銀の獣人
そこでは数台の檻使用の馬車に、人や亜人を詰め込んだ奴隷商らしい一団と、馬ほども有ろうかという猫科の獣人三人が戦っていた。
少し毛足の長い銀の毛並みは美しく、その毛並みに激しく陽光が反射する。
その周りには、戦闘員と力尽きた獣人の死体が何体か転がっている。
皆一撃で致命傷となっているであろう、大きな傷口を晒して倒れている戦闘員の死体とは対照的に、一撃では倒せない大きな体躯の獣人の死体には、剣や槍が何本もつ突き立っている。
後方からは矢を射かけ、当然解毒剤でも飲んでいるのだろう、一切毒の兆候の無い戦闘員十数人が得物を手に、麻痺毒で動きのままならない獣人に群がっている。
何人かは戦闘に使えるだけの魔法が扱えるようで、炎や水弾も飛び交っている。
そんな魔法の内、何発かは獣人に中っているのだが、あまりダメージにはならないのか、身体が思うように動かず躱しきれないのか、獣人は体毛の無い前面だけガードし、それ以外の体毛に中る魔法の攻撃は無視しながら鋭い爪を奮って応戦している。
鬱陶しく射かけられる矢も、獣人の体毛にすべてはじかれダメージはない様だが、麻痺毒に侵された獣人の動きは鈍く、鋭い爪も空を切るばかりだ。
そんな中、時々そんな獣人に触れた戦闘員が硬直して倒れていく。
そんな戦闘に気を取られていたリュウジだが、拙い状況が目に入る。
長槍を持った戦闘員が一人、スケイルホースの嘶きを聞きつけたのか、こちらに向かって走って来るのだ。
リュウジはすぐさまギアナタイトの剣抜き放ち、迎撃に向かう。
男はそのまま、向かってくるリュウジに、槍を一閃。
槍を魔法で強化したのであろう一撃だったが、魔素の見えるリュウジは槍には触れず大きく躱し、すれ違いざまその男の懐に入ると、男の顔面を薙ぎ払う。
男の死体が脳腫をまき散らし、血飛沫を上げながら転がっていく。
それを見た戦闘員が二人ほど獣人との戦闘を離脱しリュウジに向かって走って来る。
リュウジはその場でギアナタイトの剣を構え迎撃態勢を整える。
正眼に、構え敵が間合いに入って来るのを待ち構える。
先に来る男は何か魔法を使うつもりなのだろう、剣の切っ先に魔素を集めながら向かってくる。
後ろの男は長槍を手に、前の男の陰に身を隠しながら走って来る。
剣を持った男はリュウジの大分手前、剣が届くにはまだ五六歩有りそうな処で走りながら剣を横薙ぎに払う。
すると、切っ先に集められていた魔素は、見えない刃と化してリュウジに向かっていく。
普通なら見えないであろう、その風の刃は男の狙い通りリュウジの脚を薙ぎに行く。
しかし、リュウジにはその魔素で作られたその風の刃はしっかりと見えている。
リュウジは、其れを難無く前方に踏み込みながら跳んで躱すと、上段からリュウジに切りかかってきた男の剣を振り上げる剣で擦り上げながら流し、その剣を振り下ろそうとしたが、剣の男の後ろにもう一人の男が長槍を構えているのが目に入っている。
普通なら完全な死角だろうが、エコービジョンを使うリュウジには丸見えだった。
リュウジは剣を流され、泳いだ男の躰を長槍の男に向けて蹴り飛ばす。
長槍の男は転がってきた仲間を躱しながら暗褐色魔素を前面に展開し、リュウジとの間に氷の壁を作り出していた。
男は中央だけ薄く作った氷壁の中央を、ほとんど抵抗なく貫きながらリュウジを攻撃する。
意表を突いたその攻撃をリュウジは身を翻して躱そうとするが、槍はリュウジの肩口に突き刺さる。
痛みは一瞬だった、すぐさま痛覚を遮断する白蓮の意思が伝わり、槍で突かれたというのにまるで痛みを感じなくなった。
槍が引き抜かれても、シンビースライムが傷口に膜を張りほとんど血は流れない、傷自体もほどなく白蓮によって治癒されることだろう。
『主様ここから先痛みは感じませんが、死なないわけではありません無茶はしないでください』
