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とある入学式での出来事

 シュルッとネクタイを首に巻きつけて、こうやってこうやってこうだ!。


「……何故リボン結びになった……」


 もう一回とやって今度はよく分からない形になる。それを4、5回繰り返してようやく上手く結べる。

 鏡を見るときちんとした制服を着た自分が映っており、なかなか良いんじゃないと思ってポーズをとってみたりする。

 セクシーポーズ。


「……何やってるんだろう」


 自分でやっておいて、シズはなんと言うかすごい虚脱感に襲われた。

 とりあえずもう一度見て鏡の前で一回転。おかしな所は特に無い。

 準特待生にも制服が支給されるので田舎に居た時郵送で届いたのだが、本当に田舎に居た時に一回着てみて良かった。でないとネクタイなしの登校だった。

 黒を基調とした、上品な制服。これでもう田舎者とは言わせないぞ。


 と思って鏡を見て、何処かかっこいいというよりは可愛いと形容されるような自分をシズは見つめた。

 田舎者といったあいつは、綺麗な人としていた。ああいった人があいつの好みなのか。彼のように黒髪、茶色い瞳だから自分のものになれといったのだろうか。

 やめよう、考えるのは。

 それに今日こそ、フィンに会えるかもしれないのだ。

 都市に行くからといって叔父から貰った懐中時計を確認。まだ時間はたっぷりあるが……。


「早めに行って、校内を見て回ってもいいよね」


 そして、黒に赤い刺繍の施されたローブを羽織り、シズは荷物を持ち上げたのだった。



。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




「うわー、さすがにすごい」


 シズは門の前で見上げて、感嘆の声を上げた。

 二重の柵は強力な結界となっており、その柵周辺には白い花を咲かせる木々が植わっており甘い香りを放っている。その門の正面の石畳の道の先に、大きな時計のはめ込まれた細かな彫刻がなされている白い建物が見える。あそこで入学式があるはずだった。

