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それぞれの休日~フィエンドがお預けされる編

 現在シズは、フィエンドの家……正確には都市にある別宅のような場所に連れてこられていた。

 綺麗に整えられた庭園に、石畳の道に噴水まであって……とりあえず広い。そして大きい。


「うわー、うわー……すごい……フィンはこんな所に住んでいたんだ……」

「後で案内をしようか? シズ」

「うん! 田舎のフィンがいたあの家も、あそこでは大きくてとても綺麗だったのだけれど……ここは全然違うね」

「気に入ったか?」

「うん! お姫様になったフィンが出てきそうで……いえ、何でもないです」

「……今もシズは、俺の事を可愛いと思っているのか?」

「うん! 昔はあんなに女の子みたいに可愛くて、大人になっても可愛いのいうか綺麗というか、昔から綺麗なのだけれど……」


 うっとりとしながら幸せそうにフィエンドの事を可愛いと言うシズに、フィエンドはたっぷりとじっくりと、シズがフィエンドにとってどういう存在なのかを教えてやる事に決めた。

 もともと一回で良い代わりに、その前戯をじっくりやる約束になっていた。

 もっともフィエンドは、約束を守る気などさらさら無かったのだが。

 たっぷりとじっくりとシズを感じさせて、自分から欲しがるまでとろとろに蕩かして、その体全てを愛してやるのだ。

 この美味しそうに目の前で笑う獲物をフィエンドは、こんなにも我慢して我慢して我慢して。


 愛おしくて大切だから、嫌われるのが嫌で、この自分が手を出す事も出来ずにいて。

 目の前に好物が無防備に歩いていても何も出来なくて。

 そんな、好き過ぎて臆病になってしまう自分など、フィエンドは、今まで一度たりとも想像する事などなかった。

 そして、こんなにも……昔のように“弱く”なってしまうなど思わなかった。

 けれど自分はもう、昔のように弱くは無いのだとフィエンドは知っている。


 だから今度は、この手で抱きしめて、愛おしいシズを守ろうと思う。

 そう、誰もフィエンドからシズを奪ったり出来ないように。


「……フィン、もしかして怒ってる? さっきから笑顔で……」

「ん? ああ、シズが俺の事を可愛いと言っている事については……色々思う所はあるが、これからシズにたっぷり教えるつもりだから大丈夫だ」


 にっこりと綺麗な顔でフィエンドに微笑まれてシズは血の気が引く。

 なんだかとても嫌な予感がするのだ。シズは。


 確かにシズが自分から欲しがるまでとか不穏な言葉が……あまり気にしないようにはしていたシズだし、フィエンドの事に関しては信頼に似た甘えをあったので、そこまで酷い事にはならないよなと楽観的に見ていた。

 けれどようやくシズは何かを見誤ったような不安を覚えた。


「えっと、ふと忘れものを思い出したかなって」

「もう部屋まで来たのにそれは無いだろう? シズ」

「……もう一回体を洗いたいとか」

「……部屋で朝から体を洗ってすぐに出来るようにしておいたから、って言われた時の俺の気持ちが分るか? シズは」

「? じゃあ何時洗うの?」

「俺が手伝おう思っていたのに……」


 別に体を洗うのを手伝おうと思っただけであって、事前に余すことなくシズの体の全てに触れてやろうなどとはまったく考えていなかった。

 そう、まったく考えていなかったのだ。

 これは重要な事なので強めにフィエンドは心の中で繰り返した。 

 そんなシズは、目をぱちくりさせて、フィエンドを見てにっこり笑った。


「初めてだから、手伝ってくれようとしたんだ。やっぱりフィンは優しいね」

「……ああ」


 何故か罪悪感がこみ上げてくるフィエンドは、そう少しだけ目を泳がせながら答えた。

 この後ろめたさも全部、相手がシズだからだ。

 もしも適当な相手であれば余裕を持って、フィエンドはそうだと答えたかもしれないのに……相手がシズだからだ。

 相手がシズだから、自分なりに冷徹な人間の自覚のあるフィエンドが、こんなにも普通の愚かな人間達のようにこんな……一杯一杯になってしまうのだ。


 本当にシズは酷い。

 フィエンドの心を惑わせて……全てを奪っていくのだ。

 本当にシズはずるい。

 そんな感情がふつふつとフィエンドに湧き上がってくる。

 とはいえ、そんなフィエンドの心のうちも知らず、シズはシズで悩んでいた。


 先ほどから、ニコニコするようにしているのが精一杯で、今、目の前にはベットがあり、つまり、その……この後どうれば良いのかと。

 確かにフィエンドに抱かれることになったのはいい。

 その、やっぱりシズもフィエンドの事が好きだし、あまり詳しくないが多少の知識はある。

 そしてフィンとそういう事をするのも、興味はある。


 有るのだが、それで、どうしろと?

