。
何故か、うろこまでダナバードの後を追って森の中へ消えていった。
「カヤナ、どうだ、ちゃんと食料もって帰ってくれば従魔で行けるんじゃないか」
はたして、少し待っていると、何かしら食料持ったダナバードがぽつぽつと帰ってくる。
何かの果実や、ネズミや鳥など小動物に、芋虫やカタツムリ等昆虫類、食べられるかどうか怪しい茸、何羽かよく解らない木の枝や石等持って来た奴も居たが大まかダナバード達は、こちらの言葉を理解しているらしい。
そして、黒曜が自分よりも大きな、大ヤゴをぶら下げてふらふらと飛んでくる。
「大物だけど、あれはあまり喰いたくないな、保存食にしておこう、しかし、よくあんなのもって飛べるよな、自分より大きいだろ、凄いな」
『多分本能で魔法を使っているのだと思う』
リュウジが魔素を見てみると、黒曜の両翼はワインレッドの靄の様な魔素を纏っていた。
『なるほど』
『野生の魔獣は無自覚でああいた魔法の使い方をするのが多いんです、あまり知られてはいませんが、だいたい危険とされている魔獣はそれを武器にしている魔獣です』
そう、このハクレンとリュウジの脳内会話はほんの一瞬、時間の経過は殆ど無い。
「そうですね、でも魔獣って結構そういうの多いですよ」
「そうなのか」
「ええ、小さいくせに強い奴とか、角で岩とか砕いたり、だから魔獣名でしょうけど」
なんとなくアブアウトに納得するリュウジだったりする。
カヤナとそんな話をしていると、ハーピィも自分と同じくらいの何かボールの様なものをもって帰ってきた。
「何だ、あれは、魔獣か?」
「さあ、何でしょう、私も初めて見ます」
ハーピィはカヤナも初めて見ると言うそのボールをどや顔でリュウジの前に降ろした。
多分ハーピィは、丸まって防御に徹したその魔獣を攻めあぐねてそのまま、此処まで持って来たのだろう。
そのボールは、よく見ればアルマジロの様な魔獣らしく、体全体を魔素で覆って防御を固めている。
「これ喰えるかな?」
「それは旨いぞ、小型の鎧獣だ、我の故郷では御馳走だぞ」
そう言うと馬車の屋根で寝ていたルピタが音もなく降りてくる。
ルピタはリュウジの前に手を伸ばし、鎧獣を掴み上げると、何気にこじ開ける。
中からはリュウジは思っていたよりも長い脚と、鋭い牙を持ったトカゲの様な頭が現れ、鎧獣はその首を回して、ルピタの腕を噛もうとするが、その首をルピタにひねられ、敢え無く食材に成り下がる。
「ついでだから、血抜きもするか?」
「ルピタ、少し待って、カヤナ、鍋持って来て」
「気が早いな、先に血抜きしないと」
「いや、その血を欲しい奴らが居るだろ」
見れば鎧獣を持ったルピタの前にダナバードが群がっている。
「なるほど」
リピタは鎧獣の首を引っこ抜き、その辺の枝に吊るすと、その下にカヤナの持って来た鍋を置く。
ダナバード達はその間中ルピタに群がっていたが、リピタが鎧獣を枝に吊るし、その下に鍋を置くと、待ちきれないとばかりに鍋と鎧獣に群がる。
「凄いな、此奴ら」
ルピタもその勢いにたじたじだった。
「そいえば、ハーピィって、此奴食うかな?」
リュウジはカヤナに、大ヤゴを見せながら聞く。
「口に入る者は何でも食べるとか言われていますから、多分食べると思います」
「そうか、ハーピィ・・名前付けてやらないとな」
そう言ってリュウジがハーピィに大ヤゴを投げてやると、ハーピィはその顔からは想像しにくい鮫の様な歯を立て大ヤゴをバリバリと頬張る。
「おおーすげー。あの顔で大ヤゴバリバリ食べてるのって、シュールだな」
「そうですね、だから余計に嫌われるんですかね」
「まあ、好かれる様な外見じゃないよな、どうする、ダナバード達全部は無理っぽいけど、黒曜とハーピィは連れて行ってみるか」
「大丈夫ですか?」
「こっちの言いたい事は伝わっている様だからな」
「そうですか」
「ああ、でもあれはどうなんだ」
満足そうなうろこが、お腹をパンパンに膨らませて、森からのそのそと出てくると、自分の頭を飲み込めそうな大きな口を開けて、げっぷをかまして、リゼルダの方へと歩いて行った。
「とりあえず、リゼルダ様の担当と言う事で」
「だな、ああ、それとハーピィの名前どうする」
