それぞれの休日~フィエンドとシズの秘密
夢を見ていた。
けれど夢だといっても、その時の自分はそんな感覚はまったく無いのである。
「……楽しそうだな」
ポツリと僕は呟いた。
眼下に広がる人々の営み。
あくせくと動き回って、必死にもがいて、そしてささやかな幸せに微笑んでいる。
そんな彼らを見るのが僕は好きで、時に力を貸した。
もっとも彼らは僕の事が怖いらしく、だから気づかれないように手を貸す。
上手くいった事も、逆に失敗してしまった事もあるけれど、揺り籠のこの世界は外からの魔物の襲撃に耐えるよう、小まめに力を貸している。
けれど何時からだろう、見守っている彼らの一欠けらが自ら破滅を目指し始めたのは。
誰もが何処か狂った部分を持ちながら、それゆえの差異によって成長していくのを僕は見てきた。
けれど明らかにおかしい。
闇の中に浮かんだ船のような揺り籠の世界。
それを見下ろして、黒々とした闇に目を落とす。
僕と相反する、そして他の二人の残り滓は濁ってどろりとして、時々僕の体に触れようと手を伸ばす。
別に触れられていても良かったのだが、残り二人がそれだったら俺達にやらせろというので、それが嫌だったからぺちぺちと弾き返す事にした。
するとすぐに、その闇の手はいじけたように去っていく。
別に触れてくる仕草も酷く優しいので、気持ちもいいし、ただ触れられるだけなのでどうでも良かったのだが。
それが何故揺り籠の中に入ると攻撃的な魔物になるのか、未だに僕は不思議でしょうがない。
特にぺちぺちはじき返した時はよくそうなるのだ。
それは良いとして、一緒にいる二人のうち一人が少し前からいじけている。
「……あいつに、貴方なんか要りません。この子は私一人で育てますっていわれたんだ」
「色々と複雑なしがらみがあるから仕方が無いだろう。特に俺達の血を引くわけだからな」
「……下半身が別の生き物なお前がたまに羨ましくなる。一杯子がいるから珍しさがあまり無い」
「もっとも一人も血を引くやつがいない、あいつみたいのもいるけれどな」
そう言って僕の方を指差すいじけていない方。
大きなお世話だと僕は思う。僕だって怖がられたりしなければ、何人も囲ってやるのに。
そういつもの無表情で心の中で僕は思っていると、相変わらず反応が薄いとかもう少し表情に出せと叫ばれるも、僕はそういった喜怒哀楽をどう表現すれば良いのか分らないのだから仕方が無いだろう、と、いじけてそっぽを向く。
それにあいつは嘆息して、もう一人に話し始めた。
「とはいえ、気に入った奴は自分のお手つきにしておかないとな。なにしろ、人間はすぐに死んでしまうから、会えたその時が運命なんだから」
暗に、俺はあいつらを愛して情熱的に求婚しているんだと言う、いじけていない方の彼。
一見聞こえの良い事を言う、いじけていないほうの彼に、いじけた彼はどんよりとした瞳で、
「……仕込んだら男も女も100%孕むとか、迷惑な話だと思う」
「わざわざ慰めたのにその言い草か? そういう奴にはー」
「ま、待て、どうして私に手を出そうとする! あっちにしろよ、あっちに!」
「この前の事で懲りた」
そう大きく嘆息する、いじけていない方の彼に、僕は随分熱をあげているのだなと思う。
何しろあの下半身節操無しの変態が様子を見に行くとか……いや、何だかんだいって自分の子の様子は気になってみて回り、たまに手を貸す程度には責任感はあるらしいが、それにしてもまあ随分と熱を上げている。
そもそもその人間にあいつが会ったのは、あいつが面白半分でもう一人と組んで僕の事を孕まそうとしたからなのだ。
よくやる事なので甘い罰を今まで僕は与えていたのだが、それが問題だとあの時気づいた。
なので揺り籠に蹴落として、暫くこちらへの道を作らずに放置しておいたのだが……ちゃっかり、また作ってきたらしい。
だがそのお陰で随分と大人しくなった。よほどであった相手に心を奪われたのだろう。
道を作れる……簡単に作れるのは僕の力の性質と強さに関係しているので、僕の気を損ねないようにしているらしい。
一応彼らも作れるがとてもとても人の時間感覚では時間がかかる。
良い傾向だと僕は思っていると、そこで他の二人がキャッチボールを始めた。
暇つぶしなら一緒に彼らを見守れば良いのに。
そう思って揺り籠を身を乗り出して覗いて……そこで僕は後頭部に打撃を感じた。
そこまでは良かったのだが、そのままバランスを崩して僕はまっさかさまに揺り籠の中に落ちてしまう。
手順を踏んで体を作る時間はなく、どうしようかなと思った所で、目の前に妊婦がいて、けれどその子はもう死んでいた。
だから、御礼の代わりにささやかな奇跡を、僕は彼女に渡す事にした。
「あれ?」
シズは呟いて目を覚ました。
何かおかしな夢を見ていた気がするのだが、なんだったかなと首をかしげる。
かしげて、すぐにシズは顔を赤くした。
すぐ傍でフィエンドがシズを抱きしめて眠っていた。
