意味の食い違い
「どうしたのですか?」
親衛隊達が一斉に立ち止まったためエルフィンはそう問いかけた。
くしくも、ロイに逃げられてしまい、けれど諦めるつもりは毛頭無いのであわよくば二人とも引き込もうとエルフィンは画策していたのだが……。
親衛隊の様子がおかしい。
目が虚ろで光が無く、ぼんやりと虚空を見つめている。そのままくるりと一斉に彼らはいずこかへと歩いていこうとする。
「待って!、待ってください!」
追いかけるように手を伸ばして、エルフィンは体が石になってしまったかのように動かなくなる。
怖くてたまらなかった。
エルフィンは知っていた。これは彼らが良くやる手だ。
「うーん、さっきは失敗したけど、こっちは上手くいっているかな?。エルフィン様も大丈夫みたいだし」
「っ、貴方……」
黒いローブの男がいつの間にか背後に立っていた。そういえばシズが襲われたといっていたが、まさか。
「アンノウンと申します、姫。いやー、でも昔から本当に綺麗ですね、罪作りだな、もう」
「……何が目的ですか?」
「いい加減戻ってきませんか?。あの方も痺れを切らしていますよ?」
「嫌です」
「こんな、子供のおままごとが何時までも通用すると? 貴方にしては計算……」
「僕がここにいるのは、僕の意思です」
「ふむふむ、それで、誰が理由ですか?」
その問いかけに躊躇して、エルフィンは答えた。
「っ、……フィエンドです」
「んー、オルウェルは踏み台ですか。実はオルウェルが好きというあの様子も全て演技だと」
「ええ、僕にも考えがありますから。だってフィエンド、彼は……」
「そうですよねー。ぜひこちらに欲しいのに、ただの貴族の馬鹿で残酷なご子息では無いから引き込む事も難しい。だから貴方を送ったのにね? なのに貴方は彼らと結託して神殿の力を削いでしまうし」
「たまたまです」
「まさか神殿の予知者が全員見た未来を片っ端から粉々になるなんて異常事態、今まで聞いたことがありませんよ」
「……え?」
そんな現象、エルフィンには無かった。それを見て、納得したようにアンノウンは笑う。
「なるほど、やはりフィエンドが原因か。貴方が知らないというのなら彼の力ということでしょうか。でも、この前お話した時は、全然答えてくれませんでしたしね?」
「僕は、貴方に何処かでお会いしましたか?」
「さあ。でも覚えていないという事がどういうことか分かるでしょう?」
「! それは……」
「本当に大事な人が傷つく前に戻ることをお勧めしますよ?。それに、フィエンドをこちら側に引き込むのに加えて、重要な戦力も見つけましたしね」
「まさか……」
「本当は内部崩壊させて彼らごとこちらに引き込みたかったのですが、なんかよく分からない事に結束しつつあるので、そろそろ動こうかなと」
「……そんなに僕に話してどうするつもりですか?」
「いえ、ですから姫に早く戻ってきて欲しいなと。僕も大変なんですよ色々。それにどうせすぐに貴方は忘れてしまいますしね」
「……時間をもらえますか?、数日でいい」
搾り出すように、エルフィンは答える。少しでも時間を稼がなければ。だが、
「良いですよ。数日ですね」
あっさりと言ってのけるアンノウンに、エルフィンは罠にはまった事に気付く。
「! まさか、そう言わせる為に!」
「大正解。貴方が言ったのですからね? それに任務失敗ですが貴方なら大丈夫でしょう。姫だし」
「僕は!」
「無理ですよ。期日を貴方が発した時点で契約の魔法は成立している。破ると死ぬ呪いがね」
それ以上、エルフィンは何も言えなくなる。自分はもう逃げられないのだと理解した。
その観念した様子にアンノウンは笑って、軽くエルフィンの頭に触れる。
するとふらりとエルフィンが倒れる。
「忘れてしまうから、あまり意味は無いんだけどね?」
そうくすくす笑って黒ローブの男は去る。そんな二人を見ている人影に、二人は最後まで気付かなかった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
シズはそこら中を風のように駆けて行く。
一通り終わった所で、いきなり襟を掴まれた。
こんな酷い事をするのは誰だろうと振り返ると、黒髪の人がいる。
何処かで会ったような気がする。するのだが……。
「……気のせいだね」
次の瞬間、シズは頭をはたかれた。その痛みに、シズは彼が誰なのかが分かった。
