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異世界の誓約者  作者: 七足八羽
リゼルダーナ
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甲殻土竜

その夜九人はサラドラグラの肉を食べながら、火を囲んでいた。


「サラドラグラの肉って美味しいのですね初めて食べましたわ」


 キアナの言葉にリゼルダが答える。


「ああ、イベリア猪より旨いかもしれないな」


「僕こんなの初めて食べたよ、イベリア猪って言うのもこんなに美味しいの」


 リゼルダは、そのクルトの屈託のない言葉と、その食べっぷりに思わずイベリア猪も何時か必ず、食べさせてやろう、と思ってしまっていた。


「ああ、今度見つけたら捕まえてやるよ、ま、此奴と違ってイベリア猪は時々市場にも出てるがな」


「女王様、そいつは、あっしらにゃ手が出ませんよ」


トランのそんな言葉にリゼルダが首を傾げる。


「そうなのか」


「はい、今食っている此奴に至っては、売っている処を見た事すらありませんがね」


「そうなか、師匠がよく取って来て酒の摘みにしていたのにな、そんなに高いのか」


「女王様の師匠って方もドラゴナイトなんですかい」


「そうだ、ドラゴナイトだ」


トランの言葉に思わずガゼックを思い出したリゼルダは、額に冷汗を流しながら、それを掻き消す様に目の前の肉に食らいつく。


「女王様明日はいかがいたしましょう、明日の巣穴は今日よりだいぶ先になりますが、」


 キアナが明日の作戦を聞いてくる。


「そうだな、サラドラグラは、今日のあたりまで引き付けて来て倒そう、そうすれば解体は今日と一緒だろ」


「はい」


「卵の確保は、一緒に護衛しながら走るか」


「はい、そうですね、卵ですが、調べてみましたが、早ければ五日、遅くても一週間で孵化するでしょう」


「そうなのか」


「はい、やはりここから直接獣市に向かわなければ孵化してしまいます」


 魔獣の卵は、刷り込みの有る場合が多いため、孵る寸前の卵が一番高値となる、今回の場合丁度良いのだが、伝手が無ければ卵がかえってしまう。すると価格は殆ど捨て値となってしまう。


