アマヒコ
少し開けてしまいましたが、またよろしかったらお付き合いください。
サラドラグラの卵が孵ったのは、リゼルダ―ナに帰って直ぐだった。
卵が孵りそうになると、選ばれた者が卵が孵るまで卵と部屋に籠り、部屋から出て来る時には、犬位の小さなサラドラグラが、後をついて回っている。
白地の体に背中だけ、美しい黒と茶色の斑模様の小さなサラドラグラがいつでもリゼルダと、クナシオの後をついて回る姿は微笑ましくも有り、大人気となった。
リゼルダのサラドラグラは『うろこ』クナシオの方は『グラナダ』と言う名前となった。
リゼルダの、うろこ、は鱗が綺麗だったので、うろこ、らしいのだが、サラドラグラの名前がうろこではどうにも残念な気がするが、誰も突っ込める者は居なかった。
歩いているだけで何時の間にか人だかりが出来て、小さなサラドラグラは撫で回されているのだが、それを嫌がる風でも無く、そう言うものなのだと思っている様で、されるがままにされ、むしろ嬉しそうに見えた。
「皆可愛がってくれよ、そいつが此れから此処を守ってくれるのだからな」
クナシオが群がった子供達に言うと、元気の良い返事が返って来る。
「「「はーい」」」
子供達はうろことグラナダに餌を遣ってみたいと、言いだしたので、リゼルダとクナシオは顔を見合わせ、甲殻土竜の肉を子供達に分けてやる事にした。
皆折角の食糧を少しでも無駄にしまいと、干し肉を造る為、甲殻土竜の肉も甲殻から引き剥がしているのだが、其処に行き、甲殻にこびりつき剥がれない部分をそぎ落とし、小さな切れ端になってしまった肉を分けてもらい、子供達に配った。
子供達はその肉を貰うと大喜びでうろことグラナダの前群がり、子供達の頭を丸呑みできるほど大きく開けて餌をねだる二匹の口に甲殻土竜の肉を入れては、二匹の頭を撫でていた。
今、リゼルダーナ中が皆良い顔になっていた、リゼルダ達の狩りが大成功に終わり、食料や素材を満載した荷馬車が次々とリゼルダーナに到着している事と、さらにキアナ達がサラドラグラの卵や皮と引き換えに三十頭のスケイルホースを手に入れ、ゼルダーナに向かっているとチビから連絡が入ったのだ。
ただその時キアナの後ろに見慣れない面々が映っていたのだが、キアナは一向に気にする事も無く「リゼルダ様、素敵な御土産が手に入りましたので楽しみにしていてください」等と言っていたのでリゼルダも気にするのをやめる事にした。
◇◆◇◆◇
その日の早朝、護衛も付けずにたった四人で、三十頭もの見事なスケイルホースを引き連れてガロンベルグの獣市から出て行く一行が有った。
それも、四人の内一人は子供、一人は女であった。
女はダークブルーの髪に太陽に反射しそうな白い肌に、動き易そうな、脛の半ばあたりまでのワンピースを着こんでいる、正面と背中は綺麗な緋色、側面は白の七分袖、ボートネックの襟元にはシンプルな詩集が施されか、腰にはかなり太めの革ベルトをし、編上げのブーツを履いて、大きな日除けの御蔭で陰になっている御者台に収まっていた。
女の隣に手綱を握る子供、と言うよりはもう少年だろう彼は、親子なのだろう、女と同じ色の髪に、顔立ちも其れと判る位似通っていた。
二人の屈強な男達は、どちらも使い込んで襟元や袖口のほつれた飾り気の無い服に、これまた使い込んで、傷だらけの皮鎧を着こみ、日除けのフード付きのマントをかぶってスケイルホースにまたがっている。
一行は獣市が見えなくなると、街道から外れ、真っ直ぐカナン荒野に向かって進み始めた。
一行には確かに、見るからに屈強そうな男が二人いるが、有事の際それで三十頭のスケイルホースと女子供を守り切れるとはとても思えない。
まして街道にも乗らずカナン荒野に入って行く等有りえなかった。
確かにカナン荒野に住む魔獣の種類は少なく、スケイルホースならば大概の魔獣からは逃れられるであろうが、スケイルホースを仕留められる魔獣が居ない訳ではない。
まして地平線まで遮る物の殆ど無い荒野では、遥か彼方からでも魔獣に捕捉され、一度出狙われれば、逃げる場所も、隠れる場所も無い、スケイルホースを捕食できる魔獣が現れればそれまでなのだ。
そんな魔獣も何種類かいるが、特にサラドラグラは多くサラディナ砂漠に近付くにつれ多くなると云われ、基本的に此の一行の様に、街道からサラディナ砂漠側のカナン荒野に足を踏み入れる酔狂な者は居なかった。
