剣術の授業
シズがまた何かをやらかしたらしい。
現在ある一室に、フィエンドとエルフィン、シズとオルウェルが集まっていた。
全員がある紙を持っており、にこにこ楽しそうに笑っているのはシズだけだった。
残り全員、わけも分からず怪訝な表情をしている。
いつも通りオルウェルがフィエンドに食って掛かった。
「顔を見たくない貴方が、何故ここにいるのですか?」
「それはこちらの台詞だ」
相変わらず犬猿の仲の二人を前にして、シズだけが相変わらず笑っている。
そこで、エルフィンが、シズに問いかける。
「学園長から頂いた手紙に、シズから話を聞いてくれとこの部屋に来たのですが……。あと、学園長が追伸で、『諦めろ、私は諦めた』と書いてあるのですが……」
「学園長に頼んで、この部屋に四人で住めるようにしてもらったんだ」
にこにこと相変わらず嬉しそうにシズは笑っている。
微妙な沈黙が支配した。
「……俺は嫌だ」
ポツリとフィエンドは呟いた。
それに同意するのは癪だったが、オルウェルも呟いた。
「……私だって嫌だ」
昨日、オルウェルはエルフィンを拒んだばかりなのだ。まともに見れるわけが無い。
「……シズ、僕もお断りです」
エルフィンはにっこりと見たものを蕩かすような華やかな笑みを浮かべて、シズにきっぱりと文句を言った。が、
「オルウェルがエルフィンと一緒なら協力してくれるって言ったんじゃないですか」
さらっと、笑いながらシズがオルウェルにお前が言った事なんだからな、と言う。
確かに自分の言った事で、思い当たる節がある。あるにはあるのだが、
「……いや、確かに言ったが……どう考えてもこれは違うだろう。常識的に考えて」
「僕は、エルフィンと一緒なら協力してくれるとしか聞いてません。なので目的にはかなっているでしょう?」
間違っていない。確かにエルフィンと一緒の部屋だ。しかし、
「フィエンドと一緒じゃないか!」
「一緒じゃ嫌だとは聞いていません」
「それは詭弁だ!」
「オルウェル……貴方は約束を破るような、人間なのですか?」
はあ、とため息をつきつつじっとオルウェルを見るシズ。
話を聞く限り、オルウェルは大した堅物のようだった。そして約束を守る人物のようだった。
だから、そこにつけ込む。もちろんいい意味で。
「初めからこうすれば良かったんだ。こうすれば何の問題も無いよね」
「「「問題大有りだ(です)」」」
三人が頭を抱えるように、叫んだ。けれど、それにシズは不敵に笑いかける。
「つまり、オルウェルはエルフィンと一緒にいたくないと、そういう事ですか?」
「いや……それはそういう意味では……」
「素直になりましょう、オルウェル。そして、目的のためならば手段は選ばない、そうでしょう?」
「そうだが、これはさすがに……」
「諦めろって書いてあるでしょう、学園長が。それに、攻撃が最高の防御、つまり今のオルウェルのは積極性が足りない!」
ちなみにこれは、昨日、シズが言われた事でもあったのだが。
だがオルウェルは衝撃を受けた。思い当たる節が多すぎる。
好きならば積極的に。確かにオルウェルはエルフィンと出会った頃はもっとそうだったはず。
なのに、色々複雑な事情が絡み合い今のような状態となってしまった。
「そうか……そうだよな。私はいつも……」
「そうです。という訳で、いいですね。オルウェル」
「分かった。私も腹をくくろう!」
そんなオルウェルとシズの様子を見て、エルフィンが笑顔を消した。
「僕は嫌ですよ?」
綺麗な人が怒るととても怖いとシズは思ったがここで引く訳にいかない。
こういう言い方はあまりしたくないのだが、シズは諦める。このままでは駄目だから。
「実の事を言うと、エルの意見は有っても無くても構わないのです」
「シズ。僕が大人しくしているうちに……」
「だって、エルはフィンの事を利用しているのでしょう? ならば、フィンがここに居てくれれば、自動的にエルはここにいざる負えない」
