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無茶ぶりがあれである

 朝日がカーテンの隙間から差し込んでいる。

 小鳥の囀る声に目を覚ましたフィエンドは、まどろむ意識の中で自分のすぐ傍にいる人物の顔を見て固まった。

 何でシズがここに、と思って、そういえば昨日から同室になった事を思い出す。

 確か、シズを抱きしめてそのまま眠ってしまったのだ。


「こんなに気持ちよく眠れたのは何時以来だ?」


 小さく口に出して呟くと、シズの睫が揺れ動く。起こしてはいけないと思いフィエンドは口を閉じる。

 間近にあるシズの顔を見ながら、フィエンドはシズの顔が随分と大人びて、可愛いよりも綺麗や美しいと称するに相応しい顔である事に気づく。

 時折見せるあの表情は、シズ本来の魅力を強く押し出したものなのか?

 そう思ってフィエンドは不安になる。

 まるでシズが何処か遠くに行ってしまいそうで、抱きしめようとして思い止まる。


 起こしてしまっては元も子もないし、もう少しシズの寝顔を見ていたい。そもそも自分のすぐ傍に、目の前にいるのだからいなくなりしようが無い。

 本当にシズは優しい顔をしている。

 初めてシズに会った時、眩しい光を感じた。

 話していく毎に、優しい風に包まれるように感じる。

 キスをするたびに、フィエンドの体は軽く羽のようになる。


 それまでは苦しくて、痛くて、体の内側が、心すらも壊れていくようだったのに。

 思い通りに動かない体が厭わしく、兄や父達の優しさが辛かった。自由に飛びまわる兄達が羨ましかった。

 そして、そんな事を考えている自分が許せなかった。

 本当は知っていた、家族以外が陰口を叩かれている事を。ずっと知らないふりをして笑っていた。

 その分どんどん惨めになって、療養に行くよう言われた時、正直ほっとした。

 これで自分は一人、死ぬ事が出来るのだと。悪意に抗うだけの力は、自分の中に残っていなかった。


 虚無の海に漂うように、ゆっくりと溶けて消えてしまうのだと思った。

 こんな価値の無い自分など誰も必要としてくれないと思い込んだ。

 なのにあの日現れた鮮やかな光。

 そんな自分を好きだと言ってくれたシズ。

 シズとしていた会話は何気ない話であったのに、ただ一緒にいるだけで満たされるように幸せだった。

 そこでフィエンドは、随分沢山の物をシズから貰った事に気づく。


「貰ったものは返さないとな」


 そう、フィエンドはシズの額に軽くキスをする。

 と、シズの瞼が開いた。まだ半分夢心地のようなシズに、フィエンドは微笑みかける。


「おはよう、シズ」

「おはよう、フィン」


 目を軽くこすって、シズはフィエンドに微笑みかけて、そのまま触れるだけのキスをする。


「おはようのキス」

「ああ、約束だからな」


 そこでフィエンドとシズは視線に気づいた。

 エルフィンとオルウェルが先ほどからのやり取りを半眼になりながら見ていたようだった。

 エルフィンがじっとフィエンドの方を見て、


「……僕にはそこまで優しくなかったのに……」

「……シズは特別なんだ」

「ええ、そうでしょうね。そういうわけですから、オルウェル、僕にキスしなさい」

「……ちなみに私に拒否権は?」

「ありません」