「シーズー」
「……もしかしてウィル叔父さん?」
「ちょっと前髪を伸ばした程度で、可愛がっていた叔父さんがわからなくなるなんて、悲しい!」
「いえ、でも何というか2週間くらい前まで、そんなに髪伸びていなかったですし。第一、ウィル叔父さん長髪は嫌いだって言っていたじゃないですか」
「そうだけど、というか良く覚えていたね」
「かつらだって付けるの嫌だって前に暴れたじゃないですか」
「あれは宴会のノリで、女装させようとするからだ! まったくどいつもこいつも僕を女装させたがりやがって。まずはお前がしろというんだ!」
「ははは、ウィル叔父さん綺麗ですからね」
「笑い事じゃないぞ、シズ。これはいずれお前も通る道なんだぞ?」
既に通りましたとシズは言えなかった。言ったら絶対写真を要求されるからだ。
だって昔シズも、ウィル叔父さんの女装写真を手に入れたし。
あの時本当に嫌がっていたし。
綺麗だし憧れの人の写真だから、欲しいなと何とか手に入れたのだ。
見つかったら絶対に燃やされるので、黙って隠しているが。それはいいとして、
「どうしたのですか?」
「いや、シズが心配で来ちゃった」
「……アースレイ学園長に会いではなく?」
「はは、今更会えないよ。怖くて。もっとも書類偽造したから、ブルーアイさんにはばれちゃったけどね」
とりあえず、シズはウィル叔父さんを罠に嵌める事を決めた。それはいいとして、
「ウィル叔父さん、僕は自分の身ぐらい守れるよ?」
「……聞いた話によると、剣術の授業で凄いことになったらしいけど?」
「そ、それはたまたま……」
「神殿の奴に襲われた時、抵抗出来なかったんだって?」
「はうっ……」
「あと、シズが大好きだった子には同室者がいるだけじゃなく、遊び人だとか?」
「フィンの悪口を言うな! ウィル叔父さんだってそれは許さないからね!」
「事実を見よう事実を。ま、本当にシズの事が相手も好きみたいだからいいけど……もしそうじゃなかったら半殺しにする所だった」
「叔父さん! フィンに酷い事しないで!」
「……ちなみにシズの大好きなフィエンド君は規格外に強いからな? 分かってる?」
「フィンは繊細で綺麗で可愛いもん」
「……分かった。シズ、きちんと今のフィエンド君を見てやれ。同情せざる負えない」
「何で?」
「“男”として見ていないじゃないか」
「……そんな事無いよ。それに、ウィル叔父さんだってあんな意地悪なアースレイ学園長の事優しくて綺麗で可愛いって言っていたじゃないか!」
「え、実際そうだっただろう?」
「……」
「……」
お互い何か言おうとして沈黙する。
知りたく無い自分達の内面が暴露される気がして、その事にはお互い触れないでおこうと目で合図して、話しを戻した。
「シズには、あの黒ローブの奴、今はアンノウンと名乗っている奴か、あいつの対策だが……シズ?」
シズの顔色が悪い。それを見てウィルは、しまったと思った。
「あー、人間相手はやった事があまり無かったからな……」
「……僕、勝てる気がしない」
「そうだろうな」
「どうすればいい?」
不安そうなシズ。それに対して、ウィルがにやっと笑った。
「勝とうと思わなければいい」
「? どういう事?。勝たなければ僕は……」
あのおぞましい手の動きを思い出し、シズはぞっとする。
そんな怯えるシズの頭を撫ぜてウィルは安心させるように語りかけた。
「ようは、あいつ等がシズを捕まえたり出来なければいい。つまり、足止め、捕縛してしまえばいいのさ。生け捕りの要領で」
「あ!」
「それなら魔物相手に良くやっていたでしょ?」
盲点だった。シズは勝つ事ばかり考えて、その事に全然気付かなかった。
「ありがとう、やっぱりウィル叔父さん凄い!」
「ははは、褒めて奉るが良い」
「すごーい、すごーい。わー、ぱちぱちぱち」
「お褒め頂きありがとう。それと、神殿のやつが記憶いじったり色々してるからそれ解いてやれ」
「……術の設備も無いのにそんな事をやったったら……それに、記憶関係はそれほど簡単に普通の人は出来ないはず……」
「それなら軽くノートでひっぱたいて、記憶は叩くと戻るんだ、で通したらどうだい?」
「そんな無茶な……」
「僕は昔そうしたから」
意外とそう言ってしまえば、そういうものだと通ってしまうものなのかもしれないとシズは思った。
