そっくりは危険だったり
入学式の次の日の朝。フィエンドは取り巻きを連れてオルウェルの部屋の前にいた。
ちなみにオルウェルの取り巻きとも、部屋の前で鉢合わせして一触触発の状態である。
昨日あの後、必死になってフィエンドはシズを説得したが、
「僕の事、そんなに嫌いなの?」
と言われて、それ以上言えなくなった。
あの後部屋に帰ってしばらく頭を抱えていたほどだった。
シズに対しては強く出れない。フィエンドは、シズに嫌われたくないのだから。
だからといって危険に晒されるのを放っておくわけにもいかない。
このジレンマで、昨日フィエンドは一睡も出来なかった。
なので非常に気が立っている。
今こちらに対して敵意を露にしているオルウェルの取り巻きを吹き飛ばせば、さぞかし気持ちが良いだろう。
そう思った矢先に、部屋のドアが開かれた。
「はーい、と。あれ? フィンどうしたの? 他の人達も?」
シャワーを丁度浴びてきたらしいシズが出てくる。
フィエンドの目には黒髪から滴り落ちる雫も艶かしく、シャツのボタンも全てが止められておらず、ちらりと桜色の突起が隙間から見えた。
だが、朝からシャワーを浴びるということは?
そう思った瞬間に、フィエンドはシズのシャツを左右に開いた。
「うわ、ちょ、フィン!」
「……キスマークは付いてないな」
確認して安堵する。やはり、オルウェルと一緒にいさせるのには不安がある。
かといってフィエンドはエルフィンと同室だ。これ以上増やせない。
そのエルフィンは、彼の親衛隊と一緒に花園を見に行っている。朝露の花が一番美しく、優しい香りの香水が作れるとか何とか。
彼がいたならば、もっと自体がややこしくなっていただろうと思い、今の幸運をフィエンドは普段思い出しもしない神に感謝した。そこで、
「へえ、フィエンドは何をやっているんだ?」
後ろからシズを抱きすくめるようにオルウェルが手を伸ばす。
シズに触れている事がフィエンドは許せなかった。
「……オルウェル、シズから離れろ」
「君に命令される筋合いは無い」
「シズもいつまで抱きしめられているんだ」
「えーと、消し炭にすればいいの?」
オルウェルが慌てて手を離した。そして、くしゅんとくしゃみをする。
「……ははは、何とかは風邪を引かないというが、良かったな、オルウェル」
「ははは、これも全部、このシズ君のせいなのですがね!」
「どういうことだ?」
「私が教える義理があると思うか?」
「ふふふふふふふふふふ」
「はははははははははは」
聞いている方が鳥肌が立ちそうな笑い声を上げる二人。
当のシズはというと、
「やっぱりあれが不味かったかな?」
うーんと腕を組んで考える。なので、
「シズ、何が不味かったんだ?」
「あ、こら、シズしゃべるな?」
「え、あれ位は問題ないでしょう?。被害者はオルウェルさんなんだし」
「いや……えっと……そのはずなんだが……何だか嫌な予感が……」
オルウェルの歯切れが悪い。これはシズに話させる必要がありそうだとフィエンドは結論付ける。
「シズ、何があったのか教えてくれないか?」
「えっと、昨日この部屋に来たのだけれど、ベッドが一つしかなかったのです」
場の空気が凍った。
「……オルウェル」
「待て、フィエンド。続きを聞け!」
低く怒気をはらんだ声のフィエンドに、オルウェルは慌てて付け加える。
「……良いだろう。俺は心の広い男だからな」
「……シズ、続けてくれ」
「それでベッドが一つしかないから一緒に寝るかとオルウェルさんに誘われて……」
「……AとBとCどれが良いか?。オルウェル。ちなみに、俺のお勧めはBかな。楽だぞ?」
怒りすぎて笑顔になったフィエンドが、何かの選択肢を突きつけた。
「シズ。頼むからこれ以上誤解を招くように言うのはやめてくれ……」
「え、でも本当の事じゃないですか」
「ほう、本当の事。本当の事ね……」
