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特別な人

 朝起きると、やけにつやつやとした元気なエルフィンと、何処か疲れたようなオルウェルが先に起きていた。

 シズはフィエンドよりも先に起きて、とても気持ちが良さそうに熟睡しているフィエンドを揺さぶって起こす。

 けれど、うっすらと目を開いたフィエンドはにっこりと笑ってシズを抱きしめる。


「フィン……ちょ……」

「シズ、良い匂いがする……」


 完全にフィエンドは寝ぼけている。けれどとても幸せそうだ。

 じたばたともがくシズは、更にぎゅうと抱きしめられて動かなくなる。

 そのまま約一分後。


「フィエンド……さすがにシズさんが可哀相なので起きて上げてはいかがですか?」

「……」


 エルフィンの問いかけに、フィエンドは答えない。

 だが短い期間とはいえ付き合いのあるエルフィンは、それが寝たふりである事に気づいていた。


「……そうですか。では、シズさんの目の前でフィエンド、貴方にキスをして……」

「シズが不安がるからやめろ」


 ぱちりと両目を開けて、フィエンドはエルフィンに告げた。

 けれどそれと同時にフィエンドの拘束が緩んだシズは一目散に逃げようとして、再びフィエンドの腕に囚われた。

 そんなシズに、フィエンドは優しげに微笑んで、


「シズ、おはよう」

「う……おはよう、フィン」


 近くにあるフィエンドの顔が綺麗だな、とか、大好きとかそんな感情がシズの中から湧き出してしまい、シズは頬が熱くなるのを感じて慌てて顔を隠した。

 凄く恥ずかしい。確かにフィエンドの事を昔から知っているけれど、そして可愛くて綺麗だったと今のフィエンドに対しても思うけれど、要するに、好き過ぎて顔がまともに見れない。