 そもそもそういった事に慣れているエルフィンが相手をしていたフィエンドであり、フィエンド自身もそういった経験が豊富なようだった。

 そんなフィエンドを、シズ自身が満足させられるのだろうか。

 きっと優しいフィエンドの事だから無理をして気持ちが良かったというかもしれない。

 どうしよう、僕はいったいどうすれば……だからシズはフィエンドに深刻そうに言った。


「フィン、僕、フィンを満足させる自信が無い……だから、ちょっと練習してくる」


 そのシズの様子に、フィエンドは不安を感じている場合ではないと慌てて、何処かへ行こうとするシズを捕まえる。


「待て、シズ。何処で何を練習してくるつもりだ」

「フィンは色んな人としてて慣れているんでしょう? だから僕も練習してくる!」

「いいから落ち着くんだ、シズ! 今、自分が何を言っているか考えるんだ」

「えっと、えっと、フィンに満足してもらうために、練習を……」

「俺は、シズの初めてが欲しい!」

「え! あ、あ……そう、か。そう、だよね……ごめん、フィン、でも……」

「満足させるとかそれはいい。俺がシズの体を俺好みにするから」

「ええ! あの、フィン……あ」


 そこでシズはフィエンドに押し倒された。

 そのまま手を、顔の横あたりでベットに縫いとめられる。

 そこでシズは、フィエンドの手が自分よりも大きくて、随分と今更ながら男らしい事に気づいた。

 加えて、熱っぽく見下ろすフィエンドの表情が、とても色っぽくて、けれど、これからシズを味わおうとしているのが感じられる。

 と、フィエンドの顔がゆっくりと近づいてきて、シズの唇に触れた。

 キスは好き、そうシズは思う。

 触れた場所から、熱が伝わってきて、体の中がフィエンドの熱で満たされていく気がするのだ。


「んんっ……」


 そして今度は唇を割り、舌が進入してくる。

 絡めとられて、キスよりも深くフィエンドと繋がって、今度は愛おしさが溢れる。

 下を軽く歯で噛まれて吸われて、その度に体に疼きが走る。

 これからきっともっと凄い事をするのに、もうキスだけでシズは満たされてしまう。

 本当にシズは、フィエンドが好きなのだ。


 そして、潤んで頬を高潮させたシズは、フィエンドにはもっとして欲しそうに見える。

 大好きな愛おしい相手に求められているようで、フィエンドもまたシズに夢中になっていた。

 そこでフィエンドがシズに首筋をペロッと舐め上げ、そして軽く押し当てるだけのキスを降らせる。

 それだけでシズは一杯一杯になり体の力が抜けてしまう。

 そんな初心な様子のシズにフィエンドは気を良くして、そこでシズの服を脱がそうとし……部屋のドアが開いたのはそんな時だった。


「フィン、いるか! ああいた、相談に乗ってほしいんだが」


 そこにいたのは、フィエンドの1番目の兄だった。

 それを不機嫌そうに見て、フィエンドは少し思案した後、深々と溜息をついた。


「……クロウ兄さん……分りました」


 そうフィエンドは再び深々と溜息をついてシズから離れ、


「……すまない。少し待っていてくれ」


 そうシズにフィエンドは微笑みかけると、そのクロウと呼んだ兄へと向かって歩いていく。

 シズはそれを呆然と見送って、フィエンドが外に出て、鍵の閉まるかちゃっという音を聞いた。

 それから数秒後、シズはといえば。


「え?」


 ベットの上で疑問符を浮かべたのだった。









 部屋に鍵をかけてからフィエンドは一番上の兄であるクロウを恨めしそうに見た。


「それで、お話はなんですか?」

「いいのかい? 連れ込んだあの子は」

「……今相談に乗らないと、絶対邪魔をするでしょう、クロウ兄さんは」

「当たり前じゃないか」

「クロウ兄さん……」

「だが、可愛い末の弟をみすみす他の誰かにやるのも気に入らなくてね」

「……どうして兄さん達もこんななんだ」

「フィンは可愛くて、体が弱いから、悪い虫が付かないように見張っていないとね。それに私達の相手をしてくれなくなるのも寂しいし」


 ブラコン気味な兄にフィエンドは嘆息する。

 この兄、そしてもう一人の兄に、父も含めて、物凄くフィエンドを溺愛しているのだ。

 お陰でフィエンドは、片っ端から友達どころかお気に入りの縫いぐるみまで取られて、彼らの相手をさせられるのだ。

 なまじ好意がある分、邪険にできないのがまたフィエンドには悩みの種だった。