「ああ!、悪化した!。単純にベッドが一つしかないから、何処で寝るかという話になった。それで、私と寝るのは嫌だという事で、シズが床に寝たんだ。俺の毛布を取り上げて!」
そのオルウェルの言葉にフィエンドが目を細める。
「シズを床に寝かせたのか?」
「シズが自分は平民だから床で良いと言ったんだ!。けれど毛布を取られて、私は一晩毛布なしの寒い思いをしたんだ!。おかげで風邪気味だ!」
怒った様に言うオルウェルにフィエンドは興味は無い。目下心配なのは、
「シズ、床なんかに寝て大丈夫か? 風邪引いたりしていないのか?」
「風邪引いたのはオルウェルさんだよ、フィン?」
「俺はシズが風邪を引かないか心配だ。ベッドを買ってやろうか?」
「いいよ。それくらい自分で買う。それに僕は体には自信があるから! でもありがとうフィン」
にこりと笑うシズにフィエンドはくらりとした。このまま毎日シズの笑顔を見ていたら、いつ理性が飛ぶか分からない。けれど、田舎に帰すことを考えれば手は出せない。
「まったく、シズは……こんなに可愛いから」
「うう、フィン。でもここの人達綺麗な人が多いから、可愛いと言われても……」
「シズは可愛いよ、他の誰よりも」
「フィン……」
二人だけの世界が出来上がっている。が、それを壊すのもオルウェルの役目。
「フィエンド、お前の目は節穴か。確かに可愛いがこの程度はそこらにいる」
「そんなことは無い! そうだろう、ファイ!」
かっとフィエンドはファイと呼んだ取り巻きらしき男を見るも、彼は微妙な表情で、
「……フィエンド様。オルウェルの言う事が正しいかと……」
「お前まで! こんなにシズは可愛いのに!」
と言い出して、フィエンドはシズを抱きしめた。
ここにいるフィエンドとシズ以外の全員が思った。
駄目だこいつ、早く何とかしないと。
「……もういい。これ以上言っても無駄だ。所で、ただシズに会いに来たわけじゃ無いんだろう、フィエンド?」
朝から疲れたように、オルウェルははフィエンドに問いかける。するとそこでフィエンドは真顔になり、
「シズ、後で学園長の所に一緒に行くから、来てくれ」
「良いけれどどうして?」
「諸事情だ」
きっぱりとフィエンドに言われるので、オルウェルやら取り巻きの人達を見ると全員が顔を背ける。
この状況を見て、シズは思った。このどちらの勢力の息のかからない友人が必要だと。
「そろそろ朝食の時間だ。シズは私と一緒に食べるからな?」
そんなオルウェルの言葉にフィエンドがむっとした顔をしたが、
「あ、僕少しやることがあるので、先皆さん行っていて下さい」
「やること?」
「ええ、やることです」
ニコニコと笑ってはぐらかし、シズは二人を追い出した。
ちょっと時間差を作る事で、シズは他の人からの情報を集めようと思ったからだ。
早めに起きたので授業まで時間がある。
時間をもう一度懐中時計で確認し、ふうっ吐息を吐いた。
「さてと、がんばりますか。今日は初日だから、授業の説明……この科目とこの部屋……そうか、貴族とは違う部屋なのですね……でも、さっき言ってた科目、予定表に無いな……やっぱり詳しい人に聞かないと」
そこで、入学式に隣の席だった二人をシズは思い出す。
「……もし会えたら聞いてみよう。色々知っているようだから」
フィエンドもオルウェルもシズには教えたくないことがあるようなのだから。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
丁度食べ終わって食堂から出て行く所で、フィエンドとシズは会う。
「一緒にいた方が良いか?」
と心配するフィエンドに、シズは魔法でどうにかすれば良い、大丈夫だと自信を持って言う。
そんなシズに、フィエンドは言いようの無い不安と何か重大な問題を見逃しているような気がしたが、それが何なのか結局分からなかった。
そんなこんなで朝食を無料で手に入れたシズはご機嫌である。
ただ時間が時間なためかテーブルは何処も埋まっていて、食べる場所が見つからない。
