ドラゴナイト・ミメーヌ
それはみるみる間に女性の形となり、リュウジに話しかける。
「貴方が精霊騎士ですか?」
「はいリュウジ・マシバとも押します」
リュウジは思わずその姿にかしこまる。光を通過させるその透明な姿は人外の美しさと威厳に満ち、リュウジを圧倒した。
その透明な体は、どこからが水でどこからが彼女の躰なのか判別が出来ない。
それともこの水すべてが彼女の体なのか。
「スティーダの白蓮です」
白蓮もリュウジの体内から出て挨拶する。
「私は、フィエラがドラゴナイト・ミメーヌ、貴方達が探しているのはこれですね」
そう言うとミメーヌの差し出した手から、上空の水滴に、水糸が繋がり、そこから細い水柱が降りてくる。
水柱は、ミメーヌの手のひらに水球に納まった蒼いスライムを残すと、直ぐに上空の巨大水滴に吸い上げられてゆく。
蒼いスライムは、ミメーヌの透き通った手のひらの上で小さな水球の中を漂っていた。
リュウジは何処から驚いていいのか分からない様な状況だったが、取りあえず、目の前の探し物に目は固定されていた。
「おおー」
「はい其れです」
白蓮は即答だった。
「ならばこの子は差し上げましょう、下にはもう居ないでしょうが、上にはまだ沢山いますから」
「本当ですか、ありがとうございます」
「元々貴方達の為に存在しているような種ですからね、貴方達と誓約できるならきっとこの子も幸せでしょう、」
「え、聖約?」
白蓮が驚く
「知らないのか」
「知らないわ、スライムと誓約できるなんて」
「そうね、普通魔格の高い精霊やドラゴンと誓約したら、もう他には誓約できないものね、でもこの子達が持っているのは隷属の血液、隷属誓約だから魔格が低くても誓約できるの、やり方は失伝しているみたいですね、スライムの場合は核にスライムよりも魔格の高い血液をかければいいのよ」
すると、水球が動き出しスライムの青い粘液をかき分けいとも簡単にスライムの核が取り出される。
分けられた蒼い粘液は丸くなってミメーヌの脇にふよふよと漂っている。
スイカの種位の大きさの肉片に、何本かの枝分かれした根の生えた様な瑠璃色のネオスライムの格が、避けられた自分の粘液体を取り戻そうろうねうねと根っこのような触手を動かしている。
ミメーヌはその小さな核を摘まむと今度は直接自分に手のひらの上に乗せリュウジと白蓮の前に差し出した。
その透き通った手のひらの上でもがく瑠璃色の核。
「どちらが誓約するの、ちゃんと誓約して、連れて行って下さいな」
リュウジは白蓮と目を合わせると頷く。
「はい私が」
白蓮はそう言うとミメーヌの透き通った手のひらに乗り、ミルク色の髪の先を自分の指先に突き刺し、その血をネオスライムの核に落とした。
「ありがとうございます。」
白蓮はそう言うと、リュウジの元に戻ってくる。
その後をミメーヌに自分の粘液体に戻されたネオスライムが躰を球体にし、コロコロとと付いてくる。
「大切にしてやってください」
ミメーヌは水面と同化している長い髪をひきながら少しリュウジ達から離れると、また水に同化してゆく。
(エルダードラゴンにドラゴナイトが居たなんて、・・・エルダードラゴンの名前!!)