「でも、こんな物、そんなに直ぐに捌けるのか」


「はい伝手が有りますので必ず何とかして見せます」


 キアナからは自信の言葉が帰って来る。


「じゃ明日は早めに方付けて、出発しなければな」


「はい、そして明日は私も一緒に卵の確保に参加させて下さい」


 いきなり話の方向性の違う話が飛び出してくる。


「いや、それは危険だし、キアナは此処で待機して出発の用意を」


 リゼルダが止めようと話始まると、キアナが台詞をかぶせて来る。


「女王様の勇姿を私も見とう御座います」


「キアナ、それは」


 クナシオは言い始まると最後まで聞く事も無く直ぐに、否定の言葉が飛んでくる。


「嫌で御座います」


「クナシオ諦めろ、こうなったキアナさんに勝てた事無いだろ、明日は俺達と一緒にキアナさんも卵班だな」


 スーフェの言葉にクナシオは頭を抱える。


 リゼルダの脳裏にも盆でボコボコにされた記憶がよみがえる、あの時程では無いにしろ、とてもキアナを思い留まらせることが出来るとは思えない。


「女王様、お願いいたします」


 リゼルダに断れる筈もなく、こめかみをひくつかせながらも仕方なく了承する。


「解った、明日の卵班は、キアナも一緒に参加する事とする」


 嬉しそうなキアナの脇でクナシオが、『なぜ止めてくれないのか』とリゼルダにじと目を向けている。


 リゼルダもクナシオに『無理を言うな、クナシオ、夫のお前が止められない物を私が止められる訳無かろう、諦めろ』と視線を送る。


 クナシオは肩を落として、溜息をつくと、手に持った骨付き肉にかぶり付く。



◇◆◇◆◇



 翌日リゼルダは、最初から少し大きめの石を持って巣穴に向かった為、キアナ達の待ち時間は殆ど無かった。


 直ぐにリゼルダが数百メートル先から、サラドラグラを引き連れて走ってくる。


 キアナはそれを視認すると、此のままでは不味いのではないかと、そわそわし始めたが、クルトもキーストもスーフェもそわそわ処か、眼を輝かせてその様子を見ている。


 キアナはあの状況を見て焦らないのかと思いつつ視線を戻せば、其処には岩山の地形を巧みに利用しサラドラグラの攻撃を躱しつつ、こちらに向ってくるリゼルダが見える。


 リゼルダがキアナたちの眼の前までサラドラグラを引き連れて来ると、キアナ達の目の前で踵を返し、サラドラグラと擦れ違いざま一撃でサラドラグラを屠る。


 キアナが目の前で起こった光景に我が目を疑う、昨日の話から予想はしていても、その話以上の光景が目の前で繰り広げられていた。


 自分の身長近くも有る大剣を、まるでレイピアのごとく片手で扱い、視認できない程の速さの一撃で苦も無くサラドラグラを屠ってしまう。


『あれ程なの、サラドラグラをその辺の虫でも潰す様に』


 キアナが固まっていると、大剣に付いたサラドラグラの血を払いながらリゼルダがキアナ達の方に歩いて来る。


「クルトどうだった、決まってたろ」


「はい、決まってました」


「でもな、奴ら二頭一度には巣穴から離れないんだ、百メートルもしない内に必ず一頭巣穴に戻っちまう、まあ、もう一回行って来るよ」


「リゼルダ様」


「キアナどうだった、見たかったのだろ」


「はい驚きました、此れではブロンズ山犬ごときが、どれだけ束になっても敵わぬはずです」


「そうだね、とりあえずもう一度行って来るから、その後は頼んだよ、キアナ」


「はい、リゼルダ様」


 リゼルダは又その辺の石を拾うと、再度巣穴に向かって小走りで走って行った。


 少しするとリゼルダは、又先程と同じ様に、サラドラグラを引き連れてキアナ達の前まで戻ってきた。


 今度は余裕を持って見ていたキアナだったが、やはり倒す瞬間には感動を覚えた。


 今のキアナには、ドラゴナイトが単騎で国を落とせると言う話は、当たり前に信じられた。


 もし今回の相手がサラドラグラでなく、人間だったなら何人束になろうと結果は同じだろう、其処にスピアードラゴンの攻撃まで加われば、一撃で何十、いや何百と言う単位で倒される事だろう、其れは多分魔獣騎士でも余り変らない結果となる様に思えた。


 今はほんの小さな村にも満たない規模のリゼルダ―ナだが、戦力だけであれば、大国に匹敵する戦力を有していると言う事だった。


「さて、其れでは卵を取りに行こうか」


 リゼルダを先頭にキースト、クルト、キアナ、スーフェと続いて岩山の裾をかけ抜ける。


 皆卵を取りに、巣穴の中に入り、リゼルダが、巣穴の入り口を守っていると、上空から警戒していたチビがせわしなく報告して来る。


『砂漠の方に、何か大きなのが居る』


 リゼルダは直ぐにチビに同調し、チビの眼を通してその魔獣らしきものを確認する。


 見た事も無い大きな魔獣が、サラドラグラを捕食している最中だった。


 大きな赤い爪が幾つも付いた、巨大なモグラの様な腕に、背中はかなり頑丈そうな甲殻、


 太く強靭そうな六本の足、太い腹の終わりには三角錐の槍の様な突起が二つ、全身焦げ茶色の魔獣だ。



 そんな魔獣が、自分の半分ほども有るサラドラグラの尻尾を捕まえて地中に引きずり込もうとしているのだ。


 チビから、わくわくとした感情がリゼルダに流れ込んでくる。


『やっていい、やっていい』


『やっていいぞ、ただしあの小さな首を一撃で落とせ』


『任せて!』


 言うなりチビは、遥か上空で音も無く槍の様に変形すると魔獣に向かって急降下を始める。


 魔獣の首と胴の甲殻の継ぎ目めがけて、真上から一直線にその継ぎ目に吸い込まれるように迫って行く。


 ほんの小さなガシュと言う音で魔獣を真上から突き抜け、間伐入れずにダァンと言う轟音と共にどうやって方向転換したのか、体躯に似合わない太い脚で魔獣の下に降り立ったかと思うと、バシュと言う炸裂音と砂塵を残して空に戻っている。


