純粋な思い
シズ達が気付いた丁度そのころの保健室にて。
「本当にウィルも来るとは思わなかったよ。アースレイにまだ会っていないの?」
「これからも会う気は無いよ、エレン。そのためにこんなかつらまでつけて……」
「ま、意外と印象は変わるもんね。でもアースレイなら、この姿でも見破りそうだよね。そう思わない? ガーデルマン?」
「確かに。だが、私はエレンがそんな姿でも見つけれれる自信があるぞ?」
「ガーデルマン……今日、駄目?」
「いいぞ? でも明日の仕事は?」
「手加減してね?」
いちゃつきし始める二人に、あぶれたウィルは、ははと小さく笑った。
甥のシズが心配という理由も確かにある。けれど同時にアースレイのことが諦めきれない、そんな優柔不断な自分がいる事にウィルは気付いていた。
だからといって、会える自信も無い。会って、どうしろと?
もう既に文通する友人という間柄でしかないのに?
彼の世界はすでに自分とはあまりにも離れすぎている。
ここを卒業してどれ程時間が経った?
それに魅力的なアースレイの事だ。すでに新しい恋人がいるかもしれない。
胸に痛みを感じるが、そのありし日のささやかな幸せは今でもウィルの中で宝物のように光輝いている。
そういえば、アースレイには一つだけウィルが秘密にしていることがあった。多分アースレイは気付いていないだろう事。
それを思い出して、ウィルがくすくすと笑っていると勢いよく保健室のドアが開いた。
「あれ、シズ? どうしたんだ? そんなに息を荒げて」
「叔父さん、お願いがあるんだ」
「何?」
「僕の目的のために犠牲になって!」
シズがウィルに襲い掛かった。しかし、ひょいと突っ込んでくるシズの方を捕まえて、そのままベッドに押さえつけた。
「シズ? 僕に肉弾戦挑んで勝てると思っているのか?」
「うう、忘れてました。ごめんなさい。反省してます、なので離して下さい」
「いいよ」
いとも容易にシズを開放するウィル。しかし、離すや否や、再びウィルに襲い掛かるシズ。
再びベッドに頭から突っ込んで、ウィルに押さえつけられる。
「事情は良く分からないけれど、学習能力の無いシズにはお仕置きだね」
「ちょ、叔父さん! 脇は、脇はやめ……ひゃぁあああ」
「ほーら、こちょこちょこちょっと」
「ひい……やめ……ううぇう、ひい」
「んーもうちょっと色気のある声が出せれば……ま、シズはあ子供だからね。こちょこちょこちょっと」
シズ、戦闘不能。
そこで大勢の足音がする。そして入ってくる生徒達。昔のガーデルマンみたいな奴もいるから、多分彼がオルウェル。ガーデルマンがさりげなく自慢していた弟だろうとウィルは思ったのだが。
シズが簡単に倒されており、それにガーデルマンやエレンが放置している事から、その黒髪の長髪の男がウィルなのだろうとオルウェルは推測する。
そして、確認を取った方が協力を得やすいとオルウェルは判断した。
「兄さん、その人がウィルさんですか?」
「そうだが、そうした?」
「アースレイ学園長にウィルさんを差し出すことで、情報がもらえることになっています。協力してください」
「分かった。エレンも良いな?」
「おっけー」
何だか分からないうちに友人まで敵に回ったなと、ウィルは他人ごとのように思った。
そして一斉に彼らはウィルに襲い掛かってくる。
それをささっとかわしつつ受け流して、ウィルは叫んだ。
「酷いじゃないか、エレンにガーデルマンも」
「うん、勤め人の悲しいさがなの。辛いね」
「……本音は?」
「さっさと犯られてしまえ」
楽しそうなエレンに、こういう奴だったと思い出してウィルは微かな頭痛を覚えるも、簡単に倒してしまう。
山積みの倒された生徒の山にエレンを放り投げて、残るはガーデルマンとその弟、オルウェルと、エルフィンのみ。
互いに目配せして一斉に飛び掛ってくるのを、軽くいなす。
「弱いね、本当に」
