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言ってはいけませんよ……という忠告

 放課後がやって来た。全ての仕込を終えて、シズはホクホク顔である。


「皆、驚くだろうな。それとも嫌がるかな?」


 くすくすと悪戯が成功するかを待ちわびる子供のようにシズは笑った。

 今頃呼び出されてアースレイから話を聞いているだろう。

 さて、何処の部屋に移動になるかに気付くか気付かないか。もっとも、シズに何処の部屋にするかを聞くのだろうとしか思わないだろう。


「誰が敵で、誰が味方か」


 敵だと思っていたものが本当は味方であったり、本当の敵は隠れていたり、はたまた無能な味方が一番の敵だったり。

 まずは話して、聞かないといけない。そのための壁を取払わ無ければならない。

 もしかしたならとシズは思うのだ。

 自分が彼らに見逃された理由。

 あの時体を弄られて、あの黒いローブの男の発言から、シズをそのまま連れて行ってしまえば良かったのだと思う。

 それなのに何故ここにシズは残っているのか。

『もう、フィエンドに協力するのは嫌だ』

 オルウェルのその言葉がシズの耳に残っている。

 以前は協力したのに内部は崩壊寸前。そう、弱体化している。

 そしてシズという因子が現れた。

 その崩壊の引き金にするために? 彼らはそのために見逃している?。


「お断りだよ。フィンは僕が守るから、昔みたいに笑っていて欲しいから」


 ただ昨日の事もあって、人目のある場所にいる事が一番だろう。

 白い花の木々の並木道通り。ひらひらと舞い降りる花弁の中を駆けて行く生徒達。

 夕暮れ時にはまだ時間がある。そういえば花園の迷路には行きそびれてしまっている。

 その季節の花が咲き乱れる学園の名所の一つ……と説明があった。


 その場所は賑わっていて、全体としては二人連れが多いと言うか、カップルがそこかしこで幸せそうにしている。

 シズはフィエンドとここに来たいなと思った。

 色とりどりの花が咲く中、やはりあの白い花の花弁が所々に落ちている。それが再び風に舞い上げられて、更に遠くへ遠くへと運ばれていく。

 その中の一枚の花弁が、シズにはやけに目に付いて追いかける。

 その花弁が微かに金色の燐光を纏っている。

 周りの人達は気付いておらず、シズはこれに心当たりがあった。そこで、


「僕の“妖精”!」

「うわっ」


 シズは突然シズに向って飛び込んできた人影を慌てて避ける。

 その人影の人物は、前のめりになり地面に倒れた。

 その人の銀色の髪が、風に揺られている。


「うう、痛い」


 顔面からはさすがに痛いだろうとシズは思った。一応手をシズは差し伸べる。


「大丈夫ですか?」

「!」


 顔を上げて、ぱあっと顔を明るくさせるその人はシズの手をガシッと掴んで立ち上がった。

 その人の背丈はシズよりも少し高いくらいで、無邪気な青い瞳が印象的な綺麗というよりは可愛いと称される美貌の人だった。

 彼は顔についた泥を払う事もせず、掴んだ手にもう片方の手を添えてシズに向って真剣な瞳でこう告白した。


「結婚を前提にお付き合いしてください!」


 シズが固まる前に、周りからどよめき声が上がって、次々とカップルが逃げていく。

 出来る事ならシズも逃げたがったが、手を掴まれて逃げ出せない。

 後には、シズとその人と、その人の友人らしい人が一人残される。