 なのにそんなシズに追い討ちをかけるようにフィエンドは囁いた。


「おはようのキス、してくれるんだろう?」

「!」

「約束……シズは守らないのか?」

「そ……そういうわけでは……うう、その、フィン、目を閉じていてもらえないかなと思ったりするわけだってりするわけでして……」

「目を瞑ったらシズの可愛い顔が見れないだろう?」

「だ……だって、緊張するし……だめ?」


 と、上目づかいで、小首をかしげてシズはねだってみた。

 フィエンドが動きを止めてじっとシズを見つめる。その空気にシズは嫌な予感を覚えて、本能的に逃げにはいった。

 けれど次の瞬間、シズはフィエンドに引き寄せられてキスされる。


「むーむー……んんっ……ふぐっ……んんんんっ、んんっ」


 舌を入れられて、喰らいつくすかのように激しくシズは、フィエンドに口の中をもてあそばれる。

 その刺激からシズは幾度となく体を弛緩させる。


「ふぐぅ……んんんっ……ひうんん……」


 それがあまりにも激しいものであったので、涙目になりながらフィエンドから体を放そうとするが強い力に捕らえられて逃げられない。

 結局、シズが抵抗できなくなった頃にフィエンドは唇を離した。

 今のキスで瞳をとろんとさせているシズは、フィエンドに、もう少し色々しても良いんじゃないかと思わせるには十分であったが、それは明日のお楽しみに取って置く事にした。

 それは良いとして、


「シズ、シズからキスしてくれないと、もう一度これをやるぞ?」


 シズが正気に戻った。おそるおそるといった風にフィエンドを見上げて、本気なのかを顔色から伺うが、シズには本気以外の何物にも見えなかった。

 仕方が無いのでシズはフィエンドの顔に手を伸ばして、自分からそっと触れるだけのキスをする。


「これで良い……んんんっ……んんっ」


 再び逃げられないように捕らえられて、シズはフィエンドに美味しく頂かれてしまった。

 そんなバカップルの様子を見ていたエルフィンは、じっとオルウェルを見た。

 オルウェルは逃げ出した。


「オルウェル! 何で僕から逃げようとするのですか!」

「エルフィン、確かに私はお前の事を愛している。だが……もう許してくれ!」

「いやですね、オルウェル。僕が貴方をそう簡単に逃がすと思っていたのですか?」

「え?」


 そう疑問の声を上げた瞬間、オルウェルの足にロープが絡まって盛大に転ぶ。

 それでも床を這いながら出口へと逃げさろうとするオルウェルにエルフィンが告げた。


「もし言う事を聞いてくれたなら、今日は主導権を貴方にあげても良いのですよ?」

「……昨日は途中から主導権をお前に取られたのに……どうせ全部くれないくせに」

「……何ですか? すねているのですか?」

「……何でエルフィンはそんなに絶倫なのだ」

「それをいうなら何故貴方はすぐにへばってしまうのですか? オルウェル」


 奇妙な沈黙の二人だが、すぐにお互いため息を付いて、オルウェルが、


「それで、どうして欲しいんだ?」


 その問いかけに、今更なので躊躇したようにエルフィンは下を向いて、


「……キス、して欲しいんです。その……情熱的……んんっ」


 最後まで言う前に、オルウェルはエルフィンに先ほど見せ付けられたようなキスをする。

 柔らか舌を絡め取るも、エルフィンの動きにオルウェルは翻弄される。

 それがオルウェルには悔しくて堪らない。エルフィンの事が好きだから余計に悔しい。

 そんな葛藤にエルフィンも気付いていたが、それでも自分の方が技術は上で、オルウェルを気持ち良くさせたい思いが強かった。


 そうでないと、エルフィンは自分に価値を見出せなくなってしまうから。

 どんな形でも良いからオルウェルを自分の元に引き止めておきたい。

 そんな歪な二人のキスはオルウェルがエルフィンに負けて終了した。


「ふう、ごちそうさま、オルウェル」


 ふふ、と妖艶に笑って見せるエルフィンに、オルウェルは何もいえなかった。

 それ以前に気絶していたのだが、


「あ、フィン、こんな時間だよ! リノが待ってる!」

「だそうだエルフィン、オルウェルを早急に起こしてくれ」

「ふふ、フィエンドの許可も出ていますし、たっぷりと……」


 そこでオルウェルが悲鳴を上げながら飛び起きた。


「はあ、はあ……何か恐ろしい予感がした」


 残念そうなエルフィンを尻目に、シズ達は着替えを始めたのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 室内の時計は二十分ほど進んでいたらしい。けれど、


「遅い!」


 仁王立ちで言われてシズは当惑したように、


「……約束の時間、二十分前だよ? リノ」

「僕の周りの時間は一時間進んでいるんだ! ふははははは」

「リ、リノ?」


 ただならぬ様子の目に大きなくまを作ったリノに若干引きつつ、シズは様子を見ていると、ロイが、


「気にしないでくれ。徹夜明けは大抵こんな感じだから」

「ロイ! 僕は、ロイを苛めた奴らを許さないから……」

「リノ、席について。疲れているだろう? 食べたいもの持って来るから」

「自分で取りにいく。ロイだって寝ていないじゃん!」

「いいから」


 そう頬をむくれさせながら席につくリノ。とりあえずシズ達も食事を取ってくる。

 全員が席に着いた所で、リノが得意そうに話し出した。


「特定できた」

「つまり?」

「お昼休みに奇襲をかけたいけれど良いよね?」


 リノの言葉はフィエンドとオルウェルに向けられたものだったが、二人はすぐに頷いた。


「じゃあ、湖の傍の、あそこの建物……その前に授業が終わったら速攻できてね?」


 少し落ち着いてきたらしく、うつらうつらとしながらリノが告げて、それにフィエンドとオルウェルは再び頷いて取り巻きに指示を出した。

 今のこの状況を見て、シズは自分には何も出来ないなと思ってしまう。

 けれど、それがとても幸せな事だとシズは知っている。

 なぜならシズが動かなければならないのなら、それはシズ自身だけに危険が迫った場合を除いて、どうにもならない時だからだ。

 とはいえ分かっているからといって、納得できるわけではない。

 けれどまだ大丈夫そう。けれどこの嫌な予感は何だろう。


「……て、聞いているの? シズ!」

「あ、ごめん。ぼうっとしちゃって……」

「仕方が無いね、つまり、情報を扱う、それに基づいた判断を下す時に、それが最新のものなのか?を考えないといけないんだ。一度流れた情報は、そのまま訂正されずに残っている事がある。だから鮮度が命。このお魚のように」