 話も聞いてくれないし。

 しかも飽きた頃にフィエンドに戻してくるものだから、そんな使い古しのおもちゃのような物は、フィエンドにはいらない、そう言って突っぱねてきた。

 どの道フィエンドに友達として好意を寄せる振りをして近づいてきた彼らは、結局の所、簡単に飴をくれる兄達の方へとなびき、飽きられた頃にフィエンドの方に近づいてきた。

 だからフィエンドは何時だって簡単に彼らを切り捨てられたのだ。けれど、


「別に今までの相手は良いです。でも……シズだけは駄目です」

「……そんなに彼がお気に入りかい? ふむ」

「シズだけは手を出さないでください。それだけは……たとえ兄さんでも許さない」


 言い切ったその声音と表情から、フィエンドの珍しい様子にクロウは心の中で驚く。

 寂しいと思う反面、これはこれで良い兆候にも思える。

 フィエンドは、色々な意味であまりにも孤独であったから。なので、そちらにはあまり触れずクロウは、


「そうか……まあそっちはおいて置いて」


 そこで困ったように頬をかく。

 いつも余裕なこの兄にしては珍しいその様子に、フィエンドは少し驚きを覚えていると、


「……好きな相手を泣かせて怒らせてしまったのだが、どうすればいいと思う?」


 そう、兄であるクロウは言ったのだった。







 シズはベットに腰掛けて天井を見ていた。


「流石にこれは無い」


 こう見えてもシズだって随分と勇気を振り絞ってここにきたのだ。

 なのに……。


「うん、兄弟仲が良い事はいいと思うのだけれど、今は、うう……」


 いざ事に及ぼうとした所で、シズを放っておくとか。

 それともシズがこれだけ勇気を振り絞ってきているというのに、フィエンドは大した事のないように思っているのだろうか。

 実際にフィエンドは、そういった事に慣れている。


「僕は……僕で、良いのかな」


 平凡な自覚……平凡でないといけない自覚がシズがある。

 実の所、フィンがいたからこそ、シズがシズでいられた部分もあるのだ。

 そして幼い日のあの出来事を胸に秘めて、耐え切れずに追いかけて、ここまできてしまったのだ。

 その思っていた時間を考えるならば、今待つ程度、瞬きする時間にしか過ぎない。


「そうだね、そう」


 シズは一人呟いて、自分に言い聞かせるかのように一人頷く。

 それから暇を持て余して、周りを見る。

 広く上品な部屋だが、窓には鉄格子がはめられており、そこからは魔力を無効化する魔法が見える。

 もっとも壁も含めて、そこら中からその気配がするのだが。


 とはいえ、置いてある調度品も細かな細工や色鮮やかな花の絵が描かれており、高そう、としか普通の生活をしていたシズには分らない。

 けれどこんな綺麗なものはめったに見る機会がないように思えて、それらを見て回る。

 と、そこでシズは傍に有る洋服箪笥に目をつける。

 フィンの服! と思いつついけない事のように感じながら、こっそりと覗いて……見なかったことにした。


 隙間から見えたレースなど……服のサイズもさる事ながら、種類も明らかにフィエンドのものではなかった。

 そこまでは、シズにはまだ許せた。

 一番の問題は、サイズ的にシズにとても合っているようだった事だ。


 そういえばエルフィンが色々な服を着せられたといっていた気がする。

 そして、フィエンドは、普通の服だと言っていたような気がする。

 ……。

 洋服箪笥の扉をパタンと閉めたシズは輝くばかりの満面の笑みを浮かべて、


「さて、帰るか」


 そう呟いて先ほどフィエンドが出て行ったこの部屋の出入り口へと向かう。

 そもそもフィンがシズを放っておく方が悪いのだと思いつつ、ドアノブに手を触れて回そうとする。

 けれどガチャガチャと音がするだけで、開かない。


 鍵がかかっているらしかった。

 なのに内側には鍵穴も何も無いのである。

 更に加えるならば、シズにとっては他愛も無い程度の無効化魔法がかかっていた。

 そういえばフィエンドが外に出ていく時に、鍵のかかる音を聞いた気がする。

 つまりこれは、フィエンドが外からこの部屋に大切なものを隠すように鍵をかけていったという事なのだ。

 シズは、気づいてしまった。


「……まるでフィンが、絶対に僕を逃さないって言っているみたいじゃないか」


 そう思うと、シズの顔がまた赤く高潮して、それ以上何も出来ずベットへとふらふらとした足取りで向かい、ベットにシズは転がった。

