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色々ごまかされてあの結末に

「遅い」


 部屋を開けた開口一番に、アースレイ学園長が机の上で手を組み、その上に顔を乗せて怒ったように声を上げた。彼にはいつも通り秘書の人が付いている。

 だが、そんなアースレイを見てエレンがさもおかしそうに、


「はは、シズ君が、フィエンド達の魔法演習を見て、しばらく釘付けになっちゃったからね」

「……エレン、それを連れて来るのがお前の仕事だろう」

「うーん、でも昔ウィルがアースレイの魔法演習見た時と同じような反応していて、さすがに無理矢理引っ張っていくのもどうかなと」

「それならば仕方が無い」


 あっさりと機嫌を直す学園長。そこでようやくシズの服装にアースレイは目を向けた。


「何故、白衣を着ているのだ? 剣術の授業では?」

「あ、はい。でも、甲冑が僕のだけ壊れていて……」

「そう指示したからな。生足が見える半ズボンとシャツのはずだが」

「……アースレイさん、まさかやられたフリをし易いように甲冑を付けさせないようにしたのでは無く……」

「もちろん不純な動機は一切無い」


 ちなみにシズは、現在破れた服の上から白衣を着ており、それがシズよりも身長が高く大きい人用ぼためか足元まで隠れている。


「……叔父さんに報告してやる」

「ああ、ごめんなさい! ちょっとシズがウィルに似ているから、ウィルとはクラスが違うのでそういう姿が見れなかったから、見てみたいと思いました。だから報告しないで!」

「ふっ、二つ目の弱みを僕は手にいれましたよ?」

「く、どうしてこんなに扱いにくいのだ。しかし、白衣を着なければならなくなるとは、一体剣術の授業で何があったのだ?」


 そこで、シズは黙った。アレは言いたくない。しかし、


「シズ君、木刀で服をびりびりにされて、皆の木刀に熱を帯びた体を攻め立てられて、エロイ声を出していたんですよ~」


 エレンがばらした。シズは慌ててエレンの口を塞ごうとするも、彼はシズよりも少し背が高いので、頭を抑えられてシズは口を塞ぐ事が出来ない。

 アースレイの眼鏡がきらりと白く光った。


「その話を詳しく」

「そのままですよ。本当に剣術の能力がウィルと違って低いかなっという感じで。あ、所でその時の映像が有ったりしますけどどうします? 一応観察名目でとったやつですが」

「後で確認しよう」


 頷くアースレイに、シズがぽつりと一言。


「……叔父さんに言いつけてやる」


 その言葉に、アースレイは溜息をついた。


「その映像は、君の接近戦の能力を確認するためのものだ」


 接近戦と聞いて、昨夜のあいつの事を思い出して、シズは一瞬体を震わせた。

 それを見て、アースレイは溜息を付く。


「ウィルは、シズに剣術やら何やら教えなかったのか?」

「ええっと、確かに叔父さんは代々そういう家の生まれなので出来るのですが、僕のうちは魔法使いとか学者っぽい系統でして。一応運動神経は結構良いようなのですが……」

「訓練はされていないと。それでよく魔物退治ができたな」

「叔父さんが、シズは危ないから後衛、援護と補助だけで良いからと。それで事足りていましたし……」

「……ウィル」


 アースレイは呻いた。何故、シズに剣術やら接近戦闘を仕込んでおかなかったのかと恨めしく思うも、そういえば手紙でやけに可愛がっていたのを思い出す。

 過保護になりすぎてこうなったのか?