 きっぱりと言い切るエルフィン。その様子に少しだけ困ったような顔をオルウェルはして、エルフィンの両頬にオルウェルは手を伸ばし、キスをする。

 そしてそのままオルウェルは舌を入れて、


「んんっ……」


 エルフィンがびくんと体を震わせた。舌の絡まる音がして、珍しくエルフィンに余裕が無いようだった。

 そしてゆっくりとオルウェルの唇が離される。


「どうだ? 私のキスは」


 オルウェルがそこはかとなく、自身ありげに問いかける。だが、


「……オルウェル、誰が相手ですか?」

「え?」


 オルウェルは、何を言われたか一瞬よく分からなかった。

 しかしエルフィンが、いつものような笑みを浮かべているが怒っている事は分かる。

 けれど、何故なのかが分からない。

 そうこうしている内に事態は更に悪化していく。


「ふふふ、油断しました。まさか貴方のように経験もあまり無いような人が、ここまでのキスを出来るようになるなんて。相手はどこの馬の骨ですか?」


 エルフィンは相変わらず柔らかくふんわりと笑っている。

 しかし有無を言わせない迫力がある。

 そしてオルウェルは、その問いに答えられなかった。


 何故なら、オルウェルはエルフィンが去ってからずっと、さくらんぼの柄の部分を口の中に入れて結ぶ練習をしていたのだ。

 そんな涙ぐましい努力を、この場がエルフィンだけならまだしも他に二人もいる中で話せない。というより知られたくない。特にフィエンドには。

 それに今回その成果が出せて、エルフィンも喜んでくれるかなとオルウェルは楽しみにしていたのに。

 だが押し黙るオルウェルの様子がエルフィンの神経を逆なでする。


「そうですか、僕に言えないような相手ですか」

「!、いや、違う。そういうわけでは……」

「言い訳は聞きたくありません」


 取り付く島も無い。しかし、そこでエルフィンが妖艶な笑みを浮かべた。


「……でも、相手の技術は低いですね。僕の方がよほど上……」


 そう言いながら、エルフィンはオルウェルの頬を優しく撫ぜる。

 ぞくりとした得体の知れない感覚にオルウェルは後ずさる。

 けれどエルフィンは逃がすつもりなど無い。


「貴方が僕以外の誰かに調教されたなんて許せない……そいつの影が貴方にちらつく事が許せない。だから僕が直々に手ほどきしてあげますよ。オルウェル、ありがたく思いなさい、返事は?」


 オルウェルは真っ青になりながら、こくこく頷く。

 とりあえず下手な言い訳をするよりは素直に従った方が良さそうだとオルウェルは判断した。

 そんな二人を見て、シズがフィエンドの顔をじっと見つめる。


「どうかしたのか?」

「僕も、エルみたいに舌を入れるキスの方が良いのかな?」

「シズがしたいのならそれで良いし、俺はシズがしてくれるなら何だって良い」

「フィン……大好き」

「ああ、俺もだよ」


 そんないちゃいちゃしているカップルが羨ましいのか、エルフィンとオルウェルがお互い顔を見合わせて、頷く。

 そして、オルウェルが時計を指差してエルフィンが再び頷いて、にやりと悪い笑みを浮かべてシズとフィエンドに言った。


「所でシズさんとフィエンド、今が何時だか知っていますか?」




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"