 何処かベットからフィエンドの匂いがして、その匂いに犯されている様な感覚を覚える。


「……酷いよ、フィン」


 これでは……逃げられないじゃないか。

 しかもこんな部屋で何時戻ってくるかも分らないフィエンドを、シズは待っていないといけなくて、その後には……フィエンドに抱かれてしまうのだ。

 部屋にただ一人取り残されて、ただでさえ次に起る事が分っているだけに羞恥心が募る。

 まずい。

 どうしよう。

 でも。


「フィンのばか……」


 そう呟いてシズはベットに丸まり……そこで、部屋の壁が破壊されたのだった。









 轟音が響いて、部屋の壁が壊れた。

 砂煙の中一人の人影が。


「くはははは、ザマーミロ、絶対に僕は逃げてやる! ……あれ?」


 その人物は、長い黒髪に緑色の瞳をした、シズよりも年上な綺麗な少年だった。

 彼はシズの部屋を見て、高笑いをやめて、あれっという顔をする。


「何で外に出ないんだ?」

「……おそらくは方向を間違えたのではないかと」

「誰だお前は。平民みたいだな。平凡そうだしなぁ!」


 その偉そうな態度は、先ほどのフィエンドの態度も相まってシズを怒らせた。


「なんだと? 初対面の相手に、そういう事をいうのか?」

「あ、ごめんなさい、許して下さい。本当に申し訳ありません。すみません」


 突然目の前の人が、ものすごく腰が低くなった。

 何この人とシズが思っていると、そこではっとしたようにその人は、


「君、もしかして結構魔法が使える方か? この壁を破れる位に!」

「……そこの窓には鉄格子がはまっているだけですから、そこを蹴破って取り外すのはいかがでしょうか」


 シズは何となくこの壁を壊すのは気が引けた。

 高そうだし。


「それでかまわないのでよろしく!」


 切羽詰ったような焦った声で、彼は言う。

 仕方がないなとシズは思いながら、二人でその窓へとやって来て、シズは窓を開いてから、窓枠に手をかけて軽く魔力をこめて蹴破る。

 鈍い音がして窓の鉄格子(魔力無効化魔法付き)が傍の茂みへと落ちる。

 茂みのお陰か、それほど大きな音は立たなかった。


「これでいいですか?」

「うむ、よきにはからえ」

「……人を呼びましょうか」

「待って、それだけは困ります、マジで」

「はあ、でも早く行って下さい」


 面倒くさそうな相手なので、シズはあまり関わりたくなかったのだが、そこで彼はシズの手を握り、


「僕の名前は、ルーシェと言います。クロウから逃げたいので手伝ってもらえませんか?」


 切実そうにシズにお願いする彼に、シズはしばし考える。

 確か先ほどフィエンドを連れて行った彼の兄がクロウと言っていたなと。

 シズは口元に自然と笑みがこぼれるのが分った。

 そしてその顔にルーシェがちょっと怯えていたりするのだが、そんな事は気にならなかった。

 シズはルーシェの手をがしっと握りかえしてそれから、


「全力でお手伝いさせて頂きます」


 そう言い放ったのだった。









 離れた場所で相談していたフィエンド達はその部屋で何かが崩れる音を聞いた。


「シズがいる方じゃないか?」


 そのフィエンドの言葉にしばしクロウは黙って考えてから、


「……多分、ルーシェだ。壁を壊して抜け出してやると言っていたから、外じゃない方の壁をあたかも外側の壁であるように言っておいたから、問題ないと思うが……」

「……兄さん、まさかシズのいる部屋の壁ではないですよね?」

「……あちらの部屋もいつも外から鍵がかかってて特に逃げられないような部屋だからな、まさか来客がいるとは思わなかったし」

「兄さん……とりあえず様子を見てきます」

「私も行こう」


 と、クロウとフィエンドは先ほどの部屋へ向かい、そこで鍵を開けて中を覗く。

 シズがいなかった。

 そして壁に大きな穴があいており、その隣の部屋にも人影が無かった。


「……逃げられた」


 そう呆然と呟くクロウに、先ほどから話を聞いていたフィエンドが困惑したように、


「……兄さん、流石にそれでは逃げる気がします」

「だから、ついこう……かっとなって」

「兄さん……」

「だってだいっ嫌いだって言われたんだぞ! 私はルーシェに」


 その程度でと言おうとしたフィエンドは、自分が以前シズにそう言われて、シズを無理やり自分の物にしようとしてしまった事を思い出した。

