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敵との遭遇

 白いエプロンとレースとリボンの付いたカチューシャを付けたまではいい。

 とうとう恐るべき時間がやってきた。


「さあ、まずガーターベルトとニーソを!」


 這いずって逃げようとするも、シズの背中をベンチか何かのようにエルフィンに乗っかられて、シズは動けない。


「ふふふ、嫌がるシズさんも可愛いですね」


 うつ伏せになったシズの上で足を組みながら不敵に笑うエルフィンに、シズは危険なものを感じた。

 だが、それよりも危険な事態が着々と進行していたのだ。


「さーて、何色がいいかな。黒は挑発的だし、ピンクや水色もいいかも。特にピンクはエロいよね。でも敢えて清純なイメージの白がいいかなー。シズはどれがいいかな?」

「どれも嫌だ」

「我侭だな、もう」

「白がいいのでは? やはり穢れの無い体で誘惑するのも良いでしょう?」

「なるほど、エルフィン様さすがです。早速白い奴を……」


 そこでシズが不思議そうに二人に聞いた。


「誘惑するって、誰を?」


 えっというように、エルフィンとリノは顔を見合わせた。何を言っているんだこの人、とでも言うかのようだった。

 だが、シズは本当にわからないとでも言うかのように首をかしげている。

 なので、リノとエルフィンはアイコンタクトをする。

 よし、からかってやろうと。


「フィエンド様だよ。シズは、フィエンド様が好きなんでしょう?」

「……そうですけど」

「エッチなことをしないの?」


 シズが固まった。

 よし今が好機とばかりに、リノはシズのスカートをめくる。だがシズはその質問に頭がいっぱいで全然気づいていない。


「……何故すぐそっちに持って行くのですか?」


 ぐったりとしているシズ。とりあえずリノは下着を脱がして、力を込めて叫んだ。


「楽しいからさ!」

「最悪だ。本当に最悪だ」

「というのは四分の一ほど冗談で、何だかシズ、フィエンド様の事が好きという割に積極性が足りないと言うか、諦めてない?」


 図星を突かれてシズは黙った。

 そんな様子に、リノはシズのスカートに手を入れニーソをまずはかせていく。また、その事に気づかれないよう更にシズを追い詰める。


「やっぱり身分違いだとか思っているの?」


 それにシズはしばし黙って、悲しそうに、


「……僕もそれが分からないくらい子供ではないのです」

「そうかな、僕達はまだ子供だよ? だから多少、思うが侭に動いてみてもいいんじゃないかな」

「それは、そうなのかな?」


 ほんの少し希望を持ったかのような、シズ。

 リノはもう片方の足にニーソをはかせた。


「そうそう、それもシズのフィエンドへの好きは憧れなのかな?」


 意地悪な質問だ。けれど弾かれたようにシズ答えた。


「違う、僕はフィンの事が本当に好きで」


 最後の方は自信をなくしたようにすぼまる。

 気が強い割りに、純粋な反応がなかなか可愛い。本当にこんな反応を好きな相手に繰り返されたらと考えると、フィエンドが別の意味で気の毒に思える。本当に一体いつまで耐えられるのか。

 気の毒だなー、とリノはシズにガーターをつけた。ついでに少しけしかけてみる。


「なら、奪いにいかないと」

「奪う?」

「そう、シズの上に載っているその人でもいいけれど、手に入れるために全ての障害を乗り越える位にね」


 シズはエルフィンを見た。エルフィンは妖艶に笑っている。

 やっぱり綺麗な人だなとエルフィンを見ているシズ。その隙を見てリノは、ガーターでニーソを吊り上げる。

 そこでエルフィンが口を開いた。


「僕は、シズさんに感謝しているのですよ。貴方が居たおかげで、全てが悲しい結末にならずに済んでいるのです」


 シズはびくりとして昼間アースレイに言われた事を思い出した。

 運命を操る力。物騒な響きの力。

 リノはこそこそとレースの下着をはかせた。

 黙り込むシズにエルフィンは微笑みながら、けれどはっきりと言った。


「けれど、フィエンドの事は渡せません。そして僕はある打算的な理由でフィエンドと付き合ってる」

「うん、それは僕も分かっています」

「本当に? 貴方はフィエンドが好きなのに身分違いだと理解している。ならば、僕がオルウェルではなく彼を選ばなければならなかった、その意味がある程度察しがつくでしょう?」