エルフィンはもっともだと思った。そして、やられたとも。だが、
「シズ、そうなると俺が同意しないと全てが破綻するぞ?」
フィエンドが困ったようにシズに話しかける。相変わらず、シズには甘い。
シズは、ふふふと悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「フィンは、僕と同室は嫌?」
「そういうわけじゃない。ただ……」
そこでフィエンドは黙った。
理由が無い事に気づいたからだ。
フィエンドにとってオルウェルは嫌いなのと同時にどうでもいい人間なのだ。そしてエルフィンはただ単に、そういう関係なだけに過ぎない。
一番の問題はシズだ。
毛色の変わった玩具なのではとオルウェルに、以前フィエンドは言われたのだが、その時何度でも恋をすればいいと思ったのは事実だ。
だが待って欲しい。いきなり同室とか、心の準備がフィエンドはまだ出来ていない。
恋をする前に、いや、恋なのか不安があるからもう一度初めから作っていこうと思ったのに。
さすがに好き過ぎて押し倒すのは駄目だろう。嫌われたら、逃げられたら、拒まれたらフィエンドは立ち直れない。
というよりも、シズと一緒の部屋にいて、理性が切れない自信が無い。
どれだけシズはフィエンドの心を惑わせれば気が済むのだろうか。もういっそのこと……いや、駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目……。
「ちなみに、同室になったらフィンには、僕が朝と夜に、おはようとおやすみのキスをするからね!」
「分かった。それでいい」
フィエンドは即答していた。
即答してからはっとする。何故今、自分は頷いてしまったのだろう。
訂正しようと思うも、フィエンドはシズに抱きつかれる。
「フィン、大好き!」
嬉しそうに抱きつくシズがあまりにも可愛くて、フィエンドには耐えられない。訂正なんて出来ない。
「シズ……」
「フィン……」
フィエンドも、シズを抱きしめる。体温が溶け合ってとても温かい。
そんな二人を見てエルフィンが、オルウェルの服を引っ張った。
「エルフィン?」
珍しく、口ごもるエルフィンにオルウェルは不思議に思う。
そして、エルフィンが顔を赤くしている事に気づく。
「……その、オルウェルも、シズさん達みたいに……」
そこまで言ってエルフィンは黙る。そして悲しそうに、オルウェルの元から走り去る。
オルウェルは反射的に手を伸ばすがその手がエルフィンに届く事は無かった。
エルフィンはそのまま部屋を出て行ってしまう。
「……馬鹿か、私は」
一人オルウェルは毒づいた。本当に物事は、ままならない。そこで、
「オルウェル、後でエルフィンの事は僕が何とかするよ。だから安心してね」
オルウェルは気持ちは嬉しかったが、お断りしたかった。
既によく分からない状態になっており、そして自分の力不足が身に染みている。
オルウェルはエルフィンが好きなのに、悲しそうな顔ばかりさせているのだ。そんな顔をさせたいわけではないのに。
本当に、学園が始まってから3日目だというのに、既にそれ以上の時間が経過しているように色々ある。有りすぎる。
それもこれも、このシズという少年が来てからだ。この変な少年が。
そこでフィエンドが何かに気付いたらしかった。
「シズ、ここに痣が……」
フィエンドがシズの腕を掴んだ。シズの腕に有った痣を心配したのだろうが……。
シズは反射的に、フィエンドの手を振り払った。その時一瞬だけ、シズが怯えた顔をしたのをフィエンドは見逃さなかった。
「シズ?」
けれど、シズはすぐに誤魔化すように笑って、
「この痣、剣術の時間に間違ってあたっちゃって」
「大丈夫か?。油断したのか?」
「うん。あ、僕ちょっととって来る物があるから、また後でね」
「待て、私をフィエンドと二人っきりにするな」
