茶番に出ていた子供達
渡している生徒が、追いかけて来た生徒だとシズは気づいた。
「アースレイ学園長!」
シズの声に、アースレイが顔を上げた。
「やあ、どうしたのかね?」
「彼が、アンノウンです!」
「そうだよ」
何処か朗らかに告げるアースレイに、シズは窓から飛び降りた。
そんなシズを追いかけるように、フィエンドが飛び降りて、それを見ていたエルフィンはオルウェルの首根っこを捕まえて、
「僕達は階段で行きましょうか」
「何故だ。窓から飛び降りてしまえば早い……」
「……アースレイ学園長が、ただで引き渡してくれると思っているのですか?」
エルフィンが、オルウェルに軽やかに笑う。
つまり、アースレイも、あのアンノウンというふざけた相手を捕まえたい意図もあるのだろう。
それどころか、むしろあのアンノウンを捕まえるのに、自分達が利用されたのではないかとオルウェルは気づいた。
上手く利用されたように感じてオルウェルが苛立ちを感じていると、そんなオルウェルの服をエルフィンが引っ張る。
「階段を下りてシズの前に行くまでには、シズも少し溜飲を下げている事でしょう」
確かに窓の外ではシズが怒っているようだった。
状況を確認するように見ているオルウェルの手をエルフィンが握る。
その温かさに、はっとしてオルウェルが見るとエルフィンが、
「……オルウェル、貴方が何時までも動こうとしないから、僕は手を握って下まで行かないといけないのですよ?」
そう、悪戯っぽく笑い、そしてオルウェルを連れて行くという“理由”から、手を握り締めてエルフィンは歩き始め、それに呆然と事の成り行きを見ていたリノ達もついていったのだった。
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地上に降りたばかりのシズは、すぐにアースレイに食って掛かった。けれど、
「すまないが、彼にはこちらも用があるので、回収させてもらう」
「そんな! でもこれは……」
「では、シズ。君は彼を捕まえてどうするつもりなんだい? 殺すのかい? 拷問して、聞き出すのかい?」
アースレイは笑ってシズを見る。今まで話していた限りで、このシズという少年はウィルに似てとても……穢れていない。
だから今、シズは戸惑っているのだ。戸惑って、不安そうに、敵で酷い目に合わされたというのに、シズはそんな顔をしているのだとアースレイは笑みを深くする。と、
「あまりシズを不安がらせないで下さい。それと……俺も気に入りません」
「フィエンド、では、君はどうするんだ?」
アースレイは面白がって、フィエンドに問いかける。
アースレイのその表情は、明らかにシズの前で君は自身の黒い部分を見せられないだろうと言っているようだった。
それを冷たく一瞥してからフィエンドは、
「俺がどういう人間か、貴方はとても良くご存知でしょう」
「……けれど君はもう、昔の君に戻れない。シズが大切なのだろう?」
「……シズを守るためならば、俺は何だってします。貴方にとってこれは……茶番かもしれませんが」
そこでアースレイが、笑みを消した。
冷たい表情でフィエンドを睨み、同じく、フィエンドも冷たく睨み返す。
その凍えるような殺気を放つ二人だが、そこでシズがフィエンドの手を握った。
「……シズ?」
「……ごめん。フィンに、そんな顔させちゃいけなかったのに、それに、大丈夫。だから、落ち着いて」
「だが……」
「アースレイ学園長、初めからこのつもりだったのですか?」
シズのその問いかけにアースレイは即座に首を振った。
「たまたまだよ。君達が走っていくのを見て、外で見ていたら彼が逃げてきた。だから捕らえた」
嘘だったが、いかにも本当の事のようにアースレイは話す。
シズが、ふっと目を細めた。
「……神殿は、今は二つに分かれているのですか?」
唐突にシズが問いかけた。その問いに、アースレイはぎくりとするも、それに答えたのはフィエンドだった。
「ああ、もともと二つに分かれているが、その多くはここにもういない。俺が追放したから」
「フィン?」
「だからシズは何も心配しなくて良い」
何の感慨もなく言い切る無表情なフィンに、シズが俯いた。
「フィン、ごめんね。辛い?」