「大丈夫だよ。エルフィンはオルウェルの元に戻れる」

「なんで、そんな簡単に言えるのですか!」


 珍しく声を荒げるエルフィン。その様子に驚いて、リノは靴を選ぶ手を止めた。

 けれどシズは、静かに、かつてエルフィンを見たあの恐ろしいほどに美しいと思った空気を纏って続ける。


「歪みがあるから。それを元の綺麗な形にしないと、エルフィンもフィエンドも、そしてちょっと気にいらないけれどオルウェルも、壊れてしまう」

「意味が良く分かりません」

「言葉で説明できない感覚なんです。さっきだって魔法で外の事が分からないのにフィンが泣いているのが分かった。そんな感覚なんです」


 エルフィンとリノはよく分からなかった。

 けれど、確かにシズはフィエンドが泣いている事に気づいた。

 あの時はどれだけバカップルなんだと思ったが、もしかしたならシズの特殊能力なのかもしれない。

 エルフィンが溜息をついた。


「そんな曖昧な理由なのにシズさんを信じてしまいそうですよ。責任とってくださいね」

「責任はオルウェルにとって貰おうと思うのです。僕は」

「それもそうですね。僕も色々取ってもらわないと」


 二人してくすくす笑いあう。その傍でヒールの高い黒い靴にリノは決めた。

 そこでふと、言いにくそうにエルフィンはシズに問いかける。


「もしも、彼は過去を通してしかシズさんを見ていないとしたらどうしますか?」


 その言葉に、困ったようにシズは頬をかいた。


「……分からない。それに恋愛経験なんて、僕はフィン以外の人を好きになったことはないし……過去を通してしか見ていないという感覚が分からない。それに、フィンが初恋だから、それを言うと僕も過去を通してフィンの事を見ていることになるかもしれない」


 そこでシズは、恋焦がれるように鮮やかに微笑んだ。


「でも、僕はフィンそのものが好きだから、少なくとも過去から今のフィンまで全てが好きだよ」


 凄まじく惚気ている事にシズは一切気づいていない。

 それに当てられたリノとエルフィンは思った。

 なんだろう、すごくリノはロイと、エルフィンはオルウェルといちゃいちゃしたい。

 だから、いちゃいちゃする事が叶わないエルフィンは少しだけ意地悪に聞いてみる。


「初恋は実らないものと相場が決まっていますよ?」


 少し黙ってシズはまっすぎにエルフィンを見た。

 挑むような、きっとフィエンドを奪おうと決めたのだろうとエルフィンは思った。

 そんなエルフィンのささやかな悪意をものともせずに、シズは言い返した。


「ならば、何度も恋をすればいい、過去を通してしか確かに今はフィエンドと繋がりはないかもしれない。けれど、今の僕はフィンの事を好きなのは確かだから、二度目以上の恋になる。ならば、叶う見込みはあるんじゃないかな?」


 にこっと笑って言い放つシズに、エルフィンは眩しい光のような輝きを見た。

 きっとこの輝きがフィエンドを惹きつけてやまないのだろう。そこで、


「そうそうそのいき、ほい、完成」


 気が付けばリノに全てを完成させられていた。いつの間にと思うのと、何か本当に足の辺りがスースーして何だか不安になる。

 背中からエルフィンがどいて、シズは床から立ち上がるとリノが嬉しそうに目を輝かせた。


「うん見た目どおり本当に似合うねメイド服。そうそう、ちょっとこっちに来てくれる?」


 散々痛い目にあっているのにまだ学習しないシズは、おいでおいでとするリノに無防備に近づく。

 シズが立つと右足の部分がめくられた。


「な、何をするんですか!」

「動きやすいように片足の部分を捲り上げてボタンで押さえるんだ」

「片足だけニーソの若干上まで見えちゃうじゃないですか!」

「分かってないな、それがいいんじゃない」

「そうそう」


 エルフィンもリノと一緒に頷いている。

 明らかに可笑しいだろうと叫びたかったがシズは黙った。考えるな、感じるんだ……では無くて、疲れたから考えたくない。

 とりあえずなされるままに片足が出るように止めて、リノは、


「ついでに体を使って誘惑しちゃえばいいんじゃない?、フィエンド様を」

「……僕がエルフィンみたいに色香が無いことなんて周知の事実じゃないか」


 ぷうっと頬を膨らませてすねるシズ。

 ちなみにシズは都市に来た初日に、フィエンドに美味しく頂かれそうになったことなど綺麗さっぱり忘れている。そして、フィエンドと知らず、彼のことを思い出して宿で体が疼くような事もあった。

 しかし本人も気づいていない事だが、シズの現在のフィエンドへの感情は好きは好きでも、恋愛よりも親愛に傾きかけていた。シズの方が、可愛くて綺麗で病弱なフィエンドという過去に囚われているのだった。


 加えて、フィエンドとエルフィンとの情事も目撃している。だから、シズは自分に誘惑は無理だと思い込んでいる部分もあった。

 そんな状態になっているなど知らないリノとエルフィンは顔を見合わせる。

 フィエンドはシズと居る時、特に優しい雰囲気になる。行動から言動から、本当に好きだという気持ちが溢れ出して、言葉では表現できないほどだった。


 それほどまでに好きなシズが誘惑してきたら即効で襲っちゃうだろうというのは明白だった。

 問題なのはそのことにシズが気づいていないことである。

 そして、リノとエルフィンは思った。

 このまま黙って、けしかけた方が面白そう。いざとなれば修正すればいいし。

 そんな事は露知らず、シズは昔みたいにキスするくらはいいのかもと、体を使うの意味を考えていたのだった。





。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"