そういえば昨日は、フィンのお兄さん、リードと戦って疲れて寝てしまったのだ。
結局フィンとは、やらなかったのだがこうして一緒に寝ていた。
「相変わらずフィンは可愛いな。なのになんで皆あんな事を言うんだろう。こんなに可愛いのに」
整ったその顔に、さらりと金色の髪が零れ落ちて、シズは昔、こんな人は見た事が無い、綺麗!と夢中になってそして……。
「あの時も自分からキスしちゃったんだよな。だってフィンが可愛いからいけない。ちゅっ」
眠っているフィエンドにシズがキスをすると、パチッとフィエンドが目を覚ました。
あ、フィンおはようとシズは言おうとした。
したのだが、そのままフィエンドに仰向けにされて、フィエンドが見下ろすようにシズ覆いかぶさった。
「フィ、フィン、どうしたの?」
「今度こそシズとやる」
「! だ、だってこんな朝から……」
「朝だろうがなんだろうが、関係ない。今のうちに、シズを俺のものにする!」
「ええ! あ……」
フィエンドの唇とシズの唇が重なる。
そのまま入ってきて口を蹂躙する舌に、シズの体も段々と熱を帯びて煽られていく。
そこで口を離されれば透明な唾液が糸を引く。
もっとキスをしていて欲しいと、ついシズは言いたくなってしまう。
フィンと、触れていたい。
けれどそこで首筋にキスが落とされて、そこで部屋のドアが開いた。
「朝食の時間だ……悪いが後にしてくれないか?」
現れたフィエンドの一番上の兄クロウと、傍にいるルーシェ。
その二人の登場に、フィエンドは深々と嘆息したのだった。
結局手出しできなかったフィエンドは機嫌が悪かった。
それこそ食事中も、シズを膝の上に乗せるくらい。
「フィ、フィン、この格好は流石に恥ずかしいかなって……あっ」
片方の手でシズの腰をぎゅっと抱き寄せられる。
服越しに密着して、シズはどきどきしてしまう。
そこでスープを一すくいして、フィエンドがシズの口元に運ぶとシズが口をつけてそれを飲み込む。
暖かい時期のせいか冷たい野菜のスープで、少し不思議な香りがする。
「美味しいか?」
「うん、今までに感じた事の無い香りがする」
「へえ、どんな……これを入れたのは誰だ」
ボソッと、顔を蒼白にしてフィエンドが呟く。
シズは、あれっと奇妙に思うもなんだか体が熱くなってくる気がする。
同時に、長男のクロウがびくっと体を震わせた。
「あ、いや、昨日は悪い事をしたと思って……」
「クロウ兄さん、媚薬も入れましたか?」
フィエンドはこのお預け状態が丸一日続くのだろうかと絶望的な思いにかられた。
しかも善意でやってくる分たちが悪い。
酷すぎるとフィエンドが思っていると、そこでシズがフィエンドを見上げた。
顔が赤くてとろんとしており、そのしどけない表情が劣情を誘う。
「フィン、良い匂いがする……」
「シズ?」
「なんだか体が熱くて、おかしいよう……」
「クロウ兄さん、解毒剤か何かはありませんか」
「済まない」
フィエンドが苛立ったようにシズを抱きしめる。
ぎゅうと抱きしめられてシズは、幸せだなと思ってしまう。
フィエンドとこうしていられて、このまま続いていけばいいなと思い、ぼんやりと意識がしてきて瞳を閉じる。
気づけばシズは深い眠りの中に落ちてしまった。
「シズ?」
「すー、すー」
穏やかな寝息を立てているシズに、フィエンドは絶望的な思いにかられた。
こんなに近くに獲物がいるのに手をだせないのだから当然といえば当然なのだが。
「フィンは随分とその子が気に入っているようだね」
そこで初めてフィエンドの父フィードが口を開いた。
その楽しそうな様子に、フィエンドは警戒をしてしまう。
というのも、この父がクロウと似て、かつ更に過激な性格だからなのだが。
「こういう事になるのだから、もっと早くに連れて来てしまえば良いものを」
「シズがシズのままでいてくれるのが俺の望みです。シズがシズだからこそ俺は、愛おしくて、目が離せないのです」
「だが結果として、フィンはその子を手に入れることにしたのだろう?」
「それは……」
手を触れずにささやかな思い出だけを胸に残して、綺麗な思い出のままで終わらせるつもりだったのに、フィエンドは耐え切れなかった。
色々な事象が重なったとはいえ、結果としてこうやって手に入れてしまったのだ。
「あの時、そのまま連れ帰って飼ってしまえば良いのに」
「シズは動物ではありません」
「平民の彼を同等に扱うわけにはいかないだろう? どの道、愛玩用として囲うだけだ」
笑う父フィードに、フィエンドは苛立ちを覚える。
言っている事はもっともなのだが、それでも、フィエンドにとってのシズは、愛玩用の動物でも、玩具でもない。
たった一人の愛しい恋人なのだ。だから、
「父様、いくら父様でも、そういった言い草は許せません。誰がどう言おうと、俺は、シズのことを愛しているのですから」
「……情熱的だ。まあ、今となってフィンとそのシズという子が結ばれるのは逆に良かったのかもしれないと、私は思っているがね」