 とはいえ、こんなすごい建物を田舎でシズは見たことが無い。その荘厳さに見とれてしまうのは仕方の無い事だった。と、


「新入生の子かい?。あまりそこで立ち止まられると困るんだけれど」

「あ、すみません」 


 門番のお兄さんに怒られてしまって、シズは顔を赤くして中に走り込んだ。

 周りを見渡すと、時間が早いためか人っ子一人いない。

 だが、校内をうろうろするには丁度良い。

 合格通知書と一緒に学園内の大まかな地図が同封されていた。それを確認して、シズは考える。


「……広すぎ」


 何故か学園内に森やら何やら色々あって、下手な場所に行くと入学式にでられなくなりそうだ。


「現在地がここだから……近くだと、花園の迷路か湖か……」


 迷路に入ってでられなくなると不味いよな、とシズは考えて湖の方に行く事にした。

 むせるような花の香りが広がる中、シズは歩き出したのだった。



。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 湖といって、対岸が霞むほどに広いとは思わなかった。

 岸の傍に長い年月の中雨ざらしであったであろう古いボートが打ち付けられている。

 湖に沿うようにここにも白い花の木が植えられており、水面すれすれに枝が伸びている。また、風が吹くごとにひらひらと白い花びらが舞い降りて湖に浮かんでいた。

 甘い香りと、白い花弁の雨。

 柔らかな春の日差しの中で夢の世界に迷い込んでしまったようにシズは感じた。


 花弁は道にも降り注いでおり、灰色の石畳を白く染め上げている。そんな花弁の絨毯を踏みながら、きょろきょろと周りを見回しつつシズは歩いていく。

 そこで、一際強く風が吹く。

 目の前に花弁が舞い上がり、シズの視界を遮る。

 思わず目を手でかばい、風が収まるのを待つ。


「……驚いた」


 まだ視界に花弁が舞っている。まるで、黒を白に染め上げるかのように、ローブの至る所の花弁が付いている。

 そこでシズは気づいた。

 向って左側の湖の川岸に誰かいる。木々に邪魔されてしまって、ここではよく見えない。

 シズは、どんな人だろうと思い近づく。

 ぼやけていた輪郭が段々とはっきりしてくる。


 黒い髪。

 白いきめの細かい肌。

 そこでシズは立ち止まった。

 その人は泣いていた。静かに、黙って泣いていた。


 嗚咽を必死に隠すように、声を漏らさないようにただただ泣いていた。

 綺麗な人の涙は、それだけでも綺麗なのだとシズは知った。

 それに多分あの人は、この前ハズ(偽名)に抱かれていた人だ。

 そんな人が何でこんな所で泣いているのだろうとシズは思ったが、さすがに声をかけづらいのでそっとそこから去ろうとしたのだが。


パキッ


 小枝を踏む音。静かな朝の湖岸ではそんな些細な音もよく響いた。


「誰?」


 驚いたように少年は顔を上げた。なのでシズは、引きつった笑いを浮かべつつ、


「……オハヨウゴザイマス」


 としか答えられなかったのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




「あ、ハンカチです。涙を拭いた方が良いと思うので」

「ありがとうございます」


 そう微笑んでその人はシズからハンカチを受け取った。

 目の前で見ると本当に綺麗な人だと思う。本当に今にも消えてしまいそうな儚さがある。

 自分と同じ黒髪、茶色い瞳なのに何でこんなに違うんだろうとシズは悲しくなった。

 この人は、人を魅了する妖しい魅力がある。


「シズ・アクトレスさんと言うのですね」


 ハンカチに刺繍された名前を彼は見たらしい。後で洗って返しますね、とシズに彼は言って、


「僕の名前は、エルフィン・スクルド。貴方と同じ新入生です」

「同い年だったのですか」


 シズはそれを聞いて余計、がっかりする。これくらいでないと……。


――いやいや、何を考えているんだ僕は。あいつの事なんて……。


 そこで、探るようにエルフィンが、


「シズさんは平民ですか?。僕はそうですが……」

「え、あ、はい。僕も平民です。というか、エルフィンさん、綺麗だから貴族なのかと……」


 その言葉に、ふふとエルフィンは笑って、


「良く聞かれますから。所で、シズさんは昨日図書館にいましたが、何方か貴族のお知り合いでも……」


 そこで、シズの顔が沸騰したように真っ赤になった

 だいたい、図書館で会った時あんな……。

 そんな慌てる様子に、エルフィンは再びクスクス笑った。


「可愛い方ですね、シズさんは」

「……嬉しくない。綺麗な人に言われても嬉しくない」


 むすっとするシズ。それが余計にエルフィンは可愛く見えた。