「とりあえず一番の難関のシズの衣装が終わった所なので、僕達も着ましょうか」

「リノさんも着られるのですか?」

「ええ、出来れば三人そろって記念撮影したいのですがよろしいですか、エルフィン様」

「良いですよ」


 そこでリノの目がきらりと光った。


「ついでに、一人ずつポーズを決めて写真を取らせて頂きたいのですが、あ、シズは強制ね」


 何でだよ、とシズは叫びたかった。


「代わりにそのメイド服一式あげるから協力してよ。エルフィン様もその条件でいかがでしょうか?」

「良い条件です。では、このミニスカートのメイド服で、ニーソは黒かな?」


 何でこの人はこんなに乗り気なんだろうとシズは思った。そして一人ずつの撮影会など絶対に嫌だった。

 だからとりあえず情報を。手に入ればこっちのものだ、全力で逃げてやるとシズは心の中で誓う。

 そう考えて、着替え始めるリノにシズは問いかける。


「そろそろ、この学園について少し教えて欲しい」


 服に手を通しながらリノが頷いた。


「いいよ。じゃあ、この学園に基本入るのは、貴族と、その貴族にお近づきになりたい平民だって事をまず覚えておいてね」


 シズは、頷いた。自分だってフィエンドという貴族に会いたいがためにここにきたのだ。


「貴族は貴族同志の交流、平民は貴族との交流、綺麗な言い方をするとそうなる」

「……それって不純なんじゃ……」

「そうでもして取り入りたい人が多いってことさ。特に特待生、準特待生となってくるとそういったものも含めて優秀な頭脳としてのパートナーの役割も果たすから引っ張りだこなんだ」


 シズはうーん、と考える。


「僕に一切来ないのは魅力が無いから?」

「……分かった。そこからまず説明しようね」


 リノは頭が痛そうに、抱える仕草をした。


「まず、この学園には幾つかの派閥がある。一つはフィエンドの貴族の派閥、もう一つが平民中心の貴族も含まれるオルウェルの派閥、後は弱小の神殿の派閥、三年を中心とした変わり者を集めた派閥、残りはどちらにも入らない貴族と平民……あ、僕達は最後に属するから」

「? 神殿の派閥が少ないのですか?」


 シズは本当に不思議そうに首をかしげる。神殿の教えを人にとに教える教会は何処にでもあるし、村でも一目置かれていたのをシズは知っていた。

 その言葉に、ちらりとエルフィンの方を見て、彼がそ知らぬ顔で着替えているのを確認してリノが続ける。


「エルフィン様が、フィエンドのもの……同室者になった後、その派閥徹底的に粛清、もしくは取り込みをして弱体化させてしまったんだ」

「……そんな風には見えない……」

「だろうね、驚くほど今は平穏だね。あの時は何人も死人が出たし、もっとも、アレには大人たちの思惑も絡んでいたから面倒ではあってけれどね」

「大人達の思惑?」

「正確には、神殿の力を削ぎたい貴族と、神殿内の内部抗争かな?」

「でも、エルが関係しているように聞こえるけれど……」

「それはそうさ。エルフィン様は、魔力も頭脳も優れ、かつ数少ない予知を司どる、それももっとも細かい時間、場所まで見ることの出来る、最高位の神子だったのだから」

「だった?」

「リノさん、そこまででお願いします」


 やんわりとエルフィンに拒絶の声がされる。リノは黙った。


「と、いうことで大体分かってくれたかな」

「はい、一応幾らかは」


 エルフィンに皆が敬意を払っている理由がシズにはようやく分かった。これからは様付けで呼ばないといけないだろうか。


「ちなみにシズさん、もし僕の事を様付けで呼ぶようなことがありましたら、犯しますからね?」


 心を読んだようなエルフィンの言葉にシズは、そんな事一切考えていませんというかのように引きつりながら微笑んだ。そもそも、


「エルフィンはされる側なのでは?」

「シズさんなら僕でも攻めるほうに回れそうだと思っているのですよ?」

「はははははは」

「ふふふふふふ」


 シズは乾いた笑いを浮かべてリノの後ろに逃げ込んだ。エルフィンの目が何故か獲物を見るような目をしており怖かったから。

 そんなシズの様子を見て、リノがため息をついた。


「そういう無防備な所が危ないけれど、でも、少なくとも現在はフィエンド様の威光があるから誰も手を出せないと思うけどね」

「……フィンって、そんなすごい貴族なの?」

「待て、そこまで知らないの?」

「……だって、田舎では貴族という事しか知らなかったから……」


 もじもじと顔を赤くするシズ。それでここまで追いかけてくるとかどんな根性だよ、とリノは思ったが、それほどまでにフィエンドはシズにとって夢中になれる存在なのだろうと結論付ける。

 そんな所も好感が持てたのでリノは丁寧に説明を始めた。


「フィエンド様は王、侯爵、と来てその次の侯爵の地位だよ。ちなみに侯爵は二つの家しかなく、もう一つはこの学園を運営している家なんだ。貴族は、階級がほぼ絶対だし、平民は貴族が支配するものだから良く覚えておこうね、シズ」