誰もがお前が強すぎるんだとぼやきたい気持ちを抑える。全員どういうわけか動けない。
「さてと、新手が来る前に窓から逃げよう。あ、ついでにシズを連れて行って事情を聞くか。……シズ、死んだ振りすると、もう一度くすぐりの刑に……」
次の瞬間ぴょんとベッドから飛び上がると、シズが脱兎のごとく逃げ出した。しかし、
「甘い!」
「ひぎゃぁ!」
母猫に加えられた猫のように、首根っこを掴まれて持ち上げられる。
うにゃー、とシズは観念したようにうめいた。
「さてと、廊下は鉢合わせしそうだから窓から逃げるか」
ウィルが、確認もせず窓からシズを捕まえたまま出て、そこで金髪の彼がいるのに気付いて、
「あ、もう駄目かもしれない」
そう、引きつったようにウィルは笑ったのだった。
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シズがウィルのかつらを取ろうとすると、ウィルが嫌がる。そのためそのまま連れて行くことになった。
以外に大人しいウィルだが、
「この人、シズの叔父さんなの?、あんまり似てないね?」
リノは、こちらの方が安全そうだとフィエンドについてきたわけだが。
髪を伸ばしたウィルは、シズと似ていない所か、魅力もあまり無いように見える。けれど、
「そんな事無いよ。フィンもそう思うよね」
「ああ、髪は短い方が可愛いと思うが、シズとそっくりで可愛い人だ」
「……」
シズが黙った。それを見て、リノ、フィエンドに耳打ちした。
「フィエンド様、シズの前で他の人の事可愛いとか行っちゃ駄目ですよ」
「何故? これでシズの将来も安心だと俺は思っているが?」
「いや……でも、あんなに髪伸ばした人、シズに似て無いですよ」
「そっくりだぞ? それにシズがあんな風に変装しても見つけ出せる自信が俺にはある」
「……遠まわしに惚気られましたか? 僕は?」
「惚気る気は無い。俺は、事実だけを言っているだけだ」
それが惚気なのだとリノは言いたかった。そしてその発言でシズが、機嫌をなおしたようだった。
取り合えずばカップルはほうっておくとして。
今現在、ウィルの片手をフィエンドが、もう片手をロイが押さえて引っ張って連れて行っている。フィエンドでないと彼が捕まえられなかったからだ。まさかほぼ全員が倒されるとは、リノも思わなかった。
さすがは元祖魔性。それはいいとして、先ほどから黙ったままなのが少しリノには怖かった。
何を企んでいるのだろうか?。
そして、学園長室に入ったわけだが。
「はじめまして、庭師のシエルです。この子達が何か勘違いをしたらしくて」
何を言っているんだと言い返そうとして、アースレイが、
「そうか、まったく君達には困ったものだ」
と溜息を付く。あれ、愛ってこの程度なのか?。
「ああ、それで、庭師の……シエルだったか、すこしこちらに来て貰ってもいいか?」
と呼び寄せて、彼も素直に言う事を聞いてアースレイの元へと歩いていく。
そして間直に近づいた所で、アースレイはウィルの腰に手を回して頬を掴みキスをした。
「んむっ……んんっ……んんっん」
貪るように舌を入れて、アースレイはウィルの口を犯す。がくがくと震えているウィルの体がしばらくすると、ふっと、体から力が抜けてそれをアースレイは抱きとめて耳元で囁いた。
「まさかこの程度の変装やら嘘で騙されると思われているとは思わなかったよ。……甘く見られたものだな、私も」
何処か鬼畜な雰囲気が、アースレイからかもし出されている。
「あの、叔父さんに酷い事はしないでください!」
シズが何処か心配そうにアースレイに言うも、
「私がウィルに酷い事をするはずが無いじゃないか。ただ、悪いお子にはお仕置きが必要だろ?」
「えっと、あの……やっぱり約束話で叔父さんを返してもらいたいかなって」
「一度手放したものが、簡単に帰ってくると思うのか?」
