死人の時間感覚
仮想現実空間パラからの通知。
「遺言を受信しました」
-遺言の受け取りは一度のみです。
-遺言の保存期間は受信から6ヶ月です。
-6ヶ月を過ぎると消去されます。
パラにログイン、生体認証、健康状態・精神状態パス、ダイブイン。
仮想空間の自分の部屋で、受信メールを見る。半年近く前の。
深く息を吸い込んだあと、「遺言を受け取る」リンクボタンを押す。
わたしの部屋ではない、でも見慣れたひとの部屋に移動した。
いいかげん泣き尽くしたと思ってたのに、名前を呼ばれたらもう泣きそうだ。仮想空間でも涙って出るんだ?
「遺言期限ギリギリ! あぶなーい。会いに来てくれてありがとう」
もう会えない人が言う。気の抜けた話し方を久しぶりに聞いた。
「ぼく、何で死んだの? ガス爆発? へー…あれ、ぼくたち一緒にいなかったの?大丈夫だった?」
わたしをかばって死んだんだよ。
「あ~…ごめん? ごめんね、うっかり死んじゃって」
あはは、と笑う。
かばって死ぬなんてひどい。
「ごめん」
自殺もできないじゃん。
「ごめん」
残されるくらいなら一緒に死んだほうがよかった。
「そんなこと言わないでよ〜。でも、ごめん」
「謝ってなんて言ってない。置いてかないで、ひとりにしないで、ここにいて」
生きてくの、こわいよ。
やつあたりをしながら、でもデータだからいいか、なんて思う自分もどこかにいて、よけいに死んだんだ、もういないんだ、と泣けてくる。
この怒りをぶつけていい正しい場所を知りたい。
「できたらそうしたいんだけど」
そう言って、ぎゅうっと抱きしめる。落ち着かせようとしてるよね。ずるい。
怒って泣き叫んでそのまま自分なんかなくしたい。消えたい。
「ねえ、ほんとにごめんね。
この先、一緒にいてあげられなくて本当にごめん。
遺言なんてまだ先だと思ってたからちゃんと考えてなかった。
なにかきみの助けになるものを残せてたらよかったんだけど、どうしようかな」
ぎゅうぎゅう抱きつく。擬似だと分かっていても、このあたたかさになぐさめられる。
「ひとりにしたくないなあ。置いてきたくない」
じゃあ、ついてく。
「死後も一緒にいられるっていうなら、連れてくんだけど。分からないからね。ダメ」
やってみなくちゃ分からないじゃない、やってみてダメだったらダメじゃない、と押し問答。
「どうしたら、いいんだろうねぇ」
背中をなでる手が、あと数分で永遠に消える。
「うーん。あのさあ」
「ちょっと待っててくれない?」
…待つ? なにを?
「ぼく、がんばって生き返る…生まれ変わる?からさ」
顔を見上げた。
死んだらおしまいだよ?
「きみがソレ言うの?」
と、笑顔で言うけれど。
輪廻転生なんて信じてるの?
「今から信じることにした。だから、待ってて」
仮に、今すぐ生まれ変われても、あなたが成人するころにはわたし、おばさんかおばあちゃんだよ?
「死人に時間なんて関係ないでしょ」
いまのあなた、データだよ?
「データも僕だよ? 死んでから時間が経ってる? うん、だから、死人に昨日も今日も関係ないって」
あきれて涙も引っ込んだ。
「たださあ、人間に生まれ変われなくて、犬とか猫とかになっちゃったら困るよね」
爬虫類は無理だよ。
「虫の可能性もあるよね…」
ちょっと!
データだけになっても、おかしなことばかり言う。
まじめな顔して話す彼に、ちょっと笑いそうになる。
「うん…どうにかするから」
「人間に生まれ変われるよう努力する。がんばる」
うん。こんな時でもふざけるの。怒るところなのかな。
「なんで!? ぼく、まじめに言ってるのに!」
あなたのまじめは、本気でふざけてるって意味だよね。
「ひどいな~、信じてよ」
へらっ、って漫画なら擬音がつきそうな笑顔。
「でももしかしたら、わんこかにゃんこになっちゃうかもしれない。だからペットショップでの出会いも気にかけといてよ」
ぺっとしょっぷ。
「うん。会いに行くから、待ってて」
おでこにキスされて、ぎゅって抱きしめなおされて、感覚が消えた。
なんて残酷。
呪いのような遺言のせいで、見かければペットショップをのぞく。
彼かも、なんて思うことは全くない。
たまに触らせてもらえると、とても癒やしになった。
これが彼の狙いだったのかもしれない。ずるいやつ。
本当に猫でも飼おうかな。ひとりはさみしい。
でも、どちらかというと彼は犬っぽいか。
彼は犬ではない。
彼は死んだ。
彼の不在にくりかえし打ちのめされる。
「うわあ…」
声に振り向く。制服を着た男の子。知らない人だ。
「ごめん、やっぱり死人に正しい時間はわからなかったみたい」
やばい、あぶない人だ。
だからやめなよ、その「へらっ」って笑うの。
感情的な話にしたかったのに、感傷的にしかならなかった。