「……どういう意味ですか? シズに何か……」
「さて、まだそれは分らない。様子見の部分も大きい。神殿の影で蠢く別の何かもシズを狙っているようだし、それを考えるならば、今回は好都合だ」
「守って見せます。どんなことがあっても、シズを」
「ふむ。フィンは強いから大丈夫だと思うのだが、どうもお前も狙われている節があるようだ」
「俺が、ですか? くみし易いと思われているのでしたら、それを逆手に取りますが」
「いや、実はフィンはクロウ達と片親が違うのだよ」
フィエンドがスープの中にスプーンを落とした。
何気なくとんでもない秘密を言われて、ええっと父親を見る。
そのフィエンドの珍しい表情と、そして兄達はぎょっとして、そこでクロウが、
「父様、何もここで言わなくても」
「丁度いい機会だから。使用人もいないしね」
「しかし」
「フィエンドはその程度で傷つく歳でも無いだろう。それに、フィエンドも狙われているようだから早めにその理由を話しておいたほうが良いと私は判断した」
それを聞いてクロウは黙る。
一方、衝撃の事実を明かされたフィエンドは、口を小さく震わせて、
「……俺は、片親しか血が繋がっていないと? 俺は……」
「私が産んだ」
さくっと今まで父親だと思っていた男に言われて、フィエンドは目を泳がせて、けれど、
「俺が生まれたのは母が死ぬあたりでしたよね? 俺は、母親の命と引き換えに……」
「実は、そのすぐ後だったんだ。体面を保つ関係上、そういう事にしたのと、もう片親があまり公にしない方が良いだろうという事になってな」
「……俺のもう一人の片親は、誰なのですか?」
「“破壊の神”だ」
言われたその言葉に、フィエンドは思考を放棄しかけながらも、
「……その冗談は面白くないです」
「本当の事だ。妻を亡くして、そのショックのあまり町をさ迷い歩いていた所、偶然であったやけに綺麗な男と接点を持ってしまって。しかも彼は行き場が無いというから一緒に宿に泊り、それで……」
「父様、父様はそんな性格じゃないです! もっと疑り深くて、警戒心が……」
「妻を亡くして弱っていたのもあるのだが、うっかり一目惚れをしてしまって」
フィエンドは何かを叫びだしたい衝動に駆られた。
かられて、腕の中でシズがうーんと唸ったので、どうにか平常心を保つフィエンド。
そんなフィエンドにさらに、
「結局一度交わっただけでフィンが出来てしまって。後に彼が“破壊の神”だと知ってな」
「……俺が力が強いのも、その影響ですか?」
「おそらくは。そして体が弱かったのも。だから……そのシズがフィンを選んでくれた事に感謝する」
「父様?」
含みがあったように聞こえてフィエンドは問い返すも、フィードは答えるつもりは無いらしい。
そのまま話を続ける。
「お前も私の可愛い息子だし、特に末っ子だからね。クロウもリードも夢中で可愛がっていたからな」
「……兄様達はご存知だったのですか?」
「二人は初めから知っていたが、フィンが傷つくのが嫌だと黙っていたのだよ。二人ともフィンを溺愛していたからね」
大事に愛されている自覚はフィエンドにはあったし、それ故に弱い自分の体が疎ましかった。
けれどそれは、シズと出会う事で少しずつ改善されて。
心が満たされたからだと思っていたし、シズは実際にフィエンドの心を温かいもので満たして、ずっと傍にいたくなるような愛おしさを感じていた。
けれど、確かにシズと出会ってから体の痛みは消えていった。
それは、シズの何か特別な力によるものなのだろうか。
気づかないうちにまた、フィエンドはシズに守られていたというのか。
守っているつもりがいつもフィエンドはシズに救われて守られてばかりだ。
恩を着せるとかそういった打算ではなく、手を差し伸べてくれるそのシズの優しさもまたフィエンドにとって愛おしい。
そんな優しげにフィエンドがシズを見守る様子を見ながら、フィエンドの父であるフィードは、
「だから、その子を早く自分のものにしてしまえ、フィエンド」
だが、そこでフィエンドは、はっと気づいた。
先ほど確か父は、
「……父様、確か一回で俺を孕んだんですよね?」
「……ああ」
「……余計シズに手出しできないじゃないか。うう……くぅ、シズ?」
そこでシズがぎゅうとフィエンドに抱きついてきた。
そして幸せな夢を見ているのか微笑んで、
「フィン、大好き……むにゃむにゃ」
そしてそんな信頼されているような様子にフィエンドは、深々と嘆息した。
寝こみを襲う手もあるのだけれど、こんなシズをフィエンドは襲えない。
だから眠っているシズに唇を重ねてからフィエンドは、
「こんなシズに、俺は手出しできませんよ。だから、もし今度シズを襲える機会があったなら、こういった余計なことはしないでください」
少し怒ったようにフィエンドが告げると、クロウが分ったと答えたのだった。