 その人の友人らしい人がため息をついた。


「イル、初対面の人にいきなり結婚を前提にお付き合いしてください、は無いよ。まずは名前を名乗る事から」


 イルと呼ばれた人は、わたわたと慌ててからしゅんとしてシズに謝った。


「ごめん、僕の“妖精”。僕の名前はイル。そして彼が友人のレイクだ。僕達二人ともここの三年生なんだ」

「あ、先輩でしたか。僕は……」

「シズ・アクトレスでしょう? 有名だものね」


 イルではなく、レイクがそう言って小さく笑う。

 シズはどういう意味で有名なのかが非常に気になったがそれよりも、イルに聞かなければならないことがある。


「あの、僕の“妖精”ってどういう意味ですか?」

「実は僕、君に一目惚れをしてしまったのです!」


 シズは何か不思議な事を言われた気がして、首をかしげた。


「もう一度よろしいでしょうか?」

「一目惚れしました! 結婚してください!」

「無理です。お断りします」

「即答! そんな、少しは考えてくれてもいいのに!」

「いえ、初対面でいきなりそんな事を言われても」

「初対面じゃないよ! 昨日会ったもん!」

「え?」

 

 シズの顔から笑みの表情が消えたが、すぐさま取り繕うように笑った。


「……貴方は、神殿の人じゃない。だから、僕は何処であったか分かりません」

「昨日、街頭の下で泣いていた君があまりにも綺麗だったから。それに、皆、君の事が大好きで、僕と同じかなって」


 その言葉にシズは納得した。


「僕は貴方と違いますよ?」

「でも、見えるんでしょう?。精霊達は君の事が大好きじゃ無いか」

「話しかけてこないでしょう、僕に」

「それは……でも」

「あまり精霊達と話さないようにした方が良い。そうでないと、人間で無くなってしまうから」

「だから、君は精霊と話さないの? 僕よりもずっと好かれているのに」

「僕は極普通の人間なのです。僕には普通の人でいて欲しいと、家族も叔父さんも皆そう願っているし、僕もそれを願っているから、僕は人として生きていく、それだけの話です」

「で、でも……」

「貴方だってそうでしょう? 誰か引きとめてくれる人がいないと、今の貴方は存在していないでしょう?」


 シズのどんな色にも見える茶色い瞳が、イルの青い瞳を覗き込む。

 シズの瞳を見ていたイルはその瞳に意識が吸い込まれるように感じた。

 そこで、イルの前にレイクが立ちはだかるように歩みでる。


「あまりイルを惑わさないでもらえますか?」

「僕は何もしていません」

「でも、イルが……」

「やっぱり僕の“妖精”可愛い! 大好き!」


 がばっと、イルがシズに抱きついた。どうやらイルはシズに見とれていたらしい。


「わー、放して!」

「可愛い、可愛い、可愛い!」

「うう、どうしようこの人」

「決めた。どうすればお嫁さんになってくれる?」

「……諦めるという選択肢は?」

「無し」

「で、では、お友達からという事で」

「うん!」


 年上なのに、ひたすら考えなく好意をぶつけて来るイルをシズは拒めない。

 純粋過ぎるのだ。

 それに、イルの持つその力はシズにも覚えがある。

 良く自我を保てたものだと思う。よほど大切にされたのだろう。

 囁きかける精霊は何でも思うがままに動く。世の中はままならない事が多く、その世界に篭ってしまう危険がある。以前問いかけた時、精霊達は多くの人が人の世界に戻れなくなったと言っていた。