 いつもよりも遅い朝食を取りに食堂へ行くと、人だかりが出来ていた。

 そこを、シズ達が覗くとそこには写真の束が。


「たあっ」


 シズがその写真を奪い取ろうとしたが、相手も手馴れたもので即座にそれらを隠す。

 それを合図に、集まった人だかりがちりじりに逃げた。

 それに目もくれず、にっこりと写真を売っていた彼、リノは微笑んだ。


「おはよう、シズ。今日はいつもより遅いね」

「うん……では無くて。僕の写真が何故こんなに焼き増しされているの!」

「いや、昨日の午後から、学園内攻め度ランキングに異変があってね。エルフィン様が唯一攻めにまわれそうな逸材が……という新たな流行というか、萌えが」

「つまり?」

「シズ総受け」

「ふーざーけーるーなー」

「いや、でもそれはもう既に誰もが思っている事だから」

「フィン! そんな事ないよね!」


 カッと目を見開いてシズはフィエンドの方を見た。フィエンドにそれを聞くのかと、フィエンド以外の誰もが思った。が、


「そうだな、シズが他の誰かとなんて、俺は許せないな」

「そうそう、僕が総受けなんて酷すぎるよね!」


 盛大に独占欲丸出しなフィエンドと、それにまったく気付いていないのに、会話が成立しているようなシズ。

 だが、流行を抑えるのも商売人としての大切な勤め。


「でもねシズ。売れるって事はそれだけ皆が魅力を感じているってことなんだよ?」

「……そこに、エルフィン×シズセットってあるけれど」

「いいじゃないか! 夢というか妄想の一つや二つ! 別に、取って喰われるわけでもないし!」

「どんな妄想ですか! しかもそっちのリノ×シズって。リノにはロイと言う恋人がいるでしょう!」

「マニアックなカップリングは、市場規模が小さいけれどその分競争相手が居なくて、需要の割りに供給が追いついていないから美味しいんだ!、分からないの!」

「そんな事言われたって、僕は嫌だ!」

「そうなんだ。僕達の友情もこれまでだね」

「友達を売ろうとしている人が、何を言っているのですか!」

「人聞きが悪いな、写真だよ? しゃ・し・ん」


 そこで何かを思いついたようにリノがにやりと笑った。


「……じゃあこういうのはどう? ついでにエルフィン様も」

「僕もですか?」


 先ほどから、面白そうに経過を見ていたエルフィンにリノが言う。

 何か悪い事を考えている。

 シズは直感で思ったが、今までの事を鑑みるとそれが阻止できた試しがない。

 だが、今回はシズにとってもお得なお話だった。


「フィエンド様とオルウェル様にメイド服を着せます!」

「「何でだ!」」


 先ほどまで黙っていたオルウェルも含めて、フィエンドも一緒に叫んだ。今回はそんな事をお互い気にする余裕も無いようだった。


「いえ、だってエルフィン様もシズも二人のメイド服姿を見たくありませんか?」

「「せひ!」」

「いや待て、シズ。俺のメイド服姿なんて……」

「きっと似合うよ! だってフィンはすごく綺麗だもん!」

「いや、でも……」

「そうしたら僕も嫌だけど……メイド服を着るから! 一緒に写真をとろうよ!」

「分かった。俺も着る」


 フィエンドは、シズとのツーショットに思考が麻痺し頷いていた。

 そもそも、そのまま二人で写真を取ればいいという事にフィエンドはまったく気付いていなかった。

 一方、オルウェルとエルフィンの二人は、


「オルウェルのメイド服姿が僕は見たいですね!」

「……嫌だ、絶対に嫌だ」


 ふるふると怯えたように首を振るオルウェルに、エルフィンはふんと笑った。


「分かっていませんね。貴方は僕の気持ちがまったく分かっていません!」

「え?」

「何時だって僕はオルウェルの事を思っているのに、それを拒むのですね……」

「いや、そんな事はない。でも、メイド服は……」

「それを着れば、少しは僕の気持ちが分かるのではないですか?」

「いや、そんな事で……」

「貴方は試す前から全てを否定するのですか?。見損ないましたよ?」

「う、うう、分かった。着る、着るから。それで良いだろう!」


 何故私までと、ぶつぶつ呟くオルウェルにエルフィンがにやりと再び笑う。

 あ、悪い事をまた考えている、とシズは思ったがとりあえず沈黙しておく。まだこっちに害が来ると決まったわけではない。


「それで何時にするのですか?」

「うーん、今、かき入れ時だから来週の月曜日かな?」

「今日が木曜日だから……」

「四日後。明日も忙しいし、土曜日と日曜日にロイと外でデートして、ペアカップ買うんだ」

「いいな、ペアカップ」

「この前、割ってしまって新しいものを買うんだ!。本当に、作るのに時間がかかってどんなに大事にしても、壊れるとなれば一瞬だからね」

「なら、今度はそう簡単に壊れないカップを買えばいい。そういう魔法のかかったカップも売っているのでしょう?」

「うん、壊れるなんて縁起でもないからね。そういうのにしようってこの前ロイと話したんだ。僕達の愛がずっと続くようにって」


 嬉しそうに話すリノに、シズも自然と微笑む。

 そこで、ロイが食事をトレーに乗せてやってきた。


「みなさん、良いのですか?。もう時間が……」

「まずい! 急いで朝食を食べないと!」


 オルウェルの焦った声に、シズ達も続いて駆け出す。最後にエルフィンがチラッとリノに注文を付け加えた。


「……オルウェルのメイド服はミニスカートでお願いします」

「……いいのですが、どのような理由で?」

「オルウェルが恥ずかしがって、スカートをのばそうとしているのが見たいからです」

「……前から思っていましたが、エルフィン様、さりげなくSっ気がありますね」

「どこぞの誰かと浮気しているオルウェルには良い薬です」


 にっこりと微笑むエルフィンに、リノは、はてと思う。

 オルウェルが浮気をした話なんてあったかなと。

 あったとしたら自分の操作網に穴があるので埋めないといけないが、それを贔屓目に見ても無いようにリノは思えた。

 オルウェルのエルフィンの執着がどれほど凄いのか、エルフィンは分かっていないのではないのか?

