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過去の約束と、王都にて

 その村はとても豊かだった。

 豊かな森、綺麗な川と湖に囲まれ、肥沃な大地恵まれていた。

 澄んだ空気の村は自給自足の生活が営まれ、平和に歳月を重ねている。

 

 昔は飢饉があったらしいが、ここ最近の特に酷い飢饉ですらもこの村は無縁だった。

 そして魔物とも無縁だった。結界が張ってあるとはいえ、村の結界。それほど強いものではない。だから取りこぼしの魔物も入り込んでいいはずなのにそれも無い。

 何故かは分からない。

 ただ平穏な日々の中、人々はいつもの暮らしを営み続けるのみ。


 とはいえまったく外部と隔絶した村という訳ではない。

 現に何処かの貴族の息子が療養のためにこの村に来ていた。

 貴族の名前は伏せられており分からないが、偉い人だという。

 そんな貴族ってどんな人達なのだろう、と好奇心を持つのも子供には良くある事で。

 かといって門番や警備兵を出し抜けるほど警備はざるでない筈だった。


「僕は会ったよ。金髪できらきらしてて、森みたいな緑色の目をしていたよ!」

「えー、何でシズだけ会えるの?」

「そういえばいつも、シズだけ見つからないよね」

「きっと日頃の行いが良いからさ!」

「嘘つけー」


 友達とそんな会話をしてシズは別れた。

 実はこれからその貴族の子に会いに行くのだ。その子の事を他の友達に黙っていたのには理由がある。

 一つは、その貴族の子と話せる時間を自分だけの物にしたかったから。

 村の子供達と違う、独特の雰囲気。きっとこれが貴族というものなのかもしれない。


 病弱な細い体。三男で期待されていないのだと、悲しげに笑っていた彼。

 そんな悲しそうな顔すらも美しいとシズは思った。

 初めて会った時は、話に聞く都市にいるという神様の使わした神子なのだろうと思った位だ。

 ひょっこり現れた自分に彼はとても驚いたようだった。


「誰?」


 少し高い声。声も綺麗だとシズは思った。

 窓から外を見ていた彼に、シズは自分がこの村の子供だと答える。


「よくここに入り込めたね。警備の人とかいるでしょう?」

「うん、そういった人達には見つからないようにこっそり来たんだ、君に会うために!」

「僕……に?」

「そうだよ!。貴族の子ってどんな子かなって。こんな綺麗な子だと思わなかったけれど」


 綺麗だと言った瞬間、その子は赤面した。慌てる様もまた可愛い。


「え……綺麗……僕が……」

「うん、すっごく綺麗だよ」


 にこにこ笑って、シズはチュッとその子の唇にキスをする。

 その子の顔が沸騰寸前のように真っ赤になる。

「い……いまな……」

「可愛かったからキスしちゃった」

「~~~~~~~~~~~~」

 

 カーテンでその子は顔を隠してしまった。それにシズは慌てて、


「ごめん、嫌だったら謝るよ!。嫌いにならないで!」


 カーテンからその子が顔を出した。


「……嫌じゃない」

「本当!」


 こうこくと頷くその子に、シズはもう一度ほっぺにキスをした。

 その子の顔が沸騰寸前のように再び真っ赤になる。

 それがシズには可愛くてたまらない。


「……キスする時は一言言って」


 しないでと言われなかった事にシズは嬉しく思う。


「貴方の名前は?」

「僕はシズだよ!」

「シズ……」


 名前を口の中で転がしているようだった。


「素敵な名前だね」

「本当に?」

「うん」


 嬉しくてシズは空を飛んでしまいそうだった。


「僕の名前はね、フィエンド。皆はフィンって呼ぶ」

「フィン!。可愛い名前だね」

「僕だって男の子だよ!。可愛いって言うな!」

「だってフィンは可愛いもん」

「それを言ったら、シズだって可愛いじゃない!。こんな綺麗ないろいろな色に見える茶色の瞳に黒髪」

「こんなの有触れているよ」

「そうかな、シズは格別だと思うけど」


 そう、フィンに言ってもらえて、シズも嬉しかった。そこで、もう行かないといけないと気づく。


「ごめん、フィン。もう帰らないといけない」

「……そうなんだ。久しぶりに同い年くらいの子と話せて楽しかった」

「また来るから!」

「本当に!」

「うん、約束する」


 そういって、シズとフィンは毎日会って話をするようになる。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"



 触れたりキスをしたり。二人だけの秘密は、日を追うごとに増えていく。

やがてフィンの体調は良くなって、村に来て二ヶ月ほどで彼は都市に戻る事になった。

 途中シズの事がばれたがフィンが説得した。

 フィンにとってもシズと会うのがとても楽しくてずっと一緒にいたかのような感じさえしていた。


 森の話、友達の話、御伽噺……知らない世界をシズはフィンへと運んでくる。

 この時間がずっと続いていけばいいのにとフィンは思いながらも分かっていた。

 すぐに終わりは来ると。


 シズと会って体調が良くなって、そうなればここにいる必要はない。

 それでも何とか引き伸ばしたけれど、今日、この日を迎えてしまった。


「必ず会いに行くから。約束するから」


 シズが泣きながらフィンと約束したのは昨日の事。

 豪奢な馬車のを囲む人々の中に、シズはいなかった。

 その事に落胆している自分にフィンは驚いた。思いの他彼に心を奪われていたようだ。

 そんなフィンの心を読んだかのように、フィンの父親は語る。


「気に入った子がいたのかい?」


 それにフィンは頷いた。

 すると父親は低く笑い、


「ならば、その子を“飼う”かい?」

 