そう、オルウェルはシズを追いかけるように部屋を出る。下手に聞かれると困ることがあるためだ。
主にシズが。
オルウェルの取り巻きと合流して歩き出す。シズは何も言わない。
理由は、オルウェルは知っているが、シズに口止めされているので言わない。
そう、全ては昨日の夜から始まっていたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
部屋に戻ると、シズはまだ帰ってきていなかった。その事にオルウェルはいぶかしむもすぐその後にシズは帰ってきたのでそこまでは良かった。
顔が泣きはらしたように、赤い。
「シズ? どうし……」
オルウェルが声をかけると、再びシズが泣き出した。
オルウェルはおろおろしてどうしようかと周りを見渡して、それから、泣き止ませようとして、シズをぎゅっと抱きしめようとして腕を振り払われた。
その時、やけにシズが怯えていた。
いつもなら、消し炭にしてやる、と言う程度に気の強いシズが?。
「……知らない奴に、キスされて……」
「……何でそんな、というか抵抗は?」
「した。接近戦が弱いって、後キスされて魔力の質とか調べられて……」
そこで、シズはオルウェルが青ざめている事に気づいた。
「オルウェル…?」
「……なんで、神殿の奴らが……残りの殆どはここから出て行ったはずなのに……」
神殿。確か昨日、リノから聞いたはず。
エルフィンがフィエンドの元に行った理由の一つ。
そして、派閥争いで敗れたもの。それが今更。
けれど神殿についてはシズは良く分からない。
けれど、また会おうといっていた。昼間の食堂で見ていたとも。
身近な恐ろしさに、シズは恐怖を覚える。確かに悪意や良くないものかは分かる。
けれど分かった所でどういう行動に出るかはシズには分からない。まして相手は人間だ。片っ端から消し炭にしていくわけにもいかない。
あの時のキスを思い出し、シズはぞっとした。
けれど、シズはその嫌悪感を我慢して、
「オルウェル、あいつら敵なんでしょう?。黒いカラスみたいな魔物をまた扱っていたし……」
「また?」
「うん、入学式の時叩き落した奴。学園長が教えてくれた……」
「私は聞いていない……だが、そうか。その魔物は誰かを狙っていたのか?」
「そこまでは僕も分からない。けれど、また戦うのでしょう、その人達と」
オルウェルが黙った。そして唇を噛む。
「……もう嫌だ」
「え?」
「この前はエルフィンを取られても結果として助ける事になるから協力した! でも、もう今度は嫌だ! あいつに、フィエンドに協力するのは嫌だ! 心を殺してまで手伝うのは嫌だ!」
「オルウェル……」
「私は、エルフィンを取り戻したい。エルフィンと一緒にいられなければ、俺は協力しない。絶対に」
一気にまくし立てて、はあはあと息を整える。感情的になりすぎた、とオルウェルは思った。と、
「そこまでエルフィンが好きなのですか?。もう離したくない位に?」
その問いかけにオルウェルは苛立つ。
「当たり前だ。それを……」
オルウェルは、そこでシズの顔を見た。あの以前見た、目の離せないあの表情。
駄目だ、無理だと笑われるのではなく、本当にオルウェルの答えを真剣に聞いてくれている。
シズがふっと微笑んだ。
「大丈夫。エルフィンはオルウェル、貴方の隣にいるのが一番似合っている。それだけは確かな事だから。だから、約束をして欲しい。もしもエルフィンが貴方と一緒にいられるようになったら、協力してね」
「本当に……」
「答えは、はい、いいえのどちらかしか受け付けないよ?」
「……はい」
「よろしい。どの道、あの二人をどうにかする約束もあるしね。あ、そうそう、その、神殿の奴に襲われたことはフィンには言わないでほしい」
フィエンドにその事を話すとどうなるのかをオルウェルは考えて、焼け野原になる学園と神殿を思い浮かべた。それとも思い余ってシズを押し倒した後、焼け野原か?