カヤナは既に歓喜の極みだった、この世界でエルダードラゴンと言えば伝説の中のドラゴンで、神格化されたドラゴンだ、信仰している者さえいる。
そのエルダードラゴンと話せただけでも信じられない様な話なのにに、誰も知らないエルダードラゴンのドラゴナイトとまで会えたのだ、それは神の分体に会っているようなものだ。
そして信仰の対象と直接言葉を交わす機会がおとづれたのだ、カヤナの感極まる気持ちも分かると言うものだろう。
その分体をカヤナは思わす呼び止める。
「待ってください。ドラゴナイト・ミメーヌ様、わたくしカヤナとも押します。私にも、わたしにも何かお言葉を」
「私にもお願いいたします」
好機とばかりにちゃっかりとクルトモ便乗する。
ミメーヌは透き通った躰をビデオの逆回しの様に元に戻すと、カヤナの前に移動する。
「私の言葉なんて貰っても仕方ありません、代わりにこれをあげましょう」
そう言うとミメーヌの手のひらの上に透き通った首飾りが二つ湧き出る。
「これは」
「単に私の魔素を固めたものを、私の髪に通しただけのものですが、これを持っていれば、貴方達が近づいてくれば直ぐに解りますし、私を知っている者が見ればすぐに私の知り合いだとわかりますが、それだけの物ですので、只の記念品です」
それは透き通った紐に真球のクリスタルをぶら下げたような物だが、透き通った紐等この世界にはまだ存在していなかった。
その紐は目を凝らさなければ存在が確認できない程透明だ、手に取ればペンダントヘッドのクリスタルだけが宙に浮いているように見える。
カヤナとクルトが、それを恭しく首にかけていると、リゼルがが割って入る。
「ドラゴナイトミメーヌ私にも」
「貴方には必要ありません、同じ眷属で貴方のようなメラメラしたのが近づいてくれば直ぐに解ります、精霊騎士も直ぐに解りますからね、では私はこれにて」
そう言うとミメーヌは水糸を飛ばし、上空にふよふよと浮いている巨大水滴の中に消えて行く。
「そんな」
リゼルダががっかりとしている横で、カヤナとクルトが胸元のミメーヌのくりすたるを手に取りニマニマとしている。
「あーそれ私も欲しかった・・・」
「姉様もドラゴナイトでしょ、同じような物作れないのですか?・・・そしたら姉様のも僕に下さい」
クルトのこの一言で火魔法以外殆ど使えないリゼルダは、この日からリゼルダクリスタルを創ろうと躍起になる。
「わ、分かった任せろ、あとで創ってやる」
大見得を切るリゼルダだった。
「カヤナそのクリスタル、凄いぞ、ミメーヌさんの魔素とんでもない量凝縮されている」
「え、そんなにですか」
「透明な魔素で分かりにくいんだが、普通其処までは凝縮出来ないぞ」
「私のはもっと沢山凝縮してやるからなクルト」
「「「・・・・・」」」
「とりあえず、いったん馬車でこれ何とかしないか」
リュウジの手にはこぶしだいのネオスライムが張り付いている。
そのスライムの上にはソファーよろしく白蓮が腰を下ろしている。
馬車に着くと御者台の椅子の上に乗った白蓮とネオスライムをリュウジ達が囲んで、成り行きを見守っている。
「いい、痛いのはほんの少しだけ、だから我慢してね」
白蓮がそう言ってネオスライムに近づくと、ネオスライムは言ってる事が解るのか、ズルズルと後ずさる。
「大丈夫だから止まりなさい」
白蓮の強い制止にネオスライムはその場に留まるものの、今度はプルプルとふるえだす。
「おお、相当怖がってるな、一寸かわいそうになってきた」
「リゼルダさん、必要な事なので、少し静かにお願いします」
「わるい」
リゼルダはミルク色の精霊に睨まれ首を竦める。
「はーい、いい子だから薄くなりなさい」
この命令に、ネオスライムはさらに大きくふるえながらも、蒼い体を薄くして行く。
「いい子ね、もっと薄くなって」
ネオスライムは更に体を薄くして行き、テーブルの上にこぼれた水の様になって行く。
白蓮は、その真ん中に転がる小さな核に近づくと、そこから生える細い根の先端を握り、一瞬で引き千切る。
ネオスライムは反り返るように核を包み込み、躰を大きく波打たせながらのたうち回ると、御者台の角に張り付いて制止した。
白蓮の手の中には、今引き千切ったばかりの小さな核の根先端がまだ動いている。
「ごめんね、ごめんね、ほら怖がらないで、・・・主様」
リュウジは、あらかじめ用意しておいたチーズのかけらを白蓮に差し出す。
