無くなってしまった思い出
倒れたフィエンドを連れて、アースレイ達は学園へと戻った。
現在部屋には不安そうにシズがフィエンドの寝顔を見ている。
そんなシズにエリフィンが、
「多分少し疲れが出たのでしょう。大丈夫、フィエンドはすぐに目を覚ましますよ」
「……でも、あいつ等に会ってからフィンはこんな風になってしまったんだ」
「あいつ等?」
「“維持の神”と“破壊の神”」
「シズ! そんな風に神々を呼んではいけません! 皆がシズの事を知っているわけではないのですから、人には奇異に映ってしまう。だからお二方の神々は……シズ?」
けれどシズはどこかぼんやりとした瞳でフィエンドを見ている。
その表情に一瞬エルフィンは、“破壊の神”とであった時の威圧感のようなものを感じ取る。
けれどそこで、シズが呟いた。
「僕が、人間だからフィンの事を守れないのかな」
「シズ?」
「だから、大好きなフィンがこんな事になっているのかな? これも全部僕の我侭なのかな? ただ傍にいたいってそれだけで幸せで、それ以上何も望んでいないのに。それともそれは贅沢な望みなのかな? そっか、そうだよね」
シズが望んだのはそれだけ。
その言葉にかつての自分を思い出したエルフィンは、シズを後ろからぎゅっと抱きしめて、
「シズ……大丈夫です。シズの願いは、ささやかで、必ず叶うものです」
「……うん、ありがとうエルフィン」
「でも、随分と弱気になっていますね、シズらしくない」
「僕らしくないって……僕だって悩みはするよ」
「そうですね。ではいっその事、眠っているフィエンドにキスをしてしまえば良いのでは? そうすれば目を覚ますかもしれませんよ?」
「うう……僕は寝込みは襲わない主義なんだ」
そう言ってぷいっとそっぽを向くシズ。
からかってやろうかと思うもエルフィンはそれ以上追求しない。
珍しくシズが弱気で、多分今はそっとしておくのが一番良いようにエルフィンは思う。
どうせシズはフィエンドから逃げられないだろうし、フィエンドもシズを手放せないだろうから。
よほどの事があったとしても。
そこでシズがぼそりと恨めしそうに呟く。
「フィンに一体何をしたんだろう、あいつ等」
その声と共にフィエンドは、瞳を開いたのだった。
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「フィンに一体何をしたんだろう、あいつ等」
恨めしそうなその声に、けれど、フィンと呼ぶ声がとても愛おしさを覚える。
それはフィエンドの愛称で、そう呼ぶのは家族しかいないはずだった。
けれど、その声で呼ばれる事に、酷く懐かしさと、嬉しさを覚える。
会って抱きしめたい。
そんな感情を抱きながら重い瞼をゆっくりと開いていくと、霞んだ瞳が像を結ぶ。
目の前にいたのは美しい少年だった。
黒髪に茶色瞳の、フィエンドが大好きな色を宿した少年。
そこで、フィエンドは奇妙に思う。
俺は一体どうして、その色の少年が好きだったんだろう?
