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異世界の誓約者  作者: 七足八羽
リゼルダーナ
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建国

今彼女は街道から外れ、大樹の森のほど近くに一本だけ孤立した、小さな世界樹の下の村に居た。


小さいとは言え世界樹もあり、小さな川も流れている為、其処には最近小さな村が出来ていた。


その出来たばかりの村のリーダーの家に、彼女は押しかけ居候を決め込んでいた。


 発光しているのではないかと思えるほど発色の良い赤い髪に、ダークレッドの瞳、使い込んだ赤い皮鎧、そしてドラゴンの幼生だと言う不格好で小さな胡散臭い生き物を持って彼女は何の前触れも無く突然押しかけて来たのだ。


 ある彼が日ドアを開けると彼女は其処に居た。


「私はドラゴナイトのリゼルダ・キッシュハートと言う者だ、済まんが此れを育てる間だけこの家に逗留させてくれ、今は何もないが、恩は必ず返す」


 と、ナイフのような鋭い目付きで迫られ、彼クナシオに選択の余地は無かった。


 彼も穏やかな人柄ではあるが、狩りで鍛えられた細身の体に、それなりの胆力は持っているつもりでいた。


 曲りなりにも、この村を率いて此処まで来たのだからある程度の自信はあった。


 それでも彼に、選択の余地は残されなかったのだ。


 彼は緑の瞳を伏せて、額に掛かった茶髪をかき上げる。


 この村は殆どの家がそうなのだが、クナシオもこの大樹の森の畔で、自給自足に近い生活をしていた。


 彼は時々畑仕事を妻に任せ、大樹の森に魔獣を狩りに入る。


 この森に危険な魔獣は少なく比較的リスクの少ない狩りには成るのだが、それ故高額で取引されるような魔獣も殆ど生息していない。


 獲物の殆は自分達の食糧にしかならない。


 それでも、妻と一人息子を養うにはその食料が必要だった。


 まだ農作物に親子三人が暮らせるほどの収穫が無いのだ。


 其処へ真っ赤な髪の胡散臭いドラゴナイトが現れて居候を決め込み、はや四か月。


 クナシオの狩りの頻度は極端に増え、畑は妻キアナとその息子クルトが請け負うようになっていた。


 その間居候はと言えば、無駄飯を食らいながら、不細工なドラゴンの世話をするばかりなのだ。


 クナシオどころか、村中が心中穏やかではなくなっていたのだが、この村に派手な身なりで押しかけ居候を決め込むようなドラゴナイトに物申せる者は居なかった。


「リゼルダ様、夕食にございます」


 触ると吸い付きそうな白い肌に、切れ長の一重の碧眼、透明感のあるダークブルーの髪をボブカットにし、袖に赤をあしらった黒地に襟元が広がった作務衣の様な服を身に着けたキアナが盆を運んでくる。


 運ばれて来た盆の上には、ゆでたイシイモと殆ど具の無いスープに、何か茶色いタラバ蟹の様な肉が少々、木製の皿にこぢんまりと盛り付けて有った。


 この村は先に述べた通り食料の余裕等あろうはずも無く、自分達の分を削ってまで捻出した食料を使い、キアナが胡散臭いドラゴナイトの為に料理した夕食だった。


「キアナ、此れは何の肉だい」


「はい、オオヤゴの肉にございます」


「オオヤゴか、今一なんだよな、何か他に取れなかったのかい?」


 チビを肩に止まらせ、一番上座に立膝を付いて我儘を言うリゼルダの前で、キアナは、盆を抱えて唇をかみしめていた。


「はい、申し訳ございません」


「この辺の森だって、ブロンズ山犬か黒毛鹿位いるだろ、クナシオ君に頼んでみてくれ」


「は、はい」


 キアナは盆が割れそうな程力を込めて盆を抱えながら部屋を出て行った。


 黒毛鹿もブロンズ山犬も簡単に狩れる獲物では無い。


 それどころかブロンズ山犬の大きな群れが村の近くを縄張りにし始まった為に、馬が襲われ、村にはもう馬が殆ど残っていなかった。


 黒毛鹿もブロンズ山犬の縄張りを避けて逃げたのか、この辺りでは見掛けなくなってしまったのだ。


それを簡単に狩れるものなら何の苦労も無い。


 リゼルダが、居候を始めて二週間もした頃、クナシオ、キアナの留守中に村の力自慢が五人ほど、リゼルダを村から追い出そうとやって来たのだが、遭えなく返り討ちに会っている。