「とりあえず同級生という事で、僕の事はエルと略していただいてかまいません。なかなか略して呼んでもらえないのです。特に親衛隊の方々とか」

「あ、うん、そうですね。略して呼んでもいいのかなってくらい綺麗ですし。でも呼び捨てにしたら僕の身に危険が……」

「シズさんは可愛いから大丈夫だと思いますよ?」

「また可愛いって言った……そういえば何故泣いていたのですか?」


 そこでエルが表情が固まった。

 何か聞いては不味い事を聞いてしまったかなと、シズは思ったが、ふと何かに気づいたようにシズをエルは見た。


「……ここには本当は誰も来るはずが無かったのです」

「……え、そんな看板とか、もしかして僕は見逃した?」


 昨日の図書館の件といい、シズは自分の迂闊さを呪った。

 しかし、そんなシズの言葉を気にかけるでもなくエルが続ける。


「……今日、人が一人死にます」

「え?」

「でも、もしかしたなら、僕の見えない貴方なら……」


 そっとシズの顔に手を伸ばして、瞳をエルが覗き込む。

 同じ色の瞳同士、視線が絡み合う。

 意味が分からないけれど、その時のエルの瞳に深い深い悲しみがある事に気づいて、シズは何も言えなくなる。

 そこで遠くから誰かの呼ぶ声が聞こえて、シズは我に返った。

 時間が何時だろうと、懐中時計を確認するともうずいぶんと時間が経っていた。


「ぼく、もう行かないと。また後で!」

「ええ、また後で!」


 パタパタと元気に走っていく様子がまた可愛く見える。

 陽だまりのような輝きがある人だとエルは思った。

 その姿が見えなくなった頃。


「エルフィン、探したぞ?」

「フィエンド……」


 借りたハンカチを握り締めて、エルは振り返る。

 そんな手に持っているハンカチを見て、フィエンドは首をかしげる。


「それは、お前のものではないな?」

「ええ、さっき、昨日図書館で会った子」

「……あの田舎者か……ここの新入生だったのか。平民か?」

「ええ、そうらしいです」

「となると、背後に貴族が付いている可能性もあるか……調べる必要がありそうだ」

「それに、やはり見えませんでした」


 その言葉に、フィエンドは考え込むように押し黙る。


「……本当に何者なんだ、あいつは」

「さあ、僕にも分かりません。ただ、名前は分かりました」

「へえ、なんて名前だ?」

「シズ・アクトレスという……」


 エルはそこで言葉を止めた。

 フィエンドの顔から血の気が引いていた。


「フィエンド?」


 その問いかけにも黙って、フィエンドは真っ青になって考えて。

 そんなはず無いと、同姓同名の別人だと言い聞かせる。

 けれどあの出会った二日間。惹かれてやまなかったあの輝きと同じものを持った少年。

 だから欲しいと思った。


 だから手放した。

 それが、フィエンドが欲しくてたまらない同一人物だとしたら?。

 諦めようとしたのに。ずっと。あいつと別れたからずっと。

 なのに、何故、また、こんな。


「……あいつは、ここに来るべきじゃない」

「フィエンド?」


 不思議そうに聞き返すエル。だが、フィエンドはそれどころではない思いを抱いていた。

 ここは深淵。深い闇。

 光のようなあいつが居るべきでなく、そして、喰われない内に彼を元の場所へ返さなければならない。

 フィエンドは決意する。

 自分の手に入らないとしても、彼が彼のままで居てくれるのならそれでいい。

 それほどまでに、狂おしいほどに、フィエンドはシズの事を大切に思っていたのだった。





。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"





 このメサイア学園は、そこに入る前に約4分の3がその前身となるメサイア付属学園の生徒である。そして先ほど知ったのだが、特待生や準特待生はその付属から繰り上がって来た生徒で占められるのが例年の出来事であったそうだ。

 つまり、外部から入ってきたシズは異質かつ嫉妬の対象に晒される可能性があるわけだが。

 何故か、一番後ろの席に座らせられただけだった。


 だが他の特待生やらなにやらは一番前に座っているから、待遇が違う?。

 ただここに座っていると、何か異質な気配を感じる。結界内なので魔物はいないだろうがそれと同種の嫌な感じだ。人でない、悪意。

 さすがにここで騒ぎを起こすわけにもいかないので大人しくしていようとシズは思った。

 シズは視線を特待生達に戻す。


 その一番前の端には、オルウェルとハズ(偽名)が座っており、先ほどどちらがエルの隣に座るかを言い争って――実際には、一方的にオルウェルがお上品に喧嘩を売っているように見えた――いたが、結果としてエルが間に座ることにしたらしい。