「シズ、そんなに心配しなくても大丈夫だ」
「フィン……でも……」
「単純にアースレイ学園長は久しぶりに恋人に会って、嬉しさのあまりにちょっと暴走しているだけだから」
「そう、そうなのかな?」
「そうそう」
そういってフィエンドはアースレイに目配せする。
それにアースレイは頷いて、隣の部屋へとウィルを連れて行ってしまう。
そこで、秘書のブルーアイが、
「これが件の映像です」
「わー、ありがとうございます」
リノが嬉しそうに受け取って、よし、今日は徹夜だと暗く笑った。そして、そのままロイをつれて時間が惜しいと部屋に駆け戻る。後にはフィエンドとシズ、ブルーアイが残されて、そこで、ブルーアイが、
「来週は忙しくなるでしょうから、ゆっくり休むといいですよ?」
と言った。それに問い返そうとするとフィエンドにシズは制される。
「……大丈夫なのですか?」
「今回は茶番です」
「……分かりました」
よく分からない会話に不安を覚えてシズはフィエンドを見上げると、フィエンドは微笑んでシズには関係の無い話だと答える。
それでも何か嫌な予感がして問いただそうとすると、フィエンドがにやると意地悪に笑って、
「シズは、もう明後日の事、覚悟が決まったんだな?」
その言葉を聞いてシズは逃げ出そうとして、フィエンドに捕らえられる。
そんな二人を、ブルーアイは静かに見つめていたのだった。
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学園長室の隣は、仮眠を取る部屋だった。
当然ベッドがあるわけで、そのベッドにぐったりしたウィルは放り出された。
「アースレイ、もう少し優しくしてくれても……」
非難するように恨めしく呟くウィルの言葉は、途中で止められた。
アースレイは黙ってウィルの両手を一纏めにして頭の上に固定したからだ。
そしてじっと、ウィルの顔を見る。
ベッドに押し倒された関係上、かつらは意味を成さない。さらりと漆黒の黒髪がベッドの上に零れ落ちて、その隙間から茶色の瞳が現れる。
その瞳に自分の姿が映されているのを確認して、アースレイはウィルの頬に触れた。
「……これからウィル、お前に選択肢をやる」
茶化して誤魔化してしまおうとウィルは思った。思ったのに、口が開かない。
アースレイの表情が消えていて、記憶にあるアースレイより少し大人びているが、こんな冷たく見下ろすような顔をウィルは見た事がなかった。
「あ、アースレイ、あの、手を押さえつけないでもらえないかな?」
「駄目だ。そうしたらウィルは逃げるだろう?」
無表情に、ウィルの行動を当てられて、ウィルは口が引きつるように笑う。
どうあっても逃げられない。
だからアースレイの言う選択肢から選ばないといけないが、それをもしも間違えたなら、どうなってしまうのだろう?
ウィルの瞳に不安がよぎるのを確認してから、アースレイは告げた。
「選択肢は二つ。一つは、今から私に犯されて、私のものになるか、二つ目は、今から私に犯されて、私の事など忘れて一切の関係を絶つ、好きな方を選べ」
「えっと、他の選択肢は?」
「無い」
「どちらにしろ、今僕が犯されるのは変わらないのでは?」
冗談だとウィルは言って欲しかった。
なのにアースレイは相変わらず無表情でウィルを見て、開いた片手で頬を撫でている。
その手が不意に、ウィルの唇をなぞる。
本当にそれだけだった。なのに、体に電流が走ったようにウィルの体が震えた。
怖い。
ウィルは、アースレイが怖い。
そんなウィルの様子を見ながらも、アースレイの表情はまったく変化しない。
「どちらも選ばないのならば、今から犯して、一生屋敷の外に出れないよう監禁するが?」
「……冗談、だよね?」
「本気だ」
「……良き友人でいる訳にはいかないのかな?」
「……もう無理だ。私の目にお前が映った瞬間、もう逃がせないと思ったから」