何処か空いていないかなとうろうろしていると、声をかけられた。
「やっほー、シズ君。空いていないなら、ここに座らない?」
「リノさん……」
「リノでいいよ。ロイも良いよね?」
ロイはうんと頷きながら、コーヒーを口にしていた。
このリノとロイは四人がけのテーブルに、二人並んで座っていた。必然的にシズは彼らと相対する椅子に座るわけだが、
「えっと、お邪魔では……」
「ん?、ああ、別に?。僕とロイの愛はその程度で崩れるものではないから。ね、ロイ?」
「ああ」
見詰め合う二人。シズは居心地の悪さを感じた。
とりあえずソーセージを一本シズは口に含んで驚いた。
「美味しい……」
「でしょう、ここの食堂は味がいいんだ。ちょっと外と比べて値段は高めだけれどね。でもこれくらいの味となると安い方かな」
「都市には色々な物があるんですね」
「一応、王都だもの。各地から色々な物が集まってくる。物だけじゃない、欲望やら何やら沢山ね。君は違うのかな、シズ?」
「僕は……」
ここに来たいと思ったのは、懐中時計をくれた叔父さんが、この学園では貴族と平民が一緒に通う場所だと聞いたから。ここならば、もしかしたならフィンと会えるかもしれない、フィンに会う切掛けが掴めるかもしれないと思ったから。
幼い時、もう一度会うと一方的に約束した。
そして偶然にもお互いがそうだと気づくことなく会うことが出来た。
一目会うというシズの思いは叶った。そして、フィンが自分の事を覚えていてくれたという幸運すらもある。
これ以上望むのは贅沢だろうか?。
けれど、あのままフィンを放っておけなかった。シズは昔のように微笑んでいて欲しかった。
だから自分の選択は間違えていない。
「シズ君ってさ……そういえば、シズって呼び捨てにしていい?」
「え、あ、はい」
「シズって、フィエンド様の何処が好きなの?」
にこにこと笑いながら問いかけてくるリノに、
「可愛いくて、優しい所かな……」
ふわりと微笑みシズは答えた。
その答えに、リノとロイは食べる手を止めた。
そしてシズが痛くなる位じっとシズを見てからお互い顔を見合わせてからシズへと向き直り、リノとロイが、
「いいから病院へ行け。シズ。悪いことは言わないから」
「今の内なら治る見込みがあるかもしれない。何事も早期にするのが良い」
と口をそろえる。親切心で言ってくれているのだろうが、これはあまりにも酷いとシズは思った。
「フィンは良い子だもん。可愛いし、優しいし綺麗だもん」
頬をむくれさせて、シズは答える。そんなシズをリノはまじまじと見て、
「……まさか、彼に会いたいというだけでここに来たわけじゃないよね、シズ」
「え、そうですけど」
リノとロイが黙った。しばらく沈黙して、二人は再び顔を見合わせて、次にリノはにやりと笑った。
「さすが魔性二号。レベルが高いねー。これはフィエンド様もくらりと来るはずだね」
「何ですか、魔性二号って」
「うん?、ほらこの学園の有名な派閥のトップ二人を惑わす魔性の男。前はエルフィン様がそうだったけれど、その次にシズが現れて、魔性二号となったわけ。黒髪に茶色い瞳は危険だね。昔からあるジンクス通りなのもまた面白いけれどね」
本当に楽しそうにリノは笑うが、聞き捨てなら無い情報がシズにはある。
「有名な派閥って、どういうことなのですか?」
「うーん、知りたい?」
「はい」
リノの目が獲物を見つけた時のように、きらりと目を光らせた。
「ふむふむ、そうかそうか。ならばシズはメイド服を着てもらえるかな?」
シズが紅茶を噴出しかけた。
「何でですか! 第一学校内は制服じゃ……」
「ああ、授業と食事意外は私服でいいんだよ。なのでぜひ、ぜひメイド服を」
「黒いのが似合うと思う」
「だよね、さすがロイ、僕の好みを分かってる!。というわけでメイド服を! 今日の放課後にでも、どう?」
「……放課後はベッドを買いにいかないといけないので……」