 ハズ(偽名)はここの生徒で同じ学年だったのかとシズは驚く。そして貴族だったのかとか、図書館にいたよな、と思い出した。

 そしてその二人の周りにはどちらも取り巻きがいる。

 シズは自分が何か選択を間違った気がしてならない。と、


「君、もしかして外部生? 準特待生のシズ君?」


 隣の少年に話しかけられる。淡い茶色に、くりくりとした赤い瞳。女の子かと思ったが、ここは男子校だ。


「もしかして、女の子かと思った?」

「えっと……すみません」

「いいよ、謝らなくて。それよりさ、シズ君女装に興味ない?」


 一瞬シズは何を言われたのか分からなかった。


「きっと似合うと思うんだ。ロングスカートのメイド服。あ、でもミニスカで絶対領域も捨てがたいかも」


 目を輝かせてこちらを見る少年。

 どうしよう、何だか怖い人がいる。

 シズがどう答えればいいか迷っていると、


「リノ、その人が困っているじゃないか」

「ええ、でもさあ、ロイ。絶対に似合うと思うんだ。メイド服。あ、普通にブラウスとスカートでも可愛い……」

「リノ、一応この人、準特待生だろう?。将来約束されたものじゃないか。そんな人に失礼は働かない方が良いよ?」

「うん。だからね、今の内に粉をかけておく方がいいと思って」

 将来が約束された?。どういうこと?。シズは首をかしげる。

「ま、今日特待生かどうか公に発表されたばかりだからね。これから色々あるだろうけど、その前のこのチャンスを生かして勧誘しておかないと」

「あの、今日、特待生かどうか公に発表されたのですか?」

「ん? そうだよ。知らなかった?」

「はい」


 リノに頷きつつシズは考える。ならば何故、オルウェルはその事を知っていた?。

 シズは嫌な予感がして仕方が無い。


「所で、寮に同室の貴族はいる?」

「あ、ええ。オルウェルという……」


 二人が黙った。じっとシズを上から下まで眺めて。

 リノが口を開いた。


「シズ君て、恋人いないの?」


 シズは噴出し、ごほごほと咳をする。


「……そうですけど、それが何か?」

「オルウェルと恋人になるの平気?」

「どうしてそうなるんですか!」


 出来るだけ声が小さくなるように、けれど感情を込めてシズは言った。

 そんなシズの様子を見て、リノとロイは顔を見合わせてから気の毒そうにシズの方を見た。

 リノはシズの肩にぽんと手を置いて、


「人生色々。きっと良い事があるさ」

「どういうことなのでしょうか」

「……黒髪と茶色い瞳。それに可愛かったのが運の尽きだね。そう思わない? ロイ」

「そうだな。時に苦難も必要さ」

「どうしてそう、不吉な事を……」


 シズは頭を抱えたくなった。

 と、そこでエルが新入生代表を務めて挨拶をしている。


「さすがに、エルフィン様は綺麗で頭も良くて、素晴らしいよね。一度でいいから、お相手して欲しいな」

「……リノ」

「冗談だってば。どうしたの? ロイ」

「いや、確かにあの人は綺麗な人だが……」

「僕達は相手にしてもらえないだろうね。話すら出来るかどうか。それに下手に手を出してあの二人、高位の貴族に目を付けられると……。おっとしまった、オルウェルの同室者がここにいたっけ。シズは黙っていてよね」

