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それぞれの休日~狐が弄ばれるお話

 何処までも、白、白、白。

 長く入れば狂ってしまうであろうこの部屋には窓がない。

 移ろいゆく季節の色を感じる事のない閉じられた部屋。けれど中の住人は問題なかった。

 個々にあるのは体“だけ”。

 そう嘯いて、アンノウンは嗤う。

 そして部屋を眺めた。


 時折戻ってきて束の間の休息と、あとは悪巧みに加担する話を持ちかけられてうまくどちら共に信頼をもらうようにする。

 でなければ片方が駄目になった後の自身の身の振り方が色々と面倒なことになる。

 特にアンノウンは、稀にしか存在しない“維持の神”の息子なのだから。

 そこまで考えてアンノウンは皮肉げに嗤う。


「どいつもこいつも、黒い欲望を垂れ流して……野心に執着、強欲な連中ばかり。だからきっと、お前達の欲しいものは手に入らないのに」


 滑稽なほどに、自分達が何をやっているのかが分かっていないのだ。

 そしてそれが足元をすくわれる理由にもなるし、アンノウンにとっても取引しやすい。


「見た目さえ良ければそれでいいって、色情魔じゃあるまいし……だから、使える存在でありさえすれば、僕には手を出してこない。代わりの美しくて、好ましい存在なんて幾らでもいるのだから」


 特に、あのエルフィンという“姫”は、その美貌と力、その仕草と会話によって地位の高い者達を虜にしていた。

 傾国という、抗いきれない魅力にその身を費やし、狂い、自滅する。かといって、その傾国そのものが幸せといえるのかは別だが。どれほど寵愛され溺愛されても、あとに残るのが破滅ならばその傾国は相手をどう思うだろう?

 そこで、にぃとアンノウンはいやらしい笑みを浮かべた。


「破滅させたいのかもしれないな、その傾国は」


 本当に愛おしい大切な相手と結ばれないから、呪いを振りまくのだろうかと思って、あのエルフィンはどうかとアンノウンは思って……彼と仲のいいシズを思い出す。

 ウィルに似て、否、それ以上に周りを穏やかにする力を持つ彼。

 自然と、微笑みがアンノウンから零れた。


「ウィルにそっくりだったな、シズは。慣れていないし怖がった顔も可愛かったなー……ウィルは手に入れ損なったけれど、でも、シズも色々不思議な所があるから僕が手に入れるのは……やっぱり無理かな。一度でも神殿の上層部に気に入られると逃げるのが難しいし。エルフィンみたいに。じゃあ遊ぶくらいはいいか」


 シズからすれば、はた迷惑な事を呟かれていたのだが、長いことこの場所にいるためか性格の歪んでいるアンノウンのとても歪んだ愛情表現は、既に正される機会を失していた。

 そこで足音がする。


 一つ、多分、背の高い男。

 そして、この場所を知っている人間は限られている。

 現れた男はアンノウンの予想道理だった。

 目を隠すような前髪は綺麗に整えられ、相応の服を身に纏えばその威厳の前に、暗殺しようとしたものですらも視線だけで震え上がらせたという、神殿の長老の内の一人、ブラウニングが出来上がる。