◇◆◇◆◇
その男達はガロンベルグを後にとぼとぼと街道を馬に揺られていた。
癖の強い茶色の髪に、黒に見間違えそうな濃いブルーの瞳は伏せられ、視線は直ぐ前の地面に落とされている。
あまり大きくは無いのだが、彼は獣市では無くガロンベルグ場内で商売を始め、真面目に働き続けここ何年か勢いづいていたのだが、出る杭は打たれると言う事だろう、商売敵に嵌められガロンベルグを追われる羽目になり、当ても無く街道を進んでいたのだ。
彼らは半分自暴自棄になり、それなりの人数は居るので、盗賊でも始めてやろうか等とも思っていた。
そしていつの日か自分達を陥れた商会の奴らを血祭りにあげてやったらどれ程すっきりする事だろう等と考えていた。
彼らはその嵌められた商会の主だった面々で総勢十七人、内訳は女三人男十三人リザードマンの男一人で、戦闘経験者は居ない、盗賊家業に転校するには少し心待たない面々だった。
そんな彼ら目の前には少し変わった一行が歩いていた、見事なスケイルホースを何十頭も連れているのだが、護衛も付けず、女子供と男が二人しか居ないのだ、どこに行くにしても此れではあまりに無防備だろうと思い見ていたのだが、足早な彼らはどんどん離れて行き何時の間にか視界から消えてきた。
先頭に居た商会の代表だった男はそんな事は余り気にも留めずに、馬の背で今の状況について思考を巡らせていたが、ふと眼の端に不思議な光景が映っていた。
先程視界から消えたと思っていた一行が、カナン荒野をサラディナ砂漠目指して進んでいるのだ。
有得ない光景だったが、それを見た時男に魔が差した。
◇◆◇◆◇
見事なスケイルホースを三十頭も手に入れたキアナ達一行は、チビの庇護の元、街道を外れ見渡しの良い荒野で陽炎を追いながらリゼルダーナ目指して、ホクホクと進んでいた。
サラドラグラの皮に思いの外良い値がついたのだ、規格外に大きかった事と、特に無傷だった事が値を釣り上げ、とんでもない値段で売れた為、スケイルホースを三十頭購入してもまだキアナの手元には相当数の金貨が残っていた。
昼食も済み、暑さが増し濃い影も短くなり足元に張り付く頃、キアナは辛うじて幌の陰になった御者台でスケイルホースを届けた時の、皆の笑顔を思い浮かべて久々に心が軽くなり少しばかり微笑んでいた。
次は甲殻土竜をグランドバザールまで売りに行かねばならないが、もう少し人手が有れば等とも考ていると、正面からチビが滑空して、キアナに迫って来ると、静かにキアナの膝の上に納まる。
上空から辺りを警戒していたチビ、が食事でもないのに降りてくると言う事は、何か有るのだろうが、チビはキアナの膝の上に留まると前方を向いたまま静かになってしまった。
キアナが不思議がっていると、前方に馬に乗った十数人の集団が豆粒ほどに見えてきた。
『私もチビ様と話しが出来たら良いのに』「宜しくお願いいたしますよ、チビ様」キアナはチビの耳元で囁く。
降りてきたチビを見て、何事か有ったかと、キーストとスーフェもキアナの元に馬を走らせる。
前方を確認したキーストスーフェも前方の集団を確認するとキアナの前に立つ。
「賊か」
スーフェが、訝しむ。
「ええ、多分」
その答えを聞くと、キーストが前方の輩を見てキアナに確認する。
「止めるか」
「構いません、此のまま進みましょう」
キアナの躊躇ない言葉そのままに、一行は前方に待ち構える集団に向かって進んで行く。
キアナ達がその集団のすぐ前まで行くと、リーダーらしき男が剣を抜きながら話し掛けて来る。
「貴様ら勝てないのは既に解っているだろう、スケイルホースは全て此処に置いて逃げな、そうすれば命までは取らない」
キアナは目の前の賊を観察するが、とても賊には見えなかった、鎧一つ付けずに武器は剣だけ、それも何処で仕入れたのかどう見ても安物のなまくらだ、女も混じっており、もしかすると、後ろの者は丸腰ではないだろうか、それでいて、着ている服も、日除けのマントも、地味だが中々に上等な物だ、此れはどう見ても盗賊からは程遠い。
「何故私たちがその様な話に乗らなければ成りませんの、貴方達を蹴散らせば済む事ですのに」
「可笑しなことを言う、たった四人で俺達を蹴散らすと、どうやって蹴散らすのだ」