 そこでフィンは、シズには見せた事のない醒めた目で父親を見返した。


「いらないよ。使い古しの玩具は足りている」


 会話が途切れる。

 そこで、声が聞こえた。


「フィン――!。必ず会いに行くから!」


 丘の上で手を振るシズの姿に、フィンは目を細める。

 あのはち切れんばかりの輝きがフィンには羨ましくて、とてもとても欲しかった。

 一体いつまでシズはあの輝きを持ち続けるのだろうか。

 最後かもしれないその姿をフィンは窓からじっと目で追いかけていた。

 そんな息子の様子に父親は再び低く笑っていたのだった。







。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"







「ようやくだ」


 王都スフィアにやってきたシズは、遠くに聳え立つ城を見上げた。

 あれから王都に行くために、勉強して、勉強して、ある事をして……貴族と平民の通う学校に何とか入る事ができた。

 もう一度会うというあの約束を、もしかしたなら彼は忘れているかもしれない。


 シズの事など覚えていないかもしれない。

 昔のシズと今のシズはどれほど変わっているだろうか。

 確かに外で遊ぶ事は少なくなって、標準的な男性としては細い方になった気もする。それに身長もそれほど伸びなかった。

 期待はしていないといっては嘘になる。

 

 けれど覚えていないだろうと冷静に考えている自分がいる事にシズは嫌になった。

 ただ会えればそれで良い。貴族と平民。仕方の無いことだ。

 それでも会いたいとここまで来たのは自分の意志。

 だからそれで十分のはず。


「とりあえず、三日後に入学式。まず宿を探して……」


 本当に村に居た時とは比べ物にならない、人、人、そして高い建物。

 多くの人を許容するために都市の建物は高層化する、とは本で読んだことがあった。

 けれど自分の目で見るそれはまた別の意味で驚きがある。


「いけない、見とれている場合じゃない」


 この時期は、都市にも人が多く訪れる。早めに宿をとらないと野宿だ。さすがに都市だけあって結界も村とは比べ物にならないほど強固なもの。

 とりあえず近くの書店で都市の地図を買おうとシズは歩き出す。

 雑貨屋やら、見たことも無い果物を売る店、食器などを売る店、質屋等など。目移りしてしまう。

 そこで目当て書店ではないが、案内の紙を売る出店を見つける。


 そこに行こうとして、男がぶつかった。

 正確には男が不自然にぶつかって来たのだが、なんとなく財布を探すと綺麗に無くなっていた。

 即座に追いかけようとして男が人ごみに消えていく。

 だが逃がすつもりも無い。


「“風”よ」


 シズは小さく呪文を唱えて、ほんの少し人ごみに通り道を作る。それこそ魔法を使ったか使わないかのレベルで、都市内での魔法の使用に抵触しない程度の力だ。 

 その道をシズは疾走する。昔よりも走れなくなっている気はするが、男に追いつくにはそれで十分だった。


「!、何!」


 男が路地に入り込む。路地は格段人通りが少ない。

 より人通りの少ない場所に入り込んで男が立ち止まった。横からさらに三人歩で別の男が出てきて、にやりと笑った。

 それを見てシズは即座に財布を持った男にとび蹴りを加えた。


ゴスッ


 全員を相手にする義理などシズにはない。

 そもそも勝てるか……本気でやれば勝てるが面倒ごとは起こしたくない。先手必勝とばかりに蹴りを加えるのみで、財布を取り戻すには十分なのだ。

 案の定、ポロリと男の手から財布が落ちるのを確認して、財布を右手で掴み今度はきびすを返して逃げる。


「こら、待て!」


 待てと言われて待つ馬鹿は居ない。後はただひたすら逃げるのみなのだが……。

 石畳の道を駆けること数分。

 迷った。

 そもそもここに来たのは今日が初めてで、ここがどこかも分からない。

 スリの男達の声が聞こえた。


――まずい、追いつかれる。


 そこで、路地から手が伸びて振り払う余裕も無く壁に押し付けられた。

 自分よりも背の高い黒いローブを着た男。そのフードから零れ落ちる金糸の髪。そして深い森の緑を宿した瞳。

 否が応でもフィンを思い出させる。

 だから、判断が遅れた。

 その男の体がシズに密着し、顔が近づき唇が触れる。


「んんっ」


 キスをされていた。しかも唇を割って舌が入り込もうとする。

 初対面でいきなり、というか、こんなキスをシズは知らない。

 必死になってむーむー男の体を退けようとして、スリの男達の声がした。

 そちらに気を取られた隙に、舌がシズの口の中に入り込む。

 舌と舌が絡まる。逃げようとしても、それすらも相手の計算の内で絶え間ない小波のような熱が体に湧き上がる。


 スリの男達が気づかないで通り過ぎていくのを途切れそうになる意識の中、足音で確認した。

 いい加減離せと男の体を押しのけようとするも手に力が入らない。まずい。何か非常にまずい。

 その間もぴちゃぴちゃと唾液の絡まる音がする。

 どうしよう、何か気持ちがいい……ではなくて!。

 最後の意識を振り絞り、シズは男の舌を噛んだ。


「っつう!」


 男が離れるのを見計らって逃げようとして、ふらりと倒れそうになる。

 体に力が入らない。

 そんなシズを男が支えた。


「まったく酷いな。せっかく助けてあげたのに」

「助けて頂いた事には感謝しますが、いきなり初対面でキスするのはいかがなものかと」

「あれ、あの程度のキスは初めてだった?」

「当たり前です!。大体キスは好きな人とするものでしょう!」


 それくらい、キスはシズの中では大切なものだった。

 そこで男は目を瞬きさせて、笑い出した。


「ははは、そうか」


 馬鹿にされたと思い、シズは言い返す。


