グランドバザール
クルトがグランドバザールの街並みを見て目を剝いているクルト。
まれた時からリゼルダーナで育ち、それ以外の街を見た事が無いクルトにとって、此のグランドバザールはまさに別世界。
緑豊かな土地に、見渡す限り店、店、家、家、真っ直ぐ歩く事さえ困難なくらい犇めく人。
クルトは御者台で、手綱を持ったまま別の世界へ飛んでいた。
「おい!クルト!」
リゼルダに揺すられてクルトは現実に戻って来る。
「はい、リゼルダ様」
馬が勝手に前の荷馬車を追従したり、人を避けたり、しているから事故にはならないが前方不注意もいい処だ。
「クルト、前を見ろ、前を」
「はいリゼルダ様、凄いですね、人とはこんなに居るものなのですか」
「此処は特別だ、この辺で一番人の多い処だからね」
クルトと平静を御装いつつ話しているが、リゼルダも実の処別の視点で驚いていた。
現在グランドバザール上空に居る、チビの眼から見るグランドバザールのその規模。
ガロンベルグでもその規模に感動したが、此処はその何倍あるのだろう、リゼルダも此処は何度か来ているのだが、上空から見なければその広さは解らない、ガロンベルグよりも数倍高度をとらなければ、その全てを、眼下に収める事が出来ない程ひろいのだ。
一行は人混みを掻き分け、外壁外では一番の繁華街へ向かっていた。
其れは外壁の門より少し離れた処にある、円形広場だった。
中央には賑やかに出店が広がり、周りは華やかな店構えの老舗が並んでいた。
商隊は、その中でも際立つ店構えの、セルディナ商会と大きな看板を掲げた店の前で止まった。
アマヒコは眼を剝いた、セルディナ商会と言えば、このグランデバザールでも五指に入る大棚だ、当然アマヒコの回状も回っている事だろう、どんな伝手が有るか知らないが、生半可な伝手では其れこそ商談どころではなくなってしまう。
そんなアマヒコの心配をよそに、キアナは其のまま商隊を店の裏手の搬入用の広場に導くと、商隊を其処に待たせ、裏口からセルディナ商会へと入って行った。
其処は商会の裏手で、建物と、同じくらい大きな倉庫の間のスペースだが、倉庫の倍は広いスペースとなっていた。
キアナ達の商隊がすべて入っても、其処はまだ閑散としていた。
少しするとキアナが案内を連れて、戻って来た。
「大丈夫だったか」
「はい、あなた、リゼルダ様、一緒にお越しいただけますか」
「ああ、勿論だ」
「レベルとアマヒコとクルトもいらっしゃい」
「貴方達は荷卸ししていて下さいな」
そう言うとキアナ達は、案内と共に商会の建物の中に入って行った。
案内に導かれ、飾り気の無い簡素な廊下の突き当りのドアを開けると、其処には白髪を綺麗に纏め口髭を蓄え、片眼鏡を掛けた背の高い痩せぎすの男が立っていた。
男はキアナを見ると驚いて、片眼鏡を外して目を潤ませる。
「ご無沙汰しておりますロルド叔父様」
(叔父様だと)アマヒコもロルドは知っている、セルディナ商会の頭脳とか、セルディナ商会の良心とか言われているセルディナ商会のナンバーツーだ、(伝手どころか一族じゃないか)アマヒコは固まり、ロルドと呼ばれたその男は、唇をわなわなとふるわせながら、おもむろに話し始める。
「キアナか、ご無沙汰処ではないぞ、キアナ今まで何処に居たのだ、私がどれ程心配したことか、お前達の味方をして匿ってやったのに、私にまで黙って消えてしまうなど酷いではないか、どう言う事かねクナシオ君も」
「申し訳有りませんでした」
クナシオは本当に済まなそうに頭を下げた。
「ロルド叔父様ありがとうございました、でも何時までもロルド叔父様に匿ってもらうわけにもいかないし、其れではいずれいづれお父様に連れ戻されてしまいますもの。申し訳ございませんでした、叔父様」
キアナの言葉は、ロルドの予想していた中で最善の物だった、生きて、それも夫と子供らしき少年に、仲間まで引き連れて会いに来たのだから、ロルドにしても会えた喜びの方が大きかった。
「其れにしても、あれからもう十五年だ、本当に今何処に居るのだ、キアナ」
「はい今は、私の主、ドラゴナイト・リゼルダ様の治める国、リゼルダーナ王国に居ます」
「ドラゴナイト、リゼルダーナ?」
女性のドラゴナイトは確かに珍しいがそれよりも、リゼルダーナ王国等ロルドは聞いた事が無かった。