「……オルウェルさん、そんなに地位の高い貴族なのですか?」


 リノとロイは黙った。そして、


「……シズはいったいどうやってオルウェルの同室者になったの?」

「いえ、昨日、平民の同室者がいた方が良くて、食費無料で、特待生と準特待生で決まっていないのは僕だけだって……」

「……」

「……」


 リノとロイが再度顔を見合わせて、本当に気の毒そうにシズを見た。

 そして、リノが神々しいほどにこやかに笑って、シズの肩に手を置いた。


「強く生きろ。君ならきっと大丈夫さ!」

「……どう考えても大丈夫じゃないように聞こえるのですが」

「騙されてる」

「え?」


 ロイの言葉にシズは疑問を持つも、


「気をつけたほうがいい」


 真剣な表情で、警告された。そんなロイを愛おしそうにリノは見つめて、、


「……ロイは優しいね。でもそれ以上は僕達の身が危ないから言えないや。ごめんねシズ」

「いえ、色々と僕の方こそ教えていただいてありがとうございます」


 そこで、リノは目をぱちくりさせて微笑んだ。


「シズはいい子だね、気に入ったよ。少し位なら場合によっては手を貸してあげるから相談してね。っと、あ、挨拶が終わった。これで解散だけど……」


 周りにいる人達がざわめいて、立ち上がる人達もちらほら。

 なんとなくシズはハズ(偽名)の方を見る。それと同時に、彼が振り返る。

 シズと視線が合う。

 彼はその途端、険しい顔をする。

 その顔を見て、シズは奈落の底に突き落とされたような衝撃を受けた。


――そんなに、僕のことが嫌い……。


 そこで、


「シズ、来てくれないか?」


 オルウェルに呼ばれたので、リノとロイに挨拶をして近づく。

 オルウェルに呼ばれた瞬間ざわめきが収まり、何事かとシズの方を見る生徒達。

 視線がものすごくシズには痛かった。

 そして、何か選択を間違えたという予感が正しいと分かるような、そんな嫌な予感がひしひしとする。

 オルウェルの近くまで来て、シズは腕を引っ張られてオルウェルに抱きすくめられる。


「何するん……むぐ」


 シズはオルウェルに手で口を塞がれた。


「むー、むーむーむー」


 しかし幾ら唸ってみても、その手はどけられない。手で引き剥がそうとするが思いの他強く、シズの片手はオルウェルの空いた手で手首を掴まれて抵抗できない。


「彼は、僕の同室者のシズ・アクトレス君だ」


 途端、ハズ(偽名)の顔が更に険しいものとなる。

 その表情にオルウェルはほくそ笑む。


「……何が目的だ?」

「それは貴方の方がよく分かっているのでは?。フィエンド」


 その名前を聞いて、シズは大きく目を見開いた。

 今、オルウェルは、何と言った?。


「フィエンド、人の物を取られる気分はどうですか?」

「……シズは俺のものじゃない」

「ならば貴方にどうこう言われる筋合いはありませんね」

「シズと話がしたい。手をどけてもらえるか、オルウェル」

「嫌ですよ。誰が……っつう」


 オルウェルがシズの口から手を離した。

 シズが手を噛んだのだ。

 しかし片腕を掴まれたままのシズはオルウェルから逃げられない。

 けれど、聞くことは出来る。


「フィン……本当に、フィン、なの?」


 僅かにフィエンドの表情が緩む。しかし、


「やっぱり、シズなんだな……」

「あの、フィン……」

「帰れ」


 鋭い声でフィエンドはシズを叱咤した。場が凍ったように静かになる。

 が、シズは真っ直ぐフィエンドを見返した。


「嫌だ」


 強い意志をこめて、拒絶を示す。

 そんなシズの答えに苛立ったようにフィエンドはぐっと手を握って続ける。


「命令しているんだ。何なら、払った費用を俺が出してもいい。だから、帰れ」

「嫌だ」


 フィエンドはかっとなる。


「そんなにオルウェルの“恋人”になりたいのか!」


 そうまでして何故この学園に来たのかとフィエンドは怒りに震える。

 ずっと好きだったシズは、ずっと欲しかったシズは、そんな媚びるような、仄暗い闇の住人ではなかった。

 あの最後に見た鮮やかな光を、今も持っていると思ったのに。

 だから帰そうと思った。

 シズがシズのままでいられるように。


 それに気付かない三日間に言っていた、俺の事を振るくらいずっと昔から好きな人。それは、オルウェルの事だったのか。

 嫉妬がふつふつとフィエンドに湧き上がってくる。

 確かに、エルフィンを取ったと奴は思っているが、それは理由あってのこと。

 だが今なら分かる。

 本当に欲しいものを取られた気持ちが。ならばいっそ、本当にシズの事を……。



。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 不思議そうな顔で、シズはフィエンドに何かを言おうとした。