すっぽりと心の中にある大事なものが抜け落ちてしまったような、そんな焦燥感を覚える。と、
「フィン、目が覚めたんだ。大丈夫?」
心配そうに覗きこむ彼に、フィエンドは酷く胸がざわめく。
綺麗な少年で、おそらくは一目惚れをしている、聡いフィエンドはすぐに自分の感情を理解した。
頬が赤くなる。
今すぐ抱きしめて、キスをして、それから……。
けれど一目惚れしたからといって、どうしてすぐにそんな衝動を抱くのかフィエンドは分らない。
本当に好きな相手は、フィエンドはきっと甘やかすだろうと、そんな自分の性格を知っているから。
そこで、目の前の彼が、フィエンドに向かって怪訝な表情をした。
「フィン、どうしたの? ……何かが、封じられているようだけれど、あいつらに何かをされたの?」
とても不安そうな顔をする彼に、今すぐ抱きしめて大丈夫だと言いたい。
その衝動も奇妙で、フィエンドは戸惑う。
だから、目の前の彼が一体何者なのかを、フィエンドは問う事にした。
「君は……誰だ?」
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シズは、そのフィエンドの問いかけに瞳を大きく開いた。
けれどすぐに、それをやった張本人に思い当たる。
それは、“破壊の神”と“維持の神”の二人。
一体何をしたんだと、心の中から怒りがこみ上げてくるシズ。と、
「名前を教えてほしいんだが……」
「……シズだよ。フィンは……本当に忘れてしまったの?」
「ああ、君が誰なのか、まったく分らない」
「……昔、療養のために、田舎の村に行ったよね? その事は覚えている?」
「確か、にいった記憶がある。そう、そこで療養していて体調がよくなって……」
「その時、僕はフィンと初めて会ったのだけれど、覚えている?」
「……記憶にない」
その答えに、シズの顔から表情が消える。
よく見ると小刻みに体が震えている。
そしてそのまま、その場を後にして何処かへと走り去ってしまう。
捕まえなければ、そうシズに向かって手を伸ばすが、フィエンドの手はとどかない。
それに胸の痛みをフィエンドが覚えていると、
「フィエンド、シズの事を本当に覚えていないのですか?」
「エルフィン……、彼は俺にとって一体どんな存在だったんだ?」
「どんな関係だと思いますか?」
わざと質問で返すエルフィンだが、どうやら怒っているらしい事にフィエンドは気づく。
珍しい事もあるものだと、フィエンドは思いながら、
「恋人だったなら、嬉しい」
「……だったらそれで良いでしょう。シズは貴方の恋人」
「恋人? 彼が?」
「……本当に何も覚えていないのですか?」
そう問いかけるエルフィンに、フィエンドが頷くと、深刻そうな表情のエルフィンが少し考えてから、
「今までの貴方が、シズとどう過ごしてきたのかお話しましょうか?」
「……珍しいな。お前が随分と彼の肩を持つじゃないか」
「それだけ大切な、僕にとって初めての親友なのです。だから傷つけて欲しくありませんから。ただ……」
「ただ?」
「貴方の記憶がないのは、“維持の神”と“破壊の神”の力によるものです。二柱の神々に話を聞いたでしょう?」
「それは覚えている。だが……何を話したのかをよく覚えていない。けれど俺が拒んだのに無理やり、何かをした」
「多分それの影響でしょう。分りました、僕が話せる範囲で、フィエンド、今までの出来事を話します」
エルフィンのその言葉に、フィエンドは頷いた。
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シズは走っていた。
その瞳には涙がたまっている。
多分あいつ等――“維持の神”と“破壊の神”が何かをしたことなんてシズには分りきっていた。
それでも覚えていて欲しかったなんて、それはシズの我侭だ。
「……人間のままならあれを解く事は出来ない」
そこまで考えて嘆息するシズ。
だから奴らはフィエンドにその魔法をかけたのだ。
「せっかく、歪んだ闇を……ようやく取り除いたのに、後は普通に生きていけばいいだけのはずなのに。後はフィンの傍にいて、それだけで良かったはずなのに」
一難去って、また一難だ。
けれどそこでシズは、自分が現実から逃げるように走り出してしまった事に気づく。
本来では、記憶のないフィエンドに、真っ先にこれまでの事を話して、取っ掛かりを掴んで……それであの魔法はきっと解けるだろう。
けれどシズは動揺してしまった。
「僕は、こんな弱かったっけ」
小さく呟いて、シズは自分が何を“怖がっている”のかを見つめようとする。
フィエンドがこのままシズの事を思い出せなかったなら?
フィエンドがこのままシズの事を愛してくれなかったなら?
フィエンドがこれまで通り優しいけれど愛してくれなかったら?
フィエンドが……
悪い考えはぐるぐる頭の中を巡り、不安がシズの中で膨れ上がる。
けれど次にシズはそれを押さえ込んで、部屋に戻ろうとする。と、
「あれ、“僕の妖精”どうしたの?」
「イル先輩?」
ぎゅうと抱きついてくる彼に、シズは何処か安心感を覚える。
そういえば、精霊達にとても近い彼はこの世界に近い。
それを考えればシズはとても似ているから、安心するのだろうか?