「……俺は、シズが思っているほど優しくて綺麗な人間じゃない」
それを聞いてシズが更に俯いた。
そこで、エルフィン達がやってくる。
「……それが、アンノウンですか?」
「エル……どうしたの? なんだか顔色が悪いよ」
「そう、ですか? いえ……なんだかとても……気分が悪くて」
そう、ブルーアイの抱き上げている人物に対して、エルフィンは呟く。
奇妙なほどに、体が震えてくる。
そんなエルフィンをオルウェルが抱きしめた。
そんなオルウェルに気づいて、エルフィンはいつものように微笑を浮かべて見上げて、
「……どうしたのですかオルウェル」
「……私を頼ってくれないのか?」
「頼るも何も僕は一人で大丈夫ですよ?」
先ほどの不安そうな様子など一切消して、エルフィンはオルウェルに微笑む。
そのエルフィンの様子に、自分はそれほどまでに頼りないのかとオルウェルは心の中で苛立ちを覚える。
そんなオルウェルの苛立ちに気づきながらも、エルフィンは不安も何もかも隠して微笑む。
大丈夫、僕が、オルウェルを、守らないと……あの人から。
そう考えて、今僕は何を考えたのでしょうとエルフィンは、ぎくりとする。
考える事の出来ない不安がエルフィンを苛み、と、そこで、
「ロイ、こいつ?」
「ああ、こいつだ」
「よし、ロイの分、一発殴ってや……えっと、あの……殴ってもよろしいでしょうか」
リノがやってきて殴ろうとしたら、アースレイ学園長の秘書のブルーアイが冷たくリノを見た。
その威圧感に、リノがびくっと震えて、ブルーアイを見上げる。
このアンノウンは敵であるはずだった。なのにブルーアイは手出しできないようにさせているのだ。
そして、あたかも待ち伏せされるようにここにアースレイ学園長がいた事と、そして、昨晩必死になって調べたあの映像に関してリノは気づいた。
「……初めから、彼を追い詰めるようにわざと、僕にあの映像を渡したのですか?」
「人聞きが悪いな。偶然だ。私達がここにいたのもね」
リノにさらりとアースレイは答えて、そして、
「そろそろ私達もしなければならない事がある。特に彼には聞きたい事があるから」
そんなアースレイにシズが、
「……茶番じゃないですか」
「子供が遊ぶには丁度良いだろう。それに君は、私の大切なウィルの甥だ。あまり君が深い場所に関わるのは私としても、そしてフィエンドにとっても望む所ではない」
そう言われてしまえば、シズとてそれ以上言えなくなる。
では、失礼するよと言い去っていくアースレイを、シズ達はただ見送る事しかできなかった。
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部屋にやってきて、アースレイが嘆息した。
「……何時まで気絶した振りをしているんだ?」
「あー、ばれましたか。いやー、残念ですね」
「この前からの勝手な動きは何だ?」
そのアースレイの言葉に、アンノウンは目を瞬かせて、そして笑った。
「ああ、そういう事ですか。……いえ、僕は言われた通りにやっているだけでして。しがない下っ端ですし」
「昔からウィルに手を出すわやりたい放題やっていたお前が何を言っているんだ」
「……よくご存知ですね。いえいえ、これも全部命令なんですよ。上の」
と、そこでそれまで口を閉じていたブルーアイが、
「……こちらに服従しますといった、あの言葉は嘘だったのか?」
「何の話ですか? あなたの事はただの秘書で、異母弟だという事しか知りませんよ、ブルーアイさん?」
くすくす笑うそのアンノウンに、ブルーアイは歯軋りした。
アンノウンは目の前にいるのが誰かわかっていない。
そんなアンノウンにアースレイが、
「随分と余裕だな、アンノウン。蝙蝠は良くないぞ?」
「嫌だな。僕はどちらにも媚を売っているような、そんな信用できない相手に見えるんですか? というか、そういえばエルフィンを寵愛していない方の長老の派閥と貴方は関係があるのでしたね。とはいえ貴方と関係のありそうな方の神殿も、以前フィエンドに丸ごと追い出されてしまいましたがね」
「あの時は二重所か三重スパイまでいて、私のほうもどれだけ寝返ったのか分らなかったから仕方がない。それにもともとフィエンドの家は関係があるとはいえ、神殿とそれ程仲が良くない」
