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エピローグ

 末永は薄明かり自室のベッドで目を覚ます。

 照明器具に備えられているオレンジ色の豆電球が、ぼんやりと天井を照らしている。

 慣れ親しんだ布団の感触と見慣れた天井に、末永は少しほっとした。

 ぼんやりとしていた意識が鮮明になるにつれ、あることに気がつく。右腕の感覚がなかったのだ。正確には(ひじ)より先の感覚が、だが。

 しかも、自分がなぜ自室で寝ているのか、状況を全く理解できていない末永の中に不安が広がる。

 少なくとも昼間の出来事が夢でなかったことを証明するかのように頭の傷がうずく。

 だが、腕の感覚の無さはどうしてなのか。もしかすると、腕がなくなっているのでは、と不吉な予感までも浮かんでしまう。

 自室のベッドで寝ている時点でさほど重大なことになっているはずはないのだが、一度芽生えてしまった不安はそう簡単にはぬぐえない。

 不安を解消するためにも、感覚のない右手の様子を確認しようと顔を動かすと、右手のあるはずの場所に黒い塊があった。

「へ?」

 末永は思わず、すっとんきょんな声を出してしまった。

 そこには、腕をがっちりホールドしてベッドに突っ伏して寝ている義乃の頭があったからだ。

「ふ、ははは」

 さっきまでの暴走気味な不安から一気に解放され、おかしくなってしまった。

 身近な不安が解消され、自分が意識を失ってからどうなったかが本格的に気になり始める。

 もちろん、あれからずっと眠っていた末永に知るよしもなく、後から聞いた話だが――。

 

         ◇

 

 末永が意識を失った後の末永(兄)の取り乱しようは、弟には見せられない有様だったらしい。大慌てで外に待機させていた部下を呼びつけると、誠を預けて自分はそのまま救急車に乗って病院へ移動したそうだ。

 義乃はその様子にあっけにとられてしまって、病院へ付き添うと言い出すのが精一杯だったらしい。ただ、少なからず今日の出来事への責任も感じており、せめて末永の目が覚めるまでは、と看病を買って出ていた。

 しかし、末永(兄)と義乃の行動とは裏腹に、末永本人の状態は頭部を数針縫う程度で即日帰宅させられる程度だった。だからこそ、自室で目を覚ませたし、真っ昼間から寝始めたのだから、真夜中の変な時間帯に起きても全く不思議はない。

 変わって、さっさと病院へ移動してしまったグループから取り残されてしまった感のある誠は、末永(兄)の部下と呼ばれた警察官たちの世話になることとなった。

 誠の具体的な処遇については時間が必要だ。ただ、障害の現行犯で逮捕されたため、これから家庭裁判所での審判で決まるらしい。

 過去に、誠が義乃の養父を殴ったときは、養父の怪我(けが)が末永と同様で数針縫ったぐらいだったことと、養父自身の反省もあり、特にお(とが)めはなかった。しかし、今回はそうもいかないだろうとのことだった。

 逆に当時の養父は、義乃に会わせる顔がないと怪我(けが)が治った後も義乃の前には現れず、別居を始めた。そして、義乃と母親は、義乃の気持ちを考えて狭いながらもあえて賃貸へと移り住んでいた。いつか、義乃が本当のことを思い出して、真実と向き合うことができるようになるまで、と。

 実際のところ、養父は悪い人間ではなかったし、義乃も最初の頃にへそを曲げていただけだった。その影響で接し方がわからなくなっていただけで、決して嫌いなわけではなく、「お義父(とう)さん」とも呼んでいた。

 あの日も、養父なりに娘の大好きなミルキーごっこに付き合おうとしただけなのだ。二人がいつもどおり遊びをしていることも知っていたし、ミルキー自体も予習していた。そもそも、鑑賞会のテーブルに並べられていたDVDシリーズは、当時、養父が義乃のために購入したものだ。

 本当は、二人の間のわだかまりは解消しつつあったのだ。ただ、あの日は酔っていたこともあり、良かれと思ったことが、ひどく裏目に出てしまった。

 それでも、義乃は自ら立ち直り、取り返しのつかないままにはしなかった。

 そして、旧姓、細川義乃は、本当の意味で守野義乃となり温かな家族を取り戻すのだ。

 

         ◇

 