そう大人しく抱きしめられていると、更にイルはぎゅうぎゅう嬉しそうにシズを抱きしめていく。
そこで、レイクが走ってきた。
「イル、突然走り出してどうしたんだ……シズ?」
「“僕の妖精”が泣いていたから慰めようと思って」
「……シズ、泣いていたの?」
そこでレイクが特に不安そうにシズに問いかける。
その声にシズはレイクを見て、けれどそこには確かに打算以外に心配している感情が読み取れて、シズは微笑む。
「すみません、心配をかけてしまいました」
「え、いや、いいけれど……所でイルにぎゅうぎゅう抱きしめられて苦しくないのかな?」
「レイク! そんな言い方はないよ! 僕はこんなにも“僕の妖精”を堪能しているのに」
「あ、大丈夫です。今はこうしてもらえると落ち着くというか……」
そこで、レイクもシズの頭を撫ぜる。
その行動がフィエンドを思い出して、シズの目頭が熱くなる。
けれどそれに気づいたイルが、
「レイク、“僕の妖精”が泣いているけれど、何をした」
「え? でも単純に頭を撫ぜただけで……」
「あ、違うんです。ただフィンの事を思い出して、それで……」
「フィエンドに何かあったの?」
レイクがそこでシズに問いかける。
シズは言うべきかどうか迷うも、けれどそれはシズの事だけを忘れているから、彼らから誰かに流れてもフィエンドに危害は及ばないと思って、その話をする。
「シズの記憶だけが消えている?」
「“僕の妖精”、そんな薄情な奴はふって僕の所に来なよ! 僕と一緒にいよう! ね?」
「……イル、シズが困るようなことは言っちゃ駄目だよ?」
「なんで? “僕の妖精”を泣かせるような奴の傍になんか置いて置けないよ?」
「……もしもイルが僕の事で泣いたとしても、僕はイルを逃さないし、イルは僕から離れられるかな?」
一瞬その問いかけに、レイクの瞳に不穏な光が宿るも。今度はいつも明るいイルがはっとしたような顔をして、
「ごめん、“僕の妖精”。酷い事を言ってしまった」
「……いいよ、心配してくれて嬉しかったですし」
「やっぱり“僕の妖精”大好き。優しいし……誰かにあげるのなんてもったいない」
「こら、イル。シズはいるの物じゃないんだよ。……シズは、少し落ち着いた?」
「はい。僕はやっぱりフィンの事が好きですから、きちんと向き合ってみます」
「そうなんだ。良かった。上手く行くよう、僕も神様にお祈りをしておくよ」
「ありがとうございます! それでは失礼します!」
そう手を振りシズは再びもとの部屋へと戻っていった。
それを見送りながらレイクは、
「……上手く行ってもらわないと。かの神の機嫌はあまり損ねたくないしね。でも、個人的にはシズを応援したいかな」
レイクが呟くのを聞いて、イルもそうだねと答えたのだった。
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これまでの経緯を説明するエルフィンだが、ついでにねちねちと、シズとのバカップル振りをフィエンドに突きつけていた。
「そもそも僕が初めて貴方を誘惑した時、貴方が何といったか覚えていますか? 代わりがつとまると思っているのか、と僕に見下すように笑いながら告げたのですが」
「……覚えていない」
「他にも、シズの……」
「……そろそろ、その辺で止めようという気はないのか?」
「こんな面白い事、僕が見逃すはずがないでしょう?」
誰もを魅了する鮮やかな笑みを浮かべて、エルフィンは楽しそうに嬉々として答える。
それを見たフィエンドは頼りたくないがちらりとオルウェルを見て、
「……お前の恋人だろう。もう少し如何にかしろ」
「そこは覚えているのか。だがフィエンド、お前が恥ずかしさという苦痛に苛まれている姿が、私には優越感を与えるので暫くはこのままにする事にした!」
「……もう少し、誤魔化そうという気はないのか?」
「こんな面白い事なんてめったにないからな!」
嬉しそうなオルウェルを見て、この取り繕わないあたり、どうやらオルウェルは少しは自分の心を開いているのだとフィエンドは気づく。
けれどここでこんな目に合う位ならそうならなくていいと、フィエンドは心の中で毒づいた。
そこでエルフィンが、
「けれど、全然記憶に無くて、矛盾も感じないんですね。それで、初めて会った感覚だと思いますが、フィエンド、貴方はシズをどう思いましたか?」
「……言いたくない」
そう一言答えるも、珍しくフィエンドは顔が赤い。
これは何処からどう見ても、シズに惚れているのが丸分りだった。
元の鞘に戻るのは時間の問題だなと思いながら、エルフィンはにまにましていると、
「それで、そっちの話はいい。それで俺は……どうして、エルフィンは分ったがオルウェルと同じ部屋なんだ?」