ロルドも商人の端くれ、この辺りには、どんなに小さかろうとも知らぬ国等有る筈は無く、それが思い当たらぬと言う事は、新しい国か、余程遠い国と言う事になる。
ロルドが思いあぐねていると、キアナが本人の紹介をし始める。
「はいロルド叔父様、紹介いたします、此方が女王であり、ドラゴナイトで在らせられるリゼルダ・キッシュハート様です」
「キッシュハート家」
ロルドは小さく呟いた、キッシュハート家と言えば、かの有名なドラゴナイト物語の舞台となった亡国の王家の家名と同じだが、物語の英雄ガイゼリック・ソーサーの陰になり忘れ去られようとしている家名だった。
ロルドは少し考える、可能性としては十分あり得る、ましてドラゴナイトだ等と言われると本物に見えて来る、しかし彼は気にしない事にした、本物でもそうで無くてももう数百年も前の話なのだ、只少しだけ彼の心が擽られただけの話だった。
ロルドが、間近に彼女を見ると、彼女は有りえない色の瞳で彼を見詰めていた。
赤瞳と言うのは居た事が無かったが、ドラゴナイトに赤い瞳の者がいると言う話も聞いた事が無かった。
「姪のキアナが世話になったようで、誠にありがとうございます、私はセルディナ商会グランドバザールの二号店を預かるロルド・セルディナと申します、以後お見知りおきいただければ幸いです、ドラゴナイト・リゼルダ様、」
ロルドはリゼルダの前で、優雅に畏まる。
「其れでは私の相棒も紹介しよう、今呼んだから、直ぐにそこから入って来るよ」
リゼルダが窓の方を向いて言うと、ロルドが慌てる、空を飛べるドラゴンと言えば、飛龍か翼竜だが、どちらも窓からは居れるようなサイズでは無い、小さい翼竜にしても頭しか入らないだろう、其の為に一階の屋根に降りられただけでも、屋根だ壊れそうだ。
ロルドの心配をよそに、その窓から入って来たのは不格好で、小さな見た事も無いドラゴンだった。
しかしそのドラゴンの姿は、ロルドの知識に引っ掛かるものが有った。
「スピアードラゴン?」
ロルドが呟く、文献には載っているが、確認されてないドラゴンだった、多分何百年遡ってもこの近隣の国々には確認された記録は無いだろう。
只、文献では飛龍すら落とすと、記されていたのをロルドは記憶していた。
その呟きにリゼルダが答える。
「そう、スピアードラゴンのチャンバー・ビッツ・キッシュハートだ、私共々よろしく頼む」
「は、宜しくお願いいたしますチャンバー・ビッツ・キッシュハート様」
ロルドはチビにも、リゼルダの時と同じように優雅に畏まる。
ロルドは内心ワクワクしていた、上位のドラゴナイトとやドラゴンと知り合いになれるチャンスですら滅多にないのに、それが数少ない女性ドラゴナイトに、幻のスピアードラゴンなのだ、心も躍ると言うものだ。
(此れを教えてやった時の兄の顔を早く見たいものだ)
そんな事を考えていたロルドだったが、キアナの言葉に現状に引き戻され即座に対応するロルドだった。
「そしてこっちが、レベルに、アマヒコ」
「「よろしくお願いいたします」」
アマヒコの名前でほんの少し表情が曇るが、直ぐに元のポーカーフェイスに戻り卒なく挨拶する
「レベル殿アマヒコ殿、以後お見知り置きを、しかしキアナお前が連れて来たのだから、間違いは無いのだろうが、アマヒコ殿には回状が回って来ているよ、取引には注意されたしと」
この場合取引に注意されたしとは、信用のない商会なので取引するなと言う事なのだ、アマヒコはやっぱり来たかと思い決意を固めたが、そんな些事には構ってられないとばかりにキアナは話を進める。
「では注意して取引してくださいな、叔父様」
「そうか、ではそうするとしよう」
ロルドもそんな事はどうでも良いような話しぶりだ。
アマヒコは、予想外の展開に乗り遅れ、必死の決意は霧散する。
「ロルド様其れで宜しいのでしょうか」
アマヒコだった、
「構わんよ、君はキアナの処の一従業員にすぎん、私がキアナと商談するのに何か問題でもあるかね、あー名なんと言ったかね」
ふとキアナがアマヒコに視線を投げてよこす。
「は、カザヒコとも押します」
「どうかね、問題は有るかカザヒコ君」
「いえ何も」
ロルドは又視線をキアナに戻すと一息ついて、静かに話始まる。