「!、何が可笑しいのですか!」

「君、田舎者だろう」


 シズが凍った。

 確かにあの村は田舎の田舎だ。こんな都市のような華やかさもなく、少し大きな町まで行かなければ学校もない。

 しかし、キスは好きな相手とするという事の何が間違っているのか。が、


「通りでね。服装も地味だし」

「じ、地味なのは関係ないです!」

「顔はこんなに良いのにね。綺麗な茶色の瞳……」


 何かを思い出すように、男がシズの瞳を覗き込んでふっと笑った。


「案内してやろうか?」

「結構です」

「ここが何処か分からないのに? さっきの奴らと鉢合わせしても知らないぞ?」


 言われてしまえば、確かに場所が……。かといってこの男と一緒に居るというのも、だがしかし。

 いざとなったら実力行使で逃げればいいか。

 シズはあっさりと判断を下した。


「それではお願いします」


 非常に素直そうににこりと笑ってシズはお願いする。

 色々思う所もあるのか、男は一瞬何かを思案するも、


「……素直だからまあいいか。まずは宿に案内だな?。お前、名前は?」

「知らない人に名前は教えてはいけませんと親に言われていますので」


 とりあえずまだ男のことをシズは信用していない。

 男が引きつった笑みを浮かべ、鼻でシズの事を笑った。


「そうか、ならば田舎者って呼ぶことにしよう」

「ははは、では僕は貴方の事をキス魔と呼ぶことにしましょう」

「ほう」

「ふふふ」


 お互い暗く笑い合う。こうして、シズは初対面の失礼な男に連れられて、宿屋へと向ったのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 宿屋に案内してもらえたのは良い。

 男がどうやら宿の馴染みだったようで、どの部屋がいいかを教えてもらえたのも良い。

 そして部屋まで男が付いてきたのも良い。一応御礼をしないといけないと思っていたから。

 だがしかし待ってほしい。


「何故僕はベッドに押し倒されているのでしょうか」

「知らない男を招き入れる事はこういうことだって理解しないとな。ちなみにここの宿はそういう事によく使われる宿だ。泊まれるけどね」

「ははは、一応貴方は見た目だけは整っているので、他の方でも良いんじゃないですかね。こんな田舎者ではなく!」

「田舎者でも顔はいいから十分だろうな。ただ性欲を処理をするにはね」

「都市の方は、こんなにも盛りの付いた動物なのですかね。節操が無さすぎでは?」

「あんまり可愛くない事を言うと本気で酷くするぞ?」

「大人しくやられると思いますか?、僕が」

「そういう方法も知っているし、助けを呼んだところでそういう宿だから誰も助けに来ないぞ?」

「貴方が助けを呼ぶことになるという意味でしょうか?」

「ははは、面白い冗談だな」

「冗談に聞こえるなら耳が腐っているのではないですかね」

「……」

「……」

「……犯してやろうか」

「……無理矢理は犯罪ですよ?」

「その辺はどうとでもなる。本当は少しからかってやろうと思っただけだったが……気が変わった。本気で犯す」

「きゃー、変態、強姦魔、おーかーさーれーるー」

「……」

「……」

「……俺は本気だからな?。分かってるのか?」

「だから、何故僕が抵抗しないと思うのですか?」

「その抵抗すらも押さえるって俺は言っているんだ」

「無理ですよ」


 きっぱりとシズは言い切った。実際にシズが魔法を使えばこんな男の一人や二人どうとでもなる。

 そんなシズの様子に男は疲れたように嘆息して、シズの上から退いた。


「……気がそがれた」


 そしてベッドにそのまま腰掛けて、シズの頭を子供にするように撫ぜた。


「……僕は子供ではありません」

「お前は無防備すぎるんだ。都市には悪い奴がいっぱいいるから、とって喰われないように気よ付けろよ?」

「……なんですか、まるでいい人みたいじゃないですか」

「いい人だからな」


 どこが、とシズは言い返そうとして黙った。

 男がシズの方を見て優しく微笑んでいた。今まで見せていた意地悪そうな表情ではなく、それこそ労るような優しげな瞳でシズを見ていた。

 反則だとシズは思った。


「あれ、顔が赤くなっているぞ?。俺の顔に見とれたか?」

「……うるさい」


 シズはごろんとうつ伏せになり、枕を抱えた。その様子を見て、


「……だから、そういう風に警戒を怠るな」

「?、何がですか?」

「……無自覚か」


 男がふむと考えるそぶりをして、


「確か、後二日ここに泊まるんだったな」

「ええ、そうですけど……」


 確か宿帳にそう書いたが、見られていたのかとシズは思いつつ返事をする。と、


「なら、都市をタダで案内してやる。丁度、後二日は俺も暇だしね」

「全力で遠慮します」

「……犯すぞ?」

「だから嫌だって言っているんでしょうが!」

「じゃあ手を出さない代わりに案内させろ」

「普通逆でしょう……何で僕にそんなにかまうのですか?」

「……深い意味は無い」

「……もし今お断りしたら?」

「今夜は寝かせない」


 冗談には聞こえなかった。

 それはそれで面倒くさい。それに都市の事に詳しくないのも事実。


「……分かりました。それでは明日、よろしくお願いします。ただ、無料で案内してもらうのも後が怖いので食事を奢らせて下さい」

「……いいだろう、田舎者」

「ははは、キス魔の人、よろしくお願いします」

「そうだな」


 否定しないあたりが、ちょっとシズには怖かったのだが。

 そしていつ会うか、何処を案内して欲しいのか約束をする。

 こうしてシズの王都へ来た、波乱を予感させる初日が終わったのだった。



。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"