焼け野原以外の選択肢が無い。
「分かった、フィエンドには話さないでおく」
「ありがとう。……だって、恥ずかしいから。自信たっぷりに大丈夫、といった手前、そんな事を言ったら、また田舎に帰れって言われちゃうよ」
「……そうだな」
田舎に帰れ、どころか監禁されてしまいそうだと思うのはオルウェルの気のせいだろうか?。
どうもこのシズという少年は自覚が足りないように思う。
「何故そんなにフィエンドの事に警戒が無いのだ?」
「? フィンは優しいよ? 酷い事をするはず無い」
首を傾げて本当に分からないというかのように、シズは言う。
オルウェルは心の中で思った。
どう考えてもフィエンドはシズを狙うとても恐ろしいオオカミ以外の何物でもないと。ウサギの皮をかぶっているかも知れないが、それでもかぶりきれていない部分が多すぎる。それなのに。
そこでオルウェルは気付いてしまった。
シズと言う羊は、フィエンドというオオカミが、オオカミだと気づいていないのではないかと。
「……致命的ではないか」
食べられる側としては。いや、オオカミもそんな羊が大好きで好物だし、どうしようか迷っているようだが。
けれど、それではシズは、フィエンドの事を好きといえば大好きだが、恋愛感情とは、貪りたく、喰らいたいあの感情とは少し違うのでは?
オルウェルは嫌な予感がした。どこかで何かがすれ違っている。自分も人の事は言えないが、危うい線の上に乗っている気がする。
かといってここで放り出せるわけでもない。今の所シズは、フィエンドの唯一といってもいい泣き所である。
それを狙ったとしたら、神殿の方もなかなかだ。そして行動が早いが、まだ様子見なのか? それとも泳がせておく事で何かを狙っているのだろうか?。
オルウェルは頭が痛くなってくる。そこらへんも考えて明日から対応を練らなければ。
かといってフィエンドと協力は嫌だが。
「……とりあえず、今日は寝よう。もう遅い」
「そうですね」
「ああ、ロイからベッドを預かってきたぞ?」
「貰う約束をしていたんだ、忘れてた。ありがとうオルウェル」
「別に頼まれただけだ。代わりに毛布を返せ。風邪をひきかけるのはこりごりだ」
「ははは、そうですね」
投げ渡される毛布。そしてオルウェルはベッドの入った硝子玉を取り出してシズの方に投げる。
ベッドを出して、メイド姿のままシズは横になる。
「……着替えないのか?」
「今日はもう疲れました。襲わないでくださいね?」
「正直に言おう、シズ、お前にはエルフィンのような魅力が無い」
「ああそうですね。でも、やれればいい人も居るそうですから」
「私をそんな者達と一緒にするな」
「はは、本当にオルウェルは真面目ですね……くう」
声が小さくなっていったと思えばもう寝息をたてている。
寝るの早すぎとか、周りを警戒して結界張っておけよと思うも、今日は色々ありすぎて疲れたのだろう。
よくよく考えればこんな世界と彼は無縁のはずなのだ。
「真面目……か」
シズに言われた言葉をオルウェルは反芻する。
先ほどエルフィンに言われたものと同じ言葉。真面目なオルウェルが好きだと言われた。
けれどもだいっ嫌いだとも言われた。
「まだ好きで、ごめん」
そうオルウェルは毛布の中で、エルフィンに謝ったのだった。
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翌日、シズが全力で逃げた。
「僕は気持ちのいい環境で美味しいご飯が食べたいんだ!」
「待て、シズ! 私がフィエンドに嫌がらせできないだろう!」
「だから嫌だって言っているんだー!」
「フィエンドと一緒に食事がしたくないのか!」
「それは! それは……」
「確保!」
「ちょ、取り巻きの人達使うなんてずるい! や! ちょ、縛らないで! というかこれじゃあご飯が食べられないよ!」
「食堂に着いたらはずしてやる!」
朝からエネルギーを消費しつつ食堂へ向うオルウェルとシズ、取り巻き達。