 だからシズは自分に話しかけるなと答えて、今もそのままだ。

 けれど、懐くように、誘うように引っ張るこの世界そのものである精霊達の誘惑を拒むのは、並大抵の努力では難しい。

 そして、イルの意志の強さをシズは感じた。


 そしてそんな彼が好きだといってくれているのだから、断ったとしても諦めないだろう。

 なら気付かせるしかない。

 これが恋で無いと。

 知らない場所で知人に会ったような、そんな想いであると。

 そこで、イルがとんでもないことを言った。


「それで、昨日、僕の“妖精”はなんでメイド服で泣いていたの?」


 メイド服を着ていた事が広まるのは嫌で、シズは黙った。

 助け舟を出すように、レイクが、


「僕達を神殿の人じゃない、といったけれど神殿の人に襲われたの?」

「なぜ?」

「色々前回会ったからね。僕達の能力は神殿に近いから、誘われたんだ」


 シズが警戒する気配に変わる。それに、レイクが安心させるように笑った。


「とはいってもどちらにも僕達は付かなかったけれどね」

「……それはどちらにも付く可能性があるということですか?」

「どちらにも入る事は無いって事だね。何しろ、僕達は基本的に普通の人が思い違いをしている協調性が無いからね。そういう派閥で固まってる」

「……協調性が無いのに集まっていられるのですか?」

「お互いの能力が分かるから、それで惹かれてね。そして、イルは僕達を魅了する。イルに君も惹かれただろう?」


 イルの、あの悪意の無さは本当に稀有だ。けれどシズは、


「でも、良い人ではないのでしょう?」

「都合の良い人ではね」 


 人間らしいその性格に、シズは笑った。そういう人はシズも好きだ。

 そこでようやくイルがシズから離れた。


「少しは僕に魅力を感じてくれた?」

「レイクさんは良い友人なのですね」

「う、僕の“妖精”はレイクの方が好きなの?」


 その言葉にシズはなんとなく分かってしまった。

 イルはレイクが好きだと。

 面倒なバカップルが一つ増えたような気がする。そして否が応でも自分に関わってくるとシズは考えて、ため息をついたのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"





 そんなこんなで、結局四人で部屋を使う事を話して、シズは部屋を出たわけだが。

 シズを追うようにオルウェルが部屋から出てきた。


「それで、エルフィンの事なのだが……」


 そこでくるりとシズがオルウェルの方を向いた。


「オルウェルは付いてこないで欲しい」

「いや、ただでさえ良く分からない状況なのに、これ以上シズを放って置くとどうなるか分からない……」

「大丈夫ですよ、それにオルウェルがいるとエルフィンも意地を張ってしまうから、説得しにくいのです」

「それは……」


 思い当たる節が多すぎてオルウェルは反論できない。

 ここはシズに任せるしかないのか?。

 不安を感じるものの、何処かでシズを信頼している自分がいる事にオルウェルは気づいた。


「分かった。エルフィンの事は頼む」

「うん、エルは僕にとっても大事な友達だからね」

「友達……」


 オルウェルは不思議な言葉のように感じた。

 そういえば、崇拝されたり見初められたりはするものの、エルフィンに友達という存在は今まで、オルウェルは見たことが無かった。

 故に、エルフィンがシズを気に入っている理由が分かった気がする。

 エルフィンにとってシズは、珍しい“友達”なのだ。

 だからこそ、説得が出来るかもしれない。


「と、いう訳で僕はエルフィンの所に行きます」

「そうか……ああ、その前に一つ確認しておきたいことがある」


 シズは何か他に悪さをしたかなと思うも、


「イルとレイクという三年に会わなかったか?」

「会いましたけど? それが何か?」


 何だその事かとシズは安堵する。だがオルウェルは、深刻そうに続ける。


「……僕の“妖精”と呼ばれて、結婚を前提にお付き合いしてくれ、と言われたそうだが」

「ええ、言われましたけど」


 オルウェルは眉を寄せている。


「……ちなみに、その先輩はシズは好きか?」

「好きですけれど、それが何か?」


 好感を持った先輩なのは確かだが、オルウェルが真っ青になっているのは何故だろう。

 オルウェルは真剣な表情で、シズの肩を叩いた。


「いいか、絶対にフィエンドの前ではそれを言うな。絶対にだ」


 そしてオルウェルは周りの取り巻きに目配せして、今の話は他言無用だと合図する。

 だが、シズには理由が分からない。


「なんで?、イル先輩は良い人だよ?」

「良い人というのも微妙なラインだから、使わない方が良い。いや、イル先輩の事は褒めるな。いいから」

「そうしたら何も話せないような」

「……そうだな。なら最低限、フィエンドの前で好きって言うな」

「分かったけれど、何でそんなにオルウェルはイル先輩の事が嫌いなの?」

「いや、嫌いではないし、むしろあの人達は凄いと思うが。シズ、フィエンドはお前の事に関してはものすっっっっっごく心が狭いんだ」


 シズはフィエンドの事を思い出して、うーんと唸る。


「フィンは優しいし、そこまで心が狭かったかな?」

「分かった、いいか、絶対にフィエンドにイル先輩が好きってい言うな」


 オルウェルはそこで説得を諦めた。

 恋は盲目と言うが、もう少し自分の置かれている状況をシズにはきちんと把握して欲しいと思った。


「気よつけておくよ、それじゃあエルフィンを説得してくるね」


 パタパタと走っていくシズ。一応、取り巻き二人に尾行はさせておく。

 昨日の今日なのだ。用心するに越した事は無い。

 こちらなりに情報は必要なのだから。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 フィエンドは一人部屋に取り残されて、溜息をついた。