 あいつがこんな所にいるはずが無い。それでも放って置けなかったのは、俺がまだ過去に縛られているという揺ぎ無い事実に他ならない。


。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"



「わー、すごい!」


 見るもの見るものが珍しくて、ついそちらに走り寄ってしまいそうになるシズの襟首を男が掴んだ。


「ノートと筆記用具を買うって言っていなかったか?」

「それはそうなのですが、でもなんというか色々と目移りして……」

「目的のものを買う前に日が暮れるぞ?」

「う、それは……」

「だったら黙って付いて来い」

「……はい」


 男はシズの手を握る。シズの手よりも一回り大きい。身長も男より低いシズは、更に悔しくなる。

 そのまま男に連れられて、人混みを行く。

 よく見れば確かに綺麗な格好の女の人や男の人、子供が多い。だが、無駄なお金はできれば使いたくない。どの道学校に入ってもアルバイトを探さないといけないし。


「たしか、ここだな」


 連れて来られた店は、他に比べると少し古い店だった。


「ここの文房具は安くて良いらしい。俺は来たことが無いが」

「……わざわざ調べてくれたのですか?」

「田舎者には買えないだろう?、高すぎると」

「悪かったですね。すぐに買ってきますから」

「一人で選べるか?」

「そこまで子供ではありません!」


 そういって舌を出して、シズは店の中に駆け込んでいく。

それを面白そうに男は目を細めて、そこで声をかけられた。


「何をやっているんだ、フ……何だっけ」

「ハズです、兄さん達」


 兄さんと呼ばれた男性は男と同じ金色の髪に緑色の瞳をしていた。そして周りには三人ほど見目のよい男性が付き添っている。全員タイプは違うが華やかな印象を受ける。


「こんな所で何をしている?。この店は平民が買い物に来る様な店だぞ?」

「いえ、ちょっと付き添いで」

「ああ、昨日言っていた可愛い子か。俺には紹介してくれないのか?」

「兄さんに紹介すると全部自分の取り巻きにしてしまうでしょう?。昔から俺の友達を片っ端から連れていって、飽きたら俺に返すの繰り返し。いい加減にしてください」

「ははは、だってハズが俺達の相手してくれなくなるじゃないか。それに、友達ではないだろう?、そんな対等な関係では無い」

「……そうですね。それに、そこまで惹かれる人達じゃなかった」


 あの時会った彼。あれ以降、惹かれたとしても彼ほど魅力を感じない。

 もう一度会いたいけれど、彼は彼なりの人生を歩んでいる。それにもう一度会ってしまったならば、今度こそどうしてしまうか分からない。

 会わないに越した事はない。と、


「お待たせしました。あれ、ご兄弟ですか?」

「兄のロスだ、よろしく。へえ、また黒髪に茶色い瞳か」

「兄さん!」

「いや、ハズ、お前の趣味にとやかく言わないが……しかし可愛い子だな」

「……あなたのお兄さんだけあって、失礼な人ですね」


 シズはまた可愛いといわれてムカッとして、その男の兄を睨み付けた。と、


「こんなカビの生えたような子供、放って置きましょう、ロス様」

「ええ、失礼過ぎますこんなチビ」

「ロス様の魅力がわから無いようなセンスの悪いような奴とはお話する事自体が汚らわしい」


 取り巻きに口々に酷い事を言われて、シズはその三人を見てにっこりと笑った。


「不細工」


 場が恐ろしいほど静かになる。今までこの方、自分は美しいとちやほやされてきたであろう男達は、一瞬何を言われたのか理解できなかったらしい。そして、次に顔を赤くして何かを言おうとしてロスに止められた。


「元気が良い子だね。反抗的なのも実に良い。……俺の物にならないか?」


 シズは言い返そうとして、ハズに腕を引っ張られて後ろに隠された。


「……兄さん。冗談もほどほどに」

「そうか、俺は本気だぞ?」

「行くぞ、田舎者」

「あー、いつでも俺の物になるんだったら声をかけてくれー」

「お断りです!」


 ハズに手を引っ張られながら、シズは全力で否定した。

 どうもこの男の兄の方はもっと気に食わない、しかし、分かった事もある。


「ハズって言うんですね、貴方の名前」

「……ああ」

「偽名ですか?」


 そこでハズは噴出した。


「……何で分かった?」

「似合わない気がしたから」

「……もし本当の名前を教えたら、お前も教えてくれるか?」

「え、嫌です」

「……」

「……」

「もういい」


 そのまま、不機嫌そうにハズはシズの手を引いていく。

 この田舎者は、髪の色も目の色もそっくりで顔だって整っているのに、あいつとは全然違って可愛げが無い。 ひさしぶりに心の隙間を埋めてくれるかもしれない相手に会えたと思ったのに。

 口の中で名前を転がせば少しは心の乾きが癒えると思ったのに。

 あいつの代わりが見つかったかもしれないと思ったのに。

 あれ以来、どれほど肌を重ねたとしても渇きが癒えない。


「あ、あそこで何か食べていきませんか」

「なに……。クレープの店……」

「お昼も近いので買ってきます!」

「あ、おい!」


 ハズが呼ぶのを無視して、シズはクレープ屋へと走っていってしまった。

 一応他の美味しい店も調べてはきたのだが……。


「クレープ一つが今日の案内料か……」


 ハズがポツリと呟いたのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 公園の噴水の前のベンチで二人してクレープを食べていた。

