1. プロローグ
本作は 地の文 が多めです。
改行が目立ちます。
プロローグのくせにやや長めです。
以上問題ないようでしたら、ぜひ物語をお楽しみください。
第一作目の連載小説となります。なにとぞよろしくお願いします。
窓のふちに挟まった桜の花びらを眺めていた。
新入生という響きが、まだ真新しいそんな時期。
皆が心のどこかで青春を謳歌しようと意気込む。
この季節はどこもかしこもそんなものだ。
そしてこのクラスも例外ではない。
しかし、そんな晴れやかな高校デビューも一部の特権でしかない。
そう、最初の自己紹介を失敗した者になど青春は訪れない。これが定めであり、現実。
高校生活なんて、儚いものさ。
頬杖をつく一人の男の姿を、まるで見放すかの如く、桜の花びらはどこかへ飛んでいってしまった。
「ねぇ。ホームルーム終わったよ?」
そんな絵に描いたような見事なまでに滑稽なスタートダッシュをきったわけだが、それも数日前の話。結果は入学する前から目に見えていた。そんなわけで、さほど気にしているわけでもない。ただ、物思いにふけっていただけなのだ。
「おーい。 聞こえてんでしょ 」
幸い一番後ろの席というこのポジションが、心の余裕を生み出してくれた。決して、決して幼馴染が同じクラスだからというそんな理由で安心しているわけではない。なぜなら、先ほどから声をかけてくるこの女は窓側の席に位置しており、桜色に染まった美しい風景に紛れ込んでくるからだ。
季節を味わうこの風流な心を、何をするでもなく視界に映ることで邪魔することができる。こんな存在に心の余裕を生み出されてたまるものか。
「……七彦、なんでそんなに私を見てるの? ……まさか私の可愛さに惚れたとか」
そう言い、茶色に光るセミロングの髪を指で回しはじめた。
「違うぞ。僕はお前の後ろを見ていたんだ。正確には桜の花びらを、だ。それに僕の名前は朱賀八彦だ。一つ足りないぞ」
「あ、そうだったね」
ツッコミを華麗に流す。
頬杖をした状態で固まった八彦をよそに、幼馴染はそそくさと机から教科書を取り出し、かばんにしまいはじめる。
「ところでさ、八彦はまだ部活入らないの? 早く申し込まないと出遅れちゃうよ」
教科書をしまう手を止め、他人事だけど幼馴染だから気をつかってあげるわ、的な視線を八彦に向ける。
「愚問だな」
「だよねー。万年帰宅部のヒョロ男が部活に入るわけないか!」
一言余計だ。
予想通りの回答だったのか、幼馴染は少し安心したような顔になり、また手を動かす。
さて、運命というものを信じるだろうか。少なくとも八彦はそんな不確かなものは信じていない。しかし、この状況を第三者が見たらどう思うかなんてのは、想像に難くない。
この都立西村山高校は、八彦にとって家が近いからという理由で選ばれた、本当にそんな程度の高校である。さほど偏差値が高いわけでもなく、ちょっとした町に佇む普通の高校。だから、中学の時に全国統一テストで二位をとった目の前の幼馴染が、八彦と同じ高校で、同じクラスで、隣の席に座っているなんて光景は、運命を感じさせるのには十分なシチュエーションなのかもしれない。
それでも、運命なんてものを信じる証拠はどこにもない。もしそれを信じてしまうならば、八彦は自らの境遇を呪わずにはいられないからだ。
八彦は帰り支度をする幼馴染を、日常茶飯事の光景として見るしかないのである。
「そういやお前、テニス部に入ったんだっけか?」
「まあね。……流石に、運動しないとこの体型は維持できませんから」
と言い両手を腰にあて、これ見よがしにアピールしてくる。言われてみれば、いかにも健康的でバランスのとれた体つきをしているし、出るとこは出ている。
八彦は興味なざげに首を横に振り、やれやれ、とため息混じりに呟いた。
すると同時に、教室のドアが勢いよく開いた。
「宝木さーん!!」
教室中に響き渡る可愛らしい声。身長も低いせいで、小学生か? と誰もが勘違いしたわけだが、それはあり得ない。しかしあまりに派手な登場だったため、八彦を含め多くの視線が集まる。
「あ! 谷渕さん!」
どうやら谷渕というその幼女は、八彦の隣にいる幼馴染の友人らしい。
「練習始まっちゃうよ!」
体と不釣り合いなテニスラケットを揺らす。
時間がないのだろうか、谷渕は急かすようにぴょんぴょん跳ねている。
「うん。ちょっと待って!」
頬杖をついたまま隣に目をやると、さっきまで教科書をしまっていたはずの宝木は、いつのまにかラケットを背負い、片手にかばんを握りしめて立っていた。
八彦は宝木を見上げ、呆れた口調で、言う。
「お前、宝木さん……なんて呼ばせてるのか? 同学年にそりゃないだろ」