「はは、逃がすつもりが無いのなら、選べる選択肢は一つしかないじゃないか。……それとも、逃げるを選択したなら、さっき言っていた監禁か?」
乾いた笑い声を上げてウィルはアースレイに問いかける。
本心を言えば、ウィルは否定して欲しかった。
けれど、アースレイの言葉は残酷で、
「ああ。そして一生私だけを見て、私だけが触れられるような、私だけの慰み者にする。誰の目にも触れさせない」
「……アースレイがどうして僕にそこまで執着するのか分からない。もっと良い相手が……」
「それは、お前を監禁して良いという事か?」
「逃げ出すよ? 僕は」
「逃げられないようにする方法は幾らでもある。私は気が進まないが、ウィル、お前が頷かないのならば仕方が無い」
さらっと恐ろしい台詞を吐くアースレイ。
本当に冗談だと笑い飛ばせればよかったのに、とウィルは思った。
けれど、今すぐに答えが出せる問題ではない。だから、
「……時間をもらえないか? すぐには……」
「駄目だ、今決めろ」
「……急かす男は嫌われるよ?」
「嫌われたなら、捕らえて、逃げられないようにすれば良い。私は、お前よりも強い」
「そうだね……昔ここにいた時、僕より強いのはアースレイだけだったものね」
「それでどうする? 私はこれ以上待つ気は無いが」
そう告げて、アースレイはウィルに唇を重ねた。
唇を割って入り込む舌に、ウィルは抵抗をしなかった。
絡めとられて吸われて、歯で軽く噛まれて。本当にアースレイのキスは甘くてとても上手い。
ウィルにはとてもでは真似できない。
唇が放されて、ウィルは、覚悟を決めた。
「アースレイ、僕は、キスだって上手くないし、満足させられるかわから無いけれど、それでも良い?」
「構わない」
そんなアースレイに、嬉しいような、もう少しいい相手を探せばいいのにと心の中で思いながらウィルはごまかすように悪戯っぽく笑い、
「デートするとか、もう少し段階は踏んでくれないの?」
「……踏むだけの余裕が、こうして目の前にウィルが現れたなら……私には無い」
「そっか……そっか。なら一つだけ聞いていい?」
「何がだ?」
「僕の事愛してる?」
その問いかけに、はっとしたようにアースレイは飛び起きた。
からかうように揺れるウィルの瞳が、少し悔しくアースレイには感じられた。けれど、
「そうでなければプロポーズなどしない!」
「じゃ愛しているって言って」
「……ウィル、お前が先に言ったのなら考えてもいい」
気恥ずかしくなってしまい、アースレイはそう返すと、ウィルが本当にイトオシソウニアースレイを見つめて、
「愛してる、アースレイ、愛してる」
それに、また勝てない思いにアースレイは駆られる。いつだって、力以外でアースレイはウィルに勝てたためしがない。
「……愛している」
そう、アースレイも告げて、再びウィルと唇を重ねる。けれど今回は、軽く唇を触れさせるだけ。
「返事は?」
短い問いかけ。それにウィルはいい加減目を背けるのを止める事に決めた。だって、ウィルだって、ずっとアースレイの事が欲しかったのだから。
「お受けします、そのプロポーズ」
その瞬間、押さえていた手を離して、ウィルを抱きしめた。ウィルもそんなアースレイの背に手を回す。
明らかにアースレイに分が悪い。だから、そんな事を言うウィルの口を封じるように、キスをして、そのままウィルの服に手をかけようとして、止めた。
「……してくれないの?」
「もう少し良い場所で、しよう。ここでは味気がなさ過ぎる」
「まったく、いざという時に怖気づくのだから」
「悪かったな。本当にウィル、お前に夢中なんだ。そんな変装程度では誤魔化されないくらい、恋焦がれて、諦め切れなかった」
「僕もです。シズの事が心配だったのもあるけれど、やっぱり、貴方に会いたくて諦め切れなくて……だから」
「随分回り道をしてしまったな」
「ええ、本当に」