 ちらりとアースレイはシズをみやり、再び溜息をついた。


「……実はこの学園に入ってから、ずっと君を監視する者を派遣している」

「え?」

「君が思っているよりも、私達にとって君の存在は重要なのだ。昨日の朝食堂で、仲良く食べていた友人達の事も既に調査済みだ」

「……彼らは大丈夫ですよ?」

「ああ、確かに。そして昨日の夜、君は神殿の者に襲われた」

「……キスされただけです」

「だが……」 


 そこでアースレイは立ち上がり、シズに近づくとシズの腕を掴んだ。

 バシッとシズが怯えた顔をして振り払う。けれどすぐさまシズは取り繕うように表情を変える。


 けれど再びアースレイはシズの腕を掴む。

 今度はシズは振り払わなかった。

 けれどアースレイはそのままシズを、体が密着するように壁に押し付ける。

 シズの目が怯えたように大きく開かれる。


「や……嫌だ……」


 何をされるのだろうか。いや、何もするはず無い。だって、この人は……。

 けれど、不安が消えず、シズは震える。

 そんなシズに向って、


「嫌なら自分で振り払え。私を押しのけろ」


 シズは、昨晩の事を思い出しがたがたと震えだす。あの這う手の感触を思い出すと、居ても立ってもいられない。

 そんなシズの様子をじっとアースレイは観察してから、体を離した。


「自分の身を守れないのなら勝手な行動をするな。誰かと一緒に行動をしろ。自由には責任が伴う事を忘れるな」


 そう言われて、シズは俯く。自分の弱さを自覚したのだろう。だが、


「それを知っているということは、見ていたのですね」


 シズの声音が変わったのが分かる。とりあえず、アースレイは頷いた。


「ああ。一応ウィルには頼まれているしね。それに、情報の伝達の関係や君の行動から、すぐに対応できない」

「……なるほど」


 シズの表情が変わった。その表情に、アースレイはほんの僅かに畏怖を覚える。

 ウィルはこんな顔をしない。

 そして、この少年が実は恐ろしいほど美しいのだと気付いた。内面を映し出したそれ。こんな怪物を隠し持っていたとは思わなかった。一筋縄ではいかないはずだ。きっと彼の本性はこちらだ。

 そして、シズはにっこりと笑った。


「それならば、できるだけ安心できそうな人物と一緒に居たほうが良いですよね?」

「ああ、そうだな」


 そう答えつつ、アースレイは妙な予感がした。

 そしてシズの話を聞いて脱力する。

 これは無い。これは無いのだが、好都合といえばこちらにとっても好都合だ。まったく。

 私もいい加減諦めよう。

 そして信じよう。このシズという少年が私達の未来全てを、幸多き物にする事を。





。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




「シズが見ている」

「……とうとう頭がおかしくなったのか、フィエンド」


 現在、魔法演習中で魔法で現れる敵目標を撃墜している最中だった。

 オルウェルは必死になってフィエンドを超えようとするが、ほんの少し劣っている。


「違う、あそこの小窓にシズがいる。こっちを見ている」

「……遠すぎて誰が見ているかなんて分かるはず無い」


 とは言うものの、オルウェルは試しに遠見の魔法をかけて覗くと……いた。

 しかもあちらもフィエンドがいることが分かっているらしく、すごく嬉しそうに見ている。

 何だこのバカップルは。

 オルウェルは気に入らない。最近シズが来てくれてからエルフィンがちょっとデレてくれた気がするが、それよりも目の前でいちゃつかれるのは気に食わない。

 自分だってしたいのに……ではなくて。


「そんなことでは私に負けるぞ?」

「勝ち負けにそれほど興味は無い」


 そうなのだ、フィエンドは基本的に他人に興味が無い。

 この傲慢さが許されるくらい、地位も力も知力も容姿も全てにおいて恵まれている。

 そして勝ち負けに興味が無いといいながらも、いとも容易にオルウェルを追い越していく。

 彼にはきっと、体の弱い者や力の弱い者といった弱い者の気持ちなど永遠に分からないのだろうと思う。


 その一方で、確かにシズを起点とする優しさが垣間見える。

 そんな人間らしい面などほぼ無いとオルウェルは今まで思っていた。

 そこで休憩が入った。

 シズが見ていると言った瞬間、何故かフィエンドが加速度的に倒す速度が上がったのでオルウェルと圧倒的差がある。

 そうなのだ、フィエンドはいつもオルウェルが努力して追いつかない場所にいる。こんな事でエルフィンを取り戻せるのだろうかと不安に思うほどに。そこで、


「どうもこんにちはー。フィエンド様、オルウェル様」


 少女のような容姿の少年、確かリノといったか。

 昨日シズとエルフィンにメイド服を着せていた元凶のはず。とわいえ、彼自身を引き入れたいとはオルウェルも思っているのだが、彼の恋人のロイも一緒になって未だ色よい返事がもらえていない。

