女装させられそうになっている件
さて、二人がいなくなった部屋では、
「所で、ウィルは今どうしている?」
「そうですね……」
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――シズの回想――
「シズ、新手が来たぞ!」
「何ですかあれ!、強すぎるんじゃあ!」
「報酬上乗せだ!。行くぞ!」
「あー、叔父さん待ってくださいよ!」
「あれが来ると村は全滅だから気合入れていくぞ!」
「僕達で大丈夫ですか!」
「シズは倒せないと思うのか?」
「今見た限りで余裕です」
「そうか、しかもあれの牙とかすごく高く売れるぞ!」
「全力で行きます!」
――シズの回想――
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
「といった感じで、魔法を打って敵倒していましたから。初めは僕自身、都市に行くことを親に反対されていたので、こっそり一人で稼いでいたのですが……登録したらばれてしまって、結局、叔父さんに連れられてうろうろと」
「そうか……そうか、なるほどね……」
何かを考えるかのように、アースレイが頷いて秘書を見た。
「あれは何処に?」
「こちらに」
そういって秘書が取り出したのは、黒いカラスのような変な魔物だった。
「……昨日感じたのと同じ変な感じがする……なんというか人工的な……」
「正解だよ。これは作られた魔物だ。悪意ある魔力による人を世界を駆逐せんとする……それが魔物。もっとも、結局は魔力の塊といった点も含めて、爪や毛が残るならば使えるから良い材料ではあるのだが……」
「それをどうやって作るのですか? まさか生け捕りにして改造?」
「また正解。そう。しかも結界を破った形跡もない。だよなブルーアイ」
「アースレイ様、私はブラウニングという名前があると幾度と無く申し上げています」
「ははは、ブルーアイで名前が定着しているんだから良いじゃないか」
「はあ、確かに結界を破った形跡がありません。何方か手引きをした方がいます。加えて、ある特定の人物をそれらは狙っていたようです」
ぞくっとシズは嫌な感じがした。
そういえば、エルフィンは人が一人死ぬと言っていなかったか?
「狙われた人間が一人いた。あのまま放って置けば死人が出ていただろう。そして、あの黒い悪意に唯一気づいたのは君だ」
「……僕を疑っているのですか?」
シズは、アースレイの表情を見て心情を察そうとする。けれど見事なポーカーフェイスで読む事すらできない。
「君は違う、という確信があった」
シズは安堵するも、理由を考える。
「……外部生だからですか?」
「以前から君の叔父さん、ウィルと文通していたのだが、本当ならばウィルは既に死んでいるはずだった」
突然わけの分からない事を言われてシズは目が点になる。
「あの……ウィルは、叔父さんは今も元気に魔物退治と畑仕事をしているはずなのですが」
「だろうな。そもそもこの都市も半分が壊滅状態になるはずだったし」
「……壊滅したのですか?」
「したように見えるか?」
「いいえ」
「その答えは正しい」
更にシズはわけが分からなくなる。
「だから俺は以前、ウィルに都市に来ないか誘った。いや、命令したといってもいい。けれどあいつ自分がここに留まらないともっと被害が大きくなる事を誰かに教えられていた」
誰かは予想はつく。そしてアースレイは都市よりも何よりも、ウィルに生きて欲しかった。
だが、ウィルは続けて言った。
「『切り札がある』と。それはその後しばらくして分かったが……君だよ、シズ君」
「……僕は、叔父さんと一緒に魔物と戦っただけです」
「本当ならば、ウィルが一人で戦うはずだった。そう未来は視られていた」
「……誰にですか?」
「予知能力者さ。神殿お抱えの、この世界五人いる中で最も精度が高く、最も多くの未来を見る力を持った神子。そしてこの学園にも通っている」
エルフィンの顔がシズの頭に浮かんだ。
本来あの黒い作られた魔物に殺されるはずだった人間が今生きている。
エルフィンは、自分の見えないシズならばと彼は言っていた。
「思い当たるようだね。そう、エルフィンだよ。彼は予知能力者だ」
「……彼は僕が見えないと言っていました。そして、昨日人が一人死ぬ、とも」
「そうか、やはりそうか」
アースレイは納得がいったように頷く。
そしてシズへと告げた。
「シズ君、君には運命を変える力がある」
「えっと、え?」
「エルフィンの予知にその運命を変えることが出来る、そして強い魔力を持つシズ。これさえあれば、少なくともあいつらに後れを取ることはない」
あいつらが誰なのかは分からなかったが、何か大きいことに巻き込まれそうになっていることはシズには分かった。
「運命を変える力なんて、その人次第では?」
「そうでもない。少なくとも今まで知る範囲内では君が関わらないもので、予知が外れた事はない。そもそも予知は断片的だから、それを変える事が難しいと言えるがね」
「……百歩譲って、僕がそういった力があるとして、貴方は何を望んでいるのですか?」
「……権力闘争がある、とだけ今は言っておこう」
アースレイの曖昧な言い回し。
ウィル叔父さんの嘘つきと心の中でシズは思った。一体どうしてこんなのが優しいんだ。
ぶうっとシズは頬を膨らませた。
「変な事に巻き込まれても困ります。僕は……ただ、フィンが幸せに笑っていてくれればそれでいい」
「……本当にそうかい?」
アースレイが面白そうにシズに問いかける。
シズは聞き返せなかった。
本当はフィンの事が好きで、ずっと一緒にいたいと思う。
キスして、抱きしめられて、心が温かいもので満たされる感覚。
もっと触れ合えば満ちるのだろうか? 満足するのだろうか?