結局名前はまんまハーピアに落ち着く、捻りも何もない・・・
◇◆◇◆◇
そんな中、馬車の屋根の上では、リゼルダが一人、考えている。
(どうしてなんだ、スピードも、力も、私の方が、上回っていた、なのに気が付くと必ずかわし切れない所まで攻撃が迫っている)
リゼルダはその場面を思い出し、トレースする。
(ルピタはどんな風に動いていた、ステップも無い、タメも無い予備動作が無いのか、ちくしょう、師匠の特訓もう少し真面目にやっとけば良かった)
リゼルダは屋根の上に寝転びルピタとの戦いを頭の中でトレースし続ける。
足運び、受け流し、予備動作の無い攻撃、一つ一つ目に焼き付いた記憶を呼び起こし、頭の中で再現する。
しかしルピタの動きは頭の中でもうまく再現できない、今リゼルダの瞳に映る青い空と白い雲の様に、リゼルダの視界の中での出来事だったにもかかわらず、見えていなかったのだ、故に制限が難しく、無理矢理再現しようと考えれば、突拍子もない推測になってしまったりしていた。
頭の中でも記憶の何処にも無い物は引き出せないし、再現も出来ない。
リゼルダは頭の中を切替、今度はその対処法を考え始めるが。
しかしその対処法も頭の中で再現も出来ない部分が多ければ儘ならない、リゼルダは頭の中でその儘ならないままの対処法を構築し始める。
そんなリゼルダの瞳にハーピアが映るが、リゼルダの意識は認識しなかった、敵ならば認識したのかもしれないが、今回ハーピアはリゼルダの瞳に映っても味方認定されているため、認識されなかった。
「うわー」
リゼルダは、ハーピアに掴み上げられその手を振り切るかどうか、じたばたとしている間に運ばれ、リュウジ達の前にドサリと落とされる。
ハーピアは此れでどうだと、ばかりに、どや顔で落としたリゼルダの後ろに降り立つ。
うろこは嬉しそうにリゼルダの周りを飛び回る。
「な、大丈夫だろ、ちゃんと理解している」
「確かに、ちゃんとリゼルダを運んできたわ」
「ホントですね」
「・・・・何の真似だ」
「ハーピアのテストだ、俺は丁寧に運べと言ったんだが・・・」
リュウジの言葉にルピタとカヤナがリゼルダから目を逸らす。
「お前らあ、・・・覚えてろよ」
◇◆◇◆◇
ホルンソの入場検問には先頭の見えない長蛇の列ができていた。
「これ、今日中に入場出来ると思うか?」
「並んでから殆ど動いてないので・・・無理じゃないですか」
二頭のスケイルホースに引かれる板張り屋根の大きな馬車は、その屋根の上に、リゼルダとルピタが寝ころび、リゼルダの足元にはうろこが寄り添い、端の方では黒曜を乗せたハーピアがとまって毛繕いをしている。
雰囲気的には何とものんびりした雰囲気なのだが、前後に並んだ人々は皆チラチラと此方を見ている。
「何か目立っているから、早く入ってしまいたいのだけれど」
「この国は特に検問厳しいですからね」
「まあ、ダナダード達は森に待機させたから大丈夫だろ、でも何故そんなに厳しいんだ」
「ここは奴隷を絶対に受け入れない国だからです、当時太陽の王国と共に完全なる奴隷制度の廃止を行った国で、今でもホルンソに奴隷は居ないし、奴隷を連れて入る事は出来ませんし、当然奴隷商も入れません。
ですので脱走奴隷の逃走先になっていますので、それだけ珍しい種族も多いのです、ですからそれを狙った奴隷狩りもあの手この手で入国しようとするので、出るときの検問はもっと厳しいです。
そして、隣のセレニア帝国は世界一奴隷の多い国と言われている国で戦争の絶えない国でも知られている国ですから、余計ですね」
「それでこの検問か、でもそんなに時間かかるのか」
「そうですね、入る時は奴隷商かどうかなんて判りにくいですからね、出るときは出るときで、小さな種族も多いですから本当に細かく調べられます」
「なるほどな、確かに白蓮みたいな小さな種族も居るからな、それ以上に小さいのも居るって話だしな」
カヤナとそんな話をしていると、ホルンソの兵士がポクポクと馬を歩かせ列の見回りに来る。
その兵士はリュウジを見ると、踵を返して門の中に戻っていった。
此処でもうろこの記述を追加させていただきました。
正直少しうろこを失念していました。
すいません。
こんな私ですが、今後も宜しくお願いします。