「……オルウェルの事をひじ鉄を加えたり色々してしまったのですが」

「あーうん。でも、シズはフィエンド様のお気に入りだからぎりぎり大丈夫かな?」

「そうですよ、それにシズさんにキスをして……そんなオルウェルはひじ鉄を加えた挙句縛り上げて湖に放り込めばいいのです」


 さらっと、エルフィンは黒い事をのたまう。シズはぞくりと背筋に悪寒がした。

 相変わらずエルフィンはにこやかに笑っているが、その分余計に怖い。

 触れないでおこう、シズはそう思ったので話題を変えてみる。


「えっと、もしも僕がフィンと知り合いでなかったり、オルウェルと同室でないとどうなっていたのかなと」

「何処かの貴族の部屋に引きずり込まれて……という可能性があったかもね」

「僕を?」


 首をかしげるシズ似るのは向き合い、肩にぽんと手を置いた。


「自覚しよう。シズは可愛い。子供っぽい言動をしているからそこまで皆気づかないけれど、顔の作りはエルフィン様と違ったタイプだけれどすごく良いんだよ? 襲っても良いかもと思っている奴は、結構居るはず。しかも無防備だし」

「無防備って、そんなの当たり前なんじゃ……」

「うん。そういう初心な所も魅力の一つだけれど、何というか、本当に一般人だね、シズ」

「悪かったですね」

「なんというか、うん、分かった。これからも君になら手を貸してあげるよ。放っておけない」

「それは……放って置くとどうなると……」

「気に入った子が惨めに落ちていくのは見たくないって事。これからもよろしくね、シズ」

「あ、はい、よろしくお願いします」


 リノは結構いい人のようだとシズは思っていたら、


「その代わり今度別の衣装着てもらうからね?」

「嫌だ、それだけは絶対に嫌だ!」


 ぶんぶん首を振りながら否定するシズに、更にリノは笑って、


「うん、嫌がる子に無理やりというのも楽しいかな?」

「その時は僕もお手伝いさせて頂きます」

「え、本当ですかエルフィン様!」


 嬉しそうに目を輝かせるリノに、エルフィンはふんわり笑って、


「僕も、貴方にも興味がありますから」


 リノの目に一瞬警戒の色が浮かぶ。


「……抜け目無いですね、エルフィン様。釣られたのは僕の方ですか?」

「僕もなりふり構っていられませんから。それにこういった服を着るのも好きですし、シズに着せるのも楽しいですから」

「それには同意します」


 何故この二人はこんなに息が合っているのだろう、合わなくてもいいのにとシズは思った。

 唯一つ、シズは訂正しておきたいことがある。


「僕はただ一方的にやられる人間じゃないです。これでも魔物とか倒して来て……」

「その割には簡単に捕まえられて、メイド服に着替えさせられたよね」

「それは二人だから……」


 どうもシズは、知り合いには特に甘いらしい事に二人は気づく。なるほどなるほど。

 同時にこれは、簡単に襲えそうだなとも。これならばフィエンドに襲わせるのは簡単だなと、二人は心の中で思った。

 いざ二人がこじれそうになって、この平穏が崩れそうになった時はフィエンドにシズをけしかければ何とかなりそうと計算している二人だった。

 ちなみに二人には罪悪感はまったく無い。シズとフィエンドが両想いなのは誰から見ても明らかだったから。


 むしろ早めに二人をくっつけておいた方が、いざという時に良いのではとも思った。

 もっとも二人は、シズのフィエンドへの感情が若干ずれ始めている事にまったく気づいてはいなかったが。

 そこでふとシズは気づく。


「オルウェルは、フィンよりも下位の貴族なんだよね。なんでフィエンドにたてついているの?」

「気に入らないからですよ。オルウェルは、真面目で誠実で、ちょっと固い所がありますから気に入らなかったらしくて」

「え、結構乱れているような話なのに……」

「ええ、だから平民や貴族を集めてそこら辺を取り締まり始めたのが、派閥の始まりです。当然それに反発したり地位が上の貴族も居ますから、彼の敵も多かった。彼らの多くがフィエンド側につきましたね」

「それで、二人で言い合いを?」


 そこでエルフィンは、顔を伏せて悲しそうに首を横に振った。


「フィエンドはオルウェルの相手をしていませんでした。だってそうでしょう? 自分より下位のものが騒ぎ立てているに過ぎないのですから」

「フィンは、そんな子じゃないよ。話だってきちんと聞いてくれるし……」

「ええ、でもシズさんが来てからのフィエンドは以前とまったく違います。覚えておいてください」


 そんな事を言われても、シズには分からない。昔も今も、フィンはフィンのままに見えたから。

 そこで、シズは窓際に駆け込んだ。閉められたカーテンに潜り込み、窓を開けて見渡す。

 違和感を感じる。何か居る。けれどまだ動きは無い。動く気配も無い。


「どうしたのですか、シズ」

「何か居る。でも、動こうとしていないみたいだから大丈夫」

「なら放って置けばいいじゃん。それより撮影! まずは三人で撮る!」


 シズは逃げ出そうとした。こんな恥ずかしい格好を保存されるなど、耐えられない。 

 けれどリノとエルフィンに襟首を掴まれて逃げられない。


「ついでにシズ、フィエンド様に『ご主人様、ご奉仕しますか』って言ってみるのはどう?」

「! そんなリノ! 恥ずかしい!」

「フィエンド様を奪うんでしょ、積極的に行くことにしたでしょ?」

「それは……そうだけど……」

「他に何かしたいこととかあるの?」

「昔みたいにフィンにキスしようかなと」


 それを聞いたリノとエルフィンは顔を見合わせる。確か入学式の時それはそれはもう深いキスをしていたはずだ。アレがシズに出来るとは思わない。とすると軽く触れるだけのキスだとすると。

