表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

びっこ

作者: とっきー

 僕がむかしバイトしてたペットショップでの話し。


 商店街の入り口にある小さなペットショップ。

 犬と猫がメイン。

 とくに子犬と子猫。

 学校帰りの学生さんとか、休日に家族連れが遊びに来る。

 壁全面がペットの保育室になってて、お客は好きにペットを覗けるようになってるから、休みの日になると、店の中は「かわいい~!」とか「あ、ねてるねてる!」という、高揚した声に包まれる。


 そしてみんな一様に、まあるい顔で帰っていく。

 そういうところが、僕は好きだった。



 ある日、僕は気づいた。

 下から二段目のケースに居る子犬の歩き方がおかしい。

 すぐにチーフに連絡して、店長にもつないだ。


「売り物にはならないだろうな・・・・・・・」


 獣医さんにかけるための電話を取って、チーフはぽつりと言った。

 

 その子は生まれたてのコリー。

 よく見ると右足の間接が左足に比べて少し膨れている。

 触ってみないと解らないくらいちょっとの膨れだけれど、「商品」の「欠陥」には違いなかった。 

 獣医さんのところへ連れ出そうと、僕がケースに近づくと、彼はひょこひょこ()()()を引きながら走ってきた。


 注射一本だろうな。


 この店で、そういうことが起きるなんて考えたくなかった。

 ディズニーランドに、現実リアリティーはいらないから。



 次の日。

 


 目覚めの悪さを感じながら、僕はバイトに出た。

 

 店に入ってすぐのケース。


 彼は、他のたくさん子犬や子猫と一緒に、朝ごはんを待って尻尾を振っている。その様があんまりにも一生懸命で、彼が今日、子犬を卸してもらっている業者さんに来てもらって、「不良品」であることを確認してもらったら、そのまま店のバックヤードで安楽死になるなんてーーそれは、昨日、帰る前に店長が教えてくれた話だったーー全然想像できない。

 

 「物」の売り買いをしているってことは承知してた。

 でもそれは、ここでは「物」でも、一度、飼い主さんの家に着いたら、もう「家族」とか言われるものになっていく「物」であって、ここには、そんな素敵な「物」以外は無いと思っていた。


 ケースを覗くと、彼は嬉しそうに走ってきた。

 やはりひょこひょこ、かっこ悪くびっこを引いて。

 

 僕はいつものようにレジに入る。

 要するに店番。買いそうなお客がいたら声をかけるし、定時になったらケースの見回りをして、汚れたシートの取り替えなんかをする。


 レジのカウンターは僕の腰くらいの高さだった。

 ちょっと小さな子供ならすっぽり隠れるくらいの。

 そこに立って、しばらくボケってしていた。

 あんまり深く考えたくないこともあったわけだし。

 それでも、たまに時計を見ては、業者の人が来る時間までを引き算している。

 ――――あと・・・・・・・・5分くらいかなあ。



「おにいちゃん!」



「うわっ!!」

 飛び上がって驚いたのは数年ぶりだったと思う。

 声のした方を見下ろすと、小学生も低学年ぐらいの男の子が一人、レジのカウンターから顔を出している。

「どうかしましたか?」

 気持ちを無理やり、接客モードに切り替える。

 男の子は、小さな手でカウンターの縁に捕まって、よじ登るくらいに背伸びをしながら、入り口の方を指していった。

「あの犬、いくらするの?」

「あの犬?」

「値段書いてない」

「ああ・・・・・・」

 値段が付いていないのは"びっこ"の彼だけだった。

 もう「売り物」じゃないから、外しておいたのだ。

「ごめんね。あの子売れないんだよ」

「びっこだから?」

「ん・・・・・・」

 この質問に即答できるのはよほど神経の図太い人間だろう。

 僕は何とかごまかしたくってセリフを探した。

 でも、男の子の方が早かった。

「びっこでも、僕あの子ほしい!僕、買いたいんだ!!」

 そういって、カウンターにトン、と手を載せた。

「ください、びっこください!!」

 カウンターの上の、くしゃくしゃの千円札一枚と、雑多な小銭。

 千円札は、一生懸命握ってきたんだろう。汗でしけって、色が何となく灰色になっていた。

「でもさ、ほら、お父さんとお母さんに断んないと・・・・・・・」

 苦し紛れとはこのこと。

 男の子はギンと僕を睨んで、またドアの方を指差す。

 そこにはお母さんらしき人が立っていて、僕と目が合うとゆっくり頭を下げた。


 こりゃ、まいったなあ。


「・・・・・・・・・・・ちょっとまってて。店長にきいてくるよ」


 一抹の不納得。

 でもまあ、交渉だけはしてみよう。

 僕は何となく急ぎ足で、店の奥に入っていった。



 五分後。


 

 男の子はカウンターにへばりついたまま僕を待っていた。

 ほっぺたが赤くはれて、眼が水っぽくなっている。


 僕はなるだけ優しい声で言ってやった。


「いいってさ。もってっていいよ」


「ほんと?」


 泣いてたんだと思う。少し枯れた声で、少年は言った。

 横にたったお母さんが、その子の髪の毛のつやつやした頭を撫でた。


「今出すから」


 裏に回って、ケースを開ける。

 びっこはいつもどおりはしゃぎまわって喜びながら、僕の手に飛びついてくる。

 

 それにしても、変わったお客さんだ。

 こんな犬を買っていってどうするんだろう――。


 飽きて捨てられる犬は星の数ほど。

 びっこも、いまは可哀想とか思われて、大事に育てられても、「大きく」なったら邪魔にされる。

 そしたら、そのときは、そういう星の1つになるんだろう。


 足りないお金はお母さんが払った。

 もちろん、かなりoffにしたけれど。

 びっこは「商品」として立派に「売れた」。


「おとしちゃだめだよ。」


 フルフル震えるちいさな、でもあったかい首に首輪をはめて、僕はびっこを手渡してやる。


 ばいばいびっこ。

 出来るだけゆっくり大きくなるんだよ。


「ありがとう!」


 男の子はびっこを抱きかかえると、「よいしょ」とカウンターを離れる。

 そしてひょこっと歩き始める。


「え・・・・・・・・?」


 僕は、はじめなんだかよくわからなかった。

 

 ひょこり、ひょこり。


 男の子はとっても不恰好に歩く。

 

 かっこ悪くびっこを引いて。


 お母さんはゆっくり彼の後を付いていき、店の出口のところで深々と頭を下げた。





 ほんとに、ずいぶん前の話。


 商店街もいまはシャッター街。


 その店も今はもう無くなってしまった。


 みんな忘れてしまっただろうな。あの店の事は。


 でも僕は今でも。


 いまでも、二人のびっこが忘れられないでいるんだ。

ありがとうございました。

かるーくレビューとか、感想をいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 淡々としている書き方に、ひきつけられます。 タイトルと現場の空気にも合っており、読みやすかったです。 少年の描写と主人公の描写に感情移入しやすく、胸をを打ちました。 [一言] はじめまし…
[良い点] 面白いといったら失礼に当たるような、まるで道徳の教科書を読んでいるような印象を受けました。思わず読んだ後に考えさせられる…特に「びっこ」という差別用語を意味を知りつつ叫ぶ少年のバックボーン…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