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プロローグ

「すみません。これ、落としましたよ」

 壁の柱にもたれかかり、参考書に顔をうずめそうな勢いの女子学生に向かって、男子学生がありがちな台詞(せりふ)で声をかけた。

 声をかけられた女子学生が顔を上げると、そこには知らない制服を着た男子学生。

 少し顔を赤らめ白い息を吐き出しながら、差し出してくる見覚えのある封筒。

 つい今し方、カバンに間違いなく入っているところを、確認したばかりの封筒だ。

 何が起こったのか理解できていない少女は表情を硬くし、封筒と男子学生の間で視線を往復させる。

 少しの時間を要して、ことの重要性に思いが至ると、真っ白になる頭。

 奪い取るように封筒を受け取ると深々と頭を下げ――。

「ありがとうございます!」

 近くにいる通行人の視線を一斉に集めてしまうような声で叫んだ。

「あ、いや、その。たまたまだから……」

 男子学生は、予想外に大きな声と、集まってしまった視線に戸惑ってしまう。最後の方ははっきりと聞き取れないような声になり、走り去ってしまった。

「ちょ、ちょっと。待って!」

 視界の隅にあった男子学生の足が急に消えたため慌てて呼び止めるが、声を出したときにはすっかり人混みに紛れてしまっていた。

「あら、ちゃんとお礼する前にいなくなっちゃった……」

 そう言って首をかしげる女生徒は、お礼を伝えられなかったことを惜しんでいるつもりなのだが……。

「何をやっているの? ほっちゃん」

 そこへ少し非難するような声がかけられる。

 しかし、非難されたことを気にする様子もなく、腰に手をあてた状態で振り向く。そして、声をかけてきた相手を見ると口をとがらせ、

「何って何が? まこちゃん」

「まこちゃん、言うな」

 声をかけてきた男子学生が半眼になる。

「えー、だったら(まこと)もほっちゃん言わないでよ。十七歳になる前から、ずっと十七歳みたいじゃない」

 ほっちゃんと呼ばれた少女は口を(とが)らせ謎の抗議をすると、それを見た誠の表情が暗くなる。

「いや、そんなこと考えるの義乃(よしの)だけだよ」

「そんなことないよ。きっと、広い世の中にはたくさんいるはずだよ」

 義乃は腰に手を当てた状態でよりいっそう胸を張り、言葉を続ける。

「それに、今の私は守野義乃だよ。ほっちゃん要素はないの」

「はいはい。そうでしたね。って、そうだ」

 誠は棒読みのような口調で返事をしたところで思い出した。

 元々何を話そうとしていたのかを。

「そうじゃなくて、そもそも何をしていたの? 待ち合わせの時間ギリギリになっても来ないから探してみたら、知らない男子に深々と頭を下げてるし」

「あははは……」

 急に風向きが変わってしまい、あからさまに都合の悪いことがあります、と言わんばかりに目をそらした。

 当然、そこを追求しない者はいない。

「こんな大事な日の朝に、何をしていたの?」

 更に鋭い視線が突き刺さり、ないはずの刺激が加わる。

「えー、そのー。誠、怒らない?」

 視線が泳ぎ、真冬だというのに冷や汗がほほをつたいそうだ。そのような、わざとらしい行動を見せつつ、何を言うべきかを考えた。

 目の前に立つ誠の表情がどんどん険しくなり、まこちゃんと可愛(かわい)らしい呼び方などできない雰囲気をまとっている。

「とにかく、言ってみて」

 それでも、話を進めようと先を促す。とても静かに落ち着いて。

「受験票の入った封筒を落としてしまいまして……。それを拾ってくれたみたい」

「みたいって、随分と他人ごとだね?」

 完全に(あき)れているが、放たれるプレッシャーが、更なる追求となる。

「ごめんなさい!」

「まぁ、謝られても仕方ないけどね。大方、その手に持っている参考書を出そうとして落っことしたんだよね。こんなところでまで勉強だなんて、成績余裕なのに変なところで小心者だよね」

「だって、最後の追い込みは大事なんだよ? 諦めちゃダメなんだよ!」

「はい、はい」

 仕方がないね、と聞こえてきそうな()め息が付け加えられる。

 この二人は駅で待ち合わせののち、高校受験のために志望校へ向かうところだった。

 受験生にとって命の次に大切とも言える受験票の紛失未遂。あわや大惨事になりかねなかった状況にも関わらず、この雰囲気。さすがとしか言えない精神力だ。

「何事にも動じない、そのメンタルが羨ましいよ」

「まかせて!」

「褒めてないよ……。しかも、拾ってくれた人をあっさり見逃して、あっけらかんとしているくせに、受けた恩は忘れないとか言うんだよね?」

「もちろん、だって人生の恩人と言っても過言ではないからね」

「普通、命の恩人って言うのかな」

「まぁ、ねー。でも、受験を失敗したからって死んだりはしないし。でも、人生は変わってしまうかもしれないから、人生の恩人」

「合格前提なのね。義乃(よしの)なら合格は間違いないだろうけど」

 ほっちゃんこと、義乃は満面の笑みでVサインを見せる。

「そうそう、念のため言うんだけど、待ち合わせ場所は南口だったからね」

「え!」

 引き続き冷たい視線を向けてくる誠が、指差す駅の看板。

 大きく示された北口の文字。

 やっちまったー、という義乃の顔。しかし、崩れた表情はたちまち活気を取り戻す。

「あーーーー」

 宝物を見つけた子供のように声を上げ、壁に張られたポスターを指差す。

「懐かしいね。もう、十周年なんだ。小学生の頃は、ずっと毎週一緒に見て、ミルキーごっこして遊んだよね」

 義乃は、反対の手で、近くの肩をたたいて喜びを表現しようとするが、慌てて手を引っ込める。

「そ、そうだね。魔法少女ミルキー・スカイ。天って書いてスカイなんだ……」

 たたかれそうになって身構えたが、肩すかしを食らう。そのような誠の様子を、義乃は気にしている気配はない。

「ふふふ、十周年だから(てん)なんだね。ちょっと考えた人のセンス、疑っちゃうかも?」

 義乃は、ひとり、評論家気取りでニヤリとしている。

「わかりやすくて、良いと思うよ」

 誠の反論に、「そうじゃないんだなー」と口をとがらせる義乃。しかし、

「実際、天って字も素敵だし、ミルキー・スカイって響きも良いね」

 次の瞬間には表情を笑顔に切り替え、両腕を大きく広げて全身で作品を(たた)える。

「ポスターを見る限りでは、一番よく見ていたミルキー・シンフォニーみたいに楽器がモチーフみたいだね。当時のキャラも登場するのかな?」

 ちなみに、シンフォニーには今年の「(スカイ)」同様に漢字があてられ「魔法少女ミルキー・(シンフォニー)」と題していた。

「どうなんだろ? 気になる、気になるー」

 ちょっとした感想にも、義乃はいちいち反応し、テンションはうなぎ登りだ。

 しかし、それをいつまでも許してくれる相手ではない。

「春からの放送をしっかり楽しめるように、今日の受験をしっかり頑張ろうか?」

「はぁーーぃ」

 一気に現実へ引き戻され、返事のトーンは急転直下。義乃の表情の変化が(すさ)まじい。

 直後、「ほら、行くよ」と誠に声をかけられ改札へ向かう義乃。

 その後ろ姿は、昨日は勉強したかなどを話す、ただの受験生だった。


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