 そこまで考えて、リノはエルフィンとシズは一見似ていないようで似ていると思った。

 思って、もしかして自分もそういう所があるのではないかと思って、自分だけは違うと心の中で言い聞かせた。そこで、


「エル! エルの分も貰ってきたよ!」

「そうですか、では、リノさん、また」

「ええ、また」


 そのままそれぞれ慌てて食事を済ませつつ、その時シズは気が付いた。

 リノが明日忙しいのって写真を売るためなのでは無いかと。

 でも、フィンのメイド姿が見れるならいいかとシズは思った。

 ちらりとフィエンドの方を見て、シズは本当に綺麗だと思う。

 思わず見とれて食べる手を止めてしまうシズにフィエンドは気付いて、そして苦笑した。


「シズ、頬に付いているぞ?」

「え、どこ、どこ?」

「ここだな」


 ひょいと手を伸ばして、フィエンドはシズの頬に付いていた人参の欠片を取り、そのまま口に含む。

 その仕草に、シズはどきりとしてしまう。

 けれど、以前、フィエンドと知らずにされた時程に体は熱を帯びない。

 その事に、何故だろう、とシズはふと疑問が湧く。

 そして不安を感じる。シズはフィエンドの事が好きなのに。


「シズ、早く食べないと遅刻するぞ?」


 それに頷いて慌ててシズはパンを頬張る。美味しい。

 そして、食べ終わって別れる時、


「シズ、空いている時間に幾つか聞きたいことがあるんだが、いいか?」


 オルウェルとエルフィンが、少し緊張したようだった。

 シズの答え方によって、まずい事になるからだ。だが、


「お昼休みは用があるから、放課後でいいかな?」

「昼休みに誰かと会うのか?」

「? 会わないよ?」

「そうか、ならばいい」


 変なフィンと苦笑するシズ。

 その様子を見て、オルウェルとエルフィンは心の中でガッツポーズをとった。

 そしてオルウェルは心の中で思った。

 良かった。本当に良かった。生きてて良かった。

 そんな事とは露知らず、シズは幸せそうに微笑んで食事を済ます。

 そしてまた放課後にと、シズ達は別れた。

 そしてすぐにシズは振り返る。

 去って行くフィエンドとは違う方向から見知らぬ人物が数人、そう、ばらばらの席の人達が見ていた。

 シズが見返すと彼らは目をそらす。


「シズさん、どうしましたか?」

「……何でもないよ、行こう」


 シズは歩き出す。

 あいつらは嫌な感じがする。

 本当に、“人”である事は難しい。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"





 魔法薬の授業にシズとロイは組んで受けていた。


「えー今日は、サトラレの葉から媚薬の抽出を行います」


 シズが噴出しそうになった。またなんでそんなものをと思うも、教科書の最後に、好きな相手への積極性は大事です、と書いてある。

 色々思う所はあったが、シズは考えるのを止めた。

 とりあえず教科書通りに、まず透明な植物などの液体化石に葉を大量に浸し、濾してから液体化石を加熱して飛ばす。

 その時に出て来た白色結晶を少量の液体化石に溶かしておく。

 次に下が細くなり開閉式の栓の付いた硝子管に、綿やら、白い大きい粒の砂、液体化石を加えた水晶の極め細やかな砂を入れて、その一番上に、先ほどの抽出した結晶を溶かした液を落として吸着させる。


「水晶は魔力成分を引き付ける力があるから、それを利用して媚薬成分のみを分離させます。また、吸着させる時間は20分程度にしてください。様子を見て、続きを説明します」


 と、先生が話しているので指示通りに。

 液体化石の臭いはあまり好きでは無いなとシズは思った。

 そしてシズとロイも、とりあえず一通り終わり待ち時間ができる。


「あの、この前はベッド、ありがとうございました」

「そうか、役に立ったのは嬉しいが、もう使わなかったりするか?」

「……すみません。あ、でももしかしたなら、後々使う事に……」

「使わない事になっていた方が平穏なのだから、謝る必要は無い」

「そう、ですね」

「そういえば何か聞きたいことはあるか?。この前は、色々あって話す機会が無かったから……」

「えっと、あの、ベッドの入っていた硝子球は何度も出し入れできるものはありますか?」

「いや、あれは一回のみだ。元々そういう目的で作られたものだし、小さくして入れるにも複雑な技術が必要だから難しい」

「……そうですか、残念です。部屋のベッドを何処に収納しようかと思ったのですが、しばらく置いたままかな……」

「それに元々軍事用のものだから値段も高い。あれは中に炎の魔法などを入れて敵に投げつけて破裂させる、といったものを平和的に利用したものだから。それに扱いも気よつけないと壁にはさまれて圧死も考えられる」