そして食堂の前で丁度、フィエンドとエルフィンに会う。
ちなみにシズは、服の上から手を後ろにまわされて縛られている。
「……オルウェル」
「……何だ?」
「AとBとCとD、どれが良い?。ちなみにDはスペシャルメニューだ」
昨日の朝突きつけたものと似た選択肢。もちろんフィエンドはにっこりと笑って怖ろしいほどの殺気を噴出させている。
だが、今回ばかりはオルウェルにも都合の良い言い分がある。
「ふ、むしろフィエンド、お前には感謝してほしいものだな」
「何だと?」
「シズはお前と食事はしたくないそうだ。それをここまで連れて来たのだからな!」
「むーむーむー」
ちなみに例にもよってまた、シズは今回は布で口を塞がれている。
昨日の件で、シズが接近戦が弱い事を知りオルウェルはシズに対しての対抗策を編み出したのだ。
ぶっちゃけ普通に捕まえられる。
けれどそこで、シズの縄と口に巻かれて布が燃え出し灰になった。シズが魔法を使ったのだ。声そのものを封じられているわけでもないので使えるわけである、という事にシズは今気づいた。だが、それよりも、
「オルウェル、よーくーもー」
「嘘は言っていないぞ」
「僕はフィンとオルウェルが喧嘩している前で食事がしたくないだけです! 美味しいものは楽しく味わいたいのです!」
「それで、フィエンドと一緒に食べるのが嫌なのか?」
「それは……」
我ながら意地の悪い質問だとオルウェルは思ったのだが、
「なら、俺の前にシズが座れば良い。そうだろ? 俺の顔を見ながら食事をすれば良い。俺もオルウェルなんかの顔は見たくないし、シズの顔を見ながら食事をしたいな」
「フィン、僕もです。フィンの顔を見ながら食事をしたい!」
フィエンドとシズ。お互い嬉しそうに見詰め合う二人。
さーて、邪魔でもするかと、オルウェルが割って入ろうとして、エルフィンに服を引かれた。
今までそんなことが無かったので、オルウェルは驚く。
「……別に、二人がそうだといっているのだから、邪魔しないでおきましょう」
エルフィンの頬が少し赤い。
期待していいのだろうか。オルウェルは、少しくらっとくる。
と、目の前のバカップルがじっと二人を見ていた。
オルウェルが言い訳をする前にエルフィンがシズの耳元で囁く。
「……あまり僕をからかうと、襲いますよ?」
シズがびくっとして、フィエンドに引っ付く。一方エルフィンは何事も無かったように食堂の中へと入っていったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
「君達、そろそろ剣術の時間じゃないのかな?」
そう声をかけてきたのは、緑色の髪に、赤い瞳をした人だった。制服を着ていないことから、生徒でないことが分かる。
先ほどからやけに甘い雰囲気で食事をしていたシズとフィエンド。
「フィン、これ美味しいよ!」
「どれどれ、本当だな。ならこれはどうかな?」
「わあ、これも美味しい!」
ちなみにそんな二人の隣には、それぞれオルウェルとエルフィンが座っておりもくもくと食事をしている。
この気まずい空気に他の生徒は耐えられないのか、周辺には生徒は誰も座っていなかった。取り巻きですら少し離れた場所に座って食事をしている。
そこに現れた人影が一人。
「エレン先生、もうそんな時間ですか?」
「そうだよ、外部性のシズ君は着替える場所を知っているのか気になってここに来たけれど、エルフィンがいるから問題ないかな?」
「はい、シズは僕が責任を持って連れて行きますから」
「そう、それでは……」
そこで、エレンという先生が、シズの肩にぽんと手を乗せた。途端、声が流れてくる。
――アースレイ学園長が昨日の件で呼んでる。剣術の授業でわざと少し怪我したふりをして。そうしたら連れ出すから。
シズは、エレンを見上げる。にこりと彼は微笑んで、
「それでは、授業で会いましょう。また後でね、シズくん」