「うん」


 とりあえずシズは頷いておくが、どのような経緯でシズはそういった話になったか分からない。


「結局人は、信じたいものしか信じない。自身の先入観が優先されてしまう。そのせいで、自分の目の前で自分の中の常識以外の事が有ったとしても受け入れられない。むしろ自身の常識の出来事が起こったと錯覚してしまう」

「ふむふむ」

「だから客観性、目の前で起こったことから対処していかないと。……人間は主観に偏りがちな生き物だからね。というわけで、シズには今度の月曜にもっとすごい格好をしてもらうから」

「うん……え?」


 リノがにやりと笑った。


「ふふふ、メイド服だけで済むと思ったの?」

「ちょ、話が変わった……変わったよね?」


 そうフィエンドにシズは聞くが、今回ばかりはフィエンドも困ったように、


「いや、初めからそういう断りを入れてリノは話していた。シズが頷いたから、驚いていたが……」

「聞いてない、僕は聞いてない!」

「そうかシズが嫌なら……」

「フィエンド様、フィエンド様のお好みの衣装をシズに着せられる絶好の機会ですが」


 とか懐柔しようとするリノだったが、


「……着せたい服なら、家に幾らでもある」


 さらっと爆弾発言をフィエンドがして、えっとシズがフィエンドの方を見た。

 フィエンドが顔を背けた。


「……フィン、どうして?」


 しかしシズの疑問にフィエンドは答えない。そこでエルフィンが何かを言おうとして、フィエンドは冷たく告げた。 


「……エルフィン、言ったら許さない」

「フィエンドがいろんな服を黒髪茶色い目の子に着せていたのですよ。もちろん僕も着ましたが……ああ、僕達が着るよう以外に、新品の気に入った服をもう一着延々と集めていましたね。いつかシズさんに着て欲しかったのでは?」


 牽制を無視して、エルフィンがばらした。しかも推測が当っていたらしく、何処か気恥ずかしそうである。


「……その中にメイド服はあったりするの?」

「いや、もっと普通の……そう、普通の服だ」


 何故か焦るフィエンドだが、シズはほっとする。


「そうだよね、フィンがそんな変な服集めているわけ無いよね」

「……ああ」


 間があって頷くフィエンドに、意味ありげにエルフィンが笑っている。

 そこまでは良かった。


「フィエンド、貴様エルフィンになんて羨ましい事を……」


 恨めしそうなオルウェルのその呪いの言葉に、その服の事を蒸し返されたくないフィエンドはリノに話をふった。


「そういえばエルフィンの写った写真をオルウェルが欲しいそうだ」

「あー、あれ?、この前エルフィン様が自分で全部買い占めていきましたけど」


 オルウェルがエルフィンを見た。

 けれどエルフィンは、そんな視線をものともせず紅茶に口をつける。


「……エルフィン」

「オルウェル、貴方の手元になんて絶対に置きません。あげません。写真なんか愛でるより……僕を愛でてください」


 そう言われると、オルウェルも強く出られない。

 そこで、シズは廊下をアースレイの秘書、ブルーアイが歩いているのが見えた。

 本当にそれだけだったのだが、シズは妙に気になって仕方が無い。


「シズ、どうかしたのか?」

「今、アースレイ学園長の秘書のブルーアイさんが歩いていたから」

「……別に歩いていてもおかしくないだろう?」

「そう、だよね。いつも見ないから」

「シズが不安に思うことは何も無い。それよりも明日の事を考えていた方が良いんじゃないか?」

「……フィンの意地悪っ」


 そう呟いてパンを口に放り込むシズ。そんなシズを愛しげにフィエンドは眺めて、そっと取り巻きに合図する。

 そして朝食が終わり、それぞれが分かれたのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 男子生徒が、壁の隙間から紙を取り出した。


