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異世界の誓約者  作者: 七足八羽
旅路
33/60

解放

「「おーい!おーい!大丈夫か、誰かこれを開けてくれ!」」


 リュウジが目を閉じようとすると、取り残された檻から、必死の叫びが聞こえてくる。


「おーい行くな待ってくれー此処から出してくれー」


 大けがを負って倒れ込んだリュウジのことは諦めたのか、今度は走り去るリゼルダに向かって叫び始まる。


 しかしリゼルダはそれ処ではない。


 そんな声はガン無視して、手前の崖の陰に消えてしまう。


「おー・・・・い」


 リゼルダが視界から消えてしまうと、叫び声も尻すぼみに小さくなり、何人かは狭い檻の中で絶望し、崩れ落ちるように腰を下ろす。


「おーいそこの人!大丈夫か、立てるかー!」


 リゼルダが消えると、直ぐにまたリュウジに向かって叫び始まる。


 彼らの必死の叫びも当然だろう、此処でこのまま放置された場合、このまま干乾しになるか、馬任せでどこかに行きついて又奴隷にされ一生みじめな暮らしを送ることになる。


 リュウジが、首だけそちらに向けると、檻には様々な種族が一緒に押し込められている。


 中にはよほど衰弱しているのだろう、この状況でも横になったまま動こうとしない者もいるようだった。


「五月蠅いぞ、今助けるから少し待ってろ、こっちは今それ処じゃねーんだ」


「「「おー」」」


 リゼルダの怒鳴り声に檻の中から歓声が上がる。


 見れば、馬の代わりにリゼルダが大きな馬車を引いてこちらに向かってくる。


 あの大きな馬車を、細身のリゼルダが、馬よりも早く引いてくるのだ、驚きの声とどちらが多いことか。


 馬車をリュウジの前で止めると、リゼルダはリュウジに走り寄る。


「リュウジ、連れて来たぞ。二人ともかなり苦しそうだ、大丈夫なのか」


「大丈夫だ、とは思うが、多分あの馬車に解毒剤が有るはずだ」


 リュウジは先ほど毒を散布していた男のいた馬車を顎で示す。



 馬車の中には棚が作られ、掌サイズの怪しげな壺が所狭しと、並んでいた。


 リゼルダは早々に諦めると、奴隷の入った檻の前で、尋ねた。


「どれが解毒剤か判る奴はいるか」


「はい判ります。故郷で薬草を扱っていたので手伝わされていました」


 声は檻の後ろの方から聞こえた。


 すると、小さな少女が人垣の隙間から格子の前までやってくる。


 髪の毛の代わりに見事な模様の羽で首筋まで覆われ、眼泊の無い真黒な目に、ひざから下は鳥の脚、で、長い飾り羽のような尻尾もついている。


 この羽の模様は個人差が大きく、きれいな模様の出た者はよく奴隷狩りに狙われる。


「そうか、なら今すぐここから出してやるから手伝ってくれ」


 リゼルダは言うが早く剣を手にすると、格子を二本切りはなった。


 その剣は残像すら見えない速さで振りぬかれ、少女には格子がいきなり崩れ落ちたようにしか見えなかった。


「「「おおー」」」


 格子が落ちると、少女を先頭に囚われていた人々が檻からあふれ出す。


「サナヒ族か、見事な模様だな」


 リゼルダの呟きに少女は複雑な表情を浮かべる。


 綺麗な模様は一族でも美人の条件だが、その模様のおかげで、この有様なのだ、それで喜べる程、割り切れるものではない。


「はい、サヒナと言います、助けていただき有難うございます」


「そうか、ならサヒナ急いで解毒薬を探してくれ」



 サナヒは、馬車まで出行くと、迷わず一つの瓶を棚から取り出しリゼルダに手渡した。