遠まわしにお断りのお願いをしてみるも、
「え、じゃあ昨日は何処で寝たの? まさかオルウェル様と一緒に……」
何故か目を輝かせるリノにシズは首を横に振った。
「いえ、一緒に寝るのは嫌なので、毛布を取り上げて床に寝ました」
「……さすが魔性二号、レベルが高い。あのオルウェル様をも手玉に……これは逸材だわ」
「なので放課後はちょっと……」
「折りたたみのベッドが一つ余っていたから、あげようか?」
ロイがふとと思い出したように言って、それはいい考えだとリノも頷く。
「だから、ぜひ、メイド服を!」
「いえ、ですから何故そんなにメイド服を着せたがるのですか!」」
「シズが可愛いからさ! 確かに粉かけておこうとかそういうことも考えたけれど、実物を見るとどうしても着せたい! 切実にメイド服を!」
「どうしよう、言葉が通じないよう……」
嘆くシズに、ロイが追い討ちをかける。
「シズ、諦めた方が良い。リノは狙った獲物は逃さない。基本逃げられないから」
「そんな……」
「ただ、リノを喜ばせてくれれば、俺もこの学園の事について知りたいことを話す。それでどうかな?」
シズは考える。確かに自分は色々知らなすぎる。
一時の恥で今後の運命が左右されるのなら仕方の無い事なのか?。
――そうだよね、誰かに見られるわけでもないし。
「わかりました。その代わり、ベッドと情報をお願いします」
「本当に!、やったあ! これでまた、ぐふふふふふふ」
不気味な笑い声を上げるリノ。一抹の不安を覚えるシズだが、かといって誰に聞けばいいのか分からない。
仕方が無いと諦めるシズだった。
そんなシズを遠くから見ている人影がある事に、シズは気づいていなかった。
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貴族達が入っていく教室は、扉まで繊細な細工がされている。
「じゃあねー、シズ、放課後にまた会おうね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
リノがそういって教室へと入っていく。それを見送る、シズとロイ。
「あれ、ロイは貴族なのでは?」
「いや、俺は平民だから。ただ商売の関係で昔からリノの家とは交流があって、小さい時から知っているんだ」
「幼馴染ですか。……一体何時頃あのような……女装をさせたい病に?」
あの後もメイド服メイド服と繰り返すリノに、シズはなんともいえない気持ちになった。
一体何が彼をあそこまで駆り立てるのだろうか。
「あれは雪の降る寒い日の事だった……」
思いはせるようにロイが遠くを見ながら呟いた。
何か切ない理由があるのだろうかとシズは黙って聞く。
「あの日、いつものようにリノは熱を出した。元々からだが弱くて、女の子のように華奢だったあいつは、熱に浮かされながら泣いていた。僕がもっと男らしくなればって」
「……それは」
「俺は言った。リノはリノらしくあればいい。俺がずっと守ってやるからって言って、手を握っていたんだ」
いい話だとシズは思った。
昔から一緒にいる二人の絆は羨ましくも思える。
「それで、もし治ったら何がしたいって聞いたんだ。そうしたらリノの奴、洋服が欲しいっていったんだ。最近病気ばかりしていて痩せてしまい服がぶかぶかだからって」
そこでロイが寂しそうにふっと笑い、続ける。
「それで、リノに似合う服を必ず見繕ってやるって言ったんだ。そうしたらあいつ、僕みたいな容姿じゃ似合う服なんて無いよなんていうから……」
シズは嫌な予感がした。
「リノはこんなに可愛いのだから、女の子の服が絶対に合うって、俺は言ったんだ」
シズは全ての元凶が誰だか分かった。
「本当に? と言うから次の日何種類もの女物の服を持っていったんだ。その日は少し体調が良かったから、試しに着てみたわけだが、その時の嬉しそうなリノの顔は忘れられない。『僕ってこんなに可愛かったんだ』って」