人間はあんまり物事を考えていないものなのかもしれない。
その微妙だが納得したシズを見て、ウィルはまあいいだろと背伸びをした。
「さてと、それじゃあ一応仮の目的の枝の選定をするか。ここお金持ちの学校なのに給料安いんだよなー。そしてくれぐれもシズ、アースレイ学園長に言うなよ?」
「うん、分かった」
シズはこれまでに無いというようなにこやかな笑みを浮かべた。
それに何かウィルを不安を覚えたようだが、その時はそのまま別れたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
時間を確認すると、既に昼休みは半分経過していた。そろそろ食堂も空きはじめた頃だと思い、食事メニューがどれ程残っているかと考えてシズは走り出した。
そこで、いきなり抱きつかれた。
「僕の“妖精”!」
「イル先輩!」
すぐ傍にはレイクもいる。この二人はいつも一緒だ。
「こんな所で会えるなんて凄い偶然! ご飯一緒に食べない?」
「え、でも……」
イルの手には大きな籠があり、そこにはこれでもかというくらい色々な食べ物が詰まっていた。
不思議に思っているとレイクが、
「前に僕達皆で学園の空き部屋を占領して、調理室を作ったんだ」
「……何故?」
「僕がイルの手料理を食べたかったから。後うちの派閥は、自炊派だから」
「えっと、貴族なのでは?」
「何かを作ったいするのは皆好きなんだよ、うちの派閥は特にね。ま、だから変わり者と言われることもあるけどね」
「今日のスープは自信作なんだ!、ぜひ飲んでいって欲しい!」
熱心なイルにシズは本当にかわいい人だなと思う。
なので、ぜひ、とシズは答えようとして固まった。
視線の先にフィエンドが居た。
けれど、いつものように優しい笑顔ではなく、怖ろしい程に冷たくシズを見ていた。
「……誰とも会わないんじゃなかったのか?」
そう、凍るような声音でシズにフィエンドは問いかけたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
「……たまたま会っただけだよ、フィン」
「へえ、イル先輩達は食事まで用意しているのに?」
まったく信用していない口調のフィエンドは、凍りついたように無表情だった。
ちなみにフィエンドの取り巻き達がその様子を見て、真っ青になって震えていたりするのだが、それはいいとして。
「そんな変人がシズは好きなのか?」
「! イル先輩はいい人だよ!、そんな風に言わないでよ!」
いい人と言われたイルは空気を読んで不安そうに見ており、レイクはフィエンドの様子に警戒し、フィエンドはいい人というシズの言葉に更に怒りを増す。
そんなフィエンドの様子にシズは少し怒ったように、
「フィン、おかしいよ。何でそんなに酷いこと言うの?」
「別に酷くは無い。事実を言っているだけだ」
「そんな! 昔のフィンならそんな事言わなかった!」
その言葉に、以前フィエンドはオルウェルに言われた言葉を思い出す。
昔のシズを通してしか見ていない……それは、シズ自身が昔のフィエンドを通してしか今のフィエンドを見ていないのでは?。
そしてそれは、フィエンドがシズに対して抱いているような恋愛感情の好きでは無いのではないか?。
友達や大切な人に対しての好きと同じなのではないか?。
ならば、その恋愛感情の好きで、イルの事がシズは好きなのか?。
「……そんなにイル先輩の事が好きなのか?」
その問いかけに、オルウェルやエルフィンに忠告された事をシズは思い出す。が、
「好きか嫌いか、の二択で答えろ」
「フィンは横暴だよ! 何でそんな……」
「答えろ!」
怒鳴られて、シズはびくりと震える。
そして、そもそもなんで自分が怒られているのかとシズは頭にくる。幾ら大好きなフィンでも許せない。
「好きだよ」
シズが言い切った。その言葉に、フィエンドの中で怒りや感情が凍り付いていく。
「そんなに好きなのか?」
何故それほどまで固執するのかがシズには分からない。それに好きかどうかで言えば、
「……大体、フィンだってついこの前はエルフィンとしていたじゃないか!」
「あれはそういう約束だからだ」
フィンはシズが他の誰かを好きと言うと怒るのに、自分は好き勝手している。
そう思うと更にシズは許せなくなる。忠告されていたのに、それすらも頭から吹っ飛んでしまった。