 リゼルダが連れているドラゴンが小さくあまりに胡散臭かったのため、偽物だと判断したためだった。


 男達は何をされたかも解らない内に倒され、その内二人ほどは、リゼルダが加減を間違えて腕の骨を折ってしまった。


「済まん加減を間違えた」


 そう言って、倒れて唸っている男の前にしゃがむと男に「クナシオに頼まれたのか?」と、聞いた。


「俺達の独断だ」


 男の答えを聞くとリゼルダは男に「済まなかったな、加減がまだ下手糞でな、だが、ちゃんと礼はすると云った筈だが、クナシオから聞かなかったか、尤も稽古ならいつでも着けてやるぞ、加減は下手だがな」そう言うと息も切らさず、何事も無かったかのようにクナシオの家に戻ってしまったのだった。



◇◆◇◆◇



「チビ行って来い」


掛け声と同時に不格好で小さなドラゴンが、バシュと言う炸裂音供にサバンナの高い空に突き刺さる。


 空に舞い上がると、薄い大きな翼を広げてゆっくりと滑空飛行を始める、ここ一週間でやっと飛べるようになったのだ、それまで数か月、バシュ、バシュ、と言う音に合わせて、ピョコタコ跳ね回るばかりで、飛ばなかったのだ。


 もしかしてこれは飛ぶまでに何年も係るのだろうかと不安になっていた処だった、それがやっと一週間位前からヨタヨタと飛び始まり、此処二三日は見事な飛びっぷりだった。


 大きな翼は上空で滑空する時以外は殆ど使われず、普段は四つの突起が飛び出し、其処からから空気を噴出し、ジェット推進している。


 突起の前部の穴から吸い込んだ空気を圧縮するか何かしているのだろうが、日に日に早くなり、今日に至っては、何か変形して一気に加速していた。


 近くを通られると、眼では追えず、あとから来る突風と巻き上げられる砂埃に煽られる始末だった。


 少しすると、チビの戻りたい、と言う感情が、リゼルダに伝わって来る。


 そうチビの感情だけでは無くリゼルダの感情や今までの記憶も当然チビにつたわっているのだが、産まれたばかりのチビは其れに気付かない、全て自分の記憶だと思いこんでいる。


 チビが其れに気付くにはまだ少し先だった、そして其れはリゼルダも同じだった。


 彼女も、生まれたばかりのチビにさした記憶も無いためチビからは感情しか流れて来ず、此れだけリンクしていながら記憶の共有に気づけなかったのだ。


 彼女はチビに答え赤い皮鎧の小手を付けた左手を前に、踏ん張りの聞く構えでチビを待ち構える。


 昨日まで加速を殺しきれず、左手ごと体を持って行かれそうになっていたのだ、しかし今回チビはリゼルダの手前で、滑空用の大きな翼を広げてブレーキに使い、彼女の腕に、雪のひとひらが舞い落ちるような着地を決めた。