「仲は良くないけれど、それでも完全に敵対するほど彼は愚かではないでしょう。それに彼は……」
「それで、どうしてこんな事をした。答えによってはこちらから、動く必要がでてくる」
「きゃー、こわーい」
面倒なのに捕まったとアンノウンは、深刻さの欠片もなく笑う。
そんなアンノウンに、アースレイは嘆息してから、
「だからお前の行動は問題がある。命令の範囲で自由にといっても、好きに動いていいわけではない」
「拡大解釈というものがあるのですよ……それで、僕を拷問するのですか?」
「よくもウィルに手を出そうとしたなという恨みで殴りたいが、どうせ砂なのだろう?」
「おや、ご存知ですか。……そういえばウィルに倒された時、砂になった記憶がありますから、それで覚えていらしたのですかねー」
そう抱き上げられたまま余裕のアンノウンに、アースレイはすっと目を細めた。
「“維持の神”の子供が。あまり、調子に乗るな」
「……どうして知っている」
「お前は自分が誰に抱き上げられているのか、まだ分らないのか?」
アンノウンは、ブルーアイを見上げた。
そして暫くじっと見て、驚愕するように目を見開く。
「まさか……」
「その、まさかだ」
怯えるようにアンノウンはブルーアイを見上げた。
髪の隙間から見えるその瞳に、僅かに目を見開き舌打ちする。
自分が特に苦手な相手だとアンノウンは気づいたのだ。
次の瞬間、関わりたくないとでも言うかのように、ブルーアイの腕の中で、アンノウンが砂となり零れ落ちた。
「兄さん、せっかく抱き上げていたというのに」
「それは砂だろう」
「ですが……あちらは中々僕に心所か、触れることすらも許してくれませんから。そもそも、彼はウィルが気に入っているようでしたから」
「……ブルーアイ、協力してやる」
嫉妬からかそういうアースレイ。
その意味に気付いて、ブルーアイは何処かおかしそうに唇の端をあげたのだった。
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そこは白い部屋だった。
窓もないのに明るいのは、明かりが幾つも宙に浮かんでいるからだ。
そこに一つ、大きな鳥篭があり、地面には薄く水が張られている。
その鳥篭の中には人がいた。
瞳を閉じた見目麗しい少年で、けれど彼は羽を折られた鳥のように逃れる事ができないよう、手足を鎖で鳥篭に繋がれている。
ふと、少年が目を開いた。そして、
「……仕方がないじゃないか。僕の力は大きすぎるから、ここでずっと飼い殺されて、使われて……どちらかに与する事なんて初めから出来ないって知っているくせに」
そう、ぼやいてからふうと溜息をつく。そして、
「ウィルは昔のまま。貴族でないのに強くて……そして甥のシズも、もっとも……人でないのかもしれない。でも、僕とも、そしてフィエンドとも違って、精霊たちに愛されているそんな存在とも違って……でも、僕達にとても似ているような懐かしい感じがする」
呟いてみて、今更ながら寂しいという感情を彼は覚えた。同時に、
「僕は、父に、“維持の神”に会いたい。一度も会った事がないのだから。そして、僕をどうして作ったのか聞きたい」
ただただ飼い殺されて、慰み者になることを拒む代わりに、そして、自身の身を守るために媚を売る。
「仕方がないじゃないか。僕はこれからも飼い殺しだ。だから少しぐらい遊んでも良いじゃないか」
そう、彼は……アンノウンは呟いたのだった。
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シズ達の部屋に全員が集まっていた。
そこまでの道のりは、全員無言で、結局昼食を食べる気分にすらなれなかったというのが正しい。
「……茶番なんだ、はあ」
そこでようやくシズが呟いた。
そしてそんなシズをフィエンドがぎゅっと抱きしめると、シズが破顔して、シズ自身もフィエンドを抱きしめた。
すると、フィエンドも優しげに微笑む。
先ほどまでアースレイとやり合っていた、何処か凍るようなフィエンドの雰囲気は微塵の欠片もない。
けれど、シズはそのフィエンドの体温を感じてほっとする。
アースレイ学園長に弄ばれたのは確かに気に入らないし、悔しいといえば悔しい。