「貴方方は私たちが自殺志願者にでも見えましたか、此のカナン荒野を四人で渡れるだけの力が有るから、私たちは今此処にいるのですよ、貴方達如き何人来ようと物の数では御座いませんよ」
キアナが落ち着き払って言うと、男はその台詞に若干顔を引き攣らせる。
確かに理には適っているのだが信じられない、目の前の四人で魔獣を退けながら此のカナン荒野を進んで行けるとは到底思えない。
「ハッタリは効かないよ、戦力比は圧倒的だ、諦めて馬を置いて行きな」
男は内心冷汗を流しながらも、落ち着いた風を必死に装いキアナ達を威圧しようとする。
「ハッタリ等で荒野は渡れませんわ、貴方達こそ良く此処まで無事に来られましたね、もうこの辺は手練れの魔獣狩り位しか通らない場所で御座いますよ」
キアナのセリフにリーダーの男だけで無く既に全員が落ち着きがなくなり、挙動不審になっている。
「そうだ、俺達にもお前たち以上に力が有ると言う事だ、理解できたか」
男は既にやせ我慢の域に入っていた、戦闘など未経験の集団が数を頼りにあわよくば戦闘等せず、獲物だけせしめようと危険な荒野に踏み入るリスクを冒した結果が今なのだから当然だろう。
「まだ解らない様で御座いますね、仕方ありません解らせて差し上げましょう、私達はドラゴナイト様の庇護の元この旅をしています。
即ち、ドラドナイト様に付けて頂いたドラゴン様に守られて、此の旅をしているので御座いますよ。でなければこんな処には居られません、貴方達は本当に大丈夫なのですか、見た処とても盗賊には見えませんが」
この時まだ遥か遠いが、正面から迫って来るサラドラグラがキアナの目に止まった。
キーストも其れを見つけたらしく、顔は正面に向けたまま、話し出す。
「キアナ、あれ」
「解っています、キースト、スーフェ、チビ様に頼みます、馬が暴れないようにしてください」
二人は直ぐにキアナの元を離れて行く。
「何の話だ、大丈夫に決まっているだろう」
男は尚もやせ我慢を通したが、キアナは視線を男達のはるか後方に向けたまま男達に警告した。
「そうですか、なら良いのですが、助けてほしい時には何時でも言って下さいまし、後ろから何か迫って来ていますから」
男達が振り向くと、サラドラグラが餌を見つけたとばかりに、此方に向かって走り出したところだった。
「助けて下さい」
彼らの決断は早かった、サラドラグラ等旅先で出会えば逃げる以外に選択肢の無い魔獣だ、砂漠であれば逃げる場所も無く、助かった話は早々聞かない、決断も早くなると言うものだった、そう言うと彼らは直ぐにキアナ達の脇まで走ってくる。
「チビ様、お願いします」
キアナがそう言うと、不格好で小さなドラゴンが、キアナの膝の上から飛び立って行った。
男達は無言であったが、飛び立ったそのドラゴンを見た瞬間、『終わった』とか『駄目だ』とかそのような否定的な言葉が彼らの脳裏を過っていた。
しかしそのドラゴンは、ふわりと二三メートル上に上り、耳を劈く様な炸裂音を出すと既にサラドラグラの頭を粉々に吹き飛ばし、ゆっくりと此方に滑空して戻って来る処だった。
男達は何が起きたのか把握する間もなく、滑空する小さなドラゴンと、頭の砕け散ったサラドラグラを凝視していた。
「今夜は美味しい肉が食べられるわよ、クルト」
「そうだね、でもチビ様がやるとああなってしまうんだ」
カックリと口顎を垂らしたまま呆然としている男達の耳に、緊張感の無い会話が入ってくる。
その声でやっと呪縛を解かれた男は、振り向きざま、まだ間の抜けた顔でキアナに聞く。
「何なんだ、あれは!!」
「はい、此れが私たちを庇護して下さっている主、ドラゴナイト・リゼルダ様と誓約を交わしたドラゴン・・・・チ・・チ・・チャンバー・ビッツ様です」
キアナが口許を引き攣らせていると、チビが小さく『キシャー』とキアナの耳元で囁く。
「もも、押し分け御座いません、チビ様、つい、この件に関しましては後ほど、改めて謝罪いたします」
チビはキアナの額を舐めると、その名が気に入たのか又小さく『キシャー』と鳴いた。
「有難う御座います、チビ様」
キーストとスーフェは思わず吹き出しそうになっていたが、クルトは頭上に疑問符を並べて不思議そうな顔をしていた。
前から思っていた事ではあるが、この件に関してはリゼルダ様とチビ様と一度真剣に話し合わなければ、キアナは本気でそう考えた。