 そんな彼が一体何のようだろうか。いや、むしろこの機会は、とオルウェルは考えていた時、


「エルフィン様とシズのメイド写真、幾らで買いますか?」

「「言い値で!」」


 この時初めてフィエンドとオルウェルの意思が一つになった。

 だが、お互いそれはそれで気に食わない。嫌そうにお互い顔を背ける。

 とりあえず、オルウェルはフィエンドに食って掛かる事にした。


「そんな写真を買わなくとも、フィエンド、貴方がその気になれば幾らでも着せたり好きなことが出来るのでは?」

「俺はシズが嫌がることはしない」

「へえ、確かメイド服を着るのを嫌がっていた気がしますが」


 いつもならば、更に嫌味の応酬が続くはずなのだが、


「……悪いか?」


 非常に真剣な目でフィエンドがオルウェルを見ている。


「シズの嫌がる事はしたくない。だが、俺はシズがメイド服を着ている姿が見たかったんだ!」


 力説するフィエンド。

 今まででは考えられないこの行動は置いておいて、このままだとオルウェルも同類と思われかねない。それだけは避けないと。ついでに嫌味の一言でも言っておくかとオルウェルは瞬時に計算をして、


「つまり、嫌がるシズよりも自分の欲求を優先したという事だな。ははは、それでよく嫌がることはしないと言え……」


 そこで、オルウェルは何か身の危険を感じてしゃがんだ。

 同時にオルウェルが居た場所を高速の何かが突き抜けて、ざくっと近くの木に刺さった。

 それは紙だった。

 ただの紙のはずだった。

 しかし、そこには赤い文字で言葉が書かれていた。

 “フィンを苛めるな”