「おおーやったな、見事だチビ、それに先刻、なんか変形してなかったか」


 するとリセルだの手の上で、ゴツリと何かが噛み合う様な音を立てて、チビが正に三角錐の槍の穂先の様な形に変形していた。


 そして其処から、『どうだ、出来たぞ』と言う様な誇らしげな感情が伝わって来る。


 又ゴツリと言う音と共に何時ものチビに戻ると、再び飛び立って行った。


 その日チビは飛ぶ喜びを知り、何度も何度もリゼルダの手から飛び立ち、何処までも高い空を切り裂いた。


 心行くまで飛ぶ事を堪能したチビが満足して落ち着いたのは、日も傾きかけた頃だった。


「そろそろ夕食だ、戻るぞ、チビ」


 肩にチビを止めたリゼルダは、今日の成果を思い浮かべニヤニヤとしながら帰途についていた。



「キアナ今日は凄かったぞ、お!飯か…又オオヤゴか、クナシオ、他に何か取れなかったのか」


 帰るなり、我侭を言い始まる。


「済みません、明日はもう少し奥まで入ってみますので」


「そうしてくれ、ヤゴと、パサランはもう飽きちまったよ、そろそろ他の物が食いたいからな、頼むぜ」


 ボクッという音と共にリゼルダが頭を抱えてうずくまる。


 早かった、実に速かった、食事をテーブル置き、リゼルダのセリフが言い終わる前に、木製の一枚板の盆はリゼルダの頭めがけて力一杯振り下ろされていた。


「ご自分で、行って下さいまし」


 そう言ってキアナは、口元をピクピクと震わせながら、もう一度盆を振り被る。


「ま、待て、キアナ」


 クナシオが止めに入ろうとしたが、既に目は座っており、止まる気配は微塵も無かった。


「もう待てません、我慢の限界です、ドラゴナイトか何か知りませんが、このような輩、私が成敗してくれます、其処になおれ!」


 再度盆は振り下ろされリゼルダが片手で頭を押さえながら、もう片手で盆を止める。


「なにしやがる」


「止めるんじゃない!ドラゴナイトともあろう者が女子供に手を上げるのですか!」


「手なんかあげて無いだろ、防いだだけだ」


「防ぐな!防ぐんじゃない!」


 そう言って止めようと、キアナを羽交い絞めにするクナシオを引きずりながら、何度もリゼルダの頭を盆で力一杯叩きまくる。


「防ぐなと言われても」


「リゼルダ様、逃げてください、早く逃げてください」


「何が様だ、穀潰し、逃げるな、まだ殴りたりない、もっと殴らせろ!」


 リゼルダはチビを抱えて窓から一目散に飛び出した、その速さは生涯最速だったかもしれない。


 世界樹の根元まで、走りやっと腰を下ろす。一人と一頭は冷汗が止まらなかった、キアナの気迫にやられて、防ぐなと言われると、本当に防げないのだ。


 そしてあの眼、あの眼は不味い、見ただけで戦う前から心が折られてしまう。


 戦闘力とかそんな物じゃ無い、眼が合った時点で、殴られる事決定なのだ、クナシオが居なければ逃げる事すら叶わなかったろう。


 此れはもう軽いトラウマだった。


 どれ位経ったのか世界樹の根元で、隠れるようにして、リゼルダがガクブルしているとクナシオが探しに来てくれた。


「リゼルダ様、先程は失礼しました、キアナも落ち着きましたかので、そろそろ戻られませんか、もう大丈夫ですよ」



「本当だろうな、あんたの嫁はいったい何者なんだい」


「怒ると怖いんです」


「そう言うレベルか、グリーンサーベラと向かい合っても平気な私が動けなかったのだぞ、あんな怖かったのは初めてだ」


「其処までですか」


「其処までだ、本当に帰っても大丈夫なのだろうな」


「勿論です、帰りましょう」