「……えっと、狙われているから気をつけろ、ね」


 その文面におかしくなって彼は笑う。


「うーん。そうはいっても、どう気を付けろというんだかねぇ。そこまで書いてもらわないと分からないのに、どうして偉い人はきちんと全部説明しないのかね。それに、蝙蝠はやめろって……ははっ、まさか僕が神殿まで裏切っているって分かっている? そんなわけ無いかな」


 そもそも、もう神殿が“別のもの”に密かに喰われているというのに。


「気付いていないから、こんな事になっている。でも、恋とか愛は本当に恐ろしい。ここまで人を狂わせる。僕はそんなものには縁が無いから良いけどねー……と」


 手紙を燃やして証拠隠滅する。


「世界の外側から来る、魔物か。本当にどうして魔物ばかりで、神様は来ないのかね……居る事は確かなのに」


 ぼんやりと、彼にしては珍しく独白する。

 少し背伸びをして、目立たない普通の学生を装い歩いていく。

 今まで見つからなかった。

 だから気をつけろと言われても、彼は実感しない。

 その過信が仇となるかどうかは、まだ、分からない。





。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 シズは誰かに呼ばれたような気がして振り返った。

 しんと静まり返った教室。

 ただただペンを走らせる音のみがそこら中で聞こえる。

 シズ、とは呼ばれなかったかもしれない。けれど、確かにシズは呼ばれた。


「……気のせいだね。フィンが呼んだならフィンが呼んだって分るし」


 けれど妙な胸騒ぎがして周りを見回すけれど、誰もが静かにノートを取っている。

 そんなシズの様子に気づいたエルフィンが、書くのを止めて、


「シズ、どうしたのですか? 何か気になる事でも?」

「ううん……ただ呼ばれたような気がして。それも、とても嫌なやつに」

「そうなのですか? 僕は聞こえませんでしたが。それに、以前消しゴムを投げつけてきた彼らは、特に何もしていませんね」

「……気のせいだったかもしれない。ごめん、今日のお昼休みの事を考えると、不安があって」


 そう誤魔化すように笑うシズ。そんなシズの誤魔化しにエルフィンは気づきつつ、けれど言い訳のその不安もシズが抱えている事にもエルフィンは気づいていた。

 フィエンドにも何処か逃げ腰になっていたシズ。

 慣れてしまえばそこまで気にする事もなくなるのだが……とエルフィンは考えて、けれど、エルフィン自身も今はオルウェル以外の誰とも交わりたくないと思っているのだから、人事ではないと思う。


「シズって本当に初心ですね。本当に美味しそう」

「……止めて。それに、エルフィンにはオルウェルがいるじゃないか」

「もう少し体力を付けていただかないと困りますね、オルウェルには。ふふ……これからそちらの方も調教してあげましょうか」


 そう優しげにエルフィンが微笑むのを見てシズは、ちょっとだけオルウェルに同情した。

 けれど、授業の黒板を書く速度が速く、シズは慌てて書き始める。


「えー、破壊の神の力に属する、破壊の概念は、以前、存在するものを壊して別のものに変える……主に攻撃魔法に適応されます。対する、維持の神の力によって作り上げられる事から……故に同様に攻撃魔法もありますが、防御の結界……」


 その説明を書き写しながら、ふと、シズは気づいて自身の手を見やる。

 世界を作り上げる精霊達はシズを慕うようにやってきたが、それをシズは拒んで以来彼らは話しかけて来ない。 それでも以前問いかけた中に、君達は維持の神様に仕えているのかと問えば、目の前で風のような精霊がくるりと回ったかと思うと炎に変化した。