――怖い。


 オルウェルは思った。シズはオルウェルに対して容赦が無い、というかフィエンドに関して非常に心が狭い気がする。

 フィエンドは守らなければならないお姫様なんて柄ではないというのに。……待てよ。

 悪い事を考えているオルウェルのすぐ横で、リノとフィエンドが商談を開始した。


「うわーシズは相変わらず凄いね。ま、それはおいておいて写真どうします? ちなみにシズの写真はエルフィン様よりも倍の枚数がありますけれど」

「もちろん俺は全て買う」


 が、悪巧みよりもエルフィンの写真の方がオルウェルには大切だった。


「私もエルフィンのものを全部!」

「毎度! いや、もう最近金欠気味で、本当に助かりますぅ」


 ほくほくと、写真を見るリノに、オルウェルは疑問が湧く。


「……一応貴族なのに、何故そんなに金銭的に困窮しているのだ?」

「いえ、貴族って言っても下の方ですし、事業にも失敗して、僕も一度神殿に売られかけてしまって。それを助けてくれたのが、ロイ達だったんです」

「豪商のセシエル家の……」


 豪商、セシエル家。商業に関して抜きすさんだ家で、貴族、神殿共に交流が深い。

 だがリノの貴族の地位を考えると、そのトップが直接関わるのは身分違いにも思える。それ程のものであればもっと上の貴族と懇意にしていそうなものだが。


「ええ、昔から父の代から仲が良くて、僕も将来はロイと一緒になるんです。でも、そんなロイに負担をかける関係ではいたくないから、少しでも稼ごうと思って」


 何やら訳ありのようである。だが、そうなってくると、彼が何故そんな仕事を学園でしているのかも察しが着く。


「なるほど、それで“情報屋”か」

「もしそちらの方が入用の時は声をかけてくださいね」

「むしろ私達の派閥に入ってもらえないか?」

「面倒はお断りです。しがらみがあると難しい仕事ですから」


 きっぱりと言い切ったリノに、これは口説くのが難しそうだとオルウェルは思うも、諦めるつもりは毛頭無かった。そこで、フィエンドが、


「……こっちの依頼で、シズに別の衣装を着せた写真も撮れるか?」

「それは……そうですね、追加料金しだいですね。でも……」


 そこでじっとリノはフィエンドを見た。

 このようにリノが人を見ると大抵の人間が顔を赤くして落ち着かなくなるのだが、フィエンドは顔色すら変えない。

 なかなか一途だなと思って、リノは好感を持つ。


「フィエンド様が、そういう衣装を着てと頼めばシズは着てくれる気がしますけどね?」

「そんな変態的な事を俺が頼んだら、シズに嫌われてしまう」

「……つまり、僕は変態だと言いたいわけですか?」

「そうだな」

「そして自分の手は汚したくないと」

「そういう事になるな。別に既に変態なのは知れ渡っているのだから、お前はそれ以上隠し立てする必要が無いだろう?」


 酷い言い草だが、元々フィエンドはこんな感じでシズといる時が異常なのだ。

 あんなに優しくて普通の恋する一人の人間のような……だが。

 リノはこういう人間は大嫌いだった。


「嫌だ、こんな事言う人の言う事とか依頼は聞かない」

「仕事をえり好みできる立場なのか?。先ほどの話から、金銭的な困窮を感じたが?」

「! そうですよ、悪かったですね」

「別に悪いとは言っていない、お前の選んだ道なのだから」


 それは、ロイに迷惑をかけたくないというリノの我侭を言っているのか。確かにこんな事で稼げるお金はすずめの涙ほどだ。それでも、少しでも。

 そんな心中を察したのか、フィエンドは、


「……負担になりたくない、とお前は言っているが、誰かに手を差し伸べることで、差し伸べている人間自身が救われていることだってある」

「けれど、僕は、ロイが好きで……」

「好きなのはかまわない。けれど、好意を受け入れるのもまた大切だということだ。俺がシズを助けるつもりだったのに、シズがいる事で逆に俺自身が救われているように」


 シズは、フィエンドが抱きしめれば抱きしめ返してくる。その温かさがフィエンドの心をどれ程影響を与えているのか、きっとシズは知らないだろう。


 そしてフィエンドに言われてリノは、はっとする。

 確かに手を差し伸べて、受け入れてもらえないのは悲しい。

そう、受け入れる事もまた優しさなのだ。

 双方の優しさなくして気持ちなど通うはずも無く、がんばって稼いだよと言った時ロイが少しだけ悲しそうな顔をした意味がリノにはようやく分かった。

 かといって止めるなんて出来ない。


 自分はもう、“情報屋”としてこの学園内で不動の地位にいる。

 そして、守られるだけの存在でいるなどリノは辛いのだからこれは譲れない。

 けれど、ロイの気持ちが分かったのは良かったと思う。

 ただ、こんな事をリノがフィエンドが言う事は驚きだった。


「フィエンド様、シズが来てから本当に変わりましたね。そんな事を言われるとは僕も思いませんでした」

「……俺は俺だ」

「ははは、シズが優しいと言っていた理由が少しは分かりましたよ。フィエンド様にも本当に少しですが人間らしい優しさがあるあるようですね」 

「含みのある言い方だが、まあいい。そのうちお前にも依頼する事もあるだろうし、それで写真の件は後で話そう。昼休みで良いか?」

「もちろん、オルウェル様はどうしますか?」