 そして何も無い部屋を見渡して再度溜息をつく。

 それからドアの方に歩いていき、そこで取り巻きの一人がフィエンドにとって非常に苛立つ情報を持ってきた。


「シズに僕の“妖精”と言った挙句、結婚を前提にお付き合いしてくれ、と」


 フィエンドは怒ると特に笑うタイプだった。

 なので壮絶な笑みを浮かべている。取り巻きたちが全員その恐ろしさにプルプルと震えていた。


「それでシズは、何と答えた?」

「ええと、お友達からだそうです」


 ちなみに、諦めてくれなさそうなのでそう答えた事をフィエンドの取り巻き達は知らない。

 そしてその言葉を聞いたフィエンドは、ふっと疲れたように表情を消した。


「それで、その告白した無謀な奴の名前は何と言うんだ?」


 声が平静なのが更に恐ろしかった。取り巻きは真っ青になりつつ続ける。


「イル……三年のイル先輩です」

「彼が?」


 フィエンドは、そこで疑問を呈する。イル先輩ならば知っている。彼にはレイクという恋人と言うか夫と言うか、そういう存在が居て……不倫?。

 でもそういう人間のはずが無い。彼らの性格からありえない。だとすると、


「神殿側に入った?」


 ならばシズを誘惑する理由になる。彼らはシズが欲しいのだから。

 だが、あの変わり者達の集団が神殿側に入ったとしたら非常に手強い。

 だが、あちらに入る理由が分かればそれを利用してこちらに寝返らせる事も出来るか?。


「直接話してみない事には分からないか……」


 あれこれ推測していても始まらない。

 とりあえずシズから話も聞かなければならない。

 そう、それに先ほどの怯えた顔。

 フィエンドは、シズを怖がらせるような事はしたわけではないのに。

 何があった?

 昨日?


「まずはシズに問いたださないといけないな、色々と」


 そしてもしもしシズがイル先輩の事を好きだと言ったなら、フィエンドは自分を自制出来ない確信があった。

 周りの取り巻き達は、そんな暗く笑うフィエンドを不安そうに見ていたのだった。





。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 エルフィンは見つけやすい。大抵誰かに囲まれているから。