 意外に美味しいとハズは思ったが、癪なのでシズには言わない。


「ほら、ソースが口についているぞ」


 シズの口元に付いたソースを指でぬぐい、ハズはペロリと舐める。

 本当にそれだけの事なのだが、シズの顔が真っ赤に染まった。


「な、何するんですか!」

「汚れていたから取っただけだが。へえ、何か恥ずかしい事を考えたのか」


 図星なのでシズは答えられない。

 ソースをハズに舐められた瞬間、自分が食べられてしまったような錯覚を受けたなど恥ずかしくて言えない。

 そんな様子を見て、ハズがシズの顎を掴み唇を重ねた。


 以前されたように舌を入れられるものではなく触れられるキス。

 そのキスはすぐに離れたが、以前のあの激しいキスよりもシズは体の芯に熱を感じた。

 それに目の前にある憂いを帯びたハズの表情に釘付けになる。


「お前、俺の物にならないか?」


 先ほどハズの兄に言われたものと同じ言葉。

 すぐに否定しなければと思うのにシズは言葉が出てこない。さっきはすぐに出た言葉なのに、今は言い出せない。

 再び唇が重ねられる。嫌だとか、抵抗しなければ、とか頭の片隅に浮かぶがシズは動けない。


 本気でこの出会って間もない男はシズの事が欲しいのだと分かってしまった。

 だからこそ、断らねばならない。

 唇が離れて、意を決してシズは言った。


「僕は、ずっと昔から好きな人がいます。だから、貴方の思いに答えられません」

「……そうか」


 寂しそうに、けれど嬉しそうにシズを通して遠い誰かを見るようにハズは微笑んだ。


「そうか、なら、そいつの事大事にしてやれよ?」

「……はい」


 ハズにシズは頭を撫ぜられる。子ども扱いも今は気にならず、もっと撫でていて欲しいと思った。


「……他に何処へ行こうか?」

「あ、いえ、もう目的は大体果たせましたから、大丈夫です」

「そうか」

「その……ありがとうございました。明日はもういいです。ごめんなさい」


 振った手前、シズもハズと一緒に居るのがいたたまれなくなる。

 席を立って御礼を言って走り去る。

 それを引き止めるわけでもなく、呆然とハズは見送る。

 別に昨日会ったばかりで、それほど一緒に居たわけでもない。なのにずっと一緒にいたようなそんな渇きの癒える感覚。


 大事にしたいと思えた。結局名前すら教えてもらえなかった。

 けれどそれでいい。執着してしまうから。

 彼には昔から好きな人がいると言っていた。ならばハズのように離れ離れにならず、ずっと一緒にいられればと願う。

 自分にはできない事をやってのけて欲しいとハズは思った。と、


「これは、フィエンドさん。こんな所でどうしたのですか?」


 嫌な奴に会った。


「……休暇に会うとはついていないな、オルウェル」

「僕も貴方には会いたくなかったのですが、先ほどの黒髪と茶色の瞳の少年……本当に貴方は好きですね」

「何が言いたい」

「必ずエルフィンは取り返すと言っているのです」

「あいつは自分の意思で俺の方に来た」

「……どうせいつもと同じ会話しかならないのでこれで失礼しますよ」


 オルウェルは苛立ちながら去っていき、フィエンドとお互い見えない場所で背の高い壮年の男に指示を出した。


「さっきのフィエンドと一緒にいた少年を調べろ。気に入っているようだからな」






" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 明日から学園に入学できる。入学すると同時に寮への入寮が可能になる。

 そうすればこの宿からも出られる。


「そろそろ、隣とか上の部屋から聞こえるぎしぎし、あんあん言う声からは逃げたい……」


 本当に困るのだ。一応シズだって健全な男子なので、そういう声を聞くと、その、体が疼いてしまう。

 自分のものに手を触れて自慰をしようにも、浮かぶのはあの男の寂しそうな顔と触れた温かく柔らかい唇。

 たった二日間の事で心が囚われるなどと、シズは認めたくなかった。

第一シズはずっとフィンの事を思い続けてきた。フィンと出会ったあの期間よりも、出会った時間の短いハズ(偽名)に心を持っていかれそうになるなど……。

 大体、ハズ(偽名)が悪いのだ。あんな、


――フィンと同じ金髪に、緑の瞳……。


 あの瞳に魅せられて、迷ってしまったのかもしれない。けれど自分に向けられたあの思いも言葉も仕草も、誠実なものだった。ベロチューとか犯すとか言っていた部分は除くとして。

 もう二度と会うことが無いのだろうか。

 いや、この都市に居ればきっとまた会う機会はあるだろう。

 というよりも、今度会った時なんと話しかければいいだろう。自分は彼を振ってしまって、彼も優しく手放してくれた。


 きっと、彼が本当に欲しい人間は自分ではなかったのだ。

 そう考えてシズの胸がちくりと痛んだ。

 誰かの代わりは嫌だった。ならば、断って正解なのだろう。

 自分を通して別の誰かを見るなど、そんな不誠実な事は酷いし、お互い辛いだけだ。


「こんな事を考えていても仕方が無い。……そうだ、図書館に行ってみよう。王都の図書館はすごく広くていっぱい本があるって言うし」


 そうと決まればとシズは歩き出そうとしてお腹がぐうと鳴った。

 そういえば、考え事をしていて朝食がまだだった。


「はあ、先が思いやられる。動揺しすぎだろう、僕」


 これからは一人でやっていくのだ。だから、自分で解決しないといけない。

 どんなことがあったとしても、フィンに会いたいと願ってここまで来たのだから。





。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 大きな建物。白く聳え立つその建物にシズは圧倒された。