 しかしそれよりも早くオルウェルがシズの顔を振り向かせると、フィエンドの前でシズの唇と自分の唇を重ねたのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




「オルウェ……」 


 フィエンドは頭に血が上って、今すぐ殴りつけてしまいたい衝動に駆られた。否、殴りつけようとした。しかし、

ガッ


「ごふっ」


 鈍い音がしてオルウェルが苦悶の声を上げてうずくまる。

 シズが肘鉄を食らわせたのだった。

 予想外の展開に誰も動けない。

 フィエンドもシズの事を守らなければと思う気持ちと、怒り……比率は後者の方が大きいが……とで一杯になっていたため、突発的な目の前で起こっているありえない出来事に動けない。


 貴族に平民が手を上げるなど。

 まして、オルウェルは伯爵である。

 王を除けば上から三番目。貴族の中では王を除いて上位七つの家系の中に入っている。

 そんな中シズはオルウェルに向き直って、ゴゴゴゴゴと背後に何か恐ろしいものを背負いつつオルウェルを見下ろした。

 オルウェルが慌てているようだった。


「待て、話せば分かる」

「……生まれて来たことを後悔させてやる」


 シズがオルウェルへと一歩足を踏み出そうとした時、 


「シズさん」


 エルの呼び声に、暗黒の何かを噴出させつつ振り返ったシズは、妖艶な笑みを浮かべたエルにキスされる。

目の前に一杯に広がるエルの綺麗な顔。

 シズはオルウェルの時のように抵抗できない。

 しかもエルはシズが従順だと分かると、舌をシズの口に入れた。


「んっ……んんんっ」


 流石にシズも抵抗というよりは逃げようとするが、気が付くと顔がエルの手で固定されて舌を受け入れざる負えない。

 ぴちゃぴちゃと舌の絡まる音がして、シズの顔が真っ赤になって必死で堪えようとしていたのが、だんだんと目がとろんとして大人しくなる。

 それを見計らってエルは唇を離すと、若干力の抜けたシズをフィエンドに押し付ける。

 エルはご馳走様というかのように、ぺろりと自分の唇を舐めてフィエンドの方を見てにやりと悪い笑みを浮かべる。


「ふえ?」


 よく分かっていないシズが間の抜けた声を上げる。

 押し付けられたシズの顔をフィエンドは見つめる。

 上気したシズの顔。普段の可愛さに男の劣情を誘うようなしどけない表情が加わっている。

 フィエンドは理性が吹き飛ぶのを感じた。

 シズの腰に手を回し、仰け反るような体制をとらせ後頭部を抑え、唇を塞ぐ。


「ふんっ……んっ」


 先ほどのエルのキスのように快楽を引き出すものではなく、フィエンドはシズを貪るように舌を吸い上げ、時に絡ませ、歯で軽く噛み、逃げようとする舌を捕らえて……一通り味わった後、唇を離す。