「別に私が呼ばせてるわけじゃないわよ!? 呼び捨てで構わないとも言ってあるし、苗字だと堅苦しいから下の名前で呼んでほしいとも言ってあるわ。……ただ、私が同学年の中じゃずば抜けてテニスが上手いから、谷渕さんが勝手にそう呼んでるだけ」
「へぇ……そうか。にしてはお前も同じように、谷渕さんって呼ぶんだな」
返事はない。
少し言い過ぎたか? と思った八彦だったが、宝木がポケットから何かを探る様子を見て、この幼馴染はただ話を聞いていないのだとすぐに理解した。
それにしても、友達を待たせて一体何を探しているのだろうか……。
「あった!」
その声と同時に宝木はポケットから手を出す。
ようやく見つけたそれは、右手にしっかりと握られていた。そして宝木は八彦を見るとその右手を開いて、言った。
「はいこれ。一週間分録音しといたから返すね」
宝木の手のひらにあったのは小さなボイスレコーダー。例の自己紹介以来、八彦が自分の声を録音しておいてほしいと頼んで、宝木に渡したものだった。
すっかりそのことを忘れていた八彦は、一瞬何のことだか分からなかったが、待っていたよと言わんばかりに平然を装って受け取った。
「……お礼の一言もないわけ?」
不機嫌そうに首をかしげる宝木に、八彦は自分が無愛想にも無言で受け取ったことに気がつき、慌てて言った。
「すまん。ありがとう」
「どういたしまして。……それと、いちを録音したやつは聴いてみたけど、八彦の言うような問題はなかったよ。気にし過ぎなんじゃない?」
「……」
八彦は受け取ったボイスレコーダーを眺め、黙ったまま動かない。そこだけ時が止まったような、ただ通り過ぎる隙間風のような、そんな人を寄せ付けない虚しさがあった。
「宝木さん!! 早く早くっ!」
谷渕の声に少し苛立ちが見える。
宝木はしばらく八彦の様子を伺っていたが、短いため息をついてから、視線を谷渕に移して言う。
「部活……あるから行くね」
ドアの方まで歩いていった宝木を、おそい! と可愛らしい声で叱りつけた谷渕は、彼女に謝る余地を与えないままその手をとり、教室の前から姿を消した。
二人がいなくなったことを横目で確認すると、八彦はボイスレコーダーをズボンのポケットにしまってから、居心地の悪い教室を後にする。
廊下には楽しげに笑う生徒や、これから部活に向かう生徒などがいた。
しかし、八彦は一人吸い寄せられるように玄関に向かう。
静かに階段を降りるその姿は、窓の外から聞こえる元気なかけ声とは無縁のものだった。どこか次元を逸している。そして、何よりもこれから待ち望む三年間に心躍らす高校一年生のそれではなかった。
この階段を降りれば、あとは帰って寝るだけ。明日も同じサイクルが待っている。八彦は一人ため息をこぼし、吐き捨てるように、言った。
「これが俺の日常だよ……」
それは独り言のつもりだった……はずが、言葉が返ってきた。
「おやおや、そんなのが日常だなんて君は随分笑わせてくれるじゃないか。朱賀八彦くん」
八彦は思わず視線を上げる。
目の前の階段を降りたその先、ちょうど二年生のフロアに立っていたその少女は、廊下に吹く風に黒髪をたなびかせ、笑みを浮かべていた。
これが俗に言う電撃が走った、というやつだろうか。ここで言う電撃は、心打たれた、というような類のものではなく、何か奇妙なものに遭遇した時の違和感、というのが正解だろう。
どちらにしろ、八彦は急なことに言葉を失い、ただ呆然と少女を眺めることしかできなかった。
少女は続けて、言った。
「私はずっと君を探していたのだよ。今日ここで出会ったのも運命ではなく必然だ。喜びたまえ、君の言う日常は偽りだ。私は君が他人の知らない言語を話したり、書いたりする原因を知っているし、君の本来もつ力も知っている……。だから私は、君を本当の日常へと連れ戻すことができる」
八彦には、目の前の少女が何を言っているのか分からなかった。それでも、なぜか言うことは信じることができた。
少女のあまりにも自信に満ちた表情が、嘘を語っていないことを証明しているからだ。
八彦は思わず声をもらす。
「あなたは、一体……?」
少女は、自己紹介がまだだったわね、と言う。
「私の名前は峠野美吠呂。言語学同好会会長よ」
棒立ちの八彦を指差し、峠野美吠呂と名乗るその少女は、言った。
「そして……何よりも君と同じ、異世界の言語を話す者でもある」
八彦はその言葉の意味を、この時はまだ知る由もなかった。
これは、新学期の始まりを告げる春の暖かい風が、まだほんの少し舞っている、とある放課後のことだった。
読んでくださってありがとうございます!
作者は皆様からの言葉に飢えおります。
まだプロローグですが、もしご意見ご感想などがあれば遠慮なく申して下さい。お待ちしております。