覚醒したらしい。
「あれ以来、リノは女装が趣味になってしまった……」
「つまり全部ロイが悪いわけだ」
「でもセンスはいいはずだ。ああいうものを好むように散々誘導したから」
「おい」
シズは、頭痛がするのを感じた。
「リノが幸せならば俺も嬉しいのでシズも頼む」
「うう……この学園の事を教えてくださいよ?」
「それは約束する」
そこで平民用の教室に着いた。先ほどのものに比べると簡素だが、花の細工が成された扉がある。
そこを開けると既にそこそこ人が集まっていたが、シズが入って来ると一斉にこちらを凝視した。
「な……なに?」
次にこそこそと集団で囁きあっている。シズには何が何だか分からない。と、
「シズさん、こちらです」
「エル!」
手を振るエルフィンにシズは駆け寄った。
エルの後ろの人達にじろりと睨まれちょっとだけ怖かったが、シズは一番前に座るエルフィンに声をかけられてほっとした。
「食事の時にご一緒でなかったので、どうされたかと思いました。危ないので、今後は誰かを付けて貰うと良いですよ?。オルウェルでも、フィエンドでも頼めば喜んで……」
「うーん、エルの後ろにいる人達のような?」
「彼らは僕の親衛隊ですが、そのような人達と一緒にいた方がいい。シズは既に、色々な意味で有名だから」
「なんというか、面倒だなと」
「何かあってからでは遅いですよ?」
「でも僕、自分の身ぐらい自分で守れるし。それに四六時中誰かといたら疲れてしまう。更に言うと、僕はエルみたいに色気も何も無いしね」
ふっとシズは自嘲した。そんなシズを、一瞬だけ思案するように見てエルは頷いた。
「……そうですか、いえ、無理にとは言いませんが。所で、そちらの方はロイさんでしたか。シズとどのようなご関係で……」
「エルフィン様に名前を覚えていただけて光栄です」
畏まったロイを見て、エルフィンはそんなに凄い人なのだとシズは思う。
確かに成績トップで、これだけ綺麗ならばそうなのかもしれない。
「初めの入学式でリノの隣にシズが座っていた事と、朝食で一緒になって、リノが是非シズにメイド服を着せたいと言い出したような関係です」
最後の方はいらないだろうとシズは叫びたかった。
だがここで更なる展開が待っていた。
「メイド服ですか、良いですね。僕もご一緒させて頂いていいですか?」
「エルフィン様!」
「エルフィン様!、そんな使用人が着るような服をなぜ!」
「エルフィン様!、そのようなものではなくもっと違った服を!」
「エルフィン様!、大体、そこにいる平民程度であればそこそこ見れるかも知れるかもしれませんが、エルフィン様程の方が着てしまえば服が気の毒です!」
そう口々言う親衛隊の面々。さりげなくシズの悪口を言ったやつには、シズは取り合えず教科書で一発殴っておいたからいいとして、
「えっと、ロイ? 大丈夫かな?」
「大丈夫だ、問題ない」
シズは言い知れぬ不安を感じた。しかし、どちらも乗り気なので止められる雰囲気ではない。
親衛隊の面々は不服そうだがエルフィンがやりたいと宥めて終わった。
そこで先生が入ってくる。魔法理論の先生だ。
シズは慌てて、エルフィンの隣に座ったら、後ろから殺気がした。
ロイはというとちゃっかり後ろの方の席に座っている。
後で他の場所に移ろうと決めてシズは授業を受けるが、後ろから何かが頭に当った。
なんだろうと思ってよく見ると、
「消しゴムの欠片?」
白い消しゴムの欠片が、シズの頭に当ったらしい。後ろを振り返ると、数人ニヤニヤと笑っている。
「シズさん、彼の内の一人が、今回シズさんが入った事で準特待生になれなかった人です」
小声でエルフィンが教えてくれた。
だがそのままやられるシズなわけもなく、消しゴムの欠片を作り反撃を開始する。
だが、何故かシズだけが先生に怒られた。
「この問題を解いてみろ!」
やけに難しい問題ではあったのだが、シズは白いチョークでさらさらと書いてみる。