 驚くシズに精霊達は、どちらだと思いますか? と問いかけてきたので、シズは、どちらも違う気がすると答えた。そして確かその時……。


「シズ・アクトレス、またお前か! この問題を解いてみろ!」

「あの、僕何もしていないのですが……」

「私の授業を聞いていないからだ。さあ、早く!」


 仕方ないので、シズは立ち上がりその問題を黒板の前で解いていく。

 この術式はこうでこうだからこうで、こうしてこうこうして、こんとやってこうして……最後に魔力注入と。

 ちなみにシズはぼんやりとしていて気づいていなかったが、いつもの癖で魔方陣を描いてそのまま発動させていた。ただこれは、あくまでも教室内で解くだけの問題であり、発動させる必要がなかった点である。

 なので指名した教師が慌てて、


「待て! 発動させるな!」


 そう言われてシズがはたと気づいた時には既に遅く、魔法陣が煌々と光り……大量の猫が召喚されたのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"





 フィエンドとオルウェルは昼休みの事もあって、授業を隣同士で座って聞いていた。

 だが、幾ら協力しあう事になったとはいえ、それほど仲良くはない二人である。

 現に二人が並ぶ場所からは、どす黒い何かがお互い発せられており、部屋の中にいる学生はもちろんの事、教師もそれを感じ取り……けれどその恐ろしさのあまり何も言う事が出来ずに、もくもくと授業を進めてノートを取っていた。


 とはいえ授業中という事もあり、二人とも大人しくノートを取っている。

 そこで、フィエンドの消しゴムが転がった……と思うと、スパーンと目にも留まらぬ速さで、オルウェルが消しゴムを打ち返した。

 周りの学生と教師が、ごくりと唾を飲み込む。

 そんな弾き飛ばされた消しゴムを、フィエンドは何てことない仕草でつかみ、再び自分の机の傍に置いた。と、


「……人の領域に、物を飛ばすな」

「そうか」


 そうオルウェルの方を見ずにフィエンドは答えて、一通り書ききったらしくペンを止める。

 その眼中にないといったかのような、フィエンドの態度もオルウェルは気に入らない。

 シズという変な少年が現れてから少しはこの他人などどうでも良いというか空気以外の何者でもなく、邪魔であれは何の良心の呵責もなく踏み潰せるような、人間的な感情の欠落している、傲慢で自己中心的な残酷で冷酷なこの男が、幾らか人間らしい心を残していたのではないかという可能性について、ほんの少しばかり付け入る隙があるかもしれないと打算的にオルウェルは思いもしたのだが……相変わらず顔色一つ変えず、一言、そうかと答えて挙句の果てには弾き飛ばした割りに、また簡単にそれを捕まえてしまう。


 本当に、貴族といえど、フィエンドの力は魔法の力だけではなく剣術といった戦闘能力に関して規格外過ぎて、どうすればこんな風になるのかオルウェルは疑問を覚える。

 そしてフィエンドを溺愛しているフィエンドの兄達やフィエンドの父は、確かに強かったが、フィエンドほどではなかったはずだ。以前そういったものを見る機会があり、それを見た範囲ではこんなではなかった。

 そしてその時、このフィエンドの兄達が、フィンは体が弱いから大事にしないといけないなと言っていて、何処となくフィエンドも微妙な顔をしており、それを盗み聞きしていたオルウェルも微妙な顔になった。

