浮遊山(フロートマウンテン)
巨大な樹木の間からさす木漏れ日の中、四角い無骨な馬車がスケイルホースに引かれて、ゆっくりと街道を走って行く。
リュウジが取り付けた板バネの御蔭で、馬車の乗り心地はだいぶ改善され、リゼルダ達には喜ばれたが、地球の車の乗り心地が基準であるリュウジは納得いかず、いずれは自動車並のサスペンションを作ってやろうとか、考えていた。
そんな馬車の中、クルトは何時の間にか寝ており、カヤナが御者台で手綱を握っている。
リゼルダもうつらうつらと眠そうにしている中、リュウジは無骨な馬車の後ろに腰掛、巨大な樹木が林立する風景がゆっくりと流れて行くのを眺めていた。
地球の何処かには有りそうな風景にも見えるが、地球では在り得ないような生き物が闊歩する森は、リュウジを現実に引き戻す。
(そう言えば此の森で初めてスライム見たよな)とかリュウジが考えていると、白蓮が『此の辺にはスライムが沢山居るの』と尋ねて来た。
「リゼルダ、此の辺にはスライム多いのか」
リュウジが尋ねると、うつらうつらしていたリゼルダから、気の無い返事が帰って来る。
「私は地元人じゃないから判らん」
すると御者台の方からも答えが返ってくる。
「この辺は多いですよ、エルダードラゴンの住処とも言われている浮遊山の下にあるガラグナ湿原には今気持ち悪い位繁殖しています、人も近づかないし、天敵も居ないので」
その答えを聞き終わらない内に、白蓮が何をしようとしているのかリュウジに伝わって来る。
白蓮が必要なのはネオスライムと言うスライムだった、スライムの突然変異種と言われ、スライムの中では一番危険とされている、滅多に見掛けないスライムなのだが、
其れはこの種の溶解酵素が強力なためだ。
本当に小さなこの種は溶解酵素で皮膚を溶かしながら体内に侵入し、体内から食い荒らすのだ。
そうで無ければ、いくら溶解酵素が強力でもしょせんスライムなので恐れるに足りない。
この種は極端に乾燥に弱く、水分に触れてなければ一日と持たない。
又、動かずにいても体力は消耗し、捕食量が少なければ小さくなってぐに餓死してしまう。
故にほとんど増殖できず、滅多に人の目に触れることもないのだが、それでも湿地帯や沼地には沢山いた。
だが危険度ゆえに駆除の対象となり今ではほとんど残っていないと言う事だ。
「そうか、その中にネオスライムもいるかな?」
「ああ、あの青い奴ですか、此のところ見たって話は聞きませんね、湿原なんて普通行きませんからね」
「じゃ昔は居たのか」
「今でも探せば見つかるかもしれませんが、どうするのですかスライムなんて」
御者台からカヤナの嫌そうな声が帰って来る。
「一寸どうしても必要でな、どうせならついでにそのガラグナ湿原を廻って捕まえてたいな」
「必要ってあんなの、どうするんだ」
眠気が冷めたのかリゼルダが話に食いつく。
するとリュウジの胸元の小さな扉が開き、白蓮が白い小さな顔を出す。
「私の補助をしてもらうの」
「「補助?」」
「私達はネオスライムを改良してシンビースライムとして従わせることが出来るのです。
それに主様の体内でそのスライムに私の補助をさせることが出来るのです」
「・・・・リュウジの体内でね」
記憶を共有しているリュウジ以外はドン引きだ。
体内にスライムを入れると言う事自体、生理的に受け付けないと言った感じだった。
此方ではスライム自体が、ナメクジとか、ミミズと同義で扱われているので其れが体内に入るのをイメージして貰えば判るだろうか。
只其れを従えられる白蓮と、その記憶共有しているリュウジだけが此の違和感に気が付かない。
「リュウジ様、スライムを躰の中に入れるのですか・・・」
クルトが信じられ無いと言った顔つきで尋ねる。
「様はよせと言ったろ、と言うか、其のまま腹に突っ込むわけじゃないぞ、核だけ小さく分割して、白蓮が改良して従えるんだぞ」
「そうは言っても、体の中にスライムが入るのですよね」
今度はカヤナが突っ込む。