 行き場の無いリゼルダはおずおずとクナシオの陰に隠れる様についって行った。


 家も戻ると、入り口にはキアナが盆を抱えて、微動だにせず待っていた。


「リゼルダ様、食事が冷めてしまいます」


 言っている言葉とは裏腹に、キアナの凍り付きそうな声に出迎えられ、リゼルダはクナシオの陰から出られない。


「あ、ありがとう」


 何とかクナシオの陰から顔だけ出して答える。


「おい、キアナ」


 なだめようとしたクナシオの言葉は届かず、身も蓋も無い言葉が帰って来る。


「許したくありません」


「ご、ごめんなさい、もう言いません」


 リゼルダがおずおずと言うと、キアナの切る様な視線に威嚇され、クナシオの後ろで凍り付く。


 その様子を見て、キアナは無性に腹が立つ。


「次は許しません」


「キアナ」


「明日は私も、狩り手伝いに」


 言い終わらない内にキアナに被せられてしまう。


「当然です、手ぶらは許しません」



 キアナはどうにもやり場のないこのもやもやとした感情を持て余していると、勢いよくドアが開けられ、男が飛び込んでくる。


「クナシオ、直ぐ来てくれ、ブロンズの群れが来やがった」


「何処だ」


「一番東の川の近くだ、杭の根元が腐っちまってたらしい」


 クナシオの後ろでリゼルダがてニンマリと嬉しそうな顔をして、師匠から無断拝借しているミスリルの大剣を背負っていた。


「任せなさい、今晩は御馳走だ、鹿だったらもっと良かったのに、兎に角全部狩るぞ」


「馬鹿言ってんじゃねえ二十以上もいる群れだぞ、人相手じゃないんだ、死んじまうぞ」


 男はリゼルダの腕を掴んで止めようとするが、直ぐに振りほどかれる。


「任せろと言ったろ、私はドラゴナイトだぞ、捌く用意でもして待ってろ」


「死んでも知らんぞ」


「いいから案内しろ、晩飯が逃げるだろ」


「キアナ、言ってくる」


 クナシオも弓を担いで後を追う


「キアナさん、夕飯はブロンズ山犬のソテーに変更ね」


「早く行きなさい」




 一番東とか言っても十五戸しかない小さな村なので、距離的には三百メートルと言った処だ、現地では薄暗い中、柵内に入ったブロンズ山犬の群れが、家畜を狙って遠巻きに一軒の家を包囲していた。


 丁度弓の射程のすぐ外に陣取り、様子をうかがっている。


 松明が消えれば直ぐにでも襲って来そうな状態だ。


 リゼルダたちが着くと、其処には村の総戦力が集っていた。


 総戦力と言っても十五件家の戦える男衆が集っただけなので、リゼルダも入れて十八人、ブロンズ山犬は二十六頭、普通なら追い払うのも難しいだろう。


「やあ、けっこう居るじゃないか、二十六頭か」


 リゼルダとチビの感度の良い眼には辺りが昼間の様に見えている、その眼が松明に照らされ、赤く反射し闇に浮かび上がる。


 村人はそれがリゼルダだと解っても、生唾を飲み込一歩後ずさる。


「リゼルダ様?」


「応、あんなの此処から、全部弓で討っちまえば良いだろ」


 リゼルダは、納得いかなそうに言う。


「済みません、誰も矢があそこまで届きませんので」


リゼルダのそんな言葉に、何故か済まなそうに首を垂れる村人だった。


「矢に魔法を乗せられる奴は居ないのか」


 誰からも返答は無かった。


「じゃ、まともに魔法を使える奴は」


 場が静まり返ってしまった、リゼルダは目頭を押さえ俯きながら軽くため息をつくと、面を上げて静まり返った村人達に向かって言った。


「仕方ない、じゃあブロンズ山犬は、全部私の獲物だな」

 