 ほんのコンマ数秒の出来事だった。


 魔獣はその巨体に似合わない小さな首を弾かれ、その場で十数秒間じたばたとしていた。


 サラドラグラもバタバタと跳ねる尻尾を残して岩山に逃げて行った。


「キシャー」


 頭上から甲高い咆哮が聞こえる。


 チビが上空で勝利の咆哮を挙げている


 誇らしげなその咆哮はたった一度で、その一帯の魔獣達を物陰に追いやり、視界から消してしまう。


「何の音でしょう」


 リゼルダのすぐ後ろで、卵を抱えたキアナが呟く。


「ああ、今チビが変った獲物を仕留めた、キアナ、此処から見えるか?」


 そう聞かれてリゼルダが指さす方を見ると、二三百メートル先に魔獣がもがいているのが見える。


 この距離でしっかり視認できるのだから、かなりの大きさだ。


 その魔獣は初めて見る物だったが、其の形に思い当たるものは有った。


「あれは、甲殻(クルス)土竜(タルピデア)


「知っているのか」


「始めて見ますが多分甲殻(クルス)土竜(タルピディア)で御座いましょう、あれを捕まえた等と言う記録は過去一件のみです、それも何時の事か定かで無いお伽噺の様な口伝のみで、何処で死ぬのか、死骸すら見つかったことが無いので、実際存在を疑問視されていた魔獣で御座います」


「じゃ、大物だな」


「はい、口伝の通りならば幻のお宝で御座います」


「そんなに凄いのか」


「はい」


「じゃ、チビに見張らせといて、卵を置いたらすぐに戻ろう」


『チビ、直ぐ戻るから、そいつ見張っていろ』


『任せて』


 とても嬉しそうな『任せて』が返って来る。


 卵を抱えた一行、はチビの咆哮で静まり返った岩場をキャンプまでひた走る。


 キャンプに着くなり、リゼルダが叫ぶ。


「お宝ゲットだぜ」


 するとクナシオが皆の卵を見て、直ぐに返してくる。


「やりましたね、今回も六個ですか」


「そうじゃない、甲殻土竜を仕留めたんだ」


「甲殻土竜ってあの甲殻土竜か?」


 クナシオが聞き返す。


「はい、多分あの甲殻土竜で間違いなさそうですよ」


「甲殻土竜って本当に居たのか?」


 レベルは半信半疑の様だ、甲殻土竜と言ったら数十年に一度見たと言う噂を聞くか効かないかで、仕留めた等と言う話は聞いた事が無かった。


 活動は地中で、滅多に地上に顔を出さなない魔獣なのだから、当然と言えば当然だろう。


 皆レベルと一緒で、知っては居るが本当に存在しているのか疑わしく思っていたらしい。


 リゼルダ達は、卵の見張りにキーストとスーフェを残し、五台の馬車すべて使って獲物の回収に向かった。


 キアナの鑑定により、獲物は間違いなく甲殻土竜だろうと言う事になったが、サイズは口伝より遥かに大きかった、口伝の甲殻土竜は馬車二台で運んだらしいが此奴は解体して馬車四台だ。


 解体も一筋縄ではいかず、かなりの部分リゼルダが手伝う事となった、甲殻の継ぎ目に剣を突き立てても並の力ではビクともしなかったのだ。


 素材としては一級品だろう、試しにレベルが、赤い爪を剣で切り落とそうとしたが、傷すら付かなかった。


 結局二頭のサラドラグラも含めてキャンプまで運ぶのに一日がかりとなった。



◇◆◇◆◇



今キャンプで火を囲んだ一同の話題は、甲殻土竜の肉の味だった、木製の皿に盛られた肉を目の前に今からかぶりつこうと言う処なのだ。


「キアナ、此れ本当に甲殻土竜の肉なのか」


リゼルダの目の前に置かれた肉はどう見ても、此間まで散々食べていた、オオヤゴの肉と瓜二つだった。


「はい間違いありません」


「キアナ、此れ毒とか無い」


「当時食べたと言われてはいます、味については何も伝わっては居ませんが」


「そう」


 リゼルダはそう言うと、とりあえず一口食べてみる。


「オオヤゴの方が旨いかも」


 それを聞いたクナシオがそっと皿を置いてのたまった。


「俺、サラドラグラの肉で良いかな」


 この言葉を聞き、頬を膨らませてむくれたキアナだったがリゼルダの「此れは明日干し肉にするとして、今回はサラドラグラの肉にしないか、沢山有る事だし」と言う言葉で甲殻土竜の肉を諦めてくれた。


 皆がそっと甲殻土竜の肉を放した時には、心なしか、キアナ本人もほっとしたような表情で、サラドラグラの肉を焼き始まった。


「キアナ、話は変わるが、卵を売る伝手は本当に大丈夫かい」


「はい、此れだけの物を一か所で売ると怪しまれますので、最低でも二か所に分けて売ろうかと思います。ガロンベルグには当時の伝手が数か所、有りますので任せて下さいまし」