 リゼルダの受け取ったその解毒薬は直ぐに効力を発揮し、さほど時を得ずにカヤナとクルトは回復した。


 そして今馬車の中は、リゼルダが運び込んだ、馬ほども有る獣人の女が占領していた。


「毛並みも見事だが、しかしでかいな、スケイルホースより、少し小さい位じゃないか、何て言う種族なんだ」


「多分銀虎族だ、幻の種族と言われている、その銀の毛並みは美しく水面のごとく景色を映し、戦えばドラゴニュートを退け、義厚く、気高く誇り高い種族と言われている。


 私も初めて見たが、此れは水面処か鏡だな」


「ちなみにサナヒ、こっちの解毒薬はないのか?」


 リュウジが銀虎族の女を見ながら尋ねると、おずおずと返答が返ってくる。


「む、無理です、毒の種類も判りませんので、」


「そうか、有難うな、その首輪も今外してやるからな」


「外れるのですか、奴隷の首輪ですよ」


 言われてリュウジが、振り返ると、カヤナから補足が入る。


「リュウジ様、奴隷の首輪は所有者の魔素を取り込んだ吸魔石の鍵でしか外れません、無理に外そうとすると首が切り落とされてしまいます」


「いや、だから鍵探せば良いんじゃないか」


「いえ、吸魔石は生物の魔素に触れると取り込んでしまうので鍵を見つけても所有者以外の生物の魔素が触れれば使えなくなってしまいます。」


「首が切り落とされるというのは」


「はい、首輪の内側に魔素の刃の発生装置が仕掛けてあるので、無理に外すそうとすると起動します」


 成程と思っていると白蓮の思考が割り込んでくる


『主様ならばたぶん大丈夫』


 流れ込んできた思考にリュウジもすぐに思い当たる。


 この世界の人間ではないリュウジは、体内に貯めた魔素を自分の魔素に変換すること出来ない、そのため魔法も使えないのだが、それ故魔素を纏っていないリュウジなら、吸魔石の鍵に触れても魔素が置き換えられることはないのではなかろか、と言う事らしい。


「なら、俺なら大丈夫と言うことだな」


「え、何故」


「俺は魔素を纏ってないからな」


「そんな人居るわけない、人は必ず…」


「ここに居る」


 そう言ってリュウジはサナヒを魔視してみると、サナヒのオレンジの魔素の中に、モスグリーンの魔素が見える、首輪にハメ込まれた水晶がモスグリーンに染まっているのだ。


『それが吸魔石です、鍵も同じ色になっている筈です』


 リュウジはその色の魔素に見覚えがあった、麻痺毒を散布していたあの男の魔素だ。


 リュウジはまだ回復ままならぬ身体にムチ打ち、毒を散布していた黒いローブの男の死体に向かっていった。


 当然男は死んでいたが、まだモスグリーンの魔素はローブの内側等に籠っている、間違えなくサヒナの所有者の鍵を持っているのはあの男だろう。


 リュウジは死体を仰向けに蹴飛ばすと、ローブを引きはがす。


 すると男の腰の鍵束の中にその鍵はあった。


 リュウジはそのカギを手に取ったが、何事も無く、吸魔石の鍵はモスグリーンに染まったままだった。


 そのカギを差し込もうとするとサナヒが髪をかき上げ、目を閉じる。


 サナヒは小刻みに震えながら、その時を待った。


 勿論普通ならばサナヒの首は切断され、転げ落ちるからだ。


 しかしサナヒは、疑いなく出来ると言うリュウジに賭けた。


 どのみち此の首輪をしている限り、逃げ出して奴隷解放区で、ひっそりと暮らしても、何かのショックで首輪の機能が発動すればそれまでだ、誰かに見つかって連れ戻されれば、マスターキイを持つ奴隷業者で登録変更されるだけで、又奴隷なのだ。