 中に入ってもっと圧倒される。

 本、本、本。細かく装飾の施された棚にみっちりと本が詰まっている。


 その割に人がまばらなのが気になりはしたが、とりあえず受付へ。

 やけに小奇麗な格好をした澄ましたお姉さんが、一瞬鼻で笑ったような気がした。

 ちょっとシズはムカッときたが、大人しくしている。追い出されてはたまらない。しかし、


「当図書館は貴族といった方々しか入れません」

「え!」


 シズは衝撃を受けた。これだけ本がいっぱいある楽園が目の前に広がっているというのに。


「他に、他に条件はありませんか!」

「そうですね……冒険者レベルAランク以上と、後は貴族の方の付き添い……」

「冒険者レベルAランクでいいんですね!」


 シズはカードを取り出して、受付嬢に渡した。彼女はえっという顔になって、カードを受け取る。


「……本部に確認を取ります」

「はい!」


 何やら水晶玉のような通信機に話しかけて、受付嬢が焦ったように頷いていた。


「はい……はい……わかりました。どうぞ、シズ様。入館を許可します」

「ありがとうございます!」


 シズは図書館の中に走っていった。


「走らないでください!」

「はい!」

そう素直に聞くシズ。見えなくなってから受付嬢はポツリと呟いた。

「ランクAなんて、あの歳でどうやって取ったのかしら。普通、五十代でも難しいレベルなのに……」




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 まず図書館内にある案内の掲示板を見てうろうろする。

 魔道書は後日調べるとして、御伽噺や神話、伝説の棚へ。


――本当についてる。冒険者カードなんてただのおまけだったのに。


 御伽噺や神話、伝説を読むのが、シズは好きだった。

 フィンと話している時に、御伽噺や神話、伝説でもシズの知らない話をいっぱい知っていてとても羨ましかった。けれどそれを口実にフィンと話が出来たので、それはそれで良かったと思っている。

 それに、平民には平民の不思議な御伽噺がある。それが、フィンには珍しかったようでとても喜んでもらえた。

 そこで目当ての本棚を見つける。


「やっぱり、“維持の神様”と“破壊の神様”の二人の話が多い……。というか、こんなに沢山あるんだ」


 村に居た時読んだ本は絵の描かれた薄い本だったが、ここには何百冊とある。


「歴史のようなものだから、これだけあってもおかしくない。でもすごい量……さすが都市」


 ただ、基礎知識としてはこのあたりの話は大雑把に知っている必要があるが、魔法を使うとなるとそれ専用の知識が必要になる。この辺りはそういった歴史の専門家といった人達が読むような類の棚なのだろう。


「もう少し、濃い奴じゃなくて楽しめそうなものは無いかな……」


 シズはどんな本があるのかと歩き回る。

 その間、ここ一帯では人と会うことはなかった。

 そしてここ一角の明るさは他と比べて窓から遠いためか特に薄暗い印象を受ける。

 無人とも思われるその一角が、シズには何処か不気味に思われた。

 と、声が聞こえた。


「……あぁ……んっ……」


 シズは固まった。

 この熱っぽい喘ぐような声。連日宿屋で聞こえていた声とほぼ同じものだ。

 こんな図書館で何やっているんだとか、昼間から何やっているんだとか、王都は怖い所です、とか色々頭の中でぐるぐるそんな考えがシズの中で、どうしよう、ここから去るべきだよな、と思った。

 思いはしたのだ。


 けれどほんの少しだけ気になって、棚からそうっと顔をのぞかせてシズは見た。

 壁に押し付けられて抱きしめられているのは、きめの細かい肌の綺麗な人だった。

 快感でほほが上気し、目が潤んで息も絶え絶えに喘いで、しがみつくようにキスしている男の肩に手を回して抱きしめている。

 そんな線の細い、シズと同じ黒髪、茶色の瞳の、同じくらいの身長の人だった。


 けれど、それよりも気になったのは彼のあいてをしている男。

 金髪に緑の瞳の……。


「ハズ……」


 思わずシズは呟いてしまう。その声にはっとなったように、ハズがこちらを向いた。

 驚いたような、困惑したような、そんな表情。


「……ごめんなさい!」


 慌ててシズは逃げ出した。何かを言っているような気がしたが、シズには聞き取れなかった。

 それよりも。


「あんなこと……」


 気持ち良さそうな、自分と同じ髪と瞳の色をした少年。

 ハズに、キスされる。

 シズの体にぞくりと得体の知れない感覚が走る。

 胸がざわめいて、変な気分だった。こんな事は初めてだった。

 そしてとても消えてしまいたいと思った。

 あんなもの見たくは無かった。ハズが誰かと……。


「何で僕がそんな……」


 おかしいのだ。彼と出会って、彼が優しくて、彼が……。

 そこで気づく。ここは何処なのだろう。今までの場所と違う、保管庫のような……。


「そんなところで何をしているんだい?」


 シズは声をかけられた。振り向くと、銀髪の顔の整った青年が立っていたのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