白蓮はまだ動いている核の根の先端をリュウジの手に乗せると、代わりにチーズを抱えて、御者台の隅に張り付いているネオスライムの方に近づいてゆく。
ネオスライムは、白蓮が近づくとズルズル後ずさる。
「痛かったでしょごめんなさいね、もうしないからこっちにおいで」
白蓮が抱えていたチーズを差し出すと、ネオスライムはおずおずと寄ってきて、チーズを取り込んでいった。
「ありがとね」
白蓮がネオスライムの蒼い躰を撫でると、今度は嬉しそうに小刻みに体を揺らしていた。
「主様」
リュウジが手を差し出すと、白蓮はネオスライムの核の根の先端を拾い、リュウジの体内に戻って行く。
「え、其れで終わりなのか?」
リゼルダが物足りなそうに聴いて来るが、その通りである。
「ああそうらしい、後は待つだけだ」
「どれ位?」
「二三日と言った処らしい」
「そうなのか、それで、こいつは私たちの言う事分かるのか・・・・よし、こっちに来い」
リゼルダのその声を聞くと、ネオスライムは一目散にリュウジの方に逃げていった。
「分かるみたいですね」
(何故だ・・・・)
◇◆◇◆◇
それから数日、リュウジ達は順調に大樹街道を進んでいたが、リュウジはまだ浮遊山とエルダードラゴンが気になって仕方なかった。
いつか必ず浮遊山に上陸してエルダードラゴンに会ってやろうと心に誓うリュウジだった。
その日も馬車の平たい屋根の上で寛いでいるリゼルダとうろこの目の前を、細長い躰に、躰と同じくらい長く平たい尻尾を持った中型犬位もありそうなムササビ型の黄色い魔獣が二匹、左の崖の上から森の中へ滑空していった。
「うおー!ゴールデンミートだ!」
リゼルダは叫ぶなり屋根から飛び降り、黄色い魔獣を追いかけ森の中に飛び込んで行った。
その後を馬車から転がり落ちる様にダイブしたうろこが後を追う。
「あー姉様ー!」
「先に行ってろ、晩飯はゴールデンミートだ!」
御者台からのカヤナの叫びも虚しく、リゼルダはそう言い捨てると、後を追ううろこにも気付かず森の中に消えてしまった。
「うろこも行きましたよー!」
「おー」
すでに森の奥からからリゼルダの声が返ってくる。
「ゴールデンミートって、何だ?」
御者台の後ろの窓が開き、リュウジがカヤナ達に尋ねる。
「あ、リュウジ様、 そーですね、えーと、兎に角信じられ無い位美味しいくて、入手難易度がとんでもなく高い肉の総称です、同じ重さの金と同じ価値があると言う事で、そう呼ばれています」
「そんなに旨いのか?」
「残念ながら、食べた事が有りません」
リュウジの問いにカヤナが残念そうに答える。
「美味しかったよ、何回かかむと、肉なのに口の中で溶けてどろっとしたスープみたいになるんだ」
「え、クルト食べた事あるの」
カヤナが体ごと隣のクルトに向き直る。
「魔境近くの森で迷子になった時に、銀色のでっかいカタツムリ見つけたんだ、後で聞いたらそれがエアマイマイだって母様が言っていた」
「あー一度でいいから私も食べてみたい」
「今晩食べられるのではないかい、リゼルダが諦めて帰ってくるとは思えないからな、料理の仕方でも考えておいたほうがいいぞ」
「そうですね、今晩はゴールデンミートかもですね、姉様も言っていましたし、どんな味がするのでしょう。」
しばらくそんな会話が続き、カヤナの頭がゴールデンミーに埋め尽くされようとしていたとき、きつい左カーブに差し掛かると、スケイルホースがいきなり立ち止る。
次にはカヤナとクルトが御者台の上で目を開けたまま静かに倒れこむ。
『主様!風上から麻痺毒が散布されています』
勿論、ハクレンとシンビースライムのいるリュウジには全く効果がないのだが、リュウジは反射的に急いで口と鼻を抑える。
スケイルホース達は動揺し、棹立ちになると、大きく嘶いて来た道を引き返し始めた。
が、百メートルも行かないうちにひざを折り倒れこむ。
リュウジは視界をエコービジョンに移しながら、カヤナとクルトを馬車のなかに引き込み、ギアナタイトの剣を取り外に出る。
馬車の壁、と言う障害物が無くなり一気に広がったエコービジョンには、まるでリアルタイムで動く3Dマップを上から見た様な視界がリュウジの脳内に広がって行く。
音の拾える範囲すべてを視界として見渡せるその視界の端に、普通なら左側の崖で遮られて見えないはずの場所での戦闘が映り込む。