「そこはすっぽりと記憶が抜け落ちているのですか?」
エルフィンは、ふと緊張したようにフィエンドに言う。
それはそうだ。
だってオルウェルはエルフィンとくっついたとはいえ、エルフィンはまだフィエンドの同室者なのだから。
言うべきか言わぬべきか。
けれどそのうち否が応でも知る事となるだろうから、今の内に話して、取り繕っておいた方が面倒な事にならないかとエルフィンは思った所で、
「シズが私の同室者だからだ」
オルウェルが、状況を読みながらも言う。
実の所エルフィンと同じ考えだったからなのだが、そこでフィエンドの表情が消える。
「……そうか」
「だがそれには理由があって……」
そこで部屋のドアを開く。
現れたのはシズで、けれどタイミングとしては最悪だった。
シズに冷たいフィエンドの視線が突き刺さる。
それに戸惑いながらシズは、それでもフィエンドに話しかけようとして、
「フィン、あのね……」
「その名前で俺を呼ぶな」
今まで聞いた事のない冷たい声音で、フィエンドはシズに告げたのだった。
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結局、その日は、フィエンドは聞く耳を持たなかった。
そんなフィエンドにエルフィンが必死になって、
「フィエンド、話を聞いてください!」
けれどフィエンドは冷たくあしらうだけで、そのまま部屋の外に出て行ってしまう。
しかも、その前に最悪なタイミングで現れたシズに対してもフィエンドは、
「平民が気軽に俺に話しかけるな」
「で、でも……あの……」
「煩い! 耳障りだ!」
癇癪を起こしたように、フィエンドが叫ぶ。
それにシズはびくりとして立ち止まってしまう。
そんな態度をフィエンドにとられた事のないシズは戸惑う。
そしてシズには分るのだ、フィエンドが本当にシズに対して――理由が分らないが、怒っているのだという事も。
本来なら怒りが収まるまで待つのも手だし、理由を探りだしてそこを取り除けばいい。
けれど、一番根本的な理由の分っているシズは、すぐにきっと何かを決めた表情をしてフィエンドに触れようとするも、
「放せ!」
その拒絶だけで、シズは弾き飛ばされる。
シズは大きく目を見開いてフィエンドを見つめ、
「……どうして」
「何をする気かわからないが、俺に触れるな」
「でも……」
「汚らわしい」
吐き捨てるようにシズに告げて、フィエンドは部屋を出て行こうとする。
けれどシズは、呆然としたまま動く事が出来ない。
そこでエルフィンがフィエンドに、
「待ってください、今の言葉は聞き捨てなりません!」
「……黙れ」
フィエンドがエルフィンを射抜くような冷たい視線で見た。
それだけでエルフィンは動けなくなる。
あんな恐ろしいフィエンドは見た事がない、エルフィンはそう思って、けれどそれが間違いだとすぐに気づく。
フィエンドは元々、こんなとても恐ろしい存在だったのだ。
それが、シズが現れて、変化したのだ。
より人間らしく。
そう、変化する前は……今覚えば“破壊の神”に似た、恐ろし威圧感と力を持つ貴族であったはずだ。
それが元に戻っただけ。
去っていくフィエンドを取り巻き達が追いかけていくのを、エルフィンは見送るしか出来ない。
と、シズが震える声で呟く。
「僕の力が通じない……そんな……なんで、僕はただ、フィンが笑って、傍にいてくれたならそれでよくて、それ以上望んでいなくて、だから……」
「シズ……」
エルフィンがそう名前を呼ぶと、シズは泣き出し、それをエルフィンが慰めたのだった。
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歩を早めながら、フィエンドは唇を噛む。
オルウェルの同室者。あのシズという少年が、だ。
「……清純そうな顔をして、あんな誰にでも……」
けれどそう呟くも、フィエンドはシズの事が頭から離れない。
あの少年が日々、自分がエルフィンを抱く様にあのオルウェルが思うと、苛立って……その意味にフィエンドは気付いてしまった。
一目見た時、フィンというあの少年にフィエンドは心惹かれた。
彼が欲しいと強く狂うほどに思えてしまった。
まるで自分の全てが彼の事で満たされて支配されてしまったかのようにフィエンドは感じたのだ。
なのにオルウェルの同室者。
そしてそんな彼は、フィエンドと親しげな関係であったらしいのだが、
「……そんな事、覚えていない」
完全に記憶はある、と思うのに、どうしてオルウェルと同じ部屋なのかフィエンドには記憶がない。
そしてあのシズという少年は昔フィエンドに会ったといっている。
「……覚えていない」
まさか自分を追いかけてここまであのシズという少年は来たのだろうか?