気さくな雰囲気で去って行く彼に、シズは何か思うことが有るらしくじっと見ているので、フィエンドは尋ねた。
「シズ、どうかしたのか?」
「いえ、今の先生エルフィンに似ている気がして……」
オルウェルが微妙な顔をした。
「……いや、そうか。なるほど」
「フィエンド、そういう含みのある言い方は止めてくれないか?」
「俺は何も言っていないぞ? ただ趣味が似ているなと思っただけで」
言い返そうとしたところでエルフィンが立ち上がった。
「……シズさん、行きましょうか。もう時間です」
「あ、はい。それじゃあフィン、オルウェルもまた後で!」
パタパタとシズがが駆けて行く。その様子を優しそうにフィエンドが見ていた。
それがオルウェルには気に入らなかったが、自分ももう授業に行かないといけない。今日はフィエンド達も魔法の演習の授業だった。
席を立つフィエンド。オルウェルも、フィエンドよりも早く教室に着きたいというささやかなプライドのために席を立ったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
「イル、アレは止めた方がいいと思うよ?」
「僕の“妖精”、可愛い……」
「しかも聞いていないし。でも、イルが惹かれた理由が分かったよ」
「え?」
「アレは普通の人じゃない。そして僕達の側の人間でもない。敢えて言うならフィエンド様に近いけれど、それよりももっと凄いものだ。イルが“妖精”と呼ぶのもあながち間違いではないかもね」
「? 意味が分からないよ?」
「イルは、人には基本的に興味が無いって事さ」
そう、イルは普通ではない。だから、普通でないものが集まってくる。
けれど寂しがりやなイルは、その事を認めたくないし、認めたくないから考えもしない。
「そんなこと無い! だったら、レイクと友人になっていないし、変わり者の統率者になってなんかいない」
「……君は普通とは違う。それは君自身が分かっているでしょう?」
「それは……そうだけど……でも、あの子に一目惚れしたんだ! 相変わらずあんなに綺麗で可愛くて……」
「……君の目に世界がどう映っているのか、一度でいいから見てみたいよ。僕はね」
そう言って、レイクはイルの頭を撫ぜつつ、失恋確定だと早速諦めていた。
そもそも相手が悪い。あの、フィエンドが相手だ。
相手にすることが問題なのだ。下手に逆鱗に触れる行動は慎むべきなのだが……。
「あの子、なんて名前なのかな……」
レイクにとって大切なイルの初めての、自覚した恋なのだ。叶えてやりたい。恋をするという事を。
既にイルは、レイクのものなのだから。
束縛は良くない。けれど、本人が気付かなければそれは束縛では無い。
細い糸で幾つも縛り付けて、イルはレイクから既に逃げられないのに自由だと思っている。
「あの子の名前は、シズ。シズ・アクトレス。準特待生の子」
「え、そんなに頭が良いんだ」
「下から数えた方が早いイルとは全然違うよね」
「レイクは黙って。好きでこうなったわけじゃない!」
「そう、ついでにあの子冒険者レベルAらしいよ?」
「可愛くて強くて頭が良い子なんだ! いいな……」
「とりあえず一人で近づいちゃ駄目だからね?。あのフィエンド様のお気に入りだから、イルなんか簡単にどうにかされちゃうよ?」
「うう、分かった」
「よし、いいこいいこ」
そう頭を撫ぜるレイク。まったく困ってしまう。そんな所も可愛いから困るのだ。
だから、放っておけない。
さて、どうしよう。どうお膳立てしようか。とりあえず放課後に接触かな?。
レイクは嬉しそうなイルを見つつ、計画を練っていたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
いきなりフルボッコにされたでござる。
剣術の授業。
短パンと半袖のシャツに着替えたまでは良い。
そう、周りの奴等がエルフィン様の生足、だの何だのと騒いでいたのもいい。