「ちなみにお値段は」


 その値段を聞いてシズは無理だと思った。

 ただでさえ節約しないといけないのに、アルバイトをしないといけないのに、数か月分が無かった事になる。

 そこで、ロイが心配そうにシズに問いかけてくる。


「シズはフィエンド様を捨てて、三年のイル先輩と付き合うことになったって本当か?」


 さすがに今度はシズも噴出した。


「誰ですか! 誰が流したのですかそんな嘘!」

「いや、そこら中で話題に」

「無いですから。ただ、お友達からとは言いましたが」


 シズのその言葉に周りがざわめく。


「……多分他意はないのだと思うが、誤解を招く言い方だと思う」

「いえ、良い先輩だと思ったので……」


 更にざわめきが増す。


「シズ、言葉には気よつけた方が良い。誤解を招く言葉が回りに広まれば、それが“事実”として認識されてしまう。シズはフィエンド様が一番好きなのだから」


 言われてシズはしまったと思った。忠告されていたのはこの事だったのかと。

 ちなみにオルウェルもエルフィン、アースレイ学園長も、シズに嫉妬しまくりなフィエンドが何かを仕出かす事を警戒していたのだが、シズはフィエンドがそんなに嫉妬深いなどと気づいておらず――ちなみに、シズに向ってはフィエンドもそういったどす黒い面をあまり見せないので仕方が無いが――フィエンドに迷惑をかけてしまうと悲しくなり、反省する。


「本当に、言われないと気づかない事って多い……ロイ、ありがとう」

「いや、俺もシズの事は気に入っているし、リノもシズの事を気に入っているから。所でリノが今朝、フィエンド様とオルウェル様にメイド服を着せようと画策していたようだが……シズとエルフィン様も賛成したんだって?」


 周りのざわめきがピタリと止んだ。そして、何やらこそこそと話し合う声がして、シズから見える範囲の全員が頷いた。

 シズは意味が分からない。と、


「ええっと、あれ?」

「皆さんが僕達の味方になったって事です」

「エル!」

「暇なので遊びに来てしまいました。やっぱり誰もが一度は思いますよね。オルウェルも可愛いですし」

「そうそう、フィンは可愛いものね」

「特に、オルウェルの時々不安そうに見る瞳が、幼さが滲み出て本当に可愛らしい」

「フィンだって、僕の頭を撫ぜる時、本当に優しく微笑むんだ。昔と同じで可愛い。本当にフィンは可愛い」


 何やら二人そろって頷いて、とうとうと自分の恋人?を可愛いと賞賛する。

 ちなみにこれらの発言を、周りの人たちは首を横に振りながら聞いていた。

 フィエンドもオルウェルも、可愛いと言える様な甘さのある容姿ではない。

 だが、この二人のフィルターを通すと可愛く見えるらしい。


「あまり失礼な事をしないよう、リノに言っておかないと」

「そんな事無いよ!、リノのおかげでフィンの素敵な姿が見えるんだもん!」

「そうです!、僕だってオルウェルのそんな姿が見れるなんて!、リノ様々です!」

「……そうか。でも、リノは思い付くと突進してく傾向があるから、注意をしておかないと。俺の大切な人だから」


 エルフィンとシズは顔を見合わせた。

 確かに、オルウェルとフィエンドの二人にそんな事を言ってのけるのは、危険と言えば危険だとエルフィンは納得する。が、シズは、


「そっか、フィンとオルウェルを怒らせちゃうかもと、ロイは心配なんだね。でも二人とも酷い人じゃないから大丈夫だと思う」

「……そうだな」


 何処と無く、ロイの返事が投げやりだった。

 エルフィンはなんとなくロイの気持ちが分かる。

 リノよりも怖いもの知らずなのはシズなのを忘れていた。

 それが魅力だと言えば魅力なのだが、不穏な気配が立ち込める今、どう転ぶか分からない。


「えー、ではそろそろ次の操作に……」


 先生が話し始めたので、エルフィンはシズにまた後でと別れたのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"





 授業が変更となり、本日も野外での魔法演習となったフィエンドとオルウェルが、二人そろって話していた。

 現在順番待ちの休憩する傍ら、何か天変地異の前触れであるかのように二人で仲良く話していた。

 ただその光景でも何時対立に発展するか分からないので、周りの人間はほぼ近づかない。

 今回は、取り巻きにも来ないように言っているので二人だけだった。


 何処から話が漏れるかわからないのと、取り巻き達が勝手に気を利かせて行動させないためだった。

 そしてこのように幾分敵意を薄らげて話せるのも、シズのお陰だとオルウェルは分かっていた。だから彼に敬意を表すると同時に、エルフィンと共に居たので精神的にも穏やかになった理由もあり、フィエンドと神殿の情報交換をすることにしたのだった。