けれどあのアンノウンに再び相対するのは、シズの中で何処か不安もあった。
それに、アースレイ学園長が言ったように、拷問やら何やらはシズには出来ない。
シズの考えの浅はかはさも含めて、大好きなフィエンドにもしかしたならそんな嫌な役目を押し付けてしまったのではないかと思うと、シズはぞっとする。
フィエンドが強い事は、シズは昔から知っている。
力ではなく心、その芯の強さをシズは知っている。
そして、とても優しくて、そして繊細な事も。
だから守りたかった。大好きだから、心も体も守って、笑っていて欲しくて、でもこの結果はフィエンドの、そのどちらも傷つける可能性があったのではないかと思うと、シズは不安が込み上げてくる。
「シズが不安に思う事は何もない」
「でも、僕はフィンに笑っていて欲しいから……」
「シズが俺の傍にいる、それだけで俺は十分幸せを感じている」
「でも……」
不安そうに見上げるシズ。自分を心配してくれているのだと思うと愛おしさがこみ上げてきて、フィエンドはそのままシズの唇に自分の唇を重ねた。
「んんっ」
ちゅっと軽く唇をい吸ってからすぐに放して、顔を赤らめた美味しそうなシズに、フィエンドはにやりとあくどい笑みを浮かべた。
「それで、シズは明日、どうなるか覚えているだろう?」
「! えっと……えへへ?」
シズは笑って誤魔化そうとした。けれどフィエンドはシズ耳元で、熱っぽく囁いてやる。
「……楽しみにしているよ、俺のシズ」
シズがフィエンドの腕の中で更に顔を赤くしてびくんと震えた。
焦ったようにあわあわするシズに、フィエンドはいつものシズに戻って良かったと思う。
本当はこれは茶番だとフィエンドは気づいていた。
以前アースレイに問いかけたのだが、シズは気づいていなかったようなので問題無い。とはいえ、面白がってアースレイがシズを不安がらせたのは、フィエンドには許せなかったのだが。
けれど、分っていたからこそ実際の被害がこの程度で済んでいる。
少なくとも現時点で誰一人怪我人も死者も出ていない、それはあの捕らえたアンノウンが暴れたならば状況は変わっていたことなのだ。
フィエンドは確かにシズに対してはかなり感情的な自覚はあるが、その一方で冷静に事態を読んでいる。
そして次に来るであろう、出来事もある程度予想して、手を打っている。
ただフィエンドとしては早めにけりをつけて、ただただシズを愛でる事に邁進出来るような状況にしたかった。
明日の事は、早めに手を付けておいて、シズに逃げられないようにしておきたいというフィエンドなりの計算もあるのだけれど、シズが狙われている以上、自分達との繋がりを強くしておく必要があった。
それもあって家族にシズを紹介する意図もある。
決してシズが好き過ぎて、もう我慢できないという気持ちだからというだけではない。
ただ単に、九割方その感情が占めているだけなのだ。
その愛おしいシズが自分の腕の中にいると思うだけで、フィエンドは幸せな気持ちになる。
なのにふと、お預けされてしまうような不安にかられるのは何故だろうとフィエンドは思いながら、フィエンドはシズと抱き合っていた。
そんなバカップルの様子を見つつ、そこでリノもロイに抱きついた。
「ごめんね、ロイ。仇討てなかった」
「いいよ、リノに怪我がなかったから」
リノを慰めるロイ。それにリノも、ロイを感じながら目を瞑る。
そんなカップル二組の甘い雰囲気からあぶれたエルフィンとオルウェル。
オルウェルも、エルフィンを抱きしめたかったのだが、こうなるのかが分っていたかのようなエルフィンは相変わらずの微笑を浮かべながらいつもと変わらない。
アースレイの手の平で遊ばれている事もエルフィンは分っているようだったのだから当然だが、少しくらい不安げな仕草をしてくれればいいとオルウェルは思う。
何時だってエルフィンはただ綺麗なだけでなく、賢くそれで居て狡猾に物事を読み、一人で歩いていってしまう。
現にエルフィンが、フィエンドに取られた時……本当はエルフィンがフィエンドの元に自分から行った事がオルウェルには分っていた。
それでも自分のふがいなさから目を背けたくて、置いて行かれるのが怖くて、少しでも、どんな形でもエルフィンと接点が欲しかったのかもしれない。