だが、その後全員が金属製の甲冑に身を包み始めた。それも金属には、防御力が高くなる魔法がかけられている。
どれほど過酷な授業なのだろうと、シズは不安を覚えて自分の甲冑があるであろう場所を覗くと、ぼろぼろの、そもそも使えるのかどうか怪しい穴だらけの甲冑が入っていた。これでは急所を守る事は不可能で、むしろつけた分だけ機動性が落ちる。
「これは絶対につけなければならないのですか?」
「そういうわけでは……酷いですね。新しいものと代えて……」
エルフィンが眉をしかめる。そもそもこんな手入れのされていない防具がここに入っている事の方がおかしい。そこで、
「かの有名な、シズさんは防具無しでは不安だと、そう言いたいのですか?」
昨日消しゴムの欠片を投げてきた男だった。周りにはこの前と同じメンバーが数人。全員が薄ら笑いを浮かべている。
とはいえ、そんな挑発に乗って怪我をしても馬鹿馬鹿しいのでシズは無視をしようとした。が、
「どうも昨日の内に予備の甲冑が全て壊れてしまったらしい。どういうことだろうね?」
シズは、彼らを見た。彼らは良くないものだ。
彼らは事情を知らないから探りを入れてきたのか?。
とすると、甲冑を付けないで正解か。
「このまま出る事になるのか。そもそも剣は木刀だし大丈夫かな?」
「シズさん、僕の分の甲冑を……」
事情の知らないエルフィンが、親切に言ってくれるも取り巻きたちが、慌てて止める。
けれどエルフィンは、
「僕に手を出して酷い事をしようという人はいないでしょう。けれど、シズさんは非常に微妙な位置にいます。今回の剣術で、合法的に仕掛けられると思っている方々もいるのでは?」
ちらりと、昨日消しゴムを投げてきた奴らをエルフィンは見る。
彼らは笑ったままだった。そう、顔は笑っているのに目には感情が伴っていない。
それがシズには非常に不気味に見えた。
また、エルフィンの申し出は嬉しかったが、ここはまず断らないと。
「ごめん、エル。僕は無しで良いや。いざとなったら、魔法を使えばいいし」
「でも……」
「それに、逃げ足には自信があるんだ! だから大丈夫!」
「そうですか、シズさんがそう言うのであれば……」
エルフィンは心配そうに見て頷いた。そこで、先ほどのエレン先生が来る。
「あー、そうか甲冑が壊れたから今回は、無しでもかまわないかな、シズ君?」
白々しいと思ったが、シズはとりあえず頷く。
「はい、それにいざとなれば魔法で……」
「剣術の授業は基本魔法禁止なんだ。本年度から」
「え?」
「いや、去年、それで甲冑が軒並み壊れて、とてもじゃないけど予算の関係で大変で。それで、魔法を禁止しようって話になったんだ」
「そ、それだと逃げるしかない?」
「いや、戦えばいいだけでしょ。シズ君?」
気楽に言うエレンに、剣術ってどうやるんだろうとシズは思ったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
そして授業時間に、木刀の攻撃をかわしたのはいいとして、どういうわけか半袖のシャツがびりびりと破けたり、半ズボンが脱げかけるわ破けかかるわな目にシズはあった。
しかもかわし切れない木刀を手で防御して、その時に手に痣が出来てその痛みにバランスを崩して地面に転がる。すると、服の隙間から木刀が忍び込み肌の敏感に感じる部分をつつき始める。
「ひゃ……やめて……やんっ」
なんか変な声が出てくるし、シズは泣きそうになる。
そしてそんな声が出た途端になぜが甲冑を着た生徒達がごくりと唾を飲む音と、妙な視線をシズは感じた。
次の瞬間には熱心に、彼らはシズの体を木刀で痛みを感じない程度に嬲るというか、つつき始める。
「や……そこ……らめぇ」
払いのけようとしても、次から次へと木刀は増えて、しかも逃げても追ってくる。
そもそも人数も増えている。
触れられるたびに、体がびくびくと弛緩して、熱くなってくる。しかも息も荒げでシズは顔も上気しており、劣情を誘うような匂いを本人は気づかない内に出していた。そこで、