今の自分は欲張りだ。
一目見るだけでいいと思っていたのに。覚えていてくれた。名前を呼んでくれた。キスしてくれた。抱きしめてくれた。もう十分なはずなのに。
気が付けば、エルから取り戻したいと思っている。自分のものではないのに。
あの時はこのままではいけないと思っていた。フィンもエルも笑っていたけれど、それが歪な物に見えたから。
でも本当にそれだけだろうか。シズがもっと魅力的であれば、フィンの心を掴んで離さないだろうか。いや、無理だ。シズはあまりにも自分が普通過ぎる事を知っている。嫉妬など出来ないほどに。
運命を変えるとか、大きな力があるとか、そんなものが有ったから何になるというのだ。
シズとフィンは違い過ぎる。シズがフィンを欲しいなんて、そんな事……。
そう考えたらシズは何だか悲しくなってしまい、涙がぽろぽろ出てきた。
「ふ、ふぇんっ……」
「待て、そんな泣かせるような質問をしたわけでは……」
焦るアースレイ。慌てたように、秘書のブルーアイを見るがこんな時だけはそ知らぬ顔である。
そこで扉が勢いよく開かれた。
「シズ! ……アースレイ学園長……」
「いや、そんな泣かせるような酷い事を言ったわけ……いや、その……」
「言い訳は後で聞きます。シズ、大丈夫か?」
ぎゅっとフィエンドはシズを抱きしめた。
シズはフィンの体温を布越しに感じて、安堵する。優しくあやすようにシズの背中をさするフィエンド。
周りの皆が思っている事だが、シズに対してのみ、他と比べ物になら無いほどフィエンドは優しく甘い。
だが、それは同時に危険も孕んでいる。
シズの涙が止まるのを待ってから、フィエンドはアースレイを睨み付けた。
「一体シズに、何を言ったのですか?。返答次第では……」
「あ、あのね、フィン。僕、フィンが幸せに笑っていてくれればいいって思っていたんだ。でも、僕、フィンの事が好きで、でも、色々考えて……ふぇん」
「ああ、もう言わなくていいから、シズ。俺も大好きだよ」
「フィン……」
「シズ……」
目の前でいちゃつかれるこっちの身になって欲しいとアースレイは思った。
同時に冷静な頭で扉を通した泣き声まで聞こえるとかどんな地獄耳だと思ったが、アースレイは昔の事を思い出してその程度余裕だと思った。
しかし、こう目の前で好き好きとハートマークを飛ばされると、何と言うか。
しかも、アースレイは絶賛片思い中?であるので非常に羨ましい。羨ましすぎて怒りが湧いてくる。
やはり苛立つので八つ当たりをしようかとアースレイは考えて、
「ここはそういう場所ではない。やるなら他でやってくれ」
「貴方がシズを泣かせたんでしょうが。……シズの泣き顔を可愛いので許しますが」
「……フィン」
恥ずかしそうに顔を伏せるシズ。
あーそうですか。惚気ですか。リア充爆発しろ、と心の中でアースレイは呟いて、これ以上話をしていても仕方が無いと思い、最後に一つ聞くことにした。
「他にウィルは何て言っていたかい?」
何か一言でも自分に伝言があればいいなとアースレイは淡い期待を持っていたのだが、
「学園には変な人が多いから気を付けろ、と」
「……お前が言うな、と伝えておいてくれ」
あいつ、そういう所が鈍感というかアースレイは悲しくなる。
そもそも、アースレイやら何やら、ウィルに好意を持つ者達のおかげで、ウィルは暗黒面を見ずに済んだ。
今回のシズはどうだろうか。
失礼します、と出て行く二人を見つめて、アースレイはこの平穏が嵐が来る前の静けさのように感じていたのだった。
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食堂が混んでいたのはいい。
「オルウェル、毎回お前の顔を見ながら食事をするのは気分が悪い」
「それならば、食べなければいいでしょう。私もエルフィンと二人で食事が出来る」
現在、片側にフィエンドとエルフィンが、彼らに向かい合うかのようにオルウェルとシズが座っていた。ちなみにフィエンドの前にはオルウェルが座っている。
「せめて俺の前に座るな。シズと席を交換しろ」