 先に口を開いたのはフィエンドだった。


「今の所、神殿に目立った動きが無い、そっちはどうだ?」

「こちらもだ。私の方も特に。父達にも聞いたが、そのような動きは無いと。ただ、影で何かが蠢いていると私は聞いた」

「……また、エルフィンの予知を使って、どういった経緯で何が起こるかを推定して手を打つ必要がある、か」

「前回は、あちら側の予知者の力が弱まったからな。今回もそうなると都合が良いのだが」


 そのオルウェルの言葉に、フィエンドは確かに、と頷くも、それ関係の不安要素を口にする。


「前回上手く行った一番の遠因は、エルフィンがあちら側に付かなかった事だ。ただ、エルフィンがあちらに付かなくて済んだ原因は、エルフィンが都市の壊滅の予知を外したことに起因する。それを考えるとエルフィンの予知もどの程度当るか分からない」

「だが、その都市壊滅の予知以降、最近までは良く当っているのでは?」

「一斉に予知者が不調、というのも、少なくとも記録される範囲では今まで無かった出来事だ。予断を許さない。それに……」


 そこで、フィエンドは言うかどうかを迷った。あまり危険に晒したくは無いが、彼がどう動くのか最近ではフィエンド自身が良く分からないので、いざという時の事を考えて話すことにした。


「……シズは、エルフィンの予知に出てこない」

「? それは断片的だから、という意味か?」

「違う。予知した場所に、シズが居るはずが無かったのに居た」

「……運命を変える力がある、という事か?。……そういえば図書館でも、禁止区域に許可も取っていないのに警報もならず居たが……」

「……あそこに?。禁書の類もあるあそこか?」

「その廊下の所だがね。……魔法が無効化される力があると思ったのだが……」

「部分的に解除したならば分かるが、完全に無効化は無理だろう。第一それが、シズに元々備わっている力なら、魔法は使えない」

「……そうなんだ。だから、シズの能力の概念が分からない」

「そうなるとどう使えばいいのか分からない、そうお前は言いたいんだな」

「ああ」


 その言葉に、フィエンドは冷たく笑った。


「なら、シズは使わなければいい。そうだろう?」

「! みすみす有利な手札を捨てるのか!」

「シズに何かある事の方が俺には重要だ。全てからシズを守ると決めたから」

「……だが、シズがただ守られるだけで居ると思うか?」

「下手に動きそうなら閉じ込めれば良い。大切なものは綺麗な箱の中にそっと閉まっておくものだ。そうだろう?」


 そう何処か楽しそうに笑うフィエンドに、オルウェルは病んだものを感じた。

 そしてその大切なものは、自分から箱の中から抜け出しかね無いことに気付いているのだろうか、とオルウェルは思う。

 特にフィエンドが危険に晒されているなら尚更だ。

 だが、フィエンドにいっても聞く耳を持たない事も、オルウェルは嫌でも長い付き合いから予想が付いた。


「取りあえずは、エルフィンに予知を聞くことからだな。この前聞いた時は特に動きは無いといっていたが」

「そうか。ならばしばらく安心していたい所だが、シズの場合予知に映らない。シズが神殿と接触した事を考えても、そちらから仕掛けてくる可能性があるか……見張りを増やすか」

「何人つけているんだ?」

「五人程。だが、突発的な行動についていけないと、何度も苦情が来ている。それに、アースレイ学園長も何人かシズに監視をつけているらしい」

「……そういえば、シズはアースレイ学園長の想い人の甥だからという割には、待遇が違うようだが……何かあるのか?」

「……アースレイ学園長に直接聞いた方がよさそうだな、シズの事を」


 そこまで話して、二人の順番が来て、いつものようにライバル心剥き出しでオルウェルががんばっていたのだった。





。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 昼休みになると同時にシズが駆け出した。


「それじゃ、また後でね!」


 ロイに手を振って駆け出すシズ。

 クリーム状の媚薬の入った硝子の小さなケースを片手に走っていく。

 それを追いかけるように生徒が複数人走り出す。そして廊下に出た瞬間にシズを見失ったらしく全員が頭を抱えて、もう少し大人しくしてくれないかな、とお互い慰めあっていた。