 フィエンドの意外な一面を見て、驚いていたオルウェルは我に返る。


「ああ、私も昼休みで良い」

「そうですか、所でオルウェル様はメイド服に興味はありませんか?」


 リノの言葉に、オルウェルは思考を停止した。

 待て、いまこの可愛い少年はなんと言った?。メイド服?、自分が?。


「さすがにそれは無いだろう」

「いえいえ、意外と綺麗な感じのメイドさんが出来るかと。ついでにフィエンド様もどうですか?」

「怖いもの知らずだな、お前」


 ぞっとするような声音で、フィエンドがリノに答えた。その声音があまりにも冷え冷えしていたのでオルウェルはその場から一歩はなれた。

 しかし、リノはそれに臆せず、


「いやいや、意外と似合うと思いますよメイド服」

「お前の美的センスはどうかしている」

「そうですかね、結構良いって言われるんですけどね」

「話はそれで終わりだ。休憩が終わった」


 見ると先生が何か話し始めている。仕方ないのでここまでで話を打ち切るリノではあったのだが。


――これって、シズとエルフィン様をけしかければ、どうにかなりそう。


 と心の中で笑ったのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




「やめて! 見ないで!」

「シズ、可愛い色をしているじゃないか」

「恥ずかしいよ、フィン……もう、止めて……」


 若干涙目になりながらシズは、フィエンドの持つ写真を必死で奪い取ろうとしていた。

 写真の中には顔を真っ赤にして恥らうメイド服のシズの姿が幾つも写っている。


「こんな風に顔を赤くして、こういう可愛い色の顔も、俺は好きだ」

「だけど、こんな格好、僕、変だよ」

「変じゃない、シズはどんな格好をしても可愛い!」

「フィン……」

「シズ……」


 見詰め合う二人。ちなみにすぐ傍ではオルウェルとエルフィン、そして販売しているリノとロイがいたりするのだが、エルフィンはオルウェルに向かっていった。


「まさか僕の写真が欲しいなんて言いませんよね、オルウェル。資格が無いですからね?」


 オルウェルはエルフィンの言葉に血の気が引く。

 昨日言った事を根にもたれている。今朝は少し許してくれたというか、そんな気がしたのに。

 とはいえ、昨日の事も会ってエルフィンの顔をまともに見れないオルウェルではあったのだが。


 ちなみに、それに気づいたエルフィンが更に怒りを会おう服させた事にオルウェルは気付いていなかった。

 にっこりと大輪のバラのように微笑むエルフィンに、その姿を見た多くの取り巻きはとろんとなっているがオルウェルには分かる。

 ものすごく怒っている。


「こんな写真なんて、僕を抱きしめるよりも……何ですかシズさん。僕はオルウェルに用があるのです」 


 そんな表情を変えないエルフィンの手をシズは握った。


「これ以上は駄目だよ?」

「! シズさんには分からないです。僕が……」


 そんなエルフィンの頭をシズが撫ぜた。


「駄目だよこれ以上は。オルウェルの事が好きなのでしょう?」

「シズさんには分かりません。僕が……」

「うん、その当事者が一番苦しいのだから、僕には分からないけれど、オルウェルちょっと来い」


 呼ばれて、なんとなくオルウェルは逃げ出したい衝動に駆られる。

 けれど、何故か自分の取り巻きも含めて逃げられないようにされる。

 覚悟を決めて、オルウェルはシズとエルフィンに近づく。

 そこでシズに腕を掴まれた。


「オルウェル、エルフィンを抱きしめて!」

「「な!」」


 エルフィンとオルウェルが同時に声を上げた。


「シ、シズさん、それは……」

「そうだシズ、そんな事は出来ない。私には……」


 そこでシズがオルウェルを睨んだ。


「そんなに言う事を聞かないと僕にも考えがあります。オルウェルに致命的なダメージを与えてやる」

「どんな風にだ?」


 そこで、オルウェルの目が警戒するように細められる。

 オルウェルとて甘くはない。敵に対しては容赦しない。

 それが例え、この一般人の少年だとしても。そしてそれを聞けば対策は練るのだが、


「それは後で考えます!」


 シズが言い切った。まったく何も考えていないというか、もう少しこうはったりをかますとか。

 オルウェルはどうしようかと迷う。

 そもそもシズに手を出してフィエンドが黙っているはずも無い。それを考えると十分効力はあるのか?。

 いや、でも、こんな理由だから仕方が無いともオルウェルは思う。

 そう、仕方が無いのだ。脅されてしまったから。


 オルウェルは手を伸ばして、エルフィンを抱きしめる。手を引く瞬間驚いた表情のエルフィンを見たが、向かい合う形で顔が見えない。

 けれど久しぶりに抱きしめたエルフィンの体は柔らかくて、温かくて、ようやく手の中に戻ってきたつかの間ともいえるその感触に、幸せな気持ちになる。

 よく見るとエルフィンの耳が真っ赤になっていた。


 差し出した手を受け入れるのもまた優しさだ。

 先ほどフィエンドの言っていた言葉の意味についてオルウェルは考える。悔しいが、フィエンドはただ傲慢で酷い人間ではないらしい。そう、シズが来る前のエルフィンに大してもそこまで酷い扱いをしていなかった。