 この機を逃せば、本当にこの首輪から解放されるチャンス等生涯訪れないだろう。


 今のところこの首輪を所有者以外が外したという話は聞かない、故に、彼女にはこの機に命を賭けるだけのかちがあった。


 リュウジによって、その鍵がサヒナの首輪に差し込まれると、鍵の吸魔石は透明になり、首輪は外れ、乾いた地面に転がり落ちた。


「外れた」


 在り得ない事だった。


 この結果を疑いなく信じていたのは、魔素の見えるリュウジと白蓮だけだった。


 ほかの者には只の透明な水晶のスティックにしか見えない、いくら説明されても、解っていても、なかなか思いきれるものではない。


「本当にはずれた    あ、有難うございます、何と言っていいか、このご恩は、」


「気にするな、こちらも助けてもらったしな」


 サヒナの言葉が終わらない内に、リュウジが言葉を被せる。



 首輪が外せると判ると、リュウジの周りには、今し方檻から出たばかりの奴隷たちが殺到した。


 逃げ出した処で、首輪の効力を恐れながら一生を送るか、奴隷に戻るかしかない。


 リュウジは順番に首輪を外しては鍵に死体の残留魔素を吸わせ、又首輪を外すといった作業をこなし、奴隷を解放していったが、五人ほど残ってしまった。


 その首輪の吸魔石はライトオレンジと、暗褐色、に染まっていた。


「すまんな、その首輪はの鍵はこの中には無いらしい」


「いや俺たちの鍵はある、今持ってくるから、あけてもらえるか、」


 男がさす方を見れば、二人の男が死体を引き摺ってくる。


それはリュウジが氷壁に縫い付けた槍使いだった。


 槍使いがリュウジの前に転がされると、リュウジは男の首に掛けられた革紐をを外す、其処には暗褐色に染まった吸魔石の鍵がついていた。


「助かった、恩に着る、俺達も冒険者の端くれだったのだが、不覚を取っちまって」


「気にしないでください、成行きですから」


「そうはいかん、必要な時には連絡をくれ、必ず駆けつけよう」


 リーダー格であろうごつい筋肉に身を包んだ男が右手を差し出す。


「ついでと言っては何だが、俺たちの荷物と武具も回収してかまわんか」


「ああ、どうぞ」


 リュウジが何気に答えると、握られた手に力が籠められる。


「太っ腹だな、無条件で返してくれるとは思わなかったぞ、俺たちの武具はみな魔道武具だぞ、それでもか」


「ああ、返すから、持って帰れ」


「気に入った、俺はザグだ、必要な時には必ず連絡しろよ、速攻駆けつけるからな、野郎ども」


 ザグが力を込めた腕をガシガシ振りながら仲間に視線を飛ばす。


「応!」


「任せろ」


「野郎じゃないけどね、でも必ず来るわ、装備返してくれてありがとう、ビッチャムよ」


「シャガラだ、」


「カラムだ、よろしくな」



 最後に残ったのは一人、トカゲのような太く立派な蒼い尻尾に、手足には蒼い鱗、背中には棘の鬣に、黄色目に黒い大きな瞳の美しい娘だ。


 その娘のライトグリーンの魔素の中首輪の吸魔石はライトオレンジに染まっている。


 白蓮の記憶をたどるに、ブルーリザードのハーフらしい、ブルーリザード自体も希少な種族で、目にした者すら珍しいとされている、その人間とのハーフなど彼女以外いないのではなかろうか。


『死体だけでもあれば此の鍵使えそうだが、リゼルダが焼いちまったかな…』


『探しましょう、鍵か死体か、どちらか見つかれば外せるわ』


「どんな奴だ、あんたの鍵を持っているのは」


「ミカラと言うハーフエルフで、髪は緑、額に緑の成人のタトゥをして、耳にピアスを二つずつしています」


「よし探そう、」

 

 リュウジはゆっくりと立ち上がると辺りを魔視する。


 しかし、散乱する死体にライトオレンジの魔素は見当たらない、代わりに、奴隷たちの檻の近くに大きな人面鳥の入った籠と、魔素が寿司詰めになった籠を見つけた。


「助けろ、役に立つ助けろ、お前の為に働く  コロスナ  」


 リュウジが近づくと片言の言葉で話し掛けてくる。


 それは馬に近いサイズの、ハーピィ?腕で歩き足が無く、足が翼になったのだろうか黒い翼を背中に畳み時折り見える歯はサメの歯のようだ、ひじから先は鋭い爪を持った猛禽のそれだが、肩からそれまでは人間のそれだ、それも口と目を閉じていれば美しい女性のそれだが、サメの歯と、金の眼に縦長の蛇のような瞳孔から、知性はあまり感じられない。