 そう言うとリゼルダは、村人たちが、互いに呆けた顔を見合わせる中、チビを肩に止めてスタスタ歩いて行った。


 彼らはドラゴナイトがどんな者か知らない。


 実在する者だとは知っていても、合った事も無ければ、戦っている処等見た事も無い、強いと言っても人間の域を逸脱しているとは思っていない。


 極端に強いと言われているのは誓約によって従えているドラゴンが強いのであって、ドラゴナイト本人が其れほど強いとは思っていないのだ。


 況してリゼルダのドラゴンは鳥に毛が生えた位にしか見えない小さなドラゴンだ、何人かでかかれば勝てるとすら思っているくらいだ。


 その結果が、最初の返り討ちに合った夜襲なのだが。


 実際のドラゴナイトはそんなものでは無い、ドラゴンの力を受け入れる為に、細胞から変わってしまうのだから、人間ではありながらその力は人間等とは、比ぶべくもない。


 と言うか本当に人間なのかも怪しい。


「クナシオ、追い払うんじゃないのか」


「俺に聞くな」


『チビ丁度良い練習台だ、行ってみるか』


 まだチビの戦い方を知らないリゼルダは興味津々、チビはチビで、初めてのおつかい、もとい初めての狩りで、そわそわした心がリゼルダにまで伝わって行くほどだった。


 チビはリゼルダの肩から大きな翼を広げるとシューと言う風船から空気の洩れるような小さな音と共に三つの月と満点の星の瞬く夜空にゆっくりと上昇していった。


 数十秒後、翼を畳んでハヤブサの様に加速してきたチビは、地面すれすれまで降下し、小さ目の炸裂音と共に変形と爆速を行うと、小石を飛び散らしながら、土ぼこりを上げて弾丸となったチビは大気を切り裂き、一瞬地面でショートバウンドしているかのような軌道を描くと、其のまま群れから少し離れた山犬の脇腹に大きな風穴を開けて再び星空に消えて行った。


 狙われたブロンズ山犬は、回転しながらチビの軌道をたどると内臓をまき散らし、幾つかの破片に成ってしまった。


「あ!あれじゃ、食べられない、毛皮も駄目だ」


『チビ、戻って来い』


 初めての狩りで大成功なのに、チビはもう次のターゲットに狙いを定め、戻りたくないオーラを出しながらも渋々リゼルダの元に戻ってくる。


『わるいなチビ、此処で少し待っていくれ』


 リゼルダはチビを放すと、ブロンズ山犬の群れに向かって、ゆっくりと歩いて行く。


 半ばまで近づくと、群れのリーダーらしき大きな個体がリゼルダに向かって吠える。


 リゼルダがミスリルの大剣を抜き放つ。


 三十キロ近くある、もろ刃の大剣、普通の人間に扱える代物では無い、例え振り回せるだけの筋力が有っても、自分が軽ければ振り回されてしまうこのような大剣を小枝の様に扱うのは鍛錬した魔法とドラゴナイトに成ってからの魔法増加量の賜物だった。


 事実リゼルダの保有魔素量はドラゴナイトに成ってから跳ね上がっていた。


 抜き放たれた大剣を合図にブロンズ山犬の群れが、一斉にリゼルダを襲う。


 しかし、スピード、瞬発力、動体視力、魔力、腕力すべてに於いて数段山犬達の上を行くリゼルダには、山犬達の動きなど、スローモーション以下だった、何匹束になってかかってこようと、物の数では無い。


 余裕のリゼルダは、毛皮に傷つけない様ミスリルの大剣を丁寧に振るい、一匹一匹喉を切り裂いて倒して行った。


 最後に逃走しようとした数匹もその素振りを見せた順に瞬殺されていた。


 村人達があんぐり口を開けて見ている前で、山犬共を全て片付け終わったリゼルダは、剣を担ぐと村人達に振り返り、赤い目を光らせながら、『今夜は御馳走だ』と、にこやかに言い放った。


 リゼルダのこの一言で、喜びの声が上がり、村中がお祭り騒ぎなった。


 ここ一年近くもこの村を苦しめてきた、ブロンズ山犬の群れが目の前で一掃されたのだ、その喜びは一入ひとしおだろう。


 獲物は捌かれ、皮は剥がれ、肉は振る舞われ、余った分は、保存食にされた。


 一番大きな牛ほども有る個体が三匹リゼルダの元に運ばれ、リゼルダの指示でクナシオの家に運ばれた、その内各自酒が持ち寄られ、リゼルダの処には各家の自慢の家酒が十五種類並べられた。