「ならば貴方がエルフィンと席を交換すればいい」
お互いが笑顔なのに、底冷えする会話をしている二人。
シズはこんな場所で食事などしたくないなと思った。美味しいはずなのに味が分からない。
ちらりと目の前にいるエルフィンを見るとマイペースに食事をしている。あたかも、すぐ傍でそのような戦いが起こっているなど気にも留めていないように。
目が合った。
「どうしたのですか、シズさん」
「あ、いえ、特には。ここの食事は美味しいなと」
「そうでしょう。ちなみにデザートも美味しいんですよ。今の時期はもう終わりに近いですが、イチゴのパフェは絶品でしたよ?」
「そうなのですか……今度食べにこようかな」
「そのときは僕を誘ってくださいね」
「あ、はい」
にこやかに話すエルフィン。と、自分お皿を見て、エルフィンはにっこり笑った。
「シズさんこの人参美味しいですよ?。味見をしますか?」
「え、良いのですか?」
「その代わりそちらのジャガイモを味見させていただいてもよろしいですか?」
「ええ、これ美味しいですよね」
と、お互い自分のフォークで人参とジャガイモを取りお互い食べさせる。
「あ、本当だ、この人参甘いだけでなく、良い香りがする……。何を使っているんだろう」
「ここのシェフは調味料の魔術師と呼ばれる方が作っているんですよ」
「へー。それでこのジャガイモも不思議な香りが……」
「季節によってもスパイスを変えるのです。これは新しい味ですね、美味しい」
などと話していると、視線を感じた。見ると、フィエンドがエルフィンを、オルウェルがシズの方に顔を向けていた。
「……お前達は何をやっているんだ」
「そんなうらやま……じゃ無かった。一応敵対しているというのに……」
オルウェルとフィエンドが口々に不満を言う。
戦っている二人のすぐ傍で仲良くやっているのが気に食わないらしい。
そんなフィエンドを見てエルフィンが、
「フィエンド、羨ましいのですか? では、シズくんの代わりに食べさせてあげましょう。はい、あーん」
それで、口を開けて素直に食べるフィエンド。
シズは、これが自分がオルウェルと一緒にいるということなのかと思った。自業自得とはいえ、目の前で見せ付けられるその現実がシズには悲しかった。
一方、それを見て怒り出すオルウェル。
「フィエンド!、お前、よくもエルフィンに食べさせてもらったな!」
「だからどうした?」
「く、シズ。俺にもジャガイモ食べさせろ」
「あ、はい」
そういって、シズはオルウェルにジャガイモを差し出した。
四人とそれ以外に、先ほどまでの喧騒が嘘のように沈黙がはしる。
「……、『え、嫌ですよ』とか言わないのか?」
オルウェルが不気味なものを見るようにシズを見る。
フィエンドもエルフィンも驚いたようにこちらを見ている。
「……食べなければ、僕が食べます」
「あ、ああ」
「オルウェル、それを食べたらどうなっているか分かっているよな?」
ちらりとオルウェルはフィエンドの方を見て、
「……ぱく」
「お前の心意気は分かった。潰す」
「出来るものならやってみろ」
二人して火花を散らす。しかし、当のシズはぼんやりとしたままである。
「シズさん、大丈夫ですか?」
心配そうにエルフィンが聞いてくるも、
「いえ、僕に魅力が無いから、全てがいけないんだなって思って」
「……もしかして、シズさん嫉妬したのでは?」
嫉妬というよりは自分に自信が無くなって、シズは悲しくなってしまっただけだ。
フィエンドとオルウェルが固まっていた。
「大丈夫ですよ、シズさんは十分可愛くて、美しくて、魅力的です!」
「……そうかな」
「そうですよ。放課後メイド服を着ればもっと可愛くなります!」
シズは我に返った。
エルフィンは元気付けようと思って言ってくれたのかもしれないが、メイド服の事は秘密にしていたのに。案の定、
「メイド服? 何の事だ?」
「……フィンには話したくない」
そんな格好、シズはフィンには見せたくない。似合わないに決まってる。
フィエンドが少しだけ悲しそうな顔をした。と、