 リュウジが近づけば狭い籠の中で翼を広げて威嚇する。


「助けろ、役に立つ、」


 声は、その足元の寿司詰め状態の小さな籠の中から聞こえて来た。


「小さなハーピィ?」


 真っ黒い鳥の躰の上に、腕の無い人間の上半身を載せて、髪の代わりに黒い羽毛生やし、翼の先に小さな鍵爪が三本生えている。


 彼らは、その小さな鍵爪を使って、籠に張り付き、紙のように白い肌を揺さぶりながら叫んでいるのだ。


『ダナバードです』


「知らんのかリュウジ、こっちはハーピィだが、それはダナバードだ、それ程珍しくはないぞ、しゃべる奴初めて見たが、夜家畜の血を吸いにくる害鳥だ 」


「そうなのか」


「ああ、だから、そんなのほおっておけ」


 リゼルダのせりふを聞くと、すし詰めの籠の中から一斉に声が上がる。


「「「「助けろ」」」」


「「「コロスナ」」」


「「助けろ役に立つ」」


「リゼルダ、こいつら話、通じてるんじゃないか、なんか哀れだぞ」


「そんなの気にするな、ダナバードだぞ」


「助けろ、役に立つ、お前の為に働く、コロスナ」


「言葉理解しているぞこいつ等」


「好きにすればいい、そんなの拾ってもすぐ逃げちまうぞ」


「そうなのか?」


「ああ、気にするなほっとけ」


「働く、働く、約束、助けて」


「おい、リゼルダ、こいつら絶対言葉理解してるぞ、それに、リゼルダのうろこだってしっかり懐いてるじゃないか、此奴ら可哀想でほとけん、助けるぞ」


「うろこは卵から見ているからな、此奴らとは状況が違う」


「そうなのか」


 見ればリゼルダの脇から、うろこが大きな瞳で、こちらを見上げている。


「ああ、それにリュウジ、そんなに沢山ダナバードどうするんだ、不吉な鳥とか、暗黒神ダナ使いとか言われているんだぞ、まあいいけど…」


「どういう事……カラスみたいなものか?」


「カラス?」


「ああ……リュウジの国の鳥か?」


『私たちのところではそんな事言われていませんが』


「働く、約束、助けて」


「わかった、わかった、今出してやるよ、本当に約束できるのか」


「する、出来る、働く」


 小さくて、腕なしの上半身だけではあるが、人間の姿をしたものに必死の助けを求められたのだ。


 たとえ白蓮の記憶を持っていても、日本人の心の残るリュウジには見捨てられなかった。


 リュウジは籠の扉を引きはがした。


 ダナバード達は、ワサワサと一斉に飛び出すと、ハーピィの檻の上にとまった。


「約束、働く、その血欲しい、此れも仲間」


 その個体がボスなのだろう、群れの中で一番大きな個体が話しかけてくる、ほかの個体よりも一回り大きく、一番よくしゃべる。


「此れも仲間って、ハーピィの事か」


「ハーピィ仲間、俺たちが拾った」


「拾った。お前たちが育てたって事か」


「拾った、育てた、子供」


「そうなのか」


「そうだ、約束、働く、その血欲しい、」


 一番手前にとまった一匹だった


「いや」


『血は駄目ですよ、主様これ以上血を無くしたら死んでしまいます、』


『駄目か?』


『駄目です』


『だよな』


「腹減った、その血欲しい」


「ん、その血?」


 ダナバード達は、リュウジの服を凝視していた。


 血を含み、重く垂れ下がった服に目が張り付いている。


「もしかして、此れのことか」


 リュウジが服を摘み上げると、返事は即答で帰ってきた。


「欲しい、それ、欲しい」


「此れなら構わんが……お」


 リュウジは服を脱いで渡そうとしたが、時すでに遅く、言い終わる前にダナバード達はリュウジに群がり離れない。


 リゼルダや救出された面々も、遠巻きに固まっていた。


 リュウジがダナバードの服から解放されたのはそれから数分後だった。