 シズがぐったりしていた。

 そんなシズの体を抱きしめて、耳元で熱っぽく囁く。


「大丈夫か?」


 それまで呆けていたシズが我に返った。

 慌てて離れようとするシズを、フィエンドは逃げられないように抱きしめる腕の力を強くする。

 押し倒して、このままシズを思うが侭に犯し、喰らいたい。


「シズ……」


 名前を囁くとシズがぴくんと震える。その様子も情欲をそそる。

 そんなシズの首筋に、フィエンドはキスをしようとして……止めた。

 目の前にはわくわくと期待を胸にこちらを見るエルやらなにやらの顔が。


――何をやっているんだ、俺は。そもそもシズを追い出そうとしたんじゃなかったのか?。


 これでは本末転倒だ。大体、自分の欲望に負けるなど……。

 シズがこちらを見上げた。

 襲いたいと思った。

 けれど必死になって我慢して顔を背ける。

 そんな様子が可笑しいのか、クスクスと笑いながらエルが、


「これで、シズさんを通して貴方と間接キスですよ」

「……エルフィンはオルウェルと間接キスだがな」

「そういえばそうですね」


 確信犯のくせに、そんな事を思いつきもしなかったというようにエルは驚いてみせる。

 エルフィンがそういうのはいつもの事だったが。さて、


「オルウェル、何故シズを同室者にした?」

「答える義理は無いですね」


 ふふんとオルウェルが笑うが、


「こいつが、平民の同室者がいた方が良くて、食費無料で、特待生と準特待生で決まっていないのは僕だけだって」


 シズが指をさして告げた。シズには黙っている義理が無い。

 オルウェルに皆の視線が集まる。

 吐き出すようにフィエンドが問いかける。


「オルウェル、まさか騙してシズを同室者にしたのじゃないだろうな?」

「……嘘はついていないぞ。大体“恋人”にして良いというのは、慣習的なものだからね。説明し忘れたが」


 にやにやと笑うオルウェル。まったく反省の色が無い。 

 もう一回肘鉄を加えてやろうとシズが駆け出すより早く、フィエンドがシズの襟首を捕まえた。


「オルウェル、シズの同室者の登録を無かった事にしろ。そしてシズは田舎に帰れ」

「フィン……」


 悲しそうに見上げるシズ。

 そんな顔をして見ないで欲しいとフィエンドは思った。

 捕らえて、閉じ込めて、誰の目にも触れない場所に隠してしまいたくなる。

 けれどそれでは、フィエンドの惹かれたあの輝きが失われてしまうであろう事も分かっていた。

 だから手放さなければ……。

 オルウェルが鼻で笑って、


「別に構わないだろう?。フィエンドだって代わりは幾らでもいるだろう? それに、シズだって初めてというわけでもないんだから」


 馬鹿にしたようにオルウェルが言い放つが、それに対してシズはいじけたように言い返した。


「……どうせ僕は、童貞で処女ですよ!。皆さんみたいに綺麗ではありませんからね!」


 むすっとほほを膨らまして、シズは顔をそむける。

 それを聞いて、オルウェルが真顔になった。


「……フィエンド、一つ聞いてもいいか?」

「……何だ?」

「お前、シズをマレーの宿に連れて行ったはずだよな?」

「……ああ。何故知っているのかは後で聞くが」

「何もしなかったのか?」

「……」

「……」


 沈黙が肯定だった。

 そういう宿に連れて行って手を出さない……ならばそんな宿に泊まる必要がそもそも無い。

 そもそもあのフィエンドが手を出さなかったのである。


「ありえないだろ……とっかえひっかえのお前が……」

「……あの時はシズと分からなかった。だから手を出さなかった」

「分かっていたなら手を出していたか?」


 その問いにしばしフィエンドは黙考して首を横に振った。


「……いや、出さなかった。むしろ強制的に箱詰めにしてでも故郷に送り返していた所だ」

「……」

「だからシズの登録を消して欲しい。頼む」


 フィエンドが切実というようにオルウェルへと、命令するでも無く頼む。

 それがオルウェルにとっては信じられない事だった。

 それほどまでにこのシズという少年が大切なのか。

 そしてこの少年の代わりとして、エルフィンは!。

 怒りと激情がオルウェルを駆け巡る。この傲慢な男が、ここまでして欲しいのが、こんな少年だというのか!