 囲んでいる人達を押しのけて、エルフィンを捕まえるとシズは睨まれた。

 もっとも、これから二人っきりで話したいので、更にその旨を伝えると彼らは一瞬殺気立つもふとその中の一人がシズを見て呟いた。


「なるほど、エルフィン様が上か」


 何やら痛いほどの視線に晒されて、途端に彼らがにこやかになる。

 意味が分からない。そもそも上って何だ?。成績?。美貌?。身長は確かにほんの数ミリだけエルフィンが高い気がするが。

 とりあえず二人っきりになれる切欠は作った。

 エルフィンの手をシズが引っ張ると、大人しく連れて行かれる。

 そして人気の無いベンチに二人は座った。

 無言のまま座っていると、エルフィンが呟いた。


「これは、罰なのでしょうか」

「え?」

「僕が不実だから、大切なもの一欠けらすらも手に入れることが出来ないのでしょうか」

「エル、そんな事は無いよ!。手を伸ばせば、手に入るから!」

「……僕は、フィエンドとシズさんが羨ましい。あんなに、心が通じ合って。昔はオルウェルだって僕の事を恥ずかしがりながらも抱きしめてくれたのに」

「それは、でも昼間抱きしめて……」

「シズさんには感謝しています。でも、同時に恨んでもいるんです。だってそうでしょう?、諦めきれないじゃないですか、抱きしめてもらったのなら」


 シズは答えられなかった。シズはフィエンドの事を諦めきれないから、ここにいるのだから。

 だからといってシズがフィエンドを手に入れられるかは別問題で。

 立場はシズもエルフィンも同じなのだ。

 だけど、エルフィンだってフィエンドに積極的にいく事を応援してくれたではないか。

 それなのに自分が行動しないのは、矛盾している。


「僕をたきつけておいて、エルは何もしないの?」

「立場が違う!、僕は!……僕は……」


 嗚咽を漏らすように、エルフィンの声は先細りする。

 だが、シズはエルフィンがある事を忘れている事に気づいた。

 人間言われないと気付かない事は多い。


「同じだよ。それに同室にしてもらったから。これで僕達は、フィエンドとオルウェルの同室者だよ?」


 エルフィンが黙った。

 言い返すべきか、否か。そもそも、


「そんな無茶な理屈……」

「一人に付き一人の同室者なら、ルールに違反していないでしょう?」

「……でも」

「エルはオルウェルの事が顔を見たくないほど嫌いなの?」

「! そんなこと無いです。僕は、オルウェルが……好き、です」


 躊躇うように、頬を染めながら好きとエルフィンは呟いた。

 それに、更にシズは付け加える。


「ならば良いでしょう?。それに、僕は先日神殿の人と接触しました」

「それは僕もオルウェルから聞きました」

「エルフィンも神殿と関係があるのでしょう?」

「……ええ」

「一緒にいれば危険が減ります。それに、オルウェルはエルフィンが一緒で無いと協力してくれないそうですから」

「……フィエンドだけで十分対抗できます。更に僕の予知さえあれば……」

「予知は変えられないのでは?」

「その勝利した結末さえ見えれば、指揮は低下しない」


 自分で言っていて、エルフィンはあれと思った。

 運命が決まっているのに、何故自分はフィエンドの手を借りなければならなかったのだろう、と。

 その理由をエルフィンは思い出せない。

 指揮が低下しない?、その程度?。

 自分で自分の事が分からないエルフィンの様子を見て、シズが表情を消した。


「僕は既に運命が決定されているなんて信じられない。だから、オルウェルの力も必要になる。それに、以前はオルウェルが協力してくれたのでしょう?。それが影響しているとは考えられないのですか?」

「予知は、どれ程結末を変えようとしてもそうなるものです。絶対なのです」

「……ちなみに、エルはどれくらい先まで見通せるの?」

「……一週間です」

「なら、少なくともその先は決まっていないって事だね?」

「それは、でも見えないからと言って……」

「それに予知はその場面が見えるだけ?」

「ええ」

「ならば作用するのは凄く限定的になるよね」

「見えないか決まっていないとは限らない」

「見えないら決まっているとも限らない」


 その言葉に、エルフィンは溜息をつく。押し問答になってしまうから。

 だから、頷く。


「それはそうですが」

「でも、そんな予知を何故神殿は大事にしていたの?。変えられないのならば、意味がない」

「それは……分かりません。ただ貴重な能力だから、と」


 本当に知らないらしい。言われてみればと不思議そうにエルフィンは首をかしげている。

 予知には、まだ知らない何かが隠されているとシズは思った。

 そして、シズは思っている事を口にする。 


「僕は、エルの持っている能力は予知ではない気がするんだ。そして、予知は存在しないと思ってる」

「でも現に未来は変えられない」

「変えられるよ。人が悪い想像をし易いように、その方向に予知も向かい易いだけ。それを壊すか、それを無くすか、新しい道を作るか、そのどれかを選択すれば必ず何とかなるよ」

「どうやって!、そんなの……」

「そうだね、人が良い事を想像するのには悪い事を想像するより努力が必要だ。そしてきっと、望んだ未来を得るには悪い想像の何倍も努力しないといけない。でも、僕は思うんだ」