「何であいつが……エルフィン?」

「……見えなかった」


 驚いたように目を見はるその様子に、フィエンドもまた驚いた。


「あいつが来ることが、か?」

「はい。ここには誰も来ないはずでした」


 エルフィンの能力から、フィエンドもまた信じられなかった。


「あいつ……本当に、何者なんだ?」


 そこで、エルフィンはふるりと体を震わせて抱きつき、キスする。

 けれど、フィエンドは知っている。

 いつも彼は自分を通して別の誰かを見ている事に。

 けれどフィエンドも彼を責められはしない。なぜならフィエンドもまた、彼を通して別の人を見ている。

 本当に欲しいものはお互い違うもの。

 それを慰めあうようなこの関係はいつまで続くのか、それはどちらも分からなかった。


「……大丈夫か?」

「ええ……優しいんですね。本当に」

「………」

「黒髪と茶色い瞳だからですか?」

「……そういうわけじゃない」


 顔を逸らすフィエンドを見て、くすりとエルフィンは笑う。

 エルフィンは知っていた。彼が、黒髪と茶色い瞳の少年に他とは違い優しくなる事を。

 だからそこにつけ込んで利用した。

 こんな酷いエルフィンを、もっと乱暴に扱ってもいいはずなのにフィエンドは大事にしてくれている。


 よほど忘れられない人なのだろう。

 だからせめて、彼の体を慰めることは出来るから。

 それがあの人を裏切る行為だとしても、これは仕方の無い事。

 ああ酷い。本当に。


 そう思いながら、エルフィンはフィエンドとキスをする。

 お互い足りない隙間を少しでも埋めようとするかのように。

 本当に欲しいものはすぐ傍にあるのに、皆、気づきはしない。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




「オルウェル様というのですか」

「オルウェルさんでいい。その方が僕も気が楽だ」

「あ、はい。分かりました。オルウェルさん」


 動転していて、書庫の方に入ってしまったシズを呼び止めたのはオルウェルという青年だった。


「危なかったね。あそこに無断で入ったことがばれると、二度と図書館に入れなくなる所か、下手をすると刑務所行きだよ?」

「ええ?!。そ、そうだったのですか」

 しゅんとなるシズ。


 しかし、オルウェルは気になることがある。

 あの書庫に無断で入れば警報が作動するはずだった。なのに鳴らなかった。


――装置が故障していた?。


 有りうる。しかし、このシズという少年の経歴が疑問を呈するに十分だった。

 本当に装置は故障していたのだろうか?。


――まあいい。それは後々調べるとして、今は……。


「この事誰にも言われたくないよね?」

「え、あ、はい。あの……」


 不安そうにこちらを見るシズ。

 確かに可愛いが、綺麗なエルフィンに比べて見劣りする。第一色気も無い子供だ。

 こんなのでも、黒髪、茶色い瞳。そうであればフィエンドは誰でも良いのか?。


 その割にはやけに親しそうで、本当に楽しそうだった。

 だから、奪って、屈辱的な思いをフィエンドにもさせてやろうと思ったのだが。


「君、シズ・アクトレスという名前なんだろう?」

「……どうしてそれを」


 あからさまに警戒するシズ。当然だ。見ず知らずの人間に名前を知られているなど気味が悪い。だが、


「実は、僕は君と同じメサイア学園に明日から入学する貴族なんだ」

「あ、そうなんですか。でもなんで僕の名前を……」

「君も一応、7位の準特待生でしょう?。だから知っているんだ」

「あ、そうなのですか」


 シズは納得したようだった。だが、本当は違う。

 特待生も準特待生も、学園に入ってからでないと分からない。

 理由は、以前そのどちらにも入れなかった学生が特待生も準特待生を暗殺して順位を上げようとした事による。

 それだけ、あの学園は魅力的なのだ。が、


「でも君、授業料が半額しか免除にならないのは大変だったのでは?」


 あれだけのお金を、田舎の、それも一般家庭で出せるものなのか。

 そのお金を集めるために彼は強くなったのか。それとも、裏で誰かが後押ししているのか。

 オルウェルは推測する。案の定、


「はい。でも、どうしても学園に入りたかったので、がんばって魔物を倒しました」

「そうか、それでランクAまで……」


 予想通りの答えにオルウェルは頷くも、シズが首を傾げて、


「え?、いえ。冒険者にならないと、魔物の牙とか売れなくて」

「……」

「……」

「……どんな魔物を倒したのか聞いてもいいかな」

「ええっと確か……」


 オルウェルはこれは無いと思った。

 どれもこれもが、ランクA所か、ランクS級の恐ろしい災厄。

 都市の軍が派遣されるレベル。

 というか、何故シズの傍にばかりそんな魔物が?。

 いや、それよりもどうやって?。


「……どうやって倒したんだい?」

「魔法で」

「……古代の有名な魔法使いが残した魔道書とか?」

「いえ、確か“がんばればできる、初心者魔法ガイドブック”シリーズで一通りやって組み合わせてこう……」

「へえ、君凄いね」


 と言いつつ無理だろう、とオルウェルは思った。

 オルウェルは笑顔のままだが、内心動揺していた。

 嘘をついているのか?。ならば、オルウェルに見破れないほど装いが上手い?。カマをかけられているのはこちらの方か?。

 だが、シズは照れたように、


「以前魔物のそういうのは高く売れるって聞いたから、倒した後に残った牙なんかを持っていって、そうしたら冒険者登録を是非しなさい、それにそうしないと売れないからと言われて取ったんです。おかげでこの図書館にも入れて良かった」


 純粋にシズは喜んでいるように見えた。

 ただ、今の話を総合すると、


「シズ君。ランクAって意味は分かっているのかい?」

「いえ、上の方らしいという事しか……」


 困ったようにほほをかくシズ。小動物のような可愛さがある。

 そしてオルウェルは思った。

 これは確保しておこうと。

 気づいていない内に味方に付けておけば、フィエンドに精神的な攻撃を与えるだけでなく、自分の力にもなる。そうすれば、もっと階級の上の貴族へとなる事も可能かもしれない。