そんなオルウェルをエルフィンが見上げてそれからシズ達の方を見て……そこでエルフィンが華やかに微笑んだ。
「ところで、明日シズはフィエンドと一緒に外泊するんですよね?」
「え……あ、う、そういえば……でも、してすぐに戻れば……」
顔を赤くしてしどろもどろに答えるシズに、フィエンドが、
「何を言っているんだ? シズ」
「……ええっ、と……」
多分、シズは得体の知れない不安を感じる。
そして再びフィエンドはシズの耳元で、甘く囁く。
「たっぷりと気持ちよくさせて、シズが自分から俺を求めるようになるまでしてやるよ」
シズはフィエンドの腕から逃げ出そうとじたばたもがきだした。
そんな生きの良い獲物であるシズのその行動もまたフィエンドの情欲をそそる。
そこで、暫くその様子を見て楽しんでいたエルフィンが、
「それでは僕はここにお留守番という事になりますね。ですが、僕の身の安全を守って頂ける方が居て下さらないと困りますが」
そんな楽しそうなエルフィンに、フィエンドは嘆息してオルウェルに、
「……オルウェル、明日、もしかしたなら明後日、エルフィンの事を頼む。報酬は……エルフィンを好きにしていい。どうだ?」
「……お前が私に頼み事か」
そんな偉そうで素直ではないオルウェルを見て、フィエンドはエルフィンに、
「……どうする? エルフィンも俺達と一緒に来るか?」
「そうですね。薄情で朴念仁で、空気も僕の心も読めないようなオルウェルは、一人寂しくこの部屋で土日を過ごすのがお似合いでしょうね」
「ま、待て、私が悪かった、エルフィン!」
「別に謝らなくてもいいのですよ、オルウェル。貴方の相手をしてくれる可愛らしい方は幾らでもいるでしょう? 僕でなくても、貴方だって十分魅力的なのですから」
「私は……」
「いいのですよ、言い訳しなくても。見苦しいですよ? オルウェル」
そうくすくす笑うエルフィンだが、オルウェルも含めてエルフィンがとても怒っている事に気づいた。
けれどオルウェルはどうしたら良いのか分らない。
そんな二人に、シズは何かが亀裂が入る気がして嘆息してから、
「フィン、僕はフィンと二人っきりが良いのだけれど……」
「エルフィン、シズと二人っきりで行く事になった」
シズのお願いにフィエンドがあっさりと答えて、けれどエルフィンはといえば、
「そうですか、では、僕は適当な……せっかくですので、リノさん達の所にお邪魔しましょうか」
「止めてー!」
リノが叫んだ。ロイも顔色が悪い。
はっきりいって二人はエルフィンとあまり関わりあいたくなくて、そして今のこのエルフィンの様子は明らかに二人の仲を邪魔してやろうという感情が透けて見えている。
そんな楽しそうなエルフィンに、シズが、
「エル、オルウェルにお仕置きしないの?」
「……そちらの方が面白そうですね」
エルフィンがあっさりと意見を変えた。そして、オルウェルの顔から血の気が引いた。
「エルフィン、待て、私が悪かった。謝るから……」
「そういえば、貴方がすぐにへばってしまうので、調教しようと思っていたのを忘れていました。お仕置きもかねて……覚悟なさい? オルウェル」
狙いを定めたかのようなエルフィンのその瞳に、オルウェルは一瞬、肉食動物に睨まれた子ウサギのようにびくっとするも、すぐに抵抗するかのように、
「……私がいつも、主導権をとられているばかりだと思うな」
「へえ? では、楽しみにしていますよ、オルウェル」
暗く笑う二人に、素直じゃないなと周りの皆が思った。
そして、午後の授業が始まる事に気づき、慌てたように其々の授業へと走っていったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
午後の授業は、シズ達は得意魔法を確認する授業だった。
本格的な魔法の授業の前に、魔力はどの程度か分っているから、その扱いにどれほど長けているか、どういったことが得意なのかを確認するためらしい。
担当教師は何故か、エレンだった。
そして色々分っているかのように、ニヤニヤしているのもまたシズは酷い! と思って頬を膨らます。
その顔がウィルにそっくりだねと言われて、シズはこの人に何を言っても受け流されるだけだと理解した。