そう、二人で笑いあってから熱いキスをして、もう二度と放さないというかのように満ち足りた気持ちで熱い抱擁を交わしたのだった。
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保健室に来て、その惨状をシズとフィエンドは目の当たりにした。
部屋の隅で、オルウェルとエルフィンがなにやらこそこそと話している。
それに近づこうとするシズを、フィエンドは黙って少し引き止めた。
話し声が聞こえる。
「あれは一体何なんだ、本当に人間なのか?」
「さすがシズさんの叔父さんというだけあって、規格外ですね、オルウェル。まさか貴方が倒されるなんて……」
「私としてはそこに気絶している兄さんたちが負けるとは思わなかった」
「本当に凄い人、でも、利用は出来そう」
「エルフィン、あまりそういった事ばかり考えるな」
「……あ、シズさんにフィエンド、どうでしたか?」
オルウェルが忠告するのを無視して、エルフィンはシズ達がいる事に気付き声をかけた。
シズは、今の話を聞かなかったことにして、エルフィンに答えた。
「無事、ウィル叔父さんを差し出してきて、映像を手に入れました」
「良かったですね。これで、先手が打てそうですか?」
「これからリノががんばると思う」
「それでは僕達はそれまで待たなければなりませんね。では、それまでに……」
「それまでに?」
エルフィンが、倒れている取り巻き立ちも含めて指差した。
それから手分けして、彼らをシズ達はベッドに寝かしたのだった。
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いつもフィエンドの取り巻きであるファイが急ぐように走りより、フィエンドに何かを耳打ちした。
「分かった。すぐ行く」
シズの目に、何処か強張ったようなフィエンドの顔が映る。
酷い胸騒ぎを覚えて、シズはフィエンドの手を引っ張った。
フィエンドはシズが不安そうな顔をしている事に気づいたのだろう。安心させるように微笑んだ。
「少し、用事が出来た」
「……フィン」
そう、名前を呼んでシズは、フィエンドにキスをする。
突然の事にフィエンドは驚いたように目を見張る。茶色い瞳に、幾つもの色の輝きが見えて、フィエンドは自身が吸い込まれそうに感じる。
どくんと体が脈打つ。
それと同時にシズが唇を離した。あくまでも軽いキスのはずなのに。
フィエンドは体軽く感じる。シズとのキスのせいだろうか。
本当にシズは、今すぐ襲いたくなるくらい可愛い。
そんなフィエンドの思いを感じ取ったのか、シズが少し逃げ腰になりながら、
「えっと、フィン、あの目が怖いかなって」
「シズが可愛すぎるから、我慢できなくなりそうだ」
シズが逃げ出そうとするので、抱きしめてシズの感触を楽しむ。早く自分だけのものにしてしまいたい。と、取り巻きのファイのみならず、エルフィンとオルウェルがじっとこっちを見ていた。
見ていただけで、何かを言うわけではなかったのでフィエンドは放置した。
そんな二人の様子を見て、オルウェルは溜息を付いた。
「……ファイ、だったか。が、困っているから、それ位にしたらどうだ?」
「俺とシズの逢瀬を邪魔する気か!」
「いや、そうではなく……」
そこでフィエンドがオルウェルを見て暗く笑った。
「そういえば、オルウェル、お前にも丁度いいから幾つか聞きたい事と言いたい事がある。ついでだから、来い。……シズ、また後でな?」
「うん、少しエルと時間を潰してから、部屋に戻るよ。一時間くらいでいいかな?」
「ああ、それで良い」
そう、シズに微笑みかけて額に軽くキスをする。それにシズは顔を真っ赤にして、けれど嬉しそうに笑ったのだった。
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「オルウェル、大丈夫でしょうか」