 二人は部屋の端により、こそこそと内緒話をする。


「気の毒ですね」

「そうだよね。生殺し度が高いよね」

「でも両方一緒なら、フィエンドの理性が飛びそうでは?」

「それで早めにくっつけちゃおうか。面倒な事にならないうちに」


 そんな話をしている間に、これは幸いと逃げようとした。だが、それに気づかれて再び二人に捕まる。

 そしてリノはエルフィンに向って、


「そちらの方向でいきましょう。まず逃げ出す前に三人で記念撮影してから、シズの一人の写真を撮ろうね!」

「いーやー」

「ベッドに押さえつけて三人で撮ります?」

「あ、それは良い案! シズ、こっち来て!」

「うわーん」


 そんこんなで、仲の良い三人の写真が撮られる事となったのでした。





。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 フィエンドはいい加減苛立っていた。

 窓の外を見ると既に全てが暗闇に沈み、街灯が煌々と輝いている。

 今日は月が見えない。厚い雲に覆われて、その光全てを隠している。


 先ほどオルウェルが戻ってきたが大人しくしていた。シズがまた飛び出してくると思っているのだろうか。

 そこで、確かリノの同室者の……ロイが戻ってくる。

 彼は集まっている面々を見て不思議そうに、


「もう着替え終わっている頃だと思うのですが」


 フィエンドは、部屋のドアを開いた。

 そこでは、疲れたようなシズがモップに体を絡ませていた。その姿を、先ほどの女の子のように可愛い少年、リノが写真におさめている。


「そうそう、手をもっとこういやらしく、モップの柄を抱き寄せるように、そして足は出ているほうの足をそう、もう少し右側に絡ませて……」

「もう……許して……」

「うんうん、ちょっと泣きが入って顔を赤くしているのもいい感じ!」

「……何で僕だけ撮影二回目があるの?」

「可愛くてお気に入りだからさ!」

「うわーん」


 フィエンドは迷った。確かに常識的に考えれば、シズを止めさせればいいのだが……。

 メイド姿が可愛かった。そしてなんというか、そのリノの指導しているポーズが妙にエロい。

 的確に劣情をついてくる格好というか……。

 けれど、そんな自分の欲求をフィエンドはすぐに振り払い、シズとモップを離した。


「もういいだろう? シズだって疲れている」

「えー、写真の焼き回しを差し上げますからもう少しやらせてもらえませんか?」


 フィエンドは躊躇した。シズの写真は欲しい。すごく欲しい。けれど、必死に抑える。


「駄目だ。あと、それと焼き増し写真は後で貰う」

「うー、お高いですよ?」


 シズが焦ったようにやめてやめてとフィエンドに言う。が、


「ごめん、俺もシズの写真が欲しいんだ、駄目か?」


 優しくシズに甘えるようにフィエンドは聞くと、シズが顔を真っ赤にした。


「うう、だって恥ずかしい……」

「そんなことは無いよ。シズは可愛いから、ずっと見ていたいんだ」


 毎日会えるのでは、と誰もが思ったが野暮な事は誰も言わない。

 とりあえずこのバカップルは幸せそうだった。


「フィン……大好き!」 


 そのままシズは、フィエンドの唇に自分の唇を重ねた。

 驚いたように目を見開くフィエンド。まさかシズからしてもらえるなんて、いや、確かに昔はシズからの方が多かったけれど。

 これは、理性がもたない。

 どうしよう、いや、もう田舎に帰すことはできないし、ならばもう、いや、でもそんな事をして嫌われたらどうしよう。

 そんな葛藤などシズは気づかない。そして唇が離れていって、シズは悪戯っぽく笑った。


「ご主人様、ご奉仕しますか?」


 すぐ後ろでエルフィンとリノがガッツポーズをとった。よし、その意気だ、と思いつつ様子を見ているとフィエンドがシズをぎゅっと強く抱きしめた。


「フィン?」


 強く抱きしめられて、シズが戸惑ったように声を上げる。

 ちなみにこの時フィエンドは混乱していた。

 もういいや、襲おう。俺はがんばった。そもそも目の前にご馳走が出されているのに手を出さない方がおかしいよな。いや、でもそれで逃げられたら、嫌われたらどうする。でも可愛い、可愛い、可愛い、可愛い。