もしもそうだとしたら……。
そう思うとフィエンドは自然と頬が赤くなり胸の動悸が激しくなる。
けれどそこですぐにあのオルウェルに……そうフィエンドは思う。
あいつは元々エルフィンをフィエンドが取ったといっていたから、その当て付けか。
けれど今はエルフィンともくっついて……何故そうなったんだ?
理由がまったく記憶にない。
まるで、木々の葉が見えているのに、幹の部分が消え去ってしまったような奇妙さと気持ち悪さを感じる。
「シズ、か」
試しに名前を呟いてみると、酷く心地が良いが、すぐに彼の姿とオルウェルの同室者という事を思い出して、その感情は強い憎しみに変わる。
綺麗で誰にも汚されていないような顔をして、酷く淫らな少年。
そんな彼を、前の自分はどう思っていたのか……聞くだけ無駄だと思うが、傍にいた取り巻きに問いかける。
「シズは俺にとってどんな存在だった?」
「……恋人のようでした」
取り巻きは戸惑ったように答える。
それを聞きながらフィエンドは唇の端をあげる。
一目見た時、心を奪われたあのシズという少年。
そんな誰にでも足を開くようなのなら、恋人のようであったなら。
「俺が、手を出してもかまわないだろう?」
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落ち込むシズをエルフィンが慰める。
「大丈夫ですよ、シズ。フィエンドが勘違いしているだけなんですから」
「でも……汚らわしいって……」
「以外にフィエンドがロマンチストだって分りましたね。自分はやりたい放題やっていたくせに。本当に好きな相手は自分だけじゃないと嫌だと、我がままですね。大体僕ともしていたのに、誰とも関係を持っていないシズにあんな事を言うんんて……後で仕返しするからいいですが」
「エル……あまりフィンを苛めないでね?」
シズは困ったようにエルフィンに言う。
アレだけ酷い事を言われても、見限らないシズの健気さにエルフィンは、
「シズは本当にフィエンドの事が好きですね」
「うん、でも、ちょっとさっきのは堪えたかな。フィンが勘違いして、でもそれはきっとあいつ等の力で、でもフィンが強くなっちゃったから僕はまだ手出しできなくて……僕……うぅ」
「シズ、大丈夫ですよ」
「うん、分ってる。今は苛立っているだけだから後で説明すれば分かってくれるよ。だって……フィンは優しいもの」
エルフィンにそう答えながら、シズは自分にい聞かせる。
そう、フィエンドは優しくて賢い。
だから誤解が解けたら今までと同じように、前以上に一緒にいることが幸せだと感じられるようになると思うから。
それにもしも全てを忘れたままでも、愛すればいい。
忘れて壊れてしまったなら再び作り上げて育めばいいだけだ。
「僕はフィンとなら、何度でも恋をする事が出来るから。何時だって、好きだってフィンの事を思うから、そのたびにきっと僕はフィンに恋をしているんだ」
だから、大丈夫。
シズが自分に不安を打ち消すように呟いて、それをエルフィンが優しげに微笑んでみている。
事に大きな変化が起きるのは、その夜の事だった。
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フィエンドが、部屋に戻ってきたのは夜になってからだった。
そしてすぐにいつものような微笑を浮かべてフィエンドは、
「シズ、少し話をしたいんだが、良いか?」
「……分った。えっと何処で……」
「良い場所を知っているんだ」
けれどその微笑がいつものものと同じように感じられて、シズは頷く。