「はい、入りますが其れは人に害をなさない共生体となったスライムで、既にネオスライムでは有りません。
ですから彼らは人体に害をなすことは有りませんし、逆に私と一緒に守るのが役目です。
怪我をすると自分達の躰で止血をして私達が治癒させるまでの間応急処置を行ってくれるのですよ」
「・・・・・・・・・」
「それと、ガラグナ湿原に入って、浮遊山のエルダードラゴンの怒りを買わないでしょうか」
「カヤナ、一つ聞いていいか」
「はい?」
「浮遊山って、山が浮かんでいるのか?」
「はい、そうですよ、かなり有名な名所です、遠くからでも見えそうなほど上に浮かんでいるのに、湿原に入らないと見えないんですよ、不思議ですよね」
リュウジにすれば、スケールこそ違え、皆が普通に魔法使かっといて、いまさら不思議もないものだと思っているのだが、山が浮いていると言うその光景には非常に興味をそそられていた。
何といっても、映画やゲームのファンタジー世界その物の風景じゃないか、三つある月もびっくりしたが、この風景が見られるのならばそれ以上だろう。
そして、そこにエルダードラゴンが住んでいるというのだ、リュウジにしてみればそれはもう絶対に見逃せないスポットだった。
◇◆◇◆◇
馬車は一路ガラグナ湿原に向かうものの、ネオスライム捕獲は誰からも共感は得られなかった。
白蓮は諦めて、また小さな扉を開けるとリュウジの体内へと帰っていった。
そうは言っても、一行は一路ガラグナ湿原に向かう事は決定した。
大樹街道から外れ、ガラグナ湿原まで向かう道程は、馬車の轍以外の処には草が茂り、馬車一台が何とか通れる程度の細道だ、本当に浮遊山を見に行くだけの道なのだろう、馬車同士のすれ違いすら難しそうな道だった。
湿原に近付くにつれ視界に納まるスライムはどんどん増えて行った。
森の細道を抜けると視界はいきなり開け、目の前には見渡す限りの湿原が広がっていた。
そして、その遥か上空には本当に山が浮かんでいた。
何キロ上空で、どのくらい大きいのだろう、浮かんでいる山の遠近感がくるってしまい、高さと大きさがよくわからないが、富士山をそのまま浮かべたぐらいはありそうだった。
川でも流れているのだろうか、浮遊山の端からは水がこぼれているようにも見える。
そしてその風呂とマウンテンと地上の間には、巨大な水滴が幾つも浮いている。
余りの大きさに、そのサイズが解らない程の水滴、何十メートル、何百メートル、そんな水滴がふよふよと幾つもういている。
中には何か魚のようなものが群れを成して泳いでいたり、丸い水草が漂っていたりするものまである。
そんな大きな物があんなに高くに浮かんでいるだから、かなり遠くからでも見えるはずなのに、湿原に入るまでまでまったくリュウジ達の視界には入らなかった。
いまだにその理由は分からないらしいが、そこに住むエルダードラゴンの力だと言われているらしい。
ただそのエルダードラゴンの姿も、最後に目撃されたのは、もう百年以上も前の話らしい。
リュウジ達がその迫力に圧倒されながら、あんぐりと口を開けて浮遊山を見ていると、浮遊山から何か落ちてきた。
「スライムか?」
リュウジにはそれがスライムっぽく見えていた
その落下物はは巨大な水滴にも当たらず、リュウジ達の見守る中、湿原の真ん中に水柱を上げて着水した。
「なんだ今のは・・・」
「・・・・」
リュウジ達が落下物を見に行こうとすればそ、こにも圧倒される異世界の大自然が広がっていった。
其処には多様な湿原の植物が自生し、網の目の様な川の間に無数の小さな池が集り、池と川の境界が曖昧となった広大な湿原があった。
その水面に反射する太陽と、蠢く半透明のゼリー。
よく見ればその水面のそこかしこが蠢いている、大量のゼリー。
湿原の水際はスライムで埋め尽くされていた。
スライムを踏まずには水際を移動できない程に。
この信じられ無い光景に、リュウジ達はまたも立ち尽くすのだった。
「どうやってあそこまで行くんだ」