「ははは、何だ、フィエンドは知らないのか」
「……オルウェル、何か知っているのか?」
「さてね。そろそろお昼休みも終わりに近い、食事を済ませた方がいいのでは?」
「く、この……」
「次は剣術の授業だから、早めの方がいいだろう?」
そういえば、そんな授業もシズ達は明日だがある事を思い出した。
剣術というか、木の棒で遊びで打ち合いをしたのは相当に昔の話である。
貴族の剣術は流れる清らかな水のようだ、と聞いたことがある。フィンはどのように戦うのだろうか。
見てみたいけれど教室が違うから仕方が無い。そのうち機会もあるだろうとシズは自分を納得させた。
まだ全ては始まったばかりなのだから。
慌しく食事をして、シズ達は次の授業に向ったのだった。
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何事も無く平穏に授業が終わり、放課後がやってきた。
「行こうか」
そう、ロイに促されて、エルフィンと一緒にリノの部屋にやってきたわけだが。
「ああああ、あの憧れのエルフィン様がメイド服を! 本当にシズは魔性だね。まさかこんな大物を釣り上げてくるなんて、最高!」
僕は餌かとシズはツッコミを入れたかった。
オルウェルとの部屋より少し小さいが二つのベッドと、机、大き目の鏡、衣装ケースが1、2、3……計7つ。三つは平積みされて、一つが別においてある。
「俺は少し買い物があるから」
「分かったロイ。僕一人でやっておくから楽しみにしててよね」
「ああ」
そうリノと会話してロイが微笑むと外に出て行く。開いたドアから、エルフィンの親衛隊が何か聞いているようだ。全員、部屋の外に待機するようにエルフィンが命じているので律儀に守っている。
親衛隊とかに囲まれて色々大変だなとシズは思いつつ、リノに視線を戻す。
平づみされた飾り毛のない木箱が一つ。その箱を嬉々としてリノが手をかけて開くと、ふわりとメイド服数種類が宙に浮き、続いて色々な小道具が出てくる。
赤面ものの衣類……レースのニーソと下着を見た瞬間シズは赤面したあげく、それをリノとエルフィンに気づかれていたが……が出てきて、靴の類や最後に普通の白い靴下が出てきて打ち止めとなる。
「シズには、以前言っていたようにロングのメイド服を着てもらうよ」
と黒、というよりは紺に近い上品な色合いのメイド服がリノからシズへと渡される。
違和感しか感じないが開いて体に合わせてみると、地面から10㎝程度の所にスカートからはみ出たフリルが見える、そんなスカートの長さだった。
「ロングの良さといったらやっぱり体のラインが見える事だよね。敢えて隠されているのに見えてしまうのがこう……見えそうで見えないチラリズムの……」
目を輝かせて力説するリノにシズは思った。
人間恥を捨てたら駄目だなと。
情報なんかより人間の尊厳を大切にすべきだったんだ。いまなら間に合うからここを逃げ出そう。
ふらふらと歩き出すシズを、リノとエルフィンが捕まえた。
「シズ、ここまできて逃げられると思っているの?」
「僕も微力ながらお手伝いさせていただきます」
こんな時だけ結託しないで欲しいとシズは思い、必死で逃げ出そうとする。
しかし回り込まれた。
ガシッとシズは二人の強い力で両腕を捉えられて身動きがとれない。
何でこの二人はこんなに力があるの?。
「エルフィン様、本当にありがとうございます。そしてシズ、逃げようとした罰として色々させてもらうからね」
「あ、いいですね。先ほどシズさんが顔を赤らめていたあれ付けちゃいましょうか」
恐ろしさに、シズはガクブル震えだす。だが、リノとエルフィンはのりのりだ! 逃げられない。
リノがエルフィンの言葉に更に楽しそうに笑う。
「良いアイデア! くくく、シズ、覚悟しろー」
「やめてー」
バリバリバリと服を脱がされているシズ。
「わー、シズさんも結構肌が白いですね。それにキメも細かめ?」
「わーい、肌すべすべー。魔性二号なだけはある!」
「ひあぁ……やめてっ……そこ」