 その思考を延々と繰り返している。

 意外にもフィエンドの精神力は強靭だったのだ。

 そんな二人を見ていてあてられたのか、ロイにリノが抱きついた。


「今日は一晩中可愛がってほしいな?」

「その格好で?」

「うん!」

「分かった」


 とかなんとか。

 二組目のバカップルが現れた。

 そんな不思議空間の中、呆然と見ているオルウェルにエルフィンが近づいた。

 オルウェルが一瞬不安そうな顔をした。

 それがエルフィンには少し悲しかったが、彼が好きだといってくれた精一杯の笑顔で微笑む。


「この服どうですか? 結構にあっていると思いませんか?」

「ああ、エルフィンは何でも似合うから……」

「僕は今のこの服のことを聞いています」

「可愛いと思う、とても」


 そこで会話が止まって気まずい沈黙が。

 エルフィンはきゅっと手を握って、それからオルウェルに抱きつこうとした。

 けれど彼にエルフィンが触れると同時に、オルウェルはエルフィンを引き剥がした。

 目を見開くエルフィン。

 オルウェルは辛そうにエルフィンから顔を背けた。


「……ごめん、今の俺にはそんな資格が無い」


 エルフィンを掴むオルウェルの手が震えている。必死で堪えているのだ。

 分かっている、それを選択したのはエルフィン自身だと。だけれど。


「僕は、貴方のそんな真面目なところ、好きで、そして、だいっっっっ嫌いです!」


 エルフィンはそうオルウェルに言い放つと、つかつかとシズとフィエンドの方に向っていき、シズのスカートをめくった。


「ぴぎゃぁ」


 白い下着が一瞬あらわになる。顔を真っ赤にしてシズはスカートを抑えた。

 そして恐る恐るフィエンドの方を見て、


「見えた?」

「白か」


 その答えに、恥ずかしさで更に顔を赤くしてシズは泣いた。


「う、うあああああああーん」


 そのままフィエンドから離れて窓から飛び降りる。ここは三階だ。

 フィエンドが窓からシズを見ると、ふわりと柔らかくスカートを浮かばせて地上に降りるシズが見えた。そのまま自分の部屋へと向って走っていく。

 追いかけようとしてフィエンドは腕を引っ張られた。


「帰りましょう」

「エルフィン、俺は……」

「今日はこの格好で貴方のお相手をします。シズさんの代わりに、どうです?」


 ちらりとオルウェルを見ると、歯を食いしばって耐えている。

 まったく面倒な。

 フィエンドはため息をついて、シズを追いかけるのを諦めてエルフィンを連れて部屋の外へでる。

 後には悔しそうなオルウェルが部屋の中に残っている。

 さすがに声をかけづらい、とリノは思っているとロイが、


「抱きしめる位はよろしいのでは?」

「お前に何が分かる!」


 オルウェルが叫んだ。その拍子に涙がこぼれる。

 けれど、ロイは憶さない。


「大切な人がそう願ったなら、そうしてあげるべきです。そうでないとただ不幸になるだけです」

「でも、だからといって……」

「貴方のプライドと、エルフィン様とどちらが大切なのですか?」

「!、それは……」


 オルウェルは黙った。確かにそうなのだ。自分はつまらないプライドでエルフィンをまた傷つけた。

 彼の言うとおりなのだ。けれど理屈と感情が一致しない。

 つい、エルフィンの前だと見栄を張ってしまう。もっと大切なものがあるのに。


「……すまない、取り乱した」

「いえ、俺も出すぎた真似をしてしまいました。所で一つお願いしてもよろしいですか?」

「なんだ?」

「シズとベッドをあげる約束をしていまして、これですが……」


 小さな硝子玉の中にベッドが縮小されて入っている。


「わかった、届けておく」


 オルウェルは受け取った。

 そして全員が居なくなった後、ベッドに腰掛けて、ふうと、ロイは溜息をついた。

 その隣に、メイド服を着たリノが座る。そんなリノを見てロイが忠告した。


「リノ、関わるのはほどほどにした方が良い」

「うん、オルウェル様達は本当に不味いよね」

「いや、シズとフィエンド様も相当危うい」


 リノが首を傾げるので、ロイはリノを抱き寄せて続けた。


「フィエンド様は、シズをあまりにも甘やかして、大切にし過ぎている。それほどまでに好きなのだということは分かるが……」

「? 何が問題なの?」

「下手をすると、可愛がり過ぎて手を出せなくなって、最終的に非常に仲の良い親友のようなものになってしまうかもしれない」

「……難しいね。優しくするだけじゃ駄目なんだ、恋愛って。でも、ロイは僕の事を大切に甘やかしてくれるのに?」


 そう、あまりにも蕩かすように甘く、どんどん駄目になってロイ無しではいられなくするように。


「……俺はリノの事が欲しくて、手放すつもりが無いから。けれど、フィエンド様はシズを手に入れることに迷いがあるから。理由は色々あるのだろうけれど、それが事態をややこしくしている」


 そこで少しリノは考えて、


「でも、シズには力になってあげたいんだ。あの子を放って置くと、絶対に酷い目にあう」

「オオカミの群れに羊か飛び込んできて、その羊は一番怖いオオカミに懐いていると」

「うん。でも一番怖いオオカミに食べられて彼のものになるのが、その羊にとって幸せな事なのかもって思うんだ、僕は」

「そうだね、それがきっと全てが丸く収まる方法なのかもしれない」

「僕は手助けしたい。だめかな?」

「リノがそうしたいのなら俺はそれで良い。けれど危険な事になりそうだったらとめるからね」

「うん、ありがとう、ロイ」


 そのまま、ロイはリノを押し倒してキスをした。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 見られた、とシズは泣きそうになった。

 確かに女の子は全体でも少ないし、男だって確率は低いけれど子供を作れるから仕方がいないけれど、シズだって男なんだ。でもされる側にはなる可能性もあるわけで。でもシズは男で。だからあんな格好……。

 でも、フィンは喜んでくれたかな?、ともシズは思った。

 フィンはシズにとって特別だから。

 シズはフィンが欲しい。奪いに行くと決めた。


――フィエンド様と、エッチな事したくないの?


