二人の少年
スターシア王国、ミルネスト帝国、ドレアドリー公国。それはかつて栄華を誇り、大陸を席巻した三大国家のことだ。
この世に生まれた者ならば誰もが幼少期に習うことである。
いづれも魔法が発達し、魔法で発展し、魔法と共にあって、そして、魔法と共に堕ちた国であった。
そう、あの第二次魔法大戦があってからはどの国家も国家としての形は保っているが中身は既に国家として機能していなかった。
人は何を為すにも魔法を必要とするがその魔法を起こすのに必要な「大気触媒」が彼の大戦で蒸発してしまっていた。誰もが自分が生きる「だけ」で必死なのであった。
だが、不幸中の幸いとでも言うべきか魔法を使用できなくなったが故に戦争は終結したのだ。
形だけは。
戦争終結から150年。人々は動物、植物、そして人に宿る「濃く希少な触媒」を求めて争いを続けていた。
これはそんな激動の時代を生きる二人の少年のお話。
◇
スターシア王国旧王都郊外周辺森林地帯
「ルイス!そっちいったぞ!!」
活発な少年の声が木々の間を駆け抜ける。
「うん...!」
対するルイスと呼ばれた少年の声はか弱く、息も絶え絶えといった風だ。
黒い影が器用に木々を避けてとてつもない勢いでルイスに向かっているのがわかる。
それを追いかけるように少年も走る。
頬を小枝が掠めて赤い筋が出来ようとも少年は止まらない。
やがて見えてきた一本の木の枝を掴んで、少年は身軽に自分の体を木の上に引っ張りあげた。
それから大きく息を吸うと、
「ルイス!こっちだ!!」
木の葉を震わせながら声を張り上げた。
しばらくすると前方の木々が揺れ、ヘトヘトといった感じで走ってくるルイスが見えた。
そしてその後ろからはUターンして走ってくる影の気配が。
ルイスはちらりと後ろを振り向いて影の存在を認識すると顔をひきつらせて走る速度をあげる。
少年の上っている木を通りすぎて、さらに進んだところに立つ小振りな木に上る頃には影はもう目の前にいた。
影が日の光に照らされた姿を表す。
猪だ。
それも特大サイズの。
大きな牙を携えて今にもルイスを食い千切らんとさらに速度をあげてきている。
「カイン!今!!」
ルイスが木の上の少年に合図を送った。
カインは木の枝の上ですっと立ち上がると、懐から下げたポーチからひとつの小瓶を取り出した。
小瓶には緻密な装飾が施されているようで、中に入っているうす緑の液体が太陽の光を反射して一瞬煌めいた。
それをカインは手の平で転がしながらなにやら言葉を紡ぐ。
「天象、我に与えよその雷鳴。原初より来たりしその光。」
言い終えると同時にカインは小瓶ごと手を握り締める。
直後小さな破砕音がしてカインの指先に立体魔方陣が展開された。
ちらりと横目でそれを確認すると、カインは猪を狙う。
指先が猪の頭をマークした。
その瞬間。魔方陣から一筋の光が迸った。
空気を焦がしながら、刹那の時間をかけ光は猪に直撃した。
猪は一瞬体をビクッと震わせ、野太い声を森中に響かせると絶命した。
カインはニッと笑って後ろのルイスに向かって手を振った。
が、ルイスは真っ青な顔で
「カイン!!下!!!」
と先程の声とは比べ物にならない程の声で叫んだ。
そう、勢いがついた巨体が急に止まるはずもなく、死んだ猪はカインの立つ木にぶつかる。カインは下を見る間もなく猪に揺さぶられた木から真っ逆さまに落ちていった。
「カイーーーン!!」
そう叫ぶルイスの声を聞きながら、カインは頭に走った衝撃に目を閉じた。