そんなこんなで授業が開始され、その授業は受けた魔法を無効化する玉に向かって、これは炎の魔法を放つのだが……。
次々とそれを行う学生たちの最後尾にいるシズ、そしてその前にはエルフィンがいる。
こうして見ると、嫌な気配のやつ等はそろいもそろって魔力もその扱いも上手い事に、シズは気づいた。
それを見て警戒するように目を細めるシズだが、そこへエレンがやってきて、シズの肩を軽く叩いてからにっこりと微笑んだ。
「シズ君は、全力で手を抜いてね!」
「何で!」
「あの玉高いんだ……壊したら減俸されちゃう……」
「……“ふかこうりょく”で壊れたものは仕方がないよね?」
シズがにっこり笑って言い返した。
このエレンも全部予想済みだという、その茶番に張り切っていた自分が馬鹿みたいで、シズは八つ当たりの意味でいってみた。
だが、そんなシズにエレンは耳元で、
「……あんまり可愛くない事を言うと、襲うぞ?」
シズはびくっとして、そして周りにはすぐ傍までこないと聞こえない程度の声でエレンが話しかけてきた事に気づく。つまり助けは来ない。
ちなみにエルフィンはシズの傍で微笑んでいた。
「ひぃいい、こ、恋人がいるはずなのでは……オルウェルのお兄さんとか」
「うーん、あいつは別腹というか特別というか僕がされる側だから。君の場合、僕がする側かな……ウィルを結局一度も食べられず、僕は味見するくらいしか出来なかったからね……」
「エ、エル、助け……」
「あ、僕も混ざってもよろしいですか?」
状況が悪化した。何が怖いって、この二人、その場の雰囲気でシズに手を出してきそうな所が怖いのだ。
しかもエレンは楽しそうにエルフィンと笑っているし。
そこでエルフィンが思い出したかのように、
「シズは明日、フィエンドに初めてを奪われてしまうのだそうですよ」
「え? まだ手を出されてなかったの? なんというか本当に魔性だわ……ウィルと同じで。というかウィルを大切にしすぎてアースレイが手を出せなくなったのに、シズの方もフィエンドがすぐに手を出せなかったという……うわー、じゃあその後にしようか、襲うの」
「そうですねー」
「……とまあ冗談はここまで。壊さないようによろしくね」
そうエレンが話を終わらせた。
実の所、エレンにとって今の話は冗談だったのだが、エルフィンの目が本気の色合いを帯びているので本気で襲いかねないと思ったからだ。
流石に血みどろの愛憎劇が起こりそうで怖い。
特にあのフィエンドが相手だからなとエレンは思う。
どう考えても敵にしたくはない、恐ろしく冷酷で冷徹で強い相手なのだから。
シズが一緒に居るとついつい忘れてしまいそうになるが、とエレンは気をつけようと心の中で思う。
結局シズは、手加減して魔法を撃ち、再び別の魔法の検査に移ったのだった。
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授業が終わってふとエレンがシズに聞いた。
「そういえば今日、健康優良児のウィルがお休みなんだけれど、どうしてか知らない?」
「……昨日、アースレイさんに連れて行かれた後は、僕も知らない……というか差し出したのだけれど……」
「! まさかとうとうあの二人がくっついたと! あの、微妙な距離を保っていて、傍から見ていると笑い話以外の何者でもないあの二人が!」
「でも、今日来ていないって一体……おじさん、大丈夫かな」
「大丈夫じゃない? 長年の思いを一気に開放されて、足腰立たなくなっているかもしれれないし」
「……あの、足腰立たなくなるくらいって……そんな風になるものなんですか?」
「やりすぎればね」
顔を青ざめさせるシズに、エレンがにやりと意地悪く笑った。
「どうだろうね。長い片思いだったからな……所でシズはフィエンドとどれくらいの関係なの? 片思い期間が長いと、初めてはしつこいぞー……えっと、本当に大丈夫?」
「……逃げよう。僕には耐えられない。無理、無理です、そんな、無理……」
「とはいえ、アースレイの事だから単純に、美味しいケーキとかでウィルを釣っているだけかもしれないけれどね」
「……そういえばおじさん、甘いものが好きだったかも」
「甘やかし放題甘やかしているかもしれないよ? 今は。アースレイの事だからね……」