「なら頼むよ、もしかすると此処は甲殻土竜の狩場になるかもしれないからね」


「え、サラドラグラじゃ無く?」


「ああ、何せ、甲殻土竜はそのサラドラグラを捕食していたからねえ」


「そうなのですか」


「まだよく観察しないと何とも言えないが、とりあえず、此処に小屋でも建てて、此処はリゼルダ―ナの領土としよう。クナシオ頼んだよ」


「はい、では道も直しましょう」


クナシオが答えると、レベルが真顔で確認する。


「一寸待ってくれ、今の話が事実となれば、この場所自体がとんでもない財産、て事になるのか」


「その通りだ」


 リゼルダのその言葉に歓声があがり、その声は、サラドラグラ達の住む巨大な岩山に木霊する。



 翌日は皆大忙しだった。


 キアナは、早朝サラドラグラの卵十個と皮や爪など荷馬車一台に詰めるだけ詰め込んで、クルトとキースト、スーフェと共にチビを護衛に付けて直接ガロンベルグへと旅立った。


 結局、乗用車並のサラドラグラ四頭にその倍も有る甲殻土竜はどう解体して詰め込んでも荷馬車四台には詰み切れず、リゼルダとクナシオは二つの卵と一緒にキャンプに残り、皆が戻るまで、ひたすら干し肉作りと言う事になってしまった。


二つの卵はリゼルダとクナシオの騎乗用として育てる事となった、もし此れがうまく育てられれば、今後リゼルダ―ナの戦力として配備して行けることだろう。



◇◆◇◆◇




 彼女は今、本能に従い、居心地のよかった屋根裏を出て、森で配下にした小さな群れと共に夕暮れ迫る戦場の跡に居た。


 累々と転がる屍が闇の帳に隠されようとする比、彼女たちの時間が始まる。


 屍の中に僅かに息のあるものを見つければ彼女たちは群がり、その温かい血を啜る。


 警戒心が強く、普通人には近づく事の無いダナバードだったが、彼女は違っていた。


 一度啜った人の血が忘れられず人の血を求めて彷徨っている。


 人の血を啜るすべを求め戦場跡に行きついた彼女だったが、そこで啜る人の血も彼女の求めるあの時の血には遠く及ばなかった。


 それでも、人の血は彼女達に力を与えた。


 彼女の群れの個体は、賢く大きくなっていった。


 配下にした群れは十匹にも満たない小さな群れだったが、オスを従えていた。


 彼女は本能に従い、その群れのボスに戦いを挑んだ。


 既に体躯も普通のダナバードより一回り大きく、何より賢くなっていた彼女は、危なげなくボスを下し群れを奪い取った。


 それから彼女は群れを引き連れ、戦場や処刑場の近くに潜んでは、闇に紛れて人の血を啜っていた。


 その後も本能のままオスを奪わんと、他の群れを吸収し、彼女の群れは少しづつ大きくなっていった。


 

◇◆◇◆◇



 そんな折、彼女が巣作りをしようと、魔素が多く安全な場所を探して飛び回っていると、ハーピィの群れと、人の戦場跡があった。


 切り刻まれ、槍や矢の刺さった二十匹以上のハーピィの死体だけが転がり、孵化間近だった卵は割られ、ハーピイの形を成したそれは踏みにじられ潰されていた。


 彼女たちはまだ温かいハーピイを見つけ、その血を啜っていると、巣から転がり落ち、まだ割られていない卵を見つけた。


 彼女は自分よりも遥かに大きなその卵の横に自分の小さな卵を産んだ。


 彼女は自分の卵と共に、その大きな卵を群れのダナバード達を使ってあたためた。


 三十匹以上のダナバードが巨大なハーピイの卵に群がり卵を温める、食事も交代で出かけ温め続け、何日かした時それは起こった。


 卵にヒビが入り、中からハーピイの雛が出ようとしていた。


 彼女以外のダナバードは卵から遠ざかり、彼女がハーピイの雛を迎える。


 彼女はハーピイの雛に周りに転がっているハーピイの肉を与えた。


 ハーピイもダナバードの様に孵化後数日すれば飛び立つ、その間与える食料としては十分な量が有った。


 このダナバードの親を持ったハーピイは、ダナバードの群れと共に戦場跡に姿を現し、言葉を発するダナバードと共に人間の知る所となるのだった。

 

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