「シズさん、貴方達もやめなさい!」
エルフィンはシズの異常に気づいたらしい。
助かったとシズは安堵する。
エルフィンの声に、全員が静まる。そして、エルフィンはシズの方にやってきて、その様子を見てしばらく沈黙してから、ふむと頷いた。シズは嫌な予感がした。
「……僕も見たいので、皆さんもう少しやっちゃってください」
「ちょ、エル、酷い、ひん……あん……やぁ」
シズは涙目になる。このくすぐったい小波のような刺激は、頭がどうにかなってしまうそうだ。
ぱん、ぱん、と手を叩く音がした。
「はい、そこまで。というより、シズ君は怪我をしているじゃないか。ついでだから君は保健室……ああ、外部生だから場所知らないか……案内するか。全員小休憩」
エレン先生が、多少文脈に違和感があるも、そうシズを誘導したのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
エルフィンは酷い人だとシズは思った。すごく思った。所で、
「何故保健室に年をとったようなオルウェルが?」
彼は、神経質そうに眉を寄せた。
「私はオルウェルの年の離れた兄だ」
「ガーデルマン先生ですよ。シズ君」
「とりあえず、偽造した診断書だ。これでいいのか?」
「ありがとー、愛してる」
ちゅっとエレンがガーデルマンにキスをしていた。
シズはなるほどと思った。確かにエルフィンと共通点がある。
「しかし、シズ君には悪い事をしたね。甲冑をとりあえず無くしたのだけれど、まさかあそこまで弱いと思わなかった。ウィルと全然違うんだね、似ているけど」
「叔父さんを知っているんですか?」
興味津々なシズに、エレンは笑って、
「うん、僕は襲おうと思ってよく返り討ちにあっていたね。ガーデルマンもそう」
「あの頃の話はしないでくれ、エレン。それに今は君だけだから良いだろう?」
「まあね。もっともガーデルマンがウィルに手を出したのは、アースレイへの当て付けでやっていたけどね」
「昔の話だ。それよりも、ウィルから私達の事はシズは聞いていないのかい?」
「はい。聞いたのは、アースレイさんの事だけで、そもそもここの事をあまり話してもらっていなくて。多分行かせたくなかったのだと思います」
「なるほど」
ふむふむとガーデルマンが頷く。何か思い当たる節があるらしい。と、
「しかし、いまだにアースレイとウィルがくっ付いていないのが面白いよね」
「好きで大切にし過ぎて手を出せなくなって、いまだに文通とは笑えるな」
何故かシズは、いたたまれない思いに駆られる。
「それでも諦めきれないなら、自分から攫いに行けばいいのに」
「いまさら出来ないのだろう。むしろウィルが自分から抱いて、と囁けば終わりなきがするがね」
「確かに!」
シズは、人事ではない何か不安を覚えた。だがそれが何なのか分からない。
楽しそうに二人は話しているが、シズは冷や汗が出てくる。
すごく不安だ。そこで、
「そうそう、オルウェルはどうだい?。私よりもアレは堅物だから大変だろう?」
「いえ、でも、そんなに堅物かな?」
昨日は毛布を分捕ったし、昨日は約束を取り付けた。正直、堅物の人間が、シズを縄で縛って食堂に連れて行こうとするだろうか?
そこで二人が黙った。黙ってシズを見た。
「さすがウィルの甥。魔性二号と囁かれるだけの事はある」
「しかも無自覚な所が本当にそっくりだな」
「……僕は叔父さんにそっくりですか?」
「ああ、全てよく似ている。状況も含めて」
最後の不穏な言葉をシズは聞き流した。けれど、そういわれてシズは嬉しかった。
シズにとって叔父さんは憧れの人だったから。
ガーデルマンが時計を見て確認をする。
「さて、そろそろアースレイの所に連れて行かないと、遅いと文句を言われるぞ?」
「そうだね、シズ、それじゃ行こうか」
そう促されて、シズは保健室を後にしたのだった。