リュウジを心配する白蓮の気持ちが伝わってくる。
リュウジは、引き抜かれる槍をつかみ、思い切り引き寄せる。
今のリュウジは白蓮のおかげで身体能力を100パーセント引き出している。
その力で引き寄せられた男は思わず前のめりに自分で作った氷の壁に激突する。
リュウジは瞬時に剣を逆手に持ち替えると、氷壁に飛び乗り、氷壁に激突している男の背中に両手で剣を突立てた。
男は口から血の泡を吹いて氷の壁にもたれながら絶命した。
その間もリュウジはエコービジョンでもう一人の行動からも意識を放さず警戒している。
男は本来なら死角である斜め裏から再び風の刃を放ってきた。
リュウジは躊躇なく剣を放し、振り向きもせず氷の壁から転がり下りると、一気に間合いを詰め、防御した剣ごと男の銅を薙ぎ払う。
男は臓物をぶちまけながら踏み固められた地面にのめり込んで行った。
おかしい?、リュウジは初めて人を殺したにもかかわらず、それを当然のことと認識していた。
日本人のリュウジには在り得ない話なのだが、リュウジは冷静にそんな事を考えながら、地べたにのたうち死にゆく男を凝視していた。
多分白蓮と記憶を共有しているのが原因だろう、白蓮の記憶の分、自分で体験したと認識しているものが増えたのだ。
すなわち経験が倍以上になったのだから性格も場合によっては人格も変わるだろう。
しかも人間の記憶ではないのだから。
リュウジが男の死を凝視していると、白蓮から警告が入る。
『また一人此方に向かってきます』
敵の敵は味方、リュウジは猫科の獣人を加勢することに決めた。
それで無くても日本人のリュウジに奴隷商の印象は悪い。
リュウジはふとかがみ、右手の剣を鞘に納めると、足元の手頃な石を手に取り走り出す。
向かってくる男が近づいてくると、至近距離からいきなり石を投げつける。
まさかの投石に顔面を抑えて転げまわる男を無視して、リュウジは戦闘中の猫の獣人達に向かって走る。
しかしその間に獣人の一人は腹部に槍を受け崩れ落ちる。
リュウジは、エコービジョンではなく直接その姿を見て思わず息をのむ。
脳内補正の無いその姿はよりシュールで美しい。
その毛並みは銀色と言うよりも、もはや鏡に近く、周りの景色が映り込み目を放すと風景に溶け込んでしまう。
かと思えば時々太陽を反射しキラキラと輝き、胸から下腹部にかけての体毛の無い部分だけが時折宙に浮いているかのように見え隠れしている。
そして、その下腹部から槍を生やした獣人の男は、敵陣に切り込んでいくが、次々と槍を撃ち込まれ崩れ落ちる。
残り二人も互いの背中を守りながら持ちこたえているが、動きは一呼吸ごとに鈍くなり、攻撃を裁ききれなくなるのも時間の問題だろう。
リュウジはその二人の前の敵をなぎ倒すと、宣言した。
「こちらの都合だが加勢する」
「あり難いが、勝算が、ないなら、逃げた方が、よいぞ」
槍を裁きながら、切れ切れの声で忠告が返ってくる。
その低く凛とした女性の声に視線を上げれば、鏡のような体毛から浮き出る白い肌が目に入る。
さらに、発達した胸筋の上に乗った、張りの良い白い乳房に浴びた返り血の赤が目に飛び込み、リュウジを戦場に引き戻す。
「勝算はある!全部なぎ倒すから少し持ちこたえていろ」
何故か高ぶる闘気のままにリュウジは怒鳴る。
「そう言うのは、勝算とは、言わん」
また切れ切れに忠告がが返ってきたが、リュウジは無視してアーチャーから片づけ始まる。
一番近い一人は、また足元から手頃な石を拾い上げ撃ち落とす。
エコービジョンに映るアーチャーはあと二人、リュウジは倒した敵の槍を手に走り、射程内に入るなり、やり投げよろしく投擲する。
まさかの飛距離に、届くまいと高を括っていたアーチャーは、弓を構えたまま腹に槍をはやして崖を転がり落ちる。
