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異世界の誓約者  作者: 七足八羽
精霊騎士
22/60

共生

ブチに顔を舐められ目を覚ますと、既に日は傾きかけていた。


 リュウジは直ぐに起き上がろうとしたが、余りの体の重さによろめいて突っ伏してしまう。


 その目の前には、崩れた土砂に埋め尽くされた薬草の群生地が有り、自分が引きずられた跡が足元まで続いている。


 何が起こったのだろう、躰は重くて動きにくいが、傷がすっかり治っている。


 腸は飛び出し、下半身の感覚も無く、足もあさっての方向を向いて、折れた骨が飛び出していたはずだ。


 服は破れたまま、剣も、ポーションも無くなっているが、何故か傷は治っている。


(あの白い精霊か・・・・どこに行ったんだ、まだ腹の中に居るのか)


 兎に角日が暮れる前に帰らねばと、リュウジは重い躰を無理矢理動かし、ブチに採取した薬草の袋を括り付けると、覆いかぶさるようにブチに乗った。


 すると目の前のブチの頭の上から、あの白い精霊が赤い瞳でリュウジの顔を覗き込んでいた。


「お前は・・・・ありがとう、本当にありがとう」


 リュウジが頭を下げると、予想外の答えが返ってくる。


「私じゃ有りません」


「・・・」


「あれは姉さんです」


「姉」


「はい、姉と誓約なさったのでしょう、ならば私も一緒に連れて行って下さい」


 確かにそっくりではあるが、この子は姉とは違った静かで儚げな雰囲気を醸し出している。


(そうか誓約か、『そうよ、もうあなたとは誓約したのよ、だから必ず救けるわ、私はあなたの()約者(ティーダ)よ』と確かに聞いた覚えがある)