 それを考えれば、秘書のあの地味で目立たないけれど優秀な感じはよく演技できていたなと思う。

 けれどそもそもこの、ブラウニングは性格がS気味でアンノウンとしてはあまり好きではない。

 とはいえ偉い人には媚びておかないと生き残れないため、邪険には扱えない。

 ただ彼が“ブルーアイ”と呼ばれる、恐ろしい力の持ち主だと知っている。


 こと戦闘に関しては、鬼神のごとしと言われている彼がまさか、目の前の彼だとは思わなかった。

 服装髪型……今はくすんだ金髪だが、秘書に扮していた時や、“ブルーアイ”と名を馳せた時は茶色だったので随分と印象が変わる。

 なので、アンノウンはその弱みを使えると考えて、


「……まさか貴方様だとは思いませんでしたよ。どうして学園の方へ?」

「それは弱みにならない。お前が知らなかっただけだからな、リグ」


 馬鹿にしたように笑うブラウニング。

 そしてあえて本名を呼ばれて、うんざりするアンノウン。

 本名はあまりここにいる奴らに呼ばれたくないのだ。


 それだったら、お前だの、貴様だの言われた方がずっとましだし、現に今そう呼ぶ。

 なのにその嫌がる様子すらも楽しそうに、ブラウニングは笑うのだ。

 秘書の時はもう少しまともだった気がするし、どうでも良い相手だったと眼中になかったのだが、それがここまで嫌味な男になるとはとアンノウンは心の中で舌打ちしながらも、


「滅相もございません、僕は貴方様に逆らおうなどとは一切考えておりません」

「では、何故、シズに手を出した?」

「それは僕の立場からご存知でしょう? 貴方方長老の手足として使える駒……それが僕の存在意義です」


 そう、何度も繰り返した口先だけの忠誠を繰り返すアンノウン。

 別に裏切ってはいないのだ、上から命令に従った、アンノウンはただそれだけなのだ。

 けれどそれに眉をひそめるブラウニング。


「シズに手を出すな」

「貴方様もあの少年に執着を? 本当に面白いですね。魔性と呼ばれるだけありますね」

「本当に私がかの少年に興味があると思っているのか?」

「いえいえ、彼がとても強い力を持っていることも僕は存じております。カードとしては欲しいでしょうね」

「そうだな、その方が都合がいいな」


 別の理由があるのだろうかと、アンノウンは勘ぐるも、実の所このブラウニングがアンノウンを狙っているという考えはさらさらなかった。

 そしてそれをブラウニングは言うつもりもなく、気づかれるつもりもなかった。

 なのでそんな甘い雰囲気に行かないように、かつ、釘をさすためにブラウニングは、


「蝙蝠は止めろ」

「なんですか、貴方だけの部下になれと? 無理ですよ。貴方はまだ若い。彼らにそう簡単に対抗できるとは思えませんよ? だから……都合の良い僕を独り占めなど出来ません」


 使い勝手が良いようにアンノウンは立ち回り、そして“維持の神”の子という希少性と力を持って微妙にバランスを取りながら今まで来た。

 そしてこのブラウニングではまだ小さな力だと、他の年老いた化け物たちには敵わないとアンノウンは思っていた。


 そもそも神殿内外で強い力の象徴でもある、予知能力者といった神子達を持っていないはずのブラウニングにどれほど力があるのか。

 ちなみにこの時、以前予知がある事情で壊された事で酷い扱いを受けた予知能力者達が、アンノウンのようにどちらの派閥にも媚を売っており、状況が変わっていたのだが、そんな素振りをアンノウンに知らせないため、加えて、敵派閥に手を貸した事を知られたくない予知能力者達とブラウニング達の利害が一致して、それらは秘密にされていた。


 なので現状ではブラウニングは、アンノウンにとって力のない長老以外の何者でもなかった。

 とはいえ、その思惑も、全てアンノウンはブラウニングに見透かされていたのだが。

 そしてその判断が誤っているとブラウニングは告げない。

 この賢い狐を追い込むには、多少の策は必要だったのだから。

 だから念を押すようにブラウニングは問い掛ける。


「私に従わないと、そう言いたいのか?」

「いえいえ、上の言う事には逆らえない下々の特有の苦悩です。決して貴方様に反抗するつもりはございません」

「……口だけは達者だな」

「いえいえ、可愛い子を要求されたり、記憶を操作したりと、僕だってそんな雑用が多くて大変なのですよ。それに下手をすると、僕に相手をしろって言いますし。綺麗所はより取りみ取りなのに、何で僕なんでしょうね」