「そんなフィンなんて、大っっっっっ嫌い!」
大嫌いと言われて、フィエンドの中で何かがぷつんと切れる。
けれどそんなフィエンドの様子など、シズ自身も怒りで周りが見えなくなっており気付けない。
更にシズだって、フィエンドに言いたい事がある!。
「自分ばっかり! 僕が神殿の奴に襲われて、キスされた時だって、エルフィンといたくせに!」
あの時本当に心細かった。
嫌でたまらなかったのに、フィンが何をしているのかが手に取るように分かったから。
こんな思いをさせるフィンがシズには許せなかった。
大好きだから、許せなかった。
けれどフィエンドはその話を聞いて、更に自分の頭が恐ろしいほど冷めてくるのを感じた。
「撃退したんじゃなかったのか? シズ、俺に嘘をついていたのか?」
ここでようやく、シズはフィエンドの様子がいつもと違いおかしい事に気付いた。
そして先ほどから忠告されていた事全てを、自分の口から発してしまった事にも気づいた。
何だろう、とても嫌な予感がする。
「あ……あの、ね、話しそびれただけで……」
「そんな重大な事を俺には話すのを忘れていたと。それだけシズにとってどうでもいい人間だったという事か、俺は」
「ち、違う。そんなんじゃ……」
「言い訳は聞きたくない」
フィエンドは、切り捨てるように言い切った。
その言葉に少し悲しそうな顔をするシズに、フィエンドは憎しみを覚える。
何処までシズはフィエンドを惑わせようとするのだろう。あの日の純粋な輝きがあると思ったのに、それえはまやかしに過ぎなかったのか。
大好きと抱きついてくれていたのに。その実、信用なんて一切されていなかったのか。
お互い好きだと思っていたのは錯覚だったのか。
大切にしようと、甘やかして。
強引に迫って、嫌われたならどうしようなどと自分らしくなく気を使って。
大好きだから守ろうと思って必死になって。
滑稽ではないか。シズはそんな自分など何とも思っていなかったというのに。
手に入れたと思った心は、初めから無かったのだ。
そう、どうせ心が手に入らないのなら、せめて……。
「フィン?」
不安そうにフィエンドに近づいて覗き込むシズに、フィエンドは暗く笑うとシズの腕を掴んだ。
その行為に再び怯えた表情をして、振り払おうとするシズのもう片方の腕をも掴む。
「来い」
「フィン、痛い、腕が……」
「黙れ」
フィエンドはシズに短く告げると、そのままシズを連れて歩き出す。
その様子を見守っていたイルが精霊達に何かを命じようとしてレイクに阻まれた。
「駄目だよ、イル。シズはフィエンドの物だから」
「でも、シズは嫌がって」
「シズが本当にフィエンドが好きなら大丈夫だよ。フィエンドもシズに恐ろしいほど執着しているようだから」
それでも、シズを追いかけたそうにしているイルに、レイクは付け加える。
「予想以上に独占欲が強くて、フィエンドはシズの事が好きみたいだから、イルが辛い目に会うよ?」
「で、でも……」
「諦めなよ。イルには僕がずっと傍にいてあげるから」
「レイク……、でも、諦めきれないよ」
「そんなに好き?」
「うん」
「……分かった、なら、二人が誤解を解いた後に友達になってみるといいよ、シズとね」
うんと頷くイルは、ふと、レイクを不思議そうな顔で見上げた。
「レイク、何で今はフィエンド様を様付けで呼ばなかったの?」
「気のせいじゃない?」
フィエンドの取り巻きが数人慌ててフィエンドとシズを追いかけて、その他は誰かを探しに行くように散らばっていったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
ベッドに放り出されたシズは身の危険を感じてすぐさま起き上がろうとする。
けれどそんなシズをベッドに押さえ込もうと、フィエンドは両手でシズの肩を掴み押し倒す。
「放して、フィン……嫌だ!」
「大人しくしろ!」
強い力でベッドに縫いとめられて、それでもシズはフィエンドから逃れようと抵抗する。
がむしゃらに、自分を押さえつけるフィエンドの手を掴み、叩いて、けれどその力は緩まない。
そんな折、手元が狂いフィエンドの頬をシズの爪が引っかいてしまう。
「……っ痛」
フィエンドの頬に線状の血が滲む。その痛みにひるんで、フィエンドはシズから離れた。
けれどそんなフィエンドの様子にシズ自身も焦る。