「おい旨いじゃないか、此処の名産は酒だな、全部美味いぞ、最高だ」


 肉を食らい、継がれる酒は全て呑みしながら、のたまう。


 チビも負けじと、リゼルダ胡坐の中で、巨大なジョッキに首を突っ込みながら酒を食らっている。


 此処の酒は山葡萄から造ったワインが殆どだが、何かの芋から作ったような強烈な臭いのする酒もあった。


 どうやらこの村一同酒好きの集まりなのは間違いなさそうだった。


 リゼルダも聞き酒宜しく注がれるままに呑み干し、丁度心地よく酔いも回った頃、何時の間にやら、リゼルダの脇にキアナが現れ、杯を差し出す。


「旨い、何だ、この酒は」


「此れは我が家のとっておきで御座います」


「良い酒だなあ」


 すると何時の間にかキアナの後ろに居たクナシオが、いきなりキアナと一緒リゼルダの前にひれ伏し、話始まる。


「ドラゴナイト・リゼルダ様がお酔いに成られる前に、村代表として、お願いに上がりました。」


「何の話だ」


 リゼルダは眉間にしわを寄せながら、立膝で杯を持ったまま、眼光鋭くクナシオを見据える。


 クナシオは背中に冷たい汗が広がって行くのを感じながら、再び話始まる。


「はい、この村は今日まで貧窮を極めていました、当時は此の森も黒毛鹿や牙無猪等獲物に恵まれた森で、狩りをしながらやっと此処まで開墾してきたのですが、三年前からブロンズ山犬の群れが森に住み着いてからと言うもの、獲物は無くなり、家畜は襲われ、その日の食糧にも困るありさまでした。しかし其れも今日ドラゴナイト・リゼルダ様に討伐していただき、枕を高くして眠れる様には成ったのですが、獲物が急に増える訳でも無く、家畜や馬を買い足すこともできません、そしてリゼルダ様の去られた後に、またブロンズ山犬の群れ等が現れようものなら、手の打ちようが有りません。」


 クナシオは必死だった、リゼルダの圧倒的な強さを見た今、それは諦めかけた村を救う最後の希望かもしれないのだ。


 何としても無茶な願いを引き受けて貰わなくてはならない、失敗は村の存続にかかわる。


 村人たちが、一人また一人とクナシオとキアナの後ろに二人と同じ様に控え始まる。


「それで、これ以上私に何をしろと」


 リゼルダのイラついた声に村人達が静まり返る。


「魔獣を狩って頂けないでしょうか」


「私を狩りの道具にするのか」


 クナシオは地面に額を擦り付けながら声を張り上げる。


「申し訳ありませんしかし、村を復興するには資金が必要なのです、その金でスケイルホースを何頭か購入できれば必ずこの村は発展します。」


「だが、そんな獲物何処にいる」


「はい、大樹の森沿いに北に三日進みますと、カナン荒野とサラディナ砂漠の境に大きな岩場が有り、サラドラグラの繁殖の場となっておリます、それを狩って頂けないでしょうか」


「なるほど、サラドラグラか、それならばいけそうだな、それで私にはどんな見返りが有るのだ」


「そ、それは」


 何か言おうとしたクナシオを押さえリゼルダを盆で殴りつけた時以上のオーラを纏ったキアナが話し出す。


「此の村を差し出します」


 此れには村人全員キアナに不信の目を向けた、中には立ち上がりかけたものも居たが手を翳して無理やりそれを制すとキアナは話し続けた。


「此のカナン荒野とサラディナ砂漠の一帯は治外法権、今はどの国にも属していません、十五戸しかない小さな村ですが、リゼルダ様の領地として治めていただければ、きっと大きな町となり、都市となるでしょう」


 そう、その昔シュタインテット王国と言われた巨大な国だったと言われてはいるが、領土は砂漠と荒野に呑まれ、今はその首都だったと言われているガロンベルが荒野のただ中に残るばかりで、此の荒野と砂漠は何処の領土でも無かった、其れは何も魅力の無い土地と言う事でもあったのだが事実だった。