「十五年ぶりに大荷物を持って現れたのだ、良い商談なのだろう」
「はい本店のお父様に直接持って行っても良い代物なのですが、此ればかりは叔父様に最初に見せたくて、此れを見たら、胸が熱くなりますわよ、叔父様」
「一体何を見せてくれるのだいキアナ、今更私の胸を熱くさせる物など自分でも思い浮かばんぞ」
「そうですか、ではその前に、もう一つ、胸を熱くして下さいな叔父様、クルト此方に来なさい」
クルトがキアナの前まで来ると、クルトの両肩に手を置いて紹介する
「叔父様の姪孫のクルトです」
キアナが紹介するとロルドは膝を落とし目線をクルトと同じする。
「キアナ、確かに胸は熱くなるが此れは反則ではないか、クルト君幾つになったのだい」
「はい、十三になります」
「私は姪孫の可愛い姿を十三年分も見逃してしまったのかい、クルト君、後で大叔父さんとバザールを見学に行かないか」
「はい!お願いします大叔父様」
クルトは目を輝かせて即答する。
「よし、では約束だ」
「ロルド叔父様、其れではもう一つの方も見に行きますか」
「そうだな、私が熱くなる物か、楽しみだな、一体何なのだ」
「倉庫に有りますから、見て下さいな、叔父様」
◇◆◇◆◇
「な、・・何だ、此れは」
ロルドは口を半開きにしたまま其れを凝視していた。
荷卸しされ、原型に沿って並べられた其れは信じられない形をしていた、末端に行くほど見事な赤で縁取られた、黒光りする巨大な甲殻、口伝より遥かに大きく美しい。
ロルドが見惚れていると、背後からキアナの楽しそうな声が飛んでくる。
「叔父様、胸が熱くなりましたでしょ」
「ああ、本当だ、胸が熱くなるよ、此れはキアナにやられたな、商人魂に火が付いたよ、此れを扱える日が来るとは思って無かった、此れは甲殻土竜だろ」
ロルドが振り返ると、落ち着いた笑みを浮かべるキアナアが其処に居た。
「はい叔父様、値段はロルド叔父様が決めて下さいな、それが此れからの流通価格に反映されるでしょうから慎重にお願いいたします。ロルド叔父様ならきっと熱くなると思っていました」
ロルドはキアナの言葉に即座に反応する。
「キアナ、又やられたのかい私は、此れが流通するほど仕留められると言うのかいお前は、一体私の姪はこの十五年何処で何をしていたと言うのかね」
「はい、幸せな結婚生活ですが、此れが流通するほど仕留められるかと問われれば、その通りです、どれ位とれるかはまだ判りませんが、此れで終わりと言う事は有りません、其れなりに仕留められる目処は立っていますので、期待して下さいな叔父様」
「それが本当なら、是非仕留める処を見せてほしい物だ、キアナ、見せてくれないかね」
ロルドは物言いが熱くなってストレートになって来ていた。
「勿論です叔父様、ご招待いたしますので、少し待っていてくださいな」
ロルドは気が済むまで甲殻土竜の周りを廻りながら吟味していたが、気が付くと日が傾きかけていた。
「ロルド叔父様夕食だそうですよ」
キアナの声にふと我に返るロルドだった。
◇◆◇◆◇
その日の夕食は宴だった、ドラゴナイトと、十五年ぶりに姿を現した姪とその一行の為にロルドが催したのだ、商会の二階で行われたその席では、商会の従業員も全員集められ、キアナ、リゼルダと、チビを始め、全員紹介された。
宴席にはチビの分までしっかりと席が有ったので、チビは御満悦だった。
チビは器用に料理を足で持つと、オウムの様に肉を引きちぎって食べていた、アンバランスで不格好な姿と其の仕草が微笑ましく、一気にセルディナ商会での人気を集めた。
食べるだけ食べると、隣のクナシオからワインを横取りして飲み始めた時には皆目を丸くしていた、ドラゴンが酒好きだとは皆聞いた事も無く、キアナ辺りは、密かに此れはリゼルダの影響ではないかと怪しんでいた。
最後には記念にと、従業員達がリゼルダとチビに握手を求め、チビの岩をも握り潰す厳つい足を物ともせずに握手していた。
宴も一心地着くと、余り酔った風も無いキアナが話始まる。
「ロルド叔父様、前に話してくれた街外れに居ると言う、の腕の良い魔獣鎧の職人、紹介してくださいな」
「ローランドか、構わんが、素材は持ち込み、必ず使う本人が行かないと造らんと言う少々変った奴だぞ、腕は確かだがな、私もあれより腕の良いのは今の処知らん。其れでキアナ、ドラゴナイト様の魔獣鎧か」