「大丈夫だよ、フィンは優しいから」
そうにこやかに笑うシズを見て、エルフィンは一抹の不安を覚えた。
オルウェルがフィエンドに食って掛かっていたのは気に入らない、という理由があるが、それが酷くなっていったのは全てエルフィンの責任だ。
それでも、オルウェルに魔の手が及ぶのを避けたかったから。
あの人はとても怖いから。そして、あの人が自分に夢中なのをエルフィンは知っている。
オルウェルに助けを求めたとはいえ、保険をかけておかなければ。
そのためにも封じられた記憶をシズに解いてもらわないといけない。
さて、どうやってシズを言いくるめようかと考えていると、
「エル、僕ね、エルの封じられた記憶は解かないよ」
心を読まれた気がして、エルフィンははっとしたようにシズを見た。
周りには誰もいない、小さな広場のような場所。人の声は聞こえない。
いつの間に連れて来れれたのだろう。
それとも、何かを話す為にシズは自分をここへと連れてきたのか?。
伺うようにシズを見るとにこやかな笑みを浮かべているのに、いつものような柔らかさはなく、あの不思議な表情をしていた。
こういう時のシズに、いつもエルフィンは魅入られる。シズがゆっくりと口を開く。
「エルはね、一回考えた方がいいよ。自分がどれほど弱いのか」
「……シズさんだって、さっきウィルさんにやられていたじゃないですか」
「そうだね。でも、それで良いんだ」
「まさか、わざと?」
装っていると、弱いふりをした獣なのかとエルフィンは怖さを覚えるが、
「ううん。普通に戦ってウィル叔父さんに勝てるわけ無いじゃないか」
あっさりとシズは言ってのけて、それが褒められた事ではないのに堂々としていてエルフィンは笑ってしまった。
「弱いじゃないですか」
「エルだって、負けたでしょう?」
「そうですね、僕も弱いですね。……でも、やろうと思えば、シズ、貴方のウィル叔父さんを篭絡できるのですよ、僕は?」
「でも出来ないよ? そんな事、僕も許さないし、アースレイ学園長だって……」
「彼らを敵に回してまで出来ませんね、現実的じゃない」
「だから違う方法をとる」
「……先ほどの話を聞いていたのですか?」
ウィルを利用しようとオルウェルにたしなめられた事。
けれど、シズは首を横に振って、
「誰かを利用するのは、生きていく上で仕方の無いこと。でもね、一方的に利用するだけなら、その人には誰も付いてこないよ。一時的だけ。エルは叔父さんに何が出来るの? 使い捨てにするの?」
「それは……」
エルフィンは自分の胸に手を当てて考える。自分には、人を惹き付けるこの体と予知能力、学術等の能力しかなく、それ以外は何も無い。
それで、自分は何を渡せるのだ?。
いや、今まで誰もが自分に魅了されてきた。だから……けれど、それが使えないのならば?。
「出来ない事は出来ないよ、エル」
「でも、それでもやらなければならないのに?」
「だから、出来る範囲で変えていこうよ。出来る事で、変えていかないといけない。エルは不安だから、出来ない事をやろうとしているような気がする」
「なら、どうすればいいと? どうやって貴方の叔父さんを利用しろと?」
そこでシズは悪戯っぽく笑った。
「仲良くなってしまえば良い」
「え?」
「ウィル叔父さんは、面倒見が凄くいいんだ。きっとエルフィンも一緒にいれば、ウィル叔父さんに手を貸したくなると思うよ?」
「そんな善意とか厚意でどうにかなるものなのでしょうか」
「エルフィンは切掛が欲しいのでしょう? それ以上何を望むの?」
そう、手を貸してもらうつてが欲しい。今は何かをする段階では……攻撃する段階ではないから、けれど布石を打っておかなければ即座に対応できない。
そう今までのように利用して利用して利用して。
オルウェルがそれで守られるならば、僕がしなければならない事は、時間が無いのに。
時間が……無い?