 だからオルウェルは許せなくて、怖かった。エルフィンはもう戻ってこないのかと思って、自分には取り戻せるような力は無くて。

 そこでエルフィンがオルウェルから体を離した。耳まで真っ赤だが、顔を俯かせているので表情は良く分からない。 



。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




「僕、頭を冷やしてきます」


 駆け出すエルフィン。それをオルウェルは見送ってから、シズに軽く足を蹴られた。


「さっさと追いかけろ」

「いや、でも……」

「もう一度抱きしめてあげれば良い。そして、謝ってもいいし好きだって囁いても良い。それだけで十分だから」


 けれどシズの言葉にオルウェルは首を振った。


「これ以上は無理だ。そうだろ、フィエンド」

「ああ、そうだな」

「フィン!」

「一応エルフィンは俺の同室者だ。今回特別に見逃しただけで、そんな事をすれば俺の手を離れたとみなされてエルフィンにも危険が及ぶ」

「そう……なんだ……」


 そんな悲しそうなシズにオルウェルはこの時初めて信頼に似たものを抱いた。


「ありがとう、シズ」


 その言葉にじっとオルウェルを見てシズは黙った。そしてフィエンドの方に向って、シズは抱きつく。

 そんなシズをフィエンドは抱きしめて、優しく抱きしめ返す。

 黙っていても言葉が通じ合う二人がオルウェルは羨ましかったが、今回ばかりは邪魔はしなかった。

 と、そこで、声をかけられる。


「お熱い所悪いんだけれど、フィエンドとオルウェル、エルフィン……はいないから後で探さないと、学園長室に放課後来て貰えるかな?」


 エレンだった。そして彼は意味ありげにシズを見るも、楽しそうな表情のまま何も言わない。

 そんなエレンにフィエンドが、


「分かりました。後で伝えておきます」

「あ、そう?。それじゃあよろしく。オルウェルもさっきの見てたよ、がんばってね」


 そう言われたオルウェルは微妙な表情をする。

 そんなオルウェルを見て何処か楽しそうにエレンは去って行ったのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 さて、そんな食堂でのやり取りを見ていたイルとレイク。