 たった数分で、血で重かった服は脱水機にでもかけた様に軽くなり、黒かった血の色もほとんど判らない位にしゃぶりつくされていた。


「お前の血、旨い、昔飲んだ血と同じ、一番うまい、お前の為に働く、お前の血、欲しい」


 ダナバード達はリュウジから目を放さない。


『昔飲んだ血って、何だ何かちょっと気味悪くないかこれ、失敗したかな』


『私がやります、主様』


 白蓮はリュウジの鳩尾から出てくると、ダナバード達に向かって叫ぶ。


「お前達、血が欲しいなら約束よ、お前たちのボスは私達、私たちために働きなさい、いい、私たちがボスよ、私たちの命令は絶対よ!」


「約束、守る、私たちのボス、お前達の命令、絶対」


「なら直ぐに働いてもらうわ、良い、この近くにこれと同じものが落ちているはわ、みんなで探しなさい、見つけたら近寄らずに、すぐに私たちを呼びなさい、此れは命令よ、よく見て」


 リュウジが吸魔石の鍵を掌に載せると、ダナバード達は、又もリュウジに群がり、鍵を確認すると、戦場跡に散って鍵を探し始めた。


「こいつも一緒に探す、外に出す、頼む」


 リュウジがハーピィの入った檻の扉をむしり取ると、馬並みのサイズのハーピィが、ムクドリくらいのダナバードの後を追って、鍵を探し始めた。


 驚く事に、彼らは思いのほか言葉を理解しているようで、真剣に鍵を探している。


 いったい彼らにとって、リュウジの血はどれ程のご馳走なのか、猫にマタタビより効き目がありそうである。


『白蓮、あいつ等何匹居た』


『37匹です、オスは2匹』


『けっこう居たのな、 オスたった2匹か』


『ダナバードのオスはあまり見かけませんね』


 小さな体と数を頼りに、ダナバード達は戦場跡を飛び回る。


 重いものはハーピィを使ってどかし、時々何か話でもしているのか超音波を出しながら探し回り、ダナバード達はそれほどかからずに、いくつかの鍵を見つけた。


 が、その中に目的の鍵は無く、それが見付かったのは、皆が諦めかけたころ、岩に張り付いた黒焦げ死体をハーピィが引きはがした時だった。


 ハーピィと一緒に居たダナバード達が、言われた通り、鍵に触れずにリュウジを呼びに来た。


「また鍵有った、死体に付いてる、」


 ダナバードの報告をうけ、死体のところまで行くと、背中から半分炭化した上半身だけの死体が、路肩の大岩の脇に転がっていた。


 その首にライトオレンジに染まった吸魔石の鍵がかかっていた。


 額のタトゥと耳のピアスも確認できたので間違えないだろう。


 彼女の名前はシンビーラムと言った、ブルーリザードの村から、人間の母と一緒に母の実家に行く途中こいつらに襲われたらしい。


 母親はその時に、と言う事らしい、まあ、ここに居る何十人かの解放奴隷は、大体似たような経緯でここに居る。


 そんな事よりもリュウジにとって、さしあたっての問題は、先ほどからリュウジの前に陣取っているハーピィにダナバードをまぶした黒山だった。


 ハーピィの上にぎっしりととまったダナバード達が心配そうにリュウジを見ている。


「さて、こいつ等どうしたものか、使えそうだが、毎日こいつらに俺の血をやるわけにもいかないぞ」


『ちょっと多いかな』


『ちょっとなのか』


「だから言ったろ、こんなの拾うなよ、リュウジ、せっかくひと段落ついたんだ、今はそんな事より休息だ、とにかく木陰に野営の用意ができたから、飯ができるまで寝ていろ」


「血は先にやったろ」


「もらった、でもボスお前」


「だから、そんなのは後にしろって」


 リゼルダはうろこを従え、リュウジの手を引いて歩き出す。


 いつの間にか着替えたのか、小ざっぱりしたリゼルダに引かれて、少し先の広場まで来ると、幸いにもキャラバンの食料が殆ど残っていたらしく、何か所かに起こされた火で、みな忙しそうに食事の用意をしていた。