それを聞いて、そこまで甘い人だったのかなと思うものの、ウィルとアースレイを知る人物がそう言っているのだからそれは正しいだろうとシズは納得した。
自分はウィル叔父さんの全てを知っているわけではないのだから。
そして、エレンと別れて、シズとエルフィンは部屋へと向かい歩き始めたのだった。
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帰り道、エルフィンの親衛隊を面白半分で巻いたエルフィンとシズだが、エルフィンはふと独白するように、シズに言う。
「……僕は、オルウェルの事が好きです」
「うん」
「オルウェルを守りたくて、フィエンドを利用しています」
「うん」
「だからきっと僕は、オルウェルのためなら、シズ達を傷つける事も躊躇わないでしょう」
「んー、大丈夫だよ。そうならないように、しているから」
「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。エルフィンは僕の大事な友達だし、フィンは大切な……大好きな相手だし。オルウェルはちょっと気に入らないけれど悪すぎる奴でもないし。だから、守ろうかと思って」
そう簡単に言い切ってしまうシズに、エルフィンはそんなに簡単に言うなと、微かな苛立ちと共に言い返そうとして……ぞっとした。
たまに見せる何処か神秘的で綺麗なシズの表情。
それが何時にもまして強く感じられてエルフィンは何も言えず見入ってしまう。
そこで、シズが微笑んで、先ほどの気配が嘘のように霧散する。
いつもの、シズだ。
だから、エルフィンは少しだけ意地悪く、
「……大好きな相手しか守らないのですか?」
「僕は人間だから、手の届く範囲でしか出来ないんだ。精々出来るのは、大好きな人達が笑ってくれて居ればそれでいい。その中に、エルフィンも入っているんだよ?」
「……まったくもう、シズは」
そう呟いて、エルフィンはぎゅっとシズに抱きついた。
驚いたように小さく声を上げて、けれどすぐにシズは優しくあやすようにエルフィンの背を撫ぜる。
周りを歩いていた生徒が、ぎょっとしてからすぐに、眼の保養とがん見していたのは良いとして。
エルフィンはシズに抱きしめられると温かい力が流れてくるのを感じる。
予知能力者として使うたびに疲弊していくこの体が癒されていくようだった。
だから、エルフィンは問いかけてしまったのかもしれない。
「……シズはフィンが死んでしまったのならどうする気ですか?」
「それは、何時の予知?」
「入学式の時のものです」
「……フィンも、エルフィンも、僕は壊させたりしないから、大丈夫」
そのエルフィンの言う意味を、正確にシズが理解している事に今更ながらエルフィンは気づいた。
それは、意図的に予知を変えていることになると思ってエルフィンは、
「シズは、初めから分かっていたのですか?」
「知らないよ。でも、随分フィンが疲弊しているのは見れば分るから。昔みたいに」
「……シズはフィエンドにとって恩人なんですね」
「違うよ……ずっと好きな相手だよ。本当は見ているだけで、会えただけで十分だと思っていたのに、僕は欲張りで……でもこうやって、その、えっと……」
明日の事を思い出したのか、シズが顔を赤くする。
それを見てエルフィンは、ほんの少しだけ眩しいものを見るかのように目を細め、そしてそのまま唇を奪おうとして……邪魔が入った。
「僕の“妖精”、どうしたのこんな所で」
「イル先輩にレイク先輩……どうしてここに」
「夕食の買出し! レイクにご飯を作ってあげるんだ!」
そう言って茶色い紙の袋を見せてくる。
先ほどの妙な雰囲気はなくなり、何処か軽快感すらある空気に包まれる。
ちなみにエルフィンは何となく、嘆息したくなったのは良いとして。
シズをぎゅうぎゅう嬉しそうに抱きしめるイルを、微笑ましそうに見ながらレイクが、
「今日は大変だったね、シズ君」
シズが警戒するように体をこわばらせる。
「……何で知っているんですか?」
「君たちは注目の的だからというのもあるけれど……あまり、騒ぎを起こさない方が良いよ?」
「……あいつは敵だ」
「まだ、殺らなければ殺される状態にはなっていない。そしてそういった状況への道筋は立てられていない。だったらこれでいいんじゃないかな?」