フロートマウンテンを見上げながら思わずリュウジが口走る。
「あそこに行こうと思わないでください、あれは先程も申し上げた通り、エルダードラゴンの住まう聖域です」
「でも行った奴はいるんだろ」
「聞いたことありませんよ、近づいて撃ち落とされた話ならありますが」
「エルダードラゴンにか」
「はい、アイスブレスでカチンコチンにされて、落下して砕けたそうです」
「そうなのか、エルダードラゴン見てみたいな」
「無茶言わないでください、エルダードラゴンに会った事が有る人なんて、ドラゴニュートの長くらいしか聞いたことありませんよ」
「ドラゴニュートってやっぱドラゴンの親戚なのか」
「それは知りませんが、ドラゴンの血をひいていると言う説は有ります 」
「じゃ、リゼルダに頼んでみよう」
「いえ、姉様はドラゴニュートではなくドラゴナイトですので、だいたいチビ様は小さくて騎乗できませんよ、どうやってあそこまで行くんです」
リュウジはフロートマウンテンを見上げる。
「でもリゼルダとチビなら上から見る位は出来るだろ」
するとリュウジの目の前を、浮遊山に向かって羽をたたんで槍の様になったチビが飛んでゆく。
「やっぱり見たくなるよな」
「信じられません!エルダードラゴンの怒りを買いますよ」
そんなカヤナの顔から血の気が失せきる前に、さっそくその怒りを買ったらしく、白いレーザーのようなものがチビをかすめる。
チビはフロートマウンテンの森の中からいきなり放たれた攻撃を何とか躱したにもかかわらず、チビの体は表面を氷に覆われ、落下し始める。
『チビ溜め込んだ空気を一気に放出して、躰を広げるげろ。』
チビは氷に躰の自由を奪われ、気が動転していたが、頭の中に聞こえてくるリゼルダの指示に従い、吸い込んでいた空気を一気に放出しながら、躰を広げて羽を伸ばす。
バシュンと爆発音をあげ、チビの体を覆ていた氷が飛散し、チビの翼が風をつかむ。
銃を取り戻したチビの頭の中に再度浮遊山からの声が響く。
『腕白ども、少しは礼儀をわきまえろ、此処は古より我が守る聖域ぞ、いくら眷属と言えど、それ以上礼を欠くならば次は容赦なく撃ち落とす』
『チビ、今の聞こえたか、早く戻れ』
リゼルダとチビが格差を認識するには十分な一撃だった、
チビは一目散にリゼルダの元に逃げて行く。
「おおー本当に怒りを買っちまったみたいだぞ、どうする」
振り向けばカヤナは腰を抜かしてふるえていた。
「もうダメです」
「いや、そうは言っても、大人が子供をを叱ってるような感じに聞こえたが」
『すまん、悪気は無かったんだ、勘弁してくれ、ただちょっと探し物をしていただけだ』
その頭に響き渡る声に、リゼルダは直ぐに詫びを入れ理由を述べる。
『こんな処でいったい何を探していると言うのだ、言ってみるがいい』
答えが返ってくるとは思ってもみなかったリゼルダは、飛び上がらんばかりに焦ったが、直ぐに返答する。
『ネオスライムだ仲間が欲しがってるんだ』
『それはお前たちが駆除したのであろう、もう下には居まい、今更探してどうしようと言うのだ』
『も押し分けありませんエルダードラゴン様、私は白蓮とも押します、それを探しているのは私です』
『おお、まだお前の種族は存続しておったのか、ならば仕方あるまい、そこにいる私のナイトと話してみるがいい、ネオスライムはお前たちの為に存在するような種であるからな』
『ありがとうございますエルダードラゴン様』
『私の名はフィエラだ覚えておくがいい』
エルダードラゴンの声が消えると、上から小さな水音が聞こえる。
一同が上を見ると、何か透明な不定形な物が、浮遊する水滴を渡りながら近づいてくる。
「何か来る」
クルトがつぶやく
(あれがエルダードラゴンのドラゴナイト?スライム?)
一同が考えている間にもそれは浮かぶ水滴を渡りながら近づき、リュウジの前に落ちてきた。
それはバシャリと落ちて足元の水と同化し、既に見分けが付かない。
リュウジが眺めていると、その水面はせり上がり瞬く間に人型となっていった。