 そうすれば、エルフィンも取り返すことが出来る。


「そんな君にぜひ頼みたいことがあるんだ。黙っている条件として、寮で僕の同室者になって欲しいんだ」


 困惑したように首をかしげるシズ。


「え?、貴族なのでしょう、オルウェルさんは。僕みたいな平民とは部屋が違うのでは」

「うん。でも貴族の部屋は平民の人を一人同室にしてもいいんだ。ほら、この学園の規則にも書いてあるだろう?」

「あ、本当だ。えっと……食費が無料?!」

「そうそう。節約をしたいのなら、同室になった方がいいと思うよ?」

「う……う、でも、何故僕なのですか?。他にもっと優秀な方がいらっしゃるのでは?」


 予想された問いかけ。答えは既に用意してある。


「もう既に皆決まっていてね。それに僕は君をかっているんだよ?。それに期日が今日までで、運よく君に会えたんだ。これも何かの縁だと思って、駄目かい?」


 もちろん昨日素性を調べさせて、今日は後をつけたなど言うわけがない。


「そう……そうですよね。僕をそこまでかってくれているのなら、お受けします。それに図書館の件がばれると僕も困りますし」

「そうか、この書類にサインしてもらっていいかい?。これがペン」

「はい」


 受け取ってさらさらと自分の名前を署名する。

 よし、上手くいった。そうオルウェルは胸を撫で下ろす。

 これで、復讐の一つは成立する。

 シズから書類を受け取り、渡された書類に不備が無いかを確認する。


「大丈夫だ。ありがとう」

「いえ、僕の方こそ選んで頂きありがとうございます」

「他に何か聞きたいことはあるかな?」


 オルウェルは非常に気分が良かった。本当に良い拾い物をした。

 そこで、シズは少し考えて意を決したようにオルウェルに聞いた。


「あの、どうしても会いたい貴族がいるんです」

「誰かな?」 


 オルウェルは非常に気分が良かった、その貴族の名前を聞くまでは。


「フィン……フィエンドという人を知りませんか?」


 オルウェルはピシッと固まった。

 あの憎き男にシズは一体どのような関係があるのだろう。

 そして、昨日会っていたのでは?。

 とりあえず、慎重に探るする必要がありそうだとオルウェルは思う。だから表情を笑顔のまま保っていたが、


「……仲が悪いのですか?」

「……どうして分かった?」

「いえ、雰囲気が」

「いや、個人的にあまり好きで無いというだけだ。会いたいのなら、会わせる事が出来るが……」


 どうせ否が応でも会うことになるしね、と心の中でオルウェルが付け加える。


「本当ですか!。やったあ、ありがとうございます。オルウェルさん!」

「いや、それぐらいはどうって事は無い。それよりも、どうして会いたいのか差し支えなければ聞いてもいいかな?」


 嬉しそうなシズをオルウェルは冷静に観察する。とりあえず今のうちに聞き出しておかないと。


「……むかし、村に療養に来た貴族の子がフィエンドという名前で、僕は彼の事が大好きで、僕の思い込みかもしれないのですが、彼も僕の事を好いていてくれました」


 もしかして、彼が黒髪、茶色の瞳にフィエンドが固執する理由なのではとオルウェルは推測するが、話をシズに合わせるように相槌を打つ。今は、話を聞きだす方が先決だ。


「そう、それで?」

「彼が都市に帰る時、一方的にもう一度に会おうと約束をしたのです。……僕の事なんて覚えていないかもしれない。約束なんて覚えていないかもしれない。僕だと分からないかもしれない。でも……」


 三番目は確実に正解だとオルウェルは思った。

 分かっていれば、きっとフィエンドはシズを放って置かなかっただろう。


「あんな、綺麗で可愛くて、きらきらした子、はじめて見たんです。きっと都市に居る神子ってこんな感じなのかなって」


 オルウェルは自分の笑顔が引きつるのを感じた。

 可愛い?、誰が?

 待てよ、シズはフィエンドに気づいていないようだとオルウェルは思い出す。

 つまり、昔と変わってしまっていてお互い気づかない。


――これは、本当に良い拾い物をしたかもしれない。


 フィエンドに致命的なダメージを与えることが出来るかもしれない。

 特に同室者というのは……。

 自然と、笑みが零れるのをオルウェルは感じた。


「そうか、なら会わせてあげたいね」


 その時のあいつの顔が楽しみだと、オルウェルは心の中で笑う。と、


「……そんなに、フィエンドの事が嫌いなのですか?」


 シズが、オルウェルをじっと見つめていた。顔に出ていただろうか。

 シズから先程までの子供のような雰囲気はなりを潜め、代わりに目が離せなくなる。

 魅了されるといって良い。

 綺麗とか、可愛いとかそんなものではなく……。

 美しい。

 そう、美しいのだ。


 そう気づいて、オルウェルは背筋がぞくりとする。

 これは、エルフィンのようなものとは格段に異質な魅力。それを今まで隠していたのだ、このシズという少年は。

 それに、気づかれた。オルウェルがどれ程フィエンドの事を嫌っているのか。

 どうする、もしも、同室を断られたら。いや、書類を出してしまえば……。

 そこで、先程のようにシズは破顔した。


「すみません。困らせてしまったようで……」


 本当に、申し訳なさそうに言う。先程のあの姿が嘘のようだった。

 だが、彼の気が変わらないうちに書類を提出した方が良さそうだとオルウェルは判断する。


「いや、いい。それでは、明日の入学式で」


 慌しく去っていくオルウェルをシズは見送って、ふうとため息をついた。

 オルウェルが貴族なら、フィエンドの事を知っているだろうと思ったが仲が悪いらしい。けれど、


「一目会えれば良い。……それでいいんだ」


 そう、シズは自分に言い聞かせるように呟いたのだった。





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