 人の事は言えない。

 だからフィエンドは仕方がないと嘆息して、


「とりあえず二人を探しましょう。この別荘の結界を出た気配がありませんから」


 もっとも、シズがその気になれば、フィエンドに気づかれずにこの別荘の結界を越える程度の事など容易だと思えるが……。

 待ってくれていると、フィエンドはシズを信じたかった。









 結局シズは、この別荘から逃げ出せなかった。なぜなら、


「やっぱり、フィンとの約束があるから、これ以上は僕はいけない」

「フィン? フィンて誰だ?」

「……フィエンド、クロウさん? の弟の……」

「ええ! あの冷酷で血も涙も無い外道とか、人間じゃないとか、冷血漢とか言われているあの恐ろしい化け物……」


 恐れるように言うルーシェに、悪口を言われたシズは半眼になって、


「……クロウさん、呼んできましょうか」

「ま、待って、ごめんなさい。だから止めて下さい」

「まったく……何で皆フィンの事をそう悪く言うんだ。フィンは優しいし綺麗だし可愛いのに」

「……ちなみに、クロウとフィエンドは似ている?」

「ん? そうだね、見掛けはとても似ているよ?」

「クロウ、結構格好のいい人で、間違っても可愛いといえない様な……」

「え? フィンに似て可愛い気がするけれど?」


 それを聞いたルーシェが口をあんぐりと開けて、驚愕の表情でシズを見た。

 そして、真っ青な顔をして、シズの両肩をがしっとと掴み、


「悪い事はいわない。一度病院にって見てもらった方がいい。あいつらには一欠けらの可愛さなんてない。あるのは獰猛さだけだ」

「何でそんな事を言うんだ。フィンは可愛いよ。もういい、勝手に……」


 そこで、そんなシズをルーシェが引き止める。その好意の意味を知りたかったからだ。

 だから、目の前にいる不思議な人間のシズにルーシェは問いかける。


「なんで、そこまで信頼できるんだ?」

「僕が、フィンの事を好きだから」

「それだけの理由で?」

「いけないかな」


 ルーシェは黙ってしまう。

 “好き”という感情は、ルーシェの中にはある。

 けれど、“怖い”のだ。

 もともとルーシェは人見知りが激しくて、初対面の相手に何故か高圧的な態度を取ってしまうのだ。

 更に元から意地っ張りな性格をルーシェはしている。

 そしてそれ故に、こんな事になってしまったのだ。

 そんな黙って不安そうなルーシェをシズが覗き込む。


「……話、聞きましょうか?」

「え?」

「話せば少しは今の自分が、どんな感情で動いているのか分るかも」

「……君は何か知っているの?」

「知らない。でも、きっと今聞かないと後悔しそうだから」


 そんなに酷い顔を自分はしていたのだろうかとルーシェは思う。

 思って、ルーシェは……その申し出に甘える事にした。

 きっと目の前の彼は特別な人だから。

 だから大きく息を吸って、ルーシェは心を落ち着かせるようにして、言葉を吐き出した。


「僕は……クロウに、家の借金の形に、売られたんだ」








 もともと、同級生で貴族という程度でしか接点はほぼ無くて、たまたま些細な事で楯突いて、それがクロウにとっては面白かったらしく、ちょっかいを出されていたのだ。

 クロウは面白い玩具だと思っていたのかもしれないが、実の所、ルーシェは一目見た時からクロウに恋をしていた。

 けれど身分は違うと分っていつつ、諦めきれずにこそこそと追い掛け回して、ある日偶然あったときに喧嘩を売ってしまった。


 その時はすぐに謝ったのだが、謝って済む問題だと思っているのかと凄まれて、震えていたらキスをされた。

 それ以降、なぜかクロウが現れると焦ってしまい、ルーシェは高圧的な態度を取ってしまい、その度にキスされて、気がつけば舌まで入れられている始末だった。

 一応見た目が良い為、キスだけでも十分楽しめるとクロウは言っていたのをルーシェは知っている。

 クロウにとってルーシェは見目の良い人形だったのだ。


 そういえばクロウの周りにいる彼らもまた、華やかな人達だった。ルーシェが気後れしてしまう程度に。

 そんなこんなで、ルーシェが熱を出した時、何故かクロウが看病してくれたり、何故か襲われそうになったときに相手を半殺しにしていたりしていたのだが、それを見て、その半殺し具合がとても怖すきてその場でルーシェは気絶してしまった。