「あれ……僕は、どうしてこんなに焦っていたのだろう?」
「考えて思い浮かばない事は、大した事ではないよ」
「そう……そう、ですね」
それなのに、何故こんなに焦燥感を覚えるのだろうとエルフィンは思った。
そんなエルフィンを安心させるように言ってのけたシズだが、シズもまた何か嫌なものを感じていた。
さわさわと揺れる木の葉の間から雲が見える。
まだ雨は降りそうに無かった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
軽くノックをしてひょっこりとシズが中をのぞくと、オルウェルとベットに腰掛けているフィエンドがなにやら言い争っていた。
「別にかまわないだろう、シズとエルフィンの両方が映ったった写真を焼き増ししてくれるくらい!」
「堂々とリノに売ってくださいと頼めば良いだろう? それともエルフィンにああ言われた事を気にしているのか?」
「! 別にそういうわけでは……」
「今はすぐ傍にいるのだから構わないだろう? それとも実物よりも写真の方が良いのか?」
「そんな事は無い! 実物のエルフィンに代わるものばど何も無い!」
「ならば写真などいらないだろう?」
「ぐぬぬ」
悔しそうなオルウェル。だが、
「それとこれとは別の話だ!」
珍しくオルウェルは開き直った。
それを見てシズは、それならこっそりリノに頼んで焼き回ししてもらえば終わりなんじゃないかな、と思った。その方が数倍手間取らないし、むしろ、エルフィンが一人で写っている写真もてに入るかもしれない。
そして、そんなオルウェルの珍しい様子にフィエンドは溜息を付いて、
「……考えてみろ。不本意だが、その内俺達も女装して写真を取るのだから、その時一緒にと頼めば良いだろう?」
「そんな事エルフィンに頼めるか!」
「……誠実に頼んでみたらどうなんだ? そうすればエルフィンだって……」
もっともなフィエンドの反論に、オルウェルは暗く笑って、
「……ふっ、分かっていないなフィエンド。エルフィンは私に対しては結構無茶な要求をしてくる」
「良いじゃないか。恋人なんだろう?」
「恥ずかしい思いをするのは嫌だ! 現に、女装する事は確定しているじゃないか!」
「……その程度の事で」
「その程度の事とは何だ! 可愛いエルフィンやシズがするならまだしも、私達のような者が女装したって、不気味なだけだ!」
「……だそうだが、シズとエルフィンはオルウェルの今の発言を聞いてどう思う?」
いい加減面倒くさくなったのか、溜息を再びついてフィエンドはドアの前に立っているシズとエルフィンに声をかけた。
ちなみに、それを聞いた瞬間オルウェルが凍り付いて、ぎぎとシズ達の方に首を向けた。
その顔からは血の気が引いていた。
「い……いつからそこに?」
怯えを含んだオルウェルの声。
そんなオルウェルに向って、シズの横をエルフィンが妖艶な笑みを湛えながら一歩づつゆっくりとオルウェルに近づいていく。
逃げることも出来ずに固まっているオルウェルのすぐ傍まで来て、そっとオルウェルの頬にエルフィンは手を伸ばして優しく撫で上げる。
「オルウェル、僕は言いましたよね?」
エルフィンの優しい口調とあいまってオルウェルは怖さを感じる。
けれど、そこで何かを決意したかのようにぎゅと唇を結んでから震える声でオルウェルが言い切った。
「……っ、私は、やっぱりエルフィンの写真が欲しい!」
「実際の僕がすぐ傍にいるだけでは足りませんか?」
「それでも、エルフィンの事が好きだから、欲しいと思って当たり前じゃないか!」
エルフィンの手がオルウェル頬を撫ぜる手が止まった。
シズの位置からは表情が見えなかったが、耳まで真っ赤になっていた。
一方オルウェルは戸惑っていた。
勇気を出して自分の思いをエルフィンにぶつけたまではいい。
けれどその言葉を発した途端、先程まで本当に余裕がありますという風に、澄ました笑顔でオルウェルを言葉と手で触れながらもてあそんでいたというのに。
今、エルフィンはオルウェルの目の前で驚いたように目を大きく見開いて、顔を真っ赤にしてオルウェルを凝視していた。
先程までオルウェルの頬を撫ぜていた手は、硬直したように止まっていた。
そんなオルウェルに触れるエルフィンの手を掴んで、オルウェルは引き寄せて抱きしめた。
「……オルウェルは、ずるい」
「何がだ?」
「貴方の率直な、隠し事の出来ない言葉が、僕には……拒めない。心の一番深い所で響く」
「それは、嬉しいな」
「本当にオルウェル、貴方という人は……どれだけ僕の心を乱せば気が済むのですか?」
「私がエルフィンの事を好きだから仕方が無い」
「僕も、貴方がこの世界で一番好きです」