変な気分になってしまい、何だかこう、嬌声のような声がシズは出てしまう。そこで、
「シズ! どうした!」
ドアが開かれた。そこにはフィエンドがいたが、ドアを開いたまま身動き一つ出来ない。
ちなみにフィエンドの目には今の惨状がどのようになっていたかというと、エルフィンと女の子のように可愛らしい少年に、シズが顔を真っ赤にして目を潤ませながら上半身を脱がされかかって、肌をさわさわされている所だった。
なんて羨ましい……じゃ無くて、俺だってまだ触っていないのに……ではなくて、
「お前達? 何をやっているんだ?」
「フィン! 助け……むぐっ」
シズはエルフィンの手で口を塞がれた。むーむーと抵抗をするシズ。
「フィエンド様! シズがメイド服を着るのに抵抗したため今無理矢理着せようとしている所です」
リノが説明する。
「……自分から着たいといったわけではないのか」
「それはそうなのですが、フィエンド様はシズのメイド服姿は見たくありませんか?」
「それは……でも、シズが嫌なら」
「甘い!」
リノがフィエンドに指を突きつけて言い切った。
「本当はシズもメイド服が着たいのです!」
ちょっと待て、とシズは言いたかった。しかし口をふさがれて反論できない。
そんな間にもリノは熱演する。
「でも、そんな自分をフィエンド様に見せるのなんて、そんな思いが有るかもしれない」
「かもしれないのか」
ほぼ99%以上でそんなつもりは無いとシズは叫びたかった。が、
「フィエンド様、自分に正直になりましょう」
「別に、俺はいつも正直だが……」
「いえ、シズの事に関しては甘過ぎます。だから、少しくらいの我侭を言っても許されるのでは?」
「それは確かに、シズのメイド服姿が見たいけれど……」
ちらりとシズの方を見るフィエンド。シズが抵抗を止めてフィエンドの方を見返す。
もちろん、シズはメイド服など着たく無い。
「わかった」
フィエンドが頷いた。シズは良かった、分かってくれたと安堵するも、次のフィエンドの言葉に凍りつく。
「シズがそんなにメイド服を着たかった何て思わなかった。俺も見たいから、着ても軽蔑したりしないから安心しろ」
そういってきびすを返して、フィエンドは部屋の外へと出て行ってしまった。
「さーて、ついでだから部屋の防音機能を強化してっと」
リノが呟くと、部屋の壁に光が走り文様が浮かび上がったかと思うと風の音すらも聞こえなくなる。
そこで、シズはようやく口から手をはがされた。たまらずシズは叫ぶ。
「フィンのばかぁー」
「ふふふ、さあはじめようか」
わきわきと、リノとエルフィンがシズへと襲い掛かったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
フィエンドは外に出ると、オルウェル達がいた。
もっとも、彼らも含めてエルフィンの親衛隊やらフィエンドの取り巻きも全員がコップを壁にあてて中の様子を伺っていたのだが。
「くっ、聞こえなくなった」
「だれか、魔法が解ける人は……」
「あまりそういった事をするな」
フィエンドの言葉にぴたっと行動をやめる、エルフィンの親衛隊とフィエンドの取り巻き達。
けれどそんなフィエンドに、オルウェルは笑う。
「フィエンド、本当にシズに関しての事になると気遣いするな」
「そういうわけではない」
「違うね、お前は今まで家族以外で気遣いする事なんて殆ど無かった」
否定しようとして、出来ない事にフィエンドは気づいた。
自分は当たり前のように人の上に建つ人物だった。気遣われはしてもそれが当たり前だった。
考えていたのは自分の事ばかり。エルフィンが来て、ほんの少しだけシズを思い出させる容姿をしていたから気遣いはしていたかもしれない。
シズに会ってから、いや、シズだと分かる前に出会った時からシズの事ばかり考えて。
「私から言わせると、フィエンド、お前はシズの事を毛色の変わった玩具かな何かと勘違いしているんじゃないのか?」
「何だと?」
挑発に乗るのは良くない事などフィエンドは分かっていた。けれどフィエンドはその言葉を聞き流す事など出来なかった。本当にシズはフィエンドにとって何者にも代えがたい人であったから。