「でも……」
「君が無事で良かったよ。君はイルのお気に入りだし」
「……レイク先輩、全てがイル先輩が基準なのですか?」
「うん。いけないかな……とはいうものの、君自身も気に入っているから心配な部分もあるんだよ。君の立ち位置は微妙だしね」
あっさりと答えられて、シズは毒気が抜けてしまう。
けれど所々で意味深なニュアンスが感じ取れて、シズは聞き返そうとした。
と、そこでイルが、
「ずるい! 何でレイクばかり僕の“妖精”と話しているんだ!」
「ちょっと話しただけじゃないか。減るものじゃないだろう?」
「減るよ! 僕の“妖精”の声が宙に漂い、それを僕が吸っているのに!」
なんだかものすごく変態的なことを言われた気がして、シズはイルから離れようとした。
そして、レイクもその発言に嘆息して、
「イル……僕、今日とっても美味しいクッキーを買ってきてもらったのだけれど、いらないって事だね?」
「! ま、待って。あのお店でしょう!」
「うん、イルの大好物のお店だね」
途端にレイクの元に走ってしまうイル。
その様子を見ていたエルフィンが、何か悪戯を思いついたらしくポケットを探り、一枚のクッキーを取り出した。
「イル先輩でしたか? クッキーはいりますか?」
「本当! ……びくっ」
エルフィンの声に振り返るイルだが、すぐに警戒するようにレイクの後ろに隠れてしまった。
「イル?」
不思議そうに問いかけるレイクに、イルは黙って隠れたままだ。
困ったように苦笑してから、レイクがそれじゃあまたと声をかけて、イルを連れて行ってしまう。
後に残されたエルフィンは手の中のクッキーを見つめて、
「僕、初対面であんな対応をされたのは初めてです」
「……予知が怖いのかも」
「どういう事ですか?」
「イル先輩は、精霊と仲良しだから」
それが何と関係あるのかはエルフィンにはその時分らなくて、けれどシズは説明するつもりがないようだった。
だが、エルフィンはシズが言う気が無いのならそれほど重要なことではないだろうという程度意に信頼していたので、それ以上追求する事がなかった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
少し離れた場所で、レイクはイルに問いかけた。
「どうしたんだい? イル」
「……あいつ、嫌い」
それはいつもの人懐こいイルにしては珍しいなと思ってレイクは驚く。
けれどレイクにすがるようにイルは服の袖を掴んでいて、レイクはそれ以上聞き出すのを止める。
代わりに怯えるイルに、レイクは唇を重ねる。
それは軽く吸って放される。
潤んだイルの目がレイクを捉えて揺れる。
レイクは初恋すらも分らせないで、イルという彼の“妖精”を自分だけの鳥篭に捕らえていた。
「イルが幸せで居られるように、僕は頑張るから」
「……うん」
会話はそれだけ。小さな秘め事。けれどお互いその距離感で納得している、そんな関係。
そして、先ほどの雰囲気が嘘のように、いつもの様に、夕食の話をしてその場を去っていったのだった。
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部屋に戻ってエルフィンは、先に戻ったオルウェルを押し倒していた。
「ま、待て、お仕置きは明日……」
「おやおや、僕が何時そんな約束をしたと? 今日明日明後日、たっぷりと僕が貴方の体を教え込んで上げましょう」
「や、止めてくれ……」
とりあえず、相手側が見えなくなり、聞こえなくなる壁をフィエンドは張る。
そしてシズに微笑んだ。
「明日は楽しみだな」
「うう、もう僕は腹をくくる」
「良い心がけだ。愛しているよ、シズ」
「……うん、僕もだよ」
微笑みあうフィエンドとシズ。
そしてお休みのキスと称して、シズは、自分からフィエンドの唇に自分の唇を重ねた。
「シズ?」
「……この程度で焦っていたら駄目かなって。それに僕も、フィンのことが大好きだし」
そう照れくさそうに微笑むシズの可愛さに、フィエンドは抱きしめた。
言葉を発することなくお互いの体温を服越しに感じて、幸せな気持ちに陥る。
そして二人は、その夜もお互いを抱きしめあいながら眠ったのだった。