 それ以来、ルーシェはクロウを怖がり避けるようになってしまった部分がある。

 もっとも、会えばあったでいつも通り噛み付いてはいたのだが。


 そして……卒業の頃、丁度家が傾き、神殿へとルーシェは差し出される事になりかけて……そこで、ルーシェはクロウに引き取られたのだ。

 けれど、ルーシェはクロウとはこういう関係にはなりたくなかった。 

 自分に選択権など無い事は、ルーシェにはわかっている。

 けれどそれでも、嫌で、怖くて、逃げ出して……クロウに捕らえられた。

 そして、愛をささやかれることなく抱かれてしまったのだった。








 一通り話を聞いて、シズはどうしようかと思う。

「……ルーシュさんは、クロウさんが好きなのですか?」

「……うん。でも、だから、辛いんだ」


 そう悲しげに微笑むルーシュだが、何となくシズはクロウがルーシュの事を愛しているような気がした。

 気がしただけで、安易な希望を与えるのは良くないとは思う、それは分る。けれど、


「ルーシュさんはクロウさんに告白してみるのはどうかな?」

「今更……」

「言わないと分らない事は多いよ?」

「それで言って、勘違いするな、お前はただの道具だと言われたなら、どうするのですか?」

「だったら、口説き落としてしまえば良い」


 ルーシェは、えっという顔をした。

 驚いたように見上げる、その顔にシズは微笑んで、


「だってクロウが好きなのでしょう? この機会に全部奪っちゃえばいいんだ」

「で、でもどうやって……」

「それはルーシェが口説くんだよ。僕の場合、好きって言って抱きつく事をフィンにやっているけれど」

「は、恥ずかしい……無理。そんなの無理……」

「欲しいものを手に入れるには多少の苦労は必要だと思いませんか?」

「う、うぐ……そ、そう言われてみればそんな気も」


 そうルーシェが悩み始める。

 ルーシェはクロウの事が好きなのだと、自分自身で分っている。

 後は自分から一歩ふみ出すだけ。と、


「シズ……ここにいたのか」

「フィン……それに、クロウさん?」


 シズの問いかけにクロウは微笑み、


「ルーシェが世話になったようだね。ルーシェ、実は……え?」


 そこでルーシェがクロウに抱きついた。

 突然の事に、クロウが固まってしまう。

 理由は嬉しいからなのだが、けれどどうしてと思っていると、


「僕は、クロウの事が好きです。クロウが僕の事を、思ってくれなくても……それでも、僕は好きです」


 切ない声で、ルーシェはクロウに言う。

 そして当のクロウは、今まで自分がやってきた事とか考えてきた事とか、それによってルーシェを不安にさせた事も含めて、どうしようかと思う。

 完全に言うタイミングを逃して、そしてルーシェは誤解しているのだとクロウは分っていた。


 そしてその誤解すらも計算のうちだったのだ。

 そもそも、こういった誤解を招く原因を作ったのはクロウでもある。

 だってそれを言う前に、こう……ルーシェを逃げられないようにしておきたかったから。

 完全に自分のものにしてしまいたいという、苦労の我侭があったからだ。


 本当にどうしようと苦労は途方にくれる

 と、そこでフィエンドが、ルーシェを指差して、


「シズ、一緒にいたルーシェがクロウ兄さんの妻だ。式は来週の土曜だが、もう登録は済ませてあるから、今のうちに紹介を……どうしたんだ? シズも含めて」


 ルーシェはピシッと凍りつき、シズも同じように凍り付いて、それからギギギとフィエンドの方に顔を向ける。


「フィン、今の話、妻って本当?」

「ああ、だってそういう話……クロウ兄さん?」


 ルーシェに抱きつかれたクロウが、心なしか顔色が青い。

 そして、抱きついていたルーシェがぶるぶると小刻みに震えて、


「……今の話、どういう事だ、クロウ」


 底冷えするような怒りに満ちた声で、ルーシュが告げるとクロウが、少し黙ってから、ここではぐらかしてももうどうにもならないと思い、正直に言った。