「断る!」

「オルウェル!」

「同じ苦しみを味あわせてやる。お前の大切にしてるシズを慰み者に……」

「無理ですよ」


 鋭く声が響いた。シズが発した一声に、フィエンドとオルウェルはぞっとする寒気を感じた。

 一斉にそちらを向いたが、やや下を向いたシズの顔が前髪に隠れて、表情が読めない。

 けれど、シズの口は笑っていた。

 オルウェルは図書館で見たシズのあの表情を思い出し何処か得体の知れない恐怖を感じる。

 けれど次の瞬間シズは顔を上げて、ベーと舌を出した。


「手を出してきたら消し炭にしてやる!」


 そんなシズに諭すようにフィエンドが、


「……シズ、寝込みを襲われたら抵抗できないだろう?」

「結界を張っておけばいいし」

「……貴族の魔力は強いぞ?」

「どれ位?」

「厳密には比較できないが、冒険者レベルBBB位か?」

「僕、Aだけど……」

「……」

「……」


 ちらちらと取り出したカードをシズはフィエンドに見せて、どうだ、とこちらを期待するように見る様は、耳と尻尾をつけて褒めてもらうことを期待する得意げな子犬のよう。


――可愛い。襲いたい。


 そんな感情が湧き出てくるも、フィエンドはぐっと我慢して心を鬼にする。


「これ、本物か?」

「本物だよ、証拠を見せるね!」


 小さく呪文を呟くと、シズのかざした手から光の魔法陣が複数生じたかと思うと膨大な魔力が渦巻いて幾つもの小球となり目の前へと放たれた。

 それは木々の隙間を抜けて、黒い何かに当り砕け散る。カラスのような、それでいて無機質な黒いそれが全て叩き落されたのをフィエンド達が知るのは次の日の事。

 今は、その力を目の当たりにしてその場にいた全員がシズを驚いたように見ていた。

 特にエルは大きく目を見開いて驚愕している。まるで有り得ない物を見たかのように。

 そんなみんなの反応にシズは恥ずかしそうにほほをかいて、


「フィンに会いたいから、学費稼ぐために魔物を倒したんだ。本当に一目会えればいいと思っていたけれど……」

「なら、帰れ。一目でも会えたのだから、満足しただろう?」


 フィエンドは頭が痛くなった。どうして望まない方向に物事は進むのだろうか。

 フィエンドはただ、シズに幸せでいて欲しいだけなのに。

 影がさした。

 気が付くと、目前にシズの顔がある。


 けれどその表情はいつもと違い、静謐で、目をそらす事が許されないような、甘い蠱惑的な魅力ではなく、強く惹きつけられる美しさ。

 こんなシズをフィエンドは知らない。

 全てを見透かされる。

 けれど、目をそらせない。

 そんなフィエンドに向って、シズは問いかける。


「……フィン、昔と違って心の底から笑っていないでしょう?」

「……そんな事は無い」


 フィンはまっすぐシズを見つめたまま視線をそらせない。


「フィンが昔のように笑えるようになったら、帰る事を考えてあげるね」

「シズ!。だからといって、オルウェルと……」

「そういえば、エルと非常に中がよろしいんですよねー、フィンは」

「それは……」

「オルウェルのを取ったのですか?」

「それは理由があって……」

「どんな?」

「あの、シズさん。それは……」

 

 エルがフィエンドに助け舟を出そうとして、言葉を止める。

 エルへも見透かすようにシズが見ていたからだ。

 そしてシズは次に半眼でオルウェルの方を見て、そちらへと歩いていき、腕を掴んだ。


「オルウェル、僕に変な事をしないという条件で手伝ってやる」

「シズ!」

「僕はフィンに聞いていないから。オルウェル、どうする?」

「……勝算はあるのか?」

「愚問だね! どうにかするしかないでしょう? あの二人を」


 にっとシズはオルウェルに向って人の悪い笑みを浮かべる。それに初めぽかんとシズの顔を見て、オルウェルは次に笑い出した。


「はははは、確かに! どうにかするしかないな。……良いだろう、乗ってやる!」

「シズ!」


 焦ったように叫ぶフィエンドに、本日一番の笑顔をシズはフィエンドに向けた。


「これは宣戦布告だから! これからは覚悟してね!」


 こうして、入学式の騒動はひとまず終わりを告げたのだった。



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