話せば分ってくれるし、フィエンドは優しいから大丈夫、そう思って不安そうなエルフィンとオルウェルを宥めてシズは一人フィエンドについていった。
実の所、そんなシズにフィエンドは心の中で嘲笑する。
この少年はフィエンドが本気で優しくて、悪意のない人間だと思っているのだ。
だから無邪気に近づいて騙されて……これから自分の身に何が起こるのかシズは分っていないのだ。
けれどそれはフィエンドにとっても好都合だった。
これからシズを連れ出して、フィエンドの思うがままに扱うのだから。
だからそれまでは優しく接してやろうとフィエンドは思う。
けれどそれをしてフィエンドは微かな後悔を覚える。
「フィン!」
嬉しそうに抱きつくシズ。
その時の表情は、フィエンドが知る中で一番魅力的だった。
ずっと自分にその笑顔を向けて欲しいと思うと同時に、フィエンドはシズを酷く蹂躙したくなる。
けれどそんなフィエンドの獣性に気づいたなら、シズはきっと逃げてしまうだろう。
だから今は気づかれないように装い、シズの手を握り逃げられないようにする。
それすらもシズにとっては嬉しいのか微笑んでいる。
そんなシズの様子に、その本性を示すまで、しばらくは優しい夢を見せてやろうとフィエンドは心の中で嗤ったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
フィエンドが話を聞いてくれると微笑んだので、シズは嬉しくなる。
やっぱりフィンは優しくて賢い、そう思いながら抱きつくと、何処か困ったようにフィエンドが笑う。
いつも通り。
きっと記憶が抜け落ちてもきっと前みたいになれる。
以前のようにフィエンドの事は分らなくなったが、それでもフィエンドがフィエンドな事には変わらない。
そこで手を繋ぐ。
きっと道に迷わないためだろう、シズは昼と夜の雰囲気の違う都市をあまり知らないから。
そう思うと、シズはフィエンドの事が更に好きになる。
そして連れ込まれた宿は、身に覚えのある場所だった。
「ここなんだ」
「……来た事があるのか?」
フィエンドのその声が何処か強張っていたのだが、シズは気づかない。
この都市に初めて来た時、他ならぬフィエンド自身に連れ込まれたのがここだったのだ。
なので、その時何もされなかったために、シズはフィエンドがそういう事をしようとしているなどまったく頭に無かった。
一方フィエンドは、ここに来た事があるとはつまり……シズはそういった事に慣れているのかと勘ぐる。
同時に行き場のない怒りと、シズの体を酷く蹂躙して自分だけのものにしてやりたいという激情を覚える。
それでも何とか感情を隠して宿の一室に向かう。
部屋に入ってからそこで、フィエンドはシズに問いかけた。
「シズと俺は恋人同士なのか?」
「……うん、そうだよ?」
「俺が怖いとお前は思わないのか?」
お前と言われて、シズは悲しさを覚えながらも頷く。
「うん、だってフィンは優しいし、怖くないよ」
その瞳は真っ直ぐのフィエンドを見つめている。
これはなんだ? そうフィエンドは自問自答する。
何時だってフィエンドに近づく者は、フィエンドに恐れを抱きながらも利用しようとする者や崇拝する者ばかりだった。
けれど目の前のシズは、フィエンドに恐れを抱いていないようだ。
そこでフィエンドは納得する。
このシズというフィエンドが情欲を抱く存在は、フィエンドがどれほど恐ろしい存在なのか分らないのだ。
だから、こんな風に真っ直ぐにフィエンドに優しく笑いかけるのだ。
それならば思い知らせてやれば良い。
そう、フィエンドは唇の端をあげたのだった。