「ふん、まあいいだろう」
鼻息を荒げた教師。ああいう教師とは相性が悪いな、とシズは心の中で思う。
「えー、魔法が存在するには、維持の力が必要です。それが無ければ魔法は、炎としても、水としても存在できません。一方、破壊の力ですが、存在するものを壊して別のものに変えるという観点から……」
魔法の根幹を成す、維持と破壊。
当たり前のように語られるその二つは、シズにとって何時も何かが欠けている気がするのだ。
混沌とした何物でも無い魔力。それが魔法へと存在出来るのは維持……。そして変化もまた、破壊であるという事。似ているようで、表裏一体の二つ。
そんな事を一通り頭に思い浮かべて、ノートを取る事にシズは専念したのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
授業が終わって、シズはふと入学式の前に聞いたあの言葉をエルフィンに問いかけた。
「人が一人死ぬって、どういうことだったのですか?」
周りの親衛隊の人たちがぎょっとした顔をした。が、
「……何の話ですか?」
にっこりとエルフィンが綺麗な魅了される笑みを浮かべる。親衛隊の人達もとろんとそれに見惚れていたが、真っ直ぐにシズは見返して、目を伏せた。
「いえ、僕の勘違いだったかもしれません」
「そうですか、では、昼食を。シズも食べるでしょう?。一緒にどうですか?」
「あ、はい。あ、ロイは……」
とシズが後ろを振り返ると、既に彼は教室から消えていた。
なんとなく逃げた気がするのは気のせいか。
仕方が無いのでそのまま教室の外に出ると、オルウェルが待っていた。
「エルフィン、済まないがシズを借りる」
「どうしたのですか?」
「学園長室に用がある」
「そうなんぽですか……残念です」
何も教えてくれないのでシズは変な感じがするが仕方がない。
そこでシズはオルウェルに引っ張られた。
しかも強い力で。
「オルウェル何で引っ張るんですか!」
「早く言って終わらせないと、エルフィンと昼食を食べられる貴重な時間が減る! もっともシズ、お前も無関係じゃないぞ、エルフィンがいればフィエンドも付いて来るからな!」
「よし、早く行きましょう」
そんな二人を楽しそうにエルフィンは見て、
「それでは早く終わらせてください。僕も食堂で待っていますね?」
と言ったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
「君のその申し出は却下だ」
「ですが……」
フィエンドは更に食い下がろうとするが、目の前の眼鏡をかけた男、学園長であるアースレイが目を細める。すぐ傍に、秘書らしき無表情の茶色い髪の青年が控えている。
この男は、フィエンドの家と同じ侯爵に位置する。その為貴族間の上下関係も含めてライバルに近い。
そんな不利な相手に対してわざわざフィエンドが頼み込んだのは、シズを同室にできないか、更に言うと本来一人しか駄目なはずのルールを二人に出来ないかという規則の捻じ曲げである。
多少、彼にとって有利な条件を出したはずなのだがこれ以上はフィエンドも手札が無い。
そこで、アースレイが眼鏡をきらりと光らせた。
「神殿の方も動き始めたようだ」
その言葉を聞いて、フィエンドはぎくりとする。何故今頃。ここ一年まったく動きが無かったというのに。
そんな様子をアースレイは静かに観察しながら、
「今もう一人追加をすると、今度こそエルフィンは……」
「く、なら、シズを田舎に帰すしか……」
シズをごたごたに巻き込むわけにいかない。血生臭い世界は、フィエンドはシズには見せたくは無かった。
だが、この学園長が動かないならば、フィエンドは別の強硬手段に打って出るしかない。
そんな葛藤を知ってか、アースレイは笑みを零す。
「それも難しい。昨日、今日の事で、君にとってシズ君がどういう存在かを周りに知らしめてしまった」