 それはいいとして、そんなフィエンドは何でも出来る為かあまり色々なものにやる気のようなものが感じられなかった。つまり適当に、物事をこなしているようだった。


 それでもその際は人目を引き、それも含めてオルウェルはフィエンドが嫌いだった。

 と、そこで声がした。

 にゃあにゃあにゃあにゃあ

 学園にそんなに猫がいただろうかと思うもその合唱は明らかにおかしい。

 不安に思った学生だろう、彼が教室の後ろのドアをほんの少し開けて様子を見ると、そこには何匹もの猫の軍団がいた。


 その猫達は、そのままその学生に飛び掛る。

 同時にそのドアが更に広げられて、中に大量の猫が入り込んでくる。

 新手の何かの攻撃だろうかという不安もあるも、その猫たちは人懐っこく其々の好みの人間に走っていく。


「……何だこれは。攻撃? だが魔力の反応はあまり感じないが、でもそういった魔法がかけられている?」

「さあな」

「「「にゃー」」」


 オルウェルの疑問に、フィエンドはつまらなそうに答えて、ついでにそれにそうだそうだというかのように猫の鳴き声が聞こえた。

 見ると、猫が慕うようにフィエンドが何匹もが引っ付いていた。

 それも美人さんな猫ばかりが慕うように。

 それに対してオルウェルも対抗心を燃やすが、近づこうとするとどの猫にもシャー、と威嚇されて噛みつかれそうになる。


 そこでフィエンドがふっと馬鹿にしたようにオルウェルを見て笑って、その悔しさにオルウェルは躍起になって猫を追いかけるも威嚇される。

 そのフィエンドとの対応の差に、オルウェルはささやかな敗北感を味わっていると、そんな中、一匹の茶色い瞳に綺麗な黒猫がオルウェルの前に現れる。そしてその猫は、そのまま前足でトンとオルウェルの膝の上に乗っかり体を丸くする。

 先ほどの扱いに心が折れかかったオルウェルは、その猫の背を撫でようとする。

 けれどその猫はオルウェルの手を見て、触るなとでも言うかのようにシャーと威嚇した。


 なのに、オルウェルの膝の上は心地が良いようで、その猫はそこに留まっている。

 その素直じゃなくて、女王様な仕草が何処となくエルフィンに似ていてそう思うと可愛く見えてくる。

 そこで、フィエンドがいい加減猫にじゃれつかれるのに疲れたらしく、小さく呪文を唱えた。

 そうすると、瞬時に全ての猫達が消えてしまう。


「フィエンド、貴様……」

「魔法で作られたただの猫だ。悪意も何もない。そもそもシズが作ったものだし」

「……魔力で分るのか?」

「シズのものならなんだって分る」


 さらっと言い切ったフィエンドに、オルウェルは何かを言おうとして、そこでシズが現れた。

 何でも、間違えて魔法を発動させたので迷惑をかけているだろうから、それを消して謝ろうと思ってここにきたらしいのだが……。

 フィエンドにシズが捕まった。


「シズ……」

「えっと、フィン、今、授業中……」

「シズガ目の前にいるのに、俺が抱きしめないわけがないだろう?」


 それにシズが顔を赤くする。そんなシズを見つめて、フィエンドも何処か優しげだ。

 そんな二人を苛立ちからオルウェルは引き剥がして、フィエンドが不機嫌そうになったのでいい気味だと思っていたのだが……シズと一緒に来ていたエルフィンにその一部始終を見られており、


「僕のお友達のシズを苛めましたね、お仕置きです、オルウェル」

 

 と、エルフィンににっこり微笑まれ、たっぷりと濃厚なキスをくらい、ふらふらにされたのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 猫の騒動が終わり、何事も無く授業が再開される。

 やがて授業が終わり、昼休みがやってきた。

 シズとエルフィンが仲良く会話をしながらノートやら筆記用具を片付けつつ、そのエルフィンのたおやかな仕草に彼の取り巻きがホワンとなっているのを見て、シズが、やっぱり僕ってエルフィンほど魔性じゃないよなと心の中で再確認していたら、ロイに話しかけられた頃。