最後の一人は風上の馬車の陰からこちらを狙っていた。
馬車の両脇にはアーチャーを守るように大きな蛮刀を持った男と手足の長い槍を持った男がいた。
リュウジは又、手頃な石をいくつか拾うと、投げつけながらアーチャーに近づいてゆく。
ただの石だが、リュウジが投げれば拳大の石が百七十キロ以上のスピードで飛んで行くのだ、弓と同等以上の武器と言えよう。
リュウジの投げた石は中らなかったが、リュウジの接近を許したアーチャーは蛮刀と、槍の男共々リュウジに切り捨てられる。
アーチャーを片づけたリュウジが大きく息を吐き出すと、ふと馬車の中の男が目に入る。
黒いローブに身を包んだ背の低い男が、黄色い煙を吐き出している大きな壺を、両手で目の前に掲げて何やらぶつぶつとつぶやいている。
壺にはその男のものであろうモスグリーンの魔素が纏わりつき壺の色が判らないほどだ。
男はリュウジに気付くと壺を投げつけ、リュウジと反対側に馬車を飛び出し、逃走を図る。
「なるほどあいつが麻痺毒散布していた訳か」
リュウジは呟くと、馬車を通り抜け一気に男の背中まで詰め寄り、躊躇なく袈裟切にすると、倒れた男の背中にギアナタイトの剣を突立てる。
突然の咆哮に振り向くと、人間が車にでも撥ねられたように、バウンドしながらリュウジの方に転がってくる。
リュウジの脚もとで止まったその男の鎧はひしゃげ、首はあらぬ方向を向き、頭は陥没していた
しかし、それをした獣人も肩口にショートソードを深々と突立てられ、剣を引き抜くこともできずにそのまま戦ていた。
彼は女を守るように、敵を蹴散らそうと腕を振り回しながら女の前に立ちふさがる。
敵はあと三人、しかし彼の肩に剣を突立てたでだあろう女の動きは只者ではない。
自分の倍はあろうかと言う獣人の攻撃を紙一重で躱し続け、隙あれば剣を突立てようと懐に入り込んでくる。
この女がいるばかりに、さほど腕があるわけでもないあとの二人も、倒すことができずに彼らは追い詰められているのだ。
女は獣人の懐に入り込むと、獣人のひざを踏み台に獣人の頭に剣を振り下ろした。
その剣を爪で防がれると、その肩口に突き立った剣を引き抜いて宙を舞う。
女は両手に剣を握り、伸身で綺麗に弧を描きながら戦闘域の外に降り立つ。
女はすぐに両肩の鞘に剣を収めると、何処から出したのか細身の鉛筆のようなクナイを両手に持っていた。
リュウジが走り出した時には、クナイは投げられ、一本は男ののど元に、一本は女の太腿に突き立っていた。
女はクナイを投げ終えると、仕事は終わったとばかりに、後方から迫るリュウジに振り向きもせずに、一目散に森の中に消えていった。
のど元にクナイを受けた獣人は二人の男に剣と槍を突立てられ、女の獣人を守るように崩れ落ちる。
二人の男は両手を広げ自分たちに覆いかぶさるように倒れ込む獣人の男を、押しのけると、太腿にナイフを受け、片膝をついた女の獣人に切りかかろうと剣を振り上げる。
その振り上げた剣と、女獣人の間にリュウジは転がり込んだ。
が、無理矢理に割ってはいたその体制は前のめりに崩れ、手に持った剣も振るうどころか、防御すらままならなかった。
気が付くと女が何か投げたが、既に体が思うように動かない彼女は、躱しきれず、ナイフは、太ももに突き刺さる。
彼女の身体は思うように動かず、意識も薄れてゆく。
彼女は脱力し、ひざがから崩れる。
目の前には二人の敵が迫り、今まさに彼女に止めを刺さんとしている。
(私は、こんな所で終わってしまうのか)
彼女の心が折れたとき、目の前に誰かが立ちふさがった。
(先刻の人間、何故…)
立ち塞がった人間は、体勢を崩し、防御が間に合わず、腕を切り落とされ、その勢いで脇腹まで切り裂かれ、腸が飛び出していた。