 リゼルダが訝しんで聞き返す。


「それはどういう事だ、私が此の村の村長になると言う事か?」


「いえ女王です、今は小さな村ですが、いずれ町となり国となるのですから」


「気に入ったぞ、それ、良いじゃないか女王か、よし任せろ、サラドラグラでもなんでも狩ってやる」


 リゼルダの杯にとっておきの酒を注ぐとキアナは何時の間にかいなくなっていた。



 その家は村の宴からは少し離れた処に有り他の家よりは若干広かった、其処に今キアナを囲んで、村の主要だった者が集っていた。


「キアナさんどう言う心算なのか説明してくれ、いくら村を立ち直らせても、その村を差し出してしまっては意味が無い」


「そうだ、今回は良かったが、ずっと居られたのではたまった物ではないぞ」


 皆いきなりのキアナの発言に納得いかない者が多く憤りを隠せない。


 戸が閉まるなり弁明を求めるような状態だった。


 収集が付かなくなる前にクナシオが舵をとる。



「キアナ、皆さんに説明しなさい」


 それを受けてキアナが静かに説明を始める。


「みなさん、強いドラゴナイトは、一騎で国を亡ぼせると言われていますが、その力の片鱗を先程見た事と思います、此処はリゼルダ様をこの地より送り出してしまうよりも、女王として留まって頂き、その庇護に預かる方が得策でしょう、ドラゴナイトの寿命は誓約したドラゴンと同じと聞きます、すれば数百年はその庇護に預かれることとなりましょう、村は一国の軍隊以上の力により子々孫々まで守られることとなります。まして今回の様にその力を守り以外にも貸して頂けたならば、この村の将来は約束されたも同然でしょう。

 此処でリゼルダ様をないがしろに扱い、縁を切ってしまうのは愚の骨頂。

 何処にも仕官していないフリーのドラゴナイトに遭えるなどあり得ない程の確率、あのドラゴンも多分見た目に反して高位のドラゴンです、ワイバーンと同格かそれ以上に。 そのドラゴナイトが、村に留まって呉れる等まさに奇跡です、雇おうと思えばこの村の全てを売り払っても足りるものではありません。

 みなさん、何の後ろ盾無く建国できる唯一の方法でもあります、此の機会は絶対に物にしなければなりません」


 そうドラゴナイト自身が権力を寄せ付けないほどの絶大な戦力であり暴力なのだ、中でもワイバーンのドラゴナイトと言えば万夫不当一機で国を潰せるとまで言われている。


 キアナはリゼルダがそれと同等以上のドラゴナイトだと言っているのだ。


 張りつめた沈黙の中キアナは目を伏せる。


「それは解ったが、人となりは大丈夫なのか、かなり自分勝手で他人の事など考える人間には思えないのだが」


 尤もな心配だった。


「私もつい最近までそう思っておりましたが、多分それは間違えです、外見に反して心がまだ子供なのです、とても素直で純粋、そして子供ですから我侭で我慢は殆ど効きません、どのような育ち方をされたのか正に大きな子供でしょう。

 ですがそれは、此れから私たちの色にも染まって頂けると言う事でも有るのではないでしょうか」


「そうだな、確かに悪気はなく、我侭で素直だったな」


 クナシオが肯定する。


「なるほど、しかし本当に大丈夫なのか」


「はい、私たちが一丸となり、誠意をもって接すれば、良き女王となる事でしょう」


「そうだな、此れを逃す手は無いな、もし駄目でも予定道理出て行ってもらうだけ、我々を脅すなりして何かしたいのなら、とっくにそうしているだろう、あとは我々の接し方だけだな、どうだ、全員でやってみないか、こんな好条件は二度とないぞ」