「だから、俺の手の届かない場所に。そうすれば俺が興味が無いと……」
「それで彼が人質にとられた場合、見捨てる事ができるのか?」
そう言われて、フィエンドは黙る。もし、シズが人質に取られたら、フィエンドは何が何でも助けようとするという自分が容易に想像できた。
けれど、そうなってくると……。
「囲って守るしかなくなる……」
「だろうね、そうするかい?」
「……アースレイ学園長、面白がっているでしょう」
「それは面白いさ。昔の自分を見ているようでね」
「性格が悪いですね」
「性格がよくて学園長はやっていられないね」
この狸が、と心の中でフィエンドは毒づいた。
「ただ、彼、シズ君はここにいるのが一番良いだろう。古い友人にも頼まれているしね」
「……どういうことですか?」
「君に話すような事は何も無い」
「俺は、シズを守りたいだけです!」
「……あれだけ好き放題やった君が、そう言うとはね。だが、ここにいることが結果として彼をも守る事になるだろう。彼は特別のようだ」
「シズに、何か異常なものがあるのですか?」
フィエンドは思い出す。図書館での事や昨日の朝の事。
エルフィンに見えなかった、シズの行動。
そこで、アースレイがすっと目を細めて、フィエンドを探るように見る。
「……異常はない」
「ならば、何故ここにいるよう勧めるのですか!?」
「異常が無い事が問題なんだ」
何を知っているのかと、フィエンドがアースレイを問い詰めようとした時、部屋の扉がノックされる。
「入りたまえ」
「失礼します。……何だフィエンドか」
「フィン、どうしたの?」
「シズ……」
オルウェルのことは眼中に無いフィエンド。シズを見るまなざしは優しい。
そんな三人を、アースレイは何処か懐かしそうに見つめてから、
「事前に話は聞いているが、一応検査をしてもいいかい?」
とシズの方を見て言った。その優しげな様子が気に食わないのか、フィエンドがアースレイの方を警戒しているようだが、そんな若さゆえの嫉妬を年長者であるアースレイは受け流す。
シズは不思議そうにアースレイを見て問いかけた。
そして彼自身の傍にある水晶棚も様な透明な球を指さし、
「これに触れて欲しい」
「はあ……分かりました」
言われた通りに触れるシズ。
ピリッと何かがシズを見定めようと魔力を感じたけれど、“普通”であるかのように受け流す。
同時に球の中心部に光がともる。
「緑色か。特に異常は見当たらないか」
アースレイ学園長が頷く。
その言葉にシズは一瞬びくっとなりかけたが、誰も気づいていない様で安堵した。
そこで、アースレイがシズをおいでおいでと呼んだ。
無防備に近づくシズの顎をアースレイが掴み、キスをしようとした。
気づいたフィエンドがシズを離れさせようとするも間に合わないと思われた。
ザッ
シズが持っていた薄い教科書を、自分とアースレイの間に挟んだ。
必然的に教科書にキスする事となるわけだが、
「……シズ君、こういう無粋な真似は止めようね」
「いえ、無理矢理やろうとする人には情けはかけてはいけないと教わっていますから」
「誰だい? そんな事を言ったのは」
「ウィル叔父さんです」
そこで、アースレイが黙った。少しそわそわとするように、シズの方を見て、
「そうか。実は私は君のウィル叔父さんと同期でね……」
「知っています。あと、叔父さんから、もし昔の自分にそっくりな僕にアースレイさんが手を出すような事があれば、今後一切返信なし……」
「やめ! それだけは!。唯一ウィルと繋がっていられる手段が文通だけなのに!」
顔を真っ青にして慌てるアースレイに、シズは悪い笑みを浮かべて、
「あとそんな余裕があるなら、これからムキムキのマッスル体型になって、アースレイさんを襲いに行くぞと」
「そんな、腕にすっぽりはまるくらいの可愛い体格だったのに! ……いや、待て、待つんだ私。私が受けになれば一緒にいられるということか? ならばそれもありか?」