 そこでシズは言葉を切ってエルフィンに微笑んだ。


「何とかしようって思ってやっていけばなんとかなるよ。それに僕にある運命を変える力はきっと、その三つのうちのどれかだと思う。だから、運命はエルが思っているほど決まった事じゃない。だから、出来る限りの手を打たないと。そういう運命だから手を打つ、では無く、その未来を手に入れるために」

「シズさん……」


 エルフィンは考えるように瞳を閉じた。

 今まで返られないと聞いてきた運命、予知。

 けれど、シズは予知に出てこず、エルフィンの見た未来を変えていた。

 シズは何かが人と違う。

 けれどそれ故に、信じても良いのではないかと思った。

 運命を諦めるのではなく、逆らうのだと。望んだ未来を手に入れるために。

 エルフィンが瞳を開く。瞳に強い意志が見えた。


「……分かりました。未来は変えられる、それを信じて僕も行動します」

「うん、それが良い。そしてオルウェルにも、積極的になってね」


 エルフィンは頷いた。

 シズはこれで大丈夫だと思った。これで歪さは、無くなるであろうと。

 そして今度こそ自分の番だと気づいて、どうすれば良いのかとふと思った。

 フィンに抱き付けばいい?。

 キスすれば良い?。

 それとも……そういう事をする?。


「シズさん、顔が真っ赤ですよ?」

「え? あ、いや、エルもオルウェルに積極的になるからって、僕もフィンに……」


 そこでエルフィンがにまーと意地の悪い笑みを浮かべた。


「つまり、初めてをフィエンドに捧げたいけれど、不安があると」

「う……え……いや、でも」

「うんうん、初めては怖いですよね」

「す、すると決まったわけではないし」

「甘い、フィエンドはシズとそういう事がしたいと思っているはず!」

「……そんなこと無いよ」

「怖いから、初めてだからそう思っているだけです」


 そう自信を持って言うエルフィンに、昨日された事をシズは思い出す。

 あんな事をフィンはシズにしたいのだろうか。あんな気持ちの悪い事を。

 けれど、フィンがそれを望むならとシズは悩む。

 だから、シズはエルフィンに聞くことにした。


「……エルは、その初めてって……」

「僕の初めてはオルウェルとした時だと決めましたから」

「……その、どうだったのかを聞いてもいいですか?」


 聞いてシズは後悔した。

 エルフィンが、それはそれは楽しそうに笑ったからである。

 これは苛められるとシズは直感した。


「ええっと、僕そろそろ……」


 しかし手を握られて、シズは逃げられない。


「ふふふ、オルウェルとの初めての事、お話してあげましょう。シズさんには少し刺激が強いかもしれませんが」


 逃げられないシズは、不安半分、好奇心半分で、エルフィンの話を聞く事となったのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"