今後今回等よりずっと重要な場面で、ドラゴンの名前を名乗らねばならなくなった時に、今の名前チビでは、問題だろう。
「此れが、ドラゴンだって」
その言葉にキアナは男を睨め付け、切れ長の目が一層細くなる。
「何か言いましたか、貴方達もああなりたいので御座いますね、貴方達の場合は全て弾け飛んで形も残りませんよ」
口調は柔らかいが、危なげな台詞と、本当に実行しそうな威圧を込めたキアナの瞳に男達は青ざめる。
彼らは、急いで馬を降り、武器を捨てると、キアナの乗る荷馬車の脇にひれ伏す。
「も押し分け御座いません、此の様な大きな力を持ったドラゴンは、見た事も聞いた事も無かったものですから、つい驚きのあまり」
青ざめながらも男は、必死に思考を巡らし生き残る術を模索するが、空回りするばかりだった。
「嘘おっしゃい」
「本当で御座います」
「まあ其れは此の際良いでしょう、ですが只貴方達、本当は何者なのです、とても盗賊が出来る様には見えませんよ」
チビを肩に留めたキアナが、御者台から男を見渡すと、男達は落ち着きが無くなり、互いに目配せをしながら小声で話始まった。
話が纏まらないのだろう、言い争いが始まり、少し険悪になってきた彼らを見て、キアナが一喝する。
「どうした、私たちと戦うのか」
「いえ滅相もございません」
「なら、私達を襲った挙句に、私たちに助けられたお前達はどうする心算なのだ、何者かも話せぬと言うのなら、切り捨てても構わないのだぞ」
キアナ達がいなければ、今頃彼らは間違いなくサラドラグラの腹の中に納まって居た事だろう、それは彼らも解っていたので、一喝されれば責任のなすり合いは収まり、リーダーの男は素直に事の顛末を話し始めた。
「申し分け御座いません、私はアマヒコと、申します。ガロンベルグにて此の者たちと小さいながらも商売を営んでおりましたが、同業者に嵌められ、窃盗の濡れ衣を着せられ、私の商会は解体され、ガロンベルグを追放されたのです。そ丁度その時、カナン荒野に向かう貴方達を見て魔が刺しました。一緒に商売をお越し最後まで残ってくれた彼らと、何処か別の国でもう一度一からやり直そうと」
アマヒコは震えながら話していた。
「私たちはその元手と、言う事ですね」
キアナの言葉に、現在の状況を思い出したアマヒコは間伐入れずに謝罪する。
「申し訳ありません。本当に魔が刺したのです、此れまでずっと真面目に働いてきました、商売も其れなりに好調で」
「成る程ねえ、其れなりに好調どころか、飛ぶ鳥落とす勢いだったのじゃ有りませんか」
「え、」
何故それが、と、一瞬思ったアマヒコだったが、直ぐに解らなかったから自分はやられてしまったのだ、と今更ながらに思うのだった。
「やられましたわね」
「はい、見事に」
皆一層深く傅き、背中を震わせる。
アマヒコの目から幾筋もの涙が流れ落ち、荒野の砂の中に消えてゆく。
キアナが静かにゆっくりとアマヒコに話す。
「どうです、今回の事、悪いと思っていらっしゃるのなら、私達の仕事を手伝いませんか、私達は今、見ての通り深刻な人手不足ですので貴方達の仕事に事欠事は有りません、いかがですか」
彼らはキアナの思い描く構想に打って付けの人材だった、奴隷などでは到底無理、育てるのでは間に合わない、即戦力の商人、それも熟練セットで結束の強い十七人である、どうあっても手に入れたい戦力だった。
アマヒコ達に断る理由は無かった、本来であれば警備兵に突き出され死罪、逃れてもお尋ね者、それを赦免し、仕事をくれると言うのだ、それも誰も知らない様なドラゴナイトに守られた街だ、腕が鳴ると言うものだった。
「はい、喜んで」
キアナにとってこれは、此の旅一番の拾い物だった、キアナは冷静な顔の下で小躍りしていたが、其処はおくびにも出さず、危険の芽を摘んでいく。
「では、一つだけ、貴方達を嵌めた商会に恨みを晴らそうとか、そう言った私怨は捨てて下さいまし、宜しいでしょうか」
アマヒコは直ぐに恨みと、未来を天秤にかけ、返答した。
目の前に出された未来は商人にとって据え膳ものだろう、天秤は大きく未来に傾いた。
「はい承知いたしました」
「それでは我が主、ドラゴナイト・リゼルダ様に、取り次ぐ事と致しましょう」
アマヒコ達十七人を加えたキアナ一行は、チビの仕留めたサラドラグラを解体して積み込むと、一路リゼルダーナへと向かうのだった。