 ちなみにオルウェルとフィエンドの両方の配下の生徒達だ。

 彼らは今、シズという人物を中心としてお互いの中に奇妙な友情を芽生えさせていた。

 それは良いとして、いつまでもそうするわけにもいかず、手分けして探し始める。

 探査の魔法でシズの行方が掴めないと嘆いて走っていく彼らにロイは同情した。そこで、


「ロイさんでしたか、少しお話をよろしいですか?」

「すみません。これからリノと約束がありますので」

「そうですか……ではリノさんと一緒に」

「いえ、リノと二人きりの用がありますので、本当に申し訳ないのですが失礼します」


 人を魅了する笑顔のエルフィンに、にこやかにロイはお断りする。

 それを察したのだろう、それでもエルフィンは食い下がる。


「少しお話をさせて頂きたいだけです」

「あ、あんな所に……」


 ロイは指をさすと、エルフィンとその親衛隊もそちらに目が行く。 

 その瞬間、ロイは彼らと反対方向に全力で走って逃げた。

 少なくとも会話しなければ、相手は接触出来ない。なので、都合の悪い時の最終手段として、ロイは幼い時からどれだけ速く逃げられるかを教育されていた。

 ある程度走ってから、後ろを振り向いて付いて来ていない事をロイは確認する。


「……あまり関わらないようにしないと、あの人には」


 エルフィンは神殿の“姫”だ。逃げられたとエルフィン自身や、それこそフィエンド様、オルウェル様を含めて思っているかもしれないが、彼の力も含めて手放すだろうか?。


「一番厄介なのは、エルフィン様自身の魅力」


 力は代わりがある。けれど彼の人を惑わす魅力は、古来より数々の物語が語るような傾国の美姫そのものだ。

 狂った妄執が彼の周りを渦巻いている。

 一番厄介な類の感情。そう、エルフィンを想う相手が厄介なのだ。

 そして、前回のアレで減ったとはいえ全てを排除できたわけではないというのに……。


 なのに、何で自分は、リノを近づけさせた?。

 ロイは立ち止まって、おかしいことに気付いた。極力、エルフィンにリノを近づけさせないようにしたのに?。それが何故、メイド服を着せるとか、そんな事に?。


「あー、薄れてきちゃったみたいだね」

「誰だ!」


 振り向くと、黒いローブの男が居た。ロイは警戒して、周りを確認する。

 人は居ない。

 窓の外から、ボールで遊ぶ人の声が聞こえる。ここは二階だ。

 それに対して、昼休みとはいえ人が少な過ぎるようにロイは感じた。まるで、人払いされたように……。


「面倒だな、君みたいな子は。理屈屋だからね。矛盾に気付きやすい」

「……誰だ?」

「アンノウン、て名乗るのが最近の趣味かな。いやー、お偉いさん方の頭の中にあるお花畑をやれって言われるのも大変なんだよね」

「神殿の者か」

「そうそう、リノ君を守るために、君は了解してくれたはずなんだけど」

「何の話だ?」

「あれ、あんまり驚かないね。……効きが悪いのか、うーん、改良が必要かね? 君、実験台になってくれない?」

「俺には意味が分からない」

「そういう嘘は良くないな。本当は覚えているでしょう?。でないとそこまで落ち着いていられるわけが無い」

「リノに何をするつもりだ?」

「あれ、覚えていないの、本当に?。うーん、本当みたいだね、ならいいや」


 男は相変わらず楽しそうだ。


「あの可愛い子、リノちゃんか。ああいう子すっごく好み……わーお、そんなに怒らないでよ。分かっているでしょう? 一度でも神殿の上層部に気に入られると逃げるのが難しいって」