「フィン……ごめん、大丈夫?」
今まさに押し倒されそうだったのに、シズはフィエンドの心配をしてしまう。
けれどその仕草ですらフィエンドの怒りを買うだけだった。
「な!」
後ろから抱きしめられるように、シズはベッドに再び引きずり込まれる。
上半身を起こしたまま、フィエンドに抱きすくめられる。
逃げ出そうとするが先程以上に体を固定されてシズは逃げられない。
「こんな時でも、俺を心配するような素振りを見せるのか?」
「そんなつもりじゃ……んんっ」
シズはフィエンドの手で無理矢理後ろを向かされてキスされる。
そのまま、貪るように舌を吸い上げる。
「んんっ……ふっんん……うっ」
逃げ出そうとするシズの舌を捕らえて、絡めて、軽く歯で噛んでやる。
シズの顔が上気して、瞳が潤む。
シズの舌も、段々に抵抗をやめてされるがままになる。
完全に体の力が抜けるのを見計らって、フィエンドは口を離す。
その離れる瞬間、自分では気付いていなかったがシズは物欲しそうな表情でフィエンドを見た。
そんなシズの表情を見て、フィエンドが冷たく嘲笑する。
「いつもこういう顔をしていれば可愛いのにな」
そう囁かれて、はたとシズは正気に戻り再びフィエンドの腕の中で暴れだす。
「ヤダ……怖いよぅ、フィン……」
小さく震えて、今まさに酷いことをしようとしているフィエンドにシズが助けを求めているのだと気づいた。
こんな時にまで、そう思えばふっと先ほどまでの激情がフィエンドの中からなくなってしまう。
代わりに湧いてきたのは、愛しさだ。
だからシズの首筋に顔を埋めて、フィエンドはぎゅっとシズを両手で抱きしめる。
――まったく、始末に負えない。
フィエンドは溜息をついて、いい加減自覚しようと思った。
自分がシズに、本当にのめり込んでいると。
体だけでも手に入れてやると思っていたのに、気付けば心まで欲しいと思っている。
現にシズが自分を受け入れたならそれだけで許してしまいそうだった。
駄目だ、もう本当に駄目だ。シズが好きすぎて辛い。
そしてもう、優しくして甘やかすだけではいられない。
手放せない。
田舎に帰そうとか、守ろうとか、手を出して嫌われたならどうしようとか、昔見た輝きが手に入れたなら失われるとか、それらは自分への言い訳に過ぎない。
本当は手に入らないのかもしれないと、自分は怯えていた。
何度も愛すればいいと思っていたのに、その実、手に入らないと心のどこかで思っていたのかもしれない。手に入れてはいけない事なんて、何も無いのに。
シズの全部が欲しい。
シズに愛して欲しい。シズの心も体も全てが欲しい。だから、
「シズ、俺は決めた」
「……フィン?」
「シズの全部を俺のものにする。シズが今、俺の事を恋愛感情で好きと思っていなくとも、絶対に好きにさせてみせるから。だから……」
「……僕は恋愛感情でフィンが一番好きだよ?」
何故かフィエンドはイラッとした。イラッとしてシズの頬をフィエンドは軽く引っ張り、
「その割にはイル先輩とは俺に内緒で会って、しかも友達からと答えたんだって?」
「それ、偶然……ふえっ……だって良い先輩……だから、ひっ……友達……」
要するに、偶然今日は会っただけで、あと、好感を持ったのでお友達になりたいと思いました、とシズは言っているようだ。
一応、現段階では恋人になるつもりは無いらしい事もフィエンドには分かった。
そこは信用しても良さそうだ。
が、気に食わない。
「それで、神殿のやつには何をされた?」
「き、キスされただけです」
そんなシズにフィエンドはキスをする。
その時のフィエンドの顔が優しいがいつもと違い、雄のような色香が垣間見えて、シズは少しどきりとしてしまう。
いつもシズが見ていたフィエンドは、シズが幼い時に感じた優しくて綺麗なフィエンドだったのに。
今は大人びて、シズは何だか逃げ出したくなる。
と、そこでまるで何かに浮かされたようなフィエンドが、
「シズは、俺としたいか?」
「え? フィンとそういう関係になるなんて考えられないよ」
「……」
「……」
「……シズは、俺の事が恋愛感情で好きなんだよな?」
「うん」
「なのにしたくないと?」
「だって、こんなに綺麗で可愛くて優しいフィンとそんな……」
「……」
「……」
フィエンドはシズがどう思っているのか大体分かった。
そして、シズに分からせないといけないという事も分かった。