 其処には、皆商品として売られそうになっただけあり、力なり容姿なり、何かしら秀でたものを持った多種多様な種族が混在し、協力し合う姿が見えていた。


 リュウジの姿を見つけると、一斉にかけ寄ってきたが、リゼルダが間に入り、とりあえずリュウジはテントの中で休む事となった。


「皆、済まない、皆が先刻見たとおりだ、リュウジを休ませてやってくれ」


 皆リゼルダの言葉に先ほどまでのリュウジの姿を思い出す、何故回復し、腕が付いているのかはわからないが、左腕をもがれ、腸を引き摺りながら敵をなぎ倒し、自分たちを解放してくれたリュウジの姿を。


 しかしながらいったい何故、あの状態から回復しているのか?なぜもがれた腕が付いているのか、腹から飛び出して引き摺っていた腸はどうなっているのか?皆気になって仕方がないのだが、聞いて良いものなのかどうかも判らず誰も切り出せなかった。


「彼は大丈夫なのか、」


「ああ。大丈夫だ、休息は必要だが、すぐに良くなる、明日になればみんなともゆっくり話せる」



 リュウジはテントに入ると、鎧を外し、上着を脱ぎ捨てて、敷き詰められた毛布に腰を下ろし、横になる。


 痛みこそないが、身体に疲労はたまっていた。


 ほどなく、カヤナとクルトが運んでくれた食事をとるとリュウジは二人と話す間もなく眠りに落ちていた。



◇◆◇◆◇



 次の日リュウジが目覚めたのは、日も高くなった頃だった。


 起きだしてテントから出てみれば、目の前の木陰に、ダナバードの黒だかりが有った。


 小さな目が一斉に此方を向き、ダナバードの黒だかりを載せたハーピィが近づいてくる。


「ボス大丈夫か?」


「ああ、大丈夫だ、で、お前が群れのボスか?」


「私の群れ、ボスお前」


「そうなんだが、動かすのはお前に頼む、」


「群れ、おれが動かす」


「そうだ、今までやってきたように動かせ、えーと、名前は、あるわけないか」


「なまえ、ない、なまえ、くれ、なまえ、くれ」


「判った、少し待て」


「待つ、待つ、少し待つ」


(黒いからな、黒バラ、黒チューリップ、いや駄目だ、黒蜘蛛……碁石)


『…………』


「決めた、お前は黒曜だ、」


『よかった……』


 何か悲惨な名前になりそうだったので真剣に名前を考え始めた白蓮だった。


「おれコクヨウ、コクヨウ」


「そうだ、今からお前は黒曜だ、俺に代わって普段は群れを動かせ、そーだな、とりあえずあのでかい眠り姫でも守りながらその辺の見えないところででも皆を休ませておけ」


「守る、休ませる」


 そう言ってリュウジが馬車を指さすと、黒曜が、舌打ちでもする様に何度か短く超音波を出し、ダナバード達は黒曜と、ハーピィを残し、蜘蛛の子を散らすように散っていった。


「黒曜、もう一回今の超音波出してくれ」


「チョウオンパ?、なに、ちょうおんぱ?」


 リュウジはカクリとうなだれて、もう一度頼みなおす


「……今の音をもう一回出してくれ」


「音、こえ」


 黒曜は少し首をかしげると、先ほどよりも大きく音を発した。


「凄い、エコービジョンがくっきりと見える、範囲も、広がっている」


(此れなら、総てのダナバードに手伝わせれば、とんでもない範囲が把握できるのでは?)


『主様、聞きやすくなって、はっきり捉えられるようになりましたが、主様の聴力が良くなったわけでは有りませんので、見える範囲はほとんど変わりませんよ、只ワンゼグテレビとハイビジョン位の差はありますが』


『残念、やっぱりそう上手くはいかないか』


『今でも十分広い範囲が見えていると思いますが』


 そんな話をしていると、何処で分けて貰ったのか、リゼルダがうろこを従えて、食事を持ってやってくる


「傷はもう大丈夫なのか」


「ああ、もうすっかり大丈夫だ」


「ポーションいらずだな、昼飯食うだろ」


「ああ」


 その日眠りについたリュウジが起きだしたのは、次の日の昼時だった。


 ストーリーに影響は有りませんが、うろこに付いての記述をほんの少し書き足しました。

 今後ともまたよろしくお願いします。

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