 力強く立ち直りつつある義乃の頭部を、末永はじっと見ていた。

「ん……」

 正直、どうしたものかと迷っていると、黒い塊が持ち上がり、開ききらない瞼と格闘する表情を見せる。

「おはよう」

「おぉはぁよぅ」

 寝ぼけた目をこすりながら、普段の学校でなら決して見せないレアな表情を末永に向ける。

 夢から抜け出し切れない朦朧とした意識で挨拶をしたものの、急に現実に引き戻され、

「って、末永くん起きてたの??」

 義乃は慌てて横になっている末永の顔をのぞき込む。

「今、起きたところだよ」

 義乃が頭を上げたことで、末永の右の指先に向かって血液が一気に流れ出す。そして、正座をしたときにお馴染(なじ)みのジンジンとする感覚に襲われる。

 血液の激流との戦いに顔をしかめる末永は、安堵(あんど)しかけた義乃の心に再び暗雲をもたらした。それは義乃の心を大きく揺さぶり、否応(いやおう)なく昼間の末永の様子を思い出させる。

「急に気を失っちゃったし、打ち所が悪くて目を覚まさなかったらどうしようって思ってたよ……」

 義乃は目頭をこすり、目にたまった涙を拭き取る。その涙は、最初の安堵が原因なのか、不安が原因なのか、本人も理由は定かではなかった。

 その反対の手、つまり、ずっと末永の右手に添えていた手に力が入る。

「う、ひゃ」

「え?!」

 突然の間の抜けた末永の声に、義乃もつられて声を上げてしまった。

「ごめん、右手をそっと……しておいて……くれないかな、しびれちゃってて……」

 その半笑いで痛みとも(かゆ)みとも言える感覚に耐える様子を見て、ずっと末永の右腕を枕にしていたことに気がついた。

 どうしようもなく今更だった。

「ごめんね、私が枕にしていたせいだよね?」

「気にしないで、すぐにおさまっ、ひっ」

 義乃は申し訳なさそうな台詞(せりふ)を口にするが、言葉とは裏腹に作られる表情は素敵な笑顔だ。

 他人が足をしびれさせたと聞けば、突いたり触ったりしに行かなければならない。そんな性根すらも透けて見える笑顔だった。

「頼むよ、くっ。そっとしておいてってば」

 動かすと余計にひどくなることがわかっている末永は、大した抵抗もできず布団から右腕だけを出した状態で大人しくしているしかできなかった。

 気がつくと、義乃は両手で末永の右手を包み込み――。

「ありがとう……」

 少しうつむいて、小さな声で、そう言った。

「どういたしまして、なのかな?」

「そうだよ」

「そうなのかな?」

「そうだよ」

「でも、僕は大したことしていないよ。守野さん自身の強さがあればこそだよ」

 想定していなかった自分を褒める言葉に少し目をそらす義乃。

「ありがとう」

 礼を言う義乃に反応して、末永のほほが緩む。

「そうだよ、守野さんは『あなたの願望を管理しちゃう』人だもんね。最強だよ」

「ちょ、何、突然、恥ずかしいこと言ってるの?!」

 義乃が耳まで赤くして慌てふためく。

 和む空気は、昼間の出来事など(うそ)のようだ。

「そっ、そうだ! 今日できなかった鑑賞会のリベンジするよ!」

 義乃は、動揺を必死に誤魔化すつもりで提案をする。

 その提案に「もちろん」と同調する末永は、思いもよらない願望を追加した。

「そのときは、ミルキー・ウィンドのコスプレも披露してくれるんだよね?」

「なぜ、それをしっ――」

 末永の欲望に義乃は、とても素直に、別の言い方をすればバカ正直に反応してしまった。

 しまった。そう思った義乃は滑らした口を両手で隠したが、既に遅い。

 末永は、にやっと笑う。

「この前、公園で完璧な変身口上を披露してくれたし、期待しているよ」

「もうっ。調子に乗らないの!」

 義乃は、背筋を伸ばすように体を起こすと、プイッと顔を背けた。

 義乃の仕草に、末永のにやけ顔が収まらない。

 二人の間に和やかな空気が流れる。

 義乃としては羞恥心でそれどころではなくなってしまっていたが。

「ところで、あの後ってどうなったの?」

 末永は、にやけた自分の顔を意識しつつも、あまり、しつこくしないようにと話題を変える。

 それを皮切りに始まる少しだけ真面目な話。

 深夜の変な時間に起きてしまった二人の話題はなかなか尽きず、その後、空が白むまで続いた。

 末永が気を失ってからのこと。

 末永が病院に運び込まれて、末永(兄)が予想以上に大変だったこと。

 末永の怪我の具合のこと。

 これからのこと。

 義乃は、まだ具体的にどうすれば良いかはわからないと語った。

 当然だろう、いきなり具体的なビジョンができあがるわけもない。

 ただ、今まで目を背けてしまっていた現実と向き合って、今までできなかったことをたくさんして、今よりもずっと、ずっと幸せになる。

 とても、単純で、当たり前のはずの目標だけは決まっていた。

 やり直すと言うには、まだまだ早すぎるくらいで、無限の可能性と時間が二人にはあるのだから。

おつきあいいただきましてありがとうございます。

もっと短めなものを書こうかなと思っていたら内容も期間も伸び延びになってました。

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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