「僕の“妖精”はフィエンド様のことが本当に好きなんだ」

「うん、でもまあ、好きですって言う位は良いんじゃないかな?」


 どうせ振られるの確定だしねとレイクは付け加える。

 ただ、それにしてもあのシズという少年が介入してから大きく流れが変わったとレイクは思った。

 あのまま放っておけば、修復できない亀裂が生じたはずなのに。


「本当に、イルが気に入る人達は普通じゃないよね」

「……僕も普通じゃないからね」


 イルにしては珍しく、悲しげに呟く。なのでレイクは小さく苦笑してイルの頭を撫ぜながら、


「褒めているんだよ? 他と違うものだってことは、君の代わりはほぼ無いという事なのだから」

「うん、ありがとう、レイク」


 いわれて、にっこりと微笑むイル。こういった素直なところもイルの美点だとレイクは思っている。

 こんな風に心にすぐに入ってくるから、変わり者達も彼に惹かれるのだろう。

 そして、あのシズという少年もイルを拒みはしないだろう。恋愛感情は別として、好意は抱くはず。


「放課後声をかけてみよう。昼休みは時間が短すぎるから。それとも怖気づいた?」

「そんなこと無い!。何もしないままで全てを諦めるよりは、何かをしてから諦めた方がずっと良い!」

「そういうイルの前向きな所、大好きだよ。出来る限り手伝ってあげるからね」


 と答えつつ、レイクは思う。

 もっとも既にイルは僕のものなのだけれどね、と。

 ただ、シズに対してのフィエンドが恐ろしいほどに心が狭い事に、二人は気付いていなかった。

 その誤算に気づくのは、もっと後の事なのだった。





。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 さて、来るべき放課後がやって来た。

 フィエンド、エルフィン、オルウェルの三人が学園長室へ来ていた。

 相変わらずアースレイ学園長は何を考えているか分からない。

 それはいいとしてオルウェルにはそれよりも気になることがあった。


 エルフィンの様子である。

 一応昼休みに抱きしめたとはいえ、目を合わせられないオルウェルはそんな情けない自分が悔しい。

 けれど表面上はそつなくエルフィンはそれぞれに、そうオルウェルでさえもこなしている。

 そこで紙が手渡された。


「君達全員部屋が変更になったから」


 それ以上特に説明が無い。どういう事だと問おうとして、フィエンドに先を越された。


「どういうことですかアースレイ学園長」


 その言葉に、それはそれは物凄く楽しそうにフィエンドにアースレイは笑った。


「それは君の大事な大事なシズ君に聞けば分かると思うよ?」

「……またなにかをやったのか、シズ」

「君達にも悪い話ではないと思うがね?」

「どういう事ですか?」


 真意を問いただそうとするフィエンドに、アースレイは答えない。

 言ったらこの場で、直談判させられるに決まっているからだ。

 それにアースレイにとってもこの方が色々と好都合なのだから。


「さあ、これ以上はシズ君に直接聞いてくれたまえ」


 その考えの読めなさに、フィエンドは苛立ちを覚える。

 何というか、アースレイはフィエンドにとって非常に気に食わない。


「時間も指定されているから、その時間に来てくれたまえ。私からは以上だ」


 それ以上は話す事が無いと黙ってしまうアースレイ。

 とりあえずシズに聞けば何とかなるだろう、そもそもアースレイがそんな変な事をするはずがないし出来ないと全員が思っていた。

 が、既にシズのおかげでこの三日間、怒涛のごとく色々変わっていた事に、警戒すべき変化ではなかったので全員が油断していた。

 そして一礼して出て行こうとする三人に、アースレイが呼びかけた。


「フィエンド、君は少し残ってくれるか?」

「エルフィン、先に行っていてくれ」

「はい、分かりました」


 そう、オルウェルと二人きりではなく取り巻きやら親衛隊やらと合流するわけだが。

 気まずい。

 無言のまま歩いていく二人。

 そんな二人の後を無言のまま親衛隊とオルウェルの取り巻きが歩いている。

 そこで、オルウェルの取り巻きの一人が走ってくるのが見えた。


「オルウェル様、神殿の者達の動きが分かりました。ここ数日、いえ、シズさんが都市に来た時から監視されていたようです」

「そうか、デルタ、ありがとう」


 お礼を言うオルウェルに嬉しそうに頷くデルタ。彼はオルウェルに心酔するものの一人だった。

 とりあえず詳しく話を聞いて対策を立てねばとオルウェルが考えていると、 


「……神殿?」


 ぴたっとエルフィンが足を止めてオルウェルを見た。


「何故、彼らが動いているのですか?」

「シズと昨日接触した」


 エルフィンが驚いた様に固まる。

 昨日、シズが一人で行動していたのは窓から飛び出した後だ。その時だろうとエルフィンは推測して、シズには悪い事をしたと後悔する。けれど、今朝見た限りでは撃退できたのだろうとエルフィンは楽観した。

 彼らが接触したのなら、シズならば即効で連れ攫われるだろう。その方が、フィエンドを貶める取引材料としては都合が良いからだ。

 ここにシズを居させても、こちら側にいる限り彼らに得は無い。

 ただある理由から、エルフィンは戸惑を隠せない。


「僕は彼らの動きを“予知”の中に今は見えていませんよ?」


 シズだけに神殿の物が関わるならばともかく、何もそのような未来が見えないのだ。

 その言葉にオルウェルは少し黙って思案する。


「……杞憂だといいのだが、一応。あいつらも優秀な駒は欲しいのだろうから」

「でも、貴方の保護やフィエンドの寵愛を受けているのだから、彼はそちらに転ばないのでは?」

「最悪事態を考えて行動しているだけだ。情報を集めるに越した事はない」


 そう答えつつ、オルウェルは何故ああもいとも容易にシズが準特待生かなどの情報が手に入ったのかが分かった。

 既に学園内の情報は筒抜けなのだ。そこら中に。

 自分達貴族にしろ、神殿にしろ、全てにおいて。

 オルウェルは舌打ちする。ここまでざるでどうするのだと思う。アースレイ学園長に一度文句を言っておいた方が良いのかも知れない。


「僕も、シズに関しては気をつけておきます」

「エルフィンは自分の事だけ考えていればいい。だってお前もやつらの目的だろう?」

「僕には“予知”がありますから。この前だって上手く立ち回ったでしょう?」


 それは、フィエンドの元にエルフィンが行った事を意味するのか。

 確かにその途端一気に神殿の勢力は衰える結果となったが。

 オルウェルだけではそれが出来なかったのだと思うと、それが悔しくてならない。

 大切な人一人守れないなんて。


「そういうわけで、貴方は同室者のシズさんの事だけを気にかけていればいいのでは?」


 同室者という言葉に棘があったような気がするが、オルウェルは頷いた。

 自分はシズと仲良しなのに、エルフィンはオルウェルに対しては厳しい。

 そしてお互いの部屋へと分かれる分かれ道。


「それでは失礼します。オルウェル様」


 様づけで呼ばれた。いつもは呼び捨てなのに。

 エルフィンがすごく気分を害しているのが分かって、けれどどうしたら良いのか分からずオルウェルはそのままエルフィンを見送ったのだった。





。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"