 クナシオの言葉に皆がざわめき出し、各々近くに居た者と話始まる。


 やがて一人が「やろう、今より悪くはならんだろう」と言うとクナシオが「既に良くなっているだろ」とクナシオが言った。


「そうだな、よしやろう」


「やろう」


「やるぞ」


 皆口々に叫び始め、リゼルダはこの村の女王として満場一致で認められた。


 其処に本人は居ないのだが。


「そうと決まれば、皆宴に戻るぞ!」


「「「おー!」」」


 掛け声と共に、皆いそいそと宴に戻って行った。


 その後宴は一気に盛り上がり、朝方まで続き、広場には酒臭い屍が所々に転がっていた。



 ◇◆◇◆◇



 次の日、日も高くなった頃起き出したリゼルダは、まだ酒の残る頭を押さえながら、キアナに案内され、世界樹の下の広場まで連れてこられた。


 その広場には、全ての村人が集り、世界樹の作る木漏れ日の中リゼルダを持っていた。


 その広場の中央には、肘掛の付いた木製の椅子がぽつりと置かれている、


 作りこそ大きめで頑丈だが実用一点張りで飾り気の無いその質素な椅子の正面に、村人達は集っていた。


 それを見たリゼルダは訝しんでキアナに問いかける。


「何か有るのか?」


「はい、今からリゼルダ様の即位式が行われます」


 キアナが厳かに言ってのける。


「なに!!」


 リゼルダは不意に立ち止まると、後ずさる。


「リゼルダ様、皆待っておりますので」


「い、いや待て、何の話だ」


「はい、昨夜この村の女王をお引き受けになったでは有りませんか」


 確かに昨夜のことを思い出すと、引き受けた記憶が有る。素敵な響きだったし一度やってみたいと思うものだろう。


 しかし良く考えれば女王など出来るはずがない、だいたい女王って何をするのだ、駄目だ、柄じゃない、断らなければ。


 リゼルダは思考をフル回転させ、必死に退路を探したが踵を返して走って逃げる以外の道は見つからなかった。


 仕方なく唯一見つけたその退路を実行に移そうとしたその時、その退路はキアナの一言で断たれてしまった。


「ドラゴナイト様の御言葉ですので、皆信じて待っております」


 この約束を破って、この村を見捨てたら、ドラゴナイトの爪弾き、いや、そんな事がばれたら、先に師匠に殺される、駄目だ、既に詰んでいる。


 何が不味かったのだ、昨夜はあんなに楽しかったのに、それが不味かったのか、どうしたら良いんだ。


「だ、駄目だ、私は女王など、何をしたら良いのか解らん」


「大丈夫でございます、クナシオも、私もおりますし、常に村人一同、一丸となって協力いたします」


 最後の悪あがきも、一蹴される。


「そ、そうか」


「お心を決めてくださいまし、リゼルダ様、皆あなたの家族にございます」


 キアナに促され、ゆっくりと、広場に向かう。


「家族か」


 リゼルダは、そう呟くと、吹っ切れたようにキアナを引き連れ、広場に向かって歩き出す。



 リゼルダはキアナを引き連れ、広場を横切り、世界樹を背にして置かれた椅子の前に立つと、村人たちに向かって話始まる。


「本当に、女王は私で良いのか、ろくな者じゃないぞ」


「もう皆、リゼルダ様でなければ駄目なのです、末永くお願いいたします」


 静かな声で、キアナは耳元でそう囁くと、静かにリゼルダから離れ、村人たちの一番前に居るクナシオと並んで、片膝をつき、頭を垂れる。


 其れに習ってすべての村人が同じように傅く。


「今日この時より、我らは、女王リゼルダ様に、生ある限り、忠誠を捧げる事を此処に誓います」


 ほんの少しの間の後にリゼルダが大声で言い放った。


「よし、今日から皆、この村の者は私の身内だ、何か有ったら私に言え」


「「「「「「おおおおー」」」」」」


 歓声が上がる中、リゼルダは、飾り気の無い玉座に腰を下ろすと、小さく手招きしてキアナを呼び寄せ、どうにもバツが悪そうにキアナの耳元で囁いた。


「そう言えば、この村は、何と言う名前だっけ」


「十五軒しかない村ですよ、名前はまだありません」


「よっし、じゃあ名前は私が付けても良いよな、女王だし」


 この辺は実にリゼルダらしい、たとえ村に名前が有っても、最初から名前を変えてしまう予定だったのが、あからさまだ。


 リゼルダは、立ち上がると、大声で宣言した。


「今日からこの国は、名を、リゼルダ―ナとする」


 殆ど自分の名前の様な名を、国名にしてしまう辺は、何とも彼女らしさが全開なのだが、国民には受けが良かったらしく、間伐入れずに歓声が上がった。


「「「「「「おおおおー」」」」」」


 少数ではあるが、国民全員の歓声の中、国民僅か数十名の小さな小さな国、リゼルダ―ナ王国は建国した。


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