「というのが、僕のオルウェルとの初体験なのですが、シズさんどうしました?」


 ふふと笑うエルフィンに、シズはもうヤダこの人、と思った。

 そもそも襲うって、シズがフィエンドにそんな事をするって、無理だとシズは自分で思った。

 大体今の話を聞いて何度頭が沸騰しそうになり気絶しかけたか。

 それを見てエルフィンは更に気を良くして話していくし。


「サンコウニサセテイタダキマス」

「うーん、でも無理じゃないですかね? シズさんは経験無いですし」

「だったら何故僕に話したのですか! エル」

「シズさんの可愛い反応が見たかったからです!」

「酷い、この人酷いよ……」


 うな垂れながら、シズは嘆いた。そしてしばらく嘆いた後、ちらりと聞きにくそうにエルフィンをシズは見る。


「その、一つ聞いて良い?」

「何でしょう」

「その、それってそんなに気持ちがいいの?」


 好奇心も入り混じったその様子に、エルフィンはあることを思いつく。


「気持ちがいいですよ」

「本当に?」

「では、試してみますか? 僕と?」

「え?」


 エルフィンがほんの少しからかうつもりでシズの腕を掴んだ。

 そしてエルフィンは直ぐに手を離す。

 シズがとてもとても怯えた顔をしていたから。


「……何かあったのですか?」 


 その言葉に、シズがびくりとする。何かあったらしい。


「神殿の人、ですか」


 その問いに頷く。けれど、シズの様子からは最後までされていないことは分かる。

 けれど、触れられる事に極度の嫌悪感を持ってしまったようだった。

 やっかいな。

 もしフィエンドにその事を知られて、かつ怯えたこんな顔をされたら。

 こじれる。絶対にこじれる。それだけは阻止しておかないと。

 それにエルフィンは、シズと一緒にいるフィエンドが気に入っている。


「いいですかシズさん。絶対に、神殿の人に何かされた事はフィエンドに話しては駄目ですからね?」

「オルウェルも言っていたけれど、うん。だってそんな事を言えば、田舎に帰れってまた言われてしまう」

「フィエンドは、ああ見えてシズさんに関して本当に心が狭いから」

「オルウェルも言っていたけれど、そんな事は無いと僕は思う」


 それを聞いて、エルフィンはオルウェルに同情する。

 本当にシズは何も分かっていない。

 けれど一応、友達であるし、昨日リノと話していた事をエルフィンは思い出す。

 さっさとくっつけてしまおう、面倒な事にならない内に。

 そうエルフィンは決意したのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 部屋に戻ると、オルウェルとフィエンドが喧嘩をしていた。


「これでは私のベッドとお前のベッドがくっついてしまう!」

「ならばお前が変えるんだな。俺はこの位置が良い」

「そうしたら私がベッドから降りられなくなるだろう。それにシズとエルフィンのベッドはどうするつもりだ!」

「……エルフィンはいつも一緒のベッドで俺は寝ていた」

「!、そうか、ならばシズと一緒に俺は寝てもいいわけだな?」

「死にたいのか?」

「自分はするのは平気で、人にされるのは嫌なのか。本当に自己中心的……」


 そこで反射的にオルウェルは右横にずれた。

 ひゅんと風を切る音がして、ノートがオルウェルの先ほどまで居た場所を通り過ぎる。


「く、外した!」

「シズ、何故私にはそんなに手加減をしないのだ」

「する必要があるのですか?」


 その質問の意味をいくつか考えて、オルウェルは溜息をついた。


「私だって、生身の人間だからな?」

「フィエンドに酷い事を言うからです。心の傷になったらどうしてくれるのですか!」

「……おい、フィエンド、この生き物は不思議な事を言っているのだが」

 