「そうだ、確かに誓約して救けてもらった、其れで君の姉さんは何処に居るんだ」


「貴方の中に居る筈です、話せませんか」


 そうではないかと思って聞いてみたが、やはりまだ中に入って居るのか。


 予感的中だが、あの状態から命を救けてもらったのだ、リュウジには何の文句も無かった。


「済まない、どうやって話したら良いんだ、最初は、多分お姉さんの声聞こえたんだけど、今は聞こえないんだ」


「なら眠っているのです、気にしないで下さい」


 目の前の小さな精霊は、何時の間にかブチの頭の上で膝を抱えて今にも馬から落ちそうなリュウジを見ていた。


「そうか、眠っているのか、起きたらお礼を言わないとな」


「きっとものすごく喜びます」


「そうか、俺はリュウジだ、其れで、君は何というの」


リュウジが喋るのも億劫そうに言う。


「;;;;と言います、私達に人の名前は有りません、私にもあなたの様な伴侶(ファラナト)が見つかれば、きっと人の名前がもらえます。

 姉さんにも人の名前を貰えますか」


「構わないけど、俺なんかが付けてしまって良いのか」


「はい、あなたでなければ駄目なのです、ファラナトとなった者の信頼の証ですから」


「そうなのか」


「名前を貰えなければ私たちは信用されません、奴隷か、ペットとしか見てもらえません」


「そうなのか、じゃ、良い名前を考えないとな、恩人を奴隷やペットには出来ないからな」


「はい、お願いします」


「其れで、お姉さんは此処からいつ出て来るんだ」


 リュウジが腹を指して言うと、予想外の答えが返って来た。


「姉さんはもう出て来ることは出来ません」


「え!どう言う事!」。


 この答えにはリュウジも少なからず驚いた。


 精霊は少し俯いて考えると、顔尾を上げて躊躇いがちに話始まる


「済みません、正確には出られないと言うのではなく、もう貴方から一生離れる事が出来ないと言うことです。

 姉さんは貴方と離れればもう一週間と生きられません」


 リュウジが困惑していると、表情を読み取って精霊が先を続ける。


「済みません、後は姉さんが起きたら直接聞いてください」


「そうか、ではそうしよう、兎に角ミュラに戻ろう」


 リュウジは、血液の代わりに鉛が流れているのではないかと疑いたくなるような重たい躰を無理矢理動かし、ブチの上に突っ伏しながら帰途につく。


「ブチ頼むぞ」


 リュウジがそう呟いて、首を撫でてやるとブチは『ぶるる』と返事をして背中で突っ伏しているリュウジを落とさない様に慎重に歩を進め始めた。


「リュウジ様、街に入る前に私を隠してくださいな」


 自分達が忌み嫌われている事を十分認識している彼女は、人間に見られることをよしとしなかった。


 又十分な理由を聴かずとも、リュウジは其れを察し受け入れる。


「よし解った」


 ミュラの門の近くまで来ると、リュウジは精霊を胸元に隠し、敗れた服を荷物で隠すと、やせ我慢して背筋を伸ばし、何事も無かった様に門を潜って行く。


「おお、リュウジ今日は遅かったな」


「縁取り大黄金見付けてね、ついね、ねばったのだけれど結局逃げられた」


「あれを追いかけ回しても無駄だと言ったろう」


「解っては居るんだけどね、つい」


 ガゼックといつもの様の軽口を交わすと、やせ我慢したまま、木陰おばばの処に料金は後で良いと、依頼された薬草を早々に降ろして、家に帰る。



◇◆◇◆◇



 リュウジがドアを開けると、白いエプロン姿の白が六本の短い虫足を流れるように動かし走ってくる。


 白は既に1メートル近くまで成長し雌のプランテラーとしては規格外の大きさだが、リュウジを支えるにはまだまだ、小さかった。


「白か、イルベリーさん呼んで来てくれ」


 リュウジはそう言うと、やせ我慢を止めて重い躰を引き摺りながらベッドまでたどり着くと、立つ事を放棄しバサッリと倒れてベッドに沈み込んだ。


 イルベリーとギルが丁度其処に駈け付けると、ベッドいから重そうなリュウジの声が聞こえて来た。


「イルベリーさんただいま、話したいことが有るんですけど、少し待って下い」


 イルベリーは、リュウジの様子を見ると、後から入って来た白に、すぐさま魔素水を持って来させる。


「白、魔素水持って来て」


 白は直ぐに踵を返すと、魔素水をなみなみと注いだデキャンタとコップを盆に載せて持って来た。


「ありがとう」


 リュウジは差し出された盆から、薄いブルーの魔素水を受け取ると、コップに注がずデキャンタから一気に飲み干した。


「白、わるいもう一杯」


 白はデッキャンタを受け取ると、もう一度魔素水を汲みに自分達の部屋に戻って行く。


 魔素水を作り出すためのその部屋は、舞台の様に一段高くなっていて、部屋が全体が植物園のような作りだ。


 中には小さな水路が有り、部屋の端の小さな池に魔素水がたまる仕組みになっている。


 其の池の下の方について居るコックを開けると、其処から魔素水が流れ出し、下の水槽に溜まる仕組みになっている。


 その部屋の中には、魔素を取り入れ、余剰魔素を魔素水として根から排出し水を取り入れる長葉蒼木を中心に魔素を多く作り出す植物を何種類も植えられている。


 木陰を作る為に何本か大きめの木も植えてあリ、よく見ると何株か青景大葉シダも見られ、まるで其処に魔境の森を一部切り取って持って来たような環境になっていた。


 楕円形のその部屋は、母屋と厩の間に陣取り通路にもなっている、壁と屋根に全てガラスを埋め込み、温度調節用の窓を幾つも備え植物園と化したその部屋は、プランテラー達に割り当てられていた。


 その部屋の管理は、魔素水作りから温度調節まで、彼女達に任されていた。


 又彼女たちはその部屋を、ボスから貰ったナワバリとしてそれを見事に管理していた。


 それだけに、その部屋を自分達に割り当てられた時の彼女達の喜び様は大変な物だった。


 皆の脚に齧り付いては、木の間を走り回り、また戻っては又齧り付いて、体中で喜びを表していた。


 彼女達にしてみれば、其れこそ、自分達の住む最高の環境の部屋をあてがわれたのだから。


 白も雪も家族の末席に加えて一人前扱いして貰えたその喜びなのだった。


 此れは、その彼女達が丹精込めて作った魔素水が、初めて役に立った瞬間だったのだ。


 白は急いでデキャンタに再度魔素水を注ぐと、急いでリュウジの元へ、引き返して行った。


 丁度その後ろに雪も薬箱を持って現れ、白について行く。


 リュウジは二杯目の魔素水を呑み干しやっと一心地ついて大きく息を吐き出した。


「お、雪、薬箱持って来てくれたのか、気が利くな、ありがとな、でも其れは大丈夫そうだ。

 イルベリーさん、ギル、実は紹介したい人がいるんです、えーと出て来てくれるかな」


 リュウジが自分の胸元に向かって呼びかけると、リュウジの首元から、小さな白い頭が少しづつ見えてくる、赤い目が出た処でイルベリーと眼が合って固まる。


「大丈夫よ、出てらっしゃい」


「大丈夫だ、出て来てご覧、」


 リュウジが掌を出してやると、オドオドとその上におりて、リュウジの襟首にかびりつく。


「命の恩人の白い精霊姉妹の妹さんだ、姉さんの方は、どうやらまだこの中に入って居るらしい」


 リュウジは自分の腹のあたりを指すと、複雑な笑みを浮かべながら小さな白い精霊をイルベリーとギルに紹介する。


「この子、もしかして寄生精霊(パラサイトフェアリー


 この言葉を聞くと、精霊はリュウジの胸元に潜り込んでしまった。


 寄生精霊か、確かに俺の腹の中に入って眠っているらしいし、合っている気はするけどイメージ悪いな。


 でも俺を救けてくれたのだから共生じゃないのか?


「御免なさい、何もしないから驚かないで、リュウジの命の恩人なのでしょ」


 何気に言った言葉に怯えて、小さな精霊は急いでリュウジの胸元に逃げ帰る。


 その姿はイルベリーの眼にあまりに憐れに映り、イルベリーは小さな精霊を急いで呼び止めた。


 イルベリーは小さな精霊の前に、落ちて来る羽毛でも浮けるかのように、静かに両の掌を差し出した。


 その様子をリュウジの胸元から覗いている小さな精霊に、リュウジが柔らかく声をかける。


「大丈夫だから、行ってごらん、イルベリーさんはとてもやさしい人だよ」


 そうは言われても長い年月過酷な旅を続け、人に近づく度に危ない目に合ってきた彼女の心はこの状況には追いつけなかった。


 既に姉と誓約を交わし、兄と思しき存在になったリュウジの言葉でも、簡単に決心はつかない。


「大丈夫、行ってごらん」


「大丈夫ですよ、お願い、此方に来てください」


 二人の暖かい呼びかけに、彼女はおそるおそるイルベリーの掌に降りて行った。


 イルベリーは本当にゆっくりと、小さな精霊の載った両の掌を、自分の眼の前まで寄せて来る。


 小さな精霊は、ひざを震わせて、途中でぺたりと座り込んでしまう。


 イルベリーは、引き寄せた小さな精霊に話しかける。


「大丈夫よ、私達は味方よ、リュウジを救ってくれたのでしょう、リュウジは私達の家族、其れを救ってくれた貴方達は私達の恩人よ、もう私達の家族だわ、だから安心して怖がらないで」


(あるじ)(さま)


 リュウジの頭の中に突然、言葉と、雑多な感情が伝わって来る。


「お姉さん起きたみたいだぞ」

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