 授業が終わって、すくっと黒い何かを噴出させながらフィエンドとオルウェルが同時に立ち上がった。

 ようやくこの悪夢の時間から逃れられると油断していた教師と学生達は、これから一体なにが始まるのかと二人の行動を怯えながら注視していた。

 だが、そんな彼らに話しかける人影が一つ。


「フィエンド様にオルウェル様、シズ達を迎えに行きますか?」


 リノの声に、ぐるりと二人の首がそちらに向けられる。

 その表情が、無表情すぎてさすがのリノも一瞬この場から逃げ出そうかと考えてしまうのだが、そこでフィエンドがふっと笑った。


「シズと一緒の方が良いから、迎えにいく」

「は、はあ……本当に、フィエンド様はシズが好きですね」

「何を当たり前の事を言っているんだ?」


 不思議そうにフィエンドはリノに問いかけた。

 シズと共にいるとフィエンドが口にするだけで、彼の雰囲気が柔らかく優しいものになるという事実。

 どうも当人すらその事実に気づいていないらしい。とはいえ、フィエンドの中では何処からどう見てもシズが中心に全てが回っているので、そこは彼にとっても当たり前の事なのだろう。

 なのでリノは特にそれ以上突っ込んでも、ただただ惚気が返ってくるだけだろうと結論付けて、それでは行きましょう、と言おうとしてオルウェルに阻まれた。


「ふん、シズにばかり気を取られては、足元をすくわれるぞ?」

「……すくわれる前に、この世に生まれてきた事を後悔させてやる」


 オルウェルの嫌味に、フィエンドが暗い笑みを浮かべて先ほどよりも黒い何かを放出していた。

 そういえばあの学園内の敵は、シズに手を出そうとしていたのだと、今更ながらオルウェルは思い出した。

 しかもシズの体に触れていたという事が、フィエンドに知られてしまっているのだ。

 オルウェルはいつもみたいに軽くあしらわれるだろうと油断していた自分の愚かさに気づいた。

 どうしようかと思案するも、結局の所、あの変なシズという少年に任せるしかないらしいと気づいたオルウェルは、


「……あまり無茶をすると、シズに心配されるぞ」

「俺は冷静だ。髪一本残さず存在を抹消すればいいだけの話だ。そうすればシズを脅かすものはいなくなるし、奴らへの警告にもなるだろう」

「……奴から情報を聞き出さないのか?」

「そうか。情報を吐かせて、この世から抹消……」


 フィエンドは口に出した事は必ずやり遂げようとする性格だとオルウェルは知っている。

 本気でどうしようとオルウェルはリノを見ると、リノがじと目で、オルウェルが言った事なのだから責任もてと、目で訴えかけてきた。そこで、


「フィン! 迎えに来たよ!」

「シズ……」


 先ほどの黒い様子を消したフィエンドが、嬉しそうにシズの元に走っていく。

 そのままフィエンドはシズを抱きしめて、シズにフィン、どうしたの? よしよしと頭を撫ぜられていた。

 こうやって見るとただ綺麗なだけの恋に翻弄される男にしか見えないのだが、それよりもそんな感情があの外道で冷酷なフィエンドという男にある……その事実のほうが遥かにオルウェルには驚くに値する点だった。

 そんなシズは少し困ったようにフィエンドを見上げて、


「早く行かないと、あいつが何処かへ行ってしまうかもしれないでしょう?」

「そうだな。お前達、行くぞ」


 シズに言われて、フィエンドが動き出した。

 オルウェルは、お前がそんなだから皆動けなかったんだと言いたかったが、そこで服を引っ張られて振り向くとエルフィンがいた。


「置いていかれてしまいますよ」


 そう話しかけて、エルフィンはすうっとオルウェルの横を素通りする。

 そんなエルフィンにオルウェルは手を伸ばそうとしてすぐにぎゅっと手を握って、


「……分った」


 そう俯き答え、それにエルフィンもオルウェルには見えないように悲しげに微笑んだのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"