(これでは助かるまい、向こうに逝ったら、礼を言わねばな…)
彼女は意識を手放し、崩れ落ちる。
結果、リュウジは左腕を切り落とされ、脇腹に深々と剣を受ける。
が、リュウジは、何事も無かったかのように右手の剣を返すと、男の首を綺麗にはね、返す刀で、もう一人の男も切り捨てる。
腕を切り飛ばされ、脇腹からは腸が飛び出したまま戦い続けるリュウジの姿は、見るものに恐怖を与え、敵の戦意を根こそぎ奪い取り、その体を硬直させた。
辺りは静まり返り、視線はリュウジに集中している。
リュウジが視線を上げ、残った腕を振り上げながら雄たけびをあげ、剣の血糊を払うと再び敵を見据える。
その視線を受け、奴隷商キャラバンは蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。
その直後。その中央に何本もの火柱が爆ぜ、逃げ惑う奴隷商のキャラバンはそのほとんどを焼き尽くされた。
「私の仲間に何てことしてくれやがる!許さん!」
その爆ぜた炎の跡には、真っ赤な髪を逆立て、僅かばかりの服が焼け残っただけの肌もあらわなリゼルダが、怒りに震えながら立ち尽くしている。
その視界には、片腕が取れ、肩がえぐられ、腸が飛び出したままのリュウジが映っている。
「リュウジ!」
リゼルダはすぐさまリュウジの前まで駆け寄る。
「どうしたらいい、何をすればいい」
リゼルダはおろおろしながら、リュウジの前に両膝を突き、飛出した腸を脇腹に戻そうとしていた。
「相変わらず加減はへたくそだな、服が黒焦げだぞ」
「そんなこと言ってる場合か、いくらお前でもこれはまずくないか」
リュウジの顔を見上げながら問いかける声は震えている。
「何とか大丈夫そうだ、そのまま腸を戻したら、腕を拾ってくれ」
体内では白蓮が必死の形相で動いているのだが、外からそんな事は見えない。
『無茶はしないでと言ったのに。痛くなくても不死身じゃないと言ったのに』
「・・・・」
『魔素が足りなければ、治癒できずに本当に死んでしまう事だって有るのに』
「大丈夫なわけないだろ、腕はともかく、この腹はドラゴナイトでも助からんぞ、こんなにバラバラでは戻しても繋がらない、ポーションじゃ治らないんだぞ」
リゼルダは、リュウジの腸を押し込みながら力なく答える。
そう治癒ポーションでは、折れた骨は折れたまま、切断された腸は、そのまま癒着いてしまう。
「大丈夫だ俺の内には名医が居るからな」
リュウジは、軽口を叩きながら、リゼルダに腸を押し込んでもらうと、飛び出ないように右手で脇腹を抑える。
そして、何とか繋がりはしたが、まだ動かない左腕をだらりと垂れ下げながら、今にも息を引き取りそうな女獣人の前にかがみこむ。
女性にしてリュウジの倍以上は有ろうかという巨体は、鏡のような体毛に周りの風景を映し出し、太腿、肩口、背中に流れ出る血だけが宙に浮いているようだった。
傷はどれも深いといっても、致命傷になるようなものはなかった。
今この獣人の女の命の灯が消えかけている原因は、最後に受けた鉛筆のようなクナイだろう。
事実それを受けるまでは傷を無視して戦ていたのだから。
彼女にしてみれば棘のような小さなナイフ、だがそこには彼女を殺せるだけの毒が塗ってあったのだろう、すでに彼女の息は今にも止まりそうなくらい弱弱しいものになっていた。
『白蓮、助かるか?』
『多分、急げば、でも主様は自分の心配を先にしてください、主様も危なかったのですよ、魔素丸が無ければ終わっていました』
白蓮の強い口調が脳内に響き渡る。
『ああ、解ってる、ありがとう』
『外側は繋がっていますが、内側はまだ繋がってないのですよ、お腹だって中身はまだバラバラのままなんですよ』
『でも、俺にはお前が居るから大丈夫なんだろう、どうしても助けたいんだ、頼むよ』