「……借金返済の代わりに、ルーシェを嫁にするという約束だったんだ」


 ルーシェは、頭が真っ白になる。

 次いで、無理やり体を奪われた時に、クロウが耳元で『家族もにこやかに送り出した』と言っていたのを思い出す。

 つまり……分っていて、誤解するようにクロウはルーシェに言ったのだ。

 ルーシェがこんなに悲しくて不安で、けれど、胸のうちに秘めた想いを諦め切れなくて、悩みながら勇気を奮い立たせていたというのに。


「……なるほど、道理で家族がにこやかに僕を送リ出したはずだ。そうかそうか……」

「ルーシュ?」

「実家に帰らせていただきます」


 クロウから体を離して、ルーシェがすたすたと歩いていこうとする。

 それをクロウが慌ててルーシェの腕を掴み引き止める。


「ま、待て。そんなに私の事が嫌いか!」

「大好きですよ。ええそうですとも。だが、これだけは許せん。僕はこんなに悩んだというのに!」

「だが、お前は私の事なんて興味なかったじゃないか」

「……どうしてそうなるんだ」

「取り巻き連中にも嫉妬をしていないし……突っかかってくるだけで、それ以外何の反応も無かったじゃないか!」

「必死で我慢していたんです! だって僕なんか……華やかさがないじゃないですか!」

「そんな事は無い! 十分に私にはルーシェが美しく輝いて見えた! 私は、ずっとルーシェが好きだった!」


 叫ぶクロウに目を大きく見開くルーシェ。

 そして、お互い少し沈黙してから、まずルーシェが口を開いた。


「僕は、貴方の事が好きです」


 次に、クロウが口を開いた。


「私も、ルーシェが好きだ。愛している」


 ようやくルーシェとクロウがお互い好きだと言い合って、お互いぎゅっと抱きしめあう。

 それを見てお邪魔だと思ったシズとフィエンドが、そっとその場を後にする。

 それに気づかずルーシェは、


「僕は、凄く悩んだんです。好き、だったから」

「分っている。不安にさせてしまった」


 抱きしめあって、ようやく心が通じ合ったルーシェとクロウ。

 そして、いちゃいちゃして、シズとフィエンドの二人がいない事に、ルーシェが気づく。


「……あの子にお礼を言わないと」

「あの、シズという子かい?」

「うん、あの子の一言と、貴方の弟の一言がなければ、今もまだ誤解したままだっただろうから」


 ルーシェが笑うのを見てクロウは思案する。

 姿の消えた弟ともう一人の特異点を思い出しながらクロウは目を細めて、


「……あの二人は、とても良く似ている」

「そうだね。まるで、神様の子供みたい。でもシズは神様かも」

「面白い事を言うな……そうだな」


 このルーシェは、結構駄目な所も多いのだが、無意識の内に気づいてしまう。

 そこもまた、クロウには好ましい。

 きっとこのルーシェは覚えていないのだろうが、初めて会った時、真っ直ぐにクロウを見返して、


「一人が寂しいなら一緒にいるよ?」


 そう言ったのだ。

 何時だって取りまきがいて、羨望と嫉妬の対象でもあった自分の孤独を見抜かれた。

 あれから次に会ったときには変な性格になっていたのだが、接するようになると何も変わっていないと気づいた。

 そこに再び惹かれた。


 そういえばフィエンドも、昔出会ったあの少年に惹かれたのだ。

 それを考えると、血とは恐ろしいと思える。

 そこでぎゅっと、抱きついてきたルーシェに、


「何を考えていたの?」

「ルーシェと始めて会った日の事だよ」

「寂しそうに一人でしていたよね」


 クロウはぎょっとしてルーシェを見る。


「……覚えていたのか?」

「? うん。困るの?」


 何でもない事のように問いかけられて、クロウは嘆息した。


「ルーシェには敵わないよ」


 そう、呟いてクロウは微笑んで、ルーシェを愛おしそうに再び抱きしめたのだった。











 とりあえず、フィエンドはシズを自分の部屋に連れてきた。