 何も気ずいていなさそうなフィエンドに、アースレイは溜息をついた。


「シズ君が昨日、神殿の者に襲われた」

「! 俺は聞いていません」

「君に言ってどうなるというのか? 君の同室者はエルフィンで、オルウェルとは仲が悪い。この状況で、君は一体何が出来る?」

「それは……」


 唇を噛むフィエンド。本当にそうなれば、四六時中シズの傍にいたい。そうすれば自分がどんなものからも守ってあげられるのに。


「……今の所やつらも様子見らしい。そして手を打っておいた」


 実際の所シズが発案ではあるのだが。


「アースレイ学園長、積極的ですね」

「……ウィルに頼まれているという事もあるのだが、おそらく彼を神殿側に取られると、おそらく我々の負けだ」

「……確かにシズはつい魔力を持っていますがそれでも、朝だって簡単にオルウェルに捕まっていたはずです」

「シズ君は接近戦に弱いらしい。これは今日の剣術の授業の映像だが……」


 そう言って、アースレイが合図をすると、空気のように影の薄い、と言うよりも気配を消した秘書が機械を置いた。そして、スイッチを入れると、


「ひゃ……やめて……やんっ」


 顔を真っ赤にして、木刀で突かれて喘ぐシズの姿が。

 慌ててアースレイはその映像を消した。


「というわけだ」

「どういうわけですか、返答次第では……」


 怒りに震えるフィエンドに、言い方を間違えないようにアースレイは気よつけて、


「諸事情で甲冑が足りなくて、シズ君の分が無いためそのままで出て貰ったのだが、接近戦が弱くあのような事態になってしまった」

「シズにそんな危険な事をさせたのですか!」


 更に憤るフィエンドに、アースレイはぼんやりと昔の事を思い出しながら、


「……彼の叔父のウィルはあの状態で、クラス全員を叩きのめした。もちろん先生もだ」


 フィエンドが黙った。一応先生は剣術のプロで、平民クラスとはいえそれでも本当に強いものしかなれない。

 それを倒せるだけの力があること自体、異常なのだ。

 だが、それを基準にする事自体そもそも間違っている、とフィエンドは思った。なので、


「……いえ、ですがシズもそうだと限らないでしょう」

「シズ君は、ウィルと一緒に魔物の退治などをしていたから、てっきりそういった訓練を受けているものだと思い込んでいた」


 疲れたように溜息をつくアースレイに、フィエンドは怒りをそがれる。


「……分かりました。今回だけですから。あと、そのけしからん映像をください」

「良いだろう。ただしないで攻撃している彼らもそこまで悪気は無かったと思うから、制裁は加えるな」

「分かりました、善処します」


 にこやかにフィエンドは答えた。それを見てアースレイは思うところがあるものの、全員が甲冑で顔まで隠れているから大丈夫だろうと投げやり気味に考えて、その話を終わらせた。今必要なのは、


「それで、接近戦が弱いことが発覚した。だから、フィエンドにはシズ君を君に繋ぎとめてほしい」

「……繋ぎとめるかどうかは別として、出来る限りシズは俺が守ります。それに手を打ったのでしょう?」

「……ああ」


 アースレイの頭の中で、オオカミの口に羊が飛び込んでいく映像が浮かんだが、それはさておいて。


「一つ気になることがあります」

「何だ?」

「シズが接近戦に弱いのなら、どうやって敵が引いてくれたのですか?」

「……相手が様子見だったからだ」


 アースレイは嘘は言っていない。そうでなければ既に攫われている、もしくは攫われかけている。

 だから様子見。

 けれど、疑い深くフィエンドはアースレイを見ている。


「本当にそうですか?」

「そうだ」


 としか、アースレイは答えられない。

 渋々フィエンドは納得してくれたようだった。


「それでは失礼します。俺もその件に関して情報を集めないといけませんので」


 それにアースレイは頷く。

 そして去って行くその背中を見てアースレイは安堵する。とりあえず色々誤魔化せたと。

 やられた事にフィエンドが気付くのは、もう少し後の話である。


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