 リノに案内されてその教室へと向かう。

 そのリノを守るようにロイが歩いており、フィエンドもシズを守るように歩いていた。

 その一方で、エルフィンはシズと同じようにフィエンドの後ろを歩いており、シズに話しかけている。

 その距離間にオルウェルが歯噛みしていると、それに気づいたらしいエルフィンがシズを捕まえて、


「シズ、ちょっと頬にキスしてもいいですか?」

「何で!」


 けれどそのシズの疑問に答える前に、フィエンドがエルフィンを捕まえてオルウェルに投げるように引きはなした。

 オルウェルに抱きとめられたエルフィンはおかしそうに笑って、


「心の狭い男は嫌われますよ」


 それにフィエンドは嘆息しただけで、関わりあうのも面倒だというかのようにフィエンドは無視した。

 けれど、シズにはエルフィンがわざとシズをだしにして挑発して、オルウェルの元にいけるようにしたのだ。

 そしてそれにフィエンドは乗って、エルフィンを突き飛ばすように渡した。


「……フィンは、優しいね」

「……気のせいだよ。俺は、そんなに……」

「僕が言う事は信じられないの? フィンは」

「そうだな、信じられない。この前襲われた事をシズは黙っていたからな。俺に」

「うう、それはその……」

「まあいいさ。明日、たっぷりと体に聞いてやるから」


 シズが逃げ出そうとして、フィエンドに手を繋がれてしまったのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"





 目的の教室は、丁度授業が終わったばかりなのか、人がぞろぞろと教室の外へと出始めていた。

 彼らは一様にフィエンド達の様子を見て顔を青ざめさせて、足早に去っていく。

 そして教室に数人といった所で、リノは教室の扉を開けて覗き込み、ある人物を指差してフィエンド達に教えた。

 一般の生徒達の一人である彼は、気づいた様子も無くノート類を鞄につめて、窓際へちゆっくりと仕草で歩いていく。

 そして窓を開けて、外の風が気持ちが良いとでもいうかのように背伸びをして……そのまま窓の外に身を放り出した。


「逃げられた!」


 焦ったようにリノが叫んで駆け出した。

 それをシズが追いかけるも、フィエンドがやけにゆっくりしている事に気づいてすぐに振り返る。


「フィン、あいつは……」

「外も既に張ってあるさ。それにこれで顔の確認も出来たし……逃げられないだろう」

「あいつ、強いよ?」

「……外には、アースレイ学園長達がいる。そしてあの秘書も」

「そういえば、アースレイさん、強いの?」

「……うちと地位は同程度の貴族だから、魔力も含めて強いぞ?」

「でも、フィンの方が強いのに?」


 不思議そうにシズが問いかけるその瞳が、あの、静かで神秘的な表情で、フィエンドは息を呑んでしまう。

 フィエンドの方が力が強い事は、皆が知っているのだから問題ない。

 けれどこのシズは、綺麗でとてもとても美しい。

 だから、このまま犯したい。

 とても甘くて美味しそうな獲物が、目の前にさしだされて、それを我慢して……。


「……えっとフィン、もしもし? んんっ」


 フィエンドがシズにキスをした。

 その突然の事にシズは抵抗できずそのまま舌まで絡め取られていく。だが、


「キスをしている場合ではないだろう! フィエンド! 貴様だ!」


 そうオルウェルに叫ばれて、フィエンドは機嫌が悪そうに唇を話してオルウェルを見た。


「……シズが可愛いから仕方がない」

「だからって時と場合を考えろ!」

「……アースレイ学園長達が、アンノウンと名乗っていた奴を捕まえたぞ」

「……どうして分る」

「……シズ、窓に確認に行こうか」


 そうフィエンドはオルウェルの問いに答えず歩き出す。

 そんなフィエンドの手が、シズにはひび割れるように思えてぎゅっと手を握る。

 大丈夫。

 シズがいる限りフィエンドは大丈夫なのだ。

 そんなフィエンドの手を握り締めるシズに、フィエンドは優しげに微笑んで、


「大丈夫。シズの事は俺が守るから」

「……うん」


 アンノウンが怖かったからだと思ったのだろう。

 安心させるように微笑むフィエンドに、シズは大好きだなと思ってしまう。

 だから、シズはフィエンドを守るのだ。

 初めて会ったあの日から、そんなずっと昔からシズは、大好きなフィエンドを守ってきたのだから。

 そしてシズ達は窓の外を覗く。

 そこで見えたのは、アースレイ学園長が気絶した生徒を秘書に渡している所だった。



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