「それ以上言ってみろ。許さない」
「……以前、シズとお前との馴れ初めを少し聞いた」
シズとの出会いは二人だけの秘密だったのに。他の誰かがそこに入り込んでくる。それがフィエンドの気分を害していた。
「何を聞いた?」
「さあ、何をだろうね」
オルウェルにはぐらかされる。ここの所シズに関して、フィエンドは何時ものようにオルウェルを受け流せなくなっていた。
そんなフィエンドの様子に、オルウェルは更に探りを入れてみる。
「ただシズとお前は昔、ほんのすこし出会い、交流があった。関係はそれだけだ。その程度の事でお前は……」
けれど、オルウェルはそれ以上言え無かった。
フィエンドは怒っていた。
怒りに肩を震わせるのは昨日も見た。けれど、オルウェルはこんな泣きそうに怒っているフィエンドは初めてだった。
「お前に何が分かる」
低く震える声で、フィエンドはオルウェルを睨みつけた。
「俺にとってシズは……本当に大切な人なんだ」
「大切なのか」
「ああ」
頷くフィエンド。
オルウェルは、大事ではなく、大切な人とシズの事を言ったフィエンドに引っ掛かりを覚える。
それは本当に愛なのか?。
「違う感情で執着しているだけなのでは?」
「そんな事は無い!」
必死に言い返す瞬間フィエンドの目から一筋の涙が零れ落ちた。駄々をこねる子供のように、フィエンド顔を真っ赤にして必死に言い返している。
フィエンドの中で不安がむくむくと膨れ上がる。
違う、違う、違う。
必死で否定するも、心の何処かで意地の悪い問いかけが浮かび上がる。
本当に?。
心の中で不安が膨れ上がり、感情が揺さぶられ、フィエンドは泣きそうなほどに顔をゆがめる。
珍しく劣勢なフィエンドに、周りもどうしようかと戸惑っているようだった。
そこで蹴破るようにドアが開いて、エプロンを付けていないメイド服を着たシズが飛び出す。
フィエンドの方を見て、シズは目を丸くして、次にきっと目を細めて辺りを見回し、低く怒気を含んだ声色で呟く。
「……フィンを泣かせた奴は誰だ」
立ち昇る怒りの気配と魔力に、危険な気配を察したオルウェルはその場から逃げ出す。
またお前か、と、しゅこーしゅこーと息を整えてシズはオルウェルを追おうとした。しかし、
「シズさん、これからまだ色々つける物がありますからね」
「エル! オルウェルの息の根を止めさせて! フィンを泣かせた」
「おや、明日は雪ですかね? そんな珍しい事が……でもフィエンドは泣きそうな顔をしているだけですよ? 大丈夫大丈夫……それより、まずはエプロンですよ」
「はーなーせー」
そのままシズは部屋に引きずり込まれて、辺りは静かになる。
「フィエンド様、大丈夫ですか?」
「いや、いいファイ。大丈夫だ、ありがとう」
微笑んだフィエンドに取り巻きのファイも含めて全員が驚く。
こんなにこの人は優しく綺麗に笑える人だったのかと。
そして、よりこの人に付いて行きたいと取り巻き達は思ったのだった。
もっとも別に思う所があり、そんな彼らの心中などフィエンドは気づきもしなかったが。
そう、オルウェルの言葉。それは毒のようにフィエンドの心の中に染みる。
同時にシズのあの笑顔を思い出すと、その毒さえも消え去ってフィエンドは幸せに満たされる。
だから、フィエンドは自分に言い聞かせた。
俺が俺を信じなくてどうする。誰が何と言おうと、俺が今シズを好きなのは揺るぎの無い事実。
例え、始まりが思い違いの恋だとしても、今の俺はシズに恋をしている。
過去があっての恋でなくとも、今有る想いを否定は出来ない。足りないのなら、これからもっと作っていけばいい。そう考えるとシズがここにいるのは、俺にとってもとても良い事なのかも知れない。
だから、どんな事があっても俺はシズを守る。逃がす事が出来ないのならば、シズがシズであるように俺が闇から遠ざければ良いだけの話なのだ。
あの輝きは今もずっとシズの中にある。
俺はきっと、何度でもシズの事を愛して、恋をする。