「フィンの事は好きだけれど、そんな自分、想像できないよ……」


 好きなのは間違いない。一緒にいるととても幸せな気持ちになる。

 でもいいのだろうか? シズとフィンは違いすぎる。

 そして、綺麗で、可愛くて、優しいフィン。

 欲しいから、奪って、そういう行為をして?。


 いまいち、違和感を感じる。何かがずれているような、けれどそれがシズには分からない。

 フィンの事は好きなのだ。とても、とても。キスはしたい。抱きしめたい、抱きしめられたい。

 そこから先の道が見えない。

 シズは途方にくれてしまう。何かを、何処かで間違えてしまった気がする。修正しなければ、取り返しのつかないことに……。

 シズはそこで立ち止まった。

 こちらを見ている視線にシズは気付いた。部屋で気付いた違和感と同質の何か。


 その危険に思考をシズは中断する。

 視線の方向に真っ直ぐに見つめ返すと、動きを感じる。

 そのまま、呪文を唱えてそれらを叩き落すと、その人物の方に走る。

 地面を蹴って、無人の校舎の上に飛び乗る。この時ほど、片足が出るような服で良かったと思えたのは後にも先にも無い。纏わりつくロングスカートは、敵と相対するには邪魔だ。

 そこには黒いローブをまとった人間がいたのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 黒いローブの男は、気楽そうに双眼鏡で覗いていた。


「わーお、メイド服姿の可愛い子ちゃんが飛び降りてる。涙目だねー。でも、アレが一番の要注意人物ね……」


 周りには、以前、シズが打ち落とした黒いカラスのような魔物が控えている。


「出来ればこっちに引っ張って来いとか、お偉いさんは良いよね、言うだけなんだから。やるのは誰だと思っているんだ……って、ええ」


 黒ローブの男は、驚いたように、けれど緊張感の無い声で双眼鏡を覗き込む。


「こんな雲の多い暗い夜に、これだけ離れてて双眼鏡越しで目が合うとか、有り得ないわー。というわけでお前達いって来い」


 その言葉に伴い、黒いカラスのような魔物が飛び立つものの、すぐさま叩き落される。


「……この前もそうだったけど、どうしている場所が分かるのかねー。そもそも、防御力も結構高いはずだしね、と」


 炎の塊が黒いローブの男のいた場所に落ちて消えた。

 そして、目の前に降り立って、ロングスカートとフリルをひるがえしながら走ってくるシズに向って、黒ローブの男は緊張感の無い声をかけた。


「……目標に当らなければ魔力に還元して拡散、と。面白い命令式だね?」

「そうしないと、外れた時に周りに被害がでますから、ね!」


 シズがそう答えると同時のに先ほどと同じ炎の塊を投げる。それを黒いローブの男は紙一重でかわす。

 遊ばれている事が、シズには分かった。

 そもそもシズは人間相手の経験がほぼ無い。だからどの程度手加減すればいいのかもよく分からない。

 けれど、こいつは良くない者だと分かる。だからシズは、


「生け捕りにさせていただきます!」


 叫んで、拘束系の呪文を唱えようとして、気が付くと目の前に接近した黒ローブの男に手を掴まれる。

 慌てて逃れようとすると、シズの首に男の手が軽く触れる。

 途端、シズは声が出なくなる。

 それに動揺するも、今度は魔力を指先に溜めて魔方陣を……。


 そこで今度はもう片方の腕を掴まれて、そのまま屋根の上にシズは押し倒される。

 そのまま、腕をひとまとめにされて、頭の上に黒ローブの男の片手で押さえつけられる。

 片っ端から抵抗手段を失って、シズは真っ青になりながらもじたばたと暴れる。

 黒ローブの男は楽しそうだった。


「うーん、君は接近戦が弱いようだね。それとも人間相手はあまり経験が無いのかな?」


 とりあえず蹴飛ばしてやろうとするも、シズの足は黒ローブの男の片足で押さえつけられる。完全にシズは校舎の屋根に縫いとめられた形だ。


「元気がいいね。こういう子を素直にさせるのもまた、楽しいのだけど……」

 