 別にアンノウンは、僕だって大変で忙しいのだといっただけのつもりだった。

 けれどその会話で、明らかにブラウニングの機嫌を損ねたようだった。

 何かおかしな事を言っただろうかと、アンノウンは余裕の表情を崩さずに心の中で焦る。

 そもそもこの相手は苦手なのだ、アンノウンは。


 何かこちらの意図しないルールで彼は動いているらしく、アンノウンはその全てを理解できない。

 この神殿の年老いた長老よりも長く生きているアンノウンは、経験的に多くを知っている。

 だから、それらの知識を総動員して渡り歩いているのに、このブラウニングにはアンノウンのその戦術が上手く機能していないのだ。


「……お前に相手をしろと?」

「そうですよ、まったく困ったものです……ブラウニング様?」


 いつもと様子が違う事に気づいたアンノウンは名前を呼ぶ。

 その声に微かな怯えを感じ取り、そしてブラウニングは忠告しておく事はしておいたなと納得して……本当の目的を果たす事にした。


「そういえば、あの、シズという少年を襲ったらしいな、リグ」

「別に少し、キスしただけです。その程度の事、大した事ではないでしょう」

「そういえば、ウィルにも手を出そうとしたと、聞いたな」

「まあ、結局キスをした程度の可愛いものです」

「……そうか、そのどちらもリヴにとってたいした事ではないんだな」


 嫌な論理展開がなされた気がして、アンノウンはぎくりとする。

 そして何故か歩いてくるブラウニング。

 ちなみにアンノウンは、鎖に繋がれてその場から逃れる事が出来ない。

 地面に座ったまま捕らえられているアンノウの前で、ブラウニングもまた目線を合わせるように座り、


「だったら私がリグに同じ事をしてもかまわないという事だな?」

「ま、待ってください、ええ! い、幾らでも貴方様であれば相手は居るでしょう! 見掛けが良いのですからよって来る方々も沢山……」

「それで、私がリグにしない理由にはならないが?」

「あ、あれです。そういう方は綺麗に身を清めた方と……」

「“維持の神”から受け継いだその力で、いつも綺麗な体で食事も必要がないリグが言うのか?」

「く、ですが僕に触れれば“維持”の力を抜き取って、存在を消滅させますよ?」


 アンノウンが、勝ったと勝利を確信し笑みを深くする。

 けれどそれにブラウニングは笑い返して、


「そういった魔法に対する防御を、この私がいつもしていないとでも? もっとも、力を貸してもらい今日は徹底的に防御を強化してもらったが」


 そう言うと、目の前のリグの顔が青ざめた。

 ちなみに、ウィルに手を出そうとしていたアンノウンに頭に来たアースレイが、これでもかというくらいに非常に協力的だったのだ。

 そして手を伸ばしてくるブラウニングにアンノウンは必死になって、


「僕みたいな使える人間をみすみす手放すのですか、僕は他の人につきますよ?」

「そうか」

「いえ、そうかじゃなくて! 僕の力は恐ろしいんだとか、本当に、やめ……んんっ」


 そのまま顎を捕まれて、唇が重ねられた。

 自分はする方なのにと、悔しいのでアンノウンはやり返そうとしたが、そのまま舌が口の中に入って来てどうにもならなくなる。

 からめとられる巧みなしたの動きに、アンノウンは翻弄されてしまう。


 こんなキスは初めてだった。

 体の芯からしびれるような間隔が広がって、ぼんやりと頭がしてきて、瞳が潤む。

 ちゅうと軽く唇が名頃惜しげに吸われて唇が放される。

 絡まったしたから唾液が引いて、アンノウンはぼんやりとしたままブラウニングを見上げた。

 その様子に、ブラウニングは劣情を感じながら、


「キス一つで随分と気持ち良さそうだな」

「ぐ、の、僕はする側で、される側ではないし、第一年上……」

「年上ならば年上らしい行動を。そしてする側だそうだが、これは貴方がシズに手を出したりしている大した事のないこと、の範疇にある。つまり……」

「つまり?」

「お仕置き」

「や、やめ……」

「大丈夫。たいした事のないことを貴方が経験する、それだけだ」


 焦ってその場から少しでも逃げようとするアンノウン。

 けれど、それも計算の内なのだろう、ブラう人が拘束している鎖の一部を踏みつけて、逃げられないようにしていた。

 焦燥感を募らせるアンノウンの耳を、ブラウニングは舐めて、耳の穴に舌を軽く入れてやる。

 くぐもった声を上げて震えるアンノウンにはいつもの余裕が見えない。

 そして、そこで舌で嬲るのを止めて、アンノウンの服に手を出す。


「や、やめろ、やめて……」

「大した事ないんだろう? 自分で言っていたじゃないか」


 くすくすと笑うブラウニングを睨みつけるアンノウンは顔色を変える。

 ブラウニングの様子がおかしい。


「では、その大した事のないというそれを、教えてやる」


 そう告げられたのだった。









 色々されて、アンノウンはぐったりしていると再びキスをされる。

 キスだけは上手いなと心の中で毒づきながら、アンノウンはぼんやりしていると、


「それで、私の言う事を聞く気になったか?」

「……お断りだ」


 つい歯に衣着せぬ言い方をしてしまったアンノウンだが、相手が誰だったか思い出してはっとすると、目の前でブラウニングは笑っていた。


「する側がされる側に回った気分はどうだ? 最後まではしなかったがね、リグ」

「……最悪だ」

「それで私の言う事を聞かないんだな?」


 けれど流石に今の受け答えで、お断りともいえず、アンノウンは、


「いえ、僕は上の言った通りにするだけです」

「つまり、私が抱かせてほしいといえば抱かせてくれると、そういう事か」

「……僕は便利ですよ?」

「そうだな、悪さをしなければ、な」


 遠まわしに言うことを聞かないと犯すと言われて、そしてどうもブラウニングには、アンノウンの利用価値が効かないらしい。

 何故なのか分らず、心の中で焦るアンノウン。

 一方ブラウニングとしては、利用できるできない以前に、そんなもの度外視でアンノウンを手に入れたがっていたので頂く事は確定済みだった。

 とはいえ、すでに敵派閥も大量に寝返ってもいる状況で、こちらを軽くみているが……いずれ代償は体で払ってもらう事にしようとブラウニングは笑う。

 その笑みに何かを感じ取ったのか、アンノウンは、


「あの……ブラウニング様」

「狐狩りはもう少し先か」

「は?」

「いや、今日はこのくらいにしておいてやる。それとも、続きはして欲しいか?」


 アンノウンは必死で首を横に振る。

 そんなアンノウンの様子に笑いながら、ブラウニングはアンノウンを魔法で綺麗にして服を整える。

 どうしてそんな事をするのだろうと、アンノウンがブラウニングを見上げていると、それに気づいたブラウニングが、


「欲情して、襲われたいのか?」


 顔を蒼白にするアンノウンにブラウニングは小さく笑い、最後のボタンをかけて、


「また来る」

「……どうぞいらしてください」


 皮肉と、何故か服を着せられて綺麗にされただけなのに変な感覚を覚えて、そして媚も含めてアンノウンはそう答える。

 それにブラウニングが笑うと、一瞬アンノウンはドキッとしてしまうが、その時その意味が分らなかった。

 やがて去っていくブラウニングが完全に見えなくなって、そこでアンノウンは呟く。


「……もう、手遅れな事もあるのにね」


 嘆息するように呟いて、そこで先ほどの行為の事を思いだして……誰が教えてやるものかとアンノウンは思ったのだった。




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