「はい、他にも五六人分作ろうと思ったのですが、本人がいないと駄目ですか」
「ああ、其処は頑固な奴だ」
「そうで御座いますか、では三人分ですね、叔父様甲殻土竜一度そこに運びます、使った分と、工賃は相殺と言う事でお願いいたします叔父様」
「其れは構わんが、甲殻土竜の狩りには必ず呼んでくれよ」
「はい、解っています、ロルド叔父様も変わりませんね」
「何を言う、私じゃ無くても、見たいと言うに決まっている」
「其れともう一つ、此れは後でリゼルダ様と叔父様の部屋に伺いますが、リゼルダ様が、人を探していまして、叔父様なら砂漠の向こう側まで、伝手が広がっているかと」
「勿論だ」
チビを肩に載せたリゼルダ、クナシオ、キアナ、カザヒコがロルドの執務室に入ると、其処には、ロルドとその息子のセドラが待っていた。
「セドラ兄様」
「紹介いたします、息子のセドラです」
「今朝ガロンベルグから戻りましたセドラと申します、ドラゴナイト様に会えるとは光栄です、以後宜しくお願いいたします。」
「リゼルダだ、世話になる、そして此奴が相棒のチャンバー・ビッツだ、此方こそ宜しく頼む」
「はっ、そしてキアナに、アマヒコか」
「いえ、カザヒコにございます」
「成る程、キアナ、大分やり手を見つけたみたいだな、何処で見つけたのだ」
「砂漠の真ん中で御座います」
「なに、砂漠の真ん中?だいぶ面白そうだな、後でゆっくり聞かせてくれ」
キアナがカザヒコを覗きこむと、カザヒコが顔を引き攣らせながら其れを制止する。
「キアナ様、其れは」
「そうですね、考えておきましょう」
キアナが楽しそうに、顔を引き攣らせたカザヒコに目線を送る。
キアナが目線を戻すと、ロルドがおもむろに話し始める。
「其れで、人探しと言うのはどんな話なのですか」
一同席に付くと、リゼルダからイルベリーの描いた緑子の似顔絵が出され、リゼルダからその経緯が話される。
「黒髪かこの辺じゃ珍しいな、其れにかなりの美人だな、美化してないか」
セドラが軽口をたたき、リゼルダと、キアナににらまれる。
「冗談だ、あまり怒るな」
今度は見知らぬ文字についてロルドが質問する
「リゼルダ様、この文字は何処の物ですかな」
リゼルダはリュウジに聞いた事をそのまま吐き出した。
「なんでも海を越えた極東に有る島国、日本と言う国の文字で、緑子、と書いてあるそうです」
「極東の島国、国日本」
ロルドは呟くが、誰も聞いた事の無い国だった。
海を越えた先の国についても、ロルドはある程度知ってはいたが、日本等と言う国の名前は聞いた事が、無かった。
此の世界に存在しない国なのだから当たり前だが、ロルドは海の向こうの世界に思を馳せる。
此の世界の航海は非常に危険だ、海には巨大な魔獣が多く、十隻航海に出れば、五隻は魔獣に襲われ、そのうち一隻は海の藻屑となってしまうのだ、勿論航海が長くなれば、魔獣との遭遇率も跳ね上がり、遥か極東から航海して此処までたどり着いた等、とんでもない冒険だった。
ロルドは一枚の似顔絵から、壮大な冒険の香り嗅いでいた。
白髪の自分を見れば、今から旅立ったとしてもその日本までは到底たどり着けないであろうが、似顔絵で微笑む緑子と、彼女を探し出す為にドラゴナイトの誓約まで譲るリュウジは是が非でも会ってみたかった。
彼らは一体何を求めてこの地に来たのだろう、極東の島国日本とは、一体どんな国なのだろう、ロルドは白髪を抱え、羊皮紙に描かれた緑子を眺めるばかりだった。
更にその場で、キアナが話した甲殻土竜とサラドラグラの繁殖地や、生態についての情報は俄かには信じられない様な話だった。
其処にリゼルダーナと言う国が出来領土と成せば、当然其れはリゼルダーナの独占となるだろ、そして其れをセルディナ商会が一手に引き受けるとなるならば、それは測り知れない利益を生むだろう。
しかしリゼルダ―ナは小さすぎる、たとえドラゴナイトが君臨し、一国に引けを取らない戦力は有っても、それ以上の戦力を持った国もざらに有るのだ、リゼルダーナは危うい。
「キアナ、リゼルダ―ナの、国の発足を知って居る者はどれくらいいるのだ」
「勿論国の人間以外では、此の商会の人間だけで御座います」
「流石だな、キアナ」