そう言われ白蓮は仕方なく折れる。
『本当に主様もギリギリなのですからね、では、急いで私たちの馬車から、ネオスライムを連れて来て下さい、あと魔素丸も、体内のストックは使い切ってしまったので』
『解った』
「リゼルダ、頼みがある、急いでネオスライムと、魔素丸と治癒ポーション持って来てくれないか」
「ネオスライムってあいつか?」
「そうだ」
「判った、あと魔素丸だな」
リゼルダは多少の疑問は無視して走り出す。
『主様、手を出してください』
リゼルダが走り出すと、リュウジの鳩尾から白蓮が顔を出す。
するとリュウジの掌に半透明の蠢く蒼い液体がたまっていく。
「これがシンビースライムか?」
「そうよ、でもこれは主様のだから、彼女に移しても、一日かそこらで役目を終えて死んでしまうの」
「それで大丈夫なのか」
「いいえ、だから、ネオスライムで彼女のシンビースライムを創って入れておけばその間に彼女の中で増えてくれるわ、相性さえ合えば」
「相性が合わなければ」
「彼女は助からないかも、彼女は大きすぎるの、小さければ今これを移すだけで大丈夫なのだけれど」
リュウジが視線を移すと、大きな馬ほども有る彼女の巨体がそこに横たわっていた。
リュウジは太腿の傷口にシンビースライムを載せてやる。
スライム達は、直ぐに蠢きながら彼女の中に入っていった。
どんな扱いをしたのか、リゼルダが手を溶かされながらネオスライムを抱えて帰ってくると、リュウジは魔素丸を二三粒自分の口に放り込み、リゼルダからネオスライムを受け取ると、白蓮の前に差し出す。
「少し我慢してね」
そう言うと白蓮はネオスライムの中に腕を突っ込み、核の一部をむしり取る。
リュウジはのたうち回るネオスライムをリゼルダに渡すと、彼女の血を少し手のひらに乗せて白蓮の前に差し出しだす。
白蓮はその掌のふちに乗り触手と化した長い髪をすべてその中に浸して蠢かせる。
数分の後、白蓮が髪を引き上げると、そこには先程リュウジの中から出て来たものと同じ半透明のシンビースライムが蠢いていた。
只それはほんのわずかでよく見なければ見逃して仕舞うほどしか存在していなかった。
「これだけか?」
「はい、一度に作れるのはこれ位が限度なのです主様」
リュウジは又それを、彼女の傷口の上に載せてやる。
「では、俺の方からもっと回せないのか」
「今はあれが限度ですが、主様の回復が終われば随時」
白蓮はそう言うとリュウジの内に戻ってゆく。
リュウジが獣人に治癒ポーションを飲ませると、リゼルダが声をかけてくる。
「リュウジ、お前は本当に大丈夫なのか」
リゼルダの声はまだふるえている。
「ああ、見ろ、もう手を放しても大丈夫だ」
リュウジはそういうとリゼルダの前で脇腹を抑えていた手を放して見せる。
流れ出していた血は止まっていたが傷はまだ生々しい。
「全然大丈夫に見えないぞ」
「よく見てみろ」
リュウジの言葉にリゼルダが目を凝らすと、僅かづつではあるが、傷口が端から繋がっていく。
「馬鹿な、腸はどうするのだ、バラバラのままだぞ」
「内に名医が居るって言ったろ、少し休めば元通りだ」
「馬鹿な、それじゃドラゴナイトより治癒能力が高いではないか…」
「そうだな、首を落とされてもすぐに付ければ治せるとか言っていたぞ」
「本当か、………」
「おい、間違っても試そうとか思うなよ、実例は聞いたことがないからな」
「そうなのか……」
「おい」
「ああ、大丈夫だいくら私でも、それは試そうとは思わん」
「信じたぞ、ほんとに、 俺は少し休むから、カヤナ達を頼む」
そう言ってリュウジがその場に腰を下ろすと、リゼルダは小さく頷き、ネオスライムを投げ出すと、自分達の馬車に向かって走り出す。
リュウジは其れを見送ると路肩の草むらに腰を下ろし、そのまま仰向けに倒れ込む。