 自分の部屋だとフィエンドに紹介を受けて、シズはどきどきしながらも先ほどの部屋がフィエンドの部屋でなかったのかと思い、ちょっとだけ安堵する。

 あの服は流石にない。

 心の余裕を得たシズは、そこで先ほどの事でフィエンドに問いかけた。


「ルーシェさんの事は、フィンはわざと言ったの?」

「何のことだ?」

「フィンは優しいなって話だよ。やっぱり皆が言うのと違って、僕は、フィンが優しいと思うんだ」

「……シズは買いかぶりすぎだ、俺は……」


 そこでそれ以上言わせないというように、シズがフィエンドにキスをした。

 にっこりとシズは笑って、代わりに別の話題を振る。


「ところで、僕を初めに連れてきたあの部屋は何なの?」

「シズが逃げ出さないようにと思って」

「……どうして僕の事を信用してくれないんだ」

「でも、ルーシェさんと逃げただろう? シズは」

「あ、あれは……だって、フィンをクロウさん連れて行っちゃったし」


 そうもごもご顔を赤くして言うシズに、フィエンドは堪らずキスをする。

 シズは、クロウがフィエンドを連れて行ってしまった事に焼いていたのだとフィエンドは気づいたから。

 焼いてくれたのが凄く嬉しくて、フィエンドはシズに微笑む。


 軽く触れるだけのキスをして、そのまま向かい合うようにしてシズの腰に手を回し、フィエンドは空いた手で服を脱がそうと……そこで部屋のドアが開いた。


「フィン! お兄様だ……おや、その子はこの前の……ああ、もしやあの初恋の……」

「……リード兄さん、さっきクロウ兄さんに邪魔されたばかりだから」


 そういえばこの人、外であった時はもっと大人びていたような気がしたのだが、シズには、別人かと思われるほど柔らかい雰囲気に感じられる。

 そしてフィエンドも。

 仲のいい家族であり兄弟なのだろう。

 それはシズには、魅力的に映る。

 そんなリードというフィエンドの兄はシズを見て、次に上から下まで見て頷いてから、


「ふむ、私のことは気にしないで続けるといい。それで……」

「……兄さん、邪魔をする気ですか」

「フィエンドを取られるのはお兄さんとしては悲しいが、それがどうかしたのか?」


 ブラコン2号の存在にシズはフィエンドを見上げると、フィエンドが深々と嘆息してそしてシズに向き直り、


「……このままやる」

「ちょ、ま、待って、フィン、流石に見られながらは嫌!」

「俺が我慢できない。せっかく、せっかく……」


 そんな切実そうなフィエンドにシズは、迷ってから目の前のリードに目をやり、


「フィンのお兄さん、わざとですか?」

「うん、だって私の可愛い弟をあげる筈が無いじゃないか。それとも、君自ら私を排除するかね?」

「……分った。まずはお前から、力ずくで沈めてやる!」


 シズがリードに襲い掛かった。だが、フィエンドは慌ててシズを止めようとする。


「待て! シズ、兄さんは……」

「ふぎゃあ!」


 一瞬にしてシズは倒された。一方それを見下ろして笑うリードは、


「弱いな」

「接近戦に強くて……兄さん、止めてくれ」

「いや、随分と弱いなと思って」

「シズは魔力が強いだけなんです! それにシズに怪我させたら、兄さんでも許しません!」


 そうフィエンドが熱弁しているとその隙をついて再びシズはリードへと攻撃を仕掛けて倒される。


「うぐ……負けてなるものか」

「何度でも相手をしてやろう、子猫ちゃん」

「その余裕も今のうちだ!」


 そう飛び掛るシズ。

 その様子を見ていたフィエンドは、今更ながらここにシズを連れてくる事自体が間違いだったかもしれないということに気づいた。

 けれどそれはもう後の祭り。

 結局その日はシズはリードとの戦いで疲れ果ててしまい、フィエンドは手を出すことは出来なかったのだった。



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