分かったので、シズを今度は向かい合うようにベッドに押し倒す。
シズは抵抗しなかった。先ほどの行為の余韻が残っているためかもしれない。
不思議そうにフィエンドを見るシズに向って、フィエンドはこのまま貪って犯してやりたいと思った。
それが顔に出ていたのだろう、シズの顔から血の気が引く。
「あ……あの……フィン?」
ものすごく身の危険を感じて、というよりもフィエンドの様子が何というか、今にもシズを食べてしまいそうな獰猛さが垣間見えるというか……恐い。
そこで、フィエンドは優しくにこりと笑う。
その様子に、ほんの少しだけシズは警戒を解くも、のしかかるようにフィエンドはシズに覆いかぶさり耳元で囁いた。
「自分から、俺に食べられに来たんだろう?。だから、責任持って全部食べてやる」
「ち……ちが……僕はただ、フィンに会いたくて……」
「同じ事だろう? シズを俺好みの、俺だけを感じる体にしてやるよ」
「フィ……フィン……」
「俺の色に染め上げて、俺無しじゃいられない体にしてやる。そうすればもう、逃げようなんて思わないだろう?」
「に、逃げたいなんて思って無い……」
「そうか?、なら今すぐシズの全てを俺に差し出せ。最高の快楽を教えてやるよ」
シズはこれは無いと思った。そして今、自分が貞操の危機だという事も分かった。
加えて、逃げられない事も。
このまま自分はフィンに食べられてしまうのかと思う。
その半面心の何処かで食べられてしまいたいとも思う。
その相反する感情がせめぎあい、そして先ほどのフィンの台詞にとりあえず今は逃げ出してしまいたい。
心を落ち着かせる時間が欲しい。シズの許容量を超えている。
なのにフィエンドはシズの服に手を伸ばして……そしてそこで部屋のドアが勢いよく開いた。
「シズさん!、大丈夫ですか!」
「フィエンドが切れたと聞いたが大丈夫か!」
エルフィンとオルウェルが、そう叫んで入ってきて固まった。
ちなみに彼らの目には、シズを無理矢理フィエンドが押さえつけているように見える。
「……フィエンド、好きな子は大事にしないといけませんよ?」
「別に合意だからかまわないだろ?」
「そうなのですか、シズさん?」
違う、とは言えなかった。かといって、そうとも言えない。
今は時間が欲しい。
混乱してシズは答えられない。
溜息をついて、フィエンドがシズから離れた。放してくれた事に、シズは少しだけほっとする。
だが、そこでフィエンドがシズの顎を軽く持ち上げて、欲望を秘めた眼差しで言った。
「明後日の休みに、俺の家に連れて行く。その時シズの初めてを貰う、覚悟をしておくように」
シズは凍りついた。しかも他の人達の前でだ。
あわあわと焦るシズをよそに、フィエンドは立ち上がってエルフィンとオルウェルの肩を掴んで部屋の外に出た。
「所でお前達、何故シズが神殿の者にキスされたのを俺には話さなかった?」
ピシッと凍りつくオルウェルをよそに、エルフィンは何の事でしょうといった風に首をかしげる。
なので、オルウェルにフィエンドは的を絞った。
「オルウェル、何故黙っていた」
「な、何故私が黙っていると……」
「答えろ」
今までに無いくらい恐かったオルウェルは、どう答えようかと考えて、
「……シズが、フィエンドに田舎に帰れといわれるのが嫌だから……と」
という話にした。嘘は言っていない。
そして、この答えではフィエンド自身に原因があるといえる。
案の定、フィエンドの険が和らいで、仕方が無いといった表情になる。
「そうか、全部俺が悪いな……。シズを自分だけのもにしておけば、何も問題なかった」
何処となく雲行きの怪しい発言に、オルウェルは嫌な予感を覚える。
「このまま閉じ込めて逃げられないように囲って、俺なしではいられない体にして、俺だけを呼ぶように……」
「待て、さすがにそれは不味いぞフィエンド!」
「そうですよ、シズさんに嫌われてしまいますよ?」
「シズに嫌われる? それは嫌だ」
「そうです。だから大事に手を出すくらいにしておきなさい」
手を出すのはいいのかと、エルフィンの発言にオルウェルや取り巻き達といった常識人は思ったが、黙っていた。
それでフィエンドが納得したようだから。これ以上こじらせてしまってはどうなるかわから無い。
そこで午後の授業が始まるチャイムが鳴ったのだった。