そう、エルフィンもオルウェルの背に手をまわす。
良い話だなー、とシズは頷いてから、何となくフィエンドに触れたくなってシズはフィエンドのすぐ隣に座って寄りかかる。
小さくフィエンドが笑った事に気付いて、シズは嬉しくなる。
そしてフィエンドは寄りかかってくるシズの腰に手を回して、より密着するようにする。
体温とフィエンドの吐息をすぐ傍に感じて、シズはとても幸せな夢心地になる。
こんな時間がずっと続けば良いのに、そう、シズは暗雲の気配を感じながら願わずにはいられなかった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
「あれ、これって……」
エルフィンがベットに転がっていた小さなビンに入ったクリーム状の媚薬を取り出す。
昼間使われたばかりのシズは、あの時の事を思い出してかっとからだが熱くなるも、必死でそれを抑えて、平静を装う。
「き、今日作った媚薬だよっ」
「……そういえばシズはこの媚薬作るの初めて?」
「うん。そもそも媚薬なんてものが現実に存在するって知らなかった」
けれどそんなシズの心の中を察してか、エルフィンがにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「……あの葉っぱ偽物ですから」
「え? そうなんだ」
オルウェルがエルフィンから逃げるかのように後ずさった。
その様子にエルフィンはにっと何かを思い出したらしく笑い、
「そういえば前、オルウェルが媚薬を飲んだ時はすごかったですね」
「! あれは、私がエルフィンに飲ませようとしたのに、エルフィンが勝手にカップを取り替えて……」
「貴方の浅知恵なんてお見通しです。けれど、あの時は本当に可愛かったですね。また味わいたいくらい……」
「エ、エルフィン……冗談……」
「さあどうでしょう」
あえて答えない辺りがエルフィンらしかった。
そこで、そういえばもう一人のおもちゃ、じゃ無かった友達のシズはどうしているだろうと見ると、エルフィンはフィエンドと目が合った。
そしてフィエンドは、オルウェルを見て鼻で笑う。
「情けないな」
「! この!」
けれどそこでエルフィンがあることを思い出してばらす。
「ふふ、そんな事を言って良いのですか? フィエンド、貴方がシズさんが来た時の夜、一睡もせず頭を抱えていたのを知っていますよ? 僕はもちろん気持ちよく寝させていただきましたが」
「……シズに危害が及ぶ事を避けたかっただけだ。本当に大切だったから」
「……シズさん、知っていますか? 僕がフィエンドを一番初めに誘惑した時『俺を満足させられるのか?』って言ってきたんですよ? どう思います?」
すごい話を振ってこられてシズが固まった。
けれどそれを聞いて気分を害したのはフィエンドだけではなく……。
「……エルフィン、その話を詳しく聞かせてもらおうか」
オルウェルの優しげな声。エルフィンにしては珍しい失敗である。
「べ、別に僕は……」
「いいから」
そう、エルフィンはオルウェルに腕を引っ張られて押し倒された。
その様子を見てフィエンドは再度嘆息して、ぱちんと指を弾く。
と、結界でオルウェルのベッドとフィエンドのベッドの間を隔てる。
声も姿も見えない黒い壁。
それを確認して、オルウェルはベッドに押した倒したエルフィンを見下ろして告げた。
「……今夜は、覚悟してもらう」
「へえ? 貴方にそこまで……」
軽口を叩こうとするエルフィンの口を、オルウェルは自分の唇で塞いだ。
そして二人は久しぶりの逢瀬を楽しんだのだった。
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「エルフィン、大丈夫なのかな?」
そんな様子のシズに、フィエンドは耳元で囁く。
「シズ、人の心配をしている場合か?」
「ソウデスネ」
「約束」
「!」
顔を赤らめてシズはフィエンドを振り返る。思いの外近くにあるその顔に、躊躇しながらそっと唇を触れると、後頭部をフィエンドに押さえられて舌を入れられる。
「んんっ……んん」
シズはこのキスが苦手だと思った。だって、とても感じてしまうから。
シズの舌を味わって、ゆっくりと唇を離すフィエンド。
ずっと想い描いて、欲しいと望んだ人。諦めかけていたのに、手が届きそうになって。
目が覚めて夢だったのなら泣いてしまうとシズは思う。
そんな不安そうなシズをフィエンドは再び抱きしめて、
「シズがシズのままで俺の傍にいてくれればそれで良いから。だからずっと一緒にいて欲しい」
「うん……」
そう頷いてシズとフィエンドは幸せな気持ちでその日は眠りについたのだった。