 フィエンドは疲れたように顔に手を当てる。

 そんな事を言うのはシズくらいだろう。

 まったく今の自分は昔とは違うのに。


 そう考えてフィエンドは何かが引っかかりはするものの、その理由が分からなかった。

 とはいえ、いつまでも悩んでいても仕方が無いので、シズに向っておいでおいでと手招きする。

 そして近くにいた時に腕を掴もうとすると、さきほどと同じように怯えた顔をするので仕方なしに抱きついてくるように、両手を広げる。

 躊躇してから、シズは嬉しそうにフィエンドに抱きついた。

 そのままフィエンドはシズを抱きしめて頭を撫ぜてやると、本当にこの上なく幸せそうにな顔をシズはする。

 その様子を見て、フィエンドは先ほどの怯えた理由を問いただすのも、イル先輩の事を問いただすのも明日でいいかと思う。

 シズがフィエンドに触れて、これほどに幸せそうなのだから。そこで、


「おい、そこの二人、私の話を聞いているか?」

「僕、ベッドは二つつなげていてもいいと思うのです」

「シズ?」

「だって四人同室にしてもらったから、僕とエルフィンは、フィエンドとオルウェルの両方の同室者なのです。だからベッドが繋がっていればどちらにもいけるでしょう?」


 それは暗に、シズはフィエンドの方に、エルフィンはオルウェルと一緒に眠ると言っているのか。

 そこで、オルウェルの傍にエルフィンが歩いていって、オルウェルの腕に自分の体を絡ませる。

 嬉しいのと逃げたいのとで、オルウェルは焦る。

 そしてオルウェルはエルフィンに手を伸ばそうとして、けれどまたも止めて顔を背けてしまう。

 そんな優柔不断な様子にエルフィンはオルウェルを半眼で睨みつけてから、体を離した。

 そして抱き合っているフィエンドとシズの方に行って、シズの背中を指でつつとなぞる。


「ひあっ」


 ビクンとシズが震えるのを見て、エルフィンはふふと暗く笑う。


「シズさん、僕とフィエンドとシズの三人で良い事をしませんか?」

「良い事?」


 そこでシズの耳がフィエンドの手によって塞がれた。


「あまりシズに、そういう事を教えるな」

「フィエンドは本当にシズさんに対しては積極的ですね。それに比べてオルウェルは……」


 オルウェルはこちらから背を向ける。


「うう、フィン、耳」

「ああ、すまない」

「それにエルフィンだって、オルウェルに積極的に行くって……」

「本当にシズさんはいけない子ですね。いけないことを言うお口は塞いでしまいましょうか?」


 そう呟いて、エルフィンはシズの唇を奪おうとする。

 そこで、エルフィンはフィエンドに引き剥がされて、オルウェルへと乱暴に押しのけられた。


「痛、酷いですフィエンド」


 そんなエルフィンの様子を見て、フィエンドは溜息をついてから、


「オルウェル」

「……なんだ?」

「俺は今日、シズという抱き枕を使うから、そっちは好きにしろ」

「……だが」

「迷惑だ。それに、抱き枕は一つで十分だ」

「それは……」

「貸してやるだけだ。その代わりシズを借りる。それで良いだろう?。同室なのだからものの貸し借りもあってもおかしくない」


 オルウェルは黙った。

 黙って、少し悩んで、そしてエルフィンの手を引っ張っておずおずと抱きしめる。

 その時エルフィンはその温かさに、涙が出そうになる。

 本当はずっと、こうして眠りたかったのだ。

 オルウェルもエルフィンを抱きしめながら、心が満たされるのを感じた。

 

 ずっとオルウェルの中にあった、憂鬱な黒い感情が薄らいでいく。

 借りているだけだと言い聞かせながらも、ようやく自分の元に取り戻せた気がした。

 そんなエルフィンとオルウェルの様子を見て、シズが微笑む。

 そして自分からシズはフィエンドにキスをする。

 驚いた顔をするフィエンドに、シズはにっこりと笑って、


「ありがとう、相変わらずフィンは優しいね」

「……俺は、そんな事は無い」

「優しいよ。僕はそんなフィンが大好き」


 優しいと、好きと言われてフィエンドは悪い気はしなかった。だからそれ以上言うのをやめる。

 フィエンドだって、シズが腕の中にいるのは嬉しい。

 このままずっとこうしていられれば良いのに。

 フィエンドはそう願わずにはいられなかった。

 そこでシズがフィエンドにキスをする。何故だろうと思っていると、


「おやすみのキスをするって約束をしたでしょう?」

「おはようキスもだ」

「うん、約束だから」


 おでこをこつんとフィエンドはシズにして、お互いに微笑み合う。

 そんな会話を耳にして、エルフィンもオルウェルにキスをする。その時、一瞬だけオルウェルは逃げようとしたので、エルフィンは頭に来たので舌を入れてやる。

 未だにこのテクはエルフィンの方が上だった。 

 それに翻弄されるオルウェル。けれど昔のようにされるままでなく、オルウェルはエルフィンを抱き寄せて逃げられないようにする。


 唇が離れて、今度は触れるだけの軽いキスをオルウェルがする。

 それに驚いた顔をして、エルフィンは次に幸せそうに微笑んだ。

 ここでようやくオルウェルは思い出す。

 自分が見たかったエルフィンはこんな風に微笑んだ顔だと。

 結局そのまま四人は幸せな気持ちになってしまい、ベッドの話は保留になった。

 そして、平穏を崩す嵐が近づいている、その気配をまだ誰も気付いていなかったのだった。




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