「……代わりは幾らでもいるだろう」

「それがさー、聞いてよ。あの子が良いって言ってる奴がいてさ、僕ちゃんに取ってこないとお前を代わりにするぞって言われているんだ。酷いよねー」

「お前が代わりになれ」

「えー、そういうの趣味じゃないからお断りだなー。というわけで、君に動いてもらおうかなって思ったんだけど……窓の外に、超怖い人がいるから逃げるわ。じゃねー」


 次の瞬間、窓ガラスをぶち破り、巨大な剣がその黒ローブ男のいた場所に突き刺さった。

 けれどその黒ローブ男は上手く避けて駆け出す。

ロイは壁へと突き刺さった剣に気を取られて、追い損ねる。

 仕方が無いので剣の飛んできた方向を見ると、黒髪の庭師らしき人が壊れた窓から入ってきた。


「はあ、まったく。危なかったね、君」

「あの、助けて頂いたようでありがとうございます」

「ああ、良いって。僕がしたのは結局、窓を壊した事くらいだから」


 そう言って、その人は剣を壁から引き抜いて、何事かを唱えるとその剣はふっと消えてしまう。

 よく見るとその人の手に巻きついている紐状の腕輪に、硝子玉のようなものが一つ付いている。

 ロイは、それが取り出し収納の幾らでもできるものだと気付いた。

 そんなものを一体どうやってと思うけれど、それ以前に彼自身も得たいが知れない。

 なのにまったく敵意を抱かせない人だった。

 彼は、更に付け加える。 


「あと、僕が君を助けた事は黙っていて欲しいんだ。まだ、ただの庭師で居たほうが良さそうだからね」


 はははと朗らかに笑う。

 奇妙ではあるが悪い人ではなさそうだとロイは思った。そもそも、


「……恩人の方がそう言うのであれば」

「助かるよ。まだあいつには会いたくないしね。ついでに後で、魔法を解除してもらった方がいいよ。シズにね」


 シズの事を知っているらしい。


「……貴方はいったい……」

「その魔法が結構厄介でね、昔よりも術が複雑になっているから僕ではもう元に戻せそうに無いんだ。記憶操作に、特定の人物のみに警戒心を緩くする魔法。面倒な……」

「けれど、それらはそう簡単に短時間にかけられるものではないはず……なのに俺は、どこで?」

「この前の春休みあたりにかけられたんじゃない? 随分大勢が、夜遊びで家に帰らなかったらしいから」

「!」


 事情通らしい彼に、ロイは警戒を少し覚えるも、彼は全然気にしない。


「本当は、シズを探していたのだけれど、たまたま君とオーエンの姿が目に入ってね」

「オーエン?」

「さっきの奴……今は違う名前名乗ってた?」

「アンノウンだと」

「そっか。大抵あいつが一番の黒幕だからな……君も用心した方がいいよ?」

「肝に銘じておきます」

「とはいっても最初から聞いていた限り、リノって子は目は付けられていないけどね」

「え?」

「だって黙って攫ってしまえばそれで終わりじゃないか。それなのにわざわざ君にそれを言うのは君を使いたいって事なんだ。そのために脅してる」


 言われてみればそうだった。ロイは、少し頭に血が上っていたようだ。


「……確かに」

「そうじゃなきゃ、あいつがべらべらしゃべるわけが無い。君に何か利用価値があるから。それとも魔法の聞き具合を見に来たか……両方だろうな。あいつの事だから」

「魔法が解かれても、あいつの思い通りの行動を俺が取る可能性は?」

「さあ、でも君、シズと友達でしょう? なら大丈夫だよ」

「……どういう事ですか?」

「シズはそういう子なんだ。あの子の事これからもよろしくね」

「いえ、意味が分かりません」

「いちいち考えるとハゲるぞ?」


 ハゲるのは嫌なので、ロイは考える事をやめた。

 そもそも、はぐらかしているのならこれ以上聞いた所で情報を得られない。

 自分で調べて考えるしかない。


「さてと、またシズを探さないと。本当に跳ね回ってばかりいるから捕まえるのは大変なんだよな」


 疲れたようにため息をついて、それじゃあ、と手を振ってその人は再び壊れた窓から外に出て行った。

 そこで、ロイはある事に気づいた。


「普通に階段から建物を出て行くべきなのでは?」


 確かに窓からの方が速いと言えば速いが、このズレた感じに見覚えがある気がする。

 シズにそっくりだ。黒髪な事も含めて。

 特に無茶振りが。


「深く考えないでおこう」


 考える事は他にまだ沢山あるのだから。それに、その事については考えた所でよく分からない事になるだけなので、結局は時間の無駄なのだから。

 今考えないといけないのは、どう上手く立ち回るか。それにはまずかの人が言ったようにシズに魔法を解いてもらう事なのだが……。


「一緒にシズを探せば終わりなのでは?」


 何だろうこの間の抜けた感じ。

 どの道、ロイはシズと午後の授業で会うからかまわない。そう考えてロイは再び考えるのを止めた。



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