「ちなみにやり捨てにするって言っていました」
「駄目じゃないか。……そうか、そうだよな……もう攫って来て囲うしか……」
「囲ったりしたら自力で脱獄して、アースレイさんの事を忘れて、新しい人といちゃいちゃするからと言っていました」
「……現状が一番良いという事か? まったく進歩が無いのが?」
頭を抱えるアースレイに、更にシズは畳み掛ける。
「良いのですか?。僕に手を出そうとした事、叔父さんに言いつけてもいいのですが……」
「……何が望みだ」
「いえ、今の所は特に。ただ、今後手伝って頂ければ良いです」
「……分かった。可能な限り手伝う。だからついでにお願いをしてもいいか?」
「何をでしょう」
シズを見ながらアースレイは真剣に、
「ウィルとの間を取り持って欲しい、駄目か?」
元々この機会を逃すつもりはアースレイには無かった。そして手紙の感じから、この甥であるシズをウィルは大切にしているようだった。本音を言うと少し嫉妬してしまっていたわけだが、彼の姿を見てそんな感情も消えうせた。
そしてあわよくば、フィエンドに義理立てする必要も無いので、ウィルにそっくりなシズに手を出すのも一興と考えていたわけだが、なるほど、なかなか賢い。
ただ愛玩するだけでは勿体無い。
そんなアースレイの思惑など露知らず、シズはうーんと腕を組み顎に手を当てて考える仕草をした。
「難しいですね。……正否は問わないという形でのお手伝いであれば」
「やってくれるか!」
「但し条件があります」
シズはフィエンドの方をちらりと一瞥して、
「フィンの事をいじめないと約束してください!」
言われたフィエンドですら、訂正を入れられなかった。
そもそも、フィエンドをいじめる等想像できないはずなのだ。特にシズが来る前のフィエンドは……。
しかし、それならばアースレイに有利である。なので、
「ああ分かった。いじめたりしない。大丈夫だ」
「約束ですからね。絶対に守ってくださいね」
そこでシズはにこりと笑った。その笑顔がありし日のウィルと重なることにアースレイは気づいた。
そもそも黒髪茶色い瞳の魔性はウィルが始まりだった気がする。結局誰ともくっつく事無くここを卒業し、田舎に帰ってしまった。各方面から引く手数多であるにも関わらず。
あの時、強引にでも自分の物にすべきだっただろうかと今も悩む。けれど時期を逃してしまいずるずるとこんな関係が続いていた。そしてあまりのも細い繋がりの為に今一歩踏み出せない、そんな歯がゆさがアースレイを支配している。諦めた方がいいのだろうか?。
けれど、これが切っ掛けになれば良いと期待している自分がまだいる。
さて、感傷はここまでにしようとアースレイは自分に言い聞かせた。
「フィエンド君、オルウェル君、君達は席をはずしたまえ。シズ君に個人的な話があるのでね」
その言葉に、フィエンドが殺気立った。面白くはあったが、別に彼を怒らせようと思って言ったわけではない。
「シズにキスしようとしていた貴方を信用できるわけが……」
「……ウィル、彼の叔父さんについて個人的に話を聞きたいだけだ。というより、ウィルの話を君達に聞かせたくない。あいつの事を他の奴が知っていることが許せない」
目を細めると、眼鏡が光を反射して白く光る。
フィエンドは頭に血が上っていて状況を判断できない。そこで、
「フィエンド、外へ出ようか」
「な、オルウェル腕を引っ張るな! シズ、何かあったらすぐ呼べ!」
とか何とか言って、オルウェルに連れて行かれるフィエンド。
外の取り巻きと合流して、二人は言い合いはしているようだ。
このとき何故オルウェルはフィエンドを引っ張っていったかというと、アースレイ学園長に対してのウィル、フィエンドに対してのシズ、その二つがとてもよく似ているように感じられたからだ。
この面倒くさい執着を放っておくと何故か自分も巻き込まれそうだとオルウェルは判断した。
保身は大事である。