ロルドは兄には事後承諾で、商会に全面バックアップの号令をかけた。
リゼルダ―ナに対しては重要機密扱いで、緘口令をしき、似顔絵は腕の良い職人によって大量に複製され、セルディナ商会の息の掛る隅々までいきわたり、周知された。
それは大きな進歩と言えるだろう、セルディナ商会の命で、息の掛った処すべてに張り出され、気にかけてもらえるのだ、連絡先には、セルディナ商会とミュラのリュウジの名が記されている、
近隣に居れば必ず見つかるだろう、たとえ砂漠の向こう側に居ても、此れなら時間こそ掛れ見つけ出せる、後は時間の問題だろう、
ロルドの兄が報告を受け、十五年ぶりに娘に再会できたのは、キアナ達が出発する前日の事だった。
◇◆◇◆◇
ローランドは頑固だったが理に適っていた。
彼は魔法で人を採寸する、秘匿にしているが、多分加工も魔法だろう、使う武器や、動きまでも入念に吟味する。故に本人がいなければ造らないのだった。
彼にしてみれば、使う人間も見ずに造った物等ごみに等しく、そんな仕事は引き受ける訳にはいかなかったのだ。
ローランドの店は町はずれに有り、妻と一人息子で鎧から、鎧の下に着るギャンベソン等から、武器そのものまで全てを扱っていた。
その日ローランドの店に、人生の転機となる客が訪れた。
時々ローランドの店に発注してくれる大棚、セルディナ商会のロルドと共に、燃えるような赤髪の美しいドラゴナイトがとんでもない材料を持ち込み一緒に来た男達と、三人分の魔獣鎧と装備一式を発注して行ったのだ。
ドラゴナイトの鎧を造れば其れだけでも名は上がる受けない手は無いのだが、ローランドは悩んでいた。
素材的には勿論難物ではあるのだがローランドなら何とか加工出来そうだったので、御付であろう男達の注文は問題ない、問題はあの美しいドラゴナイトの動きだ、動きが早すぎるのだ、既にローランドの動体視力では追いきれない程に。
そう確かにあんな動きをするドラゴナイトの魔獣鎧を造れば誉となるだろうが、ローランドには、あの動きを妨げない魔獣鎧等思い付かなかった。
なのに、注文は、一切動きの邪魔にならず、防御力に優れた魔獣鎧なのだ。
ローランドは好きに使って良いと言われた、伝説級の素材を見上げて溜息をついた。
◇◆◇◆◇
リゼルダ、クルト、カヤナはキアナ達と別れ、一路約束の地ミュラへと向かっていた。
チビは護衛の為キアナ達に付き添い、今リゼルダの元にはチビの代わりに、うろことグランドバザールで手に入れた五匹の白花のプランテラーが侍っていた。
甲殻土竜の魔獣鎧はまだ当分かかりそうなので、セルディナ商会より間に合わせにと、リゼルダのリクエストにより赤く着色されたガウスの皮鎧、従者二人には、サラドラグラの皮鎧が渡されていた。
その他の物資も十分渡され、馬達は少し重そうだが、ミュラまで寄り道せずに行けそうだった。
「リゼルダ様、食べもしないのに何故白いプランテラーこんなに買ったのですか」
クルトが不思議そうに荷物入れから顔を出して、巨大ミルワームを頬張るプランテラーを見ている。
「前にリュウジの奴が、ペットにするとか言って、獣市で買っていたのを思い出してね、御土産にと思って、まあ要らなかったら食っても旨いしね」
「絶品ですものね、でも私プランテラーが虫を食べるなんて知らなかったわ」
「此れ食べるのですか・・・・・」
クルトはプランテラーを見るも初めてだった、いくら美味しいと言っても、人に似た形をして、愛嬌のある動きをするプランテラーを食べ物と認識するのは難しかった。
「クルト君、見るの、初めて?」
「はい、此れ本当に食べるのですか」
「そうね、とってもおいしいのよ、普通は赤いのだけれど、時々いる白花は、まあー此れの事ね、絶品だって話よ、でも白いプランテラーってこんなに大人しいのね、赤いのは、キーキー五月蠅いし触れば噛もうとするし、こんな大人しいのは初めて見るわ」
「クルト、心配するな、リュウジはペットにすると言っていたし、お前に食べろなんて言わないよ」
「・・・・・・・・」
「そうだ、お前達に頼みがある、今後私の事は、お姉さま様とおよび」
「・・・・・・・・姉様で」
「僕も其れがいいです」
「・・・・・・・・」
三人は一路ミュラへと向かうのだった。