 黒ローブの男は、空いている手でシズの目を隠す。

 視界を、声を奪われたシズはいよいよ恐怖を覚え激しく暴れる。

 けれど、拘束する力は一向に緩まない。


「昼間食堂で関していた時と、表情が全然違うよね。戦っている時の顔、自分で見た事がある?。これだけの上玉なんて想像できない……それともわざとそうしているのかな?」


 そんな事、シズは言われても分からない。そもそも戦闘中に鏡なんて見ないし見れない。


「さてと、いざ敵対するのなら多少は傷つけても良いと言っていたけれど、勿体ないよね。それに今は調べたい事もあるし、役得役得」


 楽しそうな男を聞くと共に、シズの唇に温かい何かが触れた。

 キスされているとシズは気づいた。

 知らない、初対面の男。オルウェルにされた時も、死ね、と思ったがこれは別格である。

 しかもそのまま舌まで入れて来る。

 フィエンドとのキスと全然違うその気持ち悪さに、シズは総毛立つ。


 けれどどれほど暴れても逃げられない。

 しかも、そいつはキスを通してシズの魔力を喰う。

 やめて、とシズは叫びたかった。食べられるのは嫌だ!。

 けれど、嫌だと思うのに、逃げられずに、その見知らぬ男に、味わうように食べられる。


 それはシズの体から完全に力が抜けるまで行われる。感情が伴わないのに、体は正直だった。

 ようやく唇を開放されて、シズは息を整える。と、


「うーん、魔力の質はもとより、魔力の量も底なし……君、本当に人間かい?」


 人間に決まっているでしょう!、とシズは叫びたかった。けれど声を封じられて抵抗できない。



 絶望的気持ちになって、シズはぽろぽろと涙をこぼした。

 見知らぬ相手に体を弄ばれたのだ。それも、とても良くない相手に。と、


「これは良い。実にいい。君、今すぐ僕達のものにならない?」

「! お断りです!」


 気が付くと声が出ていた。なのでシズは魔法を放とうとするも、かの黒ローブの男はシズから離れてそのまま走り去る。


「また会おうね、シズ君!」


 そういって見えなくなったそいつを見てシズは思った。

 また会おう?。

 勝てる気がしないのに?。

 シズはぞっとして体を抱きしめた。

 触れられた場所が、とても汚された気分でシズは泣く。

 風は冷たく、心まで凍らせるようだった。小さく、フィン、フィン、と繰り返し呼ぶけれど、彼が気付くわけもない。

 そして、いつまでもここにいてもどうにもならないとシズは思いなおす。

 シズは泣きながら、地上に舞い降りたのだった。




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 イルは夜道を歩きながら、毒づいていた。


「ああまったく、何故こんな時間に僕が買い物に行かなければならないんだ。レイクの奴、絶対、後で覚えていろ」


 気まぐれで変わり者の友人は、このような時間に友人である自分を買出しに行かせるのである。人の良い自分がイルは憎い。しかも、


「いいじゃん、イルは僕の妻だし」

「いつ僕が妻になった!」

「昔婚姻届にサインしたじゃん」

「六歳の子供がしたことだろ! いい加減返せ!」

「嫌だよ」


 なんで僕が妻なんだよ。おかしいだろう。どう考えたって、あいつが妻でもおかしくないだろう。

 ではなくて、何で結婚した事になっているんだ自分。

 イルは頭を抱えたくなった。


 よくよく考えれば恋愛らしい恋愛の記憶など皆無に等しい。

 どこかに魅力的な相手が転がっていないものか。そう、心の中で思うも、皆が魅力的だというエルフィンという下級生すらも食指が動かない。

 お前はおかしいと幾度と無く言われたが、魅力を感じないものは感じないのだから仕方がない。

 どこかに可愛い子、転がっていないかなと、イルはぶつぶつと呟いた。

 そこで誰かが街頭の前で泣いているのを見つける。


 メイド服を着た、女の子?。

 いや、女の子はこの学園にいるはずが無い。だから、違う。

 見覚えの無い顔。黒髪。だがアレは、エルフィンでは無い。イルには違う事が分かる。

 周りに魔力の残渣がふわふわと舞っている。人でそんな者は今までに見た事が無い。まして慕うように、彼に魔力そのものが惹かれるなど……。

 “妖精”だろうか?。けれど今まで見た妖精や精霊とは全然違う。


 彼がこちらに気付いたように振り返った。

 泣き腫らした顔は赤い、美しい少年。

 エルフィンとは違うタイプの美少年で、イルは胸の高鳴りを感じた。

 一番目を惹いたのは茶色い瞳。薄暗い街灯の中で、幾つもの輝きをその瞳に見る。

 捕まえたくて、思わずイルは手を伸ばす。


 驚いたように目を見開いた彼は、イルの手が伸びるより速く風の様に走り去ってしまった。

 実際に風の魔力を纏わりつかせていたから、魔法を使ったのだろう。

 けれどその鮮やかにかの人の姿はイルの脳裏に焼きついて離れない。

 呆然とイルは立ち止まる。

 今の出来事が、夢なのか現なのかが分からない。と、


「イル、どうしたの? こんな所で立ち止まって」


 買いに行かせた本人が来た。追加の部品があったのかもしれない。

 イルが心配だからなどといった理由で、彼がイルを追いかけてきた事などない。

 レイクはいつもそうだ。人に興味が無い。

 そんな彼と何故いまだに友人でいるのかがイルには不思議だったが、今は話し相手がいるのが嬉しかった。


「……レイク、僕、僕だけの“妖精”を見つけたかもしれない」

「頭は大丈夫? 熱は無い?」

「僕も良く分からない」


 照れたように笑うと、珍しいものを見たようにレイクが目を丸くした。


「……本当に一目惚れしちゃったんだ。いいよ、探すのを手伝ってあげる。後でね」

「ありがとう、レイク」

「君が魅力を感じる人間なんてこの世に存在しているのか疑っていたけれど、いやあ、良かった良かった」

「どういう意味だ!」

「そのままの意味だよ。そうか、君がね……」


 意味深にレイクが呟く。

 けれどイルは先ほど会ったかの人に心を馳せていたのだった。



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